第33話:変わり行く日常
Part.00:イントロダクション
今日は5月3日(土)。
エヴァへの弟子入りを果たしたネギは、4月28日(月)から修行に明け暮れていた。
放課後から朝方まで(16時から翌日の8時まで)ずっと『別荘』に籠もり切りで、だ。
そのため、ある意味でアセナは平穏だったらしいが……当然ながら彼の平穏は続く訳がなかった。
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Part.01:魔法具製作理論
魔法具製作と一口に言っても その範囲は複雑多岐に渡り、当然その工程も複雑多岐に渡る。
敢えて簡略化した説明をするとしたら……工程は大きく分けて二段階となる と言えるだろう。
その二段階とは、一段階目が「素材の入手」となり、二段階目が「術式の刻印」となる。
たとえば『ギアス・ペイパー』を作るには、魔法世界に生息する『沈黙の羊』で作った羊皮紙を素材とし、
それに「署名すると記された契約内容を遵守せざるを得なくする術式」を組み込むことで作成する訳だ。
では、その「素材の入手」だが……これは二種類に大別される。
一つ目が買うなりして入手する『収集』で、二つ目が他の部材から加工する『精製』だ。
ちなみに、『精製』は技術的な加工の場合は含まれない。つまり、魔法的な加工の場合のみを言う。
先程の『ギアス・ペイパー』の例で言うなら、『沈黙の羊』から素材を作るのが『収集』となり、
他の羊皮紙などに魔法を掛けるなどして目的の素材に変化させるのが『精製』となる訳だな。
次は「術式の刻印」についてだが……その前に『術式』の説明をして置こう。
そもそも、『術式』とは「精霊に魔法現象を発現させるように命じる命令文」のことだ。
言い換えるならば「魔法を発動するために必要となる設計図」――つまり「魔法の根幹」だな。
通常の魔法は、術式を頭の中で組み上げ、それを『詠唱』によって精霊に伝えている訳だ。
貴様の場合、某キエサルヒマ大陸の魔術理論で言うところの『構成』と言えば わかりやすいか?
とにかく、術式を理解せずに詠唱だけしても魔法は発動しない。精霊に意思が伝わらないからな。
……忘れているかも知れんが、魔法とは「魔力を代償に精霊を使役すること」だぞ?
人間だって明確な指示がなければ、正しく動いてはくれんだろう? それは精霊も同じ と言うことだ。
まぁ、優秀な人材ならば適当な指示でも正しく動いてくれるだろうが、そんな人材は滅多にいないだろう?
精霊の場合は それが顕著でな、特に魔力で使役されてくれる程度の精霊だと自立的な意思を持っていないのだよ。
つまり、精霊は良くも悪くも『中立』なため、明確な指示を与えなければ正しく魔法を発動してくれんのだ。
で、「術式の刻印」とは、文字通り「術式を素材に刻み込む」訳だが……これも二種類に大別できるな。
一つ目が「術式そのもの」を刻み込む『紋』で、二つ目が「術式を展開する術式」を刻み込む『陣』だ。
単純な術式は『紋』で発動可能だが、複雑な術式は『陣』でなければ正確に発動しないのが通例だな。
当然、『紋』の方が簡単に刻み込めて『陣』の方が難易度は高くなる。言わば、刻印は魔法具製作の肝だな。
まぁ、素材を用意できたり術式を理解できていても、刻印ができなければ意味がないのだから当然だろう?
――しかし、小娘の秘法具は「素材の情報」と「術式の内容」を記入する『だけ』で魔法具製作ができてしまうのだ。
もちろん、無から有を作り出している訳ではない。代償として、小娘の魔力を通常の魔法具製作以上に消費している。
だが、言い換えれば「魔力で素材を『精製』できる うえ、刻印を自動で行ってくれる」と言うことになる訳だ。
これの意味することがわかるか? 入手困難な素材だろうが、情報と魔力だけあれば入手できてしまう、と言うことだ。
それに、術式を理解してさえいれば刻印の熟練度を上げる必要もなく、複雑な術式を組み込めてしまうのだぞ?
わかっているだろうが、これらの能力は相当に規格外だ。「至高の秘法具」と言っても過言ではない逸品だろうな。
ん? そう言えば、話が逸れたな。
とにかく、以上のような理由で、小娘の魔法具製作には「素材の入手」も「術式の刻印」も必要がない。
だが、「素材の情報」と「術式の内容」は必要であるため「素材の知識」と「術式の知識」は必要だ。
それに、素材を見抜く観察力や素材を想定する想像力、術式を組み上げる思考力なんかも必要だろうな。
つまり、小娘の(魔法具製作の)修行は、「知識の習得」と「応用力の鍛錬」となる訳だ。
そんな訳で、現在は私の所蔵している魔法書を片っ端から読ませて知識を詰め込んでいる段階にある。
今頃、『城塞』の地下書庫で(死んだ魚のような目をしながら)知識を得る喜びを感じていることだろうな。
で、これと平行して、実践として簡単な魔法具を『解析』させて同じような魔法具を製作させてもいる。
「どんな魔法具に、どんな素材が使われ、どんな術式が刻まれているのか?」を脳に染み込ませる訳だな。
予定では、模倣に慣れたら素材や術式を別のものに変えて よりランクの高い魔法具を製作させるつもりだ。
ちなみに、修学旅行前は時間がなかったので、最低限 必要となる素材と術式の知識を与えただけで、言わば『答え』を教えたようなものだな。
もちろん、魔法具製作の「基礎中の基礎」は教えてやったが、まだまだ不充分な知識量だ。応用力に到っては、皆無に等しいだろう。
だが、これからは時間の制限がないのでミッチリと教えられる。つまり、知識も応用力も身に付けさせることができる と言う訳だよ。
ついでに、あの時点で『ストーム・ブリンガー』を作れたのは、私が教えたのもあるが、小娘が風属性に造詣があったからだろうな。
恐らく、あの時点の小娘の知識と応用力では、実戦に耐えられるレベルの魔法具は他に雷属性くらいしか作れなかったに違いない。
「……なるほどねぇ。ネギの能力と今後の予定がよ~~くわかったよ」
エヴァの長い長い説明(しかもアセナにはどうでもいい)を聞き終えたアセナは鷹揚に頷いて応える。
その口調に不機嫌さが混じっているように感じるのは、休んでいたところを突然エヴァ宅に呼び出されたからだろう。
「で? もしかして、オレを呼んだのは その説明を聞かせるためだった訳?」
「まぁ、それもある。小娘の能力の概要くらいは知って置きたいだろう?」
「ああ、そうだね。戦力の把握は重要だから、その点については賛成だね」
だが、アセナとしては休日に呼び出されるに足る用件ではない。軽くイラッと来る。
「まぁ、安心しろ。この説明のためだけに貴様を呼んだ訳ではないからな。
貴様に別件があったから呼び出しただけで、説明をしたのは ついでに過ぎん。
今までのは本題を話す前の準備運動のようなものだ と思ってくれて構わんよ」
エヴァはアセナの言外のメッセージに苦笑を交えて応えると、苦笑を消すために茶々丸が用意してくれた紅茶を啜るのだった。
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Part.02:修行の時間
「で、本題だが……貴様には最低限の自衛能力を身に付けてもらいたいのだよ」
紅茶を啜って御茶請けのクッキーを美味しくいただいた後、エヴァは事も無げに本題を話し始めた。
それを聞いたアセナは、一瞬だけ「ナニイッテンノ?」と言う顔をした後、冷静に思考を始める。
フェイトと対峙した経験のためか、今のアセナは動揺はすれども冷静さは失わないようになっていた。
「……理由を訊いてもいいかな? 護衛のためにチャチャゼロを貸してくれたんだよね?」
アセナは自身が「神楽坂 明日菜と同等の存在」であることを理解しているため、究極技法である『咸卦法』が使えることを知っている。
また、幼い頃に詠春から剣の手解きを受けた経験があることを思い出してもいるため、最低限の『下地』ができていることも知っている。
それに、『黄昏の御子』と言う『戦争の道具』として生かされていた時、敵を殲滅するための戦闘技術を摺り込まれたことも知っている。
以上のことから、正規の訓練を受ければ一流の使い手になるだろうことはわかっている……が、アセナは戦闘要員になる気はないのだ。
「ああ、そうだな。貴様の護衛としてチャチャゼロを貸してやっているのは確かだ。
だが、貴様の立場を考えると、貴様自身の自衛能力も必要になるのではないか?
