第35話:目指すべき道は
Part.00:イントロダクション
今日は5月16日(金)。
ヘルマンの襲撃と時を同じくしてフェイトの来訪があった日の翌日。
世界を彩っていた雨は既に上がっており、天には青空が澄み渡っている。
そして、フェイトの危険性を減らすことに成功したアセナの心も澄み渡っていた。
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Part.01:報告会と言う名の事後処理検討会
「……以上を持ちまして、今回の襲撃事件の報告を終えたいと思います」
放課後、アセナは呼び出された訳でもないのに学園長室に赴き、自発的に近右衛門に此の度の「悪魔襲来事件」の顛末を報告した。
重複になるので詳細は省くが、報告内容を簡潔に表現すると「ネギを狙った伯爵級悪魔をタカミチが返り討ちにした」であった。
つまり、フェイトがアセナに接触して来たことを伏せて報告した訳だ。近右衛門が それを把握していることを知りつつも、である。
「ふむ。ちなみに、那岐君は今回の『落とし処』を どう見とるかのぅ?」
報告を聞き終えた近右衛門が試すような視線を隠しもせずにアセナに問い掛ける。
つまり、「事後処理の方向性を どうすべきか?」を尋ねてアセナを試しているのだ。
まぁ、試す とは言っても能力を測る試験ではなく、教育のための試練なのだが。
「……そうですねぇ。『タカミチの実戦訓練のために招き入れた』と言う感じで どうでしょうか?」
悪魔が麻帆良に侵入したことは隠すべきことでもないので隠す必要はない。
だが、だからと言って、侵入されたことを そのまま公にしては外聞が悪い。
そのため、理由があるから敢えて侵入させたことにしよう と言う訳だ。
「むぅ。面白い案じゃとは思うが……それは ちょっとばかり無理があるんじゃないかのぅ?」
近右衛門としても「理由があるから敢えて侵入させたことにする」ことに異論はない。
だが、その理由が問題だ。何故ならタカミチに実戦訓練をさせる意味は小さいからだ。
むしろ、「だったら、麻帆良の外で迎撃すれば よかったじゃないか?」と言われ兼ねない。
仮に、原作の様にネギが撃退していれば「ネギの実戦訓練」で理由が成り立っただろうが。
「……ならば『西から齎された情報の真偽を確かめるために敢えて招き入れた』とでも言いますか?」
「いや、思いっ切り裏事情を暴露しとるから!! 本国的にはOKじゃが、西的にはアウトじゃから!!」
事実を捻じ曲げて報告するのはバレた時が面倒だ。そのため「ネギの実戦訓練」を理由にはできない。
それ故に「いっそのこと本当の理由を公表すればよくね?」と言う逆転の発想が出て来た訳である。
逆転し過ぎて、西に知られると作らなくてもいい軋轢を作りそうな気がするのが玉に瑕な発想だが。
「まったく、我侭ですねぇ。ならば、前の案を公式見解にして、後の案を本国に非公式で伝えればいいでしょう?」
近右衛門の反応をタップリと楽しんだアセナは「やれやれだぜ」と言わんばかりの態度で黒い意見を述べる。
前の案は本国に文句を言われ兼ねないものだったが、後の案と合わせることで文句を封殺できるだろう。
それを考えると、これが言いたいために二つの意見を言ったのかも知れない。まぁ、真実はアセナしか知らないが。
「ワシが言えた義理ではないとは思うのじゃが……敢えて言おう。その年で随分と腹黒い思考をしとるのぅ、と」
近右衛門も充分に腹黒い。そう言った自覚はある。そのため、他人の腹黒さを指摘できる立場ではない。
だが、それでも、アセナの腹黒さは少年とも言える年代であることを考えると指摘すべきレベルだ。
このままでは誰も信頼できなくなってしまうのではないか と ついつい心配してしまったくらいに。
まぁ、そうなるように仕向けた節があることも自覚しているため、近右衛門は それを表には出さないが。
「……安心してください。信頼できる相手は少ないですが いますから。それに、もともと腹黒かったのが露呈しただけですし」
しかし、表に出さなくてもアセナには理解できていたようだ。苦笑しながら近右衛門の危惧を払拭する。
少なくとも、アセナにはタカミチやエヴァと言う信頼の置ける存在がいる(ネギは暴走するので微妙らしい)。
それに、那岐と融合したと言ってもナギであることは変わらないため、腹黒さ そのものは変わっていない。
つまり、近右衛門はアセナの人間関係を心配する必要もないし、アセナを現状に追い遣ったことを気に病む必要もないのだ。
「ところで、『迎撃は可能だったが、目的を見定めるために泳がせた』と言う案も思い付きましたが、これはどうでしょうね?」
「…………ふむ。模範的な解答じゃのぅ。と言うか、普通は そっちの案を言ってから、次の案を言うんじゃないかのぅ?」
「ですが、可もなく不可もない案では物足りないでしょう? ですから、最初からインパクトのある案を述べたんですけど?」
「まぁ、確かに その通りじゃな。毒にも薬にもならん代物では大した効果は得られんのは、言うまでもないことじゃな」
「ええ。それに、『目的を見定めるため』と言いつつも相手の目的を訊き出せなかったので、むしろマイナス効果ですしねぇ」
湿っぽくなりそうな空気を嫌ったのか、アセナは態とらしく話題を『事後処理』に戻す。
「……はて? 訊き出せなかった とは言え、進路から『予想』は付く筈じゃが?」
「さぁ、どうでしょうか? 『エヴァに匿われたネギが目的』とは言い切れませんよ?」
「つまり、単純に『エヴァを狙って来た』可能性も捨て切れん と言いたいのかのぅ?」
「まぁ、ゼロに近い可能性ですが、ゼロではありませんからね。明言はできませんよ」
「しかし、訊き出せたとしても虚偽かも知れんから、結局は明言できぬことは変わらんぞ?」
相手の漏らした情報が真実か否か? その裏付けが取れなければ信用に値しない。その意味では、予想と大差がない。
「ですが、尋問の方法に拠るでしょう? 麻帆良には『記憶の再生』なんてことができる人材もいますし」
「いや、そんなことができるのは某変態司書しかおらんし、そもそも当時は不在じゃったから不可能じゃし」
「それでも、『読心』ができるアーティファクトもあるんですよね? それなら用意できたのでは?」
「いや、それこそレア中のレアじゃよ。麻帆良だけでなく本国にも持ち主が確認されとらんのが現状じゃ」
「ならば、戦闘前に『敗者は勝者の質問に偽りなく答える』と言う『契約』をした場合は どうでしょうか?」
まぁ、尋問の方法次第では裏付けが必要のない情報が得られることは間違いではない(尋問した相手が真実を知っていれば、だが)。
「……ふむ。それならば可能じゃな。そんな『契約』を交わす余裕があれば充分に可能な手段じゃろうて」
「しかし、『相手をうまいこと丸め込む』なんて手はタカミチの得意とする手段じゃないですよねぇ」
「そうじゃな。タカミチ君がキミの半分でも腹黒かったら、色々と面倒事を任せられるのが現状じゃなぁ」
「ですが、そう言った虚偽に塗れた言葉を交わすことを得意としないのがタカミチのいいところでしょう?」
「まぁ、嘘が吐けない性格と言うのは得難いものじゃな。それに、脳筋に陥らないのもいいところじゃ」
いつの間にかタカミチの評価に話題がスライドしているが、そもそもが空気を変えるための話題だったので問題はないだろう。
