第38話:ドキドキ☆デート
Part.00:イントロダクション
今日は5月24日(土)。
前回の引き通り、本日はアセナとネギのデートである。
予てからの望みが叶ったネギが暴走しないか実に心配だ。
まぁ、放送コードに触れるようなことにはならないだろうが。
************************************************************
Part.01:神蔵堂さん家の家庭事情
「おはようございます、お兄様」
微かな寝息が支配していた部屋に茶々緒の凛とした声が響く。
茶々緒の呼称で おわかりだろうが、その対象はアセナである。
「う~~ん、あと5分だけ寝かせて~~」
「……そんなベタな要求は却下します」
「じゃあ、5分くらい放置してくだちい」
ユサユサとアセナを揺すり起こそうとする茶々緒に対し、アセナは欲望に忠実な要求をする。
「はぁ、わかりました。5分と言わず5年ほど放置しますね?」
「……むぅ、わかったよ。起きるよ、起きればいいんでしょ?」
「まったく、本当に お兄様は困った寂しがり屋さんですねぇ」
寝起きの悪いアセナに呆れたのか、茶々緒は辛辣なセリフを吐く。まぁ、その声音は何処までも優しいのだが。
さて、ここまでの流れで既に おわかりだとは思うが……実は、茶々緒はアセナと同居しているのである。
まぁ、(対外的には)茶々緒はアセナの妹なのだから、二人が同居するのは当然と言えば当然かも知れない。
だが、ここは男子寮だ。常識的に考えて、家族であろうとも女性との同居など認められる訳がない。
では、何故に茶々緒がアセナと同居できてるのか? 見も蓋もなく種を明かせば、これも『認識阻害』である。
二人が同居するのは おかしいことではない。いや、むしろ、再会を果たした生き別れの兄妹が同居するのは当然だ。
そう言った認識となるような『認識阻害』が張られたうえ、魔法関係者には近右衛門に口添えをさせたのである。
魔法と権力は使うためにある と言わんばかりに使っているが、そこまで無茶な使い方ではないので許容範囲内だろう。
「って言うか、早くない? まだ6時だよ?」
朝食を摂取したことで頭が覚醒したのか、アセナは現在時刻を認識し軽く抗議を試みる。
ネギとの待ち合わせは、午後1時30分に麻帆良中央駅だ。どう考えても早過ぎる。
「女性との待ち合わせに遅れるのは有り得ませんよ?」
「いや、それはわかるけど……ちょっと早過ぎない?」
「ですが、遅いよりはいいのではないでしょうか?」
何か後ろ暗いことがあるのか、茶々緒は食器を片付けることを口実にアセナの視界から逃れる。
だが、アセナにとっては、それだけで先程から感じていた違和感を確信とするには充分だったようだ。
「ふぅん? ところで、ゲーム機が起動してるのは何故かな?」
「……時間が余ってしまった お兄様の暇潰しを用意しただけです」
「そっか。それは御苦労様。じゃあ、ゲームでもしようかなぁ」
アセナはとても穏やかに微笑むと、テレビ(もちろん、ゲーム機が接続されている)の前に移動する。
ちなみに、セットされているゲームは「キング・オブ・ブレイダー」と言う名称の格闘ゲームだ。
略称は『KOB』で(間違っても『K○F』ではない)、某侍魂の様に剣士達がアツいバトルをする作品だ。
「――もちろん、一人プレイで」
ゲームを始めようとするアセナの横に(いつの間にか移動して)座っていた茶々緒の顔が凍り付く。
プレイヤーとなれる者が二人いる状況で格ゲーをやるのだから、対戦をするのは常識と言っていい。
だからこそ、茶々緒が受けたショックは計り知れないし、アセナの言わんとすることも察せられるだろう。
つまり、「格ゲーの相手をさせるために早く起こすとか有り得ないので、放置してあげよう」である。
「……さすがお兄様、鬼畜ですね」
「いや、どっちが鬼畜なのさ?」
「確かに、私にも非はありますね」
むしろ、非は茶々緒にしかないのではないだろうか? 今回に限って、アセナは一方的な被害者だ。
「ですが、今日のお兄様はネギさんとデートなさるので、夜まで私は一人寂しくお留守番なんですよ?
いえ、もしかしたら、ロトが当たるくらいの確率で、明日の朝まで続いてしまうかも知れません!!
それを考えたら、午前中いっぱいは私のために時間を割いてくださってもいいじゃないですか!!」
しかし、続けられた茶々緒の言葉は一理あった。少なくとも、アセナは そう思ってしまったらしい。
「有り得ない想定が気になるけど……そう言うことなら付き合うよ」
「……お兄様。お兄様なら、そう仰ってくださると信じていました」
「可愛い妹の頼みだからね、これくらいのことならいくらでもOKさ」
アセナと遊びたい。そんなことをストレートに言われたら、頷かざるを得ないのがアセナだ。
「あ、ちなみに、ここで拒否っていたら、オレはどうなっていたのかな?」
「とりあえず、公衆の面前でメイド服を着て『御主人様』と叫ぶ予定でした」
「うわーい、何だか苦い思い出が甦っちゃいそうだぜ。茶々丸的な意味で」
「ええ。お母様が用いたイヤガラセをインスパイアさせていただきました」
怖いもの知りたさで聞いてしまったことを軽く後悔するアセナ。好奇心は猫を殺す と言う言葉が身に染みる今日この頃だ。
「まぁ、言いたいことはいろいろあるけど……とりあえず、今はやめておこう」
「そうですね、まずは対戦を楽しみましょう。あ、ハンデは要りませんから」
「むしろ、オレにハンデが欲しいんだけど? 特にハメ技は やめて欲しいです」
「あれはハメ技ではありません。仕様です。いえ、むしろ、偶然だと思います」
「……OK、OK。せいぜいワンサイドゲームにならないように頑張るよ」
アセナを余裕で一蹴できる茶々緒だが、それでもアセナとの対戦は楽しいものらしい。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
「お兄様!! 早く着替えてください!!」
そして、時は過ぎ、午後1時を少しまわった頃。
アセナの用意を急かす茶々緒の声がアセナの部屋に響く。
「いや、そう言われてもなぁ……」
「わかりました!! お手伝いします!!」
「いや、手伝わなくていいから」
マイペースに用意をするアセナに焦れたのか、アセナのパンツに手を掛けようとする茶々緒。
テンパっているからなのか、それとも普通に本気なのか? ちょっと考えどころだ。
「まったく、せっかく早く起こしましたのに、これでは意味がありません」
「いや、ギリギリまでゲームの相手をさせてたのは茶々緒じゃないかな?」
「それはともかく!! もう待ち合わせまで5分しかないじゃないですか!!」
「勢いで誤魔化そうとしてない? って言うか、あきらかに誤魔化したよね?」
「とにかく!! 急いでください!! 待ち合わせに遅れるなど言語道断です!!」
どう考えても、昼食後にゲームを再開してしまった挙句、思いの外 熱中してしまったのが原因だろう。
「う~~ん、何か納得できないものが残るのは何故なんだろう?」
「お・兄・様? 文句は後で聞きますから、今は全力で向かってください」
「へいへい、(おっかない)妹様の仰せの通りに致しますですよ」
まぁ、時間を忘れてゲームに夢中になる茶々緒も問題だが、それを暖かい視線で見守るアセナの方が問題だ。
そう己を納得させたアセナは、茶々緒の言葉に大人しく従い、大急ぎで待ち合わせ場所に向かうのだった。
……その際、急ぐ余りに『瞬動』を何度か使ってしまったために、後日 学園長室に呼び出しを受け、
学園長から「もうちょっと自重してくれんかのぅ」と、グチグチ有り難い御言葉をいただいたらしい。
待ち合わせに間に合わなかった場合(の茶々緒からの罰)を考えると、小言で済んだのは僥倖でしかなかったが。
************************************************************
Part.02:年齢詐称薬の効果
「ナギさ~~ん♪ お待たせして申し訳ありません♪」
待ち合わせ場所に着いて程なくして、出待ちしていたとしか思えないタイミングでネギが現れた。
いや、普通にタイミングがよかっただけかも知れないが、これまでのネギの言動や思考パターンから、
これは単なる偶然ではなく計算され尽くした必然であり、出待ちしていた可能性の方が高いのである。
「……いや、今 来たところさ――って、え? ネギなの?」
アセナは「きっと、ネギはオレに『こう』答えて欲しいんだろうなぁ」と想定したことを言葉にする。
それは、アセナの優しさであり、デートをするうえでの心構え(デートするからには相手を楽しませる)だ。
ちなみに、アセナがネギか否かを誰何したのは、目の前の人物が あまりにも「ネギっぽくない」からだ。
そう、アセナに対する呼称と声でネギだと判断しただけで、改めて見たら「いつものネギ」とは大分違ったのだ。
何故なら、今のネギはどこからどう見ても10代中頃の美少女なのだから、幼女であるネギな訳がない。
「? はい、ネギですよ?」
身長は157cm前後だろうか? いつもはアセナの腹部くらいにある頭が、今はアセナの胸元まである。
顔の基本的な造詣は変わっていないのだが、幼さを残しつつも大人の色香が混じっている。
それに加え(母親であるアリカの遺伝子の影響か)気品と呼ぶべき空気を僅かに匂わせている。
いつものネギは「マセたところのある子供」でしかなかったが、今のネギは「幼いレディ」なのだ。
もちろん、『年齢詐称薬』の効果なのだが……少しばかり『詐称』をし過ぎではないだろうか?
