第46話:アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア
Part.00:イントロダクション
今日は9月27日(土)。
アセナが『墓守人の宮殿』にて『完全なる世界(と言うか、造物主)』との交渉を終わらせてから1ヶ月と少しの時が経った。
この間にアセナが何をしていたのか? それを語る時間はないが「あの手この手で協力者を集めていた」ことだけは断言できる。
言わば「細工は流々、仕上げを御覧じろ」と言った状態だろう。
ちなみに、とっくの昔に夏休みが終わっているように思われるかも知れないが、原作と同様にゲートポートが壊された影響で、
地球と魔法世界の時間軸にズレが生じているため、魔法世界では9月27日であるが地球では まだ8月後半なので何も問題はない。
まぁ、「夏休み中に戻れない時は留学扱いになる」ように手配して置いたのでゲートポートが壊されなかったとしても問題なかったが。
べ、別に(書いても つまらない説明なので敢えて説明していなかっただけで)説明するのを忘れていた訳じゃないんだからね!!
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Part.01:プリンス・オブ・ウェスペルタティア
「紳士淑女の皆様、お待たせ致しました。紹介致します、こちらがウェスペルタティア王国の正当なる後継者――」
オスティア総督府にて開催された舞踏会。その豪華絢爛な会場にて、主催者であるクルト・ゲーデルが歌うように言葉を紡ぐ。
その表情は とても晴れやかで、まるで使命を果たした殉教者のようにすら見える。それ程までに、喜びに満ち溢れているのだ。
ちなみに、この舞踏会は、9月30日より開催される「終戦20年『オスティア終戦記念祭』」の祝賀会も兼ねているため、
連合の要人(もちろん、元老院だけでなく広義での要人)に加え、帝国やアリアドネーの有力者達が多数 参加している。
つまり、オスティアの総督でしかないクルトが個人で集められるレベルとは比較にならない程の有力者が集まっている訳だ。
そう、それは言い換えれば、アセナを社交界へデビューさせるのに これ以上のチャンスはない、とも言える舞台なのである。
「――『黄昏の御子』であらせられます、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア様です」
クルトの紹介を受けて、燕尾服に白の蝶ネクタイを身に纏ったアセナが扉の奥から舞台の中心に悠々と進み出る。
その所作は とても優雅で、焦りや緊張などは一切 見られない。まるで王族であることを無言で語っているようだ。
普段のアセナを知る者ならギャップに違和感を覚えるかも知れないが、初見の者なら問題なく騙されることだろう。
まぁ、演技でも何でも所作ができていることは事実なので、騙されると言う表現は相応しくないかも知れないが。
「皆様、御初に御目に掛かります、只今 御紹介に与りました、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシアです」
会場中の視線が己に向いているのが意識せずともわかる。だが、それが どうしたと言うのだろうか?
今夜、ここに、アセナは御披露目のために来たのだ。それ故に、注目されることは願ってもないことだ。
それ故に、アセナは何の気負いもなく、朗々と自己紹介を始める。人の視線など受けて当然なのだ。
ところで、何故にアセナが『黄昏の御子』として社交界デビューをしたのか と言うと……
各勢力の要人達にアセナを認知させることで、アセナを各勢力から『注目』させ、元老院を動きづらくするためだ。
つまり、多方面の勢力に互いを牽制させる状況を作ることで元老院が迂闊に手を出せないような状況にしたのである。
これは言わば「中途半端に知られるくらいなら、完全に知らせてしまえ」と言う逆転の発想だ。その方が安全なのだ。
もちろん、各勢力の有力者と渡りを付けて置く事で これからの政争を有利に進めたい、と言う思惑もある。
だが、やはり、元老院の動きを牽制したいのが主な目的だ。そう、それだけ元老院は警戒すべき相手なのである。
だからこそ、アセナは元老院を下すために『洗脳』すらも厭わない覚悟をしているのだ(まぁ、可能な限り使う気はないが)。
「アセナ様は大戦後 行方不明となっておられましたが、それは戦後の政情不安を危惧してのことです。
