第34話:招かざる客人の持て成し方
Part.00:イントロダクション
今日は5月15日(木)。
特筆すべきことは何も起こらず、恙無くネギの魔法具製作の修行は進んでいた。
もちろん、アセナの戦闘技能の修行(と言う名のシゴキ)も問題なく進んでいる。
問題なさ過ぎて「もう少しハードにしましょう」と茶々丸が考えたくらいだ。
それを知らないアセナは幸せなのか不幸なのか……判断は人によって分かれるだろう。
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Part.01:おじいちゃんと一緒
「オレ、この修行が終わったら、故郷に残して来た幼馴染にプロポーズするんだ……」
イキナリで意味不明だが、アセナは自ら死亡フラグを立てるくらいに疲れていた。
アセナの気のせいじゃなければ、日に日に修行がハードになっているからである。
もちろん、アセナの気のせいではない。事実としてアセナの修行はハードになっている。
「敢えて聞いて置くが……その幼馴染とは木乃香のことじゃろ?」
近右衛門が「違うとは言わさんぞい?」と言う無言の威圧をしながらアセナに訊ね掛ける。
ちなみに、現在地は学園の中心に位置する『世界樹広場』であり、休日でも人の往来が激しい。
そのため、アセナと近右衛門が偶然にエンカウントすること自体はおかしいことではない。
ただ、狙ったかのようなタイミングで話し掛けて来る辺りに作為的なものを感じるだけである。
特にピンポイントで『幼馴染』と言うキーワードにツッコむ辺りに作為感が溢れている。
「あれ? 学園長先生、何故ここにいらっしゃるんですか?」
アセナは「今 気が付きました」と言わんばかりの意外そうな表情で訊ねる。
まぁ、普段から近右衛門は学園長室に籠って書類仕事に勤しんでいるため、
こんなところ(世界樹広場)にいるのは意外だ。アセナの言いたいこともわかる。
「なぁに、色々と行き詰って来たので気分転換に散歩しとっただけじゃよ」
近右衛門の語る取って付けた様な理由に「どうせ話をしに来たんでしょ?」と思うアセナだったが、
態々 触れる部分でもないので、にこやかな表情で「そうですかぁ」とだけ相槌を打って置く。
「そんなことよりも……質問の返答は どうしたのじゃ? まさかのスルーかのぅ?」
「ええ、スルーですね。と言うか、ネタにマジレスされても反応に困るんですけど?」
「いやいや、そこを敢えて反応するのが年寄りへの優しさなんじゃないかのぅ?」
「いえいえ、むしろ深くツッコまないのが若輩者への優しさじゃないでしょうか?」
「いやいやいや、年寄りの道楽に付き合うのが若者の務めと言うものじゃろ?」
「いえいえいえ、若輩者が先達のお相手をするなんて痴がましいにも程がありますって」
近右衛門は好々爺然として反応し、アセナは好青年然として反応する。両者とも実に『いい笑顔』だ。
傍から見たら仲良く談笑しているようにしか見えないだろうが、実際は皮肉の押収である。
まぁ、二人にとっては『じゃれ合い』でしかないので、傍から見た感想と大差はないが。
両者ともストレスを溜めやすい立場でありながらもストレスを発散できる対象が少ないのである。
「……ところで、木乃香への魔法バラしの件は どうなっとるのかのぅ?」
一頻り「皮肉の押収と言う名のストレス発散」を楽しんだのか、近右衛門が深刻そうな表情をして訊ねる。
言葉の意味としては「修学旅行が終わって随分と経つけど、まだバラさないの?」と言ったところだろう。
きっと、詠春から「木乃香への魔法バラしは那岐君に一存しました」とか言う報告を聞いているのだろう。
「詠春さんに伝えてあるので既に御存知でしょうが……その件はアルビレオに『溺れた時』の記憶を復活させてもらってからの予定です」
当然、それはアセナも想定の範囲内のことであるためアセナは特に慌てることはない。
むしろ「条件についても聞いている筈ですよね?」と言わんばかりに余裕だ。
と言うか、そもそもアセナに一任されているので近右衛門は文句を言えないのだが。
「うむ、それは知っておる。じゃから、サッサとアルに会わんかい と言っておるつもりなのじゃが、そうは聞こえんかったかのぅ?」
もちろん、近右衛門も『溺れた時』の事情は聞いているし、アセナが「木乃香に怯えられること」を恐れていることを理解もしている。
だが、それでも近右衛門は可及的速やかに木乃香に魔法を知ってもらいたいのだ(何せ、そのために木乃香とネギを同居させたくらいだ)。
今回はアセナが尽力してくれた御蔭で木乃香は魔法を知らないまま無事に切り抜けられたが、今後も そんな幸運が続くとは思えないからだ。
「これも御存知でしょうが……修学旅行から帰って直ぐ(30話の直後)に会いに行ったんですけど、生憎と留守だったんですよねぇ」
とは言え、アセナもアルビレオに会うのを拒んでいた訳でもサボっていた訳でもはない。
むしろ、アセナは「早くアルビレオに会って記憶を復活させたい」と願っているくらいだ。
ただ、運が悪いのか間が悪いのか、アセナは何度も尋ねているがアルビレオは不在だったのだ。
と言うのも、アセナがアルビレオの住処である麻帆良の地下へ赴いたら、扉に『留守である旨が書かれたメモ』が貼ってあったのである。
当然、アセナは「あれ? アルビレオって外出できないんじゃなかったっけ?」と疑問に思い、詠春にアルビレオがいないことを尋ねた。
原作では、アルビレオは麻帆良祭の期間中のみ麻帆良学園内限定で(しかも幻影でしか)外出できない筈だったのでアセナの疑問も尤もだろう。
まぁ、原作と『ここ』ではアルビレオの設定が違うだけかも知れないが……詠春の説明によると、制限自体は『ここ』も同じようだ。
では、何故に外出できたのか? その答えの前に、アルビレオが原作でネギに『イノチノシヘン』を説明した際のことを思い出してもらいたい。
あの時、アルビレオはガトウや詠春に変化するだけでなく、調子に乗ったのか、オマケとばかりにネカネやアーニャにも化けていた。
ガトウは他界しているし詠春は若い姿だったので10年以上前の『半生の書』である可能性は高いが、ネカネとアーニャは違う。
アルビレオの扮したネカネはどう見ても10年前の姿には見えないし、アーニャに至っては10年前の姿だと赤ちゃんでなければおかしい。
……仮に、ネカネやアーニャが麻帆良祭に来たとしたら、何も問題はない。その時に半生を収集したのであれば辻褄が合うからだ。
だが、もしも来ていないとしたら、10年も麻帆良に引き籠っているアルビレオが どうやってネカネとアーニャの半生を収集したのだろうか?
その答えは「本体ではなく分身が収集した」である(そもそも、本体は麻帆良地下を離れられず、麻帆良祭の外出も分身による外出だけだ)。
ただ、麻帆良祭中の分身と普段 使っている分身では『密度』が異なり、麻帆良祭中のは戦闘も可能だが普段の方は存在するだけで精一杯だ。
そのため、厳密には留守にしている訳ではないのだが……分身を操作することに集中しているため「心が留守になっている状態」だったのである。
「まったく……必要な時には居らずに不要な時は居るのじゃから、アルにも困ったものじゃわい」
本山襲撃時のアルビレオとの会話(28話参照)を思い出した近右衛門は、一つの仮説を思い付く。
それは「もしかしたら、アルは『完全なる世界』の調査に行ったのでは?」と言うもので、
もし それが真実だとすると、調査の目処が立つまでアルビレオは戻って来ないことが予測できた。
そのため「それならそうと連絡してからにして欲しかったのぅ」と言う本心を混ぜて嘯いた。
「そうですねぇ。しかも、若干イラッと来る書き置きを残していく辺りとか実に困ったものですよねぇ」
アセナは近右衛門が嘯いていることを感じ取ってはいるが、敢えて そこには触れない。
触れても流されるか誤魔化されるだけなのは予測できるので、無駄を省いたのである。
そのため「むしろ、若干じゃなくて かなりイラッとした」と言う本音を抑えて相槌を打つ。
ちなみに、アセナが『イラッと来た書き置き』とは、以下のような文面であった。
『しばらく自分探しの旅に出ますので、用がある方も用がない方も探さないでください。
ちなみに「絶対に押すなよ」的な振りじゃないですよ? 絶対に探さないでくださいね?