「……………………………」
アセナの受けた衝撃は「ギャップ萌え」に近い。普段と印象が違い過ぎるので、効果は抜群なのだ。
今のアセナなら、学園祭デートの時に明日菜を見たタカミチの気持ち(タバコ ポロリ)がよくわかる。
アセナの心情を言語化するならば「あれ? これ、誰? え? ネギ? ウソでしょ?」が妥当だろう。
普段のネギの言動(ちょっとヤバい)を知らなければ、普通に騙されているかも知れない事態だ。
「……あの、ナギさん? どうかしたんですか?」
「え? いや、予想以上でビックリしただけだよ?」
「あぅ? 予想以上? 何が予想以上なんですか?」
「あ、いや、こっちのことだから気にしないでいいよ?」
ネギに話し掛けられたことで再起動に成功はしたが、混乱は収まってはない。
「あぅぅ? そうですか? じゃあ、気にしません♪」
「……とりあえず、その容姿で小首を傾げるのはやめよ?」
「えぅ? よくわかりませんけど……わかりました♪」
外見は別人だが、中身はネギだ。そう思えば、落ち着ける。多分、きっと、恐らくは。
「え~~と、とりあえず、どうしようか? どっか行きたいところある?」
「じゃ、じゃあ、行ってみたいところがあるんですけど……いいですか?」
「ああ、いいよ。常識の範囲内であれば、どこでも連れて行ってあげるよ」
もちろん、アセナとて男が女性をエスコートするのがマナーだ とは心得ている。
だが、今日はネギの御褒美のためのデートなので、ネギの希望を叶えたいのである。
「じゃあ、『らぶほてる』って言うところに行ってみたいです!!」
そんなアセナの気遣いを知ってか知らずか、ネギは純真無垢な笑顔を浮かべて答える。
きっと天然で言っているのだろうが、容姿が容姿なので狙っているようにしか見えない。
だが、忘れてはならない。ネギは何だかんだ言っても子供なのだ。だから、天然の筈だ。
周囲の視線が物凄く痛いが、ネギに悪気はない筈なのでネギは責められない。そうに違いない。
「……あのさ、ネギ。『ラブホテルに行く』と言う言葉の意味をわかって言ってるの?」
「いえ。でも、ネカネお姉ちゃんが『二人で行くと幸せになれる』って言ってました!!」
「うん、必ずしも間違っている訳ではないんだけど、それ、いろいろと間違ってるから」
「えぅ? そうなんですか? 何がどう間違っていなくて、何がどう間違ってるんですか?」
「う~~ん、とりあえず、事実関係が明るみに出たらオレがタイーホされるので間違ってるね」
と言うか、そもそもアセナ自身が中学生なので、事実関係(ネギの正体は幼女)が明るみに出なくても充分に不味い。
「よくわかりませんが……バレなければOKってことですか?」
「まぁ、そうとも言えるね。でも、その考え方はよろしくないよ?」
「そうですね。バレるバレないじゃなくて、悪いことはダメですよね」
「ああ、そうだね。たとえバレなくても、お天道様は見てるからねぇ」
日本人と言っていいかわからないアセナだが、その道徳観念は日本人のものをベースにしているのである。
「おてんとうさま? ……確か、マリア様が見てるように お天道様が見てるんですよね?」
「(それはそれで何かが決定的に違うと思うけど)うん、まぁ、その認識でいいんじゃない?」
日和見をするのも実に日本人らしいだろう。まぁ、単に説明をするのが面倒だったのだろうが。
「ところで、行き先だけど……他に要望がないのなら、映画でも見に行かない?」
「映画ですか? じゃあ、今 話題の魔法学校モノの『あの映画』が見たいです!!」
「ああ、ハリ――じゃなくて、マリポタね。オレもまだ見てないし、それにしよっか」
ネギの意見を華麗にスルーし、エスコートを始めるアセナ。ネギの希望云々は忘れることにしたようだ。
ところで、二人の言っている映画は『マリー・ポッター』である。ハリーではない、マリーだ。
ちなみに、主人公が眼鏡少年から眼鏡っ娘になっているだけで、内容そのものは ほぼ同じらしい。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
「ほほぉう? なかなか仲良くやっているじゃないか」
実は、アセナとネギのことを物陰から覗き見――もとい、見守る存在があった。まぁ、身も蓋もなく明かすと、エヴァである。
ちなみに、デバガメ根性などではない。単に二人のことが心配なのだ。言わば、子供の恋路を見守る母親の様な心境だ。
どっちを子供と認識しているのかは果てしなく謎だが(サウザンド・マスターとの兼ね合いからネギである可能性は高いが)。
「これはこれはエヴァンジェリン様。こちらで何をなさっておられるのですか?」
そんなエヴァを更に見守る存在がいた。これも見も蓋もなく明かすと、茶々緒である。
アセナの護衛である茶々緒は気を利かせて『余計な邪魔』が入らないように守ろうと考えたのだ。
決してデバガメがしたい訳ではない。最高画質で録画はしているが、あくまでも護衛だ。
「い、いや、違うぞ!? 邪魔が入らないように見守ってやっているだけだぞ?!」
突如 声を掛けられたことに驚いたのか、訊かれてもいないことまで答えてしまうエヴァ。
これでは「デバガメする気でした。もしくは邪魔する気でした」と言っているようなものだ。
まぁ、茶々緒も似たような状況なので「複雑な心境なのですね? わかります」と納得したが。
************************************************************
Part.03:窓に映るキミの姿
「わぁ♪ キレイですねぇ♪」
アクセサリー売場にて、ディスプレイを見て はしゃぐネギ。その姿は実年齢に相応しい。
ぬいぐるみではなくアクセサリーにテンションを上げているところは、実年齢らしくないが。
いや、10歳くらいならば、もうアクセサリーに興味を示してもおかしくはないかも知れない。
そこら辺の感覚が曖昧なアセナは「そもそもオレの常識なんてアテにならないか」と勝手に納得する。
ちなみに、映画を見る話になっていたのに何故にアクセサリー売場にいるのかと言うと、
上映時間まで時間があるため、ウィンドウショッピングを楽しむことにしたからである。
行き当たりばったりに思えるが、アセナは綿密にデート計画を立てるようなキャラではない。
「うん、キレイだねぇ」
妙な納得の仕方をしたアセナだったが、改めて はしゃぐネギの様子を見、思わず心を和ませる。
大人びた部分があるため ついつい忘れてしまいがちだが、ネギはまだ9歳(数えで10歳)だ。
小難しい顔をして本と睨めっこしているよりも、こうして はしゃいでいる方が自然な筈である。
(……少し、ネギを働かせ過ぎていたかも知れないね。これからは もっとネギを遊ばせてあげよう)
アセナが進む道には、ネギの魔法具作成能力は非常に重要なものだ。だが、ただ それだけだ。アセナが必要としているだけだ。
そう、ネギ自身にはアセナの道に付き合う義務などないのだ。ネギも魔法世界に関わってはいるが、それでも義務などない。
アセナは己のエゴで選択した道を進んでいる。だからこそ、ネギに負担を強いるのは何かが違う。アセナは そう感じたのだ。
「あ、あっちも見たいんですけど……いいですか?」
アクセサリーは堪能し切ったのか、ネギは別の売場に移る許可を求めて来る。
そんなの自由にすればいいだろう と思わないでもないが、今回ばかりは別だ。
何故なら、ネギが指を差している「あっち」とは、女性の下着売場だからだ。
「……うん、いいよ。オレはまったく気にしないさ」
たいていの男にとっては、心躍る場所であると同時に居心地の悪い場所でもあるだろう。
それはアセナも例外ではないのだが、アセナは居心地の悪さなど気にしないツワモノなのだ。
まぁ、ネギの希望をできるだけ叶えてやりたい と考えているのも大きいだろうが。
――だがしかし、現実は厳しかった。アセナに対する周囲の視線が余りにもアウェイだったのだ。
場の空気を読むことに定評のある(と妄想している)アセナにとっては、そこは まさに針の筵だった。