「と言うか、話が逸れてしまったので元に戻すが……襲撃の目的はネギ君――と見せ掛けてキミで決まりじゃろ?」
「……それを隠すためにも『西との信頼関係を計る試金石だった』と言った裏話を用意して置いたんですけど?」
「まぁ、そうじゃろう。『隠したいことのために別の秘密を用意する』のは よく使われる手じゃが、有効な手じゃからな」
「あ、ちなみに、単に報告をしなかったのではなく、報告をしないことで『秘密にして欲しい』と言いたかったんですよ?」
「ああ、わかっておるよ。キミの『正体』に繋がり兼ねん情報を本国に伏せて置きたいのはワシも一緒じゃからのぅ」
だが、近右衛門は この機会に問い質したいことを訊ねることにしたようだ。まぁ、確認したいだけで咎めたい訳ではないようだが。
「ありがとうございます。ですが、ただ情報を伏せるのではなく、ネギ達の中心人物として接触されたことを隠れ蓑にしてください」
「ほぉ? つまり、別の秘密を用意したうえで『真に隠したいこと』のために『敢えて知られてもいい秘密を用意して置く』訳じゃな?」
「ええ。それに、オレが狙われた理由は『正体』の方じゃなくて『そっち』の方ですからねぇ。むしろ、オープンにしたいくらいですよ」
「まぁ、下手に隠すと痛くない訳でもない腹を探られてしまうからのぅ。最初から手札をオープンにしたい気持ちも わからんでもないわい」
「ですが、オープンにし過ぎると逆に怪しまれますから、『表』・『裏』・『秘密』・『極秘』に分けてカードを切った方がいいでしょうね」
アセナの情報に対する扱い方を見た近右衛門は「ワシが教えるまでもないのぅ」と判断を下しつつ「ああ、そうじゃな」と鷹揚に頷いて締め括った。
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Part.02:燻る疑念と言う名の確信
「あ、そう言えば、目的の件に話を戻しますけど……やっぱり、相手の『目的』は不明なままだと思うんですよねぇ」
話が綺麗に纏まったところで話題を切り上げるべきだったかも知れないが、話すべきことを思い付いてしまったアセナは敢えて話題を蒸し返した。
と言うのも、ヘルマンの襲来が陽動だった とわかっていても、ヘルマンを召喚した召喚者については結局 何一つとしてわかっていないからだ。
フェイトがアセナに接触して来たことを考えれば『完全なる世界』である可能性は高い。だが、フェイトはヘルマンを利用しただけかも知れない。
それに、ネギの故郷を襲った相手を態々 召喚する と言う手間を考えると、ネギの故郷を襲わせた首謀者である可能性も捨て切れないのが現状だ。
つまり、メガロメセンブリア元老院が召喚者なのだとしたら、メガロメセンブリア元老院の目的が何なのか 考えて置く必要があるのだ。
「しかし、目的はキミでネギ君の方は陽動じゃった のではなかったかのぅ?」
「確かにそうですけど……陽動のためだけにネギを狙ったと思いますか?」
「…………まぁ、陽動にしては、襲撃が成功した時の効果が高過ぎるのぅ」
「ええ、そうです。単なる陽動ではなく、本命にも成り得る陽動でした」
「つまり、『ネギ君を狙った何らかの理由がある』と言いたい訳じゃな?」
「平たく言うと、そうなりますね。ネギを狙った理由が気になるんですよ」
そもそも、ネギの故郷を狙った理由は何なのか? 原作を信じるならば、『災厄の女王』の子であるネギを狙ったことになるが……
「オレを狙った理由は、ネギやエヴァやタカミチへの影響力でしょう。他にも、西への影響力も関係しているでしょうが。
まぁ、とにかく、オレを味方に付ければ色々とオマケが付いて来るし、オレと敵対すれば諸々の危険が生まれますね。
ですが、ネギを狙う価値は何でしょうか? 『英雄』に怨みを持つ者がネギも復讐の対象に含めただけ でしょうか?
それとも、『英雄』の娘に都合のいい試練を与えることで都合のいい『御輿』にし立てあげるため なんでしょうか?」
「…………随分と嫌な物の見方をするのぅ。本国の批判をしているようにしか聞こえんぞい?」
「さぁ? その予想は立ちますけど、その予想を確定させる根拠がないので想像の域を出ませんよ。
ですが、召喚者にとっては伯爵級悪魔でネギを襲わせる意味があったことは間違いありません。
まぁ、体制にとって都合が悪い存在は排除され、排除が困難なら体制に組み込むことを考えれば、
ネギが どの程度の脅威となるのかを試され、排除可能なら排除されていただけ かも知れませんが」
アセナの考えでは「処刑された筈の『災厄の女王』が処刑後に子供を生んだことが問題」だったのである。
つまり、単に処刑が失敗しただけではなく、子供の存在が処刑失敗の証拠となってしまうのだ。
しかも、大戦の英雄達とは言え数人に妨害されてしまったのだから、体制の威信に関わる。
逃亡して隠遁するだけなら放置できたが、子供を公表されては対処せざるを得ないだろう。
当時のメガロメセンブリア元老院を擁護したい訳ではないが、視点の多角化は重要なことだ。
「しかし、オレが体制側ならば、排除なんて勿体無いことはしませんけどね?
ネギの場合、『都合の悪さ』を差し引いても『組み込む利益』の方が高いでしょう?
特に、都合のいい『御輿』は得難いものですから、体制に組み込むべきですよ」
使えるものは何でも使う。その意味では、アセナはクルト・ゲーデルと理解し合えるだろう。
「じゃが、本国には色んな立場の人間が集まって成り立っているんじゃ。
一つの出来事でも、一方では利益を得る者がおり、一方では損害を被る者がおる。
それはネギ君を組み込むことも同じじゃ。損害を被る者もおる のは変えられんよ」
「体制にとって利益があっても、構成する個人にとって損害ならば排除する ですか」
「悲しいことじゃが、組織が大きくなればなる程――つまり、権力が肥大化すればする程、
組織よりも個人の利益を追求する三下のような輩が組織の上層部に食い込むものじゃよ。
そう言った輩は癌の様に増殖し、やがて組織を腐敗させる。これは一種の摂理じゃろうな」
「つまり、魔法を使えようが使えまいが、人間は人間でしかない と言うことですね?」
「ああ、そうじゃな。中には清廉潔白な魔法使いもおるが、大多数の魔法使いは利己的で排他的で傲慢じゃな。
しかも、魔法使い以外の人間を蔑視する傾向すらあるのじゃから、つくづく救い難い職業じゃよ、魔法使いは。
まぁ、西の上層部の実情を見て来たキミの場合は、ワシが言うまでもなく理解しておることじゃろうがな?」
「さぁて、どうでしょうね? 少なくとも、自分自身が傲慢であることは自覚していますけどねぇ」
「フォッフォッフォ……それはワシもじゃよ。ワシも傲慢であることを嫌と言う程 自覚したわい。
そのうえ、個人を優先する輩を蔑みながらも、ワシ自身が個人の都合を優先しておる節もある。
まぁ、組織にとっても有益となるように調整やら画策をしとるだけマシじゃ とは思うておるがの」
組織を思うならば、木乃香は西で育てて西の有力者に嫁がせるべきだった。そうしなかったのは近右衛門の個人的な感情に過ぎない。
「むしろ、それでいいんじゃないでしょうか? 個人に傾いているとしても、個人と組織を両立させているんですから。
と言うか、個人の都合を優先させつつも組織を組織として成り立たせているので充分に得難いトップだと思いますよ?
