第32話:それぞれの進むべき道
Part.00:イントロダクション
今日は4月27日(日)。
精神的な疲労が著しかったアセナは、慰安のために この休日をゆっくりと過ごすつもりだった。
だが、言わずもがなだろうが、アセナが ゆっくりしようと思う時ほどアセナは騒動に巻き込まれるのだった。
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Part.01:突然の来訪
「おはようございます♪」
遅めの朝食を優雅に摂った後、積みゲー崩しに勤しんでいたアセナの元にネギが訪れた。
約束があった訳でもないし、連絡をもらった訳でもない。だが、それはいつものことだ。
むしろ、気にすべきことはネギの様子だろう。楽しそうに笑んでいるが、どこか無理がある。
「まぁ、とりあえず上がりなよ」
立ち話も何だし、他の寮生からの好機の視線に晒されるのも気分がよくないので、
早々に部屋に招き入れてリビングのソファーに座らせ、自分は お茶の準備をする。
ティーパックだがコーヒーよりはネギが好むだろう と言う判断で紅茶を準備し、
常備してある缶入のクッキーを皿に軽く盛り付け、それらを手にリビングに戻る。
もちろん、砂糖とミルクも忘れないし、自分のコーヒーも片手間に用意してある。
「……で? 何があったの?」
ネギと対面するように座り、コーヒーをブラックのまま啜った後、単刀直入に訊ねる。
余談となるが、言うまでもなく砂糖とミルクはネギのために用意したものである。
そこら辺がアセナの気遣いであり、バイトだがウェイターとしての性分かも知れない。
「実は、お話ししたいことがありまして……お時間、大丈夫でしょうか?」
ネギは起動したままのパソコンの方をチラリと見てから窺うように訊ねる。
アセナの崩していた積みゲーは『18歳未満はお断り』なゲームだったが、
幸いなことにモニターに映っていたのは日常的な会話シーンだったので、
ネギの意図としては「お忙しいなら出直します」と言ったところだろう。
「……ああ、大丈夫だよ」
ネギの視線に一瞬ドキリとしたが、直ぐに平静に戻って速やかにパソコンの電源を落とす。
間違ってもセーブはしない。このゲームはセーブ画面にサムネイルが表示されてしまうからだ。
既にアレなシーンは通って来ており、アレ用のセーブデータがあるため見せられないのだ。
いや、まぁ、アセナとしては別に見られても気にはしないが、幼女に見せるのは憚られるのである。
相手が美空だったら「こう言うシチュがイイと思うのだが?」とか議論を始めることだろうが。
「ナギさんは既に気付いていらっしゃるでしょうけど……ボク、『力』を求める傾向にあるんです」
パソコンを落としたアセナが再びネギの対面に腰を下ろしたのを確認すると、ネギは厳かに話し始める。
その内容にアセナは少し驚いた。ここまで的確に自己を認識しているとは思っていなかったのだ。
失礼な話だが、アセナにとってネギとは「頭はいいのかも知れないけど、いろいろ残念」だったのである。
「うん、まぁ、何となくは気付いていたかな?」
正確には、原作のイメージから「脳筋系だ」と決め付けていただけだが、それを態々と表に出すようなアセナではない。
ネギの言葉を曖昧に肯定すると、目線だけで「それで? 話したいことって その件についてなの?」と続きを促す。
その後にコーヒーを啜ることでネギから『自然に』視線を外すことも忘れない。アセナは あくまでもネギを促すだけだ。
アセナはネギに話を強制するつもりがないからだ。話の内容に見当が付いたので無理して話させなくてもいいと判断したのだ。
「それで、お話と言うのは、ボクが『力』を求める原因――ボクの原動力となっている事情についてです」
ネギがアセナの考えに どこまで気付いたのかはわからないが、
少なくとも話を促されたことだけは気付いたようだ。
一拍 息を整えて気持ちを落ち着けた後、ゆっくりと話を続ける。
「……わかった。聞こう」
一瞬、アセナはネギに「無理して話さなくてもいいよ」と伝えるか迷ったが、
ネギの瞳に迷いがないことを見て取ったので、頷くだけにとどめる。
余計なことを言う必要などない。アセナはネギを そう評価したのだ。
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Part.02:過去と呪縛
「実は……ボク、幼い頃に住んでいた村を――故郷を失ったことがあるんです。
まぁ、故郷と言っても3歳くらいまでしか住んでいなかったんですけどね?
それでも、ボクが物心付いた時には居た場所なので今でも大切に思っています」
その言葉を皮切りにネギの独白が始まった。
ネギの話によると、ネギの故郷はイギリスの辺境にあった山間の小さな村だった と言う。
そこは魔法使い達の隠れ里のような集落で、一般的な地図には存在しないことになっており、
魔法界でも記録が抹消されたため、今となっては名前すらわからない村になってしまったが、
確かに そこにはネギの故郷と呼ぶべき場所があった。少なくとも、ネギは そう記憶している。
薄く笑いながら『故郷』を語るネギの心情は郷愁か悔恨か……? アセナにはわからない。
「冬が長くて雪ばかり降っていましたけど、その分 村の人達は暖かかった気がします。
ボク、両親が居なかったので叔父さんの家で お世話になっていたんですけど、
叔父さん夫婦だけじゃなくて近所の人達もボクを暖かく育ててくれましたから。
特に、スタンお爺ちゃんは口では悪態を吐きながらも何かと気に掛けてくれましたね」
大切な隣人達を思い出したのか、ネギの瞳に涙が溜まる。
だが、ネギは涙を流さない。流す前に笑顔で誤魔化してしまう。
それはアセナを心配させないための強がりによるものなのか?
それとも、悲しむことを やめて前へ進むためのものなのか……?