ですが、戦後20年の節目を機に表舞台に立つ決意をなさったため、こうして この場に立っておられます。
心無い方はアセナ様に疑念を抱くやも知れませぬが、このクルト・ゲーデルが名誉に懸けて正当性を保証します。
いえ、正確には『紅き翼』のメンバーであり『千の刃』の異名を持つジャック・ラカン氏も保証人となります」
クルトはアセナが本人であることを証明するため、自身の政治家生命とラカンの勇名を利用する。
本来、ウェスペルタティア王国を接収してオスティア総督を置いている元老院としては、ウェスペルタティア王国の正統後継者は邪魔でしかない。
だが、復讐のために元老院に身を置いていただけのクルトとしては、アセナをウェスペルタティア王国の正統後継者として認めるのに何の痛みも無い。
むしろ、不当に占拠していたものを本来の持主に返還できる とすら考えており、この場でオスティアの統治権を譲り渡したいくらいである。
まぁ、総督でしかないクルトには そんな権限はないが。それでも、公の場で元老院議員が統治権を譲渡すれば それなりの効果はあるだろう。
もちろん、アセナはウェスペルタティア王国を復興する気などないので、そんなことされても迷惑でしかないため実際には起こらないだろうが。
「あ~~、あんまり こう言った場は好きじゃねーんだが……今回は場合が場合だからな。仕方なく出席したジャック・ラカンだ」
クルトの演説のようなセリフに比べると あまりにも酷い内容だが、ラカンらしいと言えば実にラカンらしいセリフだろう。
実際、白いタキシードに白い蝶ネクタイを身に着けたラカンは、自身の言葉を肯定するように居心地の悪さを全開にしていた。
では、何故そんなラカンがここにいるのか と言うと、それはアセナのためだ(正確には、アセナの口車に乗せられたためだが)。
「コイツを疑いたければ勝手に疑えばいい。だが、コイツの敵に回るって言うなら、それはオレも敵に回すってことだけは覚えて置けよ?」
舞踏会の雰囲気を軽くブチ壊しているが、ラカンに悪気は無い。ラカンとしては『軽く』忠告しただけだ。
どう聞いても宣戦布告にしか聞こえないが、ラカンとしてはプレッシャーを掛けてないだけマシなのだ。
仮にラカンがプレッシャーを掛けたとしたら、会場は失神者で溢れて目も当てられない惨状になるだろう。
「寝耳に水な事ですから、困惑なさることは当然のことです。ですが、皆々様におかれましては、どうか慎重な対応を お願い致します」
混乱させるようなことをしたのはクルトだが、それでも言うべきことは言わねばならない。
短絡的な行動に出られても対処はできるが、余裕がある訳ではないので控えてもらいたいのだ。
理想的なのは、元老院・帝国・アリアドネーで三竦みの構図になることだが……それは無理だろう。
何故なら、帝国が一歩も二歩も有利な立場になることが『これから起こる』からである。
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Part.02:白鳥の様に
「いやはや、クルト殿も人が悪い。アセナ様のこと、事前に知らせていただけても よかったのではないですか?」
アセナの紹介(と言うよりも一種の演説)を終えたクルトに紳士然とした男が話し掛けて来た。
その表情は にこやかで、その口調は穏やかだ。実に親しげな空気を醸し出している。
だが、その立場を考えると、それらの裏に「何故 報告しなかったんだ?」と言う詰問が見えて来る。
何故なら、この男は元老院議員の一人だからだ。しかも『黄昏の御子』を利用する考えの持ち主なので、詰問しない訳がないのだ。
そもそも、男が このパーティーに出席したのは「ネギを傀儡にする裏工作を行うため」であった。
ネギは『英雄』と『災厄の女王』の娘であるため、『使い方』次第で強力な毒にも薬にもなる。
麻帆良からの報告では、父親への妄執がなくなった代わりに従者の少年に大分 熱を上げており、
その従者の少年を『御せれば』ネギを意のままに操ることなど容易いだろう……と あったため、
男は件の従者の少年(つまり、アセナ)を金やら女やら名誉やらで籠絡する予定であったらしい。
だが、実際にパーティーが始まってみれば、主催者であるクルトが とんでもない爆弾を落としてくれたのだ。詰問で済んだのはマシかも知れない。
「私も『ウェスペルタティア王国の王族が見つかった』と言う『例の噂』は小耳に挟んではいましたが……
まさか、ネギ・スプリングフィールド嬢のことではなくアセナ様のことだった とは思いも寄りませんでしたよ」
