第39話:麻帆良祭を回ってみた(前編)
Part.00:イントロダクション
今日は6月20日(金)。
アセナがネギとデートを楽しんでから一月程の時が流れた。
この一ヶ月の間、アセナが何を考え何をしていたのか?
それは後の機会に語るとして、今は今日を語ろう。
そう、今日から麻帆良学園の学園祭――麻帆良祭が開催されるのである。
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Part.01:麻帆良祭概論
6月20日(金)から6月22日(日)まで、第78回麻帆良祭が開催される。
原作では、魔法関係者は大発光の対策として告白阻止のための警備が課せられていたが、
アセナの施した対策(アンドロメダで大発光を未然に防ぐ)で告白阻止そのものが不要になったため、
魔法関係者は「羽目を外し過ぎて迷惑行動しちゃう困った人達」などを取り締まるだけになった。
そのうえ、事前に超の方向性を修正していたので、原作で起きた一連の超イベントも起こらない。
よって、超が大発光対策会議を覗き見することもなければ、ネギに『航時機(カシオペア)』を渡すこともない。
それに、龍宮神社で開催される『まほら武道会』も超の梃入れがないので、ショボい大会のままである。
更に言うと、超が転校することもないし、魔法バラシを画策することもないので、火星ロボも攻めて来ない。
つまり、普通の学園祭にしかならないのである(まぁ、規模を考えると『普通』ではないのだが)。
「確かに、麻帆良祭は普通の学園祭ではない。開催期間中、麻帆良学園は一大テーマパークの様相すら呈する。
バイタリティ溢れる麻帆良の学生達による技術と熱意を結集したイベントやアトラクションが学園各地で開かれ、
その噂を聞き付けた観光客が県内だけでなく関東圏からも家族連れを中心に集まっており、年々増加傾向にあるしな。
何でも去年の入場者数は延べ約40万人だったらしいので、今年は40万人を越えることが予想されているらしいぞ?
まぁ、世界でもトップクラスの規模を誇る学園都市である麻帆良の全校合同イベントだから当然と言えるがな。
余談となるが、ここ数年は商業化が加速しており、一説には一日で二億六千万もの金が動くとも言われている。
中には三日間で数千万を稼ぐサークルや生徒もいるそうだ。と言うか、超 鈴音の一派が まさにそうだろうな。
ちなみに、ジジイの話では元々は国際化に対応した自立心の育成のために営利活動の許可を出したらしいぞ?」
「……なるほどねぇ。いやぁ、非常に長い説明、本当に ありがとうございました」
とても楽しげに説明してくれていたので止めるのも無粋と判断したアセナは黙って聞いていた。
まぁ、それだけ麻帆良祭を楽しみにしていたのだろう。もちろん、説明の主はエヴァである。
「ええい!! 生暖かい笑顔を浮かべるな!! 別に楽しみになどしておらんぞ!!」
「って言うか、その格好は何を狙ってるの? まさかのロリコンホイホイ?」
「う、うるちゃい!! お祭り気分に乗っかってやっただけだ!! 他意はない!!」
現在のエヴァの服装は、原作と同じ様にフリルをふんだんにあしらった白ロリなファッションである。
エヴァにはエヴァなりのコダワリがあるのだろうが、アセナには幼い容姿を際立たせている様にしか見えない。
「まぁ、それはともかくとして……オレ、行くところがあるから、また後でね~~」
このままエヴァと不毛な会話を続けるのも一興ではあるが、生憎とアセナには予定がある。
原作のネギほど過密なスケジュールではないが、それなりに忙しい三日間になる予定なのだ。
エヴァのための時間は三日目に確保してあるので、今は別の予定を優先すべき時だろう。
そんな訳で、アセナは後ろ髪を引かれつつもエヴァと別れて目的地へ向かうのであった。
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Part.02:せっちゃんを引っ張り回してみた
「ほな、楽しんで来てな~~♪」
木乃香が満面の笑みでアセナと刹那を送り出す。そう、アセナの予定とは刹那と学園祭を見て回ることであったのだ。
では、何故に木乃香が二人を送り出したのか? 答えは単純で、ネギの『世話』を木乃香に任せたからである。
この木乃香の敵に塩を送るような行為だが、余裕から来るもの……ではない。あくまでも先行投資でしかない。
余談だが、茶々緒は非常事態に備えてストーキング――じゃなくて物陰から見守っているので、有事の際も安心である。
「……じゃあ、行こうか、せっちゃん」
「え、ええ、行きましょう、那岐さん」
自然体のアセナに対して、刹那は少々――いや、かなり、ぎこちない。それだけ緊張しているのだろう。
もちろん、二人の間に温度差がある訳ではない。アセナも刹那とのデートを楽しみにしていたのは確かだ。
単にアセナがデートに限らず女性と絡むことに慣れており、刹那が男性そのものに慣れていないだけだ。
アセナとしては『純』な刹那を見ているのは、それはそれで和む。だが、やはり、普段通りの『自然体』な刹那の方がいい。
「まぁ、緊張するな とは言わないけど……もう少し落ち着かない?」
「い、いえ、わ、私は落ち着いておりまするでござりまするよ?」
「……うん。オレが悪かった。時間はあるから、ゆっくり行こう?」
とは言え、言って直るのなら世話はない。時間が解決してくれるのを待つくらいしかできないだろう。
「す、すみません。改めて学デートと考えてしまうと緊張してしまって……」
「じゃあ、『学園祭デート』じゃなくて『一緒に学園祭を回るだけ』って思ってみる?」
「そ、そうですね。そう考えれば、少しは緊張が解れる気がしないでもないです」
別に焦る必要はない。無限とまでは言わないが、時間に余裕はあるのだ。
少なくとも、午前中いっぱいは刹那と過ごせる予定になっているのだから。
「じゃあ、まずは工科大のアトラクションを楽しみたいんだけど、それでいいかな?」
気を取り直したアセナは、刹那のエスコートを始める。しかも、アセナの希望を確認する と言う、刹那の性格をよく理解したエスコートをだ。
最初は刹那に確認を取る形だが、「オレは満足したから、次は せっちゃんね」と言う風に、段々と刹那の希望を引き出す予定なのだ。
ちなみに、麻帆良の工科大は本物の遊園地等のアトラクションも手掛けている本格派だ。「学園祭レベル」を越えたものが期待できるだろう。
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そんなこんなで、アセナと刹那は『ギャラクシーウォー』や『ディノハザード』などの様々なアトラクションを巡った。
「いや~~、楽しかった。さすがは麻帆良だねぇ」
「そうですね、とっても楽しかったです」
「うん、せっちゃんも楽しめたようでよかったよ」
刹那の性格上、楽しくなくても「楽しかった」と言いそうだが、自然な笑顔を浮かべているのを見る限り、今回は本当に楽しかったようだ。
誘った手前、楽しんでもらえないのはツラい。これがフカヒレとかなら自分だけ楽しむのも有りだが、相手が刹那なので そうもいかないのだ。
「ところで、せっちゃんって射撃もうまいんだね? ビックリだったよ」
「い、いえ……以前、龍宮に嗜み程度に教えてもらったんです」
「アレで嗜み程度なんだぁ。フカヒレが聞いたら泣くだろうなぁ」
刹那の射撃の腕前はアセナよりは劣るもののフカヒレを圧倒していた(ゲーセンでの対戦からの比較)。才能の差って怖い。
「いえ、さっきのターゲットは決まったパターンで動いていましたから、
私でもターゲットの動きを予測して当てることが可能だっただけです。
実戦では あんなにうまく行きませんよ。狙っている間に避けられます」
銃と言うものは、着弾するまでに「構えて、狙って、撃つ」と言うタイムラグが生じる。
そのどれもが僅かな時間でしかない。だが、実戦では、その『僅か』が重要となる。
僅かな時間であっても相手は回避に成功する。刹那は『そのレベル』で戦っているのだ。
故に、『遊び』では余裕だが、『実戦』では通用しない。それが刹那のレベルなのだ。
……フカヒレは関係者ではあるが、戦闘要員ではなく後方支援なので射撃の腕については気にしてはいけない。
「そっかぁ。そう言えば、オレも京都の時『指パッチンでカマイタチ』を命中させられなかったなぁ」
「指パッチンでカマイタチ、ですか? あ、就学旅行の時に使っていたアーティファクトですね?」
「まぁ、概ね合ってるんだけど……アーティファクトは公式設定で、実際は魔法具なんだけどね」
「そうなんですか? 高畑先生が『自分と似た攻撃手段のアーティファクトだった』と喜んでましたよ?」
アーティファクトとは、主従の相性で多少の差異が生まれるものの『基本的には持主に合ったもの』が選ばれる。
つまり、アセナのアーティファクトが「見えない攻撃を行うもの」だ と勘違いさせられたタカミチは、
自身の扱う無音拳とアセナのアーティファクトを「見えない攻撃」と言う点で「似ている」と捉え、
思わず「師匠、『無音拳』は那岐君に根付いているようです」と心の中の師に語ったくらいに喜んだのである。
「……タカミチには、後で御飯でも作ってあげながら事情を説明して置くよ」
事実を伝えた時のタカミチのショックは「推して知るべし」であるため、
アセナはタカミチに手料理を振舞って喜ばせてから事実を伝えることにしたようだ。
上げて下げることになるのか? 喜びでショックを緩和することになるのか?