「で、その故郷を失った と言うのは……正しくは、悪魔の群れに襲撃されて壊滅してしまった と言う意味なんです」
ネギの独白は続く。きっと、アセナの思案になど気付いていないのだろう。故に、アセナは疑問を頭の片隅に追い遣ってネギの話に集中する。
……魔法使いで構成された村とは言え、実際に戦える村人は半数にも満たなかっただろう。それに、村と言う表現から人口規模も窺える。
相手が並みの相手ならば迎撃もできただろうが、残念ながら相手は並ではなかった。質を伴った圧倒的な物量の前に力不足は否めなかったのだろう。
結果、村人達の懸命な抵抗も虚しく、村は焼かれて村人は石化させられた。そう、ネギの故郷の村は悪魔の群れに滅ばされてしまった としか言えない。
「スタンお爺ちゃんも……ボクを庇って、ボクの目の前で、石化させられちゃいました。
ですけど、スタンお爺ちゃんは石化しながらも悪魔に抗ってボクを逃がしてくれました。
その時のスタンお爺ちゃんの表情と声音をボクは決して忘れることはできないでしょうね」
そして、ネギの『姉』であるネカネも、スタンと共にネギを庇って石化させられてしまったらしい。
まぁ、ネカネは途中で駆け付けたサウザンド・マスターによって石化が解かれたため無事だったようだが。
ちなみに、悪魔の群れもサウザンド・マスターが屠ってくれたため、ネギ達はどうにか生還できた と言う。
ネギ自身は肉体的疲労と精神的負荷で気絶していたので記憶は曖昧だが、ネカネから そう伝えられたらしい。
……どうやら、杖の継承イベントは父娘が直接的に行ったのではなく、ネカネが中継したようだ。
だが、それでも、サウザンド・マスターが圧倒的な力で悪魔達を蹂躙していた光景は記憶にあったらしく、
最初は「悪魔以上に恐ろしい」と恐怖していたが、それが父であることを知った後は憧れに変わったようだ。
悪魔達への恐怖とサウザンド・マスターへの恐怖を『父親への憧憬』に昇華させた、と言うことだろう。
「今になって思うと、それが『力への憧憬』の始まりだったんだと思います」
守られることしかできなかった無力な自分などとは違って、すべてを守れると錯覚してしまう程に圧倒的な『力』を持つ存在。
それは、恐怖を内包しながらもネギに確かな憧憬を与えた。自分も『そのような存在』になりたい、と思わせるくらいには。
他人ならば恐怖のままで終わったかも知れないが、血の繋がりが「自分もああなれるのではないか?」と思わせたのだろう。
多くの「大切なもの」を失ってしまったネギにとっては、大切なものを失わないだけの『力』は希望と成り得たに違いない。
そうしてネギは暗闇の中で灯された明かりに縋る様に『力』の象徴たるサウザンド・マスターの後を追うようになったのだろう。
「そして、ボクは『力』を追い求めるうちに、いつしか『復讐』を考えるようになりました」
取り憑かれたかのように『力』を追い求めていたネギは、ひたすらに魔法の勉強に没頭していった。
恐らく『力』の代名詞である魔法の習得に没頭している時は恐怖や絶望を忘れられたせいだろう。
だが、ネギはそれに気付くことはなく、何かに追い立てられるかのように魔法を習得していった。
だから、立ち入りそのものが禁じられている書庫に入り浸り、閲覧禁止の書物にさえ手を出した。
そして、その過程の中で『悪魔殲滅用呪文』を見付けてしまった時、ネギの中で『何か』が蠢き出した……
悪魔とは契約によって現界し、契約に従って行動する存在だ。だから、村を襲ったのは悪魔だが、襲わせたものが元凶だ。
それを頭では理解していても、心のどこかでは「村を襲ったのは悪魔だ」と言う認識がこびり付き、ネギを駆り立て続けた。
そして、遂には「悪魔への復讐」と「悪魔に命じた者への復讐」がネギの心の大半を占めるようになってしまったのだ。
「ですが、それらは逃避だったんだ と、今では断言できます」
あの時――ネカネが石化が進行していくのを止めることができなかった時に感じた無力感と絶望感。
それらを認められなかったネギは『力への憧憬』を『父への憧憬』に掏り替えて自分を誤魔化した。
力への憧憬に根差した復讐もまた、自分の弱さから目を逸らす方便に過ぎないことにも目を伏せて。
……ネギが そのことを自覚できたのは、京都での経験に拠るところが大きい。
京都で木乃香を復讐の道具にしようとした千草の事情を詠春から聞かされた時、ネギは彼女へ同情しかできなかった。
復讐のために直接的には関係ない人間を巻き込んで、それで果たした復讐に一体どれだけの価値や意味があるのか?
新たな争いの種――復讐の種を作ることになり、今度は自分が復讐される側になることはネギにもわかり切っていた。
それでも、彼女は成し遂げたかったのか? それとも、そこまで思い至ることができない程に復讐に囚われていたのか?
どちらにしろ、ネギには同情しかできなかった。ネギの目から見たら、成功しても虚しさしか残らなかったからだ。
だが、それでも、確かに自己満足は得られるだろうから復讐に生きる者にとっては『それだけ』で充分なのかも知れない。
だからこそ、ネギは自分の復讐も虚しいものだと言うことに気付いてしまった――いや、ようやく気付けたのだ。
恐怖や絶望から逃れるために追い求めていた『力』や『復讐』は、自分の心を一時的にしか満たしてくれないだろう。
では、ネギの心を満たしてくれるものは何なのか? ……それは、考えるまでもなく、アセナの存在に他ならない。
最初は『父への憧憬』からアセナに魅かれていたのだが、今となっては心の底からアセナを慕うようになっていた。
アセナと言葉を交わすだけでネギの心は満たされ、アセナに褒められた時には天にも昇る気持ちにすらなれてしまう。
言わば、『力と復讐』と言う呪縛から逃れられたのは、アセナへの思慕があったからだった。そう表現しても過言ではない。
ちなみに、千草の事情だが、その復讐心は大分裂戦争で彼女の両親を失ったことに起因している。
大戦時、不足し始めた戦力を補うために本国――メガロメセブリアは下部組織から徴兵を行った。
当然、東(関東魔法協会)も その対象となっていたため、東からも多くの人材が派兵された。
だが、自衛戦力も考えると東が擁する戦力だけでは本国に求められた戦力を供給できなかった。
そのため、当時は支配関係にあった西(関西呪術協会)にも戦力を捻出させたのだが……それが事の起こりだった。
そう、捻出された戦力の中に彼女の両親がおり、彼等は望まぬ戦争で その命を散らしたのだ。
その結果、彼女の復讐心は派兵を命じた東に向き、そこから発展して西洋魔術師そのものに向いた。
それが間違っている とは言い切れない。何故なら、派兵が原因で東西の確執は深まったのだから。
近右衛門の努力や詠春の活躍もあって西は独立を果たしたが、当事者には何の慰めにもならないだろう。
「つまり、ボクが『力』を求める源泉は、恐怖や絶望から逃れるためだけの『歪な憧憬』と『愚かな復讐心』だったんです」
当然ながら、周囲の大人はネギの歪みに気付いていたが、彼等は敢えて それに気付かぬ振りをした。
恐怖に囚われるよりも『力』に縋り付く方がマシだろう、そう言った腐った思考の下に放置したのだ。
ネギの歪みは(最初は小さかったのだろうが)正されることなく徐々に大きくなり、ここまでになった。
……気付かぬ振りをした彼等を責めることは容易いが、彼等を責められる者は少ないだろう。
何故なら、彼等の判断には「都合のいい英雄を作る」と言う本国の意向が関係していたかも知れないからだ。
誰だって他人よりも自分の身の方が可愛い。その対象が幼い子供だったとしても、本国の意向には逆らえないだろう。
だから、彼等を責めるのは難しい。だが、そうは言っても、彼等は明らかに罪深い選択をした と言わざるを得ない。
何故なら、彼等の選択は結果的にネギの歪みを助長してしまい、ネギ自身に自覚がないままネギを不幸にしたのだから。
もちろん、脇目も振らずに力と復讐を求める人生を否定する気はない。だが、他の選択肢がないことは不幸でしかない。