P.S. 敢えて言って置きますが、もし探したりしたらステキな呪いを掛けちゃうぞ☆』
……特に「掛けちゃうぞ☆」の☆部分にイラッと来たのは言うまでもないだろう。
「まぁ、それはそれとして……わかっておろうが、そろそろ『例の客』が来る頃じゃぞ?」
「ええ、そうですね。では、『お持て成し』の準備に入りますので、そろそろ失礼しますね?」
まぁ、言うまでもないだろうが、ここで言う『例の客』とはヘルマンのことである。
経緯から話すと……昨夜、(懲罰の代わりに鶴子の下で性根を叩き直されていた)小太郎にフェイトが接触して来た。
フェイトは小太郎が西洋魔術師に隔意があることを知っていたらしいので、小太郎は誘いに乗ると考えたのだろう。
だが、小太郎は誘いを断った。鶴子の『教育』を受けたこともあるが、アセナに手玉に取られたことで考え方が変わったのである。
誘いを断った小太郎は、自分で麻帆良まで知らせに来る などと言う時間の無駄でしかないことはせずに、普通に鶴子に報告した。
そして、その鶴子から近右衛門にもアセナにも連絡が来たため、近右衛門もアセナも「麻帆良に襲撃者が来ること」を知っていたのだ。
ちなみに、余談となるが、近右衛門からはアセナに連絡してはいない。今 話したのが初めての情報提供だ。
何故なら、近右衛門は既に「自前で情報収集手段は持つべきであること」をアセナに教えていたからだ(20話参照)。
よって、近右衛門はアセナが既に知っているものとして扱っているし、実際にアセナは知っていた(先程の会話は確認だ)。
まぁ、仮にアセナが知らなかった場合は、危険な段階になった段階で知らせただろうが、それまでは静観するだけだろう。
もちろん、アセナも それには気付いているが、それはアセナへの期待の現れでもあるため それについては文句を言わない。
ただ、「『本題』に行く前に『本題っぽい話題』を挟むのは やめて欲しいなぁ」と言う文句は心の中でグチグチ言うが。
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Part.02:細工は流々、後は仕上げを御覧じろ
『と言う訳で、迎撃の準備はOKかな?』
近右衛門と別れたアセナは、エヴァに『念話』を送って準備について問い掛ける。
ちなみに、アセナが現在どこにいるのかは『禁則事項』なのて、ここでは語れない。
『何が「と言う訳」なのか は わからんが、準備は万端だぞ』
『まぁ、前半は軽く流すとして……準備万端なら問題ないね』
『おい!! 軽く流すな!! 貴様は いつも発言が適当過ぎるぞ!!』
『……エヴァ? 今はそんなに余裕がない状態なんだけど?』
『な、何だ、その「空気読めよ」って空気は!? 私が悪いのか?!』
『って言うか、ちょっとは状況を考えようよ? 油断は禁物だよ?』
『うぐぅ……正論なのだが、貴様に言われると無性に腹が立つな』
あきらかにアセナがエヴァで遊んでいるが、そこは気にしてはいけない。
『まぁ、気になる物言いだけど、とりあえずは準備状況を教えてくれないかな?』
『わかった。まずは小娘についてだが……「修行」と称して「別荘」に匿っている』
『ふむ。と言うことは、エヴァの家が突破されない限りは安全、と言うことだね?』
『ああ、そうだ。ちなみに、周囲の森にタカミチを配備しているので更に安全だな』
『なるほど、それは重畳だね。あ、ちなみに、茶々丸は どうしているのかな?』
『茶々丸はキッチンで私のお茶の準備をして――じゃなくて、待機しているぞ?』
『うん、余裕過ぎる単語があった気がするんだけど……ここは敢えて流して置こう』
『う、うむ。きっと貴様の空耳だからな。あまり気にしない方がいいだろうな』
あきらかに空耳ではないが、ツッコんだら話が進まないので流すことにする。
『で? 茶々丸に余裕なことをさせているエヴァは一体どんな状況なのかな?』
『わ、私も待機しているぞ? 家の中にいるが敵地にいる心境で警戒をしているぞ?』
『そうなんだ。じゃあ、レベルアップ音が聞こえたのはオレの勘違いなんだね?』
『う、うむ。決して、ドラキー相手にギリギリの戦闘などしていなかったからな?』
『……いや、何を暢気にドラ○エをやってるの? って言うか、せめて音は消そ?』
『い、いや、ち、違うぞ? これはド○クエじゃなくて、トルネコ○大冒険だぞ?』
『うわーい、余裕だねー。しかも、後半は軽くスルーされたから地味に泣きたいな』
敢えて言うならば、エヴァは自宅警備員なのだろう。いろんな意味で。
『ま、まぁ、タカミチ一人で充分なんだから、余裕なのは当然だろう?』
『昔の人は言いました、「油断大敵、大胆不敵、幼女は無敵」って』
『……いや、あきらかに「油断大敵」意外は余計なんじゃないのか?』
『つまり、「大胆不敵な幼女は無敵だけど油断は禁物だよね」ってことさ』
『わかるようでわからないような言葉だな。って言うか、超解釈だな』
『まぁ、それはともかくとして……準備は万端だけど油断はしちゃダメだよ?』
『ああ、わかっているさ。得られた情報が正しいとは限らないのだからな』
エヴァの言う通り、鶴子経由で得られた小太郎からの情報が正しいとは限らない。
もちろん、小太郎を疑っているのではない。小太郎が偽情報を掴まされた可能性を指摘しているのである。
と言うのも、フェイトが接触して来た旨を鶴子に報告することをフェイトが止めないのが おかしいからだ。
言い換えるならば、「陽動のために情報を流した」としか思えない程にフェイトの情報の扱いが杜撰なのだ。
だが、陽動のために情報を流したにしても、ここまであからさま過ぎてはバレバレで陽動にすらならない。
そのため、「陽動と思わせて実は本命」と言う可能性も捨て切れず、情報が間違っているとも言い切れないのだ。
……ちなみに、アセナは原作の知識から「ヘルマンがネギを狙って来る」ことを想定はしている。
だが、原作は参考程度にしかならないため、その想定が絶対だとは考えてはいない。
もちろん、「ヘルマンがネギを狙って来る」と言う可能性が高いのは間違いない。
ただ、その可能性は絶対ではない。アセナは別の襲撃者が来る可能性すら考えている。
そのため、アセナは「陽動の可能性」も「陽動に見せ掛けた本命の可能性」も捨てずに気を張っているのである。
『……しかし、ヤツ等の目的は小娘だけなのか? 貴様も危険なのではないのか?』
『多分、オレ(黄昏の御子)のことはバレていないから、オレは安全だと思うよ』
『確かに、貴様の正体が露見するような事は起きてはいないのでバレてはいないが……』
何せ『別荘』で試したのがアセナの体験した最初の『魔法無効化能力』だったのだから、アセナの正体がバレる可能性は極めて低い。
『他の原因で――つまり、貴様の容姿とか境遇とかからの類推でバレる線もあるだろう?』
『確かに、保護者がタカミチとか、ネギのパートナーとか、あからさまな情報は多いねぇ』
『しかも、近衛 詠春に預けられていたし、近衛 木乃香の婚約者として認められたしな』
『一応、名前は変えたけど……それもガトウさんと英雄様の組み合わせでしかないしねぇ』
『だが、あからさまだからこそ、相手は「そんな訳がない」と思い込んでくれる、か?』
『まぁ、そう言うことだね。あからさまに怪しい情報って罠だと思っちゃうんだよねぇ』
30話でタカミチと話した時は そこまで気が回らなかったが、こうして考えると逆にアセナ(明瀬那)でもよかったかも知れない。
『って言うか、むしろ「逆にオレがダミーなのかも知れないなぁ」って気分になるんだけど?』
『いや、それはないな。貴様の「完全魔法無効化能力」は稀少過ぎてダミーを用意できないんだよ』
『ああ、なるほど。境遇や顔なら魔法や科学でどうにでもなるけど、それは再現不可能なんだ』
『そもそも、「完全魔法無効化能力」を簡単に用意できるのなら貴様を隠す必要はないだろう?』
『確かにね。稀少な能力だからこそ狙われるのであって、稀少じゃなければ狙われないねぇ』
『まぁ、「黄昏の御子」の価値は「完全魔法無効化能力」だけではないから一概には言えんがな』
エヴァの指摘に『黄昏の御子』が『世界の終わりと始まりの魔法』の鍵であることを知るアセナは『そうかもね』としか答えられなかった。
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Part.03:雨天の来訪者