いつ狙われるかわからんし、常にチャチャゼロを傍に置ける訳ではなかろう?」
「まぁ、確かに。エヴァの言うことには一理あると思う。だけど、オレには戦闘なんて向かないと思うよ?」
アセナの正体が周知のこととなればアセナは常に危険と隣り合わせとなる。しかも、アセナを危険から守る護衛を常に傍に置けるとは限らないのだ。
また、『転移』を用いて逃亡しようにも発動までにタイムラグが存在するし、フェイトに襲撃された時のように『転移妨害』をされたら逃亡すらできない。
しかし、だからと言って、アセナには戦闘を行う気も学ぶ気もない。何故なら、直接的な戦闘はアセナの本分(間接的な戦闘)とは程遠いからだ。
と言うか、アセナとしては「素人の生兵法は危険なんだから、最初から その選択肢は有り得ないでしょ?」と言う気持ちだ。
「しかし、貴様が戦闘に向かなかったとしても、貴様には最低限の戦闘能力が必要なのではないか?
そもそも、今回の件で『足手纏いにならない程度の戦闘能力は必要だ』と感じたのではなかったのか?
タカミチと近衛 詠春を石化させられた時、貴様は足手纏いになったことを嘆いていたのだろう?」
「…………そう、だったね。確かにエヴァの言う通りだよ」
エヴァの放った言葉には、アセナに考えを改めさせる――いや、正確には、アセナに悔恨を思い出させる威力があった。
アセナには「アセナにしかできない、アセナがやらねばならないこと」がある。それはアセナにとっては否定できないことだ。
だが、京都の戦いの時に感じた「足手纏いでしかなかった自分が許せなかった」と言う想いもまた否定できないことなのだ。
「ありがとう、エヴァ。危うく大事なことを忘れるところだったよ」
嘆きに囚われることは愚かなことでしかないが、それを糧に進むことは重要なことだろう。
それを思い出したアセナは、思い出させてくれたエヴァに感謝の意を素直に伝える。
言葉に添えられたアセナの笑顔は とても澄んでおり、嘘偽りのない感謝を表していた。
まぁ、当然、感謝されることに慣れていないエヴァは照れてツンデレる訳だが。
「ふ、ふん。べ、別に感謝されるようなことをしたつもりはないぞ?」
「それでも、オレにとっては感謝すべきことだったんだから感謝させてよ」
「私が『別にいい』と言っているんだ。だから、感謝をする必要はない」
「まぁ、そうかも知れないけど。それでも、やっぱり、感謝は禁じ得ないよ」
「……ならば、勝手に感謝してろ。私が気にしなければいいだけの話だしな」
だが、素直に感謝し続けるアセナにはエヴァのツンデレも意味がなく、最終的には折れる他なかったが。
「じゃあ、勝手に感謝して置くよ。まったく、相変わらずの照れ屋さんだねぇ?」
「う、うるさい!! 忌み嫌われることには慣れているが、感謝には慣れてないんだ!!」
「……そっか。それなら、これからは感謝やら好意やら善意にも慣れて行こう?」
「クッ!! な、なんだ、その生暖かい眼は!? 貴様、私を哀れんでいるだろう?!」
「いや、むしろ『同病 相哀れむ』って感じかな? 同情よりも共感しているんだよ」
悪意には敏感だが好意には鈍感なナギとしての人格の色が強いつアセナにとって、エヴァには似たものを感じる相手なのだ。
「…………そうだな。貴様も孤独の中を生きていたんだったな」
「まぁ、『生きる』と言うより『生かされていた』んだけどね?」
「す、すまん。迂闊だった。嫌なことを思い出させてしまったな」
アセナは、エヴァが自身の放浪時代とアセナの『黄昏の御子』時代を重ねていることをわかっているが、訂正すると ややこしいため訂正しない。
「別にいいよ。その頃の記憶は曖昧にしか思い出せていないからね」
「それでも、謝らせろ。私の配慮が足りなかったのは事実だからな」
「だから『別にいい』って言って――って、さっきの逆パターンだね」
そのため、アセナは勘違いから謝るエヴァに居心地の悪さを感じており、先程の遣り取りを引き合いに出して話を切り上げようとする。
「そうだな。貴様と私とで立場が逆だし、感謝と謝罪とでも逆だな」
「ってことで、エヴァの謝罪を受け入れるから、そろそろ本題に戻らない?」
「……ああ、そうだな。サッサと本題を終わらせてしまうのに異論はない」
アセナの思惑を察したエヴァは閑話が続いていたことを思い出し、話題を本題に戻すことも賛同する。
「じゃあ、自衛能力の強化って、具体的には どんなことをする予定なの?」
「端的に言うと、戦闘技能を磨いてもらう予定なのだが……それでいいか?」
「まぁ、妥当なところだね。このまま魔法具だけに頼るのは無理があるからね」
京都での出来事を鑑みるに、魔法具のみを戦闘手段にするのはリスクが高い。せいぜい、手札の一つとして持つ程度だろう。
「よし、話は決まったな。では……茶々丸。このバカの『教育』は任せたぞ?」
「え? ちょ、茶々丸!? よりにもよって茶々丸がオレを教える予定なの!?」
「む? 何か文句があるのか? 言って置くが、茶々丸は かなりの使い手だぞ?」
「いや、強いのは知ってるさ。問題は、その性格(と言うか性癖)なんだけど?」
アセナを眼の敵にしている茶々丸がアセナに訓練を施すと言うのだから、アセナの不安は尤もだろう。
「……まぁ、頑張れ。死なない程度に痛め付けられる程度だろう、きっと」
「いや、『きっと』って辺りに物凄く不安が残るんですけど?」
「さ、さぁて、そろそろ小娘の様子を見に行ってやらなければならんな!!」
「態とらし過ぎる話題の転換に最早 涙しか出ません。いや、マジで」
エヴァも危険性はわかっているのだろう。引き攣った表情で茶々丸と入れ替わりにリビングを出て行ったのだった。
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「……神蔵堂さん、すみません。マスターの命令で『仕方がなく』貴方をフルボッコにしますね?」
「いや、『本意ではありません』って顔してるけど……物凄く嬉しそうなのはオレの気のせいかな?」
「安心してください。ネギさんの作った治療薬が大量にありますので、死ぬことはないと思います」
『南国』の闘技場(原作初期の修行場)に連行されたアセナは、爽やかな笑顔を浮かべた茶々丸に死刑宣告を受けていた。
「いや、それは本当に死なないだけじゃない? って言うか、怪我は前提なんだ?」
「安心してください。ストックが足りなくなったら作っていただけばいいんですから」
「軽くスルーされた!? って言うか、安心できるポイントが一切ないんだけど?!」
「それでも、安心してください。軽くトラウマになるくらいに止めて差し上げます」
笑顔を更に深くして告げる茶々丸に、アセナは必死の抵抗を試みる。
「『止める』が『停止』の意味ではなく『トドメ』の意味に聞こえるのは気のせいかな?」
「さぁ? 『気のせい』と言う名の『気にしてはいけないこと』ではないでしょうか?」
「……本当に安心できるポイントが一切ないんだけど? オレ、どうすればいいの?」
生き生きとしている茶々丸とは対照的に死んだような瞳をするアセナ。実に哀愁が漂っている。
「あきらめれば いいのではないでしょうか? と言うか、いい加減にあきらめてください」
「そ、それでも、守りたいラインがあるんだ!! って言うか、あきらめたくないんだ!!」
「想いだけでも、口先だけでもダメなのです。と言うか、人生あきらめが肝心ですよ?」
ちなみに、アセナの守りたいラインとは「安全を確約されている状態」である。
「でも、安西先生は『あきらめたら そこで試合終了だよ』って言ってたもん!!」
「しかし、いい加減にあきらめないと、試合の前に人生を終了させたくなりますよ?」
「す、すみませんっしたぁあああ!! もう無駄な抵抗はしませんから許してください!!」
あきらめの悪いアセナだが、相手の神経を逆撫でしないためにあきらめることの肝要さを学んだ瞬間だった。