それは蓋を開けてみないとわからないが、何故か前者になる気がしてならない。
きっと刹那も そう思ったのだろう。「逆効果では?」と言いた気な目で見ていた。
「ま、まぁ、それはともかく……ちょっと小腹が空いて来たから、次は模擬店に行こうか?」
あからさまな話題の転換だが、刹那としても続けたい話題ではないので「ええ、そうですね」と応じる。
いや、少しばかり薄情かも知れないが、デート中に保護者の話題をしたい女子中学生の方がおかしいだろう。
まぁ、タカミチ云々は刹那から持ち出した話題だが、そこは気にしてはいけない。それがみんなの幸せだ。
「あ、ところで、何か食べたいものはあるかな?」
「じゃ、じゃあ、ク、クレープが食べたいです」
「ん、了解。正統派から邪道まで何でも紹介できるよ?」
「……邪道、ですか? クレープに邪道があるんですか?」
「確か、韓研部がプルコギ クレープを出してたよ?」
ちなみに、韓研部とは「韓国文化研究部」の略である。あ、プルコギについてはググッてください。
「ちなみに、生クリームもフルーツもタップリだってさ」
「そんな世にも恐ろしい食べ物は遠慮して置きます……」
「うん、まぁ、オレもネタや罰ゲームじゃないと嫌かなぁ」
「……つまり、それなりの理由があれば食べるんですね?」
「だって、両者が絶妙なハーモニーを奏でるかも知れないでしょ?」
刹那は「きっとダメな方向で相乗効果だと思います」と思ったが、苦笑いするだけに止めた。そう、それが刹那の優しさなのだ。
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「じゃあ、次は天文部にでも行ってみようか? プラネタリウムをやってるんだってさ」
結局、アセナは「物は試しだよね?」と言ってプルコギ クレープを食べ(「そこそこイケた」らしい)、
刹那は無難に別の店(鶏愛好会)にあった「抹茶クレープ、生クリーム特盛」を美味しく食べた。
ちなみに、鶏愛好会がクレープ(鶏卵を使用する料理)を扱っているのは、食べる方の愛好なので何も問題ない。
「プラネタリウムですか。確か、昼でも星が見られるんですよね? 私、初めてです」
「そう言えばオレも初めてかも? まぁ、学園祭とは言え麻帆良のだから期待しよう」
刹那の生い立ちを考えると、プラネタリウムが初めてなのは当然かも知れない。だから、アセナは別に驚かない。
と言うか、アセナも(前世を含めて)プラネタリウムに行くのは初めてなので むしろ同感である。
某ときめきな思い出ではポピュラーなデートスポットだったが、地方ではマイナーなのではないだろうか?
少なくとも、作者の住んでいる地域では「プラネタリウムって何処にあったっけ?」と言うレベルである(かなり どうでもいい)。
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「……わぁ、綺麗ですね」
もちろん、「せっちゃんの方が綺麗だよ」などと言う訳がない。そんなのは、アセナのキャラではない。
そもそも、そんなこと言ったとしても「はぁ、そうですか」と冷めた反応しか返って来ないだろう。
いくら刹那でも「そ、そうですか?」とか言って照れたりはしない……筈だ。多分。きっと。恐らくは。
冷めた反応も困るが、反応が良過ぎても困る。つまり、下手なことは言わない方がいいのだ。沈黙は金だ。
「うん、星空なんて見慣れているつもりだったけど、綺麗だねぇ」
そもそも、世界樹の恩恵で麻帆良の空気は澄んでいるため、都市部に位置しながらも麻帆良は割と綺麗な星空が見られる。
それに比べ、この星空は「科学で作られた人工の星空」に過ぎない。しかし、それなのにアセナは素直に綺麗だ と感じていた。
そう感じるように計算された演出がされているのだろうか? それとも、アセナの心境が そう感じさせているのだろうか?
答えはわからない。だからアセナは「見慣れている筈なのに何で綺麗に見えるんだろう?」と自身に問うように呟くだけに止めた。
「きっと、貴方と見ているからこそ、綺麗だと感じられるんだ と思います」
別に答えを求めていた訳ではない。つい口に出しただけの言葉だった。
だから、アセナは反応があったことに驚いたし、その反応の内容にも驚いた。
何故なら、アセナが考えないようにした可能性をアッサリと肯定したからだ。
「……せっちゃん、ストレート過ぎて どう反応すればいいかわからないよ?」
もちろん「実はオレも そう思っていたんだ」などとは言わない。アセナは素直ではないのだ。
だから、アセナは敢えて茶化すような反応を返した(見る人が見れば、照れ隠しだとバレバレだが)。
「はぅっ!? い、今のは つい本音が漏れただけで、決して他意はありませんよ?!」
「OK、OK。大丈夫、わかっているよ。だから、今は星空を堪能しようね?」
「うぅ~~、何でそんなに落ち着いてるんですか? 私がバカみたいじゃないですか?」
「単に落ち着いているように見えるだけさ。内心はドッキドキでパニクりそうだよ?」
幸いなことに刹那にはバレていなかったが、アセナは慌てる刹那を落ち着かせるために少しだけバラす。それがアセナの優しさなのだ。
「ほ、本当ですか? 那岐さんが この程度で慌てるだなんて信じられませんよ?」
「あれ? せっちゃんのオレに対するイメージが凄いことになってない?」
「だって、那岐さんは常に落ち着いてますし、女性関係に手慣れていますし……」
「否定できないのがツラいところだけど……オレって、けっこう純情なんだよ?」
「……そうですか。那岐さんが そう仰るのでしたら、ここは信じて置きます」
あきらかに信じられていない気はするが、「まぁ、落ち着かせることには成功したから いいか」と苦笑混じりに納得するアセナだった。
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「ん~~、そろそろ お昼の時間だね? と言うことで、最後は『お料理研究会』で お昼を食べるんでいいかな?」
星空と甘い空気を充分に堪能した二人は、プラネタリウムを出た。そして、次の目的地――と言うか、二人で回る最後の場所について話していた。
ちなみに、ブラネタリウムを出たのは、別に「ラブコメってんじゃねぇよ!!」と言う周囲からの圧力に耐え切れなくなったからではない。
普通に上演時間が終わったので出て来ただけである。と言うか、周囲もラブコメな空気を醸し出していたため圧力なんて存在しなかったし。
「ええ、構いません。むしろ、キワモノ――じゃなくて、個性的な食べ物じゃないので万々歳です」
余程 先程のプルコギ クレープのインパクトが大きかったのか、刹那は らしくない辛辣な表現をする。
アセナとしては「キワモノはキワモノで割とイケるんだけどなぁ」とは思うが、敢えて反論はしない。
人には それぞれ嗜好がある。己の嗜好を理解してもらえないことなど日常茶飯事だ。気にすることではない。
まぁ、そんなこんなで二人は『お料理研究会』で昼食を摂ることにしたのである。
「う~~ん、さすが『さっちゃん』だねぇ。オーソドックスな料理が高レベルで仕上げられてるよ」
「そうですね、どれも とても美味しいです。ところで、『さっちゃん』とは誰のことでしょうか?」
「…………さっちゃんはね、さちこって言うんだ、本当はね? でも、小っちゃいから(以下略)」
「つまり、都合が悪いので誤魔化したいんですね? ……わかりたくありませんが、わかりました」
楽しい筈の昼食が殺伐とした空気になったのは、アセナが迂闊なせいだろうか? それとも、刹那が嫉妬深いからだろうか?