まぁ、敢えて文句を言うとしたら『もう少しオレに優しい対応をしてくれると嬉しいなぁ』と言ったところですかねぇ」
個人を優先していようが、組織がキチンと機能しているのだから気に病む必要はない。と言うか、気にするだけ無駄だ。
「……ふむ。やはり、キミに木乃香を任せてよかったのぅ。『木乃香との幸せ』と『組織の運営』を両立してくれそうじゃからな。
まぁ、少しばかり女癖が悪いところを直して欲しいとは思うがの? と言うか、早いとこ清算しないと大変なことになるぞい?
恐れ多くもハーレムを目指しておるなら、ハーレムを維持するには並々ならぬ甲斐性が必要なことを肝に銘じて置くべきじゃな」
「ハッハッハッハ!! 何を言っているのかサッパリ意味がわかりませんねぇ。と言うか、オレには身に覚えのないことですねぇ」
途中まで「ちょっといい話」な流れだったのだが、いつの間にかアセナが責められる流れになっていたのは実に摩訶不思議である。
実際、アセナには身に覚えが有り過ぎるが……これから歩む道(もちろん木乃香ルートではない)を考えて清算しているところだ。
だが、現段階では、その思惑を近右衛門に明かす気はない。それ故、敢えて近右衛門の言葉を白々しく無視する形を取ったのである。
「まぁ、それはともかくとして……何かワシに報告すべきことが残っているのではないかのぅ?」
近右衛門もアセナが女性関係を清算していることは把握している。ただ、その思惑がイマイチ掴めなかったのでカマを掛けただけだ。
だが、それも無視と言う形で「思惑については語る気はありません」と意思表示されたため、近右衛門は話題を変えることにしたようだ。
「え? それは学園長先生の気のせいじゃないですか? オレには まったく心当たりがありませんよ?」
「ほほぅ? ……本当に心当たりがないのかのぅ? ワシには『ある』としか思えんのじゃがなぁ?」
「え? マジですか? オレ、惚けている訳でも何でもなく、素でまったく心当たりがないんですけど?」
近右衛門はアセナが惚けといると考えていたのだが、どうやら本気で心当たりがなかったようである。目がマジだ。
「……つまり、キミにとっては、ネギ君がエヴァに弟子入りした件は報告すべきことではないのじゃな?」
「え? そんなの当たり前じゃないですか? と言うか、何で そのことを報告する必要があるんですか?」
「何でって……ワシ、責任者じゃよ? 責任者なんじゃから、そう言うことは知って置くべきじゃろう?」
近右衛門の責めるような言葉にもアセナは「意味がわかりません」と言う態度を崩さない。つまり、本気で自分に責がない と考えているのだ。
「しかし、いくら責任者とは言っても、確か、ネギは卒業試験のために麻帆良で生徒をやっているんですよね?
と言うことは、責任者でも卒業試験に関係のないプライベートを知る必要はない と言えるのではないですか?
何故なら『学園の責任者』としても『関東魔法協会の責任者』としても、プライベートは関係ないんですから」
「……じゃが、プライベートとは言っても『魔法関係』での弟子入りをしたんじゃろ?」
「まぁ、確かに『魔法関係』での弟子入りをしましたね。そのことは否定しません。
ですが、そもそも、ネギの課題の内容は『日本の中学校で学ぶこと』でしたよね?
つまり、一言も『魔法使いとして』なんて文面にはないんで、関係ないですよね?」
ネギが魔法使いとして学ぶために麻帆良に来たのなら、魔法使いとしてのプライベートに干渉される余地がある。
だが、ネギは『魔法使いとして学ぶ』ために麻帆良に来た訳ではない。そのため、魔法関係でもプライベートは保障されている。
まぁ、魔法使いが麻帆良で学ぶとしたら『魔法使いとして学ぶ』のは魔法使い達にとっては不文律だが、不文律は不文律でしかない。
故に、屁理屈としか言えない言い分だが、『魔法使いとして』と明言されていないことは確かだ。近右衛門は納得せざるを得ない。
「つまり、不文律を過信しちゃダメってことですねぇ」
そもそも、ネギの課題は『魔法使いとしての卒業課題』だ。そのため『麻帆良では魔法使いとして学ぶ』と考えるのは至極当然のことだ。
それはアセナも認めているし、アセナが近右衛門の立場ならアセナの言葉など「そんな屁理屈が通用する訳ないだろう?」と思うだろう。
だが、『契約』にしろ『詠唱』にしろ言葉が重要な鍵なのだから、魔法使いは言葉を重んじるべきだ。不文律に期待し過ぎてはいけない。
「まぁ、一理ある意見じゃが……ワシは関東魔法協会の長で、麻帆良は関東魔法協会の治める土地じゃぞ?」
つまり、近右衛門は「麻帆良内の魔法関係者は近右衛門に管理される義務がある」と言いたい訳だ。
魔法関係で問題が起きた時は近右衛門の責任になることを考えると、近右衛門の言葉は否定しようがない。
「……そうですか。それならば、ネギを西の勢力圏に移すことにします」
「ほ? いきなり何を言っておるんじゃ? 意味がわからんぞい?」
「お忘れですか? 課題の内容は『日本の中学校で学ぶこと』ですよ?」
「…………つまり、麻帆良でなくても構わない、と言うことかのぅ?」
「ええ。日本の中学校ならどこでも大丈夫です。そう言う文章ですから」
だが、だからと言って大人しく近右衛門に管理されることを善しとするアセナではない。屁理屈に近い言い訳で近右衛門の言葉の網を掻い潜る。
「じゃが、その裏には『麻帆良で学べ』と言う本国の『意向』があることくらいわかっておろう?」
「まぁ、そうでしょうね。『意向と言う名の脅迫』があることくらい、オレでも予想が付きますねぇ」
「ならば、わかるじゃろう? それを無視したらネギ君はマギステル・マギにはなれん と言うことが」
麻帆良を見捨てることすら辞さない姿勢を示すアセナに、近右衛門は脅迫めいた爆弾を投下することで牽制する。
「そうですね。ですが、マギステル・マギなど目指さなければいいだけの話、ではないですか?」
「……キミは何を言うたか わかっておるのか? ネギ君の理想を踏み躙る気なのかのぅ?」
「理想? つまり、ネギがマギステル・マギになることを理想としている と言うことですか?」
だが、それも不発に終わった。いや、不発どころか、爆弾を投げ返される結果となったようだ。
「それが理想な訳ないでしょう? ネギが欲しているものが何なのか、学園長先生なら わかっていますよね?」
「…………『英雄である父親に会うためにマギステル・マギになること』じゃ とワシは思うとるが?」
「本当に そう思っておられるのですか? 心にも無い言葉で言い繕うのは やめて欲しいんですけど?」
近右衛門の言にアセナの目が細まる。これ以上の虚偽は許さない と、その目が雄弁に語っていた。
「……すまんの。本当はわかっておったよ。『君と共に生きること』じゃろう? それぐらい、わからん訳があるまい?」
「ええ、そうですね。ですから、『称号』なんて今のネギには必要ないでしょう? むしろ、邪魔じゃないですか?」
「まぁ、キミと出逢う前ならば求めておったかも知れんが……少なくとも、『今は』必要としていないのは明らかじゃな」
虚飾をやめて答えた近右衛門は、アセナの言葉を認めつつも『今は』を強調する。つまり、将来はわからない と言いたいのだ。
「じゃが、そもそも、その前に本国を敵に回すのは得策じゃなかろう?」
「ええ、そうですね。その点は認めざるを得ません。ですから、譲歩しますよ」
「ほぅ? 決別すら匂わせたキミが譲歩とな? どう言う風の吹き回しじゃ?」
そして、根本的な問題(ネギの意思ではなく本国の意向)を示し、更に西への移籍云々がブラフであろうことを暗に示すことでアセナを牽制する。
「しばらくは『御輿』の振りをさせます。ですから、あまり干渉しないでください」
「……物凄い譲歩じゃなぁ。と言うか、上から目線を感じるのは気のせいかのぅ?」
「まぁ、それが嫌でしたら……本国に色々と報告してから、西に行くだけですので」
