第45話:ラスト・リゾート
Part.00:イントロダクション
日は明けて、8月14日(木)。
フェイトとの対談を終えたアセナは、単身で『完全なる世界』の活動拠点に招かれた。
ちなみに、フェイトとの対談の模様は本編で語られるので ここでは割愛させていただく。
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Part.01:運命の少女達
「お帰りなさいませ、フェイト様」
オスティア空中王宮跡。現在のオスティア総督府がある浮島(旧オスティア市街)とは別の島である。
跡と銘打たれている通り、20年前に『黄昏の御子』ごと『反魔法場』を封印した代償として地に沈んだ島だ。
現在は再び空中に浮かんではいるが、かつては「千塔の都」とまで称えられた豪奢な王宮は見る影もない。
ここは、そんな『王宮跡』にある『完全なる世界』の活動拠点の一つ。そこをアセナはフェイトの案内で訪れていた。
「ただいま。調(しらべ)さん」
「……ところで、そちらの方は?」
「客人だよ。とても大事な、ね」
フェイトを出迎えたのは、頭部に木の角を生やした女性――調である。
目が細いのか、目を閉じているのか? それは定かではないが、瞳が見えないため視線が読み取れないのは確かだ。
また、手にしている弦楽器は音で攻撃する秘法具だった気がするので、臨戦態勢を取られていることも確かだろう。
二つの要素を絡めて考えると「いつでも攻撃できるレベルで警戒されている」と言うことだろう。油断も隙もない。
フェイトの「大事な客人」と言う発言があるのに これなのだから前途は多難である。
「そうですか。私は調と申しまして、フェイト様の従者をしております。以後、お見知り置きください」
「これは御丁寧に ありがとうございます。私はアセナと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
「アセナ様、ですか? ……失礼ですが、もしかして貴方は『黄昏の御子』様でいらっしゃるのですか?」
「ええ、そうなります。しかし、名前しか名乗っていないのに おわかりになるとは……さすがですねぇ」
恐らく、アセナが『黄昏の御子』である と言うことが予想されていたのだろう。そうでなければ、名前だけでわかる筈がない。
名前は変わっていたが外見的特徴(髪の色や瞳の色)は変わっていないし、『紅き翼』のタカミチが保護者として面倒を見ていた。
そのうえ、英雄の娘であるネギと早々にパートナー関係を築くし、極東随一の魔力の持主である木乃香の婚約者にも簡単に認定された。
幸い「魔法の類を無効化する」と言う致命的な証拠はオープンになっていなかったが、他の情報だけでも充分に疑える要素があった。
まぁ、あからさま過ぎたので、逆に「罠なのではないか?」とも疑われていただろうから、疑われるだけにとどまっていたのだろう。
余談だが、調は「なるほど、だから『大事な客人』なのですね」と納得を示し、弦楽器をカードに戻して臨戦態勢を解いたようである。
「ボクはデュナミスと話をして来なきゃならないから、その間 彼のことを頼むね」
「かしこまりました。では、休憩室の一つに お通しする形で よろしいでしょうか?」
「うん、構わないよ。あ、一応 言って置くけど、くれぐれも余計なことはしないでね?」
「存じ上げております。そのためにもデュナミス様と話し合われるのでしょう?」
フェイトとしては可能な限り手荒な真似はしたくない。話し合いで解決できるなら、話し合いで解決したいのである。
ちなみに、調の言う休憩室とは、フェイトやフェイトガールズが休憩のために使っている部屋のことで、
廃墟とも言える『王宮跡』の中では居住性が高い場所であるため、ある意味では最高の持て成しである。
まぁ、そもそも来客など予定していないので、これ以外に持て成しようがないのが実情ではあるのだが。
「それでは、アセナ様。こちらへどうぞ。仮宿ですので、大した御持て成しはできませんが……」
奥の方へ消えていくフェイトを見送った後、調の先導でアセナは廃墟の中を進んで行く。
瓦礫が其処彼処に散乱しており、少し歩いただけでも『王宮跡』の荒廃振りが見て取れる。
この分では案内される部屋も期待はできないだろう。だが、持て成されるだけマシだ。
「いえいえ。持て成しは心ですからね、持て成していただけるだけで充分ですよ」
原作の明日菜は拘束されたうえ吊り上げられていたことを考えると、アセナの待遇は破格とも言える。
いくらフェイトを丸め込んだ――もとい、信用させたとは言え、拘束一つしないのは驚きである。
まぁ、良くも悪くも拘束する必要が無い と判断されているのだろうが、それでも待遇がいいのは確かだ。
「そう仰っていただけて助かります。私共にできる最大限の御持て成しをさせていただきます」
そう言って、調は優雅に御辞儀をする。落ち着いた雰囲気も含めて、実に板に付いた所作だ。
単にその場にいたから案内役を任された と言うよりは、相応しかったから案内役を任されたのだろう。
少なくとも、アセナには そう見えたし、そう見えたからこそ待遇のよさに感謝するのだった。
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「御待たせ致しました、粗茶になります」
部屋に通されてから待つこと数分、コーヒーとクッキーの盛り合わせを調が運んで来てくれた。
学園祭での一件(39話参照)でクッキーの盛り合わせに少々トラウマ的なものを感じるアセナだが、
そんな事情を調が知る由もない筈なので、感情は押さえて「ありがとうございます」と礼を述べる。
と言うか、事情をわかったうえで やりそうな人物(木乃香とか茶々丸とか)が特殊なだけで、
普通は事情がわかっていたら態々トラウマを刺激するようなことはしないため穿ち過ぎだろう。
「申し訳ありませんが、フェイト様は まだ時間が掛かるようですので……今のうちに他の従者も紹介いたします」
そんなアセナの内心など知らない調は配膳をソツなく終えると、アセナに声を掛けつつ扉を開く。
ちなみに、アセナの返事を聞かずに行動しているのは、アセナの返事を聞く気がないからである。
いや、正確には「断る訳がない」と考えているだけで、調に悪気があってのことではない。
まぁ、実際、相手の戦力を把握する観点でも紹介して欲しいので、アセナが断る訳がないし。
「右から、暦(こよみ)、環(たまき)、焔(ほむら)、栞(しおり)でございます」
開かれた扉から姿を現したのは、四人の少女達だ。そう、少女達と表現した通り、全員 女のコである。男ではない。
アセナは「フェイトちゃんみたいにTSしているかも知れない」と少しだけ怯えていたので、ちょっとだけホッとする。
やはり、男に囲まれるよりは女のコに囲まれた方がいい。少しオッサン臭い考えだが、アセナの気持ちも よくわかる。
待遇はいいものの敵地に近い場所なので存在するだけで精神が磨り減るのだから、それくらいの癒しはあるべきだろう。
それはそうと、四人の説明をして置こう。
まず、暦と呼ばれた少女だが……ネコ耳に黒髪おかっぱ が特徴的なネコっぽい少女である。
もちろん、タチとかネコとかのネコではない(態々 言うことでもないが、敢えて言って置く)。
原作では、ラカンにスカートをめくられた際に「黒は どうかと思うぞ」と酷評された少女だ。
続いて環だが、ゴテゴテした角を生やした褐色の少女だ。竜族らしい。
ラカンの評価をアセナ風にアレンジしたら「ぱんつ履いてない」となるだろう。
ちなみに『パンツ』ではなく『ぱんつ』なのは、そっちの方が萌えるからだ。
果てしなく くだらない理由だが、こだわりと言うものは そう言うものである。
そして、焔だが……簡単に言うと金髪ツインテールと表現するのが一番シックリ来る。
パイロキネシスと言うべき能力を持っており、左目の眼力で発火させられるようである。
また、髪も燃やせるみたいなので、さすがは金髪ツインテールと言ったところだろう。
きっとツンデレだと思われるが、アセナとしてはツンデレだろうとなかろうと どうでもいい。
最後に栞だが、金髪ミディアムで耳が尖っている と言う説明くらいしか思い付かない。
原作では、明日菜にキスして明日菜に変装し、明日菜の心を読んで明日菜に成り切っていた感じだ。
……何だか、明日菜が踏んだり蹴ったりで栞が悪人にしか見えないが、それは あくまでも原作の話だ。
仮に、ここでも同じようなことをして それが露見したら……問答無用でネギに粛清されるだろう。
「話は通っているでしょうが、私はアセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア――『黄昏の御子』です」
調が御茶を用意している間に説明はされていただろうが、アセナは改めて自己紹介をする。
それは、相手への説明の意味もあるが、何よりも自分への宣言の意味もあるからである。
自ら『アセナ(中略)エンテオフュシア』と名乗ることで、退かない決意を示したのだ。
そして、それぞれが何か思うところがあるのか、アセナの名を聞いた少女達は複雑そうな表情を浮かべる。
そんな中、何故か栞だけは最初から最後まで変わらずにアセナを睨み付けていたことがアセナには非常に疑問だったらしい。
まぁ、ぶっちゃけると、百合的な意味でフェイトを慕っているのでフェイトと仲の良いアセナに嫉妬しているだけだが。