「いや、別に疚しいことがある訳じゃないよ? ただ、せっちゃんが怖かったんで和ませただけだよ?」
「全く和んでません。むしろ、殺意が沸きました。と言うか、疚しいことがないなら説明してください」
「うん、ぶっちゃけ、さっちゃんとは超包子で知り合っただけだから。マジで疚しいことはないから」
「……つまり、さっちゃんとはウチのクラスの四葉のことですか。だったら最初から そう言ってください」
アセナとしては「勘違いしたのは、せっちゃんじゃないか」と思うが、ここで言い返しても泥沼にしかならない。そのため、素直にアセナは謝った。
ちなみに、アセナの言葉で おわかりだろうが、さっちゃんこと四葉 五月とアセナは既に面識がある。
学園祭の前に、超から「一応、サツキも協力者なのデ紹介して置くヨ」と紹介してもらったのである。
超とアセナの『計画』には直接的な関係はないが、経済活動(超包子の運営)には関係しているためだ。
どうでもいいことだが、アセナは五月の料理の腕をリスペクトしており「いつか越えてみせる」と思っているとか いないとか。
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Part.03:狐っ娘ネギにちょっとだけ萌えてみた
「さて、そろそろ このちゃん のところに行ってネギを引き受けようかねぇ」
と言うことで、刹那と別れたアセナは状況を的確に表した独り言を漏らしながら3-Aに向かった。
まぁ、刹那と一緒でもよかったのだが、ネギに見られると面倒なことになるので途中で別れたのだ。
「ありがとう、このちゃん。御蔭で ゆっくりと楽しめたよ」
「ええって、ええって。その代わり、最終日は期待しとるえ?」
「うん、了解。御期待に副えるように頑張る所存でありますよ」
会話でわかる通り、木乃香とのデートは最終日を予定している。ちなみに、木乃香の希望だ。
大発光による御利益はないが、最終日と言う付加価値はある。さすがは木乃香、と言ったところだろう。
「あっ、ナギさーん♪ 来ていただけたんですね♪」
二人の会話が一段落したのを見計らったのか、満面の笑みを浮かべたネギが現れる。
ちなみに、ネギは今「狐娘」のコスプレをしている。そう、原作でも やっていたアレだ。
丈の短か過ぎる着物と膝上まである足袋に挟まれた絶対領域(太股)が実に堪らない。
幼女と表現すべきネギだからこそ その破壊力は凄まじい。実に健康的な萌えを醸し出す。
具体的に言うと「もうロリコンでいいじゃないか?」と言う悟りを得られるような感じだ。
……ところで、ネギが狐娘のコスプレをしていることから おわかりだろうが、3-Aの出し物は『お化け屋敷』である。
どこまでも原作通りだが、そもそもアセナが介入した訳でもないので原作通りになって然るべきなのである。
たとえネギが先生であろうと先生でなかろうと、3-Aのメンツのノリと勢いと行動力は変わらないからだ。
と言うか、タカミチ(担任)が放任――じゃなくて、生徒の自主性に任せているので、変わりようがないのだ。
まぁ、さすがに ぼったくりバー的なモノを慣行する命知らずはいなかったが(タカミチは怒らせたらヤバいのだ)。
「今から宣伝のために外を回って来る予定なんですけど……その、一緒に行きませんか?」
ネギがオズオズと、だが、期待に満ちた瞳を隠しもせずに提案してくる。しかも、上目遣いで、だ。
きっと木乃香の仕込だろう(確認せずとも、木乃香が「グッジョブや」と言う顔をしてるのがわかる)。
アセナは少しばかり心が揺らいだが、当然ながらネギに付き合って他クラスの宣伝をするメリットがない。
だが、悲しいかな、そこには木乃香がいた。木乃香が「そら、ええなぁ」と賛同したので断れないのだ。
何故なら、木乃香には借りが出来たばかりであるし、那岐的な意味で木乃香には逆らうのが難しいからだ。
「……うん、いいよ。せっかくだから、お化け屋敷的なコスプレをして宣伝に協力しようかな?」
何が どう「せっかくだから」なのかは定かではないが、恐らく「どうせやるなら楽しくやろう」とか言う意味だろう。
もしくは、「単に付き合うだけでなく、宣伝の手伝いをしながら付き合う方がいいだろう」とか言う意味かも知れない。
決して、コスプレした幼女と素のままで学園内を練り歩くことに耐えられなかった訳ではない。多分、きっと、恐らくは。
まぁ、とにかく、そんなこんなで、アセナは吸血鬼な男爵のコスプレをすることになった。
もちろん、アーカード氏のような衣装ではない。どちらかと言うと、ドラキュラ氏に近い衣装だ。
いや、ある意味では一緒とも言えるのだが、赤いロングコートではなく襟を立てた黒マントなのだ。
もちろん、下は白シャツに黒スラックスで、首元には黒チョーカー、口には牙を身に付けている。
アセナの特徴的な赤い髪と中学生にしては高い身長が黒い出で立ちと相俟って実に映える。
「おぉっ!! まさに乙女の純潔を虎視眈々と狙う吸血鬼やな!!」
「……このちゃん? その評価には悪意しか感じられないよ?」
「そうやな。なぎやんの場合は乙女の純情を弄ぶ程度やもんな?」
「う~~ん……『身に覚えがない』と言い切れない自分が悲しい」
木乃香のコメントは酷過ぎるが、何も言い返せないアセナは心で泣くしかない。
ちなみに、ネギが無言なのは一心不乱にアセナを視姦しているからである。
……何故かイケメソモゲロと呪うよりも、思わず合掌をしたくなるのがアセナのクオリティだろう。
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「女子中等部3-A、お化け屋敷やってま~~す」
気持ちを切り替え、アセナは宣伝活動をしながら外を練り歩く。まぁ、開き直りとか自棄とかに近い心境だが。
それでも、「何で男が女子中の宣伝してるんだ?」と言う視線に耐えているのだから、褒めるべきだろう。
途中で擦れ違ったクラスメイトに「神蔵堂だから仕方ないか」と納得されても、気にせずに突き進むべきだ。
「なんと、合法的に女子中学生達から『お触り』してもらえますよぉ」
アセナの言っているのは「学校の怖い話」コースの中にある「数多の手に襲われるイベント」のことだ。
アレを『お触り』と表現していいものかは悩みどころだが、触ってもらっていることには変わりがない。
たとえ それが恐怖を与える目的のものであっても、女子中学生に触ってもらえるなら紳士態的には御褒美だ。
「……ナギさん、その表現ですと ちょっと違う お店になっちゃうんじゃないですか?」
隣で満面の笑みを浮かべて可愛さをアピールしていたネギが、至極 真っ当なツッコミをしてくる。
ちなみに、ネギは自分の可愛さをアピールすることで「大きなお友達」を呼び込むのが目的である。
別にクラスの宣伝をサボっていた訳ではない。むしろ、最大限に貢献している とすら言える。
どこかの金髪幼女吸血鬼が宣伝とか関係なくロリコンホイホイな服装をしているのとは大違いだ。
「大丈夫。客から触ったらタツミーとかに粛清されるのがオチだから」
「確かにそうですが、そう言うことを心配している訳ではないんですけど?」
「大丈夫さ。そもそも触られる喜びを持つ人間がターゲットなんだから」
「確かにそうですが、それ故に違う お店になることが心配なんですけど?」
「大丈夫だって。違う目的で触られる訳だから、何も違法じゃないさ」
「ああ、なるほどぉ。そう言うことでしたら、何となく大丈夫な気がします」
もちろん、全然 大丈夫じゃない。客が触られることを目的としている段階でアウトである。
「納得してくれたのは嬉しいけど……そんな簡単に説得してると いつか騙されちゃうよ?」
「大丈夫です。ボクはナギさん以外を信じる気がありませんので、騙されようがないですから」
「いや、それだとオレがネギを騙そうとしたら簡単に騙せちゃうじゃん。もっと疑おうよ?」
「大丈夫ですよ。ナギさんはボクを騙しませんし、仮に騙したとしても何か理由がありますから」
「物凄く信じてくれているのは嬉しいんだけど、そこまで信じられると逆に怖いんだけど?」
「大丈夫ですって。単にボクが勝手に信じているだけですから、ナギさんは気にしなくていいんです」
ネギはとても爽やかな笑顔で とても重いセリフを口走る。アセナの笑みが引き攣るのも仕方がないだろう。
「……OK、わかった。そう言うことなら気にしない。だから、今は宣伝活動に勤しもう?」
「そうですね。お客さんを たくさんゲットして、売り上げも たくさんゲットしましょう」
「あっ、そう言えば、売り上げに貢献したことに対する見返りって期待してもいいのかな?」
「え~~と、多分、チア部の三人が『何らかの御礼』を考えているのではないか と思います」
「ちなみに、それって『ちゃんとした御礼』だよね? お化け屋敷 入り放題とか要らないよ?」
現物支給(この場合、現物と言っていいかは微妙だが)は、時と場合と人によっては迷惑でしかない。
「ですが、女子中学生に触ってもらえる訳ですから、ナギさん的には御褒美になるんじゃないですか?」
「微妙に棘のある言い方については敢えて流すけど、御褒美については大いなる誤解だ と言って置くよ?」
「つまり、『女子中学生に触られても嬉しくない。むしろ、触らなきゃ意味がない』と言うことですね?」
「いや、そんな『わかります』的な顔をされても困るんだけど? って言うか、オレの評価がヒドくない?」
「ボク、ナギさんを慕ってはいますけど、節操のないところは直していただきたいと思っているんですよね?」
疑問を疑問で返すネギだが、微妙に答えになっているところが実にネギらしいだろう。