実を言うと、アセナ達が魔法世界に来た頃から――正確に言うと、アセナとクルトが手を結んだ日の翌日から、
魔法世界では「ウェスペルタティア王国の王族が発見された」と言う噂が まことしやかに囁かれるようになっていた。
だが、それを聞いた元老院議員の多くは、その王族を最後の女王(アリカ)の娘であるネギのことだ と勘違いしていた。
そう、これまでアセナは「英雄の娘(ネギ)のパートナー」と言う肩書きしか知られていなかったのでノーマークだったのだ。
タカミチが同行しているのは「ネギの護衛」だと見られていたのでタカミチがアセナの護衛であることはバレなかったし、
同行者にはエヴァもいたのでアセナまで意識が向かなかったのである(『闇の福音』の効果は良くも悪くも抜群なのだ)。
ちなみに、クルトが一行を出迎えたのは「英雄の娘を引き込むための接触」と言う名目だったので気にもされなかったらしい。
情報を隠蔽しただけでなく、別の情報に意識を向かわせたのが功を奏したのだ。そう、情報操作はアセナの十八番なのである。
「申し訳ありません。何分、私としてもラカン氏から直接 紹介を受けるまで半信半疑でしたので……」
「しかし それでも、『アセナ様だと思われる人物がいる』くらいの情報は流せたのではないですか?」
「仰る通りですが、不確定な情報が一人歩きして混乱を生む可能性がありましたので自粛 致しました」
クルトは男の詰問を「直前まで確定していなかったので報告できなかったんです」と苦しい言い訳で躱わす。
確定しない情報が広まることで混乱が生まれるのは避けるべきだ。その意味では、クルトの対応は間違いとは言えない。
だが、確定していないのなら確定させればいいだけの話であるし、そもそも確定していなくても報告すべき内容だった。
つまり、クルトが意図的に情報を隠蔽していたことは明白であり、それは元老院への裏切り行為に近いものであった。
言い換えるならば、これはクルトの失態としか言えないものであり、付け入る隙とも言えるものだったのだ。
「それでも、我々に話を通していただかないと困りますねぇ。貴方の権限を越えていますよ?
将来が有望視されている貴方でさえ、今回の件は進退問題に関わって来るでしょうねぇ。
まぁ、私が口添えをすれば そこまで悪い結果にはならないかも知れませんが……ね?」
それ故に、男は袖の下を求めて来た。クルトには思惑があり、今回は それが裏目に出ただけ……と認識しているのである。
だが、それは大きな勘違いだ。クルトにとって これは失態ではなく、予定調和の出来事だからだ。
そもそも、男はクルトが元老院側であると認識しているが、クルトはアセナ側に立っているのである。
認識の違いによる勘違いだが、男が そう認識してしまうのは仕方がないと言えば仕方がないことだ。
利があるのは あきらかに元老院側であるため、普通なら元老院を裏切るような真似はしないからだ。
「御心遣い痛み入ります。ですが、この件に関して何も申し開きはありません。むしろ、私の本懐ですよ」
クルトには賄賂を渡す気などない。そもそもの問題として、今のクルトにはオスティア総督の地位など必要ないのだ。
協力者候補とアセナの橋渡しは既に終わっているため、今日この場でアセナを紹介した段階で『役目』は終わったからだ。
それ故に、クルトは「元老院の地位など もう必要ありません。失脚させたければ御自由に どうぞ」と言外で語る。
「……ああ、なるほど。つまり、我々と袂を別つつもりである訳ですか」
ここに来て、男は理解した。クルトが既に政治屋ではなくなり、英雄に戻ったことを。
アセナの情報を隠蔽していたのは、利益のためではなくアセナのためであったことを。
元老院を裏切った『ような』行為なのではなく、実際に元老院を裏切っていたことを。
そう、これまでのクルトとは違うことを、男は漸く理解したのだ。
「いいえ、違います。今のところ、元老院と袂を別つ気は『私には』ありません。
今回は元老院を裏切るような形になってしまいましたが、それは偶々です。
まぁ、元老院がアセナ様と敵対するならば、迷い無く袂を分かつでしょうけどね」
クルトは穏やかに微笑んでいたが、その冷たい瞳が「敵対すれば容赦しない」と雄弁に物語っていた。
「……そうですか。ラカン氏のこともありますから、一度 持ち帰ってから対応は慎重にさせていただきましょう」
「ならば、参考までに情報を お渡ししましょう。アセナ様はウェスペルタティア王国の復興など望んでいません」