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Part.03:必要は発明の母
「ふふふふふ……オレは燃え尽きちまったぜ」
修行(と言う名の虐待)から開放されたアセナは、リビングの片隅で蹲ってブツブツ呟いていた。
その背中は煤けており、その燃え尽きっぷりはパンチドランカーな あの人に勝るとも劣らない。
魔法薬の御蔭で肉体的には健康そのものだったが、あきらかに精神的にはヤバい状態でしかなかった。
「はふぅ。『そう言う姿』を見るのは久し振りですけど……やっぱりイイですねぇ」
そして、ネギは そんなアセナの煤けた背中を見て「こう言う情けない姿と真剣な時のギャップが萌えなんですよねぇ♪」とか独り言ちていた。
そう、ネギはダメな姿に萌えてしまうタイプなのである。言わば「ダメな姿にポされてしまう」と言う意味での『ダメポ』である。
まぁ、そんなネギも充分にダメなので、普通にダメな意味でも『ダメポ』なのだが。特に涎を垂らすのは乙女として如何なものか と思う。
「やぁ、ネギ……」
自分の世界に引き篭もっていたアセナは、そんなネギのダメなセリフは聞こえていなかったが、
声の位置から誰かが接近して来たことに気が付いたので、声の方を振り向いて声の主を探す。
そして、死んだ魚のような目でネギを眺めた後、ようやく声の主がネギだとわかったようだ。
「……こんにちは、ナギさん。大分お疲れのようですね?」
ネギは「乙女としては どうよ?」と言う反応に気付かれていなかったことに安堵しつつ問い掛ける。
一見、元気そうに見えるネギだが、不用意なセリフを漏らしてしまうくらいにヤバい状態だったのだ。
優秀な頭脳を持つネギですら、エヴァから課せられた「知識の習得」はオーバーワークだったようだ。
それだけエヴァは熱心にネギを育てているのか、単にエヴァがドSなだけなのか……判断に迷うところだ。
まぁ、ネギはアセナのダメな姿を視姦――もとい、観察することで癒されたので、特に問題はないのだが。
「別に疲れてないさ。単にメイド恐怖症になるくらいに精神的負荷を味わっただけさ」
骨折ですら一瞬で完治させる魔法薬があったために、アセナは容赦なくフルボッコにされた。
と言うか、フルボッコと言う言葉では生温いくらいにズタボロのグチョグチョにされた。
で、それを成した存在である茶々丸はメイド服を着こなして物凄いイイ笑みを浮かべていた。
メイド属性も持つアセナだったが、これからはメイドさんを見る度に恐怖に慄くことだろう。
「それはそうと……ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
このまま この話題を続ければ心が折れそうになるのは火を見るよりも明らかだ。
そう判断したアセナは、話題の転換をしようと先程 思い付いた頼み事をすることにした。
「頼みたいこと、ですか? もしかして、性的なことでしょうか?」
「いや、違うから。って言うか、そんな期待に満ちた眼で見ないで」
「え? でも、ボクはいつでも『心の準備』は完了できてますよ?」
「いや、そんな準備はしなくていいから。むしろ、他の準備をしよ?」
真顔でとんでもないことを訊いて来るネギに、アセナは顔を引き攣らせて応えることしかできない。
「……まったく、ナギさんってば本当に『イケズさん』ですねぇ」
「いや、イケズさんて……一体、どこで覚えて来るのさ、そんな言葉?」
「え? コノカさんに教えていただいたんですけど……変ですか?」
「いや、変な訳じゃないんだけど――って、そうじゃなくてね?」
「ええ、そうですね。頼みたいことですよね。何でも仰ってください」
自ら脱線したことを棚に上げ、アッサリと軌道修正に応じるネギに軽く脱力し掛けるアセナだったが、どうにか踏み止まって頼み事を話す。
ちなみに、アセナの頼み事とは魔法具製作であり、先のエヴァとの会話で思い付いたものである。
それは、『アイテム袋』とでも表現すべき魔法具で、『別荘』の袋版のようなイメージのものだ。
時間の操作はともかくとして、空間を圧縮して大量の荷物を持ち運びできる機能が欲しいのである。
まぁ、時間の操作をできるのなら、1時間を1日にするのではなく逆に1日を1時間にして欲しいが。
「……なるほどぉ。確かに、それなら『転移妨害』をされても平気ですね」
今までは『ポケット』を通じて『蔵』から『転移』させていたが、それは『転移妨害』に弱かった。
そのため、『転移妨害』をされてもいいように『蔵』を持ち運べるようにしたい と考えたのだ。
形状としては巾着袋をイメージしており、それをポケットに常に忍ばせて『蔵』は廃棄する予定だ。
「それに、魔力のコストダウンにもなって、魔力を他に回せるようにもなるしね」
アセナは『ケルベロス・チェーン』によって『転移』を使えるようになっているが、そのコストはアセナの魔力である。
そして、『転移』は「移動させる対象の質量」と「対象を移動させる距離」に応じて魔力の消費量が決まる。
そのため、短距離なら まだしも長距離でアイテムを出し入れするのは、無駄に魔力を消費してしまうのだ。
まぁ、アセナは そんなことを知らなかったので、京都では『転移』を多用し魔力を浪費しまくっていた訳だが。
ちなみに、茶々丸の拷問に近い指導の合間にエヴァから魔法に関する講義を受けたため、この事実を知ったらしい。
「わかりました。今のボクでは御要望をすべて叶えられませんが、可能な限り早目に作れるように頑張りますね!!」
アセナの望む機能を すべて有するとしたら、『別荘』レベルの希少な素材と高度な術式が必要である。
規格外の秘法具によって工程を簡易化できるネギだが、魔法具製作者としての道を歩み始めたばかりである。
アセナの望む魔法具(以下、『袋』と表記)を製作するには、まだまだ研鑽を積まねばならないだろう。
それはわかっているが、それを少しでも早い未来にするためネギは高めのテンションで修行に戻るのだった。
エヴァに「答え」を教われば直ぐにでも製作できる気がしないでもないが、敢えて その可能性は忘れて置くことにしたようだ。
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Part.04:インターミッション
そして、一週間の時が過ぎ、5月10日(土)。
鬼気迫る勢いで魔法書を読み漁るネギに「少し根を詰めさせ過ぎたか」と反省したエヴァは、本日の修行を休みにした。
実際は「アセナの役に立ちたい」と言う想いでモチベーションが高まっていただけだが、エヴァには壊れたように見えたのだ。
まぁ、暴走しているとも言える状態なので壊れているのと大差はないため、あながちエヴァの判断は間違ってはいないが。
そんな訳で、久々の休みを手にしたネギなのだが……正直、何をするか決めあぐねていた。
ネギはアセナとパートナーになるまでは、アセナに近付くための活動(主にストーキング方面)で時間を費やしていた。
そして、アセナとパートナーになってからは、アセナのために魔法具製作(エヴァの修行を含む)に時間を費やしていた。
そのため、アセナのストーキングをしてもいいのだが……今日のアセナの行動については調べるまでもなく把握している。
昨日から修行をしていることも、今日はネギに合わせて休みなので寝て過ごすだろうことも、ネギは理解しているのだ。
つまり、今日はアセナをストーキングする意味がないのである。まぁ、アセナを『観察』すること自体は意味があるらしいが。
もちろん、アセナの部屋に押し掛けてアセナと時間を共有したい と言う欲望がない訳ではない。
だが、疲労が蓄積しているアセナの休息を邪魔することは さすがのネギも気が引ける。
アセナが大切だからこそアセナの傍に侍ってはならない時くらい理解しているのである。
と言うか、アセナにマイナス印象を与えるような真似をしたくないだけ と言うのが本音だが。
そんな訳で、ネギは「何をすべきか?」で悩んでいた。