言うまでもなく「フェイトとの仲は比較的 良好である」としか受け止めていないアセナには皆目見当も付かない理由だろう。
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Part.02:運命は手繰り寄せるもの
(さて、ここまでは順調だったけど……この先がどうなるか、かなり微妙だなぁ)
フェイトの説得はうまくいったし、フェイトの説得がうまくいったのでフェイトガールズも問題ない。
一部、と言うか、栞に問題があるような気しないでもないが、シリアスな意味での問題はないだろう。
だが、ここからは問題である。フェイトの上司的な立場であるデュナミスが どう出るか未知数なのだ。
原作を参考にするなら「悪の秘密組織幹部としての矜持」とか言う理由で説得に応じてくれそうにない。
むしろ、何故か半裸になって拳で語ろうとする気がしてならない。そう言うのはラカンだけで充分なのに。
(そりゃあ最終手段は用意してあるけど……できるだけ使いたくないんだよねぇ)
アセナの言う最終手段とは、待機してもらっている護衛達(エヴァとかラカンとか)を『召喚』するだけだ。
だが、単純な手だからこそ、防ぐのは難しい手段だ。せいぜい、『転移妨害』を張るくらいだろう。
しかも、その『転移妨害』ですら(本山の時には どうしようもなかったが)今のアセナには大した問題ではない。
とは言え、それはあくまでも最終手段だ。言葉で語って説得できるなら、それに越したことはない。
(まぁ、展望は悪いけど、ここまで来たら もう やるしかない、か……)
相手がこちらの言葉に聞く耳を持たない可能性は高い。だが、それでもアセナのやることは変わらない。
言葉で語り、それがダメなら(別の人間に)拳で語ってもらう。ただ、それだけのことでしかない。
そう、言葉で納得させるか拳で納得させるか、結局は その二つのうちの『どちらか』でしかないのだ。
フェイトの説得だって そうだった。実力行使も辞さない覚悟で挑み、その結果、説得に成功したのだ。
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「最近わかったことなんだけど……実は、オレって『黄昏の御子』なんだ」
時間は、フェイトとアセナの対談時に遡る。魔法具で『認識阻害』を展開した後、アセナはザックリと本題を切り出した。
まぁ、自身が『黄昏の御子』であることは、本山で対峙した時には既に確信していた(それ故に隠すのに必死だった)が、
敢えて「最近 知ったこと」にすることでアセナは「フェイトを騙すつもりなどなかった」と言うアピールをしたのである。
「――え? 今、何て……?」
アセナの放った言葉が あまりにもストレート過ぎたため、フェイトは告げられた事実を直ぐには理解できなかった。
前振りもなく重要なことをサラッと告げるのはアセナの常套手段ではあるが、それに免疫のないフェイトには有効だ。
「だから、オレは『黄昏の御子』なんだってさ」
「そ、そんな!! ……それは、本当なのかい?」
「多分ね。『紅き翼』の面々の お墨付きだよ」
本来なら『黄昏の御子』が見つかって嬉しい筈なのに、何故かフェイトはアセナの言葉が嘘であって欲しい と願っていた。
そのため、一縷の望みに縋るような気持ちで訊ねたのだが、それを「疑っている」と受け止めたアセナはアッサリと肯定する。
「…………どうして、だい?」
短くない沈黙の後、フェイトは疑問を発する。やっと声を絞り出したのだろう、その声音は掠れていた。
足りない言葉も含めて考えると、正確な事情は定かではないがフェイトが疑問に襲われていることはわかる。
「ん? 何について『どうして』なのかな?」
だから、アセナは優しく問い返す。フェイトが混乱しているうちに畳み掛けることもできたが、それはしない。
好機を逃すのは愚かだが、アセナは真正面から対峙してフェイトを納得させる予定なので敢えて畳み掛けない。
当然ながら、それはフェイトを気遣ってのことではない。あくまでも交渉後の協力体制を考えてのことでしかない。
「どうして……それを、ボクに、教えたんだい……? キミは、その危険性を、わかっているのだろう?」
ところどころ突っ掛かりながら、フェイトは言葉を紡ぐ。危険なのがわかっていて、何故 教えてくれたのか、と。
仮に、アセナが危険性を把握していないのなら、まだ納得はいった。だが、アセナが危険性を把握していない訳がない。
どう考えても隠すべきことを態々 教えるのは道理に合わない。それ故に、フェイトは教えた理由を訊ねたのだろう。
「まぁ、知らせるべきだと思ったから、かな? ほら、オレ達は『協力者』なんだから、隠し事はするべきじゃないだろう?」
言うまでもないだろうが、理由を説明する義理も義務もないアセナが態々 説明をしたのは、これからの話をスムーズにするためだ。
まぁ、アセナが行った説明は「本当の理由(『始まりの魔法使い』と対談するため)」ではないので何の説明にもなっていないのだが。
それでも、アセナはフェイトに理由を尋ねられ、『協力者としての立場』で説明をした。そう、少なくとも、要求に応じているのだ。
つまり、フェイトに貸し(とは言っても小さいものだが)を作るような形にして、これからの主導権を握りやすくしたのである。
「でも、知らされたら――知ってしまったら、ボクは……ボクは、キミを、危険に晒さざるを得なくなってしまう。
キミとの『契約』があるからボクが直接キミを どうこうすることはできないけど、他の者ならできてしまう。
ボクが誰にも知らせなければ、ボクだけが知っている状況で止められたら、そうはならないかも知れないけど、
残念ながら、ボクが知り得たことは――特に『黄昏の御子』のような重要な情報は報告の『義務』があるんだ。
だから、知ってしまったボクは報告せざるを得ず、そして、報告がされればキミは狙われることになるんだ……」
フェイトの声音そのものは落ち着いているが、その表情は悲痛そのものだった。
見ている方が気の毒になるくらいにフェイトが苦しんでいるのがアセナにはよく伝わった。
「そっか……でもさ、それは『完全なる世界』が『黄昏の御子』を必要としているから起こるんだよね?」
だからだろう、アセナはフェイトを慰めるように優しい声音のままで話し始める。
本来なら、理詰めで納得させるつもりだったが、状況的に それは悪手だろう。
今のフェイトに最も有効な説得方法はフェイトを落ち着かせることに違いない。
「と言うことは、『完全なる世界』が『黄昏の御子』を必要としなくなれば問題はなくなるんじゃないかな?」
フェイトは、個人的にはアセナに危害を加えたくない。だが、『完全なる世界』に所属しているために、それができない。
仮にフェイトが『完全なる世界』に逆らえるのならいいのだが、『造られた存在』であるフェイトには それもできない。
ならば、どうするか? そう、アセナが言った通り、『完全なる世界』がアセナを必要としないようにすればいいのである。
「そもそも、『完全なる世界』の目的って魔法世界を崩壊から救うことで、『黄昏の御子』は その手段でしかないんでしょ?」
繰り返しになるが、魔法世界は火星をベースとした人造異界であり、人造異界であるが故に崩壊は免れない運命にある。
それに抗しようとしていることと20年前に『黄昏の御子』を用いた儀式をしたことを鑑みると、自ずと目的は見えて来る。
そう、完全魔法無効化能力を利用して魔法世界を終わらせる――正確には、魔法世界を魔力に還元することが目的だろう。
そして、得られた莫大なエネルギーを用いて新たなる世界を、崩壊の危険が極めて少ない【完全なる世界】を作るのだろう。
まさしく『世界の終わりと始まりの魔法』の儀式だ。まぁ、これはあくまでもアセナの推論であり、実際のところは不明だが。
「言い換えるならば、『黄昏の御子』を利用した方法以外で魔法世界を救えれば、それでいいんじゃないのかな?」
原作のネギのように「ボクには魔法世界の崩壊を止める手立てがある」とまでは言わない。
アセナのプランは、崩壊させないことではなく、崩壊しても問題ないようにすることである。
以前にも語ったように、アセナの計画とは「火星への移民(と言うか民族大移動)」なのだ。
もちろん、火星と言ってもテラフォーミングして生物が住みやすくなった火星のことである。
「た、確かに尤もな話だけど……具体的には どうする気なんだい?」
「それは秘密。と言うか、それについては、そっちのトップに話すよ」
「……ああ、なるほど。つまり、キミの狙いは『それ』だったのか」
「まぁ、そうだね。『始まりの魔法使い』と直接 交渉したいんだよねぇ」
ここでアセナは自身が『黄昏の御子』であることを告げた本当の理由を話す。既にフェイトが その気なので、隠す必要がないのだ。
「わかったよ。キミが『黄昏の御子』である情報と合わせて、交渉を望んでいることも伝えるよ」
「ありがとう、フェイトちゃん。それと、組織との板挟みを味わわせる形になってゴメンね?」
「いいよ――と、言いたいところだけど……お詫びに またキミのコーヒーを御馳走してくれるかな?」
「オレのコーヒー? ――ああ、麻帆良で振舞ったヤツね。じゃあ、腕によりを掛けて御馳走するよ」
アセナと敵対しなくて済む可能性が見えたフェイトは、『造られた存在』とは思えない笑みを浮かべてアセナに約束を取り付けるのだった。