午後から降り始めた雨脚が強まり、激しい雨が世界を包んだ頃……
一つの影が麻帆良学園都市内を さまよっていた。いや、正確には『何か』を探すように歩き回っていた。
やがて、影――黒い帽子に黒い外套を身に纏った黒尽くめの老紳士然とした男は、目的を補足したようで、
校舎からも寮からも離れた閑静(と言うよりも、人気のないと表現すべき)森に向かって歩き出した。
「……失礼ですが、どのような御用件で いらっしゃったのでしょうか?」
男が森に足を踏み入れて幾許かの時が経過した頃、男に声が掛けられた。
声は前方から聞こえて来たが、男は迷うことなく後ろを振り返る。
そして、声の主と思われる人物を認めると口元に笑みを浮かべる。
「いや、少々道に迷ってね。明かりが見えたものだから道を訊ねに行こうとしていたのだよ」
言いながら男は肩をすくめながら後方(つまり、先程まで向かっていた方向)を見遣る。
その視線の先には薄っすらと明かりが見えており、人家のような雰囲気を漂わせている。
男の意図は「この先にあるだろう人家に向かっていただけだ」と言ったところだろう。
「そうですか……では、私が御案内いたしましょう。行き先はど ちらでしょうか?」
声の主――表現が面倒なので身も蓋もなく明かすとタカミチは、男の言葉に頷くと案内役を買って出る。
つまり、「私が案内すれば道を尋ねる必要はないので、この先に行く必要もないですよね?」と言うことだ。
ちなみに、言うまでもないだろうが、この先にあるとされている人家とはエヴァのログハウスのことである。
「いや、それには及ばないよ。行き先は変更することにしたからね」
声の主がタカミチであることを把握すると、男は口元に浮かべた笑みを濃くする。
先程までの笑みは対人関係を円滑にするために浮かべられていた「作り笑い」だったが、
今の笑みは心の底から浮かべられた笑みであり、男の歓喜を余すことなく伝えている。
「遠慮は無用ですよ? 『招かざる客人』は『丁重に』持て成すことにしていますからね?」
タカミチは男の纏う雰囲気から「本当に道に迷っていた」と言う僅かな可能性を捨てた。
単に道に迷っていたのなら、こんな獲物を前にした肉食獣のような獰猛な笑みは零さない。
まぁ、よく言われているように、笑顔とは獣が牙を剥いて威嚇することから派生したのだが。
「ふ、ふふふ……ははははは!! それは有り難いね、ミスター高畑。まさか、君がホスト役を担ってくれるとはねぇ」
タカミチの言葉に男は高らかな哄笑を上げると心の底から嬉しそうに語り、「いやはや、実に嬉しい誤算だよ」と付け加える。
何故なら、男が望んでいるものは「強者との戦闘」だからだ。その意味では、タカミチと戦えることは喜ぶべき事態なのである。
まぁ、クライアントのオーダーにはないことだが、オーダーを達成するために排除せねばならない障害だ。オーダーの範囲内だろう。
「最近、諸事情で出張を断っていましてね。その代わりにホスト役を買って出た次第ですよ」
男の放つ好戦的な空気に対し、タカミチは「仕事の一環として相手をする」と言うスタンスを示すかのように淡々と応える。
実情としては、被保護者である少年に『お持て成し』を頼まれたから迎撃するのだが、それを漏らすような真似はしない。
目の前で戦(や)る気を滾らす男が陽動である可能性を示唆されているため、余計な情報を漏らす訳にはいかないのである。
「ほぉう? それはそれは……どうやら、私は運が良いようだねぇ」
男の望みと反し、男がクライアントから受けたオーダーは「ネギ・スプリングフィールドの威力偵察」だった。
当然、英雄の子とは言え女子供と戦うのは彼の趣味ではない。少年ならまだしも少女には食指が動かないのだ。
その意味では『偶然にも』タカミチと言う強者が相手をしてくれる事態になったことは僥倖と言えたのだった。
「さぁ、どうでしょう? むしろ、運が悪いのではないでしょうか?」
タカミチは男の思考(ある意味では嗜好)を理解しながら、それを軽く否定する。
自分と戦闘できることは戦闘中毒者(バトル・ジャンキー)には幸運なのだろうが、
依頼を達成することを考えたら不運でしかない。何故なら依頼を達成できないからだ。
「ハッハッハッハッハ!! それは試してから判断しようではないか!!」
男はタカミチの挑発とも取れる言葉に再び哄笑を上げて応えると、それまで辛うじて抑えていた殺気を開放する。
そして、ボクシングのような構えで臨戦態勢を取ると「あめ子!! すらむぃ!! ぷりん!!」と謎の単語を連呼する。
その瞬間、タカミチの周囲――前面と背後と足元の三方向の水溜りから『何か』が飛び出し、タカミチに殺到する。
それは、液体の特性を持ちながら固体のような形状を取る魔法生物、スライム。
スライムにとって形はあってないようなものだが、そのスライム達は3頭身くらいの少女の姿を取っていた。
常人ならば高速で向かって来る彼女達の姿を視認することなど不可能だろうが、タカミチは常人ではない。
むしろ、常人と比べるべくもない動体視力を持つタカミチは、少女の姿であることすらキチンと視認していた。
しかし、だからと言って、それはタカミチが彼女達を迎撃することを躊躇う理由にはなり得ない。
もちろん、嫌な気分にはなる。だが、それだけだ。攻撃を躊躇って、自身を危険に晒すようなことはない。
守るために拳を振るうタカミチには「守るべき者の脅威となる可能性を持つ存在」を容赦する余裕などない。
結果、「パパパァン!!」と言う快音が響いた後に残ったのは、泥水に混じったスライムの残骸だけだった。
「……ふむ。今のが噂に名高い『無音拳』かね?」
男が臨戦態勢を取ったためにタカミチは男の方に注意が向いていた。つまり、完全な不意打ちになっていた筈だ。
しかも、相手はスライムとは言え少女の姿をしていた。一瞬でも迷えば不意打ちとの相乗効果が得られただろう。
だが、それなのにもかかわらず、タカミチは攻撃を受けるどころか迎撃すらも成功させて返り討ちにしてしまった。
それに、男が捉えた視覚情報では、タカミチはポケットから手を抜いただけでスライム達を吹き飛ばしていた。
自身が予想していた以上に強敵であるタカミチに興奮を覚えた男は、敵である筈のタカミチに情報の確認を行う。
「さぁ、どうでしょう? そう呼称することが許されるレベルに達した自信は まだありませんよ、招かざる客人さん」
本来ならば、バカ正直に答える必要はない。情報を漏らす意味などないのだ。だが、それでもタカミチは情報を漏らした。
それは、一種の鼓舞だ。この程度の情報が漏れたところで自身の勝利は揺るがない と言う決意表明のようなものだ。
そもそも、タカミチはガトウより『無音拳』を習っていたが、タカミチが『無音拳』を修める前にガトウは他界してしまった。
故に、タカミチは自身の未熟な技法を『居合い拳』と呼称し、ガトウのレベルに達していない自身への戒めとしていた。
研鑽を重ねた日々を思えばガトウのレベルに達したと言ってもいいくらいの自負はあるが、慢心はしたくなかったのだ。
だからこそ、今のタカミチは『無音拳』であることを肯定はしないものの『無音拳』であることを否定もしない。
「ああ、そう言えば、名乗りは まだだったね? 私の名はヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン。伯爵級の悪魔さ」
男――ヘルマンは口元を歪めながら「まぁ、没落したので元伯爵と言うべきかも知れないがね」と付け加える。
そして、優雅な所作で帽子を外すと、老紳士然とした その相貌を徐々に醜悪な それ へと変えて行く。
その貌は凹凸のない のっぺら なものだが、だからこそ醜く開く口と、禍々しく灯る双眸が際立っていた。
そう、それは見る者に嫌悪を呼び起こさせる独特な形状の角と相俟り、まさに『悪魔』を体現したような外貌だった。
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Part.04:銀髪幼女のお誘い
「……ふむ。やはり、『陽動に見せ掛けた本命』なんだろうねぇ」
タカミチとヘルマンの様子を『遠見の鏡』で窺っていたアセナは、事態を観察しつつ考察に努めていた。
先程も話題にしたが、襲撃情報が駄々漏れであったので、ヘルマンの襲撃は陽動である可能性が高い。
いや、むしろ、ヘルマンが堂々と麻帆良に乗り込んで来たことも含めて考えると、陽動ではない訳がない。