本国の思惑は「都合の良い英雄」だろう。ならば、無理に麻帆良で学ばせる必要はない。本国の管轄下にあればいいだけの話だ。
「……そうなると、キミ達は場所を変えるだけで済むが、ワシは失脚してしまうような気がするんじゃが?」
「と言うか、そもそもエヴァに弟子入りさせる予定だったんですよね? ぶっちゃけ、発端から おかしくないですか?」
「…………はて? キミは何を言うておるんじゃ? 悪いが、ワシには ちと意味がわからん言葉の連続じゃぞ?」
近右衛門の脅しを華麗にスルーしたアセナは、問題となっているエヴァへの弟子入りそのものに話を戻して切り返す。
「そうですか? この前の吸血鬼事件は、そのための布石だったんですよね?」
「……惚けるだけ無駄じゃな。まったく、君は本当に抜け目がないのぅ」
「まぁ、抜けていたら骨すら残らずに喰われるような状況にいますからねぇ」
惚けたところで確信を覆せないことを察した近右衛門は嘆息交じりにアセナを評価し、アセナは嘆息交じりに自身の状況を評価するのだった。
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Part.03:世界樹大発光対策会議
「……さて、そろそろ『本題』に移ろうかのぅ」
一頻り本国批判とも受け取れなくもない会話を繰り広げた後、
近右衛門が飄々とした雰囲気のまま話題を『本題』に切り替える。
「あれ? 昨日の事後処理とネギの弟子入りの件が本題だったんじゃないですか?」
「いや、まぁ、それらも話したかったのは確かなんじゃが……本題は別にあるんじゃよ」
「そうですかぁ。しかし、オレとしては もう帰って眠りたい気分なんですけど?」
「それで本題なんじゃが……『世界樹』と呼ばれているものが何か知っておろう?」
今までの会話でお腹いっぱいなアセナとしては本気で帰りたかったが、それは鮮やかにスルーされた。
「……確か、北欧神話のユグドラシルのことで、その葉はザオリクの効果があるんですよね?」
「そうじゃ、麻帆良の中央に座す大樹のことで、正式名称は『蟠桃(ばんとう)』と言うものじゃ」
「あれ? 何か話がステキに噛み合っていない気がするんですが? オレの気のせいですか?」
「と言うか、キミと話す時は脇道に逸れんように つまらんネタはスルーすることにしたのじゃが?」
「…………それで、その『世界樹』が どうしたんでしょうか? 何か問題でも起きたんですか?」
近右衛門の正し過ぎる対応にグウの音も出ないアセナは、近右衛門の言葉を聞かなかったことにして話を進める。
「うむ。そもそも『蟠桃』は強力な魔力を秘めておるんじゃが……22年に1度の周期で その魔力が極大に達し、樹の外へ溢れ出してしまうんじゃ。
ワシ等は それを『大発光』と呼んでいるんじゃが、その『大発光』は『蟠桃』を中心とした6箇所の地点に強力な魔力溜りを形成する性質があるようじゃ。
で、わかっておるじゃろうが、『魔力が溢れて溜まるだけ』ならば大した問題ではない。つまり、それだけで済まないから問題となる訳じゃな」
「……なるほど。溜まった魔力が莫大過ぎるために『何らかの問題』を引き起こす と言ったところですか?」
「そうじゃ。溜まった魔力が余りにも膨大なため、魔力溜りの周辺にいる生物に『影響』を与えてしまうんじゃよ。
で、その影響と言うのは『精神への干渉』であり、特に恋愛関係に対して強く作用してしまうことがわかっておる。
しかも、『学園祭最終日に世界樹の下で告白すると必ず成功する』と言う噂が流れておるため静観はできん状態じゃ。
と言うか、キミも『世界樹伝説』として聞いたことがあるじゃろう? アレは今年に限ってマジでヤバいんじゃよ」
「なるほど、そう言うことですか。だいたいの事情は把握できました」
要約すると「大発光によって莫大に溜まってしまう魔力が及ぼす影響を どうにかしないといけない」と言う訳だ。
ちなみに、前回アセナと近右衛門が楽しい楽しい会話を繰り広げた『世界樹広場』も魔力が溜まる6箇所の内の一つである。
「では、どんな対策を行うのが良いのか、忌憚のない意見を聞かせてくれんかのぅ?」
「……すみませんが、その前に幾つか質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ。気になる点があれば何でも訊いとくれ。ワシに答えられる範囲で答えよう」
近右衛門が徐に意見を求めて来るが、アセナは確認したい事情が残っていたので意見陳述は保留にして質問に移る。
「それでは、失礼して……まず、何故に『世界樹伝説』の噂に対して何らかの情報操作を行わなかったんですか?」
「いや、本当は来年に起こる筈だったんじゃが……異常気象の影響なのか、何故か1年 早まってしまったんじゃよ」
「ああ、つまり、対策をする前に事態が進行してしまったので当初の対策が行えなくなった と言う訳ですね?」
「端的に言うと、そうなるのぅ。1年前から動く予定じゃったのに、1年早まったのが判明したのは最近なんじゃよ」
具体的に言うと、今年の学園祭を利用して情報操作をする予定だったので、その予定が敢え無く潰えてしまった訳だ。
「そうだったんですか。それでは、次の質問です。何故に恋愛関係に対して強く作用するんでしょうか?」
「さぁのぅ。その原因はわかっておらん。人間の欲求に直結している精神活動じゃから じゃないかのぅ?」
「つまり、告白を成功させてエッチに持って行きたい と言う『強力な下心』が関係している、と?」
「身も蓋も無い言い方になるが、そうじゃな。性欲は三大欲求の一つに数えられるくらいじゃからのぅ」
恋愛と性欲は別物と言えば別物だが、それらは繋がっていることも否定できない。もちろん、完全なイコールではないが。
「なるほど。つまりは、性欲と密接に関係しているから恋愛関係に対して強く作用する訳ですね?」
「まぁ、あくまでもワシの推論じゃがな。真実は『蟠桃』のみぞ知る と言ったところじゃのぅ」
「実は、恋愛関係に限定するために『世界樹伝説』の噂を流したんじゃないか と疑っていたんですけど?」
「…………真実は『蟠桃』のみぞ知る と言ったところで、この話題は終わりにしてくれんかのぅ?」
アセナは近右衛門の説明に納得できない訳ではなかった。単に「管理しやすくするために情報操作を既にしている」と考えた方が納得がいくだけだ。
「了解です。あ、別に責める気はありませんよ? 恋愛に限らず精神に干渉する と言う情報が欲しかっただけですから」
「と言うか、情報操作云々を訊いて来た辺りで『あ、気付いとるのぅ』って思ったのは、ワシの被害妄想かのぅ?」
「ハッハッハッハッハ!! さぁて、次の質問に行きましょう。それが お互いの心の平穏のためだ とオレは愚考します」
「フォッフォッフォッフォ!! そうじゃのぅ。過去に囚われてばかりおらずに、未来を見据えて進むべきじゃのぅ」
都合が悪い流れになると笑って話題を切り替えるのが、二人の暗黙のルールとなりつつあるようだ。
「と言う訳で……そもそも、何故 魔力溜りを放置するんですか? 魔力溜りに魔力を溜めなければいいんじゃないですか?」
「いや、既に実行済みじゃ。と言うのも、地下に魔力を溜め込む装置を設置したんじゃが……どうしても漏れてしまうんじゃよ」
「つまり、地上に洩れてしまう魔力が6箇所に溜まってしまうんですね? それなら、拡散させればいいんじゃないですか?」
「それができればよいのじゃが、『蟠桃』の魔力には指向性があって纏まろうとするため分散させても6箇所が限界なんじゃよ」
問題の根本的な解決を目指すためにズバズバと質問を重ねていくアセナ。そして、それにスラスラと答えて行く近右衛門。実に仲が良い。
「なるほど。そう言うことならば、地下にある『魔力を溜め込む装置』とやらを もっと用意したらいいのではないでしょうか?」
「しかし、コスト面を考えると、魔法関係者達を6箇所に配置して『告白防止』でもさせた方が遥かに安上がりなんじゃよ」