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(何だかフラグが立った気がしないでもないんだけど……とりあえずは、目下のことに集中して置こう)
冷静になって考えてみると、フェイトの様子は『協力者』としてのものではなく『乙女』としてのものにしか見えない。
アセナは人形を差別するタイプの人間ではないので、『造られた存在』に感情や自我や心や魂などが無いとは思っていない。
むしろ、茶々緒や茶々丸やチャチャゼロと接しているので、『造られた存在』にも感情などは存在していると考えている。
単に、説得中は説得することに必死だったし、説得が終わってからは今後のことに意識が向いていたので、そこまで気が回らなかっただけである。
とは言え、アセナの言う通り、今はデュナミスの説得と その後に控えている『始まりの魔法使い』の説得の方が重要だ。
フェイトのことは気にはなるものの、今は他の事を優先すべき時だ。フェイトのことは後で考えればいいだろう。
まぁ、そうやって問題を棚上げにした結果、好ましくないタイミングで問題が浮上して来るのは最早『お約束』だろうが。
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Part.03:想定外の邂逅
(さて、そろそろ寝ようかな……)
フェイトがデュナミスと連絡を取った結果、『墓守人の宮殿』へは明日行くことになったため今日は このまま『王宮跡』で休むことになった。
それが罠を準備するための時間稼ぎなのか? それとも、単純に夜も遅いからなのか? それはアセナにはわからない。後者であることを祈るのみだ。
ちなみに、寝込みを襲われる危険性はアセナもわかっている。だが、睡眠不足で脳の働きを阻害される方が困る。それ故にアセナは寝るつもりなのだ。
だが、そんなアセナの考えを嘲笑うかのように、アセナが眠りに落ちようとした瞬間(ある意味でベストタイミング)に招かざる客が現れたのだった。
「どうも~~、おばんどす~~」
「兄ちゃん!! 久し振りやな!!」
まぁ、口調だけではわかりづらいだろうから身も蓋も無く正体を明かそう。
声の主は、フリル タップリの白ドレスを身に纏った眼鏡っ娘――月詠と
犬耳少年にしか見えないが実は犬耳少女だった虚乳の犬っ娘――小太郎である。
「え~~と、キミ達、こんなところで何してんの?」
アセナとしては、月詠がいることは想定内なので問題ない。だが、小太郎がいることは完全な想定外だ。
ヘルマンの時に麻帆良に来なかったので、小太郎はこのままフェードアウトするものだ と考えていたのだ。
鶴子の修行(と言うか調教)を終えたことは聞いていたが……まさか ここにいるとは思わなかった。
「決まってますやろ? 夜這い――もとい、挨拶をしに来たんですよ~~」
何だか聞き捨てならない単語が聞こえた気がするが、ここは敢えて気にせずに流すところだろう。
と言うか、アセナが訊きたいのは そこじゃない。この部屋にいる理由ではなく『王宮跡』にいる理由だ。
まぁ、わかったうえでフザケているのだろうが、あまりフザケてもらいたくない状況なのである。
「なるほどねぇ。つまり、フェイトちゃん達に雇われたってところかな?」
状況が状況なのと早く寝たいのもあって、月詠の悪フザケに付き合う気のないアセナはサクサク話を進める。
月詠が「次期当主様はイケズどすなぁ」とか言っているが、気にしない。と言うか、気にしている余裕が無い。
ちなみに、アセナの述べた理由は直球そのもので身も蓋も無いが、単に他の理由が思い付かなかっただけである。
「まぁ、月詠は そうなんやけど、ウチは月詠に誘われた形やな」
月詠が「どうはぐらかして遊ぼうか」と軽く思案している間に横から小太郎が答える。
アッサリと他人の事情を漏らすなよ と言うべきところだが、今回はグッジョブだ。
月詠は「小太郎はん、今のはアカンえ?」と言っているが、アセナは問題ないので気にしない。
「へ~~、そうなんだ。じゃあ、月詠は何で小太郎を誘ったのかな?」
そう、問題はそこだ。イレギュラーとも言える小太郎を招いた理由をアセナは知りたいのだ。
それ故に、アセナは月詠の目を軽く睨む。それは「わかっているよね?」と言う無言の圧力。
ここでも悪フザケをしたり下手な誤魔化しをするようならばアセナも『笑って』は許さない。
「……戦力は多い方がええ と思ったからですよ。それ以外には特に意味はありまへん」
月詠は正直に答える。圧力に押された訳ではなく、単にデメリットの方が大きいからだ。
現在のアセナは西の次期当主候補でしかない。だが、それでも逆らうのはリスクが大きい。
逆らって得られるのは僅かな満足感であることを考えれば、正直に答える方が賢明だろう。
「なるほどねぇ。あ、ところで、小太郎は何で付いて来たの? 二人って仲が良かったんだっけ?」
月詠の語った内容に嘘はない と判断したのか、それとも別の理由があったのか、アセナは それ以上の追求はしない。
アセナは軽く納得を示すと、小太郎に疑問の矛先を変える。誘われたから付いて来た だけでは納得できないのだ。
「いや、報酬を分けてくれるっちゅー話やったし、修行になりそうやったからや。まぁ、都合がよかったんやな」
「なるほどねぇ。つまり、フェイトちゃん達に雇われたって言うより、月詠のサポート役って感じなのかな?」
「ん、まぁ、そうなるんやろうな。悪魔の襲撃ん時にフェイトの誘いを断っとるから、直接の雇用関係やないな」
フェイトが月詠を雇ったのは、実力もあるが「雇いやすい」と言う理由もある。小太郎の様に「雇い難い」相手は、できるだけ雇いたくないのだ。
「ちなみに、一番の決め手は『一緒に来たら次期当主様に会える』っちゅう言葉ですけどねぇ」
「んなっ!? な、何を言う とんねん!! それは ついでみたいなもんや!! メインちゃうわ!!」
「まぁ、そう言うことにしてあげましょか。その代わり、今後は不用意なことは言ったらアカンえ?」
「うぐぅ……確かに、さっきのはウチが悪かったわ。今後は気を付ける。これで ええんやろ?」
「反省しとるなら今回は許しましょ。次期当主様は軽く流しましたけど、ウチは気にしてたんで」
先程の仕返しに爆弾を投下する月詠に、慌てて弁明をする小太郎。二人はアセナそっちのけで口論を始めるが、アセナは特に気にしない。
と言うか、アセナは「君子危うきに近寄らず」の心境だったので、気になる部分はあるが敢えてスルーし、嵐が過ぎ去るの待ったのである。
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「ところでさ、オレと会っても楽しいことないっしょ? 何で会いたかったのさ?」
小太郎が落ち着いたのを見計らって話題を掘り返すような質問を投げ掛けるアセナ。
別に小太郎をイジメたくてやっているのではない。不確定要素を減らしたいだけだ。
ちなみに、月詠がいると小太郎も答えにくいだろうから、月詠には出てもらっている。
もちろん、人斬り大好きな月詠と長時間 同じ空間にいたくない、と言う理由もあるが。
「そ、それは……クソバb――じゃなくて師匠の下で修行した成果を試したかったんや!!」
「いや、それだったらオレじゃなくてもいいじゃん。むしろ、オレには荷が重いよ?」
「罠を使いまくったとは言え、アレは兄ちゃんの勝ちや。せやから、リベンジしたいんや!!」
少し言葉に詰まったが、本心でもあるのだろう。今にもアセナと戦いたそうな目をしている。
アセナとしては「正直、相手するの面倒臭いなぁ」と思うだけだが、ここで適当に流すのは悪手だろう。
ここでキチンと説得して置かなければ、嫌なタイミングで「勝負や!!」とか言い出し兼ねない。
説明するのは面倒だが、先行投資と思えば痛くはない。何度も言うが、不確定要素は要らないのだ。
ところで、「今 鶴子さんをクソババアって呼ぼうとしたよね?」と言うツッコミはしないのが、大人の対応だろう。
「言いたいことはわかったけど……オレ、明日に大事な話し合いを控えてるんだよね?」
「それは知っとる。って言うか、さすがのウチも『今直ぐに戦え』なんて言う気はあらへんよ」
「そっか。じゃあ、悪いんだけど、『再戦は またの機会に』ってことにしてくれないかな?」
明日の話し合いが終わった後も いろいろと忙しくなることは予想されているため、できれば一段落してからにして欲しいのが本音だ。
「おぉっと、その手には乗せられへんで? 兄ちゃん、そう言って逃げる気やろ?」
「大丈夫、逃げないよ。何なら『誓約』してもいい。一段落したら絶対に戦うよ」
「……ん、わかった。そこまで言うんやったら、兄ちゃんを信じることにするわ」
搦め手やらトラップを多用したアセナとしては、自身が信じてもらえないであろうことは覚悟していた。
そのため、懐から『誓約の指輪』を取り出し、ブラフではなく本気で誓約する意思を見せる。
しかし、小太郎は僅かに考えるだけでアッサリとアセナの言葉を信用し、誓約の必要はないと首を振る。
「ありがとね、小太郎」
簡単に信じられたことに違和感を覚えるアセナだが、信じてもらえたこと事態は素直に嬉しい。
だからだろうか? アセナは御礼を言いつつも、気付くと小太郎の頭を撫でていたのだった。
茶々緒に「ナデポ狙いですか?」とツッコまれて以来、不用意に撫でないようにしていたのだが……
まぁ、撫でてしまったものは仕方がない。今更 後に引けないアセナは、開き直って撫で続ける。
「…………小春や」
「ん? 小春って?」