「ですが、今は違います。今のボクが『力』を求めるのは、ナギさんを守りたいからです」
京都でもネギは何もできなかった。守ろうと奮闘したが、結果はエヴァに守られただけだった。
6年前から追い求めて来た『力』は実に脆く、自分の努力など大した意味を持っていなかった。
だが、それも当然だ。何故なら、この6年間の努力など「単なる逃避」に過ぎなかったのだから。
……だからこそ、ネギは心の底から自信を持って断言できた。
自分が弱いことを認め、恐怖や絶望を抱えていることを認め、自分を欺くことをやめた今、
ネギは本当の意味で力を求めており、これからの努力こそが『真の努力』だと言えるのだ と。
そして、あの時に感じた「大切な人を守りたい」と言う想いは自己欺瞞ではなかったのだ と。
「今度こそナギさんを守りたいから、あの銀髪を余裕で蹴散らせるくらいに強くなりたいんです」
アセナのためだからこそ、気に入らない相手であるエヴァに弟子入りを志願したのだし、
アセナのためだからこそ、エヴァに気付かされたことは認めたくないがアセナの賛同を得たい。
そう、今のネギを支える原動力は「恐怖や絶望からの逃避」ではなく「アセナ」なのだ。
まぁ、穿った見方をすれば、ネギは縋る対象を代えただけで本質は何一つ変わっていないのだが。
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Part.03:選択と自由
「……そうか。事情は よくわかったよ」
ネギの長い独白を受けたアセナは僅かな時間だけ思考に没頭すると、重々しく頷いた後に口を開く。
途中までは原作と少し違う程度の事情だったが、最終的にはまったく別物になってしまった。
原作を参考程度にしか見ていないためショックは少ないが、それでもショックは それなりにあった。
「まぁ、何と言うか……ネギの気持ち自体はありがたいよ。それは間違いない」
女性(しかも子供)に守られるのは男として如何なものか? とは思う。
だが、守ろうとしてくれる気持ち自体はありがたいのは確かなことだ。
まぁ、だからと言って、アセナが大人しく それを受け入れる訳ではないのだが。
「だけど、ネギが選択しようとしている守り方は、オレには受け入れ難いんだよね」
そのため、アセナは毅然とした態度で「だが、その気持ちは素直に受け入れられない」と告げる。
ネギがアセナの「無茶をして欲しくない」と言う言葉を蔑ろにしている訳ではないとわかるが、
それでも解釈が不充分だった――ネギの都合がいいように解釈されてしまった ように感じたからだ。
「だって、オレはネギに傷付いて欲しくない――ネギには戦って欲しくないから、ね?」
解釈の余地を残した表現をした自分に問題があるのでアセナにネギを責める気などない。
だからこそ、本山でも言った言葉に単刀直入なメッセージを付け足して再び口にする。
もちろん、今度は抱きしめるなんてことはしない。頭を撫でるだけに止めて置く。
何故なら、抱きしめた影響で話を聞いていなかった可能性を思い付いたからである。
「じゃ、じゃあ、ボクは一体どうすればいいんですか?」
アセナの感謝に喜んだ後、アセナの拒否にショックを受けていたネギだったが、
続いたアセナの言葉に「だから拒否したんですね」と喜びながら納得した後、
結局は拒否されていることに変わりがないことに気付いたのである。
「それは自分で考えて――と言いたいところだけど、ヒントならあげるよ」
某福音の三足草鞋の尻尾頭のスパイではないが、アセナとしては自分で考えて自分で決めて欲しいのが本音だ。
ネギの人生に責任を持てないアセナには、ネギの人生を変え兼ねない選択を押し付けるのは気が引けるのだ。
だからこそ、アセナは選択肢の幅を広げるだけにとどめる。選択をするのも選択肢を作るのも自分でしかないのだ。
……本来なら、選択肢を広げることすら自分ですべきだ とは思うが、ネギは幼いため選択肢を広げてやるくらいの手助けならいいだろう。
正直、脳筋系の道に進まれるのは嫌だが、それがネギの選んだ道ならばアセナは それを受け入れるだろう。
よく言われているように『都合のいい英雄(マギステル・マギ)』に誘導されているのだ としても、
ネギが自分で考えて自分で決めた道ならばアセナは受け入れる――責任の一端くらいは負うつもりだ。
何故なら、そうならないようにネギを『教育(≒誘導)』できなかった自分にも責任の一端があるからだ。
「オレが思うに『守る』と言う行為は大きく分けて二種類の方法があると思うんだ」
すなわち、武力などで「直接的に守る方法」と政治などで「間接的に守る方法」である。
言い換えると、前者はネギが選択しようとしている方法であり、原作に準拠する道だ。
そして、後者はアセナが選択して欲しい方法であり、原作から乖離していく道だろう。
……だが、事は そんなに単純ではない。あくまでも大別でしかないのだ。
前者は、魔法でもいいし科学兵器でもいい。それに、権力や財力でもいいのだ。
要は「自分の庇護の下で守る」と言うことなので、方法はいくらでもある。
もちろん、後者も同様で、危険から遠ざける以外にも方法はたくさんあるのだ。
「これは あくまでも考え方の一つさ。一口に『守る』と言っても様々なアプローチがあるって言うね。だから、ネギはネギに合う方法を選べばいいさ」
さっきまでは「魔法と言う『力』で直接的に守る」と言う選択肢しかネギにはなかった。
迷いがないとか潔いとか言えば綺麗に聞こえるが、言い換えると視野狭窄とも取れる状態だった。
だから、選択肢を広げただけでもネギには充分だろう。後はネギが自分で決めることだ。
無限とは言わないが、方法は星の数ほどある。何が最良なのかは、神ならぬ人にはわからない。
人ができるのは「最良であると思う方法を選択し、最良の結果になるように努力すること」だけだ。
「でも、ナギさんとしては『ボクが傷付く方法は選んで欲しくない』訳ですよね?」
「まぁ、そうなるね。でも、自分でも押し付けがましいと思うから、オレの言葉など無視して構わないよ?
ネギはネギのやりたいようにやればいいさ。もしそれで失敗しても、尻拭いくらいはしてあげられるからね。
だから、『最善な方法は何なのか?』を自分で考えて自分で決めて欲しい。オレには それしか言えないよ」
「…………わかりました。自分で考え、自分で決めます」
アセナの言葉を聞いて、ネギは自分で言いいながらも意識から抜けていた言葉を思い出していた。
それは「悪い人間達からはナギが守ってくれる」と言うネギ自身の言葉だ(23話Part.05参照)。
そう、あの時、ネギは既に気付いていたのだ。自分にできない方法でアセナに守られていることを。
自身の無力を嘆いているうちに忘れてしまったが、ネギは この時になって ようやく思い出したのである。
それに、思い出してみれば、アセナとパートナーになってから求められていた役割も戦闘要員などではなかった。
最初から自分はアイテムクリエイターとしてアセナの得意分野である権謀術数の手助けを求められていたのだ。
そこまで思い至ったネギは、アセナを守りたい と言い訳して結局は『力』に走っていたことにも気が付いた。
「いえ、考えるまでもなかったですね。ボクに最も適した守り方は『魔法具を作ること』ですもんね?」
きっと、フェイトに圧倒的な『力』で踏みにじられたために『力』で見返してやりたいと思ってしまったのが原因だろう。
何だかんだと理屈を捏ねて それらしく装飾していたが、ネギが『力』を求めていたのは子供の駄々でしかなかったのだ。
それに気付かされてしまったネギは、自身の浅はかな思慮や言動を恥じながらも迷いなく己の進むべき道を宣言した。
「……さてね? オレが言えることは、ネギが自分の意思で その道を選ぶのならオレは何も言わないってことだけさ」
アセナは答えをはぐらかしたが、出来のいい生徒の成長を喜ぶ教師のような面持ちをしていたらモロバレである。
