第42話:ウェールズにて
Part.00:イントロダクション
今日は8月1日(金)。
イギリスに到着したアセナ達は、目的地であるウェールズはペンブルック州へ訪れていた。
ここでアセナ達を待ち受ける出来事はアセナ達に どんな未来をもたらすのであろうか?
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Part.01:ネカネ・スプリングフィールド
「ここがネギの故郷か……」
スケジュールの都合上、空港からウェールズに直行したようなものなので、
ヘルシングが好きなアセナとしてはロンドン観光ができなかったことは残念だったが、
まる1日以上も移動に時間を費やしたことを考えると、感慨深いものはある。
「ネギーーーッ!!」
ネギを呼ぶ声の方を見ると、アセナ達から随分と離れた先――草原と言う表現がピッタリ来るような場所から、一人の女性が駆け寄って来るのが見える。
民族衣装のような黒いドレスに身を包み、長い金髪を靡かせる その人物は、恐らくネギの『姉』であるネカネ・スプリングフィールドだろう。
常人には黒い点にしか見えないだろうが、アセナもネギもタカミチも常人と言うカテゴリーを軽く逸脱しているので、その姿形がハッキリ見えたのだ。
「あっ!! お姉ちゃーん!!」
ネカネに気付いたネギは、ネカネに呼応するかのようにネカネを呼びながらネカネへ猛ダッシュしていく。
ちなみに、ネギもネカネも魔力で身体強化をしているため異常に足が早い。オリンピックも真っ青だ。
そのため、感動の再会シーンなのに衝突事故を彷彿とさせられてしまうのだが、それは気にしてはいけない。
「ネギ……ッ」「お姉ちゃんッ」
互いを呼び合いながら「ドォン!!」と言う鈍い音を立てて衝突――ではなくて抱擁し合うネギとネカネ。
それを見ることしかできないアセナとタカミチは「微笑ましいねぇ」と思うことにして生暖かく見守るのだった。
「お姉ちゃん、元気だった? 病気とかしてない?」
「ええ、元気よ。ネギの方こそ御飯ちゃんと食べてた?」
「うん。食文化の違いはあるけど、日本食は最高だよ」
「そう、それはよかったわ。って言うか、羨ましいわ」
「でも、毎日スシとかテンプラとか食べる訳じゃないよ?」
イギリスでの食生活を思い出したネギは、それとなく「いつも御馳走を食べてる訳じゃないよ」とフォローして置く。
「わかってるわよ。サシミとかスキヤキとかも食べるのよね?」
「って言うか、基本はゴハンとミソシルとオシンコウだよ?」
「ああ、噂に聞く『イチジュウ イッサイ』の精神ってヤツね」
「うん。多分、『ワビ』とか『サビ』とかって感じだと思う」
微妙に日本の知識があるのか、ネカネは微妙な解釈を続ける。
ネギも含めて何かが違うとは思うが、アセナもタカミチも空気を読んでツッコまない。
空気を無視する傾向のあるアセナ達だが、偶には空気を読むこともあるのだ。
単に訂正するのが面倒なだけかも知れないが、その可能性は忘れて置くべきだろう。
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「ところで……貴方が神蔵堂ナギさんで よろかtったでしょうか?」
ネギとの会話を一頻り楽しんだ後、ネカネがアセナの方に意識を傾ける。
一瞬だけ殺気のようなものを感じたが、きっとアセナの気のせいだろう。
気のせいにして置きたいアセナは、気にしないことにして好青年らしい態度で対応する。
「ええ、そうです。ネギさんのパートナーをさせていただいている、神蔵堂ナギと申します。以後お見知り置きを お願い致します」
「まぁ、これは御丁寧に……紹介が遅れましたが、ネギの従妹のネカネ・スプリングフィールドです。いつもネギが御世話になっております」
「いえいえ、むしろ、ネギさんにはオレの方が御世話になっているくらいですよ。いやはや、実に よく出来た『妹さん』ですねぇ」
基本的にはアセナがネギの世話をしているのだが、魔法具方面では世話になっているのは確かだ。
そんな意味も含めて、アセナは謙遜しながらもネギを褒めるような反応をして置く。実にソツがない。
「……ああ、なるほど。つまり、性的な意味でのオカズとして ですね?」
「いや、何を『うまいこと言いましたよね?』って顔をしていやがるんですか?」
「大丈夫です。事情はわかっていますよ? だって、『男の子』ですもんねぇ」
「いえ、わかってませんからね? って言うか、下半身を凝視しないでください」
だが、ネカネは斜め上の解釈をしたうえ理解を示すような対応をして来る。これは さすがのアセナも想定外だ。
「大丈夫ですわ。ロリコンでもペド野郎でも、私は差別しませんから」
「それは誤解――とも言い切れませんが、とにかく勘違いですから」
「え? 本当にロリやペドなんですか? 正直、少し引くんですが……」
「いえ、ロリやペドなのではなく、ストライクゾーンが広いだけです」
ネカネの酷い対応に泣きたくなるアセナだが、そんな状態でも譲れないものは譲らない。アセナにはアセナの変態道があるのだ。
「そもそも、幼女は愛でるものでしょう? 例えるならば蕾ですよ、蕾。
蕾は見て楽しむものであって、手折る などと言うのは無粋の極みです。
オレは変態ですけど、変態と言う名の紳士としての矜持があるんです」
爽やかな笑顔で爽やかに言っているが、どう頑張っても変態の戯言である。だが、それを気にしないのがアセナのクオリティだ。
「なるほど。ネギの手紙にあった通り、貴方は『紳士』なのですね?」
「ええ。セクハラはすれども一線は踏み越えない。それがオレの生き方です」
「つまり、『YES ロリータ、NO タッチ』の精神ですね? 素晴らしいです!!」
しかし、ネカネは「うんうん」と頷きながらアセナの『高き志(だけど一般的に見たら当然のこと)』を褒め称える。
「ありがとうございます。理解していただけて、とても嬉しいです」
「いえ。確認のためとは言え失礼な言動をしてしまい、申し訳有りません」
「いいんです。それだけネギを大切している と言うことなのでしょう?」
つまり、ネカネの酷い対応はアセナを試すためのものだったらしい。胡散臭いが、話が綺麗にまとまるので そう言うことにして置こう。
「……あらあら、まぁまぁ。危なく、『オトコマエ』なところにホレそうでしたわ」
「いえ、そう言うのは冗談でも勘弁してください。これ以上のフラグは要りません」
「あらあら、まぁまぁ。一晩だけの関係でよろしいのでしたら、私は構いませんよ?」
「すみません、妖艶な表情しながら舌をチロッと出さないでください、いやマジで」
「あらあら、まぁまぁ、ウフフフ……ちょっとした冗談ですよ、じ ょ う だ ん♪」
ネカネの様子から どう頑張っても冗談には聞こえなかったが、アセナは心の平安のために冗談にして置くことにしたのだった。
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「ところで、物凄く失礼な質問かも知れませんが……ネカネさんって女性でいいんですよね?」
しばらくの歓談の後、アセナは前置き通りに物凄く失礼な質問をネカネに投げ掛けた。
ネギやフェイトと言う前例があるから疑いたくなる気持ちもわかるが、失礼 極まりないだろう。
「あらあら、まぁまぁ……ネギ、ちょっと こっちにいらっしゃい?」
「えぅ!? お、お姉ちゃん、待って!! ボク、バラしてないよ?!」
「そうです。ネギからは『従姉の お姉さん』としか聞いていません」