「ウチの、本名や……」
開き直って頭を撫で続けるアセナに対し、小太郎(改め小春)は照れているのか、ソッポを向きながら答える。
小春は本名を教えているだけだが、きっと遠回しに「本名で呼んで欲しい」と言いたいのだろう。
「……そう。わかったよ、小春」
この時のアセナは自分が敵地と言ってもいいところにいることも忘れて、とても穏やかな気分になれたそうだ。
まぁ、直後に月詠が「次期当主様、少しは自重しまひょ?」とツッコんで来たので直ぐに思い出したそうだが。
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Part.04:想定内と想定外
「貴様が『黄昏の御子』か……」
そして、日が明けて8月15日(金)。アセナは廃都の最奥部である『墓守人の宮殿』に辿り付いた。
そんなアセナを出迎えたのは、魔法使い然としたローブを纏った黒髪に浅黒い肌を持った男の言葉だった。
ちなみに、フェイトやフェイトガールズや月詠達はアセナの後方で控えて事の成り行きを見守っている。
「そう言う貴方は……デュナミスさんでいいんでしたっけ?」
原作知識もあるが、フェイトから聞かされていた情報にもあったので、
目の前の男がデュナミスである と断定することに迷いはない。
仮面を外しているのは想定外だが、別にどうでもいい部分だろう。
「……ああ、そうだ。テルティウムから聞いたのか?」
己の情報をアセナが知っていたことに対し、デュナミスは軽い疑問を呈するだけだ。
名乗りもせずに相手に名を尋ねた非礼を無視して質問をすることは どうかと思うが、
アセナ我の立場を考えると文句も言えない(アセナの立場は圧倒的に分が悪いのである)。
「ええ。そのテルティウムって言うのがフェイトちゃんのことなら、その通りです」
アセナにとってフェイトは『フェイトちゃん』だ。テルティウムではない。
何故なら、フェイトがテルティウムと言う呼称を嫌っているからであり、
まるで、フェイトが「自分は造りモノじゃない」と言いた気だったからだ。
余談だが、そんなアセナにフェイトが少し喜んだのは言うまでもないだろう。
「……そうか。しかし、敵地にあると言うのに気負いはないようだな?」
「いえ、そんなことはありません。緊張し過ぎていて逆に そう見えるだけですよ」
「ほぉう? 私には そうは見えぬな。むしろ、余裕綽々にしか見えぬぞ?」
「それは勘違いですよ。飲み込まれないようにしているだけで精一杯ですって」
アセナは言葉では否定しているが、顔に貼り付けた薄笑いが その真意を読ませない。
そもそも、アセナが話し合いに来たのは確かだが、相手がそれを受け入れるか否かは定かではない。
つまり、いつ戦闘になってもおかしくないうえに ここは敵地としか言えない場所なのだ。
それ故に、そんな状況でも恐れや緊張を見せないアセナにデュナミスは一定の評価を下したのである。
それが虚栄であったとしても、自信に裏打ちされているのだとしても、この際どうでもいい。
大切なことは、圧倒的に不利な状況でも恐怖や緊張を表に見せていない と言う事実だ。
ここで「アセナは完全魔法無効化能力があるから余裕なのでは?」と思われるかも知れない。
しかし、完全魔法無効化能力は、あくまで魔法(や気)による現象を無効化するだけでしかない。
言い換えるならば、魔法(や気)によって二次的に起こされた現象までは無効化してくれないのだ。
具体的に言うと、魔法の炎は無効ができて、魔法の炎による火災までは無効化できないのである。
つまり、完全魔法無効化能力を持っている『だけ』のアセナを害する方法など いくらでもあるのだ。
「……まぁ、いいだろう。内実はどうあれ、私のやることは変わらんのだからな」
そう言って、デュナミスは無言で踵を返すとスタスタと奥に歩を進めていく。
どうやら「付いて来い」と言うことなのだろうが、一言くらい欲しいものだ。
まぁ、問答無用で襲撃されなかっただけマシなので軽く嘆息するだけに止めるが。
「ああ、わかっているだろうが、協力するか否かは造物主様の意向に拠る。故に、まずは造物主様を説得するのだな」
しかし、それだけでもアセナの不満を察したのか、途中で足を止めたデュナミスがクルリと振り向いて今更なことを言う。
フェイトから説明を受けていたアセナとしては既にわかっていたことだが、それは案内を始める前に言うべきことだろう。
これがデュナミスのクオリティなのかも知れないが、もう少し気遣いをしてくれても罰は当たらないのではないだろうか?
「所詮、私は駒に過ぎぬ。せいぜい、貴様を造物主様の元に案内するだけが関の山さ」
自嘲的なセリフを漏らしつつ踵を返し、再び奥へと歩を進める。
さっきよりは気持ち歩調は遅めだが、それでも気遣いは皆無に近い。
まぁ、歓迎される訳がないので、これでも充分と言えば充分だが。
「――と、言うと思ったか!? 飛んで火に入る夏の虫とは まさにこのこと!!」
だが、三下キャラの如く今までの流れをブチ壊して襲い掛かって来るのは どうかと思う。
いや、今までの流れはアセナを油断させるためのものだ と考えれば、それはそれで有りだが。
むしろ、まともなデュナミスより三下臭いデュナミスの方が『らしい』と言えば『らしい』。
「まぁ、落ち着かんか、デュナミスよ」
咄嗟に『咸卦法』を使って迎撃しようとしたアセナだったが、その前に現れた人物によって阻害される。
その人物はデュナミスのようにローブを身に纏っており、その背丈は子供の様に小さい。
ここまで言えば おわかりだろう、フェイトやデュナミスに『主(ぬし)』と呼ばれる人物である。
ちなみに、フェイトも反応していたようで、『主』がもう少し遅ければフェイトがデュナミスを迎撃していたことだろう。
「グブゥ!! な、何をする!? 血迷ったか、『主』よ!!」
「……なに、アツくなったバカを止めに来ただけじゃよ」
「何だとぉ!? と言うか、バカとは私のことかぁああ?!」
「バカをバカと言うて何が悪い。と言うか、落ち着かんか」
ちなみに『主』の手はデュナミスの胸部を貫いており、「止めに来た」レベルを遥かに超えている。
だが、相手がデュナミスなので特に問題はないだろう。だって、殺しても死にそうにないし。
「まったく、話し合いに来た者を捕らえるなど……貴様にプライドはないのか?」
「ハッ!! そんなくだらんもの、クルトやタカミチから逃げる時に捨てたわ!!」
「いや、そこで大威張りで肯定するな。せめて、恥ずかしそうに肯定せんか」
「ええい、うるさい!! 世の中と言うものはプライドだけでは渡っていけんのだ!!」
デュナミスはクルトやタカミチから逃げるために「死んだ振り」までしたのだ。最早プライドなど無い。
ところで、どうでもいいことだが、胸を貫かれたのにデュナミスが元気なのは『核』が無事だからである。
「尤もな意見じゃが、『悪の秘密組織幹部としての矜持』とやらはどうした?」
「旧世界には素晴らしい言葉がある、『それはそれ、これはこれ』と言うな!!」
「はぁ……ワシが悪かった。言い換えよう。貴様に『美意識』はないのか?」
「むぅ、『美意識』か。なかなか いい言葉だな。わかった、納得してやろう」
そんなことで納得するデュナミスに「『完全なる世界』が こうなったのってコイツのせいじゃなかろうか?」と思う『主』は悪くないだろう。
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「しかし、変われば変わるものじゃな」
デュナミスに代わって案内役となった『主』と共に歩くこと数分、『主』が唐突に切り出した。
その声音は何かを懐かしむようであり、アセナの想像でしかなかった可能性を確信に近付ける。
「もしかして、貴方は……オレの――?」
「――さてな。ワシは単なる『墓所の主』じゃよ」
「そうですか。ならば、何も聞きません」
一時期アセナは『主』のことをナギの師であるゼクトだ と考えていたが、今では考えを改めている。
まぁ、今は『主』の正体について言及するような状況でもないので、この場での追求はあきらめるが。
「それよりも、勝算はあるのか?」
「少なくとも負けるつもりはありません」
「そうか。ならば、何も言うまい」
ここで言う勝算とは「『始まりの魔法使い』を説得できるか否か」だ。実際に戦う訳ではない。
まぁ、仮に戦わざるを得ないような事態に陥ったとしてもアセナには勝算はあるが、それは また別の話だ。
「……心配していただき、ありがとうございます」
「別に心配などしておらん。ただ気になっただけじゃ」
「ここは『ツンデレ乙』とか言うべきところでしょうか?」
「勝手に言っておればよかろう? ワシは関与せん」
「そうですか。じゃあ、勝手に言って置くことにします」
実際にテレている訳ではないことなど わかり切っているが、それでもツンデレと言うことにして置く。
何故なら「ワシには心配する資格などないだけじゃ」などと言われたら、湿っぽい空気になってしまうからだ。
「では、ワシも勝手に言おう。仮に貴様が失敗したとしても当初の予定に戻るだけじゃ、とな」
それは、遠回しな励まし。「だから、気楽にやれ」とも「だから、失敗するな」とも取れる言葉。
だが、『主』がアセナの背を押そうとしてくれたのだけは理解できた。だから、アセナは心中だけで礼を述べる。
口に出して礼を述べたところで『主』が素直に受け取ってくれないことなど わかりきっているからだ。
(ありがとうございます……父さん)