ちなみに、アセナはと言うと、木乃香に引き続きネギにも「反論したくてもできない状況」に追い込まれたため、
顔で笑って誤魔化して、心の中で涙を流すことしかできない(つまり、節操のなさ を自覚しているのだ)。
と言うか、刹那といた時も「閉口せざるを得ない状況」に追い込まれていたので、今日は こんなんばっかだ。
……アセナがコッソリと「これからは もうちょっと真面目に生きよう」と誓ったのは、ここだけの秘密である。
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『麻帆良祭1日目、世界樹周辺は中夜祭に突入します。自らの健康に留意し、徹夜のし過ぎ & アルコールの飲み過ぎには充分に気を付けましょう』
打ち上げ花火を背景に、麻帆良祭1日目の終了と中夜祭の開催がアナウンスで宣言される。
今頃『スターブックス』では、3-Aによる盛大な1日目の打ち上げが催されていることだろう。
準備で徹夜が続いたのに騒げる彼女等にアセナはジジ臭くも「若さだねぇ」と思ってしまう。
実は、アセナは宣伝の御礼として1日目の打ち上げに呼ばれてはいたのだが、肉体的にも精神的にも疲れていたので辞退していたのである。
「まぁ、疲れていることはわかったが……何故に『別荘』でリゾート気分を味わっているのだ?」
「そんなの『疲れているから』に決まっているじゃないか? 心も体も癒されたい状態なのさ」
「疲れた現代人そのもののセリフだな? 規模が大きいとは言え、祭で疲れるとは情けないぞ?」
「確かに日本人としては祭でテンションを上げて身体の疲れを精神で乗り越えるべきだけどささ」
「わかっているのなら『ここに引き篭もっていたいでござる』と言わんばかりの空気はやめろ」
会話から おわかりだろう。アセナは『別荘』で休んでおり、そんなアセナへの呆れを隠しもせずにエヴァが話し掛けて来たのである。
ちなみに、『別荘』の種類は『南国』で、アセナは水着にアロハシャツでビーチベンチに寝転がっている(リゾート気分モロ出しだ)。
「いや、オレの場合、何故かテンションが上がるどころか精神的ダメージを負ったんだけど?」
「それは貴様の普段の言動のツケだろう? 同情の余地はない。と言うか、少しは反省しろ」
「いや、(後悔はしていないけど)反省はしてるよ? そのために引き篭もっていた訳だし」
「……はぁ、わかったよ。そう言うことなら好きなだけ引き篭もれ。偶には気分転換も大事だからな」
屁理屈を捏ねるアセナに「言っても無駄だな」と判断したエヴァは、説得を諦めて放置することにしたようだ。
まぁ、もともと説得できるとは思っておらず、話し掛ける話題として出しただけなので、これはこれでいいのだが。
ちなみに、エヴァも水着姿なのでリゾート気分なのはエヴァも変わらない(つまり、アセナを責められる立場ではない)。
そんなこんな が ありつつも、アセナの麻帆良祭1日目は無事に終わったのだった。
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Part.04:泣く泣く執事になりきってみた
そして、日が明けて、今日は6月21日(土)。麻帆良祭は中日である2日目を迎えた。
いや、文量の都合で、Part.03(1日目の終わり)で終わらせる訳にはいかなかったのである。
だが、少し長めになるがキリのいいところ(2日目の終わり)まで書くので、どうか御容赦 願いたい。
さて、メタな解説は ここら辺でやめて、サクッと2日目の話に移ろう。
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「神蔵堂~~、3番テーブルに『呼び出し』が入ったぞ~~」
ここは男子中等部3年B組。つまり、アセナが在籍するクラスの教室だ。指名とか言われているが、ホストクラブではない。これは執事喫茶だ。
執事に扮した男子中学生の奉仕を堪能できるシステムになっているだけだ。ホストクラブっぽい雰囲気はあるが、あくまでも執事喫茶でしかない。
ドンペリもないしシャンパン・タワーもない。代わりにあるのは、紅茶と御菓子だ。夢や希望や欲望と言ったものは変わらずにあるかも知れないが。
で、既におわかりだろうが、今のアセナは執事役を担当しており、先程のセリフは「アセナに接客の指名が入った」と言うことである。
ところで、クラスの出し物への協力は強制ではない。だが、だからと言って協力しないでいい訳がない。
部活の方で忙しい者達でさえ半日くらいは手伝うのだから、帰宅部のアセナは一日は手伝うべきだろう。
もちろん、ダミーに任せることは考えていない。ダミーが暴走するかも知れないので任せられないのだ。
ちなみに、先程から『指名』と言っている様に、この執事喫茶は「接客役の執事を客が指名できるシステム」を採用している。
来店時の受付で写真から選ぶことができることも含め、何だかホストクラブを髣髴とさせるシステムだが、気にしてはいけない。
言うまでもないだろうが、フカヒレや宮元を初めとした「女性から受けの良くないであろう男子達」は予め裏方役に徹している。
時にはヘルプとして接客に参加することもあるだろうが、基本的には執事と言うよりも料理人や雑用と言った待遇である。
扱いに不平等を感じるかも知れないが、世の中そんなものである。そう、有史以来、人類が平等であったことなどないのだ。
あ、ついでだから話して置くが、このシステムを考えたのはアセナではない。3-Bの副担任を勤める刀子(バツイチ)が提案したのである。
刀子の普段の素行が気になるが、そこは敢えて気にしてはいけない(きっと淑女の社交場でストレスを発散する毎日なのだろう)。
「……お帰りなさいませ、御嬢様。今日は心行くまで御寛ぎください」
間違っても「御指名ありがとうございます、ナギです」などとは言わない。何度も言うが、ここはホストクラブではないのである。
ちなみに、今のアセナの姿だが、普段は無造作に流されている髪をピッチリと固めており、皮肉気な笑みも爽やかな微笑になっている。
そして、普段は だらしなく着ているワイシャツを今はウイングガラーシャツに変えてキッチリ着こなし、アスコットタイも付けている。
上着は蒸し暑いので着ていないが、黒ベストと黒スラックスで揃えているし、時計やハンカチを さりげなく見せることも忘れていない。
そう、今のアセナは「執事そのもの」な格好だった。そして、そんな姿のアセナが普段の素行とは裏腹に恭しく客を出迎えたのである。
「ちょっ、本気で執事の振りとか……マジで笑えるんスけど!!」
だが、客から返って来た反応は、あまりに酷かった。いや、まぁ、普段のアセナを知っている者にとっては当然の反応だろうが。
それでも、学園祭の模擬店とは言え それなりに真面目に接客をしているので、それを笑うのは少し酷いかも知れない。
まぁ、普段のアセナへの意趣返しのためだと考えると、そこまで酷くないかも知れないが。むしろ、もっとやるべきかも知れない。
ちなみに、おわかりだろうが、客とは美空である。もちろん、その横にはココネもいる(ここ重要)。
「御嬢様? 他の御嬢様方の迷惑となりますので御静かに願います」
「うっわぁ!! 執事になり切ってるっスねぇ!! マジ パネェっス!!」
「お褒めに預かり光栄です。今の私は御嬢様の従順なる執事ですから」
「……ほほぉう? 『ちょっと裏 来いや』的な反応じゃないんスね?」
「ここは執事喫茶。御嬢様方が夢を買うために訪れる場所ですからね」
「なるほど。余程のオイタをしない限り、客の要望として処理するんスね」
「ええ。執事一人一人の裁量によりますが、大抵のことは『要望』ですよ」
ちょっと客に騒がれたくらいでイチイチ問題にしてはいられない。その程度、一人で対処できてこそ一人前の執事だ(何かが違う気がするが)。
「まぁ、それはともかく……御注文は御茶漬けで よろしいんですよね?」
「それは婉曲的に『帰れ』ってことスか!? 全然 従順じゃねぇっス!!」
「あ、ココネ御嬢様は置いて行ってください。御持て成しが未だですから」
「しかも、厚かましくもココネを置いて行けと?! この変態執事め!!」
「ハッハッハッハッハ、ちょっとした冗談ですよ。ええ、ちょっとした」
「何『大事なことなので二回 言いました』的な感じで強調してるんスか?」
「ですから、『ちょっとした』冗談だ と申し上げてますでしょう、御嬢様?」
しかし、アセナは やっぱりアセナだった。従順な態度を心掛けていても滲み出る本質は どうしようもないのだ。
ところで、ココネが空気と化している件だが、これはある意味では「いつものこと」だろう。
そう、アセナと美空が話しているのを楽しそうに聞いているのがココネのスタンスなのだ。
ただ、今回は「もうちょっと素直になればいいのニ……」と呆れ気味に美空を見ていたが。
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「まぁ、とりあえず、その気持ちの悪い喋り方は止めてもらえないっスかね?」
美空が仕切り直すかの様に、話題を変える。あのまま話を続けても埒が明かなかったので、賢明な判断だろう。
それに、やはりアセナはいつもの口調の方がいい。今のアセナは丁寧な口調だが、慇懃無礼にしか思えないのだ。
「かしこまりました。御嬢様の御要望ならば……普段の喋り方に戻すよ」
「うっわぁ。相変わらず気持ち悪いくらいに切り換えが早いっスねぇ」
「表現は気になるが、とりあえずは褒め言葉として受け取って置こう」
「そのポジティヴ過ぎる思考も相変わらずっスね。実にナギらしいっス」
「ハッハッハッハッハ……それも褒め言葉として受け取って置くよ?」