「つまり、『コンクリートから人へ』と言う標題を間違って解釈した挙句『マンパワーに頼っているだけ』と言う感じですね?」
「微妙にわかりにくい例えじゃが、つまりは『22年に1回しか起きんから装置を用意するのは勿体無い』と言う精神じゃな」
「……わかりました。では、『魔力を溜め込む装置(以下、『魔力蓄電池』)』を安価で用意できれば問題は解決する訳ですね?」
金の問題は常に付き纏う。コスト面を考えるのは悪いことではない。だが、コスト面を考えずに済むなら問題を根本的に解決すべきである。
「ほぉう? つまり、キミは魔道具を安価で入手できる伝手がある訳じゃな? と言うか、ぶっちゃけ、ネギ君のアーティファクトじゃな?」
「では、『魔力蓄電池』の方は こちらで用意します。ですから、必要な人員は『装置の警備』として数人を割くくらいで充分でしょうね」
「うむ、そうじゃのぅ。他の人員は学園祭を楽しみつつ警邏に当たってもらえばよいのぅ。と言うか、ワシの推察は鮮やかにスルーじゃのぅ」
「オレが答えるまでもなく、わかっていらっしゃるのでしょう? ならば、話を進める方が得策だと判断したまでです。他意はありませんよ」
少しだけ世界樹のネタをスルーされたことの意趣返しが含まれているが、それは微々たる問題だろう。多分。
「どう考えても他意があるようにしか思えんのはワシの被害妄想……と言うことにして置けば丸く治まるのかのぅ?」
「そうですね、是非そうしてください。あ、そう言えば、若者言葉を無理に使うのは やめた方がいいと思いますよ?」
「……まさか、ここで『マジでヤバい』発言へのツッコミをされるとは思わんかったのぅ。スルーされたと思ってたわい」
「いえ、スルーする気だったんですけど……スルーばかりしてはいけないと思いまして、敢えて掘り返してみたんです」
「いや、世の中スルーしてはいかんこととスルーして置くべきことがあると思うんじゃが……ワシの気のせいかのう?」
「気のせいではありませんよ。単に、オレと学園長先生とでは『スルーして置くべきポイント』が違うだけですから」
スルーするべきか、それともスルーせざるべきか? ……その判断は千差万別だ。それに正解などないのかも知れない。
「……なるほどのぅ。しかし、それを合わせるのが若者の務めじゃなかろうかのぅ?」
「いえ、経験の無さ故に若輩者では合わせられないので、先達に頼るしかありませんよ」
「いやいや、キミの場合はすべてを把握した上でワシへ意趣返ししとる気しかせんぞい?」
「それは学園長先生の気のせいですよ。英語で言うと『ウッド・スピリッツ』ですよ」
「敢えてスルーするぞい? と言うか、スルー宣言すらすべきではない程のネタじゃな」
「そうですね。いかにも『ツッコんでください』と言うのが見え見えですからねぇ」
話を逸らすために敢えてくだらないネタを振舞うアセナと すかさず それに応じる近右衛門。つまり、二人は実に仲が良いのだった。
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Part.04:心の清涼剤
「ココネッシュ、オレはもう疲れたよ……」
近右衛門とのドロドロとした話し合いを終えたアセナは、麻帆良教会を訪れていた。
理由は言うまでもない。ココネと戯れることで心に溜まった膿を浄化するためだ。
「……敢えて訊くっスけど、そのココネッシュって何スか?」
「そんなのパトラッシュのココネ版に決まってるジャマイカ?」
「ああ、つまり、『フランダースの犬ごっこ』のつもりっスか?」
パトラッシュを抱きしめるネロの如くココネを抱きしめるアセナに美空が冷静にツッコむ。
もちろん、ココネに不埒な真似を働くアセナにライダーキックの一つでも御見舞いしたいのが美空の本音だ。
だが、最近アセナが多忙なために麻帆良教会に訪れていなかったので、ココネが寂しがっていたのも事実だ。
それ故、少々過剰に思えるスキンシップだが、ココネが喜んでいるので引き離す訳にもいかないのである。
……心の底から幸せそうな顔をしてココネを抱きしめるアセナの姿を見るのは『何とも表現しにくい感情』が走るが。
「え? そんなの見たらわかるでしょ? その目は節穴かい?」
「いや、だって、ナギとネロはまったく重ねられねースよ?」
「え? ナニイッテンノ? 儚い雰囲気とか激似でしょ?」
「いや、何て言うか、ふてぶてしいにも程があるセリフっスよ?」
美空は内心を気にしないようにしつつ普段通りの会話を繰り広げる。
修学旅行でのダミーのアレな態度(外伝その1参照)が気にはなっていたが、
それに触れると踏んではいけない地雷を踏みそうな気がしてならないのだ。
だから、美空は いつも通りにアセナとバカな遣り取りを楽しむしかないのである。
そして、多分それは正解だ。アセナが この場に求めているのは『そう言った方向』ではないからだ。
「って言うか、確かに ここは教会スけど、ルーベンスの絵は飾ってねースからね?」
「その代わりにココネがいるじゃないか? ルーベンスよりも御利益があるでしょ?」
「それは変態であるナギ限定じゃないスか? って言うか、何の御利益があるんスか?」
「それは、荒んだ心を癒す効果だね。心のオアシスとも言える存在だよ、ココネは」
少しだけ詩的な言い方をしているが、言っていることは変態極まりない。
「うっわぁ。真顔でサラッと変態発言をするなんて……どれだけ変態なんスか?」
「最早『大変な変態』を通り越して、『ある意味で神』の域に達したかもね?」
「開き直るのは勝手っスけど……迷惑を掛けるのは程々にして欲しいんスけど?」
融合してから色々な属性が開眼していくため、アセナ自身も変態度が上がっている自覚はあるようだ。ただ自重するつもりがないだけだ。
「って言うか、否定してくれないんだね? まぁ、期待してなかったけどさ」
「だって否定できる要素がないんスもん。むしろ、肯定するしかないスよ?」
「ハッハッハッハ!! ……オレ、ちょっとばかり懺悔室で泣いて来るね?」
「シスター・シャークティが帰って来るまでに戻ってくればOKスよ~~」
美空のヒド過ぎる評価に涙が止まらないアセナは懺悔室に向かう……が、途中で足を止め振り返る。
「いや、止めようよ? って言うか、慰めてくれてもよくない? オレのライフはもうゼロよ?」
「でも、ナギはゾンビ寄りっスからねぇ。ライフがゼロでも死なないんじゃないっスか?」
「むしろ、不死鳥とかに例えて欲しいね。ココネのためならば甦ることすらできそうだよ?」
「……ナギの場合、『黙れ、この変態が』って言っても、聞く耳を持つ訳がないっスよねぇ」
「うん。その程度の罵詈雑言、今となっては『屁のツッパリはいらんですよ』って感じだね」
ヒドい扱いに慣れているためか全然堪えていないアセナに、段々とツッコむ気力がなくなっていく美空。
柳に風と言うよりも馬の耳に念仏な状態に、むしろ、ライフがゼロなのは美空の方かも知れない。
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ところで、腹黒い会話を楽しめるアセナが「ココネ分」を補給していることに疑問を覚えるかも知れない。
当然、それなりの理由がある。単に腹黒い会話をしているだけではアセナの精神は揺るがないが、今回は違うのだ。
その理由とは、世界樹大発光対策会議(二人だけだが会議だ)が終了した後に近右衛門が放った言葉に端を発する。
それは、話すべきことを話し終えたアセナが「それでは、そろそろお暇します」と学園長室の扉に手を掛けた時のことだった。
「おおっと、忘れるところじゃった。アルからキミ宛に連絡があったぞい」
「へぇ、アルビレオからですか。ちなみに、どんな連絡だったんです?」
「確か『少し早いですが、御茶会に招待しましょう』とか言うとったな」
「そうですか……伝言、ありがとうございます。明日にでも行ってみますね」
「そうじゃな。今日は疲れとるじゃろうから、明日の方が良かろうて」