働き蟻も ずっと働いている訳ではなく、適度な『遊び』を入れていることはネギも知っている。
人間と蟻を同列に考えるのもどうか とは思うが、人間にも『遊び』が必要なのは否定できない。
それに「林檎の落下で万有引力に気が付いた」と言うエピソードのような『偶然』もある。
机に向かっているだけでは得られない要素と言うのは、机の外にこそ転がっているのだろう。
そのため、偶には『遊び』も必要である訳で、ネギとしては「今日は遊んでみよう」と考えていた。
だが、改まって考えると、ネギは「何をして遊べばいいのか?」がわからなかったのだ。
思い起こせば、これまでの人生でネギは自分から進んで遊ぼうと思ったことなどなかった気がする。
故郷を失う前も後もウェールズにいた頃は幼馴染のアーニャが連れ回してくれていたし、
麻帆良に来てからはアセナを追い掛けることに執心していたので、気にならなかったのである。
幼い頃は普通に遊んでいた時期もあったのかも知れないが……それも おぼろげな記憶なので役に立ちそうにない。
どうやら、遊ぶ方法を模索しても埒が明きそうにないため、ネギは逆転の発想をしてみることにした。
それは、「普通に遊べないのなら、アセナに関係することで遊べばいいじゃないか」と言うものだった。
まぁ、どこら辺が逆転しているのか は謎だが、思考に指向性ができるたのは歓迎すべきことだろう。
そんな訳で、ネギは「ナギさんに関係することで遊ぼう」と考え始めた訳だが……
ふと、「いっそのこと、『遠見』で観察し続けてみようか?」と言う危険な発想が浮かぶ。
だが、アセナにバレたら評価は底辺に落ち込むことは想像に難くないため、それは悪手だろう。
何故なら、エヴァの講義も受けているアセナが『遠見』に気付く可能性がゼロではないからだ。
まぁ、既に京都で風呂を覗いていたことが自爆でバレているが、それは鮮やかに忘却されたらしい。
ならば、「アセナの憂いを払う布石を打つこと」ならば、どうだろうか?
これならアセナにバレても問題ないだろう。いや、それどころかバレたら褒めてくれるに違いない。
最初から「アセナに関係すること」ではなく「アセナの役立つこと」を主軸に考えればよかったのだ。
まだまだ自分の欲望を優先してしまう傾向のある自分に気付き、苦笑せざるを得ないネギだった。
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Part.05:本音と建前
さて、ネギは「アセナの憂いを払う布石を打つこと」にした訳だが……
そもそも、「アセナの憂い」とは何を指すのだろうか?
それは、考えるまでもなく「あやか との軋轢」だろう。
いや、正確には「あやかが落ち込んでいること」だろう。
少なくとも、アセナを熟知しているネギは そう考えた。
最近のアセナは、元気な振りをしているが実は落ち込んでいることなど一目瞭然だった。
そして、その原因が「あやかが落ち込んでいること」であることくらい、嫌でもわかる。
伊達にアセナをストーキングして来た訳ではない。それくらい、わからない訳がないのだ。
だが、アセナが何も行動していないことを考えると……あやかが落ち込んでいる原因はアセナにあるのだろう と言う予測が立つ。
悔しいことだが、あやかはアセナにとって特別な存在であることは間違いない。
そんな あやかが落ち込んでいるのに、アセナが何も行動しないのはおかしい。
ならば、あやかが落ち込んでいる原因はアセナにある としか考えられない。
そのため、下手に動くとアセナを より苦しめる結果になる可能性があるだろう。
そこまで思考したネギは、事情を知っていそうなタカミチを尋ねた。
もちろん、タカミチがアセナの保護者であるから と言う単純な理由だけではない。
修学旅行以降、アセナがタカミチを頼っている節があるから と言う理由が大きい。
そして、タカミチから「アセナと あやかに起きたこと(31話参照)」を聞き出した訳だ。
ちなみに、例の呪いは秘匿すべきではないとタカミチが判断したため発動しなかったようだ。
……以上のような理由から、ネギは「あやかの家」を訪ねた。
もちろん、表向きは「最近、落ち込んでいる あやかを心配して」と言うものだ。
実際は「落ち込む あやかを見て悲しそうにするアセナを見たくない」だけなのだが、
ネギの本音を知らない あやかは心配されたことを喜び、ネギを快く迎え入れた。
「いいんちょさん……その、何が原因で落ち込んでいるのか は わかりませんが、ボクにできることでしたら何でも言ってくださいね?」
あやかの部屋に通されたネギは、あやかに淹れてもらった紅茶を啜った後、殊勝な態度で話し掛ける。
もちろん、ネギは原因を知っているが、それを明かすつもりはないので知らない振りをしているだけである。
ネギの目的は、あくまでも「布石を打つこと」であるため、直接的に「憂いを払う」つもりはないのだ。
だから、原因の解消(つまり、アセナの言動が あやかを守るための偽りだったことをバラすこと)などはしない。
そのため、まずは原因に触れないようにしながら あやかを慰めることを選択し、先の言葉を発した訳である。
「……ありがとうございます、ネギさん。その御心遣いだけで充分な慰めになりますわ」
次女とは言え雪広財閥の娘としての立場を持つ あやかは、社交界にて海千山千の人物達と接する経験を多く積んでいる。
当然、ネギに含むところがあることなど お見通しだった。恐らく、ネギがアセナに傾倒していることから察するに、
アセナと自分が仲違いしていることに気付いたネギが それを解消しようと思ったのだろう、そう あやかは想定する。
まぁ、実際は「解消しよう」と思ったのではなく「快方に向かわせよう」と思ったのだが、的外れな想定ではないだろう。
とにかく、そう想定しながらもネギの気遣いそのものは純粋に嬉しいのも事実であるため、あやかは素直に礼を言ったのだ。
「そうですか? 『この前』みたいに抱き枕になるくらいならできますよ?」
ネギの言う『この前』とは、妹の命日の時に あやかを慰めた出来事を指している(10話参照)。
ネギの言葉でおわかりだろうが、その時の あやかはネギを抱き枕にすることで癒されたため、
ネギは「ボクを抱き枕にすることで慰めになるならば構いませんよ?」と言っているのである。
ちなみに、ウェールズで『姉』の抱き枕になっていたので抱き枕にされるのに文句はないらしい。
ネギの本音を言えばアセナの抱き枕になりたい(もしくは、アセナを抱き枕にしたい)が。
「そ、そう言うことでしたら……是非ともお願いしますわ」
あやかの頬は紅潮しており、その呼吸も荒いし その眼に宿る熱気はヤバいレベルに達している。
ともすれば「はぁはぁ」と言う擬音が聞こえてきそうな程に興奮しているのが容易に見て取れた。
あやかがアセナを大切に想っていることは間違いない事実だ。だが、恋愛と性癖は別問題のようだ。
これには、さすがのネギも「あれ? ヤバいスイッチ押しちゃった?」と引いたが……放った言葉は取り消せないのだった。
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そして、場所は変わり、あやかの寝室にて……
豪奢で瀟洒な造りの天蓋付きのベッドにて抱き合う形で横たわる金髪の美少女と赤髪の美幼女。
服を着てはいるが若干の乱れがあるため、絡み合った肢体と共に艶美な空気を醸し出している。
光景だけなら、見る人(百合が好物な人)が見れば鼻血を噴出して涎を垂らしそうな光景だろう。
事実、ネギにスリスリしていた あやかの蕩ける様な表情は背徳的な淫靡さを持っていた。
しかし、それも過去の話。今となっては、遠い彼方の出来事でしかない。
そう、今の二人を包む空気はピンク色から真剣なものに変わっていた。
何故なら、色々な意味で耐え切れなくなったネギが爆弾を投下したからだ。
「いいんちょさん、もう気付いていらっしゃるでしょうけど……ボクは御二人が仲違いしているのを見たくないんです」