礼の後に続けられた言葉は、アセナが想定した『主』の正体。確定した訳ではないので、あくまでアセナの想定でしかない。
だが、きっと的を外れたものではないだろう(少なくとも、アセナの親類であることは原作のネギの言葉でわかっている)。
それ以降は特に会話をすることもなく、一行は奥へと歩を進める。そこで眠る『始まりの魔法使い』と対峙するために。
そして、一行は『始まりの魔法使い』の封印を解くための儀式を執り行う祭壇へと辿り付いたのだった。
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「――これで、儀式は無事に終了した。後は封印が解けるのを待つだけだね。協力 感謝するよ、神蔵堂君」
地球と魔法世界を繋ぐ11のゲートが破壊されたことで、本来なら地球に流れる筈だった莫大な魔力が魔法世界に留まり、
その留まった魔力が閉鎖されただけの状態である旧オスティアのゲートに集まり、巨大な魔力溜まりを形成していた。
フェイトは その魔力を利用することで、麻帆良の地下に封印されていた『始まりの魔法使い』を一時的に復活させたのだ。
ちなみに、『始まりの魔法使い』の復活を一時的と表現したのは、アセナとの話し合いのために予定より早く復活させたからだ。
本来なら約2ヶ月後(10月11日)に行う予定の儀式であるため、魔力溜まりに溜まった魔力が圧倒的に不足していたのだ。
一応は補填としてアンドロメダがアセナから提供されたが……予定の魔力量には届かず、一時的にしか復活できなかったのである、
まぁ、アセナとしては話をする時間さえ取れればいいので、一時的な復活は ある意味では願ったり叶ったりの展開なのだが。
「いや、オレから望んだことだからね。むしろ、礼を言うのはオレの方だよ。ありがとう、フェイトちゃん」
先程フェイトがアセナに礼を述べたのは、アンドロメダを提供されたから だけではない。
アセナの協力で復活の儀式に重要な影響を与える『造物主の掟』が手に入ったからでもある。
まぁ、そうは言っても、アセナの要望で予定を変えてもらったのが諸々の元凶であるので、
アセナの方が礼を言うべきであり、フェイトから礼を言われる様な理由はないのであるが。
「それでも、キミが協力してくれたから一時的とは言え復活させることができたんだ。素直に感謝を受け取って欲しい」
言うまでもないことだろうが敢えて言って置くと、フェイトが復活の儀式を執り行ったのは他に適任がいないからだ。
本来なら、立場的にデュナミスが執り行うべきなのだが、アセナを襲撃しようとした前科があるので候補から外されたのである。
まぁ、デュナミスとしては「せっかくカモがネギ背負って来てるんだから、狩らないとか有り得ない」と言いたいだろうが。
「……それなら、素直に受け取って置くよ」
アセナが苦笑しながらフェイトの感謝を受け取っている傍らで『造物主の掟』が塵となって消えていく。
フェイトが消したのではなく、今回の件(復活の儀式)が終わったら消えるような仕様だったのである。
もちろん、フェイトが信用できないのではなく、デュナミスが信用できないから取られた処置だ。
ちなみに、それがわかっているフェイトは「仕方がない」と受け入れてデュナミスへの苛立ちを募らせたらしい。
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Part.05:始まりの魔法使い
「……ふむ。1久方振りの目覚めなので状況が よく把握できていないが、何らかの用件があるのだろう?」
封印が解けた『始まりの魔法使い』は軽く周囲を見渡した後、目の前に佇んでいたアセナに問い掛けた。
アセナを臣下として扱わずに「用件がある」と考えたのは、アセナが臣下の礼を取っていないからだろう。
ちなみに、アセナの後方に人形(フェイトのこと)も見えたが、状況的にアセナへの問いを優先したようだ。
「ええ。魔法世界の存亡について話して置きたいことがあるんですよ、造物主殿」
フードを目深に被っているが、僅かに見える相貌はナギ・スプリングフィールドのものだろう。
アセナにとっては人形から解放してもらった恩人だが、原作で知っていたので動揺することではない。
ただ、ネギには見せたくないな と思うだけだ。薄情かも知れないが、今は そう言う状況なのだ。
「ほぉう? よかろう。目覚めの余興に聞くだけなら聞いてやろうぞ、『黄昏の御子』よ」
別にアセナは名乗ってはいないが、『始まりの魔法使い』――造物主には わかるのだろう。
まぁ、アセナも今更 隠すつもりはなかったので、見抜かれようと別に大した問題ではないが。
「単刀直入に話しますと、貴方方が進めている【完全なる世界】への移行についてなのですが……
申し訳ありませんが、これをやめていただきたいのです。もちろん、代替案は用意してあります。
と言うか、代替案があるからこそ【完全なる世界】への移行を反対をしているんですけどね?」
スラスラと淀みなく話していたアセナだが、ここで一端 言葉を区切って造物主の反応をチラリと窺う。
それに気付いたのか、造物主は「続けよ」と言わんばかりに無言で頷いたので、遠慮なく続けることにする。
「では、その代替案なんですが……今の予定では、魔法世界とは別の『新天地』を用意して、
そこに魔法世界の生物――人間や亜人だけでなく他の動植物も移住させる と言うものです。
まぁ、動植物をすべて移住させるのは無理でしょうから、可能な限り とはなりますけどね」
一通りの説明を終えたアセナは「いかがでしょうか?」と問い掛けるように造物主の瞳を覗き込む。
造物主が取ろうとしてい言る手段は「【完全なる世界】を『創造』して、そこに魔法世界の生物を『送る』」と言うもので、
それに対してアセナが提示した手段は「『新天地』を『用意』して、そこに魔法世界の生物を『移住させる』」と言うものだ。
両者の案は似ているが、決定的に違う。そう、アセナはハッキリと「新しい世界を造る気などない」と言っているのだ。
「…………その『新天地』とやらに心当たりがあるのか?」
「ええ、あります。そのうえ、そこを生物が住み易い環境にする手段も見当が付いています。
問題点があるとすれば、時間ですけど……それも、『とある技術』によって解決が可能です。
まぁ、貴方方や元老院などの勢力を味方に引き込むことが前提条件ではありますけどね」
造物主もアセナの言わんとしていることに気付いたのか、『新天地』について訊ねる。
それに対し、アセナは用意していた答えを述べるように淀みなく説明をする。
まぁ、『ように』とは言ったが、実際に答えを用意していたので『ように』ではないが。
ちなみに、アセナの言う「時間の問題を解決するための とある技術」とは、カシオペアのことだ。
カシオペアで長時間の時間跳躍をするには、世界樹の大発光レベルの魔力が必要となる。
だが、逆に言うと、世界樹の大発光レベルの魔力があれば長時間の時間跳躍が可能なのである。
つまり、魔力を掻き集めてもいいし、最悪22年後の大発光を待てばいいだけの話なのだ。
「……その話が本当ならば、乗ってやらんこともないな」
極言すると、造物主の目的は「魔法世界を救うこと」だ。その点で、アセナと造物主の目的は一致しているのである。
両者は ただアプローチの方法が違うだけだ。しかも、アセナの話が本当ならアセナの案の方がリスクが少ないのだ。
と言うのも、いくら崩壊しないように造っても人造異界である以上【完全なる世界】も いつかは壊れる定めにあるからだ。
「――だが、貴様は本当に私の目的が『魔法世界を救うだけだ』と思ったのか?」
アセナの案に理解を示してはいたが、造物主は「だが断る」とでも言いた気な態度でアセナの提案を蹴る。
そう、造物主の目的が「魔法世界を救うこと」『だけ』なら、アセナの案に乗るのも吝かではなかっただろう。
しかし造物主の目的は それだけではない。別の目的もあって【完全なる世界】への移行を望んでいたのだ。
「まぁ、正直、別の目的もあるんじゃないかなぁ とは思っていましたけど……」
当然、アセナも その想定はしていた。アセナの持っている原作知識では造物主の目的まではわからなかったが、想定くらいはできていた。
と言うか、魔法世界を救うだけならネギの案を一考すべきだったのに そうしなかったのだから、別の目的があった としか思えない。
ちなみに「物語的に(と言うか、バトル漫画っぽい展開的に)話し合いで終了しては盛り上がらないから」と言う理由は考えてはいけない。
ところで、アセナの歯切れが悪いのは「想定はしていたが、できれば そうであって欲しくなかった」と言う想いがあったからである。
「貴様の案では、魔法世界の崩壊を回避しただけに過ぎぬ。そう、世界は歪なままだろう。それでは、意味が無いのだ」
「……つまり、世界の『歪み』とやらを正したくて、【完全なる世界】へ移行させたかった……と言うことですか?」
「そうだ。せっかく『魔法使いのための理想郷』を造ったと言うのに、結局 魔法世界は【現実】と同じ様に不平等だ」
「月並みな言い方ですが……それが人間でしょう? 人間の世界は平等に不平等です。それは歴史が証明しています」
抗弁しながらも、アセナは遣り難さを感じていた。造物主の目的が あまりにも「綺麗 過ぎるから」だ。
アセナは どちらかと言うと現実主義者だが、理想を掲げること自体は否定していない。いや、どちらかと言うと肯定している。