「ええ。もし連絡手段があるのなら、そう伝えて置いていただけますか?」
「ああ、構わんよ。偶にはメッセンジャーボーイをするのも一興じゃて」
飄々と答える近右衛門に礼を言うと、アセナは「それでは、今度こそ失礼します」と学園長室を後にした。
近右衛門が何気なく伝えたことに深い意味はない。近右衛門にとっては事後処理やネギの弟子入りや世界樹対策の方が大事だったからだ。
これは両者の受け止め方の違いでしかない。近右衛門は「気になる表現だが、アルが那岐君を招待している」程度に捉えていただけだったが、
アセナは「学園祭後に開く筈の御茶会を学園祭前に開きましょう」と受け取ったため、アルビレオとの御茶会に重大な意味を感じたのである。
そう、アセナにとっては これまで近右衛門が放った爆弾とは比べるべくも無い程に今回の言葉は特大の爆弾だったのである。
(仮にアルビレオが『オレ』の『半生の書』を読んでいた場合……って言うか、これは仮定じゃなくて確定だね。
どう考えても、原作知識と言う『オレの記憶』を知っていなければ『あんなセリフ』は出て来ないからね。
だけど、何で また態々オレに『オレの知識を知っていることを暗に示すような伝言』をしたんだろう?
しかも、知っていて尚オレに何もして来ない どころか『御茶会』にまで招こうとしているのも わからない。
いや、泳がせるためって考えれば わからなくもないけど……それでも『情報』を与える意味がわからないなぁ)
アセナにはアルビレオの思惑が皆目見当も付かない。今まで接点がなかったので、判断材料が ほとんどないのだ。
それ故に「考えても仕方がない」と言う結論に至ったのだが……そうは言っても、ついつい考えてしまうので、
アルビレオのことを考えないようにするために麻帆良教会を訪れてココネを愛でることに集中していたのである。
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「だから、ココネ。ちょっとクレープでも食べに行こう? お兄ちゃんが奢って上げる」
少々魂が飛んでいたアセナだったが、気を取り直すと爽やかな笑顔でココネに語り掛ける。
その言動は、何も事情を知らない者が見たら子供好きの優しい少年に見えなくもないが、
アセナの事情(主に変態面の放)を知る者が見たら只ひたすらに変態的でしかないものだった。
「……ミソラも一緒?」
それまで抱きしめられたうえに髪をクンカクンカされるに任せていたココネは小首を傾げて訊ね返すだけだ。
その表情にはアセナを拒絶するような意思は一切見られない。むしろ、火照った頬が喜びを表してすらいる。
美空も一緒に連れて行くのか否かを訊ねたのは、美空を気遣ってのことでアセナと二人でいることに否はないのだ。
「ああ、もちろんさ、むしろ、置いて行くが訳ないだろ?」
アセナにとって美空は「性別の垣根を越えた友達」だ。言い合いはするが、悪意は無い。
つまり、美空を嫌いな訳ではない。むしろ、好きな部類に入る(恋愛感情ではないが)。
そのため、美空をからかうことはあっても、美空を本気で邪険に扱うことは有り得ない。
「……ゴーヤクレープは勘弁スよ?」
美空は、アセナのココネの愛でっぷりから自分を連れて行く気がない可能性も考慮に入れていた。
そのため、アセナが悩むことなく美空を連れて行く気だったことを話したのが少し嬉しかった。
まぁ、それを表面に そのまま出すことをしたくない美空は、ついつい軽口を叩いてしまうのだが。
「え~~? 半分もらおうと思ったんだけど……しょうがない、次の機会にするかぁ」
美空の内心など気付いていないアセナは美空の軽口に対して軽口で返す。まぁ、半分は本気だが。
ゴーヤクレープは苦いけど意外と美味しい と評判だったので、少しだけ食べてみたかったのだ。
当然、「少しだけ」だったため、一人で丸々一個を食べる気はないので次の機会にしたのである。
「そ、そースね。次の機会にするべきっスね。今日はイチゴクレープな気分なんスよ」
美空としては「ゴーヤクレープは罰ゲーム的な扱いだった」ため拒否しただけで、
アセナが興味あると言うのならば付き合ってあげるのも吝かではない らしい。
ちなみに、半分あげると言うことは間接キスになると言うことは考えちゃいけない。
もちろん、他の誰かとアセナが半分コすることを防ぐこととか別に美空は考えていない。多分、きっと、恐らくは。
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Part.05:敵と味方と方向性
ココネ分を補給したアセナは「とりあえずの仮想敵」に設定したメガロメセンブリア元老院の対策を考えていた。
もちろん、アルビレオのことも気にはなるが、今まで自分を摘み取るチャンスはいくらでもあったことを考えると、
アルビレオが脅威となる可能性は極めて低い と考えられるため、メガロメセンブリア元老院の方が危険なのである。
別に、ヘルマンを送り込んだのがメガロメセンブリア元老院である と言う確証がある訳ではない。
ただ、想定できる仮想敵の中で最も可能性が高く且つ最も対策を練って置かなければならない相手なので、危険視しているだけだ。
それに、正体がバレていないとしても、西で勢力を築きつつあるアセナはメガロメセンブリア元老院にマークされていることだろう。
言い換えると、ヘルマンや正体のことを抜きに考えても、メガロメセンブリア元老院は仮想敵に設定して置かなければならないのだ。
(……おかしいなぁ。何でこんなに敵ばっかりなんだろう? これでも味方を増やした筈なのになぁ)
麻帆良では、ネギやエヴァを味方にしたし、最初からタカミチは味方だ。木乃香の婚約者である限り、近右衛門も味方だろう。
神多羅木とは譲れない部分があるにしても一応は味方同士だし、刀子や弐集院などの他の関係者達も味方と言えるだろう。
西を考えると、鶴子や赤道を味方に付けただけでなく、木乃香や『黄昏の御子』的に詠春も最初からアセナの味方に違いない。
それに、「正体がバレていないから成り立っている」と言う条件があるが、フェイトもアセナと敵対しない関係を築いている。
そう、原作の主人公勢と比べれば一目瞭然な程にアセナは味方が多い(意図的に増やしたのだから多くて当然と言えば当然だが)。
(まぁ、しょうがないか。そもそもが敵ばっかりだったんだから、これだけ味方がいる現状を喜ぶべきだろうね)
最初を考えれば現状はマシだ。当初、エヴァはアセナを敵と見なしていたし、近右衛門は「猿回しの猿」としてアセナを見ていた。
西の過激派は鶴子と赤道が潰してくれたし、東西の敵対関係は完全には解決していないが関係はかなり改善されている。
出遭いは殺し合いだったが、フェイトとは協力するだけでなく他の者が敵対しないように努力してくれる契約までしている。
(ならば、メガロメセンブリア元老院も全部とは言わないが その一部だけでも味方に付ければいいだけだよね、うん)
特にクルトとは分かり合える気がする。仮に分かり合えなくとも、交渉の余地があることはわかっている。
交渉なり何なりでクルトを味方に付け、そこからメガロメセンブリア元老院を切り崩していけばいいだけだ。
まぁ、クルトがメガロメセンブリア元老院内で どれだけの影響力を持っているのか は わからないが、
オスティアの総督を任じられていることを考えれば、ある程度の影響力は持っているだろうことは予測が付く。
(そんな訳で、魔法世界へ行ったらクルトと『お話』することになる訳だから、その準備もして置かなきゃいけないなぁ)
元々、魔法世界の崩壊を解決するためにアセナは魔法世界に行かなければならない予定だった。
そこに「クルトとの交渉」と言うエッセンスが加わっただけで、アセナの予定に狂いは無い。
まぁ、クルトとの交渉を有利に進めるための準備をする必要はできたが、それも微々たるものだ。
(と言うことで、まずは直ぐにでも解決すべき問題――つまり、超の『説得』から片付けて置こうかな?)