しかし、アセナの言葉を受けたネカネの反応が如実に物語っていた。ネカネが女性ではないことを。そして、ネギとネカネの力関係を。
「あらあら、まぁまぁ。では、自力で『正体』に気が付いたのですか?」
「ええ、そうなりますね。って言うか、やっぱり男性なんですね」
「まぁ、生物学的に言えば、男性にカテゴリーされるって感じですね」
「つまり、『身体は男、心は乙女』って言う状態な訳ですか……」
どこかの少年探偵を思い起こさせるようなフレーズだが、アセナは至って真剣である。
「ん~~……正確に言うと、『男の娘って正義だろ、常考』ですね」
「あれ? じゃあ、女装しているのは趣味なだけで心も男のまま、と?」
「そうなりますね。見た目は『こう』ですけど、好物は女のコですから」
どうやら、アセナが重く受け止めていた事実は、実は それほど重くなかったようである。
「なるほどぉ。いやぁ、てっきり性同一性障害とかの厄介な問題なのか と思ってシリアスになっちゃいましたよ」
「気を遣わせてしまったようで すみません。それに、仮に そうだとしても、魔法を使えば楽に解決できますから」
「ああ、確かに そうですね。魔法薬とか変化の魔法とかで別の性別になることなんて簡単にできそうですもんね」
そう考えると、魔法は医療分野に活かすべきで、医療分野に貢献する者をマギステル・マギとすべきではないだろうか? アセナは そんな気がしてならない。
「それはともかくとして、どうして私が女性ではないことがわかったんですか?」
「実を言うと『気配』が男性ぽかったのでカマを掛けてみただけなんです」
「あらあら、まぁまぁ。自爆も含めて まだまだ修行が足りないようですわねぇ」
どんな修行を積む予定なのか は気にしてはいけない。きっとロクでもないことだろうから。
「ああ、そう言えば……私、男性もイケる口ですので、一晩だけでしたら本当に お相手しますけど?」
「有り難い お話ですけど……ネギが怖いんで遠慮して置きます(そもそも男そのものが無理ですし)」
「そうですかぁ。テクニックには、かなり自信があったんですけど……またの機会にしましょうか」
テクニックとは何だろうか? 舌をチロッと見せるネカネの様子でわかってしまうが、想像してはいけないと思う。
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Part.02:アーニャ、来襲
「ネカネさん!! ネギが帰って来たって本当!?」
バァン!! と表現すべき音を立てて、壊れるんじゃないか と心配したくなる程の勢いで玄関のドアが開く。
そこから現れたのは、燃えるような赤髪をツインテールにし、ローブと杖を装備した可愛らしい少女。
まず間違いなく、ネギの幼馴染であるアンナ・ユーリエウナ・ココロウァ――つまり、アーニャだろう。
息を切らしながら肩で息をしていることから察するに、相当 急いで駆け付けたことが窺える。
なので、ドアを蹴り破らん程の勢いで他人の家に乱入して来たのは それだけ慌てていた、と言うことなのだろう。
他人の家なので下手すると不法侵入になるような暴挙だが、それだけネギが帰って来たのが嬉しいに違いない。
そう好意的に解釈して置くアセナは、ツッコみたい衝動を抑えて生暖かい目でアーニャを見守ることにしたのだった。
「あ、アーニャ。久し振りだね~~」
アーニャのテンションがエラいことになっているのに対し、ネギは あくまでも普通のテンションだった。
もちろん、アーニャとの再会を喜んではいるのだろうが、そこまでテンションを上げる程でもないようだ。
言わば、アーニャがネギに会いたくて仕方がなかったのに対し、ネギはアーニャと会えて嬉しい程度なのだ。
「――って言うか、アンタが神蔵堂ナギね!! 死ね、このロリコン!!」
テンションのせいで冷静な判断ができていないのか、ネギとの温度差を感じていないアーニャはネギと再会できたことを非常に喜んだ後、
アセナの方を向き直って宣戦布告をすると軽やかに飛び上がりながら「フォルティス・ラ・ティウス リリス・リリオス(以下略)」と詠唱し、
両足に炎を纏わせて「アーニャ・フレイム・バスター・キイィィーーーック!!」と絶叫しつつアセナ目掛けて落下の勢いを乗せた蹴りを放つ。
「いや、危ないから」
燃えながら激しい勢いで迫り来るライダーキックを、アセナは事も無げに左手だけで「パシッ」と受け止める。
もちろん、アセナの『完全魔法無効化能力』でアーニャの魔法を消して単なるライダーキックにした御蔭だ。
だが、蹴りが発動してから諸々のキャンセルまでに生まれた「運動エネルギー」まではキャンセルされない。
つまり、受け止める際に「運動エネルギー」をう まく受け流すことで左手に掛かる負荷を完全に殺したのである。
言わば『化勁』のような技術を用いたのであり、地味なところで体術の進歩を披露する辺りが実にアセナらしいだろう。
「な、なななな何を普通に受け止めてくれちゃってるのよ!! 放せ、この変態!!」
避けられることはあっても受け止められることはないだろう と考えていたアーニャには、アセナの対応は驚嘆すべきことだった。
驚きの あまり、避けられた後に叩き込もうとしていた無詠唱魔法(炎系の『魔法の射手』)を使うことすら忘れる程だ。
まぁ、完全魔法無功化能力者であるアセナには放出系の攻撃魔法などクリーンヒットしても自動でキャンセルされるだけだったが。
次の手を打っていたとしても結果は変わらなかっただろうが、それでも次の手を打たなかったことは反省すべきだろう。
「いや、別に掴まえていたい訳じゃないんだけど……放したら暴れそうじゃん?」
「うっさい!! このロリコン!! 幼女の脚を掴んで興奮してるんじゃないわよ!!」
「いや、別に興奮してないよ? って言うか、興奮して欲しいならば御希望に副うけど?」
「だ、誰も そんなこと望んじゃないわよ!! 気持ち悪いから、その手を放しなさい!!」
左手一本で掴まれているため重心が上手く取れず、アーニャは重力に引っ張られるままに「逆さ吊り」の形になっていた。
不幸中の幸いと言うか、アーニャはハーフパンツを履いていたので、下着を晒すような状態ではない。
もちろん、そのことにアセナがガッカリしていたのは言うまでもないだろうが、どうでもいいので放って置く。
ともかく、下着こそ晒してはいないが、あまり好ましい格好ではないためアーニャが文句を言うのも頷けるが、
そもそもの問題として、問答無用で攻撃を仕掛けたのはアーニャの方なので文句を言うのは筋違いだろう。
当然だが、アーニャを生暖かい目で見守ることにしたアセナは筋違いであっても甘受する。つまり、ツッコむ気すら沸かないのだ。
「ア、アーニャ!! ナギさんに何てことするんだよ!! 危ないじゃないか!!」
「うるさい!! アンタは黙ってなさい!! これは私と この変態の問題なのよ!!」
「ナ、ナギさんは変態じゃない!! ただ、ちょっと常人と性癖が違うだけだよ!!」
突然のことに思考が停止していたネギが復活したのか、アーニャに激しいツッコミを入れる。
ところで、ずっと空気状態のタカミチだが、「若いっていいねぇ」と傍観者を気取っていたりする。
ここで「保護者なら止めろや」と お思いになるだろうが、タカミチが止めても無視されるだけなので、
傍観者役に徹しているタカミチのことを誰も責められないだろう(むしろ、同情してもいいくらいだ)。
「常人と性癖が違うことを世間一般では変態って言うのよ!! 特にロリコンは犯罪も同然よ!!」
「……ロリコンは犯罪? それは違う!! 大いなる誤解だ!! ロリコンそのものは犯罪ではない!!