しかし、陽動ならば別に本命がある訳だが……アセナの考えでは、ネギ以上に本命と成り得るものがないのだ。
それ故に、アセナは「やはり陽動に見せ掛けた本命だろう」と結論付け、戦いの観戦に興じることにした、のだが……
「まぁ、実に興味深い見解だけど……事実は もっと単純で、本当に陽動なんだけどね?」
「……あれ? おかしいなぁ? オレしかいない筈なのに誰かの声が聞こえて来たぞ?」
「ノックをしなかった非礼は詫びよう。だけど、ノックをしても変わらなかっただろう?」
背後から掛けられた聞き覚えのある声に「妄想であってくれ」と願うも、振り向くと そこには無慈悲な現実――銀髪幼女の姿があった。
「確か、フェイトちゃんだっけ? 何で『ここ』にいるのかな? 説明してくれないかな?」
「……そんなの決まっているだろう? キミに会いに来た以外に『ここ』にいる理由はないさ」
「あ、いや、『オレの部屋』って意味じゃなくて、『麻帆良』って意味だったんだけどなぁ」
『フェイトちゃん』と言う呼称に少し照れている銀髪幼女――フェイト。だが、想定外の事態に いっぱいいっぱいになっているアセナは気付かない。
「って言うか、麻帆良が誇る『学園結界』の一つ、『転移妨害』 はどうしたのさ?」
「それは単純に麻帆良の近くまで『転移』して後は『瞬動』を使って来ただけだね」
「へ~~、そーなんだー。てっきり、本山みたく結界を破って来たのかと思ったよ」
「麻帆良の結界は『蟠桃』の御蔭で強力だからね、さすがに破るとバレちゃうよ」
つまり、破ることは可能、と言うことだろう。ただ単に、侵入がバレる恐れがあるので破らずに違う方法で突破して来ただけのようだ。
ちなみに、『学園結界』が破られればエヴァが感知するような仕組みになっているので、アセナは破られていないことは把握していた。
だが、わかっていたからこそ侵入方法が気になり、わからない振りをして尋ねたのである。動揺していても情報収集は怠らないのがアセナなのだ。
「まぁ、それはともかくとして……つまりはオレに『話』があるから来たんでしょ?」
「うん、そうだね。雑談に興じるのもいいけど、本題も話さなきゃいけないね」
「それじゃあ、『お持て成し』の用意をするから、ちょっと待っててくれない?」
そう言ってアセナはリビングを出てキッチンへ向かう。もちろん、普通に お茶の準備をするためだ。
アセナは「コーヒーでいいんだよね?」と独り言つと、サイフォンを取り出して上部にコーヒー豆をセットする。
そして、下部に『麻帆良の美味しい水』を注いだ後「シュッ」とマッチを擦ってアルコールランプに火を灯す。
自分だけならインスタントでも満足できるが、客を持て成す時はサイフォンを使って豆から淹れる主義らしい。
特にコーヒーが好きな相手だと妙な気合が入り、思わず「美味しい」と言わせることに情熱を注いでしまうそうだ。
繰り返しの話題になるが、ここまで来ると それがアセナの性分でありウェイターとしての性であるのだろう。
ちなみに、火を灯す際にマッチを使うのはアセナの こだわりだ(曰く「ライターだと情緒が足りない」らしい)。
また、完全な余談となるが、豆はマスターが丹精込めてブレンドしたものをアルジャーノンから購入している。
コーヒーを淹れ終わった後は茶菓子として常備の缶詰クッキーを皿に盛り付け、それらを手にリビングに戻る。
リビングに戻ったアセナを迎えたのは、呆然としたような表情でキッチンの方を見ているフェイトだった。
アセナとしては、フェイトはリビングでソファーにでも座って寛いでいるものだと思っていたので、
何でキッチンを見ているのか検討も付かない。せいぜい、「毒でも入れると思ったのかな?」くらいだ。
「…………今の、何だい?」
フェイトの視線はサイフォンに固定されているようなので、サイフォンのことを訊ねているのだろう。
原作からコーヒー党だと思っていたので、アセナはフェイトがサイフォンを訊ねる理由がわからない。
だが、フェイトの視線から考えると、サイフォン以外のことを訊ねているとも思えないのである。
「え? 『今の』って、サイフォンのこと?」
アセナが確認のために訊ねると、フェイトはコクコクと しきりに首を縦に振る。
その仕草が小動物のようで、見た目(美幼女)によく似合っていたため、
不覚にも(危険満載な相手に)萌えてしまったことはアセナだけの秘密だ。
そんなアセナの様子に気付いていないのか、フェイトは「あれがサイフォン……」と呟いて言葉を続ける。
「情報では聞いたことがあったけど、実物を見るのは これが初めてだよ」
「へー、そうなんだー。今でも使っている店は結構あると思うけどなぁ?」
「へぇ、そうなのかい? でも、今まで置いてある店はなかったなぁ」
「まぁ、今はドリップ式の方が主流だからねぇ。置いてある店の方が少ないさ」
「……じゃあ、何でキミは主流ではないサイフォンを使っているんだい?」
「色々と理由はあるけど、一番の理由は『理科の実験みたいで面白いから』だね」
「うん、まぁ、確かに見ていて面白かったね。それについては同意して置くよ」
どうやらフェイトはサイフォンのことを知識としては知っていたが実物を見たことがなかったようだ。
まぁ、世界を飛び回っているとは言っても、やっていることは工作員みたいなものなので仕方がないだろう。
それに、諸々の活動をするために知識を与えられている とは言っても、一般常識そのものは少ないみたいだし。
だから、コーヒー党でもサイフォンを見たことがなくても おかしいことではない。そう、アセナは結論付けた。
「……で? 態々 敵地に忍び込んで来てまで話したい本題って何なの?」
アセナとしては このまま雑談に興じても構わない。むしろ、趣味の合う者(コーヒー党)との雑談は望むところだ。
だが、フェイトの立場を考えると、そうも言っていられない。邪魔が入る前に本題を片付ける必要があるだろう。
本山の時の契約(フェイトの質問にアセナが答えている限り、フェイトはアセナに攻撃できない)があるため、
アセナはフェイトから攻撃される心配はないが、フェイトの方はアセナの救援が来たら戦闘になる心配があるからだ。
もちろん、戦闘中は思わぬアクシデントが起こる(攻撃の余波に巻き込まれる等)可能性あるので戦闘は避けるべきだ。
「じゃあ、単刀直入に話すけど……キミ、ボク達の味方になってくれないかい?」
フェイトとしても雑談に興じたい気持ちもあったが、本題を話さねばならないのは確かだ。
そのため、遠回しな表現をして時間を無駄にすることを避け、単刀直入に語ったようだ。
まぁ、さすがに「時間が余れば再び雑談に興じよう」などとは考えていないだろうが。
「え~~と、それは何の味方かな? ちなみに、既に『すべての美幼女の味方であること』は自負しているよ?」
想定外のセリフに戸惑ってはいるが、冷静さを失った訳ではない。当然、アセナは自分が何を口走っているのかキチンと理解している。
では、自分のセリフが相当ヤバいことを理解しているのにもかかわらず何故に口走ってしまったのか? それは、誤魔化すためである。
自身が『黄昏の御子』であることを明かす気のないアセナは、『完全なる世界』のことを知らないことにして置くために誤魔化したのである。
「まぁ、端的に説明すると『世界を救済する活動の』かな?」
アセナの言葉は変態そのものの言葉だったが、突っ込んだ見方をすると自分を『美幼女』と評しているように解釈できるため、
フェイトは色々と言いたいことはあったが敢えて鮮やかにスルーすることにし、自身の立場を綺麗に言い繕うだけにとどめた。
いや、まぁ、疑問系になっている辺りで微妙に言い繕え切れていないが、言い繕うとした努力そのものは認めるべきだろう。
ちなみに、軽く流されたことにアセナは軽くショックを受けたようだ。アセナには否定されるよりも反応されない方がツラいのだ。
「いや、何で疑問系なのさ? 物凄く怪しい香りがプンプンするよ?」
「まぁ、ボク自身、自分達の活動が正しいのか自信がないからね」
「ぶっちゃけた!! このコ、ぶっちゃけちゃいけないこと を ぶっちゃけた!!」
魔法世界の救済が『完全なる世界』の活動目的だが、それは「何らかの裏がありそうだ」とフェイトも感じているようだ。
「いや、味方に引き込もうとするんだから、隠し事はしない方がいいだろう?」
「まぁ、そうなんだけどさ……でも、節度ってものがあると思うんだけど?」