これからの方針に目処が立ったアセナは、気持ちを切り替えて「目前に迫った問題」を片付けることにした。
そう、世界樹の大発光を利用する計画を立てている超と『お話』をして計画を あきらめてもらうためだ。
それ故、「話したいことができたので今から研究室に行く」と超へ連絡し、超の研究室に向かうのだった。
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「……と言う訳で、大発光対策として莫大な魔力を溜めて置けることになったんだけど、魔力の利用方法とかある?」
超の研究室に着いたアセナは、近右衛門との話し合いの内容(世界樹の大発光に関してのみ)を掻い摘んで超に伝えた。
アセナは超と協力関係を結んだのだが、まだ『世界樹の大発光を利用した魔法バラシ』については教えられた訳ではない。
そのため「魔力を大量に入手できるので使う当てない?」と言う、少し回りくどい切り出し方になったのである。
「クックック!! ……いやいや、利用法があルどころか利用したイと考えていタくらいダヨ」
アセナの話を聞き終えた超は、どこかの新世界の神が「計 画 通 り !!」とニヤリ笑いする時のような笑いを浮かべながら応える。
まぁ、大発光が1年も早まると言う想定外の事態の中でタナボタ的に都合の良い展開になったので、当然の反応かも知れない。
「へぇ? ちなみに、それは どんな利用法なんだい? 差支えが無ければ教えてくれないかな?」
「キミには まだ話してなかたガ……私の『目的そのもの』とも言えル『計画』があルのダヨ」
「つまり、大発光の魔力を利用して『歴史の改変』を行うつもり と言うことでいいのかな?」
超の言う『計画』とは『魔法バラシ』のことだろうが、まだ教えられていないのでアセナは遠回しに核心に近付いていく。
「ああ、そうサ。この『計画』が成功すれバ『歴史』は大きく変わルことになルだろうネ」
「……もしかして、『生物の精神に作用する』と言う世界樹の魔力特性と関係しているのかな?」
「その通りダヨ。世界樹の魔力を世界中に散布して『魔法の存在を強制的に認識させル』予定サ」
そして、遂に超の口から『魔法バラシ』が語られる。だが、まだ『計画』の全容はわからないので もっと訊き出す必要があるだろう。
「へぇ? 『それ』で『歴史』が改変できるんだ? 悪いけど、因果関係がサッパリわからないんだけど?」
「はて? キミは既に『魔法世界が火星をベースとした人造異界であルこと』を知っていルのではないカネ?」
「……そうだね。そして、人造異界の崩壊は不可避であることも知っている。だけど、確信が欲しいのさ」
「そうカネ。それなら、敢えて言葉にシヨウ。魔法を周知のものとすルことで魔法世界を見捨てさせなイ、と」
超の『計画』は、魔法をバラすことで魔法世界を認知させ、魔法世界が崩壊した後の『悲劇』を地球側に見過ごせさせない と言うものだ。
劣悪な火星で生まれ育った超にとって、地球とは『豊かな環境』だ。そして、その考えは平和な日本で過ごしてより深まった。
それ故に、魔法世界の崩壊から生還した生存者(と言う名の『難民』)を受け入れることができる と考えているのだろう。
しかし、どれだけ生還できるのか は未知数だが、最大で6700万人にも及ぶ難民を受け入れることは地球でも不可能に近い。
まぁ、魔法と言う「科学とは別体系の技術」を研究するために受け入れる可能性はあるので、超の狙いは的外れとは言えないが。
「つまり、魔法世界の崩壊を止めるのではなく、崩壊した後の対策として魔法を周知させる……と言うことかな?」
「ああ、その通りサ。魔法世界が『造られた世界』であル限り崩壊は免れなイ。だから、崩壊後の対策が必要なのダヨ」
「まぁ、確かに、不可避の災害が起きることがわかっているのなら、災害が起きた後の対策を練るのが普通だよねぇ」
魔法世界の崩壊そのものは避けられない。だからこそ、崩壊後の対策が重要となる。超は そう考えているようだ。
「そう言うことだヨ。だが、それにハ『災害の予見』を信じてもらう必要がアル。それハ言うまでもないダロウ?」
「そうだね。普通は『実は魔法世界があって、そこは崩壊の危機に瀕している』とか言われても信じる訳がないね」
「その通りサ。それを信じてもらうためニ まずは魔法を周知のものとしたイのダヨ。……理解してもらえたカナ?」
魔法をバラすのは『計画』の第一段階に過ぎない。超の目的のメインは、魔法をバラシた後にあるのだ。
「まぁね。でも、さっき『世界中に魔力を散布する』とか言っていたよね? それ、本当に可能なのかい?」
「もちろん、大発光の魔力だけでハ足りないネ。だから、他の『聖地』とリンクさせて増幅すルつもりサ」
「ああ、なるほど。少しばかり大規模な『儀式』を行えば『聖地』同士のリンクによって魔力の増幅も可能だね」
魔力は共鳴するため、他の『聖地』とリンクすれば不足分を補うことは可能だろう。アセナは超の言に頷きながら納得を示す。
「納得してくれたようで、よかたヨ。キミに反対されたラ――キミを敵に回したラ、成功が危ういからネェ」
「……過剰な評価を ありがとう。だけど、それは早計だよ。だって、オレはまだ納得していないからね」
「ほほぅ? では、何ガ気に入らないのカネ? 私の案ガ最も被害ガ少なイ魔法周知の方法ダ と思うのだガ?」
「う~~ん、何て言うか、そもそも『魔法をバラす』と言う手段そのものが間違っているとオレは思うんだよねぇ」
正確に言うならば、魔法を周知のものとすること自体には賛成している。ただ『強制的に認識させること』が引っ掛かっているのだ。
「ほぉ? では、他に どのような手段があルのカネ? 差支えが無ければ教えてくれないカネ?」
「本当に思い付かないのかい? 魔法世界を認知させるために魔法周知を考え付いたんだろう?」
「……思い付かないネ。秘匿義務と それに伴う監視機構があル限り、魔法バラし しかない筈ダヨ?」
「そう? 魔法をバラすのではなく、魔法を浸透させていく……と言う考えは出て来ないのかい?」
そう、強制的に認識させるのではなく、情報を開示することで認知を広めていけばいいのだ。
「確かニそうだガ……先程も言た通り、魔法を浸透させよウとしても監視機構が邪魔をすルのだヨ?」
「それは勝手に浸透させようとするから、でしょ? なら、正規のルートでやればいいだけさ」