まぁ、それがアセナお得意のブラフで「実は選んで欲しくなかった」と言う可能性も無きにしも非ずだが……
アセナが これから進もうとしている道にネギのアイテムクリエイションは不可欠なので、そんな可能性は有り得ない。
それを無言のうちに伝えるため、アセナはネギの頭を そっと撫でるのだった。
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Part.04:師匠と弟子
「エヴァンジェリンさん、お話があります……」
そして、舞台は変わって、閑静な森に佇むログハウス――つまり、エヴァの家だ。
門番とも言える茶々丸はいたが、顔パスで通されたので問題なくリビングに向かい、
そこで緑茶を啜りながら くつろいでいたエヴァにネギは真剣な表情で話し掛けた。
「……何だ? くだらん用件なら後にしろ と昨日も言った――って、貴様が同行したと言うことは、小娘の申し出を許可したと言うのか?」
テレビ画面を真剣な表情で凝視して『ぷよ』を鬼のように積み上げて悪魔のような連鎖を組んでいたエヴァは、
ネギの呼び掛けを鬱陶しそうに受け流そうとネギをチラリと見遣ったら、予想外にも視界にアセナの姿も認めたため、
「まさか、貴様が小娘の申し出を受け入れるとは思わなかったぞ!!」と言う感情を隠すことなく狼狽したのだった。
「いや、まぁ、部分的には肯定で部分的には否定って感じかなぁ」
昨日エヴァに弟子入り志願をしたら保留されてアセナの許可を求められた と言う話も聞いているアセナは、
エヴァが「ネギの説得をアセナに丸投げした」ことに気付いていたため何と表現したらいいのか悩み、
結果、日本人的な表現(と言えば聞こえはいいが、単に曖昧なだけの表現)となってしまったようだ。
「歯に物の挟まった言い方だな。つまるところ、貴様は『小娘が私に弟子入りすること』に賛成なのか、反対なのか……ハッキリしろ!!」
そんな灰色な答えを聞かされたエヴァは苛立つのは当然と言えば当然だろう。
何故なら、エヴァの沸点はあまり高くない(むしろ、かなり低い)のだから。
ちなみに、会話に集中したために『ぷよ』を積んでしまったが、関係ない筈だ。
「その点に関しては賛成だよ。だって、エヴァ以上に頼れる相手がいないからね」
コントローラーがピキピキいっているのを気付かなかったことにしたアセナは、
これ以上エヴァを不機嫌にさせるのは得策ではないと瞬時に判断し、
ハッキリと答えを返し、あからさまだがエヴァを煽てることにしたらしい。
「ふ、ふん!! 褒めても何も出ないぞ?」
あからさまな世辞だとはわかっているが、それでもストレートに言われたら嬉しいものだ。
特に目の前の少年は自分の想い人を髣髴とさせる容姿をしているのだから、より効果は高い。
結果、エヴァの頬は一気に紅潮し、エヴァは慌ててアセナから視線を外してツンデレるのだった。
「では、マスターの萌え姿を撮らせていただいた御礼として、私が出しましょう」
ツンデレるエヴァを微笑ましそうに(と言うレベルを遥かに逸脱した笑顔で)見ていた茶々丸が、
それまで出涸らしの緑茶しか提供されていなかったアセナの前に高級そうな羊羹を差し出す。
扱いが悪いことは いつものことなので気にしていなかったアセナだが、持て成されて悪い気はしない。
茶々丸の言動に少し思うところはあるが、「おぉっ、ありがう」と軽く礼を言って受け取るのだった。
ちなみに、その羊羹は上品な甘さと舌触りをしており、普通に高級な品だったらしい。
「……茶々丸、余計なことはするな。と言うか、貴様の『えーあい』は大丈夫なのか?」
「安心してください、マスター。御礼をしただけで特別な感情がある訳ではありません」
「いや、私が心配しているのは そこじゃなくて、お前の言動そのものを心配しているのだが?」
「それも安心してください、マスター。私の言動は単なる忠誠心の発露に過ぎません」
「…………そうか。わかった。わかったから、しばらく黙って給仕に徹していてくれないか?」
エヴァの疲れたような表情に「そんな忠誠心の発露は お断りだろうなぁ」と深くアセナも同意する。
「って言うか、『えーあい』って表現は どうだろう? ちょっと狙い過ぎじゃないかな?」
「うるさい!! コンピューター関連はよくわからんのだから、しょうがないだろうが!!」
「ああ、そう言えばGPSも言えてなかったね。この分じゃ、CDも『しーでー』とか言いそうだね」
「…………う、うるちゃい!! そんなことはどうでもいいから、サッサと話を戻すぞ!!」
どうやら図星だったらしいが、アセナは敢えて気付かない振りをして「うん、そうして」と続きを促す。
「で、では……貴様は何を問題視している――いや、何に反対しているのだ?
貴様は先程『部分的には肯定で部分的には否定』とか言っていただろう?
小娘の弟子入りに賛成ならば、何に反対しているのだ? キッチリ説明しろ」
エヴァが気を取り直して話題を戻し、気になっていたことを確認する。
「ああ、それね。オレが反対なのは『戦闘方面での弟子』と言う部分だよ」
「……ふむ、なるほどな。それでは、何の弟子にして欲しいのだ?」
「それについては本人から聞いてよ。オレが説明することじゃないだろ?」
「まぁ、そうだな。貴様の同意を得られているなら後は小娘の問題だな」
アセナの言葉に「やはり戦闘をさせる気はなかったのだな」と自分の予想が外れていなかったことに安堵するエヴァ。
とは言え、当然ながら それを表に出すような真似はしない。腹芸が苦手なエヴァとて それくらいの腹芸はできる。
精神が肉体に引っ張られるとは言っても600年の歳月は伊達ではないのだ。見た目通りだと侮ってはならない。
まぁ、本人も自覚している通り近右衛門の様な老獪さには欠けるが、それでも、通常の10歳児と同列に見てはいけない。
「ボク、アイテムクリエイションを極めたいんです!! だから、正式な『魔法具製作の弟子』にしてください!!」
エヴァの意識がアセナから自分に向けられたのを感じたネギは己の意気込みをアピールする。
ネギの目標としては『鵬法璽(エンノモス・アエトスフラーギス)』を作れるくらい だ。
アセナは そこまで要求しないかも知れないが、アセナの期待以上の成果を上げたいのが乙女心だ。
「…………ああ、そう言うことか」
エヴァは一瞬「何を言っているのだ?」と言う顔をした後、しばらく考えて「どうやら認識に違いがあったのだな」と妙に納得する。
意気込むネギとは打って変わってエヴァの反応は実に淡白なものだが、それも仕方がないと言えば仕方がないのかも知れない。
と言うのも、既にエヴァの中ではネギは『魔法具製作の弟子』だったのだが、ネギとアセナの中では『修学旅行までの協力関係』だったのだから。
「え? 何その薄い反応? もしかして、弟子にするのが嫌なの?」
そんな事情を知らないアセナはエヴァの態度に「弟子を取るのに乗り気ではないのでは?」と勘違いする。
修学旅行まで協力してくれていたので、弟子入りも楽だと考えていた自分の甘さを後悔しているくらいだ。
まぁ、直ぐに「ならば、どうすればエヴァから譲歩を引き出せるだろうか?」と言う考えに切り替えたが。
しかし、アセナの危惧(と言うか、腹黒い心算)は杞憂(と言うか、取り越し苦労)に終わった。
「いや、そうじゃない。単に私の中では既にそっちの弟子にしたつもりだっただけだ」
「……ああ、なるほど。つまり、勘違いしていたのが恥ずかしかった訳だね?」
「勘違い言うな!! 私の独り相撲みたいで恥ずかしかっただけで、勘違いではない!!」
「いや、独り相撲の方が勘違いよりヒドくない? より空回っている感じするよ?」
「う、うるちゃい!! それは言わない約束だ!! 敢えて聞き流すところだろうが!!」
……そう、エヴァが事情をアッサリと漏らしてしまったのだ。
自分の甘さを後悔したばかりのアセナだが、それ以上に甘いエヴァを見てついつい苦笑を漏らしてしまう。