「ほぉう? それでは、アセナ様は何を望んでいらっしゃるのですか? 参考までに お聞かせ願えないでしょうか?」
「それについては、近いうちに大々的に発表されます。ですから、残念なことに『私からは』何も言えませんよ」
「そうですか。貴重な情報、ありがとうございます、クルト殿。貴方方が敵にならないことを心から祈っておりますよ」
男はクルトとの会話を切り上げると、会場を後にする。恐らく、元老院に報告をするのだろう。
クルトは男の背を見送りながら、こちらの会話が終わるのを待っていたであろう集団に意識を向ける。
クルトと会話をしたい者――と言うよりも、クルトが相手をしなければならない者は まだまだたくさんいる。
一番厄介であった『黄昏の御子』利用派の元老院議員との話は終わったが、クルトの仕事は まだまだ終わらないのだった。
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「メガロメセンブリア元老院議員主席外交官ジャン=リュック・リカードでございます。以後お見知り置きを お願いします」
クルトが元老院議員の男と話している頃、アセナは黒髪を逆立たせたヒゲダンディーであるリカードに話し掛けられていた。
原作では「暑苦しいオッサン」としか描かれていなかったが、リカードの持つ主席外交官と言う肩書きは伊達ではない。
パーティーの厳かな雰囲気を壊さないどころか、むしろ雰囲気を牽引できるくらいにシリアスな会話も余裕でこなせるのである。
アセナも呼応するかのように重々しく「ご丁寧に ありがとうございます」とか「こちらこそ お見知り置きを お願いします」とか挨拶を返す。
「ところで、ラカン氏の言葉から察するに、これまではラカン氏に匿われていらっしゃったのですね?」
「いいえ。ラカン氏は私の味方をしていただいているだけでして、私を匿ってくださったのは高畑氏です」
「ほぉう? 高畑氏が…… と言うことは、旧世界のマホラにいらっしゃった と言うことですかな?」
「その答えは御想像に お任せします。まぁ、私の正体を知っていたのは高畑氏とイマ氏だけですけどね?」
「……イマ氏、ですか? まさか、そのイマ氏とは『紅き翼』のアルビレオ・イマ氏のことでしょうか?」
「ええ、そうです。ここだけの話なんですが、イマ氏は麻帆良の地下で隠遁生活を送っているんですよ」
リカードにベラベラと情報を喋っているのは、リカードを信用してのことではない。公開する情報を制限するためだ。
アセナが神蔵堂 那岐として麻帆良にいたことは調べれば簡単にわかる。ここで誤魔化しても意味がない。
むしろ、「アセナの存在を知りつつも報告しなかった」と近右衛門が責を問われるのを回避すべきだった。
それ故に、アセナはアルビレオの情報を明かして「近右衛門に責を問うな」と遠回しに牽制したのである。
ちなみに、(造物主問題が片付いたため)麻帆良に とどまる理由がなくなったアルビレオは別に居場所が知られても問題はないらしい。
「それと、これも ここだけの話なのですが……噂では『完全なる世界』の残党が掃討されたそうですよ?」
「――ッ!! そ、そうですか。ちなみに、その『噂』は『いつぐらい』に お知りになったのでしょうか?」
「一月ほど前です。『とある伝手』で知りましてね。御蔭で、警戒すべき相手が減って少し安心できましたよ」
「……そうですか。ところで、その噂は『どのくらいの規模』で広まっているものなのでしょうか?」
「今のところは、私の『協力者』の間だけ でしょうね。まぁ、これからは周知のこととなるでしょうが」
アセナの言う『協力者』とは、移民計画に賛同している者達のことで、この一ヶ月のアセナの成果とも言える。
「それは つまり、私に噂を広めろ……と言うことでしょうか?」
「別に強制はしませんよ。ただ、口止めをする気もありませんけどね?」
「なるほど。ここまでの情報はオープンにする心算なのですね?」
「それも御想像にお任せしますよ。元老院議員『主席』外交官殿」
態々 肩書きだけで呼ぶことで「それくらい自分で判断してください」とか「これで話は終わりです」とかと暗に示し、アセナは その場を後にする。
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「『御初に』お目に掛かります、アセナ様。私はアリアドネー魔法騎士団候補学校総長セラス・ヴィクトリアと申します」