これには、逆境に強い(と過信している)アセナをしても戦略的撤退を余儀なくされたのは仕方がないだろう。
ちなみに、ネギが「羞恥プレイっていいですねぇ♪」とか呟いていたらしいが、それはまったくの余談だ。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
「はぁ……まったく、貴様等も なかなか『いい性格』をしているなぁ」
エヴァが溜息混じりに言葉を紡ぐことで、「私、呆れてます」と言うメッセージを余すことなく伝える。
ちなみに、エヴァに呆れられている対象とは、エヴァの視線の先にいる二人組――木乃香と刹那である。
「い、いえ、ですから、私達は偶然に那岐さん達と同じコースになっただけですよ?」
「そうやえ? 常に一定の間隔を保っていたように感じたやも知れんけど、偶然やで?」
「いや、あきらかに意図的に尾行していたんだから、それは偶然ではなく必然だろう?」
「せやけど、そこは『偶然』と言うことにして建設的な話に持っていくのが常識やろ?」
「そんな常識など知らん。が、こんなことで問答するのは時間の無駄であることは確かだな」
既におわかりだろうが、エヴァと茶々緒がアセナ達を見守っている過程で木乃香と刹那を発見したのである。
「では、サッサと本題に入ろう。貴様は婚約者なのに見ているだけでいいのか?」
「ん~~、ネギちゃんはウチにとっても妹みたいなもんやから構へんよ?」
「ほほぉう? なかなか余裕だな。だが、知っての通り、ヤツは変態だぞ?」
「わかっとるよ。そこも含めて『なぎやん』やし、『妹』やから許すんえ?」
木乃香の言葉の意味は「妹を超えた扱いをする場合は許さない」と言うことだろう。
「ふむ。てっきり形だけの婚約者だと思っていたが……どうやら違うようだな」
「まぁ、『なぎやんにとっては』最近まで形だけやったんやろうけどなぁ」
「なるほど。事情は知らなくても、ヤツの考え方や気持ちは理解していた訳か」
「なぎやんは女心を理解せんうえに好意に対して鈍過ぎるところがあるからなぁ」
木乃香は ぼんやりしてはいるが愚鈍ではない。自分の与り知らないところで自分が重要な立場に押し上げられれていることは認識していた。
「……なるほど。ところで、貴様は近衛 木乃香の『付き添い』としているのか?」
「ええ、もちろんです。那岐さんから御嬢様を御守りするように仰せつかってますから」
「だが、その割には少々――いや、かなり苛立っているように見えるのは気のせいか?」
「もちろん、気のせいです。私は極めて平常心ですからね、苛立ってなんかいませんよ」
木乃香の言に納得を示したエヴァは、矛先を刹那に変える。
「そうか? だが、ヤツを守りたいなら私情は押し殺すべきではないぞ?」
「意味がわかりませんね。私は私情で那岐さんを御守りしたいのですよ?」
「ほぉう? ヤツのために嫉妬心を押し殺そうとしているように見えるが?」
「それは気のせいですよ。この程度は問題にすらならないだけですからね」
刹那は「ネギさん相手に嫉妬する訳がない」と言っているのだ。つまり、プライドの問題なのだ。
「ああ、なるほど。そう言うことなら、そう言うことにして置いてやろう」
「……せやけど、アクセサリーをプレゼントするんは遣り過ぎや と思う」
「ヤツの場合、その場のノリだけで生きているから深い意味はないと思うぞ?」
「それでもや。ネギちゃんの方がウチより先にもらうのは何か納得いかん」
刹那との話に区切りが付いたのを見た木乃香が先程のアセナの行動についてツッコミを入れる。
と言うのも、アセナはネギに気付かれないようにネギが欲しそうに見ていたイヤリングを購入していたのだ。
恐らく、デートの最後にでもプレゼントするつもりなのだろう(でなければ、コッソリ購入した意味がない)。
そのため、まだプレゼントはしていないがプレゼントをしたも同然なので、木乃香は気に入らないらしい。
ちなみに、ホワイトデーの時にアセナが亜子にアクセサリー類をプレゼントしていることを木乃香は知らない。
「ところで、私が空気になっているような気がするのですが……それは私の気のせいでしょうか?」
「え? え~~と、茶々緒さんでしたっけ? 那岐さんの身の回りの御世話、御苦労様ですね」
「刹那さん? その言葉の裏には『護衛じゃなくてメイドだろ?』と言うメッセージが見えるんですが?」
「それは気のせいですよ。と言うか、敢えて存在をスルーしていたことに気付いて欲しかったですね」
「なるほど。後から来た私に お兄様の護衛の座を奪われたことが悔しいのですね? ……わかります」
「ふふふふふふ……なかなか面白い冗談を言いますねぇ? ちょっと『お話』したくなりましたよ?」
「あらあら、沸点が低いですねぇ。負け犬の様に吠えるだけでなく狂犬の様に噛み付くんですから」
それまで空気を読んで黙っていた茶々緒だが、エヴァタイムの終了を察して漸く口を開く。
だが、口を開いてしまったばっかりに刹那の導火線に火を付けてしまったようだ。
「これは止めた方がええんやろか?」
「いや、放って置くのが一番だろ」
「せやな。止めるのは面倒やしな」
まぁ、お互い八つ当たりだ とわかっているので、舌戦だけで終わるだろう。
それに、仮に武力衝突にまで発展したとしても、置いて行けばいいだけの話だ。
エヴァと木乃香の判断は間違ってはいないだろう。もちろん、正しくもないだろうが。
************************************************************
Part.04:偶には こう言うのもいいだろう?
「う~~~ん、やっぱりミルクティーは最高ですねぇ♪」
舞台は変わって喫茶店。例の映画を見終えた二人は、喫茶店にて雑談に興じていた。
ちなみに、アルジャーノンではない。何故ならマスター達に からかわれそうだからだ。
その程度のことを気にするアセナではないが、何かのフラグになりそうな気がしたらしい。
「あ、そう言えば、実はプレゼントがあるんです」
映画の感想やら学校のことやら、魔法と関係ない内容を取り止めもなく話していた二人だが、
ふと会話が止まった時(タイミングを見計らっていたのかは定かではないが)ネギが切り出した。
その唐突さは、アセナが「え? プレゼント?」と思わず素で返してしまうくらいに唐突だった。
「まぁ、以前に頼まれていた『袋』なんですけどね」
「ああ、例のアレね。もう出来たんだ。ありがとう」
「いえ、ナギさんの御要望ですから、礼には及びません」
ちなみに、ここで言う『袋』とは、33話でアセナがネギに依頼した『アイテム袋』のことである。
「そう? だからこそ、礼くらいは言わせて欲しいんだけど?」
「ですが、御礼としてデートしていただいている訳ですし」
「あ~~、まぁ、確かに そうだけど……身も蓋も無いなぁ」
「身も蓋も無い言動はナギさんからのインスパイアですよ?」
「いや、そこはインスパイアしちゃいけないところだから」
ネギが正しく状況を把握していることは嬉しいが、もう少し子供らしい思考をしてもらいたい。実に複雑な心境である。
「あ、ところで、『袋』の話に戻るんですけど……」
「ああ、うん。むしろ、話題が変わるのは賛成さ」
「えっと……実は、当初の仕様と少し違う点があるんです」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ、どこら辺が違うのかな?」
アセナは相槌を打ちながら目配せだけで『認識阻害』をネギに張らせ、それから訊ねる。
「御要望にあった『時間の流れ』についてです」
「つまり、『袋』内の時間を変えられなかったのかな?」
「いいえ、違います。敢えて『変えなかった』んです」
技術的に問題があって変えられなかったのではない。変えることは可能だったが、敢えて変えなかったのだ。
アセナが現実よりも『袋』内の時間の流れが遅いように求めていたのは、『袋』に収納したものの劣化を抑えたかったからである。
だが、『袋』を開けている(『袋』と現実が繋がっている)時 以外は『袋』内の時間が動かないとしたら、どうだろうか?