犯罪と言えるのは――罰するべき対象は、己を抑え切れずに『事』に及んだ愚かな下種のみだ!!
我々 紳士は『YES ロリータ、NO タッチ』を信条に、『事』に及ぶことを恥としているんだ!!
花開く前の蕾は、愛でるのが紳士の嗜み!! それを手折るなど紳士に あるまじき行為なのだ!!
まぁ、時には『来いよ アグネス、来いよ 石原』と言う境地に達することもある。それは認めよう。
だがしかし!! それでも踏む越えてはいけない一線は踏み越えない!! それが我々の矜持なのだ!!」
ネギが乱入してくれたのでアーニャの相手を丸投げ――もとい、静観しようとしていたアセナだが、どうやら導火線に火が点いてしまったようだ。
「うっさいわよ!! 変態の戯言など聞くに値しないわ!! って言うか、いい加減に その汚い手を放せ!!」
「なっ!? アーニャッ!!! ナギさんの手は汚くないからね?! しゃぶりつきたいくらいに綺麗だよ!!」
「な、なななな何をサラッと変態チックなこと言っちゃってんのよ?! アンタ、バカなんじゃないの!?」
「アーニャこそバカじゃないの!? だって、ナギさんの手だよ?! 触ってもらえるのは御褒美なんだよ!!」
「意味不明が過ぎるわよ!! って言うか、さっきも言ったけど、アンタは関係ないんだから黙ってなさい!!」
まぁ、導火線に火が付いたところで、既にヒートアップしている二人ほどには燃え上がっていないので、軽く流されたが。
「いや、ネギ関連で絡んで来たんだから、ネギも当事者じゃない?」
「うっさいわよ!! 私が関係ないって言ったら関係ないのよ!!」
「何と言うオレイズム。そこに痺れもしないし憧れもしないけど」
「うっさい!! とにかく!! 私の目が黒い内はネギは渡さないわよ!!」
だがしかし、アセナは その程度では屈さない。会話の糸口を見逃さずにサラッと切り込む(もちろん、目配せでネギを黙らせてはいたが)。
「いや、そもそもの前提として、オレはネギが欲しい訳じゃないんだけど……」
「こ、こんなに可愛いネギが欲しくないなんて……アンタ、頭は大丈夫なの?」
「えぇ!? そんな理由で心配されるの!? って言うか、マジで心配されてる?!」
アーニャが冗談で言っているのか と思ったが、アーニャの目はマジ(むしろガチ)だった。ショックは甚大だ。
「う、うっさいわよ!! 私がアンタなんかを心配する訳がないじゃない!!」
「…………え? まさかのツンデレ? いや、キャラ的には合ってるけどさ」
「ちょっと!! 妙な勘違いするんじゃないわよ!! 私はネギ一筋なんですからね!!」
もちろん、アセナは事情が わかっていて敢えてツンデレと言うことにしようとしていた。
だが、アーニャはアセナの優しさに気付かず、盛大にカミングアウトしてしまったのである。
結論:アーニャはガチレズです。
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「……ネカネさん、アレもアナタの仕込ですか?」
カミングアウトしてしまったアーニャを宥めて賺してネギに押し付けたアセナは、ネカネに問い質した。
ちなみに、ネギには「アレは親愛の現れ」と言う、普通なら騙されないような言い訳を信じ込ませたらしい。
それを信じるネギもネギだが、それで騙そうと考えるアセナもアセナだろう。つまり、両方とも どうしようもない。
「禁則事項です♪ と言うのは冗談でして……アレは天然ですよ」
「つまり、何の仕込もしてないのに『ああ』なってしまった と?」
「ええ。昔は姉妹のような、微笑ましい関係だったんですけどねぇ」
「それが、いつの間にか『別の意味の姉妹』になりそうな訳ですか」
胸中お察しします と言わんばかりに生暖かい笑顔のアセナ。他人なら楽しめることでも、身内となると微妙な気分にしかならない。
「ちなみに、ネギは さっきまで普通に気付いていませんでしたから」
「ああ、やっぱり。二人の様子から、そんな気はしてましたよ」
「これだから天然は恐ろしいですよねぇ。そうは思いませんか?」
「そうですね。でも、天然に見せ掛ける人工も恐ろしいですけどね」
暗にネカネを指しているようにしか聞こえないが、アセナが話しているのは あくまでも世間一般的なことだ。多分、きっと、恐らくは。
「あらあら、まぁまぁ。気付かれていましたか……やはり、まだまだ修行が必要ですわねぇ」
「むしろ、気付かれているのがわかっているのに演技を続けられる その精神力に脱帽です」
「あらあら、まぁまぁ。ありがとうございます。ですが、『嘘も貫けば真実になる』んですよ?」
「まぁ、それは同感です。よく言いますもんね、『イッツ、オール・フィクション!!』って」
何処かで聞いたことのあるセリフを交わす二人だが、決定的に噛み合っていない。
「……それは逆ですね。それだと真実が嘘になっちゃいますから」
「つまり、現実も虚構も真実も虚偽も、その境界は曖昧なんですよ」
「綺麗に纏めましたわねぇ。思わず納得しかけちゃいましたわ」
「そこで納得して置いて別の話題に移るのが大人の嗜みですよ?」
あまり引っ張る話題でもないので、アセナの言葉は本心である。そして それはネカネも同意見だった。
「そうですわね。では、ネギとのキャッキャウフフな話が聞きたいですわねぇ」
「そんな話ないですから。せいぜい大人にしてデートしたくらいですから」
「え? ネギを『大人にした』んですか? ……なら、御赤飯を炊かなくては!!」
「そうじゃないですから。普通に『年齢詐称薬』で大人にしただけですから」
「まぁ、わかっていましたけどね。ネギから手紙で逐一 報告されてますから」
アセナの表現も悪かったが、悪ノリするネカネも悪いだろう。と言うか、御赤飯云々は流してもいいのだろうか?