リカードと別れたアセナは数人の人物と特筆すべきことのない会話をした後、角を持った金髪美熟女――セラスに話し掛けられた。
態々『御初に』と強調したのは、実際には これが初対面ではないからだ。この一ヶ月の間に何度か会い、協力関係を結んでいたのだ。
まぁ、言うまでもないだろうが、初対面である振りをしているのは面識があることが知られると余計な勘繰りをされるからである。
「ところで、一人 紹介したい『生徒』がいるのですが……よろしいでしょうか?」
軽く挨拶や世間話が終わったところで、セラスが仲介話を切り出して来る。
ウェスペルタティア王国が復興する と仮定して今から渡りを付けたいのだろうか?
アセナには復興する気などないが、相手が そう仮定することは想像に難くない。
それとも、ストレートに『黄昏の御子』を手駒にしたいだけ なのだろうか?
まぁ、どの道セラスの顔を潰す訳にはいかないのでアセナに断る選択肢など無いが。
「ええ、もちろんです。美人からの頼みは断れませんからね」
アセナは冗談を交えつつ快諾する。実際には、セラスがアリアドネーの有力者だから だが、そんな露骨な表現はしない。
互いに事情がわかりきっていても取り繕うしかないのだ。形式美とは そう言うものだし、女性を褒めるのは紳士の嗜みなのだ。
ちなみに、お世辞で言われている とわかりきっていても、褒められれば嬉しいことは嬉しいらしい(少なくとも、セラスは)。
「アリアドネーの魔法騎士団候補学校所属のエミリィ・セブンシープでございます。以後お見知り置きを お願い致しますわ、アセナ様」
セラスに促され(それまでセラスの後方で出待ちをしていたが、アセナは敢えて気にしていなかった)少女が前へ進み出て自己紹介をする。
その少女は、褐色の肌と長く尖った耳を持つ亜人で、金髪をツインテールにしている。そう、アリアドネー編での いいんちょポジションの娘だ。
恐らく、エミリィの後ろに控えている黒髪ショートカットの少女はベアトリクス・モンローだろう。目障りにならない護衛と言う意味では合格だ。
まぁ、「目立たない」と言うよりは「視界に入っても邪魔ではない(むしろ、視界が華やぐ)」と言う意味での「目障りにならない」だが。
どうでもいいが、竹達ヴォイスと花澤ヴォイスのコンビが個人的に大好き(オレ芋的な意味で)なアセナとしては、この二人に悪い評価は下し難い。
それに「セブンシープ家として」ではなく「候補学校の生徒として」セラスに紹介させたこともポイントが高いだろう。
ここで家を持ち出されていたら、王族と言う立場からアセナはエミリィを『家の付属物』として見ざるを得なかったのだから。
エミリィの意図は不明だが、アセナは いい印象を持ったので、少なくとも「顔を売る」と言う目的だけは成功だろう。
何故か、恋する乙女のような視線を感じるが、それは気のせいに違いない。と言うか、これ以上のフラグは勘弁して欲しい。いや、マジで。
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Part.03:華は咲き誇り、葉は生い茂る
「やぁ、神蔵堂君。どう、かな……?」
会場での攻防で精神的な疲労が蓄積されたアセナは、癒しを求めてバルコニー(人目のない安全地帯)へ移動した。
腹に何を飼っているかわからない狸達との会話は嫌いではないアセナだが、さすがに連続で行うと疲れるのだ。
だが、そんなアセナの ささやかな休息は銀髪の少女――フェイトの登場によって瞬く間に終わりを告げた。
ちなみに、今のフェイトは『少女』と表現されたように、大人バージョンになっている。まぁ、理由は極めて謎だが。
「うん、よく似合っているよ、フェイトちゃん。状況を忘れてダンスを申し込みたいくらいに、ね?」
先程のフェイトの言葉を「ドレス姿の感想を求めているのだろう」と受け止めたアセナはストレートに褒める。
ストレートなのは褒め言葉のレパートリーが少ないのもあるが、気持ちは素直に伝えるべきだ と考えているからだ。
ちなみに、フェイトのドレスは白を基調としたシックなもので、フェイトの美しい銀髪に とてもよく似合っている。
「あ、ありがとう。こう言う格好をするのは初めてだから、似合っているか ちょっと不安だったんだ……」
アセナの言葉を受けたフェイトは、照れたように頬を染めつつ言葉を つっかえながら応える。
出会った頃は あまり感情を見せなかったフェイトだが、最近では よく感情を見せてくれている。
それは『完全なる世界』と言う重荷を背負わなくなったからだろうか? それとも…………?