それならば、収納したものの劣化は最小限に抑えられるので、時間の流れを遅らせる必要はない。むしろ、遅らせるよりいい。
そのように判断したネギは、敢えて時間の流れを遅らせることはしなかったのである。
「……なるほど。考えてみれば、使っていない時も時間が24倍で流れていたら『別荘』は えらいことになるね」
「ええ。いくら魔法で化学的変化を抑えたとしても、時の流れには――経年劣化には勝てませんからね」
「確かに、自然物は時間が経っても大丈夫だろうけど、建物とか備蓄品とかは時間が経たない方がいいもんね」
「その通りです。ですから、『袋』も待機中は『内部の時間が止まっている』ような仕様にしたんです」
「なるほど。でも、時間の流れを変えなかったってことは『袋』を使用している時は時間の流れが一緒ってことだよね?」
ネギの言いたいことはわかった。その使用ならば、無理に時間の流れを遅くする必要はない。だが……
「できれば、使っている時は時間を加速させたいんだけど? やっぱり、道具を選ぶ時間が増えると嬉しいからさ」
「ですが、『袋』から道具を出したりする時って、手とか腕とかの身体の一部分だけを出入りさせるんですよね?」
「そうだけど? って、そうか。頭が入らないと思考が加速しないから、時間の流れが変わっても意味がないのか」
「ええ、そうです。更に言うと、時間の流れを変えると繋ぐ時に『時間的な制約』を施す必要があるんです」
「つまり、『別荘』が1時間(『別荘』内では1日)単位でしか使えない ってのと同じ様になるってことかな?」
「はい、そうなります。ですから、使い勝手を良くするために、敢えて時間の流れは変えないことにしたんです」
ネギの説明に合点がいったのか、アセナは「確かに、そのが良かったね」とネギの行った仕様変更に理解を示すのだった。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
一方、アセナ達を監視――否、見守っている少女達(一部に語弊あり)は と言うと……
「……どうした? さっきから神妙そうな顔をして。何か思うことでもあるのか?」
「何でもあらへんよ? ……と、言いたいとこやけど、ちょっと無理があるよなぁ」
「まぁ、別に言いたくないのなら言わなくてもいいさ。無理して聞く気などないからな」
彼女達は場に――穏やかな午後を演出する喫茶店に似つかわしくない空気を纏っていた。
「エヴァちゃんには敵わんなぁ。男前過ぎて危うくホレてしまいそうやわ」
「そうか。つまり、くだらん冗談を言えるくらいには余裕があるのだな」
「さぁ? むしろ、余裕がないからこその くだらん冗談なのやも知れんで?」
軽口で お茶を濁そうとする木乃香にエヴァは「まぁ、そうかもな」とだけ答えるに止める。
話題を変える訳でも、軽口に付き合う訳でもない。敢えて、相槌を打つに止めたのである。
そう、他の反応を示さないことで、「事情を話すか否か?」を木乃香の自由意志に任せたのだ。
「…………実はな、なぎやんの笑顔を見ると苦しくなるんよ」
木乃香はエヴァのメッセージを正確に読み取り、長くも短くもない時間を掛けて悩んだ。
そして、事情を話すことに決めたのだろう、重い口を開いて苦々しげに話し始める。
「苦しくなる? ……何故だ? 普通は逆ではないのか?」
「まぁ、普通は好きな人の笑顔を見れば嬉しくなるんやろうな」
「だが、貴様の場合――いや、貴様等の場合は違う訳だな?」
「……聞いとるやろ? 昔、ウチ等の間に『何』があったのか」
エヴァの質問には直接的には応えず、間接的な応えを以って返答とする木乃香。
その意味するところは「過去が原因でそうなってしまった」と言ったところだろう。
「まぁ、貴様がアイツを傷付けたことは知っている。だが――」
「――ウチのせいやない? せやけど、ウチが傷付けたことは変わらんよ。
子供の頃の話やし、なぎやんは気にしてへんって言うてくれたけど……
ウチは、なぎやんを傷付けてもうたんや。その事実は変えようがあらへんよ」
だが、それは貴様のせいではないだろう? そう続けようとしたエヴァの言葉は木乃香に妨げられる。
どんな理由や事情があろうとも那岐が木乃香に傷付けられたことは変えようがない と、遮られる。
「…………まぁ、そうだな。貴様の言う通り、貴様がアイツを傷付けたことは変えようがない事実だな。
たとえアイツがそれを気にしていなかったとしても、貴様が気にしているのだからそうなるだろう。
だが、それはそれとして……それとアイツの笑顔を見て苦しくなるのは、何が関係しているんだ?」
「簡単やよ。ああして笑とるのが不思議になるくらいに傷付けてもうたから、笑顔を見ると苦しなるんよ」
アセナから魔法の説明とともに聞かされた過去は、記憶の底に封じて込めて置きたかったものだった。
だが、思い出してしまったからには向き合うしかない。木乃香も刹那と同様に卑怯ではないのだ。
いや、正確には、ここで逃げることは許されないのである。何よりも木乃香が自分自身を許せない。
自分を必死に守ってくれた那岐を恐れてしまった自分が許せないのだから、逃げるなど言語道断だ。
「正直、過去の自分を張り倒したい気分やわ」
しかも、傷付いた那岐の心を癒したのは、那岐に突っ掛かりながらも親交を深めていった あやか だった。
アセナは そこまで明言していた訳ではなかったが、それくらい『ずっと』見ていた木乃香にはわかる。
疎遠になってしまった那岐や刹那を遠くから見ることしかできなかった木乃香には、わかってしまう。
僅かな勇気が足りなかったばっかりに最愛の少年の心が離れてしまったことが、わかってしまうのだ。
「せやけど、勘違いしたらあかんえ? ウチは なぎやんに笑っていて欲しいって思とるんや」
確かに、木乃香は過去に過ちを犯した。それは動かしようのない事実だし、それを後悔している。
だが、だからと言って、木乃香は過去を悔やむばかりではない。木乃香は未来に向かうことを忘れない。
そう、過ちは取り返せばいい。心が離れたのなら、再び引き寄せればいい。それだけのことでしかない。
それに、悲しい顔を見るのは笑顔を見るよりも苦しいのだ。ならば、笑顔の方がいいに決まっている。
「…………そうか。貴様もアイツと同じくらいのバカだな」
エヴァの言う『バカ』には、優しい響きが感じられる。
きっと素直に褒められないエヴァらしい褒め言葉なのだろう。
「ありがとな、エヴァちゃん……」
エヴァの言葉を好意的に解釈すると、木乃香は薄く笑って礼を言う。
ちなみに、エヴァが照れを隠すために視線を逸らしたことだけは記して置こう。
余談となるが、刹那と茶々緒がどうしているのかは……お察しください。
************************************************************
Part.05:そう言えば、あの件はどうなってんの?
舞台は引き続き喫茶店。あ、今更だが、喫茶店の名前は『フォセット』である(特に深い意味はない)。
「あ、そう言えば、話は変わるけど……せっかくなんで訊いてもいいかな?」
「ええ、『袋』についての説明は終わりましたんで、何でも訊いてください」
「じゃあ、『魔力蓄電池』の開発状況についてなんだけど、どんな感じなの?」
アセナは注文した おかわりのコーヒーを啜って気を取り直した後、ネギに魔法関係の話題を振る。
まぁ、別に今でなくてもいい話題なのだが、『認識阻害』を有効に活用しよう と考えたのだろう。
「ああ、それなら順調です。具体的に言うと、こうしてデートをしていただける余裕があるくらいです」
「なるほど。言われてみれば、その通りだね。ネギの性格上、余裕がなきゃデートどころじゃないね」
「えっと、それは褒められたと受け取ってもいいんでしょうか? それともダメ出しされたんでしょうか?」
「ん? オレとしては、そう言った真面目な部分は信用できるところなんで、高く評価しているけど?」
「それなら、よかったです。実は、幼馴染に『面白味がない』ってダメ出しされたことがあるんで……」
「まぁ、気にするな とは言わないけど……少なくとも、オレはネギに面白味がないとは思ってないよ?」
「……ありがとうございます♪ ナギさんに そう仰っていただけただけで、ボクには充分です♪」
真面目であることと堅物であることはイコールではない。まぁ、以前のネギは堅物だったのかも知れないが。
「じゃあ、『魔力蓄電池』に話は戻るけど……順調って言ってたけど、詳細は どんな感じなの?」
「しょ、詳細はWebで――じゃなくて、キチンと報告しますんで、そんな目で見ないでください」
「うん、わかってる。ちょっと冗談を言いたかっただけだよね? 大丈夫、ちゃんと わかってるよ?」
「アハハハハ……慣れないことはするもんじゃないですね。これからは下手な冗談はやめて置きます」
冷めた目をしながらも理解を示すアセナ。そんな優しさが痛いネギは必死で弁解をする。
まぁ、くだらない冗談で場の流れを変えるのは、アセナの常套手段とも言える話法だ。そのため、アセナに冷めた目で見る権利はないかも知れない。