「ちなみに、ネギは どんな報告をしているのでしょうか?」
「希望的観測と言う名の妄想が多分に含まれている感じです」
「報告なのに妄想が混じっている辺り、実にネギらしいですね」
「それと、事実も誇張されてまくっているのが あきらかですね」
「まぁ、それについてもわかります。だって、ネギですからね」
具体的に何が書かれていたのか気になるが、気にしてはいけないだろう。それが心の平穏のためだ。
「ただ、貴方が本当に好きなんだなぁってことはわかりましたよ?」
「……そうですか。その気持ちを裏切らないことだけは約束します」
「ありがとうございます。そう仰っていただけるだけで充分です」
ネギの気持ちを受け入れるか確約できないアセナは、ネギを裏切らないことしか確約できない。まぁ、それだけのことだ。
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Part.03:リセット・ポイント
ギギィィィ……
侵入者を拒むかのような金属が擦れる音を奏でながら重厚な扉が開かれた。
深遠まで続くかのような螺旋階段の先にあったのは、広大な地下空間。
そこには、生きたまま石像になったかのような石像達が安置されていた。
そう、そこには『石化』させられたネギの故郷の人々が安置されているのである。
ネギが帰省してから数日後、アセナ達はメルディアナ魔法学校を訪れた。
そして、ネギやアーニャの思い出を振り返りながら学校中を見学した後、
アセナ達は本当の来訪目的である『地下の安置所』へ訪れたのだった。
「スタン……おじいちゃん…………」
ネギが声を掛けたのは、トンガリ帽子にフード付のローブを身に纏った魔法使い然とした髭の老人――スタンだった。
スタンは『ここ』でも原作同様にネギを庇って石化した。石化させた悪魔(ヘルマン)を道連れに(封印)して。
その封印を解かれたヘルマンが麻帆良に来訪したことも含めて、それらの事情を知る者は(この場には)アセナしかいない。
だが、それでいい。ネギがヘルマンのことを知る必要はない。復讐を否定するつもりはないが、肯定するつもりもない。
いや、正直に言うと、復讐に走るネギを見たくないのだ。それは、単なるアセナの我侭だが、アセナは それを曲げるつもりなどない。
既に魔法世界を救う と言う我侭を通そうとしているアセナにとっては、今更『我侭』が一つ増えたところで大差ない。気にならない。
たとえ、近い将来 事実関係を知ったネギに怨まれようとも、アセナは気にしない。アセナはアセナが正しいと思った道を進むしのみだ。
「……ボクです。ネギです」
ネギは泣きたいクセに涙を流すまいと我慢しているのが見え見えの表情でスタンに語り掛ける。
声も上擦っていて、ちょっとしたことで直ぐにでも泣き声になりそうで、聞いているだけでもツラい。
だが、アセナは黙って見守る。ここでネギを支えることは、ネギを侮辱するも同然だからだ。
ツラいことがわかっていながら、ネギは一人で――アセナに依らずに向き合う と決めたのだ。余計な手出しは無粋だろう。
「スタンおじいちゃん……見てください。ボク、こんなに大きくなりましたよ?
まぁ、6年も経ったんですから、大きくなって当然かも知れませんけど。
ですが、あれから6年も経つのに……貴方は『あの時』のままなんですよね」
ネギの瞳が潤む。表面張力でギリギリとどまっているが、いつ決壊してもおかしくない。
アセナは、その震える肩に手を置いて励ましてやりたい衝動に駆られるが、拳を握って耐える。
そして、これ以上そんなネギを見ないようにするために、アセナはネギから目を逸らす。
それは逃避かも知れない。だが、ネギのことを思ったうえでの行為だ。逃避の一言で片付けてはいけない。
「あの時、貴方と お姉ちゃんが助けてくれなければ、ボクは、きっと……」
ネギが言葉を途中で区切り、斜め上を仰ぎ見る。涙が零れないようにしたのだろう。
ここで泣いてしまったら、このまま泣き崩れてしまう。だからこそ、ネギは耐えるのだ。
「……きっと、村の皆と一緒に ここで石になったままだった と思います。
そうしたら、ボクはナギさんに出会うことはできなかったでしょう。
本当に、ありがとうございました。貴方の御蔭でボクは今ここにいられます」
ここでアセナの名前しか出て来ないのがネギらしいが、今は そんなことを気にする時ではないだろう。
そのため、アセナは苦笑したくなるのを耐え、真剣な面持ちのまま黙ってネギの言動を見守り続ける。
「その御恩を返す時が、やっと来ました」
顔を元の位置に戻したネギの目には もう涙は溜まっておらず、代わりに揺ぎ無き決意が宿っていた。
その決意を実行すべく、ネギは『影』から「翼の意匠が縁に施された、一抱え程の大きさの鏡」を取り出す。
その鏡は、曇りなく輝いており、額に施された煌びやかな意匠と相俟って、見る者に壮麗さを抱かせる。
その鏡の名は『ペルセウス』。見た者を石化させる怪物(メドゥーサ)を屠ったギリシャ神話の英雄が由来だ。
諸説はあるが、ペルセウスはメドゥーサを打ち破った際に鏡のようなものを利用したことで有名である。
石化(させる怪物)に打ち勝ったことと鏡(のようなもの)を利用したことから、肖った名付けだろう。
まぁ、天体にもなっているため、『カシオペア』や『アンドロメダ』との兼ね合いもあるかも知れないが。
「起動せよ、『ペルセウス』。『其は石化を打ち破る奇跡なり』!!」
ネギの『力ある言葉』の詠唱と共に『ペルセウス』が発光を始める。
その光は、激しいが とても優しく、部屋中を あまねく照らし出した。
それはまるで夜明のようで、太陽が暗闇の終わりを告げているかのような光景だった。
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「こんにちは、ヘルマン卿。気分は如何でしょうか?」
時は遡り、学園祭後の ある日。アセナは麻帆良の最下層(世界樹の真下にある広大な空間)にて、悪魔召喚の儀式を行っていた。
まぁ、悪魔召喚の儀式とは言っても、別に生贄などのダークなものは必要ない。召喚用の魔法陣と莫大な魔力が必要なだけだ。
「……む? まぁ、悪くはないね」
召喚された悪魔――ヘルマンは、悟られないように視線を巡らせて周囲を窺いながら応える。
通常の悪魔召喚は、代償となった魔力に応じた悪魔が召喚されるだけで、悪魔を特定するのは難しい。
能力や階級等を特定するのは然程 困難でもないが、個人を特定することは非常に困難なことだ。
どれくらい困難か と言うと、世界最高峰の魔法知識が必要となるくらいだ(ほぼ不可能に近い)。
ヘルマンが名乗ってもいないのに己の名前を呼ばれたことを不審に思って周囲を窺うのは当然だ。
「そうですか、それはよかったです」
だが、術式をエヴァに丸投げしたアセナは困難さがわかっていないので、ヘルマンを「慎重なんだなぁ」と評するだけだ。
ちなみに、アセナが払った労力は「個人を特定して召喚するなど面倒だ」と渋るエヴァの機嫌を取るために苦心した程度だ。