まぁ、ポジティヴに物事を受け入れなければ立ち上がれない状況なだけだが。
「しかし、もう少し態度を丁寧にできないっスか? 口調は それでいいんスけど、態度が悪過ぎっス」
「いや、そう言われても……特別 態度を悪くしているつもりなんてないけど? いつも通りだよ?」
「だからっスよ。いつもの態度のまま対応されると、いつも通り過ぎて給仕されている気がしないんスよ」
「う~~ん、微妙に我侭な要求だなぁ。喋りは いつも通りにして態度だけ改めろ とか、実に無茶な注文だ」
「って言うか、仮にも執事として給仕してるんスから、もうちょっと私に気を遣って欲しいんスけど?」
「……逆に考えるんだ。単に気を遣わないのではなく、気が置けない相手だから気を遣わないのだ、と」
「いや、どこら辺が逆なんスか? って言うか、この場合は明らかに気を遣っていないだけっスよね?」
むしろ、アセナの本音が垣間見えた気さえする。だが、美空は「気が置けない」と言う表現が少しだけ嬉しかったので、そこは流したが。
「さぁて、それはともかく、注文は? もう茶漬けでいいんじゃない?」
「おぉい!! 軽くスルーすんなス!! そして、ネタを引っ張るなっス!!」
「ちなみに、ここって副担任である刀子先生が監督してるんだよね?」
「はぁ? いきなり何スか? 何で葛葉先生の話題が急に出て来るんスか?」
「実は『サッサとオーダー受けろや』と言う『念話』が入ってるんだけど?」
「……OK、可及的速やかに注文を決めて、サッサとオーダーするっス」
美空も刀子を怒らせる愚は犯したくないため速攻で注文を決める方向に意識が切り換わる。まぁ、刀子云々はアセナのブラフでしかないが。
「え~~と……じゃあ、無難にオムライスが食べたいっスね」
「プラス300円で似顔絵サービスができるけど、どうする?」
「え? サービスなのに金取るんスか? セコイっスねぇ」
「いや、そもそもサービスとは『形のない財』のことだから」
「は? イキナリ何を言ってんスか? 遂に壊れたんスか?」
「つまり、サービスってのは『無償奉仕』って意味じゃないの」
「ああ、だから似顔絵サービスは無償じゃないってことスか」
余談だが、似顔絵サービスとはケチャップで似顔絵を描く御馴染みのサービスである。
「ちなみに、商品の写真は あくまでもイメージであり実物とは異なるから注意してね」
「いや、それだと余計に頼みたくなくなるんスけど? それは逆効果じゃないスか?」
「そうだろうねぇ。むしろ、描いた後に文句を言われないための予防線だからねぇ」
「いや、だからって失敗するかも知れないってことをブッチャケてどーするんスか?」
「何て言うか、製作者と客の間に挟まれる者(= オレ)の苦労を減らしたいだけさ」
「それなら、最初から似顔絵サービスについて黙って置けばいいじゃないスか?」
「でも、メニューにも書いてありやがるから、後で文句を言われたら面倒じゃん?」
「なるほど。つまり、どこまで行っても面倒を回避したいんスね? ……わかるっスよ」
アセナの「面倒事は御免でござる」と言う態度に、美空は苦笑交じりに納得するしかなかった。
ところで、やっぱり空気と化しているココネだが、今回は既にアセナが運ばせていたパフェを美味しそうにパクついていた。
と言うのも、美空とジャレついている間に『念話』で刀子にオーダーを伝え、ヘルプ役に持って来てもらっていたのだ。
きっと、後で刀子からは「そんなことで態々『念話』を使うな。と言うか、私を便利に使うな」と叱責を受けることだろう。
だが、ココネのためならば その程度のことをアセナは気にしない。いや、むしろ喜んで受ける。それが、アセナの生き様なのだ。
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「あ、そう言えば、最近シスター・シャークティがショタに目覚めたようなんスけど?」
似顔絵付オムライスを食べ、更にホットケーキまで食べた美空が思い出したかの様に話題を切り出す。
実際、思い出したのだろうが、アセナとしては触れて欲しくない話題だったので悪意的な解釈をしたくなる。
「……そうなんだ。それで、どうしてオレを懐疑的な眼差しで見ているのかな?」
「いや、何でかわかんないんスけど、ナギが関わっている気がするんスよね?」
「か、関わっている訳ないじゃん? と言うか、どう関わればいいってのさ?」
アセナにしては珍しく「語るに落ちる」と言った反応だが、それだけシャークティのことがトラウマになっているのだろう。
「たとえば、『年齢詐称薬』で子供になってシャークティを墜とした とか、どうスか?」
「なんてピンポイントな予想なんだ!! と言うか、それ わかってて言ってるでしょ!?」
「いやぁ、この間、ネギちゃんが『ネギさん』になっているのを目撃しちゃったスからねぇ」
他人事な美空にとっては笑い話でしかないが、当事者であるアセナとっては泣くことしかできない。
ちなみに、シャークティは麻帆良内の保育園や幼稚園に出没してはセセナ君を探しているらしい。
いやはや、実に罪作りな男だ。もちろん、いろんな意味で。と言うか、あきらかに悪い意味で。
そんなアセナは「子供になるのは可能な限り控えよう」と誓ったとか誓わなかったとか。
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Part.05:執事として頑張ってみた
現在の時刻は午後3時。ティータイムの時間だ。つまり、喫茶店として忙しくなることが予想される時間帯である。
アセナは美空達の接客を終えてからは特筆すべきことが起こらなかったので普通に接客をして来たが、ここで気を引き締める。
ただでさえ忙しくなる時間帯なのに加えアセナはトラブルを招きやすい体質なので、トラブルが起こることを覚悟して置くべきだからだ。
ちなみに、美空達 以降はネギとか木乃香・刹那とかエヴァ・茶々丸とか超・ハカセとかタカミチとか運動部四人組とかが来店したが、
特に語るべきイベントが起きた訳ではないので「特筆すべきことは起こらなかった」と表現しただけで、実に千客万来であった。
……そして、アセナの予想通り、トラブル――と言うか、イベントは起きた。最近 出番のなかった高音と愛衣が訪れたのだ。
「セ、センパイ!! 執事姿、とっても似合っていますね!!」
「いや、そんなあからさまなフォローはいらないから」
「いえいえ、フォローではなく本心からの賛辞ですよ?」
愛衣はニヤケる口元を抑えてアセナに賛辞を送る。その様がアセナには「笑いを堪えている」ように見えたが、本当に萌えていたらしい。
「あ、敢えて言葉にするとすれば、『馬子にも衣装』と言ったところですわね」
「いえ、それ褒めてないですよ? あっ、でも、褒めてないから、合ってるのかな?」
「そ、そうですわね。ナギさんは執事ではなく貴族とかの方が似合いそうですからね」
「まぁ、確かに、従僕って柄じゃないですからね。そっちの方が合いそうですよねぇ」
ギャップにやられていた高音がテンパりながら評価を下す。普通に誤用してしまったのだが、アセナは そのまま受け止めたので結果オーライだろう。
「ところで、そろそろオーダーをしてもいいでしょうか?」
「あっ、うん、いいよ。気を遣わせちゃって悪いね」
「いえいえ、後輩として当然のことをしたまでですよ」
「いや、後輩だからこそ気を遣わせたくないんだけど?」
「でも、業務にない会話を始めたのは こっちですから」
「……OK。じゃあ、お互い様ってことで業務に移ろう」
そう言えば、アセナが普通に話しているのは「普通に話してください」と言う遣り取りがあったが割愛しただけである。
「それでは、御注文を拝聴させていただきます」
「……なるほど、本当に業務に移ったんですね」
「御要望でしたら、普通の口調に戻しますが?」
「いえ、折角ですから そのままでお願いします」
「かしこまりました。このまま続行致します」
だが、業務モードになったアセナは口調を執事風に戻す。気分的なスイッチの様なものだ。まぁ、愛衣は それを是としたようだが。
「それでは『特製』ミルクティーとショートケーキを お願いします」
「かしこまりました。ミルクティーは『特製』で、よろしいのですね?」
「はい、そうです。『普通』のミルクティーに用はありません」
ちなみに、『特製』ミルクティーとは、執事が目の前でミルクと砂糖を入れて掻き混ぜてくれるサービス付のメニューである。
そこが普通のミルクティーとの違いであり、味そのものは変わらない。だが、価格は倍くらい違う(普通にボッタクリに近い)。
「で、では、私は普通の紅茶と『特製』クッキーの盛り合わせを お願いしますわ」
どうやら まだ正常稼動していないようで、高音は若干ぼんやりしながらオーダーをする。
もちろん、ぼんやりしていたので、その言葉の意味するところを深く考えていない。
単にアセナと愛衣が特製を話題にしていたので「特製にした方がいい」と考えただけだ。
そう、メニューに書いてある説明――執事がクッキーを食べさせてくれるサービスが付いていることを高音は知らないのだった。
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「それでは、失礼致します、御嬢様」
湯気を立ち上らせながら芳しい香りを放つ、陽だまりのような色の飲み物――紅茶。
そこに「コポコポ……」と言う液体同士が合流する音を奏でてミルクが注がれる。
ちなみに、ミルクの量は好みに合わせて追加も可能だ(もちろん、物理的限度はあるが)。
その様を何とも言えない表情で見詰める愛衣。その脳内は何色になっているのだろうか?