「……なるほどね。『何事も匙加減が大切だ』とは、こう言うことなんだね」
フェイトの言動にアセナは「このコ、こんなに人間っぽかったっけ?」と言う的外れでもない感想を持つのみだ。
「まぁ、とにかく、ボク達が行おうとしていることは、人によっては悪に映る行為だと思う。それは確かだ。
だけど、その行為によって救われるであろう人間がたくさんいるのも、また否定できないことなんだ。
しかも、ボク達の予定は他の手段に比べて傷付く人間が最小限で済む、と言うオマケまで付いて来るし」
「う~~ん、言わんとしていることは何となく伝わるんだけど……腑に落ちない部分があるんだよねぇ」
核心部分である『魔法世界の崩壊』と言うキーワードが伏せられているため、
どうしても話が抽象的になってしまうことはアセナも突っ込むつもりはない。
つまり、そこを差し引いて考えても明確になっていない部分があるのだ。
「そもそも、キミ達が救おうとしているものは何なの? 人間? それとも、世界そのもの?」
そう、それは「世界を救う」と言う表現の中に存在する解釈の自由だ。
人間と言う枠組みを世界としているのか、世界そのものを指しているのか?
人間にとっては両者は似たようなものだが、厳密には似て非なるものだ。
「…………人間、だと思う」
長くも短くもない時間を悩んだフェイトは、絞り出すように答えを述べる。
もちろん、アセナはフェイトの答えに「だと思う、とは?」と追求する。
味方をするしないは置いておくとしても、正確に考えを把握するべきだろう。
「今までは『世界』を救うつもりでいたんだけど……キミの分類を聞くと、救えるのは『人間』だけだと気付いたんだよ」
フェイト達の予定は、『リライト』で書き換えた『完全なる世界』に全ての魔法世界人を移住させることだ。
つまり、『人間』を移住させるために『世界』を書き換える訳であり、救えるのは『人間』だけでしかない。
言い換えると、世界と言う『入れ物』は救うが、世界を構成する『中身』を すべて救う訳ではないのである。
フェイトは そのことに気が付き、漠然と感じていた「何らかの裏」をより一層 強く意識する。どうも、胡散臭い と疑念を抱き始めているのだ。
「でも、まぁ、それでも充分にスケールは大きいと思うよ。言い換えれば、世界中の人間を救うつもりなんだろうからさ」
「……もしかしたら、世界中の人間を救うつもりでいたから、ボクは世界を救うつもりになっていたのかも知れないね」
「さぁ、どうだろうね? オレはキミの言葉から類推しただけに過ぎないから、実情が どうなっているのか は不明だよ?」
「確かにキミの言う通りだね。ボクの内心はボク自身で決着を付けることにするよ。キミの肯定を得るのは卑怯だからね」
「卑怯だとしても免罪符――オレの肯定が欲しいなら、いくらでもあげるけど? だって、人間は卑怯な生き物だからねぇ」
意図的か無意識か はわからないが、アセナはフェイトの欲する「人間」と言う評価を何気なく与える。
当然、フェイトは喜ぶも、味方になった訳でもない相手に自分の弱みを見せる訳にもいかない。
そのため、フェイトは「ありがとう、神蔵堂君……」と言う本音を心の中だけで呟くのだった。
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Part.05:我は悪魔を断つ拳なり
「……ならば、こちらも本気を出しましょう」
悪魔の姿を顕現させたことで圧倒的な威容を見せるヘルマンに対し、タカミチは僅かな怯みもなく対峙する。
そして、「左手に『魔力』、右手に『気』」と言う一種の自己暗示に近い呪文を唱えて『咸卦法』を発動する。
ちなみに、『咸卦法』とは『魔力』と『気』の相反する力を合成して力を得る究極技法(アルテマ・アート)で、
発動させるだけで肉体強化・加速・物理防御・魔法防御・鼓舞・耐熱・耐寒・耐毒などの効果が得られるものだ。
そう、別名『ヘル・アンド・ヘヴン』だ(ちなみに、不要な説明を敢えてしたのは これが言いたかったからではない)。
「それでは、征きますよ? 『百式 閃鏃拳』」
準備の整ったタカミチが宣言と共に拳を突き出すと数多の光弾が拳の先――ヘルマンへ殺到する。
雨霰のように降り注ぐ破壊の光。その一発一発の威力は脆弱だが、着弾を重ねれば地味に体力を奪う。
量が量なので捌き切れず、着実に着弾を許してしまうヘルマン。絶え間ない攻撃に反撃もできない。
ちなみに、『百式 閃鏃拳』とは、原作でタカミチが魔物の群れに放った『千条 閃鏃無音拳』の亜種である。
原作のタカミチでも『千条』が放てたのだから、修行した今のタカミチが『千条』を放てない訳がない。
単にタカミチは『千』を『百』にランクダウンさせることで連続で放てるようにしていたのである。
某ダイ大でバーン様が手数で圧倒するためにイオナズンではなくてイオラを連発したのと同じ理屈だ。
「クッ!! あまり……調子に乗ってもらっては困るね!!」
いつ終わるとも知れない猛襲に このまま反撃の糸口を待って攻撃を耐え続けるのは得策ではない。
そう判断したヘルマンは「肉を切らせて骨を断つ」覚悟をし、『瞬動』でタカミチに急接近する。
当然、自分から弾に当たりに行っているようなものなので、受けるダメージは今までの比ではない。
だが、耐えられない訳ではない。相当のダメージを受けたが、それでも至近距離にまで到達できた。
タカミチの技は脅威だが、一撃一撃のモーションが少し大きい。そのため、技後に僅かだが隙ができる。
この距離で このタイミングでならば、タカミチが次に攻撃するよりも早くヘルマンの攻撃が決まるだろう。
ヘルマンは口を大きく広げ、『瞬動』の直前から溜め込んで置いたエネルギーを破壊光線として放つ。
「――掛かりましたね?」
だが、光線を放つ直前でタカミチの「悪戯に成功した少年のような声」が聞こえ、ヘルマンは『何か』に吹き飛ばされた。
もちろん、一瞬の邂逅でのことだ。実際に声が発せられた訳ではない。タカミチの表情から そう読み取っただけだ。
それでもヘルマンはタカミチの声を聞いたし、タカミチも自分がヘルマンに伝えたいことを伝えた。一種の共感現象だ。
……蛇足となるが、ヘルマンを吹き飛ばした『何か』とは、『零式 大槍拳』(つまり、零距離での『大槍無音拳』と同等の攻撃)だった。
本来、無音拳は拳圧を飛ばす技術であるのだが、タカミチは戦略の幅を広げるために拳圧を飛ばさない技も開発していた。
まぁ、ぶっちゃけ拳圧を飛ばさずに そのまま殴っただけ(単純な突きと同義)なので、技と言っていいのかは極めて謎だが。
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「…………先の一撃、狙っていたのかね?」
あの後、吹き飛ばされたヘルマンを待っていたのは、それまでも猛威を振るっていた破壊の驟雨の続きだった。
まぁ、『零式 大槍拳』だけで充分だったかも知れないが、念には念を入れて『百式 閃鏃拳』を更に叩き込んだのだ。
そして、ダメを押されたヘルマンは地に倒れ伏しており、悪魔としての姿が解除されて人間形態に戻るだけでなく、徐々に塵に還っている。
「ええ。正面突破しやすいように、態と正面に隙を作って置いたんですよ」
「なるほど。大振りな攻撃手段だからこそ生じた隙だ と甘く見ていたよ」
「いえ、その通りです。大振りだからこそ隙が生じやすいのは道理です」
降り注ぐ弾幕の中で、一点だけ弾幕の薄いところがあった。ヘルマンは そこを狙ったが、それは罠だったようだ。
「はて? どう言うことかね? 先程の隙は君が狙って作ったものなのだろう?」
「どちらかと言うと、生じてしまう隙を任意の位置に来るように調節したんですよ」
「……簡単に言うが、それを成すには気の遠くなるような研鑽が必要ではないかね?」
「まぁ、そうですね。才能の乏しいボクには、足掻くことしかできませんからね」
「ハッハッハッハッハ!! なるほど!! 弛まぬ研鑽の果てにある強さ と言うものか!!」
塵に還りつつあるのにもかかわらずヘルマンは呵々大笑する。そこまで満足する程タカミチは強かったのだろう。
「……ところで、いいのかね? 『消滅』が使える者を呼ぶなり、『消滅』ができる魔法具を調達するなりしなくて。
わかっているだろうが、このまま地に還るのに任せて置けば、私は単に召喚を解かれて『国』に帰るだけだよ?