しかも、その苦心も、肩を揉んだり大人しく給仕したりアイスクリームを作ったり……と言った程度のものでしかない。
600年を生きたエヴァの魔法知識は文句無しで世界最高峰であり、それを容易く利用できるアセナは ある意味でチートなのだ。
「ところで、此処が何処なのか、訊ねてもいいかね?」
「ええ。此処は、麻帆良の最下層、世界樹の真下です」
「なるほど。道理で現世にしては魔力が濃い訳だ」
世界樹の魔力の影響で周囲に渦巻く魔力は非常に濃い。ヘルマンを召喚したことが外部からはわからないくらいに。
「それと、もう一つ訪ねたいのだが……君は神蔵堂ナギ君かね?」
「ええ、そうです。ターゲットのリストにでもありましたか?」
「いや、場合によっては人質に使うために知っていただけだよ」
「そうですか。まぁ、今となっては別 にどうでもいいですけど」
ターゲットだったとしても、それは前回の召喚の話だ。召喚が解かれた今となっては、どうでもいいことだ。
「では、状況は概ね理解していただけたものとして、話を進めさせていただきます」
「……まぁ、構わんよ。だが、『前の召喚主』についての情報は語れないよ?」
「そうでしょうね。想定内ですよ。『そう言った契約』を結んだのでしょう?」
「ああ、そうさ。現界が解かれても『前の召喚主』については語れないように、ね」
悪魔が現界するには契約が必要となる。だが、現界が解かれても契約が解かれる訳ではない。
もちろん、たいていの契約は解かれるし、契約の履行が終わることで現界が解かれる場合が ほとんどだ。
だが、今のヘルマンのように言動を縛る契約は残ることが多い(正確には、残すための契約をするのだが)。
つまり、「現界している間に履行してもらう契約」と「現界が解かれた後にも継続する契約」があるのだ。
言い換えると、前者が「麻帆良に忍び込んでネギの威力偵察をしろ」であり、後者が「我々のことは漏らすな」である。
「ですから、召喚主の正体については何も語らなくていいですよ」
「ほほぉ? せっかく私を名指しで召喚したのに、それでいいのかね?」
「ええ。オレと『偽りのない会話』をしていただけるだけでいいです」
「……なるほどねぇ。では、その『労働』に対する『報酬』は何かね?」
「制限なしでタカミチとバトルできる機会、と言うのは如何です?」
「ハッハッハッハッハ!! よかろう!! その『契約』に応じよう!!」
アセナが提示した条件が気に入ったのか、ヘルマンは高らかに笑って快諾する。
「では、まず初めに確認して置きたいんですけど……言動を縛られているのは『召喚主の正体だけ』ですか?」
「まぁ、基本的には ね。『前の召喚主』との契約は『前の召喚主に関わる情報を漏洩しない』と言うものだったね」
「なるほど。つまり、召喚主以外のことなら どんな情報を提供しても構わない と言うことになりますよね?」
むしろ、情報を制限してしまうと「それについて語れないなら それが召喚主である」と そこから召喚主を導き出せるため、提供せざるを得ない。
「クックックックック……ああ、その通りだ。君が召喚主と関連付けていなければ と言う前提はあるがね」
「つまり、オレが『召喚主はAかも知れない』と疑ってAについて問うのはアウト、と言うことですか?」
「それは微妙なラインだね。君が疑っていることを私が認識していればアウトだが、認識していなければ――」
「――セーフな訳ですか。確かに微妙ですね。と言うか、それだと『答えられないことで答えになる』のでは?」
「その対策としてA以外のことも答えられなくなるので、あまり召喚主については触れない方が賢明だろうね」
「ああ、なるほど。でしたら、召喚主に関してはスッパリ忘れてください。オレは召喚主など どうでもいいです」
召喚主に触れられないのでは何のためにヘルマンを召喚したのか わからなくなるが……それはヘルマンの言動を自由にするための嘘でしかない。
「と言う訳で、メガロメセンブリア元老院について訊きたいんですが……あの人達って、ネギを どうしたいんですか?」
「ククク……いやはや、君は大胆だねぇ。ああ、答えだが、悪いが私は『今は様子を見たい』と言うことしか知らないな」
「なるほど。厄介になるようなら潰し、扱いやすいならば都合のいい駒として利用する……と言ったところでしょうね」
「まぁ、そうだろうね。『災厄の女王』の娘であること と『英雄』の娘であること の功罪だな。実に難儀なことだよ」
ここまでは想定内なのでアセナは「まぁ、そうですね」としか反応しない。そう、本題は ここからだ。
「メガロ――って、いい加減に長いので『元老院』でいいですね。で、『元老院』は当然の如く一枚岩ではないですよね?」
「まぁ、その通りだ。私もそ こまで詳しくはないが、排斥派・擁立派・傍観派の割合は、3:2:5と言ったところだろうね」
「へぇ、意外と傍観派が多いんですね。って言うか、擁立派が思った以上に少ないですから思った以上に危険な状態ですね」
「いや、そこまで危険ではなかろう。昔は排斥派が6割を占めていたが、近年の擁立派の画策で随分と傍観派に流れたからね」
ちなみに、画策した擁立派とは現オスティア総督であり、元『紅き翼』の「クルト・ゲーデル」である。
「それなら一先ずは安心ですね。あ、ところで、『黄昏の御子』の扱いについては どんな感じの勢力図になってるんですか?」
「質問を質問で返すのは心苦しいが……何故ここで『黄昏の御子』の名前が出て来るのかね? 君達に関係ない事柄だろう?」
「まぁ、あまり関係ないですね。ただ、『黄昏の御子』に関する情報を持っていましてね。それの利用価値が知りたいんです」
「なるほどね。『黄昏の御子』を利用してネギ君から目を逸らす訳か。ちなみに、分布は利用派・放置派で9:1くらいだね」
アセナは内心で「圧倒的ではないか!? 利用派は!!」と戦々恐々とするが、自制心をフル稼働させて表情には出さないように努める。
「なるほどぉ。では、まったく話題が変わるんですけど……ネギの故郷が悪魔に襲われたことって知ってますか?」
「……知っているよ。と言うか、私も一枚 噛んでいたことを認めさせたいのだろう? それくらい、予想が付くよ」
「まぁ、今までの流れから わかりますよね。ですが、自発的に教えていただいたことには感謝して置きますよ」
「そうかね。あ、予め言って置くが、『そっちの召喚主』についても情報は漏らせないので、気を付けて欲しい」
「わかりました。どうでもいいですが、ネギの故郷の件も この前の件も首謀者は一緒って言う気がするんですけど?」
「ハッハッハッハッハ!! それについてはノーコメントとさせていただこう。それが私にできる精一杯だよ」
ヘルマンの答えは「『言わない』のではなく『言えない』」と言うべきもの。つまり、これ以上の情報は漏らせない と言うことだ。
ちなみに、ヘルマンは隠しているが、そもそもヘルマンは封印されていたので、麻帆良を襲撃した時は召喚された訳ではない。