だが、アセナは話法を使う度に「くだらない冗談によって冷えた空気」に耐えている。それを考えれば、アセナにも冷めた目で見る権利くらいあるだろう。
つまり、何が言いたいのかと言うと「使えないのに使おうとしたネギが悪い」と言うことだ。その意気込みは買うが、結果はどうしようもなかった。
「そ、それでは、詳細な報告なんですけど……結論から言いますと、既に1基はできていて今は運用試験をしているところです。
まぁ、運用試験も順調ですので、『設計図』は完成と見ていいでしょう。つまり、後は必要な個数を『生産』していくだけですね」
以前にも触れたが、ネギが魔法具を製作するには「魔法具の設計図」と それに応じた「ネギの魔力」が必要となる。
ちなみに、「魔法具の設計図」と それらしく表現してみたが、要は「素材の情報」と「術式の内容」である。
では、『魔力蓄電池』の話に戻るが……この場合、『設計図』はできているので後は魔力があれば作成可能なのである。
そして、ネギの話によると、『魔力蓄電池』1基を作成するのに必要となる魔力量は、ネギの魔力1週間分らしい。
「ふむ……なるほどねぇ。だいたいわかったよ」
今から大発光――すなわち学園祭最終日までは一月程あるため、更に4基が作成できて合計5基となる計算だ。
過去のデータから大発光で生産される魔力量は凡その予想はできている(『魔力蓄電池』5基で間に合う程度)が、
異常気象の影響で魔力の生産量が増加する恐れもあるため、『魔力蓄電池』は多いに越したことはない。
あまり『別荘』を頼りたくはないが、そうも言ってはいられない。何回かは『別荘』のお世話になることだろう。
「それで、『魔力蓄電池』の名前なんですけど、何か案がありませんか? 今のところ『ばってら君』が有力候補です」
バッテリー(蓄電池)だから『ばってら君』なのだろうか? とにかく、相変わらずネギのネーミングセンスには脱帽だ。
とは言え、アセナもネーミングセンスに自信がある訳でもない。厨二臭くならないようにするのが精一杯、と言ったところだ。
それ故、アセナとしては『魔力蓄電池』のままでもいいとは思うのだが……固有名を付けたいのがネギのこだわりらしい。
「う~~ん、ここは『カシオペア』に肖って『アンドロメダ』って言うのは、どうかな?」
特に案が思い浮かばなかったアセナは、世界樹の大発光に関連のある物として『航時機(カシオペア)』を思い出し、
そこから「星座とか天体関連で何かないかな?」と考え、『アンドロメダ』と言う単語を引っ張り出したのである。
ちなみに、列車繋がりで発想しなかったのは、アセナが真っ先に思い浮かべたのが『あずさ二号』だったから らしい。
「『カシオペア』に肖って、ですか? ……何だかよくわかりませんけど、そう言うことなら『アンドロメダ』にして置きますね」
よくよく考えてみれば、まだネギは『航時機(カシオペア)』を知らないため、アセナのセリフは薮蛇にしかならなかった。
だが、アセナの意味不明な言動は今に始まったことではないため、ネギは鮮やかにアセナのセリフをスルーしたようである。
深くツッコまれなかったことに助かりはしたが、喜んでいいのか落ち込んでいいのか実に判断に迷うところだろう。
「そ、そう言えば、ちょっと確認して置きたかったんだけど、『電力を魔力に変換』することってできるの?」
多少(と言うか、かなり)強引な話題転換だが、『魔力蓄電池(アンドロメダ)』の話題は終わっていたので問題ないだろう。
間違っても、アセナがスルーされたことに一抹の寂しさを感じていたり、それを誤魔化すために話題を強引に変えた訳ではない。
あくまでも、話題が終わったので別の話題を提供しただけである。アセナに他意はない。多分、きっと、恐らくは、そうに違いない。
「え~~と、変換はできませんが代用はできますね。具体的に言いますと『学園結界』の一部が電力で賄われている感じです」
これは余談となるが……麻帆良が誇る『学園結界』は、一口に『結界』と言っても大きく分けて二種類が存在する。
一つは、エヴァの魔力を封じていたり一般人に『認識阻害』を掛けていたりする「内向き」の『結界』だ。
そして、もう一つが、進入許可のない一定以上の魔力・気を持つ存在の進入を阻む「外向き」の『結界』だ。
ちなみに、電力も用いられているのは「内向き」であり、特にエヴァを封じるために莫大な電力が使われているらしい。
「もちろん、世界樹の魔力も利用してはいますが……それでも、電気の恩恵なくしては麻帆良は成り立ちませんね」
原作でも本作でも、大停電の時にエヴァの封印が解けているのは、電気でエヴァが封印されているからだ。
それ故、麻帆良は常に莫大な電気を必要としており、電気と麻帆良は切っても切れない関係にあるらしい。
まぁ、実を言うと、それは表向きの理由でしかなく、実際にはアルビレオの研究のために莫大な電力が必要なのだが。
「なるほどねぇ。よくわかったよ、ありがとうネギ」
裏の事情が予測できるアセナとしては「エヴァの封印は電力を大量に消費していることの大義名分なんだろうなぁ」と思いつつも、
ネギに裏事情を知らせる訳にはいかない(別に知らせても問題ないが、知らせなくてもいいことは知らせたくない)ため、
内心とは裏腹に「知りたかったことを知ることができてよかったよ、説明 御苦労様」と言わんばかりにネギに礼を言うのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……いやはや、実に楽しそうですねぇ」
刹那は満面の笑みを浮かべてはいるが、口元が少々ヒクついている。つまり、内心は面白くないのだ。
アセナ達の会話自体は『認識阻害』をされているため、公にできない話をしていることしかわからないが、
会話の雰囲気は見るだけでもわかるため、周囲の人間には和気藹藹としているようにしか見えない。
そのため、そんなアセナ達を見て刹那がイラ立ってしまうのは、ある意味で必然と言えるのかも知れない。
「ところで、あそこにいる不審人物達の処理はいかが致しましょうか?」
そんな刹那に「お気持ち、わかります」と頷いた茶々緒は、気分を換えるためか別の話題を切り出す。
ちなみに、不審人物達とは、アセナ達のことを殺意の籠った目(リア充 氏ね!!)で見ている男達のことである。
まぁ、身も蓋もなく正体を明かすと、偶然に居合わせたフカヒレと宮元である(男二人で御茶していたのだ)。
余談となるが、刹那と茶々緒の八つ当たり合戦は「不毛なので止めましょう」と どちらともなく矛を収めたらしい。
「……別に邪魔をしている訳ではないので、放って置いてもいいのでは?」
「そうですか? 危険となり得る可能性は早めに摘むのが私の信条なのですが?」
「それには同感ですが、まだ早いのでは? 今は様子を見るだけで充分でしょう?」
「ですが、少し――いえ、かなり視線が鬱陶しいので、かなり不快なのですが?」
「それにも同感ですが……確か、彼等は那岐さんのクラスメイトでしたよね?」
「仰りたいことはわかります。ですが、彼等は生理的に受け付けないんです」
「それでも、耐えるべきです。那岐さんのためなら耐えられるでしょう?」
「まぁ、そうですね。お兄様を困らせるのは望むところではありませんからね」
ストレス発散も兼ねてサクッと排除したいが、アセナが困るかも知れないので我慢する刹那と茶々緒だった。
「……コイツ等の会話を聞いていると頭が痛くなるのは私だけだろうか?」
「安心してもええで。エヴァちゃんも偶に似たようなこと言うとるから」
「いや、それは安心できないのだが? と言うか、ここまでヒドくないだろう?」
「うん、まぁ、そうかもなぁ。少々アレやけど、そこまでやない気もするわ」
エヴァも「大切な者以外はどうでもいい」ところがあるのは自覚している。だが、二人よりはマシだと思っているのである。
そんなエヴァを「まぁ、こう言うことは本人には自覚がないもんやからなぁ」と言った生暖かい視線で見守る木乃香だった。
まぁ、そんなことを言っている木乃香 自身も充分にアレな部分(一般的な感覚を逸脱している感じ)があるのだが。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「あ、そう言えば……オレからもプレゼントがあるんだった」
一部の不穏な空気とは まったくベクトルの異なる場にて、アセナは『ポケット』から小さな包みを取り出す。
わざわざ『ポケット』を利用して収納していたのは実に魔力の無駄遣いだが、それがアセナのこだわりなのだ。
ちなみに、包みの中身なのだが、これは先程ネギが熱心に見ていたピンクパールのイヤリングである。
もちろん、本物ではない。イミテーションだ。本物をネギ(中身は子供)にプレゼントするアセナではない。
「あ、ありがとうございます……大切に保管します」
ちなみに、よくある「隣の物が欲しかった」と言うオチではなかった。
無駄な時に発揮することの多いアセナの洞察力だが、今回は役に立ったようだ。
「いや、アクセサリーなんだから身に付けようよ?」