しばらくの休眠は必要になるだろうが消えはしない。つまり、再び召喚されて再び君達を襲うかも知れんのだよ?」
「ええ、別に構いません。むしろ、何度でも来て下さい。何度でも返り討ちにして差し上げますから」
ヘルマンの試すような問い掛けに、タカミチは僅かに迷うこともせずに力強く返す。
ちなみに、ヘルマンの言う『消滅』とは、悪魔を消滅させるための方法全般を指す。
ネギが日本に来る前に習得した『上位古代語呪文』が唯一の手段ではないのである。
まぁ、魔法で『消滅』するのが(呪文を修得してさえいれば)一番 手軽な方法であるのは確かだが。
「しかし、そうだとしても……私を『消滅』させれば、少なくとも私と言う危険性は減るのではないかね?」
「それでも、別に構いませんよ。そもそも これは私闘ですからね、どんな理由でも他者の助力は借りませんよ」
「……私闘? 君は今 私闘と言ったのかね? ……私の勘違いでなければ、私は侵入者なのではないかね?」
「つまり『侵入者を排除する公務だ』と言うことですか? しかし、正門から堂々と進入する侵入者はいませんよ?」
「いやいやいや、目の前にいるだろう? それに、君は『招かざる客人』と私を評したのではなかったのかね?」
「まぁ、あれは言葉の綾ですよ。ですから、他の人間は今回の件には関係ありません。いえ、関わらせません」
ヘルマンとしては、侵入者である自分と警備員であるタカミチが私闘を行うのはおかしいことだった。だが、タカミチは私闘であることを譲らない。
「ふむ。言いたいことはわかったが……そこまでして今回の件を私闘にしたい理由は何なのかね?」
「単純な話です。彼等を狙ってやって来た命知らずはボクが摘み取る と言う我侭な理由ですよ」
「ほぉう? つまり、君は最初から私の目的がわかったうえでホスト役を買ってくれた と言うことかね?」
「ええ、そうです。ちなみに、余計な邪魔が入らないように警備ルートの『調整』も手配して置きました」
「……なるほど。『侵入者と警備員の戦い』ではなく、あくまでも『襲撃者と守護者の戦い』と言うことか」
「まぁ、そう言えますね。ボクは彼等を守り抜く『盾』であり、彼等の敵を打ち砕く『拳』ですから」
「ハッハッハッハッハ!! 『盾と剣』ではなく、『盾と拳』かね!! 実に君らしいよ、ミスター高畑!!」
タカミチの言わんとすることを理解したヘルマンは、心の底から満足したような高らかな笑いを上げつつ雨の中に消えていった。
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Part.06:とりあえずの協定
「あ、もう一つだけ聞かせてくれないかな? 人間を救うのはわかったけど……『何』から救うつもりなんだい?」
ヘルマンとタカミチが雌雄を決さんと拳で語り合っていた頃、アセナの部屋ではアセナとフェイトが語り合っていた。
そして、アセナが何気なく(を装って)放った言葉により、二人を包む空気は緊張したものに一変していた。
当然、この質問に答えるとなると必然的に『魔法世界の崩壊』と言うキーワードを語らねばならなくなる。
先程は核心部分に触れないようにしていたのにもかかわらず、何故に今になって核心部分に触れようとするのか?
その答えは、「世界を救う」と言う定義を尋ねた時の反応が人間らしかったから と言う何とも言えない理由だ。
自分の成そうとすることに疑問を持ちながらも進まねばならない。それは、人形にはできない人間らしい生き方だ。
そんな人間らしいフェイトが『何』から人間を救おうと答えるのか? アセナは その疑問に好奇心を刺激されたのだ。
「…………その問いに対しては『核心』に触れずに答えることはできない。だから、すべての事情を説明しようと思う」
どのような答えが出て来るのか、プレゼントを前にした子供のような心境で待つアセナに与えられた答えは「種明かし」だった。
アセナとしては「その質問に答えるのは仲間になってからだよ」と言った答えを予想していたので、この答えは実に予想外だ。
もちろん、「説明を聞いたうえで誘いを断るならば、説明した内容についての記憶は消させてもらうけどね」と言う条件はあったが、
それでも、自分を味方にするためだけにフェイトが事情を説明するとは考えていなかったので、アセナには驚天動地の出来事だった。
フェイトは驚愕していたアセナに気付かなかったのか、『結界』を張って『覗き見』やら『盗み聞き』やらを封じて説明をし始める。
その話を まとめると、以下の様になる(大分裂戦争の理由は独自設定ですが、基本的に原作沿いの説明ですので読み飛ばしても問題ありません)。
そもそも、魔法世界は魔法によって作られた世界であるため、人造世界の持つ宿命である『存在の限界』――つまり、世界崩壊の危機にある。
そして、亜人(純魔法世界人)は魔法世界の一部として造られた存在であるため、魔法世界が崩壊すれば必然的に消滅してしまう運命にある。
フェイト達『完全なる世界』は その危機に対処するのが目的であり、現在のプランでは魔法世界の全住民を別の世界に移動させる予定である。
ちなみに、魔法世界で大分裂戦争を起こしたのは、メガロメセンブリア元老院が地球に強制移民(= 侵略)する計画を立てていたから らしい。
ついでの目的もあったが、地球に侵略する余裕など失くすのが最低限の目的であり、大戦にまで発展したので最低限の目的は達成できたようだ。
まぁ、『ついでの目的』とは、大戦を利用して『黄昏の御子』を入手し、『リライト』を行って『完全なる世界』に移行させることだろうが。
「……まぁ、信じる信じないは任せるよ」
長い説明を語り終えたフェイトは、冷えてしまったコーヒーに魔法で熱を加えることで温め、一口だけ啜って「ああ、美味しい」と呟く。
温めたとは言え出来立てよりは幾分か味が落ちていることを考えると、話に夢中になってコーヒーを冷ましてしまったことが悔やまれる。
説明を吟味するために与えられた時間だ とわかっていても、そんなフェイトの様子に少しだけアセナが和んでしまうのは仕方がないかも知れない。
「いや、信じるよ。魔法世界が崩壊の危機にあるのもキミ達の目的が『リライト』だったのも聞いていたからね」
アセナはフェイトにコーヒーを美味しいと言わせたことに「勝った。いや、何に勝ったかは不明だけど」とか考えつつ神妙そうに答える。
アセナは核心部分を知っていたことをアッサリと告げた訳だが、当然ながら自身が『黄昏の御子』であることまでは教える気はない。
何も情報を開示しないよりは、ある程度の情報を開示した方が情報を秘匿しやすい と考えたのである。別に情に絆された訳ではない。
大分フェイトに心を許しているように見えるが、リラックスした状態で話せるようになっただけで、別に信頼も信用もしていないのである。
「……聞いている? と言うことは、タカミチ・T・高畑から説明を受けていた と言うことかな?」
「うん。京都でキミ達(完全なる世界)に気付いたらしくて、知って置いて損はないからってね」
「ああ、なるほど。でも、それなら何でボクの言葉を信じるんだい? ボク達は『敵』だろう?」
「それは、『紅き翼』と『完全なる世界』とのことだろう? なら、オレとキミとのことには関係ないよ」
「しかし、キミは『紅き翼』の一員であるタカミチ・T・高畑に保護されているのだろう?」
「だから、それはタカミチとキミ達の問題だろう? 保護者だけど、そこは区別すべき問題だよ」
タカミチとアセナの関係を思えばアセナの態度には違和感を覚える。フェイトは間違っていない。
だが、アセナには態々 敵を増やす趣味はない。敵に回さなくてもいい相手は敵に回さないのがアセナだ。
そのため、たとえ自分を守ってくれる保護者の敵であったとしても、アセナの敵となる訳ではないのだ。
「オレの敵は『オレに敵対する者』であって、『オレの味方に敵対する者』までは含めていないよ。
だって、『味方の敵は敵だ』なんてことを言っていたら、この世は敵ばっかりになっちゃうじゃないか?