ネギは あやかの瞳を覗き込みながら言葉を紡いだ。それは「誤魔化すことは許さない」と言うメッセージだ。
言い換えるならば、これからは「僅かな感情の揺らぎすらも見逃さない」と言う心構えで会話をするつもりなのだ。
そう、ネギが自分から抱き枕になることを提案したのは「互いに逃げられない状況」を作るためだったのである。
「……そうですか」
あやかは「さて、『御二人』とは誰のことでしょうか?」などと惚けたりはしない。
ネギの真剣な様子に下手な誤魔化しは通用しないことを感じ取ったこともあるが、
敢えて触れないようにしていた話題に触れて来たネギを無視できなかったのである。
つまり、「アセナのために自分を心配している」と明言したネギに応えるしかなかったのだ。
騙された振りをして一時の慰めに興じることすら封じられた あやかには応えるしかない。
そのため、あやかは「さて、どのように応えましょう?」と続くネギの言葉に身構える。
「とは言っても、部外者としての分を弁えているつもりです。ですから、干渉する気はありませんよ」
しかし、続けられたネギの言葉は、あやかが応える必要のないもの――単なる通達のようなものだった。
あやかとしては、ネギは「ナギさんと仲直りしてください」と頼んで来るものだ と予想していたため、
干渉する気がないのなら何故に仲違いについて触れて来たのか、あやかはネギの真意を計り兼ねていた。
「――ですが、これだけは言わせてください」
何を言うつもりなのだろう? やはり、仲直りを求められるのだろうか?
あやかはネギの真意を読み取るために、ネギの瞳を覗き込む。
それは、先程の光景の焼き直しだが、今度は立場が入れ替わっている。
だが、ネギは身構えることなく朗々と言葉を発する。
「いいんちょさんは『ボクの知らないナギさん』を知っているんですよね? ……それは、否定しません。
ですが、ボクも『いいんちょさんの知らないナギさん』を知っているんです。それは、否定させません。
そして、『いいんちょさんの知らないナギさん』を知っているからこそ、ボクはナギさんを信じているんです」
僅かな躊躇いすら見せずに語るネギ。それだけアセナを信じている と言うことだろう。
「もちろん、部外者であるボクには御二人が仲違いした理由などわかりませんし、わかるつもりもありません。
ですから、ボクの独断で『御二人の仲違いを解消しよう』などと言う傲慢なことをするつもりもありません。
御二人の問題なんですから、問題を解決するのは御二人です。部外者が立ち入る余地なんてありませんよ」
ネギは「アセナが あやか を守るために あやか を遠ざけたこと」をタカミチから聞いていた。
そのため、アセナの苦しむ姿を見たくはないがネギは『真実』を明かすつもりなどない。
そうすれば問題は解決するだろうことはわかっているが、それでも明かすつもりはない。
もちろん、「アセナと あやかの仲睦まじい姿を見たくない」と言う個人的な想いもある。
だが、それ以上に「アセナの意思を蔑ろにするような真似はしたくない」と考えているのだ。
「だからこそ、ボクにできることは『ナギさんは意味もなく人を傷付けたりしない』と信じることだけなんです」
アセナの意思を蔑ろにしないために、ネギは布石を打つに止めた――アセナの行動には「何らかの意味があった」とほのめかした のである。
そこから『真実』に辿り着けるとは思わない。だが、「『真実』があるのではないか?」と言う疑念を持たせることくらいはできるだろう。
それに、「仲違いがアセナの本心ではない可能性」を示唆されれば、それだけで あやか の心は軽くなるだろう。それくらい、ネギでもわかる。
また、あやかの心が軽くなれば、あやかを見た時のアセナの苦しみが多少は軽減されるに違いない。つまり、ネギの目的は達成できるのだ。
「……以上で、ボクの言いたいことは終わりです。聞くに値しない戯言を最後まで聞いてくださって ありがとうございます」
そのため、ネギは嘘偽りのない笑顔を浮かべて心の底から あやかに礼を言った。
その笑顔は とても透き通っており、ロリコンでなくても見惚れそうなものだった。
まぁ、投下された爆弾で頭がいっぱいの あやかには そんな余裕などなかったが。
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Part.06:金色の髪の乙女
「…………はふぅ」
一方、当のアセナはと言うと、疲れ切った精神を癒すために『アンニュイ』な一時を過ごしていた。
具体的に言うと、麻帆良内のオープンテラスで濃い目のコーヒーを片手に物憂げな溜息を吐いていた。
その姿はあきらかに「疲れている」のだが、見る人が見れば「自分に酔っている」ようにも見えた。
「ナギさん? こんなところで何をなさっていますの?」
後者として受け取ったと思われる女性が不審気に声を掛けて来る。
アセナは声音と口調から声の主を類推できたが、確認のために声の方向を見る。
結果、類推通りだったことに安堵とも呆れとも付かない嘆息を漏らす。
「コーヒーを飲んで物思いに耽っているように見えませんか、高音さん?」
そう、アセナに声を掛けて来た人物とは、金髪を靡かせた少女、高音である。
その金糸のような髪を見るともなしに見遣りながら、アセナは軽く自嘲する。
口調で『誰かさん』に期待し、金髪で『誰かさん』を思い出していたのだ。
無意識とは言え高音と彼女を重ねてしまう自分にアセナは自嘲しかできない。
「ええ、見えませんわね。だって、ナギさんのキャラではないでしょう?」
ハッキリと酷いコメントをしてくれる高音にアセナは苦笑を浮かべるだけにとどめる。
自分でも「今までのキャラじゃない」と思っていただけに反論ができないのだ。
だが、言われっ放しと言うのも気分がよくない。少しくらい抗弁して置くべきだろう。
恐らくは、高音も そのために――軽口を叩き合ってアセナの精神的疲労を緩和するために、敢えて酷いコメントをしたのだろうから。
「まぁ、普段のオレなら そうなんですけど……オレにだって感傷的になる時くらい ありますよ?」
「あら、そうですの? これは失礼致しましたわ。思い込みで判断するのはよくないですわね」
「ええ、そうですね。思い込みはいけません。思い込んだら試練の道が始まっちゃいますからね」
アセナの頭の中では「あの名曲」が流れている。そう、重いコンダラのアレである。
「……それは何か違うと思うのですが? その場合、決意のような意味ではないでしょうか?」
「時には試練すら呼び込んでしまうので思い込みはよくない、と言う解釈でお願いします」
「まぁ、仰りたいことは理解できますけど……言葉は正しく使った方がいいですわよ?」
「ええ、わかっています。言ってから失言だったと気付いたんですが、手遅れだったんです」
疲労のために反射でしゃべってしまったことの報いであろう。実にグダグダだ。
「ナギさんって失言も多いですけど、そのフォローの失敗も多いですわよねぇ」
「ま、まぁ、とにかく……そんな失敗をしちゃうくらいに疲れてるんですよ」
「失敗は今に始まったことでは――と、確かに、本当にお疲れのようですわね」
説教モードに入りそうになった高音だが、アセナが本当に疲労していたので慌てて労いに入る。
「京都での御活躍は私でも聞き及んでいますから、それだけ大変だったのでしょう?」
「……どんな話を聞いているかわかりませんが、オレは大したことしてませんよ?」
「それでも、ナギさんの努力が『問題の解決』に役立ったこと自体は変わりませんわ」
「一助となったことは自信を持って言えますが、改まって言われると照れ臭いですねぇ」
普段、高音からは説教ばかりされているためか、高音に褒められると妙に照れ臭い。ツンデレと似た効果だろう。
「でも、センパイが帰って来てから二週間は経ちましたから……
それでも まだ疲れが残っているなんて、余程 疲れたんですね?