「御嬢様、お砂糖は いかが致しますか?」
「それでは、一杯半でお願いします」
「かしこまりました、御嬢様」
アセナは恭しく頭を下げ、匙で砂糖を掬って紅茶へと流し込む。
美空の扱いと大分違うが、それが心理的な距離なのかも知れない。
「それでは、掻き混ぜさせていただきます」
イチイチ宣言する必要はないのだが、無言で作業を続けるのも苦痛なのだ。
特に、ボ~~ッとしている高音は ともかくとして、愛衣の無言が怖い。
業務中だから静かな方がいいのだが、静か過ぎるのも困ったものなのだ。
カチャカチャ……
そんなこんなで少々気不味いものを感じつつもアセナは紅茶を掻き混ぜ続ける。
掻き混ぜサービスは御嬢様の許しが出るまで掻き混ぜ続ける仕様らしい。
まぁ、もちろん、コストの問題で最大制限時間(3分)は設けられてはいるが。
結果から言うと、3分間「紅茶を掻き混ぜる執事と それをニヤニヤして見詰める美少女」と言うシュールな光景は続いたのだった。
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「御待たせしました、『特製』クッキーの盛り合わせになります」
もちろん、その場で焼いている訳ではないので、クッキーの準備は既にできていた。
ただ、アセナが愛衣の給仕をしていたので高音の給仕ができなかっただけである。
他の者がヘルプに来なかったのは「他の男など要らん」と言う空気を読んだのである。
それに、高音も(愛衣ほど間近ではないが)紅茶を掻き混ぜるアセナを堪能していたので問題なかったのである。
「では、『あ~~ん』してください、御嬢様」
「え? あ~~ん? 『あ~~ん』とは何ですか?」
「ですから、『あ~~ん』ですよ、御嬢様」
心の底から不思議そうな顔をしている高音に、アセナは「あ~~ん」と言いながら口を開いてみせる。
ここまで高音の思考は滞りがちだったが、さすがに ここまでされればアセナの言葉の意味も状況も理解できたようだ。
それまで ぼんやりしていた高音だったが、「はぅっ?!」とか小さく叫びつつ一瞬にして顔中を真っ赤に染めた。
「あ、あ~~ん」
だが、理解したからと言って、今更 後には引けない。アセナが「あ~~ん」をヤル気マンマンだからだ。
恐らく「仕事だから仕方がない」と言う感じで割り切っているからこそ、ヤル気になっているのだろう。
つまり、通常時のアセナでは間違っても やってくれないのだ。ならば、恥ずかしくても やってもらうべきだろう。
それ故に、高音は顔中を真っ赤に染めたまま口を大きく開いた。しかも、わかりやすく「あ~~ん」と言って。
パクッ モグモグモグモグモグモグ…………ゴクンッ
開けられた高音の口にアセナはクッキーを投入する(まぁ、表現は悪いが投入と言う表現がシックリ来るのだ)。
そして、投入されたクッキーを高音は咀嚼する。いや、咀嚼し過ぎて途中でなくなってしまうくらいに咀嚼しまくる。
何故なら、給仕している間はアセナが至近距離におり、咀嚼している限り次のクッキーが投入されることはないからだ。
つまり、アセナが至近距離にいる時間を少しでも堪能したくて、咀嚼で給仕の時間を延ばしているのである。
「……お口に合いましたでしょうか?」
「え、ええ、とても美味しいですわ」
「そうですか。それは よかったです」
もちろん、味わう余裕など高音にはない。だけど、味がわからなくても美味しくない訳がない。
「では、次に行きましょうか? はい、『あ~~ん』」
「あ、あ~~ん……(中略)……こ、これも美味しいですわ」
「そうですか。まだまだありますので、ドンドンいきましょう」
蕩けるような顔で幸せを噛み締める高音と段々と作業になりつつあるアセナ。まぁ、アセナは恥ずかし過ぎて思考と行動が分離し始めているのだが。
ちなみに、高音がクッキーを完食した後、愛衣が「わ、私も『特製』クッキーをお願いします!!」と頼んだのは言うまでもないだろう。
そして、それに対してアセナが「……かしこまりました、御嬢様」と快諾しながらも心の中ではサメザメと泣いていたのも言うまでもないだろう。
まぁ、それを見ていたクラスメイト達が「リア充は死ねばいいけど、少しだけ哀れだな」とアセナに同情をするようになったことは言って置こう。
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「そう言えば……裏メニューってOKですか?」
裏メニューとは、メニューにはないメニューのことだ。普通は常連しか知らないものであり、常連の特典みたいなものである。
この場合は、愛衣が常連な訳がない(と言うか、そもそも常連が存在しない)ので、知人としての特典みたいなニュアンスだろう。
今更と言えば今更だが、アセナとしては接客中の公私混同を避けたい と考えている。他の客に悪い印象を持たれてしまうからだ。
「まぁ、いいよ。もちろん、できるものに限るけど」
だが、この店は座席毎に仕切りがなされており、他の客からは席の様子が見え難い作りになっている。
その上、天の声(刀子からの『念話』)が『やりなさい』とGOサインを出して来たので認めるしかない。
何か『ヒャッハー!! 売り上げアップだぜ!!』とか言う魂の叫びも聞こえたが、気にしてはいけない。
「じゃあ、スペシャル ポッキーを お願いします!!」
愛衣が何か口走ってはいけないことを口走ったような気がするが、それも気にしてはいけないに違いない。
と言うか、スベシャル ポッキーとは何だろうか? ポッキーに どんな付加価値を付けさせる気だろうか?
嫌な予感しかしないが、天の声(最早 悪魔の声)は『わたしは一向にかまわんッッ』とか言いやがるのだ。
「そんなの決まっているじゃないですか? ポッキーを両端から一緒に食べるんです!!」
最後の抵抗に「え~~と、スペシャル ポッキーって、何を どうすればいいのかな?」と惚けてみたのだが、
愛衣は爽やかな笑顔で残酷な現実を突き付け、無責任な天の声は『問題ない、存分にやれ』と決断しやがった。
アセナは「それは最早キャバクラじゃん!!」とツッコミたかったが、誰も聞いてくれそうにないのであきらめた。
ちなみに、アセナの口調が戻っているのは執事モードではなくなったからなのだが、この流れだと再び執事モードになりそうである。
と言うか、執事モードになるしかない。素のままでスペシャル ポッキーなどと言う恥ずかしいことをできる訳がない。
相手が美少女なので世間的には御褒美になるかも知れないが、アセナにとっては御褒美でも何でもないのだ。
何故なら、愛衣も高音も魔法関係者だが、アセナの『危険』には巻き込みたくない(つまり、遠ざけたい)からだ。
「で、では、私はスペシャル パフェを お願い致しますわ!!」
そんなアセナの心情を どれだけ理解しているのか は定かではないが、高音が愛衣に対抗して妙なことを口走る。
しかし、スペシャル ポッキーの予想はできたが、スペシャル パフェの予想は まったくできない。いや、本当に。
これが飲み物系なら「カップは一つでストローは二つ」とか予想できるが、パフェで それはパンチが弱い気がする。
まぁ、パンチが弱くても問題がある訳ではないのだが、愛衣に対抗している以上そんなに温い訳がないに違いない。
「い、今までの給仕の御褒美として、私が食べさせて差し上げますわ!!」
アセナの疑問を読み取った高音が高らかに宣言する。随分と上から目線だが、今は そう言う立場なので仕方がない。
しかし、「食べさせてもらうのではなく、食べさせてあげる」とは なかなかの発想だ。アセナも考え付かなかった。
スペシャル ポッキーと同レベルのインパクトがあり、それでいて二番煎じではない。なかなか高音も やるものだ。
「……なるほど。委細 承知いたしました、御嬢様」
アセナとしては「何でもスペシャルを付ければ いい訳じゃない!!」と思わないでもないが、認めざるを得ない。
天の声だって『さっきのがOKなんだから、これもOKに決まっているジャマイカ?』と軽く承認したし。
恥ずかしいことは恥ずかしいが、恥ずかしいのは今に始まったことではない。これくらいは何も問題はない筈だ。
もちろん、執事モードになれば、の話だが。と言うか、高音に返事をする時には既に執事モードになっていたが。
……まぁ、そんなこんなでアセナの楽しい楽しい執事役は波乱万丈な感じになったのだった。
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Part.06:思い出を作ってみた
どうにかこうにか執事の仕事を終えたアセナは『約束』を果たすために世界樹広場に向かった。