麻帆良を襲撃したのは、召喚時の契約ではなく、封印を解除された際に成した『現界を続けるために交された契約』によるものだ。
つまり、ヘルマンの言っていた召喚主とは『ネギの故郷を襲撃した時の召喚主』のことで、麻帆良を襲撃させた人物とは異なる。
だが、両者共に情報漏洩を禁じているうえにアセナが虚偽を禁じているため、ヘルマンはアセナの言葉を肯定も否定もできないのである。
それらの事情を「ある程度」類推できているアセナは、深くはツッコまずに話題を変える。
「では、最後の話題になるんですけど……ネギの故郷の人達って悪魔に石化させられたんですが――」
「――いや、皆まで言わなくていい。それを為した者には、私も含まれている。弁解の余地もない程にね」
「そうですか。それでは、本題なんですが、その石化を『解呪』していただけないでしょうか?」
「説明が後になってしまって すまないが、石化の解呪についても契約で縛られているので それはできんよ」
ちなみに、ヘルマンは前の召喚主との契約について「前の召喚主に関わる情報を漏洩しない」と説明していたが、それは『基本的に』でしかない。
そう、解呪のことも契約にはあったが、それを説明してしまうと『語るに落ちる』としか言えない状態になるためヘルマンは敢えて説明しなかったのだ。
「そうですか。ですが、その口振りから察するに、解呪ができない訳ではない と考えていいんですよね?」
「まぁ、理論上は可能だね。ただし、それを為すには、治癒の才能と莫大な努力が必要となるだろうね」
「治癒の才能、ですか。それって魔道具製作の才能じゃダメですか? 『解呪の魔道具』を作る的な意味で」
「……難しいところだが、それでも可能だろうね。ただし、それには石化と解呪双方の理解が必須だよ?」
「なるほど。とても参考になりました、ありがとうございます。それでは、『この後』は御自由に どうぞ」
知りたい情報を聞き終えたアセナは、タカミチを呼び出して後を任せる。その結果は、タカミチが健在であることから充分に察せられるだろう。
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「……む? はて? ここは……どこじゃ?」
アセナから情報を齎されたネギは石化と解呪の勉強に没頭した。アセナが他の女性とデート的なことをしても気にならないほどに、だ。
そして、その結果、ネギは石化解呪のアイテム――『ペルセウス』を完成させ、見事に故郷の人々の石化を解呪させたのである。
「スタンおじいちゃん!!」
石化が解けたスタンは前後不覚の状態であったが、動いて、知覚して、思考して、話している。それだけで、ネギは充分だった。
耐え切れなくなったネギの涙腺は遂に決壊し、それまで我慢していた分も含めて盛大に涙を流すことになったのは言うまでもないだろう。
ただし、流れ的にはスタンに飛び付いてその胸で泣きそうなのに、後方で傍観者に徹していたアセナに飛び付いてアセナの胸で泣いているが。
まぁ、何はともあれ、ネギの心に沈殿していた「村人の石化」の問題は解決したのだった。
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Part.04:偉い人との会話は何故か黒くなる件
「夜分遅くに失礼致します、メルディアナ魔法学校長殿」
石化が解けた村人達のことはネカネとタカミチに任せ、アセナはメルディアナ魔法学校の校長室を訪れていた。
ちなみに、功労者のネギだが、泣き疲れたのか一頻り泣き終わると寝てしまったので、ネギのことも二人に任せてある。
ここで気になるネギラブなアーニャだが、アーニャの両親も石化が解けたのでネギの寝込みを襲うことはないだろう。
「用件はわかっておるよ。まさか、あの石化を解いてしまうとはのぅ……」
メルディアナ魔法学校長――アルバス・パーシバルは、複雑な表情を浮かべながらアセナの来訪を受け入れる。
本来なら喜びたいのだが、アルバスの立場(『元老院』の下部組織の長)を考えると素直に喜べないのである。
つまり、石化は『元老院』の思惑の可能性が高いため、石化が解けると面倒な事態になる可能性が濃厚だからだ。
まぁ、「石化が『元老院』の思惑である」と言うのはアセナ達の勝手な予想なのだが……的外れな予想ではないので、用心はすべきだろう。
「なるほど。ネギの背を押すために見せたのに予定が狂ってしまった訳ですね?」
「まぁ、そうじゃな。もちろん、誤算は誤算でも嬉しい誤算なんじゃがな?」
「わかっていますよ。ただ、いろいろと厄介なことにもなるだけですよねぇ」
解呪が公のことになれば『排斥派』がうるさくなるだろう。それくらい、アセナとてわかっている。
「わかっておるなら、早く本題に入ってくれんかのぅ? これから修羅場なので暇じゃないんじゃ」
「そうでしょうね。ですから、少しでも仕事を減らして差し上げよう と思っているのですよ」
「ほほぉう? つまり、コノエモンに太鼓判を押された腹黒さを見せてくれる と言うことかの?」
アセナは「そんな評価を後押しするなよ」と思わないでもなかったが、爽やかに笑うだけに押し止める。
「まぁ、少しばかり過剰評価ですが……『対策』は用意してありますので、安心してください」
「『対策』とな? つまり、元老院の連中にバレないようにする手立てがある訳じゃな?」
「ええ。解呪を誤魔化すのではなく『解呪されていない証拠を作ればいいだけ』ですからね」
「むぅ? 解呪されていない証拠、とな? はてさて、年寄りには ちょっと難しい話じゃのう」
アルバスの「予想は付くが確証はない」と言う態度に、アセナは「この爺さんも食えないなぁ」と苦笑する。
まぁ、今は事態が事態であるので、ここでノラリクラリと会話する(イヤガラセする)訳にもいかない。
そのため、アセナは「まぁ、論より証拠ですね」と『影』から「石化した村人に そっくりの石像」を召喚する。
村人が解呪されたことを知っていなければ、普通に村人を召喚したようにしか思えない程に そっくりである。
当然ながら、これはネギの作った魔法具であり、『動かない石像』と言う そのまんまな名前である。
これは、形状や材質を模倣するだけで自立稼動はしないのだが、擬態する対象と接触させるだけで作成が可能であり、
作成者(この場合はアセナ)が死ぬか擬態解除を命じない限り擬態が解けることはない……と言う仕様になっている。
そのため、『身代わり君Ⅱ』を応用した と言うよりも『身代わり君』をバージョンアップさせたような感じである。
では、いつ作成して『蔵』に収納していたのか と言うと……ネギがスタンと対面している途中で行ったらしい。
アセナは「別にネギを見るのがツラくなったからではなないよ?」と言っているが、もちろん ただのツンデレである。
涙を堪えるネギを見ていられなくて「対策をするため」と言う大義名分を作ってネギの姿を見ないようにしたのだ。
ちなみに、数はあったが魔法具を村人達に接触させるだけの単純作業なので、その所要時間は5分にも満たなかったらしい。