あ、それとも、事後処理の方が忙しくて お疲れなんですか?」
それまで黙って傍らに佇んでいた愛衣が、高音との会話に一区切りが付いたのを見て口を開く。
心なしか責められている気がするのは、アセナの気のせいに違いない。
何故なら、アセナには愛衣に責められる謂れ(心当たり)などないからだ。
だが、謂れがなくとも責められる時があることをアセナは知っていた。
それ故に、アセナは愛衣の神経を逆撫でしないように説明することにした。
その内心では「可愛かった筈の後輩が、どうしてこうなった?」と軽く落ち込んでいたが。
「まぁ、愛衣の言う通り、京都での問題解決にも東奔西走して疲れたけど、
麻帆良に帰って来てからの事後処理の方が大変で精神的疲労は大きいね。
それに、これからの対策も練らなきゃいけないから、それも大変なんだ」
京都で起きた問題の事後処理と対策で大変なのは嘘ではない。ただ、個人的な問題が大半を占めているだけだ。
ところで、愛衣(と高音)は「アセナは魔法関係者としての仕事で忙しい」と受け取っており、
近右衛門からアセナの実績(大使を務め上げ、反東を一網打尽にした)も聞かされていたため、
アセナの評価は「最近、忘れられている気がするが多忙なのだから仕方がない」となったらしい。
まぁ、真実を知らないことは幸せなことなのであろう。勘違いする方にも、勘違いされる方にも。
「そうなんですか……何かお手伝いできることはありますか?」
「ん~~……特にはないんで、気持ちだけ受け取って置くよ」
「そうですか? 手が必要な時は いつでも言ってくださいね?」
「ああ、ありがとう。手伝って欲しい時は是非ともお願いするよ」
手伝いを申し出る愛衣に「やはり、愛衣はいいコだねぇ」と和むアセナ。
「そ、それはそうと……ナギさん、少し雰囲気が変わりましたわね?」
「まぁ、そうでしょうね。色々と思うとことのあった旅行でしたからね」
「旅は人を変えるんですねぇ。あ、今のセンパイもステキですよ?」
「ついでとしか思えないフォローをしてくれて、本当に ありがとう」
確認するように尋ねる高音に苦笑混じりに応えた後、愛衣が あからさまなフォローをしたと判断したアセナは涙混じりに応える。
「……どうやら、鈍いところは相変わらずみたいですわね?」
「何よりも変わって欲しかったところだったんですけどねぇ」
「あ、あれ? 何故かオレが一方的な悪者になってません?」
「理由がわからないだけで悪者になるに足る理由ですわよ?」
「むしろ、悪者になるだけで済むことに感謝して欲しいです」
「まぁ、意味不明ですが、とりあえず感謝して置きましょう」
愛衣のフォローが本心であることに気付けなかったアセナが悪いのだが、気付けていないので自身が悪い理由にも気付けないアセナであった。
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Part.07:これがオレの遣り方
「瀬流彦先生……急に御呼び立てしてしまい、申し訳ありません」
高音・愛衣と一頻り雑談に興じることで精神的な疲労が回復したアセナは、
「少しだけヤル気が出たので、今のうちに例の件を片付けよう」と考え、
瀬流彦と『お話』することを決意し、瀬流彦を世界樹広場に呼び出した。
そして、約束よりも早目に来て待つこと数分……遂に瀬流彦が現れた。
「いや、いいよ。それよりも、急にどうしたんだい?」
いつも通り、にこやかな表情で応える瀬流彦。その眼は細く、閉じられているようにしか見えない。
しかし、にこやかに対応しつつも、その眼が僅かに開き周囲を確認していたのをアセナは見逃さなかった。
茶々丸の特訓(と言う名のイジメ)によって「その程度」の所作には気付けるようになったのである。
「まぁ、単刀直入に話しますけど……学園長先生の後釜に就く気はありませんか?」
瀬流彦の様子から「小細工は仇になる」と理解したアセナは、単刀直入に本題に入る。
ここで小細工を弄するのは得策ではない。痛くない訳でもない腹を探られるだけだ。
西での勢力を得ているアセナは東にとって注意すべき存在であり、瀬流彦は用心深いからだ。
「……本当に単刀直入だね。思わず、短刀直入と誤変換しそうになるくらいに意表を突かれたよ」
本当は語られた内容に驚いたのだが、それを悟らせないように冗談めかした対応をする瀬流彦。
言っていることは実にくだらない内容だが、驚愕に固まらずに切り返せたことを評価すべきだろう。
少なくとも「ヘラヘラ笑っているだけの役立たず」と言う「見た目の雰囲気」は偽りなのだから。
「まぁ、もったいぶって話しても結論は変わらないでしょうからね、サックリ行かせてもらいました」
確かに、もったいぶって本題に入ったところで、瀬流彦の答えが変わる訳ではないだろう。
とは言え、言葉に信憑性を持たせるために前振りをすべきだったかも知れないのも確かだ。
だが、アセナとて それがわかっていない訳ではない。わかったうえで単刀直入に行ったのだ。
何故なら、アセナの思惑は……
「むしろ、単刀直入に本題を切り出すことで相手の意表を突くのが目的、と言ったところかな?」
「さぁ、どうでしょう? 素の反応を楽しむためって言う意地の悪い目的なだけかも知れませんよ?」
「ふぅん? つまり『意表を突くことで素の反応を出させ、そこを見極めたい』って感じなんだね?」
「とんでもない。オレはそこまで傲慢じゃないですよ? 単に前置きをするのが苦手なだけですって」
「そっか……じゃあ、そう言うことにして置こう。これ以上続けても『柳に風』でしかないからね」
そう、瀬流彦の読んだ通り、相手の意表を突くことで素の反応を引き出すのがアセナの思惑なのである。
それを見抜いた瀬流彦に、アセナは口元が緩むのを自制するので必死だ。
アセナの「腹黒いに違いない」と言う予想が当たっていたからもあるが、
自分の思惑に気付きながらも自分と会話を続けてくれることが嬉しいのだ。
何故なら、それの意味することは……
「それでは、『答え』を伺ってもよろしいでしょうか?」
「おや? キミなら、もうわかっているんじゃないのかい?」
「それでも、一応は確認のために聞いて置きたいんですが?」
「その必要がないんだから、答えなくてもいいだろう?」
そう、アセナと会話を続けている段階で、瀬流彦は「アセナと敵対するつもりはない」と明言しているからである。
仮に瀬流彦に敵対するつもりがあれば、「学園長先生の後釜に就く気」と言われた段階で敵対心を示している筈だからだ。
アセナの意図としては「次期学園長」としての言葉だが、聞き方によっては「現学園長の排斥」とも聞こえるだろう。
つまり、少なくとも敵対心を見せずに会話を続けている段階で、瀬流彦にはアセナと敵対するつもりはないに違いない。
もちろん、瀬流彦が本心を隠す場合もあるだろう。だが、アセナは それを見逃さずに瀬流彦を見極める自信があったのだ。
まぁ、瀬流彦がアセナの思惑を類推して見せたことで己の能力を見せ、暗に「自分は長になるつもりがある」と答えてもいたのもあるが。
「……わかりました。瀬流彦先生は慎重派なんですねぇ?」