しかも、アセナは不平等を受け入れてはいるが、それでいい と思っている訳ではない。是正できるなら是正したいと考えている。
それ故に、アセナは造物主を否定したくない。だが、状況的に否定せねばならない。その理想が自分を下敷きにするものだからだ。
「たとえ そうだとしても……いや、そうだからこそ、私は【完全なる世界】を――誰もが平等に平等となれる理想郷を造りたいのだ」
アセナの完全魔法無効化能力によって魔法世界を魔力へ還元し、その魔力で【完全なる世界】造り出して そこに魔法世界の生物を送る(移動させる)。
それだけだったなら問題ない。それだけならば、アセナは否定しない。むしろ、肯定するだろう。いや、場合によっては協力していたかも知れない。
だが、その作業の中で、間違いなくアセナは死ぬ。世界を まるごと魔力へ還元してしまうのだから、アセナに掛かる負荷は想像するだけで恐ろしい。
自分を犠牲にするだけで理想郷を造れるのだから、自分を犠牲にするのが人の道かも知れない。だが、アセナには「そんなの御断り」でしかないのだ。
「なのに、何故 貴様は それを否定するのだ? 貴様の言う『新天地』で理想郷を実現させることができる とでも言う気か?」
アセナは、自分にとって大切なもののためなら いくらでも命を懸けられる。最悪の場合は、自分を犠牲にすることすら厭わない。
だが、【完全なる世界】によって救われるものの中に、アセナにとって大切なものが『すべて』含まれている訳ではない。
顔も名前も知らない他者のために自分を犠牲にする気など更々ないのだ(せいぜいが身を切る程度だろう、命までは賭けられない)。
まぁ、アセナにとって大切なものの『すべて』が【完全なる世界】によって救われるのなら、アセナは喜んで協力していたかも知れないが。
「根本がズレていますよ。そもそも、オレは魔法世界を救いたいだけで、理想郷を作りたい訳じゃないんです」
「……ならば、魔法世界を救ったうえで理想郷を造る私の【完全なる世界】に反対する訳ではないのだな?」
「いえ、それは『やめていただきたい』と最初に言いましたでしょう? その意見は今でも変わっていませんよ」
大切なものが『すべて』救えないために賛成できない、それもある。だが、それ以外にも『納得できない部分』があるのが大きい。
平等な世界とは一見 素晴らしいものに見える。だが、それは競争の無い世界なのではないだろうか?
競争がなければ進化がなく、進化しなくなった生物は滅びるだけだ。生きている意味が無いだろう。
そう、造物主の言う理想郷は緩やかな滅びでしかない。故に、たとえ不平等であろうも現実の方がマシだ。
だが、そうは言っても、アセナは その理想郷そのもの を否定しないし、自ら望んで微温湯に浸かるならば止めもしない。
アセナが否定するのは、意思を確認することすらせずに勝手に浸からせる――勝手に【完全なる世界】に移行することだ。
一方的な救済を与えることは優しさでも何でもない。むしろ、相手の意思を無視した暴力と何も変わらないだろう。
極論になるが、アセナにとっては「異教徒は死ぬことでしか救われない」とか考えて虐殺しまくる狂信者と大差がないのだ。
それ故に、アセナは造物主を否定する。「神様を気取るのも大概にしろ」と、「お前の理想を他人に押し付けるな」と、否定するしかない。
「…………どうやら、言葉では わかり合えぬようだな」
「まぁ、言葉だけで わかり合えたら世話ないですからね」
「それならば、残念だが ここからは拳で語るしかないな」
「やはり、それしかないでしょうね。オレも残念ですよ」
だからだろうか? 予定調和の如く、造物主とアセナの戦いは始まったのだった。
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Part.06:切札は最後に切るもの
「『来れ(アデアット)』」
戦闘の火蓋が切って落とされた直後、アセナは自身のアーティファクトである『ハマノヒホウ』を呼び出す。
入手した直後(32話)の頃は黒い金属製の杖でしかなかったが、今ではカードの図柄通りに顕現できている。
そう、つまり『造物主の掟』に等しい能力を持っている と言うことであり、魔法世界ではチートに近い代物だ。
何故なら、今のアセナは任意で「魔法による現象」や「魔法で造られた物質」を魔力に還元できるため、アセナへの攻撃手段が限られるからだ。
完全魔法無効化能力だけならば、火災を起こす などの二次的被害で攻撃することもできた。
だが、今のアセナは火災の火種そのものを消し去ることができるため攻撃の手段が皆無に近い。
まぁ、造物主の肉体は現物であるので肉弾戦なら通るが……そんなことはアセナも熟知している。
だから、アセナは迷いなく『瞬動』を最大威力で用いて、造物主から一気に距離を取る。
もちろん、ただ造物主から逃げた訳ではない。予め用意して置いた『切札』を切る時間を稼ぐために距離を取ったのである。
そう、ラカンやエヴァなどの護衛を呼び出すための時間を――呼び出すことを阻害する『転移妨害』を破壊する時間を作ったのだ。
ちなみに、造物主がアセナを攻撃しなかったのは、デュナミスやフェイトなどの手勢を召喚するためで空気を読んだ訳ではない。
「『無極而太極(無極にして太極なり)』……っと」
アセナが真言を唱えて『ハマノヒホウ』を振るうだけで周囲を覆っていた『転移妨害』が瓦解する。
説明するまでもないだろうが、アセナの唱えた真言は『無極而太極斬』と同種のものである。
使っている獲物が刃ではなく杖のような鍵なので『斬』とはならないため、原義を唱えているのだ。
「それじゃ、『召喚』、ジャック・ラカン、タカミチ・T・高畑、クルト・ゲーデル」
そして、それぞれに渡して置いた『転移符』を(遠隔操作で)起動することで護衛達を戦場に呼び出す。
事前通告もせずに問答無用で呼び出したことに「ちょっとヒドくない?」と思われるかも知れないが、
造物主と対話を始める前に「いつでも出れるように準備して置いて」と伝えてあったので、特に問題はない。
「ラカンさんはナギさんに取り付いた造物主をお願いします。で、タカミチとクルトはデュナミス――残念臭のするイケメンを お願い」
召喚した時には既に臨戦態勢を取っている三人を頼もしく思いながら、アセナはそれぞれに指示を出す。
もちろん、デュナミスの扱いが悪いように聞こえるのは気のせいだ。と言うか、気にしてはいけない。
三人も気にしていないようで、それぞれ「おうよ!!」とか「わかったよ」とか「畏まりました」と返って来る。
まぁ、ラカンの行動は逸早くて、返事する前には造物主に殴り掛かっていたが。
「ってことで、ナギ――いや、今は造物主か? まぁ、とにかく、久々にヤろうぜ?」
「……ジャック・ラカンか。これは采配ミスだな。貴様では私の相手をできんぞ?」
「それは10年前までの話だ。こっちだって『それなりの対抗手段』を用意してるんだよ」
「世迷言を……所詮は『人形』。『人形』では『人形遣い』に触れることさえ叶わぬ」
対抗手段を用意したのはアルビレオで、ラカン自身は「気合で何とかする」としか考えていなかったが、そこはツッコんではいけない。
「言葉は要らねぇ!! 喰らえ、ラカン・インパクトォオオ!!」
「だから無駄だと言って――ッ!! なんだ、と……?」
「ハッ!! だから言ったろう? 対抗手段は用意してるってな」
確かに、羅漢人形は人形だ。だが、それは造物主の言う『人形』とは違う。羅漢人形は魔法と科学のハイブリッドな魔人形なのだ。
「20年前には為す術も無く地に伏せるしかなかったが……今回は違うぜ?」
「……そのようだな。私に戦いを挑むだけの最低ラインは越えた、と言うことか」
「ああ、そうだ。ここからは造物主と被造物の関係じゃねぇ。覚悟しろよ?」
そして、ラカンと造物主の間で激闘が始まった。ところで、タカミチ達は と言うと……
「おのれ!! タカミチ・T・高畑!! クルト・ゲーデル!! ここでも立ちはだかると言うのか!!」
「まぁ、そうだね。貴方が那岐君を害しようとする限り、ボクは いつまでも立ちはだかり続けるよ」
「タカミチと同じ意見と言うのアレですが……アセナ様のため、貴方には這い蹲っていてもらいます」
何故か全裸になった後ムキムキ(しかも黒光りしている)に変身したデュナミスに恨み言をぶつけられていたが、華麗に流していた。
「と言うか、あの時 排除したつもりだったのですが……ゴキブリ並みにし ぶといですねぇ」
「クックックックック!! そこが甘いのだ!! あの程度で私が死ぬ訳がないだろう?!」
「それなら、再び打ち砕くよ。何度 来ようとも その度に打ち砕けばいいだけのことだからね」
デュナミスが凄い勢いで「死んだ振りで回避した死亡フラグ」を復活させたように見えるが、それは気のせいだろう。むしろ、気にしてはいけない。
「フン!! 悪の秘密組織幹部として、そう何度も何度も敗れる訳にはいかぬ!!」
「そうかい? でも、こちらも那岐君の護衛として、敗れる訳にはいかないね」
「またもや同じ意見でアレですが……アセナ様のため、我々に敗北は許されません」
言葉での応酬に決着が付いたのか、タカミチは拳をポケットに収め、クルトは剣を抜いて構える。
そんな喧騒を尻目にし、アセナは それまで動きを見せていなかったフェイトに向き直る。
まぁ、正確には動いていなかったのではなく、従者達に『念話』で連絡をしていたのだろうが。
「こんなことになるなんてね……とても残念だよ」