そして、親しい関係性を確認するかのように「エヴァをからかう」と言うコミュニケーションを楽しみ、
「ハァハァ……マスター、萌杉です」とか口走って一連の出来事を撮影する茶々丸に更に苦笑するのだった。
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Part.05:契約と変更
「……で? 一体、何の用なんだ?」
ネギの弟子入りと言う来訪の目的を終えた彼等は直ぐには帰宅せず、「ちょうど昼時になった」と言う理由で昼食を御馳走になること『した』。
そう、『なった』のではなく『した』のだ。エヴァから食事に誘われたのではなく、アセナは あつかましくも自分から食事を要求したのだ。
しかも、ネギと茶々丸を「悪いけど、昼食を作ってくれないかな? エヴァも二人の料理を食べたいだろう?」とキッチンに追いやって、だ。
これでは「エヴァと二人きりになる状況を作り出したい」と言っているようなもので、あきらかに「エヴァに内密の用件がある」ことの表れだ。
当然、茶々丸も それに気付いてはいたが、エヴァから目線だけで「問題ない。私に任せろ」と伝えられたので、茶々丸はキッチンに向かった。
「まぁ、平たく言うと、『契約』の変更、と言ったところかなぁ?」
再び『ぷよ』を積んでいたエヴァに唐突に話を切り出されてもアセナに慌てた様子はない。
むしろ、メッセージが正確に伝わっていたことに安堵している様子すら窺える。
そんなアセナは言葉を用意していたのだろうが、按配するかのように首を捻りながら応える。
「『契約』の変更、だと? もう少し詳しく話せ」
エヴァとしては、ネギの弟子入りに関しての密談(特にネギに聞かせたくない思惑があるとか)だと思っていたため、
アセナの返答はまったく想定していなかった。そのため、「どう言う意味だ?」と疑問を露にしてアセナに説明を要求する。
駆け引きも何もあったものではないが、エヴァにとってアセナは身内なので駆け引きなど必要ないと思っているのだ。
「ほら、オレとエヴァが結んだ『契約』って『麻帆良にいる間の安全の保障』だったじゃん?」
他にも、ネギの修行が終わってネギが麻帆良を出る時はアセナも麻帆良を出ること、
また、アセナが麻帆良を出て行く時にエヴァはアセナに2000万円を支払うことも含まれるが、
この場合、この二つは大した問題ではない。話題は『護衛の対象となる範囲』だからだ。
「つまり、麻帆良と言う縛りを変更したい、と言うのか?」
エヴァは「ああ、そうだな」と首肯した後、要点を確認する。
もちろん、エヴァも他の項目を覚えているが、敢えて黙殺する。
話題になっているのが『護衛の対象となる範囲』だと認識しているのだ。
「うん。『ちょっとばかり』想定を超えた事態になっちゃったからね」
言いたいことが正確に伝わっていることに笑みを浮かべた後、
アセナは「困ってます」と言わんばかりに苦笑を貼り付ける。
暗に「護衛が必要な期間が増えた」と言っているのだろう。
その内心では「さて、どう説明したものか」と悩んでいるのだが。
「ほぉう? それは貴様が『黄昏の御子』であることを指しているのか?」
「まぁ、そうだね――って言うか、何でそのことを知っているのかな?」
「タカミチから聞いた。と言うか、タカミチが独り言で漏らしていたのだがな」
「…………OK。『ちょっとばかり』タカミチとOHANASHIして来るね?」
どう説明するか考えていた『自身の正体』をエヴァが知っていたことに軽く驚いたアセナだが、直ぐに気持ちを切り替える。
まぁ、さすがに腹に据えかねたのだろう、いつもなら『お話』と表現するところなのに『OHANASI』と言う直接的な表現になっていたが。
いや、常識的に考えると、いくらアセナのスペックが高くともアセナとタカミチでは実力差が有り過ぎてOHANASHIなんて事態には成り得ないのだが、
タカミチはアセナに弱い(甘い)ため、アセナからの攻撃を甘んじて受けるだろう。いや、むしろ喜んで受ける情景しか浮かばない(実に見たくない)。
「安心しろ。二度と漏らさないように『対処』して置いたからな」
これから起こるであろう惨劇に思いを馳せたエヴァは、やんわりとアセナの行動をたしなめる。
別にタカミチがボコられても気にはしないが、喜んで攻撃を受ける男を見たくないのである。
ちなみに、エヴァの言う『対処』とは「秘匿すべき内容を口にできなくする呪い」のことを指す。
もちろん、タカミチの了承を得て『呪い』を施したので、そこまで非人道的な『対処』ではないが。
「まぁ、そう言うことなら話を戻すけど……『黄昏の御子』なオレって かなり危険でしょ? だから、護衛期間を延長したいんだよ」
エヴァの説明を聞いたアセナは、それまで滾らせていた怒気を霧散させる。
既に『対処』がなされているのならアセナがなすべきことは特にないからだ。
せいぜいが「今後は気を付けてね?」と爽やかな笑顔で『お願い』する程度だ。
それに、考え方によってはエヴァに説明する手間を省けたと考えられなくもない。
そんな訳で、アセナは気持ちを切り替えて「護衛期間の延長」に話を戻す。
「……なるほどな、言いたいことはわかる。単なる一般人なら小娘と縁が切れれば危険は一般人と同レベルになるだろうが、
単なる一般人ではない――いや、一般人どころではない となると、小娘と関係なく危険が立ち塞がるのが目に見えているからな、
当初の『麻帆良にいる間だけ』と言う護衛期間では足りずに期間を延長したくなる貴様の気持ちも わからない訳ではない」
エヴァは うんうん と頷きながら、如何にもな共感のポーズを取る。
「――だがしかし、貴様の気持ちがわかるからと言って『契約』を変更してやる義理も義務もないな。
忘れているようだが、契約とは両者の合意の上で成り立つものだ。当然、変更も両者の合意が必要だ。
しかも、貴様は既に対価を支払い終えており、私は現在進行形で対価を支払っているような状態だ。
つまり、契約の変更は『私の対価』の変更でしかない訳で、私には契約を変更をするメリットがない」
「まぁ、確かにそうだね。だから、こっちも追加で対価は支払うよ?」
エヴァのあからさまな態度から断られることが予想できていたアセナはエヴァの拒否に大して驚かない。
むしろ、あまりにも予想通りにエヴァが反応してくれたので、思わず苦笑がこぼれそうになるくらいだ。
まぁ、「仕方がないヤツだな」とかブツクサ文句を言って快諾してくれる可能性もある と思ってはいたが。
「……貴様は何か勘違いしているようだが、私は『悪』の魔法使いなんだぞ? そんな私が要求する対価を貴様は払えると思っているのか?」
小さい体躯で精一杯に踏ん反り返って、幼い容姿に不釣合いな程に口元を歪めるエヴァ。
アセナから見れば「頑張って悪ぶっている」ようにしか見えず、失笑を禁じ得ないのが本音だ。
だが、本人は大真面目なので、アセナは必死に笑いを耐える(ここで笑ってもデメリットしかない)。
そして、神妙そうな表情を作って「対価に拠るね。どんな対価なんだい?」と話の続きを促す。
「フッ……まずは足を舐めろ。我が下僕として永遠の忠誠を誓うのだ」
しかし、返って来た返答はどこか(原作だ)で聞いたことのある言葉だった。
しかも、御丁寧にスリッパを脱いで片足を これ見よがしに差し出している。
つまり、跪いて足の裏を舐めることで忠誠を誓え と言いたいのだろう。
「え? そんなんでいいの? むしろ、御褒美だよ?」
想定外と言えば想定外なエヴァの言動に一瞬だけ呆けたアセナだったが、我に返ると満面の笑顔を浮かべて対応する。
エヴァをロリババアとか評価しているアセナだが、エヴァの外見が非の打ち所のない美幼女であることは認めている。
そんなエヴァの足の裏を舐める行為……常人ならば屈辱でしかないだろうが、アセナには屈辱になるのだろうか?
もちろん、どちらかと言うと常人とは違う性癖(かなり控え目な表現)をしているアセナには御褒美でしかないのだ。
(しまった!! コイツは変態だったんだ!!)