ただでさえ、世界って言うのは敵が出来やすいんだから、敵を増やさないに越したことはないだろ?」
「…………神蔵堂君、キミって『変なヤツ』だね」
フェイトは呆れたように言葉を漏らす。だが、その表情は笑みを形作っている。
きっと、「タカミチの敵は敵だ」と拒絶されることを恐れていたのだろう。
フェイト自身にその自覚はなかったとしても、フェイトはアセナと敵対したくないのだ。
ちなみに、アセナは『敵の敵は味方だ』と言う意見は利用するタイプなのは言うまでもないだろう。
「まぁ、よく言われるよ。良い意味でも悪い意味でも、ね」
「フフッ、そうだろうね。もちろん、ボクは良い意味で言ったんだよ?」
「ああ、わかってるさ。キミからは悪意を感じなかったからね」
「でも、そう見せているだけで、実は悪意だらけかも知れないよ?」
「それならそれで構わないよ。オレが見抜けなかっただけだからね」
フェイトは楽しそうに「本当に『変なヤツ』だよ、キミは」と苦笑する。
「まぁ、それはそうと……味方って具体的には どんなことをすればいいのかな?
さっきの説明で、キミ達の立場や考え方や目的なんかは理解したつもりだよ?
だけど、味方になって『何をどうすればいいのか』まではわからないんだけど?」
穏やかな雰囲気はアセナも望むところなのだが、そろそろタカミチとヘルマンの戦いも佳境だ。あまり のんびりしている時間はない。
「それを訊くってことは、ボク達の味方になってくれるつもりだ と受け取っても構わない、と言うことかな?」
「いや、それは内容次第だよ。キミ達の目的は否定しないけど、だからと言って無条件に認める訳じゃない」
「ああ、なるほど。極端な話『魔法世界人を救うために犠牲になって欲しい』とか言う場合も あるもんね」
「まぁ、極端な話だけどね。それでも、無条件で味方になれば『そう言う』要求も可能になる訳でしょ?」
「うん、まぁ、契約上は、ね。だけど、そう言った心配は要らないよ。そんな無茶を言うつもりはないからね」
二人の話す仮定は、単純に「アセナが魔法世界人を救うことに味方する」と言う『契約』をした場合の話だ。解釈が自由過ぎる。
「ふぅん? じゃあ、どんな無茶なら言うつもりなのかな? あまりにも無茶な場合は当然ながら拒否するよ?」
「……表現が悪かったね。訂正しよう、無茶なことは決して要求しない。キミはただボク達と敵対しないだけでいい」
「え? それだけ? それだけなら『味方になってくれ』じゃなくて『協力してくれ』 でよかったんじゃない?」
「そうなんだけど……キミと敵対したくなかったから『味方になって欲しい』と言う言葉になったんだと思う」
「ふぅん? よくわからないけど、オレもキミと敵対する気はないよ。もちろん、キミが敵対しない限りだけど」
フェイトが言い難そうに「キミと敵対したくなかった」と言ったのを聞いた時、アセナは ようやく『あること』に気が付く。
もちろん、それは「あれ? オレと敵対すると、ネギやらエヴァやらタカミチやらを敵にするってことじゃない?」と言う殺伐とした考え方だったが。
いや、それも間違いではない。むしろ、木乃香の婚約者としての立場や西で勢力を築いていることも考えると、アセナを敵に回すのは得策ではないだろう。
アセナは『黄昏の御子』としての自分の価値ばかりに目が行っていたが、『黄昏の御子』のことを抜きにしても充分に価値があることに忘れていたのだ。
とは言え、フェイトが『別の理由』でアセナと敵対したくないことに気付かない のは、さすがに どうかと思うが。
「それじゃあ、話を戻すけど……キミ達に敵対しないってことは、キミ達の活動の邪魔をしないってことで いいのかな?」
「うん、それで構わないよ。これまでに築けた信頼関係では、積極的に味方をしてくれる と言うのは難しいだろうからね」
「そうだね。何せ『命を狙われる』と言う出遭い方をしたんだから、こうして話しているだけでも、かなりの進歩でしょ?」
「……そう、だったね。いや、もちろん、忘れた訳ではないよ? ボクはキミの命を狙った。そのことは決して忘れないさ」
「いや、そんな物騒なことは忘れてくれても一向に構わないよ? って言うか、オレとしては、むしろ忘れて欲しいんだけど?」
「いいや、忘れないよ。話し合うことをせずに武力に訴えたのは実に愚かな行為だった。今では、そう反省しているからね」
「……はぁ、わかったよ。なら、これからは最初に言葉を交わすようにして、肉体言語は最後の手段にするようにすればいいさ」
「うん、わかっているよ。これからは、言葉を交わせるならば言葉を交わす努力をし、武力は最終手段だ と肝に銘じて置くよ」
フェイトは訓戒の意味として忘れないのだろう。ならば、アセナも忘れることを強要はしない。「わかってくれたなら、それでいい」と頷いて置く。
「で、話を戻すけど……キミ達の邪魔しないだけでいいなら、喜んで味方になろう。何なら『契約』をしても構わない。
――と、言いたいところなんだけど、残念なことに、キミ達と敵対関係になる可能性がない訳じゃないんだよねぇ。
だから、『オレがキミに敵対しない限り、キミもオレと敵対しない』って言う『契約』を結ぶことにしない?