まぁ、それだけネギが喜んでいるのだろうが、それでも使ってもらった方が嬉しい。
道具は使われてこそ意味があり、アクセサリーの使い方は身に付けることだからだ。
これが観賞用の品ならば飾られても(保管されても)いいのだが、そうではないのだ。
「そ、そうですね。大切に使わせていただきます」
そう言うと、手鏡を取り出し、早速 耳に付けてみるネギ。どうやら、付けたい気持ちはあったようだ。
恐らく、アセナからのプレゼントなので大切にしたかったから「保管する」と言う発想が出て来たのだろう。
(……うん、プレゼントしてよかった)
ネギの嬉しそうな笑顔と、その赤髪と淡いピンクのイヤリングが映える様を見て、
アセナは慈しむような目で穏やかに微笑み、そう内心で呟きながらコーヒーを啜った。
ちなみに、この一連の光景を見て更に不穏な空気を発する者達がいたのは言うまでもないだろう。
************************************************************
Part.06:気付いていない訳がない
「ちょっとトイレに行って来るね」
と言う言葉を残してアセナは席を立った。舞台は相変わらず喫茶店のままだ。
映画館での描写がないクセに喫茶店での描写が長いのは、気のせいに違いない。
どんだけ喫茶店が好きなんだよ と思われるかも知れないが、気にしてはいけない。
「……天の人もいろいろと大変なんですねぇ」
ネギがメタっぽい発言をするが、きっと「店(てん)」と「天(てん)」の誤植だろう。
かなり強引な気がするが、そう言うことにして置いてサッサと話を進めるべきだろう。
「そうですね。と言うか、ボクは何を言っているんでしょう? ……変な電波を受信してしまったようですねぇ」
ブツブツと独り言を言っている様は実に危ない。しかも、その内容がアレなので更に危ない。
不幸中の幸いと言うべきか、店内に流れるジャズなBGMの御蔭で誰にも聞こえていないが。
まぁ、『認識阻害』は張りっ放しなので、聞かれていても違和感を持たれなかっただろうが。
「はぁ……つまり、まだ迷っているってことなんでしょうねぇ」
ネギは先程のメタ発言を「悩んでいるから妙なことを口走った」と言うことで納得したようだ。
これも割と強引な納得の仕方だが、深くツッコまれると困る話題なので これはこれでOKだ。
と言うか、自分を納得させるための「自分に対する言い訳」なので強引なのが普通だろう。
「ハムレットじゃないですけど……『するべきか、するべきでないか』が問題ですねぇ」
ネギは独り言を続ける。もしかしたら、独り言を言っている――つまり、声に出しているつもりはないのかも知れない。
思考に没頭する余り思考が声に出てしまうことは(世間一般的にはあまりないが)アセナやネギには よくあることである。
特にモノローグで物語が綴られる場合、その傾向は より顕著となっていく(まぁ、仕様と言えば仕様なので仕方がない)。
『ネギ姉様、「やらないで後悔するよりは、やって後悔した方がいい」と言う言葉を御存知デスか?』
ネギがブツブツ呟きながら悩んでいると、懐にいたカモが『念話』で「するべきデス」と助言をしてくる。
ちなみに、カモの登場自体は10数話振りになるのだが、基本的にはネギの懐にいたことは明記して置こう。
ネギ自体の登場シーンも少ないうえ助言者役はアセナが担っているためカモにスポットライトが当たらなかったのだ。
べ、別にカモきゅんの存在を忘れていた訳じゃないんだからね!! と、ツンデレ風に言って置こう。
「……確かに、やって後悔した方がいいよね。でも、今回に限っては違うと思うんだ」
『デスが、このまま何もしなければ、きっと――いえ、必ず後悔しますデスよ?』
「そうだね、きっと後悔するだろうね。でも、やった方がもっと後悔すると思うんだ」
『何故デスか? 何もしなければ、何も変わらないことなどわかりきっているデショウ?』
「うん、わかっているよ。ボクも何もしない訳じゃない。単に『それ』をしないだけさ」
ネギの言う『それ』が何を指しているのかは定かではない。だが、やらない方がいいことのようだ。
『そうデスか……ネギ姉様の決意は固まったのデスね? ならば、カモは何も言いません』
「ありがとう、カモちゃん。カモちゃんが背中を押してくれた御蔭で決心が着いたよ」
『いえ、カモは単に思ったことを口にしただけデスし、結局はお役に立てませんデシタよ?』
「そんなことないよ。カモちゃんがキッカケをくれたから、ボクは決意できたんだよ?」
『……ありがとうございます。そこまで仰っていただけただけでカモは幸せデス』
直接的には役立っていないが間接的には役立ったため助言者としての役割は充分に果たせただろう。
「だから、レシピを調べてくれたのが無駄になっちゃったけど、『惚れ薬』は止めて置くよ。
成功しても虚しいだけだと思うし、発覚したらナギさんに見捨てられちゃうかも知れないからね。
それに、『惚れ薬』を使わなくても自分の魅力だけで好きになってもらえばいいだけだと思うし」
どうやら、ネギの言っていた『それ』とは『惚れ薬』だったらしい。
つまり、ネギは「アセナが席を立った隙に『惚れ薬』をアセナのコーヒーに混入させるか否か」で悩んでいたのだ。
そして、ネギの出した結論は「『惚れ薬』なぞ使わん。実力で惚れさせてやんよ」と言う男前なものだった。
まぁ、結論を出すまでに独り言をブツブツ言うくらい悩んだが、それでも、出した結論は素晴らしいだろう。
「……そんなお前が誇らしいよ、ネギ」
それは、一部始終を見ていたアセナも同意見だった。まぁ、一部始終と言うか、正確には「まだ迷っている云々」の辺りからだが。
ちなみに、アセナがトイレから戻ろうとしたらネギがウンウン唸って悩んでいたので、悩みに区切りが付くまで見守っていたらしい。
つまり、ネギがカモの甘言に乗って『惚れ薬』を使用していたらモロバレだったため、ネギはとても正しい選択をしたのである。
「はぅ!! 見ていたんですか!?」
「うん、まぁ、ちょっとだけね」
「……つまり、ほとんど ですね?」
「うん、まぁ、そうとも言うね」
「うぅ……物凄く恥ずかしいです」
ネギに独り言を言っていた自覚はなかったが、アセナに筒抜けだったことから類推したらしい。
「まぁ、それはともかくとして……そろそろ出て来てもいいんじゃないかな?」
「? 何がですか? と言うか、急に明後日の方向を見て どうしたんですか?」
「いや、あそこで覗き見している四人組がいるから、出て来てもらおうかなって」
どうやら、アセナはエヴァ達にも気が付いていたようだ。なかなかに抜け目がない。
「やれやれ……まさか気が付いていたとはな。なかなかやるじゃないか?」
「いや、あれだけ目立って置いて気付かれていないと思えるエヴァが凄いよ」
「じゃあ、いつから気が付いとったん? 気付いた素振りはなかったで?」
「待ち合わせ段階で違和感があって、確信したのは買い物している時だね」
「それは気配でわかったのですか? それとも視線を感じたのですか?」
「むしろ、周囲の視線かな? オレ達の死角に視線が集中していたからねぇ」
「なるほど。ところで、そろそろ夕食の時間ですから、場所を移動しませんか?」
「うん、悪びれるどころか気にしてすらいないキミに脱帽だよ、茶々緒」
気付かれていては仕方がない。四人はあきらめて、渋々ながらもアセナの前に出て来る。
あ、上から順にエヴァ・木乃香・刹那・茶々緒の言葉と それに対するアセナの返答である。
まぁ、キャラが立っているので明記しなくても大丈夫だっただろうが、念のためだ。
ちなみに、この後は みんなで楽しく食事をしただけで特筆すべきことは何もなかったらしい。
アセナ達が喫茶店を出た後、男子トイレに放置された男性二名が店員によって発見されるが、
それはアセナ達には関係ない(に違いないと思われる)ので、特筆すべきことはないったらない。
その男性二名がフカヒレと宮元で「刻の涙を見た」とか言っていたが、きっと関係ない筈だ。
監視カメラの映像では「リア充は死ねよやぁあ」と襲い掛かって返り討ちにあったらしいが、それでも関係ないに違いない。
************************************************************
Part.07:アルビレオは今
食事も恙無く終えたアセナは家に帰った。もちろん、同居している茶々緒も一緒だ。
他の娘達と別れる際、他の娘達から殺気が滲み出たように感じたのはアセナの気のせいに違いない。
そんなことがありつつも無事に帰宅したアセナは、茶々緒を下がらせるとアルビレのもとへ『転移』した。
「こんばんは、オレです。無事にデートを終えたので報告に来ました」
「お疲れ様でした。早速で申し訳ありませんが、詳細な報告をお願いします」
「申し訳有りませんが、お断りします。どうせ覗いていたんでしょう?」
「ええ、もちろんです。ですが、だからこそ貴方の口から聞きたいのですよ」
悪びれもせずにアルビレオはデートを覗き見していたことを認める。さすがと言うべきだろうか?