「むしろ、ボク達の関係を考えると当然じゃないかな?」
「まぁ、そうですね。特に、オレって信頼ないですし」
だが、瀬流彦は用心深いため、罠である可能性を考慮して明確な言質を取らせない。
今回の西の事件を受けて、アセナと近右衛門が共謀して東の「野心がある輩の炙り出し」を行っている可能性もあるからだ。
もちろん、そんな可能性は低い。将来的には西を背負うであろうアセナに東の裏事情を知らせるような真似はしない筈だ。
しかし、だからこそ怪しい。可能性が低いからこそ敢えて実行しそうなのが近右衛門であり、近右衛門に認められたアセナなのだ。
とは言え、アセナは そのことで気分を害したりはしない。むしろ、それくらい慎重でなくては長は任せられない と考えているからだ。
そう、こんな可能性すら否定できない程度の信頼関係しか築けていないことを問題視すべきで、気分を害するところではないだろう。
そんな諸々の事情を鑑みて、アセナは「まぁ、今のところは こんなものだろう」と納得する。
「だけど、信用はしているよ? 西での実績も評価しているし、将来にも期待しているからね」
「……ならば、更にブッチャケましょう。実は、その『将来』のために協力して欲しいんです」
「つまり、『将来有望だとわかっているのなら、先行投資として力を貸せ』ってところかな?」
「いいえ。西は西に任せて、東は東に任せて、オレはオレの成すべきことをしたいだけですよ」
西は赤道に任せ、東は瀬流彦に任せ、アセナは魔法世界を『どうにか』する。それがアセナの予定だ。
「……気のせいかな? 今、『西の長になるつもりなどない』って聞こえた気がするんだけど?」
「ええ、その通りですね。西は赤道さんに任せて、東は瀬流彦先生に任せたい所存ですからねぇ」
「あ、あれ? キミが西の長になるための助力を得る目的でボクに声を掛けたんじゃないの?」
「え? 何ですか、その超解釈? その予定だったら、『学園長先生の後釜』とかって話はしませんよ」
「いや、『西の長になるのを手伝え。その見返りに東の長になるのを手伝う』的な解釈だったんだけど?」
瀬流彦の解釈は的外れではないだろう。むしろ、順当だ。単純にアセナの予定が突飛なのだ。
「それだと傀儡にすることを見越した申し出になりますよね? それなら、もっと扱いやすい人に声を掛けますって」
「……まぁ、そりゃそうだね。ボクでも そうするし。って言うか、キミはそこまで考えちゃうタイプなんだねぇ」
「それがどんなタイプかは果てしなく謎ですけど……利用できるものは何でも利用するタイプだ とは思いますね」
「なるほどねぇ。いやぁ、キミを見ていると『善き人格者が善き為政者となる訳ではない』って言う話を思い出すよ」
アセナの『黒さ』に呆れつつも感心する瀬流彦。ここまで黒ければ古狸共すらも化かしてのけるだろう と言う評価だ。
「って言うか、キミなら『飴と鞭』とか『パンとサーカス』とかを実行しそうだね?」
「まぁ、否定はしません。オレが進もうとしている道は『そう言う道』ですからね」
「あ、否定はしないんだ。って言うか、キミの進もうとしている道って修羅道かい?」
「……ここは敢えて『神楽道』とでも言って置きましょうか? 『神蔵堂』なだけに」
瀬流彦の怖いもの見たさな質問にアセナはくだらない冗句で返す(素直に『覇道』とでも応えるべきだったかも知れない)。
「さぁて、話は以上かな? ボクも暇ではないので、そろそろお暇したいんだけど?」
「さすが、瀬流彦先生。その鮮やか過ぎるスルーに少しだけ痺れて憧れちゃいます」
「……少しだけヒネっているのは、キミにできないことではなかった と言うことかい?」
「さすが、瀬流彦先生。オレにできないタイプのツッコミを平然とやってのけますね」
「いや、そこまで大したツッコミじゃないと思うんだけど? むしろ、ダメじゃない?」
「さすが、瀬流彦先生。オレなら流す部分にもツッコんでくれる優しさはバネェっス」
「もう元ネタが何だかわからなくなってるよ? って言うか、むしろバカにされてる?」
「さすが、瀬流彦先生。むしろ、そろそろ繰り返すのも飽きて来たので止めてくれませんか?」
「なら、黙ればいいんじゃないかな? って言うか、キミとの会話は切るタイミングが難しいね」
「さすが、瀬流彦先生。オレも感じていた部分を先取りしてくれるところとか気が合いますね」
「…………あ~~、これはアレだね。もう『ダメだ、こりゃ』って言うしかないところだね」
「さすが、瀬流彦先生。オレも同感です。もう『ダメだ、こりゃ』って言うしかありません」
華麗にスルーして終わりたかった瀬流彦だったが、アセナのネタ振りに乗ってしまったのが運のツキ。見事にグダグダな会話になったのだった。
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オマケ:敢えて汚名を
……時間は少し遡る。
修学旅行より戻ってから宮崎のどかは自身の変化に戸惑っていた。
何故か、心の真ん中にポッカリと空洞ができたような気分なのだ。
しかも、それは「とある人物」を見ると 何故かより激しくなる。
もしかして、自分は恋をしているのだろうか?
いや、違う。これは恋焦がれる想いではなく、空虚なものだ。
恋と言うよりは、むしろ失恋の方がシックリと来る感覚だ。
まぁ、そうは言っても、彼女は恋も失恋もしたことがないのだが。
そう、すべては本を通して想像した感情でしかない……筈だ。
「? どうしたですか、のどか?」
親友の呼び掛けに思考の海から意識を呼び戻される のどか。
のどか は本屋と言う愛称の通り、本が大好きで読書を趣味としている。
この妙な感覚も、何処かで読んだ本の中の誰かと自身を重ねたのだろう。
「……また、『あの人』のことを考えていたのですか?」
親友――綾瀬 夕映は のどかの視線を追った後、何かに合点すると呆れ混じりに のどかを茶化す。
のどかの視線の先には、夕映が『あの人』と表現した人物――「神蔵堂 那岐」と言う少年がいた。
修学旅行以来、のどかが彼を見つめては呆けている姿を夕映は何度も目撃しているので当然の反応だろう。
「ち、違うよ、ゆえー。そんなんじゃないよー」
のどかは慌てて夕映の勘違いを正す。そう、そんな感情ではないのだ。
むしろ、そんな感情だったら、どれだけ素晴らしいことだろうか?
きっと、彼に近付くために自分は積極的な人間になれていただろう。
……だが、悲しいかな、現実は違う。
彼を見ても沸き起こるのは恋焦がれる感情ではなく、単なる喪失感だ。
失ってしまった何かを思い出そうとしているような、妙に悲しい気持ちだ。
先程も表現した様に、恋と言うよりも失恋と言う方が相応しかった。
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超との対話(32話参照)を終えたアセナは のどかを呼び出した。その目的は「ハーレム計画の阻止」である。
あやかすら遠ざけるアセナが、あやかよりも大切にしていない他の女のコを傍に置くだろうか?