アセナの満面の笑みを見た瞬間に己が取り返しのつかないミスを犯してしまったことに気付いたエヴァは思わず足を引っ込める。
思惑としては「最近、調子に乗っているので、ここら辺で上下関係をハッキリさせて置こう」と言うものだったのだが、
その思惑は大きく外れてしまい、むしろ調子付かせるような結果にしかならないことに今更ながらに気付いたのである。
だが、口に出してしまった言葉は もう戻らない。押してしまった変態スイッチは戻しようがないのだ。
「さあ、恥ずかしがらずに足を出してごらん? お兄ちゃんが ふにゃふにゃになるまで舐めてあげるよ?」
「い、いや、物凄く爽やかな笑顔で言っているが……今の貴様は物凄く変態的な言動をしているからな?」
「え? ナニイッテンノ? って言うか、それがどうしたの? オレって変態以外の何者でもないでしょ?」
「いや、自覚があったのか? と言うか、本気で舐めようとするな!! 気持ちが悪いだろうが!!」
「え? だって、それが対価なんでしょ? プライドは傷付くけど、背に腹は代えられないさ」
「いや、『苦渋の決断をしました』的な顔をしているが、それは御褒美云々の前に取るべき言動だぞ?」
「まぁ、そりゃそうだね。想定外の事態についついウッカリと本音が出ちゃったようだねぇ」
「つ、つまり、そんなに私の足を舐めたいのか? 一体、どれだけ変態なんだ、貴様は……?」
「具体的に言うと、最近『香り』に目覚めたんだよね? 特に幼女の体臭は御馳走だと思うんだ」
「貴様、開けてはいけない扉を開いて、目覚めてはいけない方向に目覚めてしまったな……」
あまりにも変態過ぎるアセナにタジタジのエヴァ。当初の思惑など忘却の彼方となり、今となっては現状打破こそが望みだ。
「と言う訳で、さっさと足を出せ!! そなたの足を しゃぶりつくしてくれるわっ!!」
「貴様は何処の魔王だ?! と言うか、喜ぶ相手に舐められても嬉しくも何ともないわ!!」
「……へぇ? つまり、エヴァは嫌がる相手に舐めさせることに興奮を覚える訳だね?」
「うるさい!! 黙れ!! 今のは単なる言葉の綾だ!! 私は貴様の様な変態ではない!!」
「じゃあ、どんな対価を支払わせたいのさ? オレは どんな要求にも応えるよ?」
「そんな『どんなプレイにも対応できる変態です』的な態度で私に話を振るな!!」
「いや、別にそんなつもりはないよ? あくまでもエヴァの要望に応える所存だよ?」
「…………貴様の場合、どんなことを要求しても勝手に変態的な解釈をしそうだが?」
「まぁ、それは否定しない。どんなことでも立場を変えれば受け止め方が変わるからね」
「あれ? おかしいな? いいことを言っている筈なのに変態的な発言にしか聞こえないぞ?」
「それはエヴァの耳にフィルターが掛かっているからだよ。現実を受け止めようよ?」
「まさか、貴様に現実云々を説かれる日が来ようとはな……屈辱以外のなにものでもないな」
「まぁ、それはいいから、要求は何なの? いつまでも遊んでいる暇はないんだけど?」
「そ、そうだな……いつまでもくだらん戯言に付き合っている場合ではなかったな」
アセナに促されて本題を思い出すエヴァ。実にいい感じで翻弄されている。
(ふむ。コイツにやらせたいこと、か………………
って、あれ? 特にやらせたいことなどないぞ?
敢えて言うなら、変態的な言動をやめさせることか?)
そして、改めて考えてみて、アセナへの要求がないことに愕然とする。
いや、あると言えばある(変態の是正)のだが、それは どう考えても無理だ。
何故なら、アセナは骨の髄まで変態であるため変態を直しようがないからだ。
無理に変態を直そうものなら、きっとアセナはアセナでなくなってしまうだろう。
それを踏まえたうえで、アセナへの望みを強いてあげるとすれば…………
「じゃあ、少しは言動を慎め。あと、態度も少しは謙虚にしろ」
「なん、だと……? 何と言う無理難題を押し付けるんだ。このドSめ」
「いや、無理難題って……むしろ、簡単なことじゃないのか?」
「まぁ、対象が敬える相手ならばオレにも容易いんだけどね?」
「……貴様、それは私に喧嘩を売っている と受け取っていいんだな?」
「いや、きっと、気のせいだよ。よくある勘違いだって、うん」
「だったら、態とらしく目を逸らすのは やめんか!!」
そんなこんなで紆余曲折を経て、アセナの護衛期間は「麻帆良にいる間」から「とりあえず10年間」に変更となった。
ちなみに、『とりあえず』とあるのは、それ以降も護衛を継続してもらう場合は『契約の更新』が行えるようにしたからである。
まぁ、それまでにアセナの目的が達成していれば、アセナはエヴァの護衛がなくても問題がないような状況になっている筈なのだが、
それはあくまでも予定でしかないので、アセナは保険として『契約の更新』ができるような契約内容にしたのである(実に狡い)。
もちろん、いつの間にか護衛対象からネギが消えていたことにアセナは気付いていたが、そこはエヴァを信じることにしたらしい。
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Part.06:仮契約と秘法具
「あ、あと、『仮契約』もして欲しいんだけど、いいかな?」
「ついでのことのように重要なことをサラッと言うな!!」
契約の変更が終わったことで緊張が緩み、それまでの精神的疲労も合わさってエヴァが思わず気を抜いた時、
それを狙っていたかのようなタイミングでアセナが「そう言えば、忘れてた」と言った雰囲気で重要な話題を切り出す。
まぁ、今回ばかりは意図して行った訳ではないが、これまでの実績のためにエヴァは故意だと捉えたのである。
いい意味でも悪い意味でも、普段の言動が『信頼』を築く と言う見本だろう。
「いや、オレとしては『契約』の変更の方が重要だったんだけど?」
「貴様にとっては そうなのだろうが、『仮契約』も重要な事項だ!!」
「そうかなぁ? 契約とは言え『仮』のものでしかないでしょ?」
「……貴様はパートナーについて小娘からどんな説明を受けたんだ?」
あまりにも温度差があるため、エヴァは嘆息を交じりに『仮契約』に対する知識を確認する。
「え~~と、確か『召喚』やら『念話』やらが可能になるって話を聞いた気がするかな? (13話参照)
でも、大事なのは『秘法具(アーティファクト)』って言う便利なアイテムが手に入る可能性だよ。
だって、『召喚』と『念話』は現有の魔法具で代用可能だけど、『秘法具』は代用できないじゃん?