「正規の、ルート? 監視機構ガ邪魔をしなイと なルと……って、ま、まさか、キミは――」
「――ああ、そうさ。メガロメセンブリア元老院の方針そのものを変えればいいだけなんだよ」
監視機構は魔法を秘匿するためにある。では、そうさせているのは何処なのか? それは、考えるまでも無くメガロメセンブリア元老院である。
この世界の魔法は、よっぽど相性が悪くなければ誰でも習得できる。もちろん、才能の差はあるだろうが『誰でも』習得自体は可能なのだ。
そして、誰でも習得ができると言うことは、魔法が周知のこととなれば魔法使いの人数が飛躍的に増える可能性を示唆している とも言える。
もし そうなったら、現在の体制を覆す程の勢力が生まれてしまうかも知れない。そして、体制側が既得権益の喪失を嫌がるのは言うまでもない。
つまり、魔法を秘匿するのは(もちろん、他にも理由はあるが根本的には)体制側――メガロメセンブリア元老院側の都合でしかないのだ。
それ故に、メガロメセンブリア元老院の『方針(≒ 都合)』を変えれば、魔法を公開することに邪魔は入らないのである。
「やっぱり、テロによって魔法を公表するよりも、政策として魔法を浸透させる方がいいでしょ?」
「テロ、カ……まぁ、確かニ正規の方法とハ掛け離れていルからテロと評されても仕方が無いネェ」
「……表現が悪かったことは謝るけど、『強制認識』はテロに近い手段だ と言う意見は撤回しないよ?」
「いや、いいサ。『歴史』を変えルことにばかり意識が行き過ぎて、少し視野が狭まっていタようダヨ」
超の意識は「魔法世界崩壊後のために魔法世界を認知させたい」と言うことに集中していた。そのため、手段が短絡的になってしまったのだろう。
「しかし、どうやって方針を変えさせル気カネ? 連中は かなり厄介な相手ダヨ?」
「まぁ、正攻法で行こうものなら10年単位で事を進めていくべき相手だろうねぇ」
「つまり、正攻法以外を用いルつもりなのダネ? では、それは どんな手段カネ?」
「大発光の魔力を利用して強制的に奴等の認識を変えてしまう と言うのは、どうかな?」
世界中の人間の認識を改竄できる程の魔力なのだ。メガロメセンブリア元老院の守りが如何に堅かろうが世界規模の魔力に敵う訳がない。
アセナは何も知らない無関係な人間達に『強制認識』を行うのは気が引けるが、政治に携わっている人間に『強制認識』を行うのは特に何も感じない。
変な言い方になるが、政治に携わる人間は自ら『人の上に立つこと』を覚悟している筈だ。ならば、無辜の人々のために身命を賭けるのは当然だろう。
非道とも言える考え方だが、相手が相手である。こちらの方が圧倒的に格下なのだから相手を気遣う余裕などない。余裕を持てるのは強者だけである。
「ハッハッハッハッハ!! それは『いい手段』ダネ!! 非の打ち所も無いヨ!!」
一見、アセナの提案した方法は超への皮肉とも取れるが、超はそう取らなかった。
何故なら、その方法が有効であることは嫌と言う程 理解しているからだ。
むしろ、自分を評価されたような気さえするため、超は上機嫌に笑ったのである。
そんな超を悠然と見ながら、内心で『説得』がうまくいったことに安堵するアセナだった。
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オマケ:瀬流彦の選択
実は、瀬流彦は近右衛門から「那岐君を探ってくれんかのう?」と言う依頼(と言う名の命令)を受けていた。
そのため、世界樹広場でアセナから話を持ち掛けられた時(33話参照)は、内心で驚いていた。
そう、近右衛門が「アセナが瀬流彦に接触して来ること」を言い当てていたことに驚愕していたのだ。
まぁ、アセナの目的を考えると、自分に接触することは『公然の秘密』だったのかも知れないが。
(神蔵堂君に協力すること自体は吝かじゃないんだけどねぇ)
正直、アセナの提案は魅力的だ。将来有望なアセナと手を組めるうえ『東の長』の座まで約束されたのだから。
瀬流彦は『そこまで』出世に興味がある訳ではない。出世しても責任と仕事が増えるだけなのは明白だからだ。
だが、そんな瀬流彦でも『東の長』の座は――日本の関係者のトップとも言える立場は魅力的なものだった。
(でも、学園長先生のことだから、ボクの動向も探っていそうなんだよねぇ)
近右衛門は抜け目が無い。近衛家、つまり、西の重鎮の出身でありながら『東の長』の座にいるのだ。
言い方を変えれば、抜け目があったら今の立場から失脚させられていることは想像に難くないのである。
つまり、そんな近右衛門が「ミイラ取りがミイラになる」可能性を考慮していない訳がないのだ。
(どっち付かずの『コウモリ君』は最終的には損をするから、どっちかに決めなきゃいけないねぇ)
近右衛門とアセナの関係(義理の祖父孫関係となる予定)を考えれば、二人が敵対することはないだろう。
だが、敵対する可能性がゼロである と言い切れる訳でもないのだ。組織とは『そう言うもの』だからだ。
それ故に、近右衛門とアセナの中間地点にいる瀬流彦の現状は、いつまでも安泰と言える訳でもないのである。
(まぁ、将来を考えるならば神蔵堂君だよねぇ。だって、学園長先生の将来は『そこまで』長くないもん)
このまま、長いものに巻かれたままの、楽だが刺激の少ない人生を歩むべきか?
それとも、少々リスクはあるが、刺激的で将来に展望のある人生を歩むべきか?
……微妙に失礼な思考も交えながらも瀬流彦は人生の岐路に悩むのだった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「あまり動きのない裏工作的な話だけど、それなりに重要な話」の巻でした。
事後処理とかネギの弟子入りとかの話は、正直キンクリしようかなぁとは思ったんですが、
腹黒い会話をしている時が一番アセナが輝く時なので、敢えてキンクリはせずに描写しました。
まぁ、超との会話は、超の方針転換(と アセナの『計画』の一部公開)ですので、最初から書く気でしたけど。
あ、ところで、『ちゃちゃお』の登場を期待された方(いますよね?)には残念ながら、
次回は変態司書との『お話』なので、彼女の登場は次々回以降になると思います。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/02/13(以後 修正・改訂)