もちろん、37話で裕奈と交した約束――亜子のライヴを見た後に亜子とデートする約束のことだ。
別に亜子 本人と交した約束ではない。だが、裕奈のことだから亜子に話は通してあるだろう。
つまり、ここでライヴ等をすっぽかしたりすれば亜子と裕奈 二人分の約束を破ることになる。
一度交した約束を破ってはいけない とまでは言わないが、可能な限り破らないのがアセナの主義だ。
コンコン……
アセナは控え室のドアをノックする。少し早目に会場に着いたアセナに、釘宮が亜子の居場所を教えてくれたのだ。
微かだが残っている記憶(原作)から察するに、亜子は今お着替え中だろう。返事があるまで開けるべきではない。
女子中学生の生着替えを見られるのは御褒美だが、いくら変態なアセナでも時と場合くらいは選ぶし、空気くらい読む。
「え? は、入ってまーす!!」
中から返って来た返事は「トイレかよ!?」とツッコミたくなるようなものだったためアセナは思わず肩透かしを喰らう。
きっと、見られたくない状態(上半身裸で背中の傷が露になっている状態)だったので、テンパっているのだろう。
アセナは好意的な解釈をすると、亜子を落ち着かせるために「いや、入ってるのはわかってるから」と冷静に話し掛ける。
「はぅ!? そ、その声はナギさん ですか?!」
「うん。亜子がいるって聞いて来たんだ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「だから、ドア開けて入ってもいいかな?」
だが、効果はなかった。むしろ、更にテンパったので逆効果だった気さえする。だって亜子だもん。
「あぅ!? ちょ、ちょっと待っとって くださいね。今、着替えとるんで」
「うん、わかった。つまり、それは『覗いてくれ』って振りだよね?」
「違いますから!! 普通に覗かんでくださいね!! 大声出しますよ?!」
「OK、OK。冗談だから大声出さないで? 誰か人が来ちゃうから」
「ナギさんが悪いんやないですかぁ!! ちゅーか、からかわんでください!!」
別に、アセナは悪意があってからかっているのではない。からかってテンションを上げさせることで緊張を解すのが目的なのだ。
亜子の様子(最初のテンパリ具合が大分 解れて来た)を見る限り、アセナの狙いは成功したようだ。
と言うか、アセナの適当なボケに律儀にもツッコミを入れているうちに亜子の素が出て来た感じだ。
まぁ、「ボケとツッコミ」と言うよりは「カップルがイチャついている」ようにしか見えなかったが。
ちなみに、亜子の大声を聞いて心配した釘宮が慌てて駆け付け「チッ、心配して損した」と帰って行ったのは言うまでもないだろう。
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そんなこんなでライヴは始まったのだが……ライヴについては特に語ることはない。『でこぴんロケット』の演奏は普通に成功した。
懸念されていた亜子の緊張も、アセナとのアレな遣り取りで解消されたようで、充分に実力を発揮できたことだろう。
まぁ、原作の様にタイムマシン使ってデートをする と言うイベントはなかったが、演奏前に話せただけでも大きかったようだ。
それに、ライヴ後に打ち上げを兼ねつつディナーを食べる と言う流れになっているので、亜子のヤル気は漲っていたのだ。
「演奏、お疲れ様。音楽のことは よくわかんないけど、亜子達の演奏は なかなか良かったと思うよ」
アセナは正直な感想を述べる。感動した とまでは言えないが、それなりに聞くことができたのは確かだ。
それに、アセナの音楽への興味は作業用BGMを垂れ流しにしている程度なので、この様なことしか言えないのだ。
だが、学園祭のイベントなので それで充分な評価だろう。プロの様に感動を売っている訳ではないのだ。
「あ、ありがとうございます。ライヴに来ていただけただけでなく、ディナーまで付き合っていただいて……」
アセナの賛辞に照れたのか、頬を朱に染めながら礼を述べる亜子。きっと『この後の展開』に期待を抱いているのだろう。
さすがにXXXな展開までは期待してはいないだろうが、それでも好意を抱かれている と勘違いしている可能性は高い。
しかし、現実は残酷だ。裕奈に「学園祭で思い出を作ったうえで事実を告げてくれ」と頼まれたからに過ぎないのだ。
もちろん、アセナは亜子のことを気に入っているので、ディナーや『この後のデート的なこと』を できるのは嬉しい。
だが、結ばれることのない相手と親交を深めることは残酷でしかない。そう考えているためアセナは素直に楽しめない。
「いや、いいよ。こっちが好きでやっていることだからね。それよりも、御飯 食べちゃおう?」
どのみち、『話』をするのは食事の後だ。『話』を気にして今(食事)を蔑ろにするのは よろしくない。
それに、亜子に期待させていることは心苦しいが、期待させていることも含めて『思い出』になる筈だ。
勝手な理屈だが、未来(『話』)を気にして現在の役目(亜子を楽しませること)を怠る方が酷い話だろう。
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「さっきまでライヴをやっていたのが信じられないなぁ」
食事を美味しくいただき それなりに楽しい一時を過ごした後、アセナは特に気負った様子もなく亜子を『食後の散歩』に誘った。
そして、二人は世界樹広場――ライヴ会場だった場所に戻って来た。ちなみに、『だった』と表現したように会場は既に撤去されている。
ステージそのものは既設の物なので残ってはいるが、音響設備も照明器具も撤去されており、ライヴ会場は名残も感じられない。
それに少しだけの寂しさを感じるが、祭とは そう言うものだろう。一時の熱狂が終われば日常に戻る。そう、それだけのことなのだ。
「そ、そうですね」
アセナが何気なく口にした言葉にも亜子は律儀に応える。性格からなのか乙女補正からなのかは判断の難しいところだ。
ところで、ライヴとディナーの後なので時刻は既に22時を回っている。常識的には中学生が出歩いていい時間帯ではない。
学園祭期間中なので寮の門限などあってないようなものだが、周囲の目(特に裕奈達や釘宮達)は存在するのだから。
つまり、あまりに帰りが遅いと「妙な誤解」を受ける可能性があるのだ(まぁ、亜子的には「それはそれでOK」だろうが)。
「さて、ある程度の察しは付いていると思うんだけど……亜子に『話』があるんだ」
月の光を背負い星の光に彩られたアセナが、口元を緩やかに曲げて言葉を紡ぐ。
亜子からは逆光となっているので その表情は見えないが、口元だけは見えた。
きっと、アセナは微笑んでいるのだろう。そう思うと否が応にも期待は高まる。
裕奈からは「隙を見て告れ」と言うアドバイス(?)を受けてはいるが、
アセナから告白してもらえるなら自分から告白する必要はないだろう と言う判断だ。
それ故に、アセナからの『話』を愛の告白だ と勘違いした亜子は期待して待つ。
「実は、オレ……このちゃん――近衛 木乃香と正式に婚約したんだ」
しかし、アセナから告げられた言葉は、残酷にも亜子の期待とは真逆に近いものだった。
期待が高まっていた分、亜子が与えられたショックは大きい。実に、酷なことだ。
いや、勝手に期待したのは亜子の方なのでアセナに責められる謂われないかも知れない。
だが、そもそも「学園祭の夜」と言うシチュエーションで期待するな と言う方が酷なのだ。
「亜子の気持ちには何となく気付いてたけど……確信がなかったから、告げるべきか迷っていたんだ」
付き合っていなければ別れを告げることはできないように、
想いを告げられていなければ想いを断わることもできない。
だから、アセナが悪い訳でもない。そう、悪い訳では、ない。
「でも、このまま告げない方が不味いって思ったから告げたんだ。実に身勝手な話だよね?」
アセナはクルリと回転して亜子から背を向ける。
そのため、僅かに見えていた口元すら見えない。
一体、アセナは どんな表情で語っているのだろうか?
「ってことで、オレの『話』は お終い。気を付けて帰ってね?」
そして、アセナは亜子の反応を待つことすらせず、背を向けたままスタスタと足を進める。
話が終わったから帰ったのだろうが、それは「一人で帰って」と言うメッセージでもあった。
振り返るどころか歩みを緩めることすらせず、アセナは ただただ黙々と その場を後にする。
……亜子が帰路に着くのは、近くで二人を見守っていた裕奈が亜子を迎えに来てからだった。
もしも、裕奈のアドバイス通りに亜子がアセナに告白していたら どうだっただろうか?