まぁ、魔法具で代用可能な物になるかも知れないけど、それでも手札は大いに越したことはないでしょ?」
もちろん、夫婦云々についても覚えてはいるが、忘れたことにしているだけである(理由は お察しください)。
「まぁ、確かに そうだな。付け加えるとすれば、それらの特典に加えて『魔力供給』も可能になることだな。
ちなみに、『魔力供給』とは、簡単に言うとドーピングの様なもので『界王拳』みたいな状態になると思えばいい。
素人でも『魔力供給』を受ければ超人並の身体能力が得られるからで、主を守る従者には相応しい能力だな」
知識を披露するのが嬉しいのか、エヴァが機嫌がよさそうに説明をする。
「……つまり、『仮契約』ってメリットばかりってことでOK?」
「まぁ、間違った認識ではない……が、正しい認識でもないな」
「と言うと? 何かしらのデメリットがあるってことかな?」
「ああ。しかも、メリットが霞んでしまうくらいのデメリットがな」
エヴァの説明によると、『仮契約』自体にはデメリットはないが、そこから派生することがデメリットを生むらしい。
と言うのも、『仮契約』を結ぶと言うことは「結んだもの同士が『パートナー』関係を結んだ」こととして扱われることになり、
現代の『パートナー』は夫婦的な意味合いもあるため、戦略上の『パートナー』として『仮契約』しても誤解されてしまうからだ。
通常ならば痴情の縺れ程度の問題にしかならないが、アセナもエヴァも『込み入った事情』があるため誤解は危険を招いてしまうのだ。
「……そう言う意味なら、既にネギとしているから今更と言えば今更なんだけど?」
既に愛衣などからロリとかペドとかの謗りを受けているので今更なことだ。
それに、京都では『パートナー』とは関係なく危険に巻き込まれているし。
そのため、エヴァの『パートナー』と見なされてもアセナは特に気にならない。
「いや、貴様がロリとかペドとか変態とかで問題になるのではなく、『私』の方で問題となるんだ」
既に解除されている とは言え「エヴァが600万ドルの賞金首だった」と言う事実はなくならない。
つまり、賞金を掛けられるだけのことをして来たのだ。少なくとも、賞金を掛けた者達にとっては。
事実、エヴァは(自衛のためとは言え)数え切れない人間を殺めており、多くの恨みを買っている。
「貴様を危険から守る『契約』をしているのに、私のせいで危険を増やしたら意味がないだろう?」
最初は「貴様の様な変態と誤解される私が大変なのだが?」と言われたのだ と受け止め、軽くショックを受けていたアセナだが、
エヴァの説明を聞いて「自分を心配しての発言だった」と言うことを理解し、己の勘違いを恥じつつコッソリと安堵していた。
もちろん、それらの内心の動きを悟らせるような真似などはしないが(だからこそ、コッソリとエヴァに感謝して置くのだが)。
「まぁ、確かに そうだけどさ……『仮契約』したってことを秘密にして置けばいいだけじゃない?」
エヴァと『仮契約』したことで「エヴァと深い関係にある」と誤解されて危険に繋がる と言うのなら、
前提となる「エヴァと『仮契約』したこと」を隠せば「エヴァと深い関係にある」と誤解されなくなる。
つまり、周知の事実になると困った事態になるのならば、その情報を秘匿すればいいだけの話なのだ。
「…………そう言えば、貴様は『小娘の従者だ』と偽っているのだったな」
アセナはネギの主である。もちろん、変な意味ではなく『パートナー関係』としての意味で、だ。
だが、周囲は「アセナがネギの従者である」と誤解しており、アセナは敢えて その誤解を解いていない。
魔法使いと非魔法使いの『パートナー関係』において魔法使いが主になるのは『当然である』ため、
周囲がアセナとネギの関係を誤解してしまうのは仕方がないと言えば仕方がないことではある。
重要なのは、誤解に気付きながらも敢えて誤解を解かないアセナの情報秘匿に対する姿勢だろう。
「まぁね。騙したり偽ったり誤魔化したりするのはオレの十八番だからね」
自慢していいものか非常に判断に迷う内容を苦笑しながら語るアセナの心境は複雑である。
唾棄すべき行為だ と認識しながらも、これからの自分には欠かせない とも認識しているのだ。
人間としては賞賛してはならないことだが、権謀をめぐらす者には必要となることなのだ。
「……はぁ、わかったよ。そう言うことならば、『仮契約』してやる」
アセナの心境をどこまで汲み取ったのか はわからないが、エヴァは苦笑と嘆息を交えて応える。
そもそも、『仮契約』自体はメリットとなる(デメリットもあるが微々たるものだ)ため、
『パートナー』としての危険性さえクリアできれば、エヴァに断る理由は特にないのだ。
まぁ、敢えて断る理由をあげるとするならば、契約の方法がキスであることくらいだろう。
だが、キス以外の方法もあるため断る理由としては弱い(むしろ、断る理由にならない)。
「ありがとう、エヴァ」
それらの事情をわかってはいるが、それでもエヴァが自分から了承してくれたことは嬉しい。
余談だが、アセナを守る と言う契約を利用して「守ることに繋がるでしょ?」などと詭弁を弄し、
エヴァに『仮契約』を迫る案も思い付きはしたが、愚作でしかないため速攻で忘却したらしい。
「ふ、ふん。あくまでも契約の延長線上でしかないんだからな?」
真正面から明け透けに感謝をされたエヴァは、ついつい頬を赤らめて目線を逸らす。
そんなエヴァに「うん、テンプレなツンデレ、略してテンツレだね」とは思うが、
アセナがエヴァに感謝していることは確かである(そう見えないのは照れ隠しである)。
……以上のような経緯で、アセナとエヴァの『仮契約』は成った。
もちろん、契約の方法はキスではない。彼等が取ったのは「魔法陣に両者の血を滴らせて宣誓し合う」と言う方法だ。
まぁ、魔法陣の上でキスするだけの方が楽な方法なのだが、『仮契約』をした後のことまで考えると面倒なのである。
何故なら、二人がキスしたことがネギや茶々丸に露見したらアセナが不幸にしかならないのは目に見えているからだ。
ちなみに、アセナが得た秘法具(アーティファクト)は『ハマノヒホウ』と言う名前の「黒い金属製の杖」だったらしい。
名前から おわかりの通り、明日菜の『ハマノツルギ』の別バージョンのものであり、その効果も同様だ。
だが、顕現できたのが杖なだけで、カードの図柄では「火星儀っぽい球体の付いた、杖みたいな鍵」である。
どう見ても「造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)」に見えるが、そう見えるだけだろう。
多分、きっと、恐らくは、そうに違いない……
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オマケ:究極の選択を
「失礼するよ、超 鈴音」
あの後――話を終えて昼食を御馳走になった後、早速エヴァの修行を受け始めたネギを影ながら応援することにしたアセナは、
「さて、サッサと帰って積みゲーを崩そうかな? あ、でも、積み上がっている問題を少しでも解決して置こうかな?」
と言う何ともコメントのしづらい理由で超と『お話』をすることにし、超の研究室に訪れたのだった(もちろん、連絡は入れた)。
「一応は確認して置くガ……ココに来たと言うことは『本題』を聞いてくれルと言うことカネ?」
超の言う『本題』とは、23話のPart.01で『触り』だけ語られた「麻帆良に戻ったら話すことにしてある話題」を指している。
そして、『本題』を話す条件として「麻帆良に戻るまでアセナが超を信用し続けること」があったので、超は訊ねたのである。
まぁ、アセナが自ら超の元を訪れたことから「超を信用している」と無言のうちに示されたので、あくまでも確認に過ぎないが。
「そうさ。キミの情報は実に興味深いからね。是非とも『本題』を話して欲しい と思っている」
アセナが「信用に足る」と言う言葉を使わずに「興味深い」と言う言葉を使ったのは、
単に「信用している訳ではない」と言うメッセージを伝えるため『だけ』ではない。
そこには「簡単に信用はしないので、頑張ってくれ」と言う牽制が含まれていた。
もちろん、超もそれを読み取っており、口元に不敵な笑いを浮かべる。
「興味深イ、ネェ。だが、『アレ』は事実とは掛け離れた内容だったのではないカネ?」
「……確かに、正確な情報ではなかったね。でも、充分に利用価値のある情報だったよ」
「そう言ってもらえルのハ有り難いガ……むしろ、私は見捨てられルと思ってイタのだガ?」
超のもたらした情報は「原作と似た経緯を辿った歴史」だったため『ここ』とは大きく異なる顛末だった。
「まぁ、キミの情報とは異なる顛末を辿ったのは否定しない。だけど、参考になったのは確かさ。
って言うか、この場合キミの情報を参考にしたからこそ顛末が変わった と見るべきじゃないかな?
むしろ、オレが『それ』に気付かずにキミの評価を下げていたらオレの評価が暴落したんじゃない?」
アセナは『情報』のような事態になることを避けたのだから『情報』と顛末が異ならない訳がないのだ。
「ほほぅ? だが、『単なる私の妄想』と切り捨てルことも できタのではないカネ?
むしろ、怪しさ爆発ナ私の情報なんかを参考にしタことに驚いタのが本音だヨ?