あ、わかっているだろうけど、対象を『オレ』と限定しているのは『オレの仲間にまで強制ができない』からさ。
もちろん、オレの仲間がキミ達と敵対しないように努力はするけど、そっちは努力目標ってことにして欲しいんだよね」
契約とは「締結したもの同士を縛る掟である」ため、第三者までをも拘束する効果はない。
そのため、アセナにはネギやエヴァやタカミチがフェイト達と敵対するのを止める『義理』はあっても『義務』はないのである。
とは言え、良好な関係を築くためには『義理』を果たすべきである。それ故に『義務』はなくても、ほぼ『義務』と変わらない。
『義務』に近い『義理』。アセナが『努力目標』と表現したのは、大袈裟な表現でもなければ控え目な表現でもなかったのである。
「……うん、いいよ。キミの言う条件で『契約』を締結しよう」
僅かに考えた後、フェイトは頷きつつ『ギアス・ペイパー』を取り出す。
そして、一切の迷いなく、先程の会話内容を元に契約内容を記していく。
ちなみに、契約内容は以下の通りである。
① 甲が乙に敵対しない限り、乙は甲に敵対しない。
② 甲は甲の仲間が乙に敵対しないように努力する。
③ 乙も乙の仲間が甲に敵対しないように努力する。
これで、アセナが甲にフェイトが乙に署名をすれば契約は成立だ。アセナがフェイトに敵対しない限り、アセナの危険度は限りなく低くなるだろう。
「ふぅん? そっちも仲間に手を出させないように努力してくれるんだ?」
「これは取引なんだから、キミにだけ努力させる訳にはいかないだろう?」
「そうかな? 少しでも自分に有利になるように画策するのが取引じゃない?」
「短期的には それでいいだろうけど、中長期的には互いに利を得るべきだろう?」
にこやかに談笑をしながらも、フェイトは乙の欄に『フェイト・アーウェルンクス』と署名する。
「と言うか、キミ……わかっていてボクを試してるだろう? それくらい、わかるよ?」
「さぁ、どうだろうね? オレ、傲慢で利己的だから、平気で相手を騙せるんだよ?」
「でも、それは日常生活に限ってのことだろう? 交渉で下手を打つ訳がないさ」
「うわーい、すっごい信頼感。小心者なオレにはちょっとプレッシャー過ぎるなぁ」
「小心者……ねぇ? 俗に言う『防弾ガラス製のガラスのハート』ってヤツかい?」
爽やかに談笑をしながらも、アセナは甲の欄に『神蔵堂ナギ』と署名――することはない。
何故なら、この場にいるアセナはダミーであり、そのダミーを安全圏にいる本体が『遠隔操作』していたからだ。
ちなみに、本体の居場所はエヴァの家のリビングであり、エヴァと『念話』をしていたのは偽装である。
まぁ、エヴァはエヴァの部屋で『待機』をしていたので、会話をするには『念話』が必要だったのだが。
つまり、ヘルマンを「陽動に見せ掛けた本命」と考えつつも陽動の可能性も捨てていなかったのである。
実に用意周到だが、京都でダミーを陽動にしてフェイトが自分に接触して来たことを忘れていなかったのだ。
「いやいやいや、某カヲル君風に言うと、オレの心はガラスの様に繊細なんだよ?」
そんな訳で、アセナは自分が署名する段階になったので、近くまで『転移』して来て優雅に現れたのだった。
まぁ、優雅と言うか、今までダミーが対応していたことを少しも悪びれずに自然体で言葉を紡いだのだが。
ちなみに、フェイトがアセナの『転移』に気付かなかったのは『結界』の影響と会話に夢中だったから だろう。
ところで、ノックすることもなくドアから現れて開口一番に先のセリフを言えたアセナは偉大かも知れない。
「……いや、それだと『防弾ガラス製』の反論になってないよ? 同じガラスだもん」
「た、確かに……ならば、ここは『砂上の楼閣のように脆い』とか言ってみようか?」
「確かに『脆さ』は表現できているけど……『儚さ』よりも『虚しさ』の方が強くない?」
「むぅ、確かに。って言うか、そろそろ この話題やめない? 引っ張るネタじゃないよ?」
「まぁ、そうだね。ついつい引っ張ってしまったけど、引っ張るネタではなかったね」
しかし、そんなアセナに大したリアクションをすることなく話を続行したフェイトの方が偉大かも知れない。
少なくとも、文句の一つくらい言われることを覚悟――いや、想定していたアセナは、普通に対応されて困ったようだ。
具体的に言うと、思わず『砂上の楼閣』とか言う微妙な表現をしてしまったくらいに困っていたらしい。
まぁ、困りながらもダミーから受け取った『ギアス・ペイパー』に署名したため契約は無事に成立したが。
……ここで、フェイトの真名(テルティウム:Tertium)が記されていないことに疑問を覚えるかも知れない。
だが、それを言うならば、アセナだって真名は「アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア」だ。
つまり、『ギアス・ペイパー』が発動するのに必要なのは『直筆の署名』であって『真名の署名』ではないのだ。
まぁ、仮に真名が必要でも(『黄昏の御子』としてモロバレな)真名を書くことだけは拒否しただけだろうが。
ちなみに「名は体を現す」とは言うが、魔法的には「名前は本質ではない」ので、真名か偽名か は そこまで重要ではないのだ。
「ところで、オレが現れたことに関するリアクションがないのは何故なのかな?」
「まぁ、想定の範囲内のことだったからね。キミが登場しても驚かなかっただけさ」
「へぇ? つまり、オレならダミーを用意しているだろう と思われていたって訳?」
「京都でダミーを多用していたし、『結界』を張った時に違和感を覚えたからね」
「……なるほど。『遠隔操作』のラインが切れなかっただけも善しとして置こう」
ちなみに、アセナがダミーを『自律行動』にしなかったのは、勝手に動かれると困るからである。前回(外伝その1)で懲りているのだ。
「さて、と。あまりノンビリもしていられないから、そろそろ失礼させてもらうよ?」
「ああ、そう言えばそうだね。それじゃあ、『また』会えたら、『また』会おうか?」
「……うん、『また』会えたら、『また』会おう。そして、今度は もっとゆっくり話そう」
ヘルマンが還ったため陽動の効果がなくなっている。それ故に、フェイトは名残を惜しみつつもアセナの元を離れたのだった。
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オマケ:その頃の未来少女
「ククククク……これハよいものダ――じゃなくて、これハよいものが出来そうダヨ」
舞台は変わって、麻帆良のどこかにある研究所にて。そこでは、超が秘密裏に開発を行っていた。
それは、修学旅行中(23話)に思い付き、この前の会談(32話)でアイディアを確定させたもの。
アセナ専用の護衛用メイドロボ。茶々丸から得られたデータを元に作成されている茶々丸の後継機。
主人であるアセナへの忠誠心をマックスにするために茶々丸のAIを参考にしてしまった危険物。
もちろん、32話でアセナに訊いた情報(アセナの好みと判断された諸々の情報)も反映される予定だ。
「クハハハハハ!! キミの目覚めが今から楽しみダヨ『ちゃちゃお』」
超のセリフから おわかりだろうが……既に名前は『ちゃちゃお』で決定している。アセナに命名させるつもりなど端からない。
ちなみに、名前は「チャチャゼロ → ちゃちゃ0」と「茶々丸 → ちゃちゃ○」から「ちゃちゃO → ちゃちゃお」となり、
更に「ちゃ超」と言うニュアンスも込められたので、「もう『ちゃちゃお』以外には有り得ないネ!!」と結論付けられたらしい。
もちろん、メイドロボと銘打たれている様に女性体であるため、漢字変換すると『茶々緒』となるだろう。『茶々雄』ではない。
「クハ~~ッハッハッハ!! これで『ワタシの科学力は世界一ィイイイ!!』であることを証明できるネ!!」
当初の予定では「アセナに死亡フラグが多いために保険として用意して置こう」と言う理由で作っていたのだが……
作っているうちにノって来てしまい、「どこまで兵器とメイドロボを両立できるか?」に意識が移動したらしい。
どうやら、脱線してしまうと軌道修正をしない限り どこまでも突っ走ってしまう性質は先祖から受け継いだようだ。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「タカミチのイケメンタイムに見せ掛けて、フェイトちゃんの独壇場」の巻でした。
いえ、本当に最初は「タカミチTueeeee!! そして、Kakkeeeee!!」を目指していたんですよ?
そのためにヘルマンを変態紳士にも変態淑女にもせずに「ただの戦闘狂」にしたんですから。
にもかかわらず、勢いで出してみたフェイトちゃんを書いている方が楽しくなっちゃいまして、
気が付くと、タカミチは「何か頑張っていたっぽい」と言う印象しか残っていない始末でした。
……どうしてこうなった? と、普通に思いました。自分でもビックリです。
あ、言わずもがなでしょうが……エヴァとの『念話』でレベルアップ音が聞こえたのはアセナの幻聴ではないです。
もちろん、『念話』は意思を伝えるだけですので、『念話』でレベルアップ音が聞こえた訳ではありません。
レベルアップ音は やたらと響くため、リビングにいたアセナでもエヴァの自室の音が聞こえていた、と言う訳です。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/01/29(以後 修正・改訂)