恐らく、いや、確実に結果は変わらなかっただろう。断られて事実を告げられただけだ。
頼みの綱である世界樹伝説も「所詮は噂でしかなかった」ので、結果は変わりようがない。
涙を流さずに泣いている としか言えないアセナの表情を見てしまった裕奈は、ただ亜子を慰めるだけだった。
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「……あれで、よかったのかい?」
世界樹広場を後にしたアセナに、気遣うような声が掛けられた。
その声の主は、白スーツにメガネを掛けた男性――タカミチだった。
「ううん。あれ『が』よかったんだよ」
アセナは微笑(何処まで本気か非常に微妙な、形だけでしかない笑み)を浮かべながらタカミチの言葉を否定する。
あれ『で』じゃない、あれ『が』よかったんだ、と。あれ以外に『いい方法』なんてなかったんだ、と……
既に あやか や のどか達を切り捨てているのだから、アセナには他に取れる方法などある訳がないのだ、と……
「……そうだね。余計なことを言ってしまったね」
タカミチは己の失言を恥じ、ただただ頷く。タカミチが この被保護者の少年にできることは、背を押すことしかないからだ。
そもそも、アセナの肩には『魔法世界の命運』と言う重い荷物が乗っている。これ以上アセナに何かを背負わせる訳には行かない。
少年誌なら「女のコの一人や二人 幸せにできなくて世界を救える訳がないだろう?」と言ったことを叱咤激励するところだろう。
だが、現実は違う。世界を救うためには少しでも『弱点』は減らさなければならない。悲しが、それが現実と言うものである。
それ故に、弱点――足手纏いにしかならないのならアセナの傍にいる資格はない。いや、傍にいさせる訳にはいかない。
アセナが望んで背負うのなら、足手纏いでも構わない。だが、アセナが仕方なく背負う程度のものなら、足手纏いは許さない。
そう、タカミチが「よかったのか?」と確認したのは、亜子を考えてのことではない。アセナを考えてのことでしかない。
アセナが望むのであれば、タカミチは喜んで亜子も守っただろう。だから、確認したのだ。ただ それだけのことでしかない。
「ううん、タカミチが心配してくれたのはわかってるよ。だから、ありがとうね」
アセナは緩やかに微笑む。魔法世界を救う と決めた時に、アセナの運命は決まっていたのだから笑うしかない。
アセナは近くにいる人達との幸せよりも、遠くにいる数多の人達の幸せを優先することを決めたのだから。
たとえ泣きたくても笑うしかない。泣けばアセナを心配してくれる者達を心配させるので笑うしかないのだ。
ところで、何故 アセナは魔法世界を救うことに決めたのだろうか? ……その答えは単純だ。そうしなければ、アセナは自分を誇れないからだ。
以前に魔法世界の住民達を見捨てられない云々の理由を述べたが、正確には それだけではない。そこにはアセナの矜持と言う大きな理由もあった。
間違いなく、魔法世界を見捨てたらアセナは己を誇れなくなるだろう。できるのにやらない と言う怠慢は、誇りを大きく損なうことだからだ。
そして、己を誇れないアセナを『彼女達』は どう思うだろうか? そんなことは考えるまでもないだろう。だから、アセナは救うしかないのである。
特に、今のアセナは『彼女達』のことを思い出している。そのため「『彼女達』に誇れない自分でありたくない」と言う気持ちが非常に大きいのだ。
パァアアアア……
世界樹が大発光を始める。とは言っても、光っているだけで莫大な魔力は外に放出されてはいないが。
麻帆良の地下に設置された『アンドロメダ』が ほとんどの魔力を吸収して溜め込んでいることだろう。
そう、外に溢れているのは残滓に過ぎない。光っているだけで、直ぐに空中に分解してしまう程度でしかない。
それでも、暗闇に侵蝕された夜の世界を淡く照らすことくらいはできる。
アセナは、その手を世界樹の方に向けて そっ と握り締める。まるで、世界樹の光を掴む様に。
僅かな光でも世界を照らすことはできる。そのことを確認するかの様に手を力強く握り締める。
そして、アセナはタカミチに別れを告げると「さぁ、明日も忙しくなるぞ」と帰宅の途に付くのだった。
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オマケ:男手と言う名の労働力
少し時を遡り、6月7日(土)のこと。
アセナは何故か3-Aの準備を手伝わされていた。
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「休日にタダ働きとか、マジで意味わかんないんですけど?」
相変わらず積みゲー崩しに勤しんでいたアセナだったが、何故か3-Aの出し物の準備を手伝わされていた。
経緯としては、突然 木乃香が訊ねて来て「暇やろ? 暇なら手伝ってくれへん?」と拉致されたのだ。
もちろん、アセナは拒否をした。だが、木乃香に笑顔で脅迫されたので渋々と従わざるを得なかったのである。
「でも、まぁ、ボクよりはマシなんじゃないかな?」
ブツブツと文句を言いながらトンカチを叩いていたアセナに、これまたトンカチを叩いていた瀬流彦が話し掛けて来る。
まぁ、本来なら超の『最新技術』ですべて作れるのだが……学園祭らしく「手作り感」も出さなければいけない らしい。
つまり、態々トンカチでベニヤや角材をくっ付けなければならず、アセナと瀬流彦は そのために駆り出された と言う。
「だって、キミは休日だけだろう? ボクなんて ここのところ毎日さ……」
つまり、瀬流彦は「教師の仕事」と「魔法使いの仕事」と「準備の手伝い」の三足の草鞋を履かされている訳だ。
ただでさえ、仕事量と給料の間に悲しい現実が横たわっているのに、更に仕事が増えたのだから普通に笑えない。
紳士的には女子中学生に囲まれることは御褒美と言えなくもないが、普段から囲まれているので余り意味がないし。
「瀬流彦先生……強く、生きてください」
死んだ様な目で「毎日毎日ボク等は鉄板の上で焼かれてイヤんなっちゃうよ」とか口走る瀬流彦にアセナは深く同情した。
まぁ、何故か「明日は我が身」な気がして仕方がないので、同情しつつも瀬流彦をスケープゴートにする気マンマンだが。
やはり、同情よりも保身だろう。ちなみに、逆の立場なら瀬流彦も同じ選択をしただろうから、ちっとも良心は痛まない。
「オレは自分のクラスの方の準備もありますので休日しか手伝えませんが、可能な限り(ここ重要)手伝いますよ」
アセナは周囲にも聞こえるように話す。つまり、「もう手伝わねぇよ」と遠回しに宣言したのだ。
そんなアセナに、瀬流彦は「オンドゥル ルラギッタンディスカー!?」と言いた気な顔でショックを露にする。
まぁ、「本当に裏切ったんですか?」と言うよりは「おのれ、裏切ったな!?」と言う場面だが。
「あれ? でも、なぎっち のクラスって準備は もう終わったんだよね? 田中君が言ってたよ?」
しかし、残念なことにアセナの企みは潰えた。裕奈が(亜子経由で)田中から情報を仕入れていたのだ。
情報を制するものが世界を制する と言うのは大袈裟だが、少なくとも状況を有利にはするのは確かだ。
そして、この場合 裕奈は圧倒的に有利となり、アセナは圧倒的に不利となった。覆せそうにないくらいに。
「いや、それは田中の分担が終わっただけで、まだオレの分担は終わっていないんだよ?」
だが、アセナは その程度であきらめるような人間ではない。いや、むしろ、その程度で あきらめられたら苦労しないのだ。
あきらめられないからこそ抗う。そして、抗うからこそ活路が開けてしまう(たとえ茨の道であろうとも、活路は活路だ)。
今まで「あそこであきらめていたら、もっと楽だったのに」と何度 思ったことだろう? それでも、あきらめられないのだ。
「でも、なぎやんって積みゲーを崩すくらいには暇やったんよな? と言うことは、余裕があるっちゅーことやろ?」
とは言え、活路があっても活路が潰されてしまっては意味がない。と言うか、潰される活路を選んだアセナが悪い。
まぁ、そもそも「手伝いたくないござる」と言う本音を誤魔化そうとして適当な理由をデッチ上げたのが悪いのだが。
とにかく、アセナの活路は木乃香に笑顔で潰され、アセナは手伝わざるを得ない状況に追いやられてしまったのである。
「ほなら、『可能な限り』手伝うっちゅーことは、『毎日』手伝ってくれるっちゅーことになるなぁ」
しかも、先程の言葉の揚げ足を取られて毎日 手伝わされることになってしまった。
自業自得なので同情の余地はないが、少しくらいは同情してもいいかも知れない。
ちなみに、瀬流彦は「信じていたよ?」と爽やかな笑顔を浮かべていたとかいないとか。
まぁ、そんなこんなで、アセナと瀬流彦の「男手と言う名の労働力」としての生活は学園祭まで続くのであった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「学園祭でラブコメとシリアスを詰め込んでみた」の巻でした。
当初はラブコメだけにしよう と思ってたんですが、気が付いたらシリアス展開になってました。
タカミチから いい味が出てる気がします。でも、序盤のダメな感じのタカミチも好きです。
ちなみに、途中から茶々緒の動向を描写していませんが、基本的にアセナをストーキング――いえ、見守ってます。
アセナが執事として頑張っている時も見守っていました。と言うか、頬を紅潮させながら録画に勤しんでました。
ええ、エヴァと茶々丸の関係そのままです。むしろ、相手がアセナ(変態)なので茶々丸よりヒドいかも知れません。
……ところで、今更ですが、ネギのビジュアル的なイメージは原作のミニスカ狐娘そのまま だったりします。
もちろん、普段の服装は狐娘じゃなくて制服ですが、顔はコミックス11巻の表紙そのままのイメージです。
って言うか、アレ、実は初見ではネギだ と分かりませんでした。普通に新キャラだと思ったのがボクです。
多分、あの時に「ネギを女の子にした話を書こう」と思ったのが、この作品の始まりなんじゃないかと思います。
何か、今更 過ぎる話をしましたが、そんなこんなで「超の企みがない学園祭」は次回も続きます。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/08/12(以後 修正・改訂)