「つまり羞恥ブレイですね? ……わかりますので、拒否します」
「おやおや、連れないですねぇ。少しは付き合って下さいよ」
「では、別の話題に移りましょう。それなら付き合いますよ」
「せっかちですねぇ。世間話くらいしても罰は当たりませんよ?」
絡んで来るアルビレオを「ですが、時間は有限です」とバッサリ切り捨てるアセナ。実にマイペースだ。
「むぅ……それでは、一つだけ聞かせて下さい」
「仕方がないですねぇ。一つだけですよ?」
「では、ネギ君とのデートは楽しかったですか?」
「……ええ、楽しかったですよ。とてもね」
「そうですか……それだけ聞ければ充分です」
渋々ながらもアセナは真剣に答える。もしかしたら、アルビレオの意図を察したのかも知れない。
そう、アルビレオの訊ねたことは「何てことないこと」だったが、アルビレオにとっては重大なことだったのだ。
と言うのも、友人の少ないアルビレオにとってナギ・スプリングフィールドは希少な友人であるため、
そんなナギ・スプリングフィールドの娘であるネギが幸せになることをアルビレオは望んでいるからである。
アルビレオの性格が捻じ曲がっているのは否定できないが、捻じ曲がっているだけではないのも否定できないだろう。
「それでは、そろそろ本題に入ってもいいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。どうやら お疲れのようですからね」
「……わかっているのでしたら、サクッと お願いします」
「では……例の大発光は貯蓄する方向で行くのですか?」
「ええ。準備が予定通りですので、計画も予定通りです」
この会話から判断できる通り、『アンドロメダ』がダメな時は貯蓄をあきらめる予定だったのである。
そして、その事情をアルビレオが知っていることから察せられる通り、アルビレオもアセナの協力者なのである。
……実は、アセナには超に話していないがアルビレオには話している『とある計画』がある。
その内容は ここで語るべきことではないので割愛するが、重要なのは超が知らないのにアルビレオが知っていることだ。
まぁ、そうは言ったものの、その理由は信頼度の問題ではない。アルビレオには隠し事ができないので教えただけでしかない。
だが、そのような理由であったとしても、陰謀とも呼ぶべき『計画』に共謀者がいることは非常に大きな意味を持つ。
何故なら、人間とはミスをする生き物だからだ。ミスがないように気を付けていてもミスをしてしまうのが人間だからだ。
そう、それ故にアセナだけでは気付かないミスにアルビレオが気付いてくれるかも知れない。つまりは、そう言うことだ。
それに、ミスだけでなく、アイディアもアセナだけより幅が広がるだろう。一人よりも協力した方が利点はあるのである。
しかし、だからと言って「単純に人数を増やせばいい」と言う訳でもない。
故意・過失を問わず、情報と言うものは取り扱いに注意しなければ どうしても外部に漏れてしまうものだからだ。
それは、人数が増えれば増える程より顕著になる(組織の末端に重要な情報が知らされないのは そのためだ)。
それも踏まえて考えると、アルビレオは共謀者に足り得る『十分条件』を満たしている存在、と言えるだろう。
ちなみに、共謀者に足り得る『必要条件』が「信頼できること」であり、アルビレオが それも満たしているのは言うまでもない。
アセナとアルビレオは「魔法世界を救う」と言う点で目的が一致しており、その点にはおいては互いに信頼できるのである。
そう、二人を繋ぐのは「被害者と加害者」の繋がりだけではない。「魔法世界を救う」と言う点で深く結託しているのだ。
「……なるほど、わかりました。では、私の方で進められることは進めて置きます」
既に二人の間で『計画』の話し合いは何度も行われため、アルビレオも『計画』に対する理解は深い。
それ故に、アセナは「何をしてもらうか」について言及することなく「ええ、お願いします」とだけ返す。
「あ、そう言えば、魔法世界に行くまでに記憶が戻らない時は『記憶の復活』も お願いしますね?」
「ええ、わかっていますよ。とは言っても、可能な限り自然に思い出して欲しいんですけどね」
「まぁ、それはオレも同感です。『記憶の復活』は、ちょっとばかりショックが強いですからね」
おわかりだろうが、ここでアセナが言っている『記憶の復活』とは『アセナ』と『黄昏の御子』の記憶を魔法的な処置で無理矢理 思い出すことである。
「また自分を見失ってしまったら……またフィレモンさんに『扮していただく』ことになり兼ねませんからねぇ」
「……ほほぅ? その言葉から察するに、誰かがフィレモンさんに扮した訳ですか? 一体、何処の何方ですか?」
「麻帆良の地下に引き篭もっている、『変態司書』の二つ名を欲しい侭にしているアルビレオ・イマと言う方ですね」
「あれ? つまり、私じゃないですか? って言うか、『変態司書』って呼んでいるのは実は貴方だけですからね?」
「後半はスルーするとして、誕生日(20話)と京都最終日(30話)ではお世話になりました。ありがとうございます」
つまり、20話と30話の冒頭で描かれた夢に出て来たフィレモンはアルビレオである とアセナは言いたいのだ。
「…………はぁ。どうやら、惚けてみても無駄なようですね」
「ええ。と言うか、もう隠す必要はないんじゃないですか?」
「それでも、秘密にして置きたいのが私のジャスティスです」
「そんなジャスティスなど燃えるゴミと一緒に捨ててください」
確信を持って問い掛けるアセナの様子に、アルビレオは誤魔化すことをあきらめたようだ。
「まぁ、それは置いておくとして……何故、私だとわかったのですか?」
「むしろ、貴方とフィレモンさんが別人である と考える方が不自然では?」
「……そうでしょうか? 一応、キャラを変えていたつもりなんですけど?」
「いえ、キャラ云々で気付いた訳ではありません。直感による推論です」
そもそも、アセナは「フィレモンさんがナギを那岐に憑依させた」と考えていた。
だが、アルビレオとの会話で、それを為したのがアルビレオであることがわかった。
ならば、「フィレモン = アルビレオ」と考えるのは、おかしいことではない。
そうでなければ、フィレモンが何故に出現したのか意味がわからないからだ。
まぁ、ペルソナとのクロスに移行するのなら意味はあるのだろうが……そんな訳がない。
「なるほど。それっぽいキャラだったので利用させていただきましたが、逆に それが仇となりましたか」
「と言うか、まんまパクるのはやめましょうよ? せめて、インスパイアくらいにして置きましょう?」
「そうですねぇ。個人的にフィレモンさんが大好きだったとは言え、まるパクリはダメですよねぇ」
「その気持ちはよくわかります。オレが同じ立場だった場合、まんまパクっていた自信がありますから」
妙なところでわかり合う二人だが、二人とも「同好の士を見付けた」だけで終わるようなキャラじゃない。
「ところで、フィレモンさんを騙った理由ですけど……『それっぽいキャラだから』だけじゃないですよね?」
「……ええ、もちろんです。先程も話していた通り、フィレモンさんが大好きだったからでもあります」
「ああ、そうでしたね。ですが、オレが言いたいのはそうじゃありません。と言うか、わかってますよね?」
――そもそも、何故にアルビレオはフィレモンを騙ったのか?
アセナ等の言う通り「夢に立つ存在として相応しかったから」と言うのは間違いではないだろう。
だが、行為者はアルビレオだ。当然のことながら「それだけ」が理由である筈がない。
そこには「人格は仮面と変わらない」と言うメッセージもあったのではないだろうか?
つまり、それぞれの人格は、那岐の仮面・ナギの仮面・アセナの仮面でしかないのだろう。
そう、アルビレオは「仮面のことを気にする必要はない」と言う『許し』を示していたのだ。
少し無理のある解釈だが、態々「ペルソナの登場人物」を利用したことを考えると妥当だろう。
「……敢えてわからないことにして置きましょう。何故なら、そっちの方が面白そうですから」
「そうですか。そう言うことなら、勝手に感謝して置きます。何故なら、オレが感謝したいからです」
「おやおや、随分と我儘な方ですねぇ。まぁ、それくらいじゃないと生きるのがツラい状況でしょうが」
何故かアセナの周囲には厄介事が集まる。アセナが望んだこともあるが、望んでいないケースの方が圧倒的だ。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
「ああ、そう言えば……那岐の記憶の件も、ありがとうございました」
精神的に疲れていたアセナとしては早く休みたかったのだが、気か付くと雑談になっていた。恐るべきは、変態同士のシンパシーだろう。
まぁ、雑談の内容は本当に雑なものなので割愛するが……雑談が一区切りしたところでアセナが何でもないことのように切り出したのである。
「はて? 那岐君の記憶の件? ああ、川で溺れた時の記憶を復活させた件ですね?」
「いえ、それもありますけど、そうではなくて他の諸々の記憶のことについてですよ」
「……それも気付いてらしたんですか? うまく誤魔化せていたと思ったんですがねぇ」
エヴァ戦(11話)以降、アセナは夢の中で「那岐の記憶」を見ることがあった。
それは、アルビレオの施した『封印』をアセナが無意識に『解除』していたから起きたことだった。
そう、『記憶消去』への忌避感から記憶操作係の魔法を無意識に『無効化』していたのである。
いや、正確に言うならば、無意識にでも解けていくように封じてくれたから、解けていったのである。
それ故に、アセナはアルビレオに感謝せざるを得ないのだ。
「那岐の記憶を封じていたのは、オレが『オレとして』生活できるようにでしょう?」
「まぁ、概ねそうです。魔法無効化能力に気付くことは想定できていましたからね」
「そして、徐々に復活するようになっていたのは、オレが混乱しないようにですね?」
「まぁ、概ねそうです。ただ、京都で大部分が解けてしまったのは想定外でしたが」
「ああ、そうだったんですか。だから、あの時はアレ程のショックを受けたんですか」
「まぁ、概ねそうです。と言うか、あんな展開を予測したうえで放置はしませんって」
「確かに、ああなることを予測していて何もしないなんて、道を踏み外し過ぎですよねぇ」
京都での記憶解放はタカミチが身を挺してアセナを庇ったことが切欠となったので、それを想定していたとなると鬼畜もいいところだろう。
「私に外道の気があることは認めますが、いくら何でも知人の命を危険に晒したりしませんって」
「わかっていますよ。オレだって外道っぽい気はしてますが、そこまでは堕ちてはいませんからね」
「そうですよねぇ。怪我くらいならば放置する可能性はありますが、命までは放置しませんよねぇ」
「まったく以って その通りです。仮に命を危険に晒すことがあっても、晒すのは自分の命ですよねぇ」
「まぁ、敢えて補足するとしたら、私に命を預けてくれるような『奇特な方』の命も含まれますかね」
アセナは「まぁ、そうですね」と相槌を打つだけに止め、アルビレオの少し寂しげな声音に気付かない振りをする。
「話は戻りますが……諸々を含めて、本当にお世話になりました。貴方には感謝してもし足りません」
「……そうですか。でも、別に感謝は要りませんよ? 私は単に『責任』を果たしただけですからね」
「そう言うことならば、オレも『責任』を果たすことで感謝に変えます。それならば問題ないでしょう?」
「まぁ、そうですね。と言うか、そう言われてしまうと頷かざるを得ないくらいに、問題がないですね」
アルビレオの言う『責任』とは、ナギを憑依させた行為に対しての責任のことだろう(つまり、照れ隠しだ)。
そんなアルビレオに対してアセナの言った『責任』とは何だろうか? 間違いなく、それは魔法世界を救うことだろう。
アセナに その記憶はないが、自身がウェスペルタティア王国の王族であることをアセナは知識として知っている。
それ故に、王族として国民を――引いては国民を擁する魔法世界を救おうとするアセナは否定される訳がないのだ。
そう、言い換えるならば、アルビレオの照れ隠しに対してアセナは反論できない理由で感謝を示したのである。
……まったく以って面倒な男達である。だが、それ故に見ていて面白いのかも知れないが。
************************************************************
オマケ:小さな大冒険
これはアセナとネギのデートの翌日、つまり、5月25日(日)の出来事。
実は「何かに使えるかも知れない」と言う理由で、アセナはネギから『年齢詐称薬』を分けてもらったいた。
そして、物は試しとばかりに、赤いキャンディー(食べると若返る)を食べて子供の姿になったのだった。
(おぉ!! 何と言うショタ!! とりあえず、これを『ちびアセナ』と名付けよう!!)