「まぁ、そうだね。残念なのはオレも同意権だよ」
「……正直に言うと、ボクはキミと戦いたくない」
「オレも そうさ。だから、オレはキミと戦わない」
二人の間には「敵対しない」と言う契約がある。だが、二人の間には それ以外のものもある。
そう、戦いたくない と言う気持ちがある故に、アセナが『念話』を使う隙を見せてもフェイトは見逃すのだ。
『だから、エヴァ。フェイトちゃんのことは頼んだよ?』
そして、『念話』で呼び掛けたエヴァが『転移』で現れた後、アセナは何も言わずに その場を後にする。
アセナがフェイトの『死』を望んでいないことなど、エヴァは言われなくても わかり切っているからだ。
エヴァは「相変わらず甘いな」と言いた気だが「まぁ、その甘さは嫌いではないがな」とも言いた気だ。
だから、アセナは無言で 離脱した。アセナには やることがあるため、立ち止まっている訳にはいかないのだ。
「――つまり、ワシの相手をしてくれる と言うことかのぅ?」
戦場を離脱しようとしたアセナを阻むように、ローブを纏った小柄な人物――『主』が話し掛けて来た。
先程デュナミスを止めてくれたし、今も殺意を感じられないが、だからと言って安心してはいけない。
造物主との交渉が決裂した今は戦闘状態にある。戦闘時に油断をして後ろから刺されたら目も当てられない。
しかし、どうしてもアセナは『主』と戦う気になれない。それ故に、躊躇無く伏せて置いた手札を切る。
「いえ、それは気が引けるんで……チャチャゼロ、頼んだよ?」
「ヒャッハー!! ヤット出番ダゼ!! 切リ殺シテヤルゼェエエ!!」
「あ、仕方ないから切るのは認めるけど、殺すのは やめてね」
そう、ポケットに忍ばせて置いた『袋』からチャチャゼロを取り出したのである。
「オイ、コラ!! オマエ ハ鬼畜カッ!? 更ニ我慢シロッテノカ!?」
「まぁ、後で殺していい対象は用意するから、今回は我慢して」
「コノ ド下種野郎メ!! 絶対ニ用意シロヨ!? 絶対ダカラナ!!」
少しだけ「絶対に押すなよ!!」的な振りにも聞こえたアセナだが、大人しく「約束するよ」と返事するに止める。
「……やれやれ、『闇の福音』の殺戮人形、か。まぁ、相手に不足は無いのぅ」
「ケッケッケッケ……ナカナカ言ウジャネェカ? コイツハ楽シメソウダゼ!!」
「まぁ、所詮は余興じゃ。お互い、死なない程度に楽しむことにしようぞ?」
正直、テンションの高いチャチャゼロが暴走しないか心配と言えば心配だが、味方以外を心配している余裕など今のアセナには無い。
「ならば、我々が御相手させていただきます」
「……いや、キミ達には既に適任がいるから」
「既に? 適任? ――ッ!! ま、まさかっ!?」
アセナに余裕が無いのは、残った戦力であるフェイトガールズがアセナに立ち塞がったからではない。それは既に問題ではないのだ。
「にとーれんげき、ざんくーせーん」
「クッ!! やはり!! 月詠!!」
「おのれ!! この裏切り者が!!」
フェイトガールズの後方から、間の伸びた声で斬撃が見舞われる。そう、考えるまでも無く、月詠の仕業である。
月詠が放った斬撃をギリギリで躱わしたフェイトガールズのうち調と焔が接近する月詠の迎撃に当たる。
だが、月詠は滑らかな『虚空瞬動』で調の奏でた音撃を躱わしつつ『斬魔剣』で焔の紡いだ炎を切り裂く。
と言うか、二人が攻撃している間にアセナを閉じ込めようとしていた暦と環に牽制を行う余裕すらあった。
そして、アセナを庇うようにアセナの隣に着地すると、先程の言葉が気にしているのか軽く小首を傾げる。
「裏切り者、どすか? ん~~、人聞きの悪いことを言うのは あかんどすえ~~?
ウチは最初っから『仕事より個人の事情を優先させてもらいます』と言うておりましたえ?
フェイトはんも それは納得済みやったし、貴女達にも話してあったと思うんどすが?」
そう、最初から手札は用意してあったのだ。当然、昨夜の段階ではなく、京都で鶴子に預けた段階から だ。
「つまり、アセナ殿の味方をすることが個人の事情だと?」
「ええ。何せ、この方は西の次期当主様ですからな~~」
「意外だな。そう言った事情など気にしないように見えたが?」
「まぁ、ウチにも『いろいろ』と事情があるんどすよぉ」
身も蓋も無く種明かしをすると、アセナが月詠を手札にできたのは「時が来たら『本気の刹那』と死合わせる」と言う餌を与えたからだ。
「ならば、遠慮はしない!! 『時の――』」
「――ハッ!! ウチのことも忘れたらアカンで?」
「クッ!! 犬上っ!! 貴様も裏切ると言うのか?!」
懲りずにアーティファクトを使おうとした暦を遮るように暦の『影』から小太郎――いや、小春が飛び出す。
「まぁ、ウチが月詠の手伝いやからってのも あるんやけど……
やっぱ、ウチも兄ちゃんの迷惑になることはできんからな。
西とか師匠とか関係なく、兄ちゃんとは再戦する約束があるからな」
照れているのか、小春は「兄ちゃんのためやないで?」と言いつつアセナのために戦う。どうやら、ツンデレでもあったようだ。
「じゃあ、月詠は、調と焔を抑えて。小春は、暦と環を お願いしていいかな?
残る栞だけど……この場にいないから、どこかで隠れてるのかも知れないね。
まぁ、栞は非戦闘員っぽいんでオレでも対処できるから、二人は四人を頼むよ」
当然だが、小春が敵に回る場合もアセナは想定していた。そのため、アセナはネギや茶々緒と言う手札も残している。
故に(まず有り得ないだろうが)栞が『何か とてつもないこと』を企んでいたとしても、何も問題ないのである。
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「さて、みんなが時間を稼いでくれている今がチャンスだね」
戦線から離脱したアセナは、すべての敵性体が自分に注意を払っていないことを確認すると、
ケルベロス・チェーンで『ゲート』を開いて『影』からアルビレオの魔人形を取り出す。
ちなみに『袋』に収納していないのは、時間が止まるためアルビレオが状況確認をできないからだ。
「お疲れ様です。状況はベストではありませんが、ベターの範疇です。ですから、大船に乗ったつもりでいてください」
魔人形なアルビレオは懐から“6基”のアンドロメダを取り出すと、自らを中心とした六芒星を描くように配置する。
それは、アルビレオを世界樹に見立てた大発光と似たような構図であり、解放された魔力が相乗効果を発揮する。
結果、生み出された魔力は大発光に匹敵し、その「精神に影響を及ぼす」と言う効果と相俟って『とある魔法』を可能にする。
準備を終えたアルビレオは、莫大な魔力に指向性を持たせるために呪文と言う名の『力ある言葉』を紡ぎ始める。
「パピルス・タルピス・ロン・ジンコウ。我が紡ぐは永劫の彼方に忘れ去られし言の葉。
其は 日輪と月輪の雫にして、暁と宵の欠片。其は 赤と青の継承者にして、白と黒の守護者。
其は 世を遍く照らす光にして、世を悉く覆う闇。故に、其は『肉と魂を別つものなり』」
「なっ!? こ、この光は……?!」
アルビレオが呪文の詠唱を終えて魔法を発動させた瞬間、『黒い光』の奔流が造物主を襲う。
そして、その黒光は造物主を捕らえると、複雑な幾何学模様を描きながら造物主を包み込む。
その光景は、まるで羽化のための繭のようにも、罪人を閉じ込める牢獄のようにも見える。
「わ、私が『入物』から剥がされている、だと!? そんな?! たかが人形如きが、何故 失われた魔法を使えるのだ!?」
この魔法は、アルビレオが『肉と魂を別つもの』と唱えた通り、精神と肉体を分離する魔法である。
アルビレオが研究の末に見つけ出した、造物主をナギ・スプリングフィールドから追い出す魔法だ。
10年――いや、『別荘』や『巻物』を利用したので それ以上の歳月を掛けて、探し当てた術式である。
「そんなの簡単です。必死に探したから ですよ、造物主殿」
アルビレオが皮肉気に口元を歪めると時を同じくして、造物主は完全にナギの肉体から分離される。
精神体となった造物主は次なる宿主を求めて空中を漂い、その標的として『主』を狙おうとする。
だが、そんなことは想定の範囲内だ。むしろ、アルビレオが精神体への対処をしていない訳がない。
「それでは、よい夢を ご覧ください」
アルビレオは懐から取り出した藁人形に造物主を無理矢理 憑依させると、その藁人形を厳重に封印する。
鮮やか過ぎる手並みだが、精神体への対策を十全に準備していたからこそ為せる業である と言える。
そう、アルビレオは伊達や酔狂で麻帆良祭を精神体で過ごしていた訳ではないのだ(まぁ、趣味もあったが)。
「――誠に申し訳ありませんが、それは却下で お願いします」
だが、何を血迷ったのか、アセナが『無極而太極』を発動させて その封印を解いて藁人形をアルビレオから奪う。
その想定外過ぎる行動に、一瞬アルビレオが「まさか、操られているのですか!?」と疑ったが、それは杞憂である。
何故なら、藁人形を手にしたアセナの表情は「何らかの覚悟を決めた者の表情」だったからだ。操られている訳がない。
アセナは藁人形を持ち上げるろ目線を合わせる。もちろん、藁人形に目はないので、頭部の中心くらいをアセナが見詰める形であるが。
「造物主殿――いえ、御先祖様。拳での語り合いはオレ達の勝ちですよね? そこで、ちょっとした提案があるんです。
先程の考えを改め、オレはオレなりの遣り方で理想郷を作ることにします。ですから、オレを見ていてくれませんか?