ところで、『ペルセウス』で解呪が成功するとは限らなかったのにダミーを準備をしていた理由は、最早 語るまでもないだろう。
用意周到で臆病なくらい慎重なアセナが、厄介事になることを予想できていて何の対策も練らない訳がないし、
何よりも「あんなに必死になっていたネギが失敗する訳がない」とアセナは信じていたので、準備していたのだ。
まぁ、当然ながら、アセナが理由を尋ねられたら「あくまでも保険に過ぎないよ」と適当に本心を隠すだろうが。
照れ屋なアセナらしい――と言うか、本心を隠すことがわかっているので、逆に本心が予想できてしまうのがアセナらしいだろう。
「……なるほどのぅ。予め村人全員分のダミーを用意してあった と言うことじゃな」
「ええ。文字通り『動かぬ証拠』があるので、『元老院』も文句は言えないでしょう?」
「確かに一理ある意見じゃ。じゃが、ヤツ等は下衆だが無能ではない。いつかバレるぞい?」
アルバスの危惧する通り、いつまでもダミーで誤魔化されてくれる訳がない。
と言うか、解呪された人々と言う『動く証拠』が存在するため、いつかは露見するだろう。
だが、そんなことはアセナもわかっている。一時凌ぎができれば、それでいいのだ。
「仰る通り、いつかはバレるでしょう。ですから、本国に行った時に『説得』して来ます」
「『説得』とな? ククク……これは愉快じゃのう。あのコノエモンが一目置いている訳じゃ」
「過大な評価に恐縮です。その御期待に副えるように不肖ながら精一杯 頑張ってきます」
アセナが為そうとしている『計画』には、『元老院』を味方に付けることが必要条件である。
それならば、ネギの故郷の村人達の安全を確保するぐらい、できない方がおかしい。
何かと背負う傾向のあるアセナだが、アセナにしてみれば「これくらい背負えなくて事が成せるか」と言ったところなのだ。
「ですから、それまでの間、『動く証拠』である彼等のことを よろしくお願いしますね?」
「ほっ? も、もしかして、そっちの方の対策については、何もなかったりするのかのう?」
「いえ、村一つ分の『人造異界』は用意したんですが、それだと不充分だと思いまして……」
「いや、それで充分じゃないかのう? さすがに、あれだけの人数を匿うのはワシには無理じゃよ?」
アセナの言う『人造異界』とはネギに作らせて置いた『ダイオラマ魔法球』のことで、『孤島』とアセナは呼んでいる。
空間圧縮の理論は既に『袋』製作で得ていたので、自然物――陸地と海と森林と擬似太陽を追加しただけで作れたらしい。
まぁ、追加したと言うか、適当な大きさの島をそのままコピー & ペーストしただけなのだが(擬似太陽は作ったらしいが)。
時間の流れも変えられたらしいが、復活した村人の隠匿場所として使うための物なので時間の流れは敢えて変えなかったようだ。
ちなみに、各地の生態系を崩さない程度に野生生物を拝借して来て放し飼いにしてあるので、最低限の食料は確保できるだろう。
「そうですか……土地と自然があるだけで、電気もガスも水道もないんですけど、大丈夫でしょうか?」
「まぁ、それなら大丈夫じゃろ。彼等は皆 魔法使いじゃからな、サバイバル生活くらい余裕じゃろうて」
「では、特に問題はありませんね。『元老院』の『説得』が終わるまで、そこに隠れ住んでもらいましょう」
アセナがコッソリと「よし、言質は取った。これで、問題が起きても責任を転嫁できる」と思ったのは、ここだけの秘密である。
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Part.05:ゲート・ポート
「おはよう、皆。久し振りだねぇ」
何だかんだでウェールズでの数日間は あっと言う間に過ぎ去り、今日は8月6日(水)。魔法世界に旅立つ日である。
つまり、茶々緒・エヴァ・茶々丸・超の4人と合流する日であり、アセナは『転移』して来た4人を迎えたのである。
「……お兄様? そこは全員に対してではなく、一人ずつに声を掛けるべきです」
「そうなの? 少なくとも茶々丸には『ウザいです』とか言われそうだけど?」
「それでも、私もエヴァンジェリン様も喜びます。超 鈴音は微妙なところですが」
アセナの挨拶が気に入らなかったのか、それとも暫く会えなかったので拗ねてるのか、茶々緒が不満気にツッコむ。
「い、いや、私も別に喜ばんぞ? 従者が主人に挨拶をするのは当然だからな」
「その従者と言うのはエヴァで、主人と言うのはオレ……と言う理解でOK?」
「違うわ!! まるっきり逆だわ!! 『仮契約』的に考えても そうだろうが!!」
ちなみに、エヴァが真っ赤になってリアクションするのを見て、シミジミと「ああ、エヴァだなぁ」と実感するのがアセナである。
「……そう言えば、神蔵堂さんはマスターと『仮契約』しやがったんですよね?」
「はい!! いろいろな事情が重なりまして、『仮契約』を させていただきました!!」
「そうですか。後で ちょっと『顔』を貸してください。『間接』をいただきますので」
茶々丸のブレッシャーにガクブルなアセナは、敢えて『間接』については深く考えない。アセナの唇を介してエヴァと間接キスする気とか、考えない。
アセナとエヴァの『仮契約』の方法はキスではなく血を媒介にしたものなので、茶々丸の勘違いでしかないのだが……アセナは怖くてツッコめないのだ。
「え~~ト、流れ的に、私も何か言うべきなのダとは思うのだガ……」
「いや、別に何も話がないなら、無理して話さなくていいんじゃない?」
「そうかネ? では、陰ながらキミの応援をして置くことにするヨ」
空気を読んだ超だが、どうせ空気を読むのなら、こうなる前にどうにかして欲しかったと思うアセナは悪くないだろう。
「う~~ん、大したことをしてないのに朝っぱらから物凄く疲れたのは何でだろう……?」
「あらあら、まぁまぁ、お疲れ様です。これが、『身から出た錆』と言うものですわね?」
「まぁ、確かに そうなんですけどね? でも、それは傷に塩を塗ってるだけですからね?」
「ええ、そうでしょうねぇ。だって、傷を抉ることがわかったうえで言いましたから♪」
グッタリしているアセナに笑顔でトドメを刺したのは(本来ならば木乃香なのだが、今回は木乃香がいないので)ネカネである。
「アナタは笑顔でサラッと毒のあることを言いますよねぇ。いい友人になれそうです」
「あらあら、まぁまぁ。既に友人だと思っていたのは、私だけだったのでしょうか?」
「そこで涙目になりつつも流し目をして来なければ、友人だと豪語できるんですがねぇ」
「あらあら、まぁまぁ。相変わらず神蔵堂さんはイケズですねぇ。М心が刺激されますわ」
ネカネの予想を超える反応に「いや、アンタあきらかにドSだろ」と言うツッコミを我慢したアセナは賢明だったに違いない。
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「へぇ、ここが魔法世界かぁ」
眼前に広がる光景に、アセナは呆れとも感嘆とも取れる様子で感想を漏らす。