子供(7歳児くらい)になったことでテンションが高くなったのか、妙な思考をするアセナ。
だがアセナはアセナでしかない。アセナは子供であることを最大限に利用するために街に繰り出したのだ。
子供料金を楽しむも善し。子供しか入れないところに入るも善し。今のアセナは自由なのである。
……そう、こうしてアセナの「小さな大冒険」は始まったのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
何をしても自由な筈なのに、何故かアセナは麻帆良教会に来ていた。
いや、まぁ、考えるまでもなく、ココネに会いに来たので、何故かもクソもないのだが。
きっと、今のアセナならココネとイチャイチャしても合法だからだろう。実にわかりやすい。
だが、残念なことにココネは不在だった。しかも、美空もいなかった(きっと二人で出掛けているのだろう)。
これでは、ココネを待つまでの間 美空で暇潰しすることもできないじゃないか?
美空がいなかったことへの文句を「暇潰しができないから」と言う言い方にするアセナ。
別にツンデレではない。純粋に、誰も話し相手がいないから寂しいだけである。多分。
(仕方がない。何処かで時間を潰して来よう)
そう結論付けたアセナは教会を出ることにした。その、途中だった。『事件』が起きたのは。
アセナが教会を出る直前、ドアに手を掛けたところでシスター・シャークティが教会に入って来たのだ。
「……あら? 可愛い お客様ね?」
いつものキッツイ雰囲気を何処かに投げ捨てたかのように、穏やかに微笑むシャークティ。
いつもはコスプレかと疑いたくなるが、今なら何処からどう見てもシスターに見える感じだ。
かなり失礼な表現だが、アセナの率直な感想だ。きっと、美空もココネも同意することだろう。
「し、しつれいしました。かってに はいって しまって、ごめんなさい」
舌っ足らずと言うか、舌がうまく回らずに聞き取りにくい発音になってしまう。
しかも、声変わり前の声なので、アセナとしては違和感しかない発声になってしまう。
まぁ、傍から見たら容姿に見合う可愛らしい声と喋り方なので、特に問題はないが。
「あらあら? 別に気にしなくていいわよ?」
ちびアセナの大人びたセリフと子供らしい声音に、シャークティは菩薩のような笑顔を浮かべる。
いや、シスターに菩薩と言う表現は正しくないので、ここはマリア様とでも言うべきだろか?
とにかく、そう言った表現するのが適当な程に今のシャークティの笑顔は慈愛に満ちていたのだ。
「それよりも、何か御用があって来たのでしょう? ゆっくりしていっていいのよ?」
慈愛に満ちた笑顔のままシャークティがさりげなくアセナの肩に手を置く。
そして、ゆっくりとだが拒否を許さない様な仕草で教会の奥に誘う。
もちろん、空いている方の手で教会の扉(と鍵)を閉めることも忘れない。
……何故かカチャリと言う鍵を閉める音がヤケに響いた気がするが、きっと気のせいだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そう言えば、お名前は何て言うのかしら?」
奥に通されたアセナは、ココアとクッキーを振舞われていた。しかも、ポジョションはシャークティの膝の上だ。
もちろん、アセナとしては拒否したかったのだが、シャークティの圧力がハンパなくて拒否できなかったのである。
ちなみに、シャークティは頬を薄く染めて幸せそうな笑顔を浮かべている(ニコニコではなくニヤニヤだが)。
「え~~と……セ、セナっていいます」
名前を考えてなかったので、咄嗟に『アセナ』から『セナ』だけを抽出してみた。
ヒドく安直だが、他に思い付いたのが『ちびアセナ』しかなかったので仕方がない。
それに、シンプル・イズ・ベストだ。安直でも単純でも、わかりやすい方がいいだろう。
「まぁ、セセナ君と言うの? とてもいいお名前ね?」
いや、最初の『セ』は噛んだだけなんだけど…………まぁ、それでいいか。
アセナは訂正するのも面倒だったので、『セセナ』で妥協することにしたようだ。
某狩人漫画の『ジャジャン拳』のネーミングと一緒だ。まぁ、それでいいのだ。
「じゃあ、セセナ君。お姉さんと一緒に遊びましょうか?」
別に遊ぶのは吝かではない。ただ、鼻息が荒いのが気になるだけだ。
と言うか、シャークティは どんな『遊び』をするつもりなのだろうか?
何故かわからない(ことにして置く)が、アセナの本能が警告を発している。
このままではヤバい と。喰われる と。と言うか、XXX版に飛ばされる と。
「えう? お、おねえさん? ちょっと おめめが こわいですよ?」
「大丈夫です。あと、私のことは『お姉ちゃん』と呼んでください」
「なにが だいじょうぶ なんですか? とっても ふあん ですよ?」
きっと、『お姉さん』ではなく『お姉ちゃん』なのはシャークティのこだわりだろう。
アセナが『お兄さん』と呼ばれるよりも『お兄ちゃん』と呼ばれたいことと同じ様なものだ。
「それでも大丈夫です。ですから、『お姉ちゃん』と呼びましょうね?」
シャークティは満面の笑みを浮かべているが、それは何処か肉食獣を思わせる。
威嚇されている訳ではないのに、獰猛さを感じるのはアセナの気のせいだろうか?
と言うか、口の端に浮かぶ涎は どう言う意味だろう? 食べる気なのだろうか?
いや、わかっているだろうが、食事的な意味ではなく、もちろん性的な意味で、だ。
まぁ、貞操の危機を感じたアセナがシャークティの隙を付いて『転移』で逃げたのは言うまでもないだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
……後に、シャークティはこう語る。
「神蔵堂君が『幼女は人類の至宝』と、よく言っていますが、
『幼女は人類の至宝』ならば『幼児は人類の希望』ですね」
そう、シャークティは『変態と言う名の淑女』に開眼したのだった。
************************************************************
後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「ネギとのデートなんだけど、メインは別だった」の巻でした。
いえ、ラブコメを書こうとしたのですが……何故かラブ分が少なくなってしまいました。
と言うか、もっとイチャイチャさせたかったのに、イチャイチャの描写ができませんでした。
ネギがメインの筈なのに、木乃香やエヴァに出番を取られているのも意味不明です。
ところで、実を言うと、今回は意識してコメディを多めにしてシリアスを間に挟むようにしてみました。
本当はコメディオンリーにしたかったんですけど、コメディオンリーはボクには無理みたいです。
気が付くとシリアスっぽい流れになっちゃうんです。どうやらシリアスの方が好きみたいですね。
ですが、シリアスオンリーだと、それはそれで嫌みたいです。書いていて筆が止まるんです。
よって意識的にコメディを多くすれば、シリアスとのバランスがちょうどよくなるんじゃないかと思います。
まぁ、この作品は「基本コメディ、時々シリアス」を目指している作品ですので、今更な話なんですけど。
でも、最近は「メインはシリアス、偶にコメディ」になりつつあるので、自戒みたいなものですね。
最後になりましたが、シャークティが壊れた件は「だって、この作品だもん」と言う開き直りで行こうと思います。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/07/22(以後 修正・改訂)