もちろん、タダで とは言いません。オレの魔法世界救済や理想郷作成が失敗したら、オレの身体を貴方に差し上げます。
ですから、この場は『オレの中で眠る』と言う形で決着としませんか? それが、双方にとっての妥協点でしょう?」
アセナは先程までの意見を修正して妥協案を提示する。脅迫に近い形で選択を迫っているが、実は大幅に譲歩しているのはアセナの方だ。
先程まで造物主と戦っていたラカンは怪我こそあるものの まだまだ健在だし、魔法を使っただけのアルビレオも まだ動けるだろう。
デュナミス・フェイト・『主』・フェイトガールズも それぞれの相手に集中していて、造物主を助け出すことは不可能に近い状態だ。
そう、この状況を打破するだけの戦力が造物主側には残っていないのだ。それ故に、造物主はアセナの提案を受け入れるしかない訳だ。
それなのにもかかわらず、アセナは自分の不利な条件(失敗したら身体を受け渡す)を提示している。譲歩している としか言えないだろう。
「…………わかった。その案を受け入れよう」
造物主の承諾を受けたアセナは藁人形に『無極而太極』を施して強制憑依を解き、一切の躊躇も無く自身の肉体に造物主を招き入れる。
ここで、造物主が約束を違えてアセナを乗っ取る可能性がある ように思われることだろう。だが、実のところ、その可能性は皆無である。
何故なら、その可能性をアセナが放置する訳がないからだ。アセナは、クルトとの会談の際に使わずに終わった『鵬法璽』を懐に忍ばせており、
それをコッソリと起動させた状態で造物主から言質を取っていた(アセナの提示した案を受け入れさせた)のである。実にアセナらしい。
……これにて、造物主との戦いは幕を閉じ、『完全なる世界』とアセナの対立も決着を迎えたのだった。
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オマケ:まだまだ始まったばかりだ
「……まさか、あんな終わらせ方にするとは思いもよりませんでしたよ」
先程まで激戦が繰り広げられていた祭壇にて、物思いに耽るように――と言うか、微妙に黄昏ていたアセナに話し掛けて来る声があった。
その声の主は、解放されたナギの容態を見ていたアルビレオである。話し掛ける余裕がある と言うことは、ナギは無事なのだろう。
まぁ、乗っ取られたり封印されたりしていただけなので症状としては長期間 眠っていたのと変わらないため、然程 心配はしていなかったが。
「貴方の望む形ではなかったかも知れませんが……相容れないからと言って武力で制圧するのはオレの主義じゃないんですよ」
聞く耳を持たない相手なら説得できなくても諦めはつく。だが、聞く耳を持つ相手を説得できないことは簡単に諦め切れない。
それ故に、アセナは説得することを最後まで あきらめなかった。武力だけでは物事は解決しない、それがアセナの信条なのだ。
もちろん、最後の場面で造物主がアセナの提案を受け入れていなかった時は、武力で収めることも止むを得ない と考えていたが。
ただ、これだけは言える。これからアセナを待ち受けている『敵(政治屋共)』は造物主よりも遥かに説得が困難である、と……
「ああ、それはそうと、ナギのことは しばらく秘匿する予定なのですが……それでよろしいですか?」
「ええ、構いません。むしろ、こちらから お願いします。今更 英雄様に出て来られると面倒ですから」
「……貴方の計画には『英雄』など必要ありませんからね。ですが、広告塔としては使えるのでは?」
「それでも、『武の英雄』は政の世界には要りませんよ。と言うか、政の世界はオレの戦場ですよ?」
「まぁ、それもそうですね。ですが、必要になったら呼んでください。直ぐに駆け付けさせますから」
利用できるものは何でも利用するアセナだが、ナギ・スプリングフィールドは使いたくないようである。
まぁ、その理由は単純だ。ナギの影響力が強過ぎて、毒にも薬にもなり過ぎるため、取り扱いが難しいからだ。
もちろん、恩人であるナギを政争に巻き込みたくないのもあるし、アルビレオに貸しを作りたくないのもある。
だが、やはり、根本的な理由は「使いづらい」からである。そう、結局、アセナは何処までいってもアセナなのだ。
それ故、アセナは「ありがとうございます」とだけ礼を述べ、手を借りずに済むように気を引き締める。
そもそも、造物主と共に歩む と言う形で『完全なる世界』との決着が付いたとは言え、アセナが魔法世界に来た目的は まだ達成してはいない。
むしろ、やっと『完全なる世界』を気にせずに「アセナ(中略)エンテオフュシア」と名乗れることになったので、ここがスタートとすら言える。
そう、言わば、アセナの戦い(もちろん、物理的な方面ではなく、政治的な方面でのドス黒い戦い)は、まだまだ始まったばかりなのであった。
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ところで、まったくの余談となるが、気になる栞は と言うと……何やらフラグ的な表現をされていたが、結局 何もしなかった。
本人の弁では、アセナが油断したところをキスして昏倒させようと機を窺っていた らしいが、どう考えても それは建前だろう。
実際は、戦場の雰囲気にビビって『出るに出られない状態』になっていたらしい(非戦闘員なのだから、致し方がないことだろう)。
もちろん、その『出るに出られない状態』と言うのが具体的には どんな状態だったのか は、紳士として語るべきではないが。
まぁ、変態と言う名の紳士であるアセナとアルビレオは「むしろ、御褒美です」と実に爽やかな笑顔を浮かべていたのは蛇足だろう。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「無理矢理臭く『完全なる世界』と決着を付けてみた」の巻でした。
原作ではラスボス的な扱いになっている造物主ですけど、ここではアッサリ片付けられました。
戦闘描写がスカスカな気がしないでもないですが、この作品では戦闘はオマケなので仕方がありません。
まぁ、本当はもっと書くべきなんでしょうけど……そんなに書くことを思い付かなかったんですよねぇ。
ところで、気が付いたらデュナミスが残念なキャラになっていましたが、これは これで有りですよね?
って言うか、デュナミスの扱いが悪くても仕方ないですよね? だって、悪の秘密組織幹部、ですもんね。
自ら そう名乗っちゃう辺りが実に三下臭いですけど、きっとデュナミスも物語の犠牲になったんです。
きっと、物語には犠牲が付き物なのです。そうに違いありません。そう、納得して置くべきなだと思います。
で、話はコロッと変わりますが、造物主との会話でアセナが『新天地』と表現している件ですが……
これは「火星をテラフォーミングする」と言うネタ晴らしを造物主にしたくなかったからです。
アセナのプランは火星のテラフォーミングのままで、新しい場所を見付けた訳ではありません。
あ、どうでもいいんですけど、アンドロメダの個数が大発光で得た分より多い件については、後々説明します。
そして、最後の栞オチは深く考えないでください。何て言うか、考えずに感じてください。
敢えて言うとしたら、『出るに出られない状態』と言うのは水害が起きてしまった感じ……です。
ある意味では、デュナミスよりも酷い扱いな気がしますけど、歪な愛情表現に違いありません。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/11/11(以後 修正・改訂)