岩が空に浮かんでいたり、魚っぽいものが空を飛んでいたり、実にファンタジーだ。
物理法則とかが軽く無視されている気がするが、そんなことは今更なことだ。
……重要なのは、アセナのセリフの通り、アセナ達が既に魔法世界に入っていることだろう。
まぁ、ウェールズ側のゲート・ポートであるストーン・ヘンジみたいな場所での描写を割愛させていただいただけだが。
いや、普通に霧で覆われた道を歩み、普通に時間まで待ち、普通に転移しただけなので特筆すべきことがないのだ。
ネギのクラスの生徒が紛れ込んだり、フェイトがヒョッコリ現れたりしたら話は別だが……そんなことは起きなかったし。
むしろ、フェイトの起こすテロ事件に巻き込まれたくないから、原作よりも一週間は早い今日に来たのが実情である。
「あらあら、まぁまぁ。ゆっくり見たい気持ちもわかりますが、まずは入国手続きをしましょう?」
ネカネが苦笑交じりにアセナを促す。別に見惚れていた訳ではないが、歩みが止まっていたのは事実だ。
多少の居心地の悪さを感じたアセナは「ええ、そうですね」と答えた後、足早に入国手続きに向かう。
……ところで、ネカネが この場にいることに疑問を抱く方もいることだろう。
まぁ、単純な話で、原作では金髪クールビューティであるドネットが案内役だったのがネカネに代わっただけである。
別に、ネカネが思ったよりも動かしやすかったから ではない。思ったよりもネカネが気に入ってしまっただけだ。
最初は「天然に見せ掛けた腹黒な男の娘なんて誰得だよ?」と思っていたのだが、意外と気に入ってしまったのだ。
いや、限りなく どうでもいい話だが、念のために話して置いたのである。
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「あの……失礼ですが、ネギ・スプリングフィールド様。握手を お願いできるでしょうか?」
入国手続き自体は恙無く終わったのだが、係の女性がネギとネカネの姓(スプリングフィールド)に過剰反応したうえ、
ナギ・スプリングフィールドと同じ赤髪を持つネギを英雄の血縁者と判断したようで、ネギに握手を求めて来たのである。
当然、その思考回路が読めているネギは内心で「反吐が出る」と思うが、ここで拒絶して軋轢を作るような愚は犯さない。
むしろ、ここは にこやかに対応して好感度を高めて置くべきだ。それくらい強かでなければアセナの傍にいられないのだ。
「ありがとうございます。一生の思い出にします」
受付の女性の恍惚とした様子に「あれ? 百合の人?」と危惧してしまうアセナは汚れているのかも知れない。
ちなみに、脇で事の成り行きを見ていたアーニャが「泥棒ネコめ!!」と言わんばかりの目付きをしていたが、
それを気にしないのがアセナのクオリティであり、それをスルーできる受付の女性は意外とツワモノである。
まぁ、職務中にミーハーな言動を取れるくらい(常人では有り得ない)なので、ツワモノではない訳がないのだが。
「……そうですかぁ。それは ありがとうございます」
女性の反応に若干ヒきはしたが、それでもネギは笑顔を崩さずに対応する。
その内心で「後で消毒したいなぁ」と思っていることなど微塵も感じさせない。
少し方向を間違えている気がしないでもないがネギも成長しているのである。
そんなネギの様子に、アセナは これから起こるであろう海千山千の怪物達との対峙に少しの光明が見えた気がしたらしいが。
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オマケ:残された者達
「なぎやん、大丈夫かなー」
舞台は変わって、麻帆良。主のいないアセナの部屋にて、木乃香と刹那は くつろいでいた。
いや、彼女達の行動がおかしいことは認める。だが、くつろいでいるものは仕方がない。
留守中に無断で入ることはアウトだが、婚約者と その護衛なので微妙にセーフな気がするし。
「……那岐さんなら大丈夫ですよ」
アセナの布団で寝転がりながらアセナを心配する木乃香に対し、アセナの枕をクンカクンカしながら答える刹那。
いや、本当におかしいが、ある意味では実に『この作品らしい』だろう。そう納得して いただけると幸いである。
ドンドン変態が増えていく気がしないでもないが、よく考えると最早この程度のう言動では変態とは言えないだろう。
まぁ、そんな判断を下せてしまう段階で何かが決定的におかしい気がするが……それは、深く考えてはいけないに違いない。
「せやな。でも、浮気しないか心配やわー」
「そうですね、那岐さんだから心配ですね」
「……帰って来たら、貞操帯でも付けよか?」
「いいですね、それ。ハカセさんに頼みましょう」
「そやな。魔法的なのは無効化するもんなー」
二人は くつろぎながらも不穏な会話をする。それだけアセナに対する不満があるのだろう。
そう、アセナの旅行が「ただの旅行」ではないことなど、二人にはわかりきっているのだ。
わかりきっているからこそ、真実を話してくれないアセナに憤りを感じてしまうのであり、
また それがアセナの優しさであることもわかるからこそ、アセナの物で寂しさを慰めるのである。
ちなみに、慰めると言う字面でエッチィ方向を想像してはいけない。普通の意味である。
「とりあえず、帰って来たら、デートしてもらわんとな」
「そうですね。あ、場合によっては、席を外しますけど?」
「でも、その後、今度はウチが席を外すことになるんやろ?」
「ええ、当然です。世の中は等価交換で出来ていますからね」
「それは微妙に違うと思うけど……まぁ、この場合はええか」
残された二人はアセナが帰って来た後の未来を語り合いながら、アセナの帰りを待ち侘びるのであった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「ネカネとアーニャと木乃香と刹那のキャラを壊してみた」の巻でした。
いえ、正確には、村人達の石化解呪と言うネギの救済をしてみたんですが、
それ以上にネカネとかのキャラブレイクの方が目立った気がするんです。
こんな文章を書いたのはボクなんですが、何故か こうなってしまったんです。
ちなみに、ネカネのTS設定は、かなり初期から考えていました。
そのために、ネカネを『姉』と表記して来たつもりです。
つまり、従姉だからではなく、男の娘な従兄だったので『姉』と言う表記だったのです。
あ、どうでもいいですが、メルディアナ魔法学校長の名前(アルバス・パーシバル)は、
ハリポタのダンブルドア先生からインスパイアしました。って言うか、まるパクリです。
原作でネギが『おじいちゃん』と呼んでいることから一説ではネギの祖父らしいですが、
アーニャも『おじいちゃん』と呼んでいるので、ここではネギとの血縁はないことにしました。
つまり、校長は生徒全員の『おじいちゃん』なのです。少人数の学校って素晴らしいですよね。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/09/23(以後 修正・改訂)