私としてハ、後になって『利用価値があっタ』と気付かれルだけダと思っていたヨ?」
超は最初から信用されるとは思っていなかった(後から信用されればいい と考えていた)ため、アセナが『情報』を参考にしたのは予想外だった。
「まぁ、スクナ云々の情報をエヴァが仕入れていたからね、『下地』があっただけさ」
「……なるほどネ。私の情報ハあくまでも『補強材料』と言っタところだっタのだネ?」
「当たり前さ。むしろ、敵対していない とは言え無条件に信用する訳がないだろう?」
「まぁ、そうだネ。選べる立場ではナイ私としてモ、そんな甘ちゃんハ願い下げだヨ」
そして、「では、そろそろ『本題』に入ルとしよウ」と言ってアセナを研究室の奥へ招き、超は『本題』を語り出した。
「実を言うト、私ハ未来から歴史を変えルために やって来た火星人なのダヨ」
「……なるほど、そうなんだ。それで? どんな歴史を どんな風に変えたいの?」
「え? 何カネ、その薄い反応ハ? そんなにアッサリと信じていいのカネ?」
「いや、判断材料が少な過ぎるから とりあえず情報収集を優先しただけだよ?」
「そ、そうカ……自分で言うのもアレだが、まず否定されルと思ってイタのダガ?」
「まぁ、普通は『未来から来ました』なんて言われたら、頭から否定するだろうねぇ」
「じゃあ何デ情報収集を優先シタのカネ? いや、こちらとしてハ有り難いのダガ……」
「キミが未来から来た と仮定すると、腑に落ちなかったことが腑に落ちるからさ」
「……聞く耳を持たれナイよりハ マシだが、冷静に対応されルのも やりづらいネェ」
心を乱すために開口一番に爆弾を投下したのだが、予想以上にダメージを与えられなかったので苦笑するしかない。
「まぁ、話を続けるガ……私のイタ未来でハ、人類ハ火星も生活圏にしていてネ、私も火星に住んでイタのダヨ。
宇宙進出と言えば聞こえはいいガ、火星と言うのハ地球と比べて資源が貧しくてネ、ソコは奪い合いの世界だたヨ。
血で血を洗うソコはココでの紛争地帯と大差ナイだろうネ。ただし、規模が地帯と言うレベルを超えてイタが、ネ」
苦笑を深め、最早 苦味しか残っていない超の胸中には何があるのか? アセナは黙って続きを促すことしかできない。
「そんな世界ニ生まれ育った私ハ考えタ。『どうしテ、こうなってしまっタのカ?』と、考え続けタ。
そして、出た結論ハ『最初から間違えタ』であり、それを正すにハ『最初から』変えなければならなイ。
だからこそ、私ハ『人類が火星に住むことになル歴史』を変えよウと思イ、そのためにココに来たのダヨ」
人類が火星に住まなければ火星で起こる悲劇はなくなる。単純明快な結論だ。
「ココに来てから、私ハ『歴史』に介入すルための下準備を続けて来タ。言わば、潜伏期間だネ。
だが、私が介入しなくとモ、私が投じた『異物』があルだけデ、既に『歴史』は変わりつつアル。
キミが溺れたことも そうダし、今回の京都での出来事も そうダ。間違いなく『歴史』は変化してイル」
そう、大した意味を成さない違いが積み重なり、大きな違いを生み出した。バタフライ効果そのものの現象が起きていたのだ。
「だが、まだまだ『少々違う』程度の変化ダヨ。このまま『歴史』が変わルとハ断言できナイのが現状サ。
それ故ニ、あんな未来にしナイためニ――『歴史』を変えルためニ、キミに協力をしてもらいたいのダヨ。
もちろん、キミニ迷惑を掛ける程の協力を求めルつもりはナイ。最悪、邪魔をしないでくれルだけでもイイ」
そして、超は「それガ私の『本題』ダヨ」と話を帰結させると、後は口をつぐんでアセナの返答を待つ。
語るべきことは語り終えた、後は返答を受け取るだけだ。そう言っている様な超の態度から察するに、
アセナが口を開くまで、つまりアセナが協力依頼への返答をするまで、超の口は開かれることはないだろう。
そのため、アセナは長くも短くもない時間を瞑目して黙考すると、意を決したのか やがて重い口を開く。
「……いや、喜んでキミに協力するよ。そんな『歴史』はオレもお断りだからね」
正直、超の持つ情報や技術が欲しかったアセナとしては願ったり叶ったりな申し出だ。
それに、アセナが密かに進めようとしている『計画』のためにも超の協力は欠かせない。
まぁ、言うまでもなく、そんな内心を悟らせるような真似をする程アセナは甘くないが。
もちろん、超とてアセナが善意だけで協力する とは思っていない。裏があることは想定している。
だが、たとえ裏があろうとも、アセナの協力を取り付けられたことは非常に大きい。
アセナを味方にするだけで、ネギやエヴァやタカミチなどを敵に回さずに済むのだから。
それ故に「油断ハ禁物だガ、第一関門ハ突破ダヨ」とコッソリと安堵する超だった。
こうして、それぞれの思惑が交差する中『本題』は終わったのだが……実は ちょっとした余談は残っていた。
「あ、ところデ、キミはドジっ娘メイドと完璧メイド……どちらの方ガ好きなのカネ?」
「え? 何それ? 意味がわかんないんだけど? 何の目的があって訊いてるの?」
「いや、開発のためニ男子中学生の好み と言うものを知りたいだけデ、特ニ他意ハないヨ?」
「ふぅん? 他意があるようにしか聞こえないけど……ここは敢えて信じて置こうかな?」
「ならバ、協力の一環としテ、参考までニキミの意見を聞かせテくれないカネ?」
「そう言うことなら……基本的には完璧なんだけど、時々ドジをやらかす感じがイイかな?」
「ほほぉう? それでハ、猫チックな女のコと犬チックな女のコとでハ、どちらガいいカネ?」
「敢えて言うなら、普段は犬の様に従順なんだけど偶に猫の様に気紛れになる とかかな?」
「……それじゃあ、ぶっちゃけるト、ツンデレとクーデレは どっちに萌えルのカネ?」
「う~~ん、何て言うか、いや、何と言うべきか……最早ヤンデレ以外ならば何でもOKかな?」
「なるほどネ、大体わかたヨ。って言うか、悉く選択肢を無視シタ答えをくれテ実ニ有り難いヨ」
「いや、だって、参考までに聞きたかったんでしょ? って言うか、選択肢の幅が狭過ぎじゃない?」
「参考にしやすいようニ狭めたんダガ……得られた結果ハ参考にしづらいものだたので残念だヨ」
「いや、あくまで参考意見として聞いたんだよね? それなら、そこまで責任は持てないって」
「……まぁ、いいサ。参考にしづらかったケド、それなりニ欲しいデータ ハ得られタからネ」
「へ~~、そうなんだ(ところで、欲しいデータって何だろう? やっぱり、意味がわからないよ?)」
この会話で超が開発予定の『とあるもの』の方向性が固まったことをアセナは知らない。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「ネギの過去話に思わせて、アセナが着々と味方を増やしている」の巻でした。
と言うか、アセナの仮契約の相手、かなり悩んだんですよ? 木乃香とかタカミチとか、意表を付いてアルビレオとか。
で、結果的にキスしない方法でエヴァに決めました(タカミチやアルビレオともキスはさせない予定でしたけどね)。
まぁ、婚約者としての立場やネギ以上の魔力量とかの要因で木乃香が最有力候補だったんですけどね? 候補としては。
ですが、ここで木乃香と仮契約しちゃうと あやか の立場があまりにも可愛そうなので、その案は廃棄しました。
ところで、「エヴァは契約方法をキスだと思って焦っていた」と仮定するとニヤニヤできませんか?
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2010/12/26(以後 修正・改訂)