もしかしたら、大切なので遠ざけたのだから大切ではないのなら傍に置く? ……そんな訳がない。
そもそも、アセナは危険に巻き込みたくないから遠ざけたのであって、大切さは本質ではない。
つまり、のどかを含めて他の女のコを傍に置くつもりなど最初からアセナにはなかったのである。
だからこそ、アセナは のどかに「ハーレムの建設はやめて欲しい。オレには背負い切れない」と宣言した。
「え? 何を仰ってるんですかー? 意味が良くわからないんですけどー?」
「だから、修学旅行の時に話した『ハーレム計画』を中止してもらいたいんだよ」
「……つまり、いいんちょさん単独ルートを選ぶ と言うことなんですかー?」
「違うよ。言わば、孤独エンドだね。今のオレには誰とも一緒になる余裕はないんだ」
のどかの声が平坦になっていくのを感じながらも、アセナは毅然とした態度を変えない。
「………………何で……今頃になって、急にそんなことを言い始めたんですか?」
「修学旅行の最後に『オレがとても危険な境遇にある』ことがわかったからだね」
「それはつまり危険に巻き込みたくないから孤独を選ぶと言うことなんですか?」
「うん、そうだね。オレは『守る』どころか『守られる』程度でしかないからね」
のどかの口調がおかしくなって来ているが、それでもアセナは臆することなく応える。
「危険なんて関係ない、私はどうなっても構わない、だから貴方の傍にいさせて欲しい、それでも?」
「その気持ちは嬉しいよ? だけど、オレはオレのせいで誰かが傷付くのは耐えられないんだよ」
「そう、『誰か』なんだ、つまり誰でもいい訳で、私じゃなくても傷付つく『誰か』が嫌なんだ」
「違うよ。『誰か』って言うのは、オレにとって大切な『誰か』のことだ。大切だから気にするんだ」
どうやら意図せずに地雷を踏んでしまったようだ。気付けば、のどかの瞳は濁っていた。
「嘘だ、それは私を納得させるためだけの残酷な嘘だ、だって貴方は嘘吐きだから、
貴方は あの女しか見ていないクセに気付かない振りをしている嘘吐きでしょ?
だから私は貴方の傍にいるためにハーレムを許容した、許容せざるを得なかった、
でも それなのに貴方は それすらもダメだと言う、危険だからと傍にいるなと言う、
私は危険でも構わないと言っているのに貴方は自分がツラいからダメだと言う、
私はただ貴方の傍にいたいだけなのに貴方はそれを許さない、いや許してくれない、
なら どうすればいいの? どうすれば貴方の傍にいられるの? 教えて? ねぇ、教えてよ!!
私は貴方のためなら何でもする!! 何でもできる!! 何でも耐えられる!! だから傍にいさせて!!
ねぇお願い!! お願いだから傍にいさせて!! 貴方がいないとダメなの!! 傍にいさせてよ!!」
アセナは踏んだ地雷のフォローを試みたが、どうやら それも意味を成さなかったようだ。
かなり聞き取り難い口調で かなり病んだことを話し続ける のどかにアセナは思わず冷や汗を垂らす。
逆に言うならば、これだけのヤンデレ具合を見せられても冷や汗を流す程度で済ませているのだが。
普通ならば逃げ出していてもおかしくない。もしくは、腰が抜けて逃げられずに呆然としているだろう。
「……ならば、仕方がないね」
アセナは軽く嘆息すると『睡仙香』を取り出し、のどかに振り掛ける。落ち着かせるよりも眠らせてしまった方が早いと判断したのだ。
もともと「説得はできればいい」程度に考えていたため説得の失敗は想定内であり、当然 説得が失敗した後の対応策も用意してある。
それ故に、説得の失敗を悟ったアセナはのどかを眠らせることに躊躇がなかったのである(まぁ、ここまでヤンデレるとは想定していなかったが)。
そして、眠らせた後は のどかと共にエヴァの家に『転移』で向かい「こんなこともあろうか」と待機していたエヴァに『処理』を頼む。
「一応、確認して置くが……本当に『封鎖』でいいんだな? 『消去』の方が後腐れがないぞ?」
「まぁ、エヴァの言う事にも一理あるとは思う。でも、やっぱり『消去』はオレの流儀に反するよ」
「……まったく、厄介事を厭うクセに進んで厄介な方を選ぶとはな。実に難儀なヤツだよ、貴様は」
「かなり面倒なヤツだろ? だから、見捨てたくなったら、いつでも見捨てていいからね?」
「ハッ!! くだらん寝言は寝てから言うんだな。途中で捨てるくらいなら、最初から拾わんさ」
ここで言う『消去』とは記憶を削除する処置を指し、『封鎖』とは記憶を封じる処置を指す。
当然、削除された記憶を復帰するのは困難であり、封じられた記憶を復帰するのは割と容易い。
特に、のどかに施されたものは『ある出来事』が起きるだけで解除されるようになっている。
ちなみ、その『ある出来事』とは「アセナが企んでいる『とある計画』の成功」であるらしく、
その状態になっていれば、アセナの危険は ほぼなくなっているので そう設定してもらったようだ。
まぁ、だからと言って許される所業ではないことなど、アセナ自身もわかってはいるが。
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……以上のような経緯のために、今の のどかはアセナを見ても何も感じなかったのである。
敢えて感じることを挙げるとすれば、「忘れてしまったこと」に対する空虚感だけだ。
空虚感を覚えているのではなく、覚えていないから空虚感を感じているだけに過ぎない。
そして、夕映も『封鎖』を施されたため、自身がアセナを見ても アセナを忘れた のどかを見ても何も感じないのである。
そんな二人の様子を視界の隅に捉えたアセナは、自分の成したことの罪深さを感じながらも自分の行動が正しかったと判断する。
アセナへの想いも魔法についても忘れた のどかは、これからは「一般人」として生きることになる。それは、平穏なものだろう。
もちろん、幸せかどうか は わからない。だが、危険に巻き込むよりはマシだ。それを理由にアセナは自分を納得させているのだ。
……これから後、二人が記憶を思い出した時、記憶を弄ったことを怨まれることになるだろう。アセナは既に それを覚悟をしている。
だが、それ故に、のどかと夕映の記憶を弄ったクセに あやかの記憶を弄ろうともしなかったことに対して、アセナは自嘲を覚える。
あやかの記憶を弄るのは拒否したのは……どう言い繕っても、あやかに自分のことを忘れて欲しくなかったからに過ぎないからだ。
言い換えれば、あやかを大切に想っているが故に己のエゴを捨て切れず、結果的に あやかを苦しめていることの証であるからだ。
「…………本当に最低だな、オレは」
アセナの自嘲的な呟きは誰にも聞かれることはなく、虚空に消えて行くだけだった。
聞いているものがいるとしたら、それはアセナの声を虚空に届けた風だけだろう。
それがよりアセナの空虚感を煽り、罪悪感がアセナを苛むことを加速させるのだった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「説明と見せ掛けてSYUGYOUタイム……の筈が何故か暗躍になっていた」の巻でした。
しかし、瀬流彦のキャラって こんなんで いいんでしょうか? まぁ、いいですよね?
書いているうちに、何故か原作と掛け離れた腹黒青年になっちゃったんですよねぇ。
ここまで変わると、最早 名前が同じなだけのオリキャラになってますが、気にしません。
まぁ、原作キャラのオリキャラ化は今に始まったことじゃないですからね。今更です。
ちなみに、言うまでもないでしょうが、魔法具製作理論は適当です。デッチ上げです。
ネギ子の魔法具は常識を覆す代物なんだ と言う説明のためにデッチ上げた理論です。
最初は「ちょっとした説明」のつもりだったんですけど、書いているうちに乗っちゃいました。
ちなみに、説明役をエヴァにしたのは他に適任がいかなかったからです。他意はありません。
どうでもいいですが、のどかのヤンデレ具合がハンパなかいですが……あんなヤンデレちゃんが可愛いと思ってしまうのがボクなのです。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/01/10(以後 修正・改訂)