ところで、フェイトが会場にいる理由だが……言うまでもないだろうが、アセナを監視するためである。
造物主がアセナを見定めることになった以上『完全なる世界』もアセナを見ていることしかできない。
造物主がいなくては【完全なる世界】を造れないのもあるが、造物主の意思を尊重したのである。
まぁ、デュナミスが「『黄昏の御子』の邪魔をして造物主を取り戻すべきだろう!!」と抗弁していたが、
それは造物主とアセナの契約を破ることであり造物主の顔に泥を塗ることになるため、すげなく却下となった。
もちろん、造物主の意思を尊重するためだけにフェイトがアセナを監視している訳ではないが。
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時は少し遡り、8月16日(土)。『完全なる世界』の活動方針がアセナを見守る形に落ち着いた翌日のこと。
フェイトがアセナに「余計な邪魔(デュナミスとか)を排除するためにも同行させて欲しい」と同行を申し出て来た。
「……むしろ、こちらが お願いしたいくらいさ。よろしくね、フェイトちゃん」
デュナミスを封印すれば済む話ではあるが、アセナとしては護衛役が増えることは有り難い。
また、監視も目的に含まれていることはわかっているが、善意も多分にあることもわかっている。
それに、うまくすれば『完全なる世界』と繋がりのある権力者の情報も得られるかも知れない。
それ故に、アセナはフェイトの申し出を快諾した。ネギが騒ぎそうな気はするが、敢えて気にしない。
「わかっているだろうけど、ボクはキミを手伝うつもりはないからね?」
「うん、わかっているよ。でも、失敗を推進する訳でもないんだろ?」
「もちろん。ボクはキミを見ながらキミを守るだけさ。キミの傍で、ね」
何故か『傍で』と言う部分に妙なアクセントがあった気がするが、きっと気のせいだろう。そうに違いない。
「……そう。それじゃあ、せいぜい失敗しないように努力するよ」
「ちなみに、タイムリミットは最短で9年6ヶ月だから、頑張ってね」
「大丈夫だよ。このまま進めば、時間など『どうとでも』できるからね」
時間と言う制限は最も大きな弊害だろう。だが、アセナは航時機(カシオペア)と言うチートがある。
たとえ9年6ヶ月後までに移住の準備が整わなかったとしても、未来から援護射撃が可能なのだ。
特に、一番のネックとなるであろう『テラフォーミングの理論』を未来から得られるのは大きな利点だ。
それに、魔力と言う形の無い(だが、万能な)資源もアンドロメダに積めば輸送することも可能だし。
と言うか、既に『テラフォーミング理論』は未来から届いているし、アンドロメダも大量に届いている。
後は、魔法世界側の首脳を説得して協力体制を築き、地球側の首脳に火星のテラフォーミングと居住権を認めさせるだけだ。
それさえ成功させれば、アセナの移住計画は充分に実現可能だ。それを成すだけの理論も資源(魔力)も揃っているのだから。
それに、最悪の場合は、大量のアンドロメダによって魔法世界と地球の首脳を『洗脳』してしまう……と言う手段すらある。
「最も厄介な課題は残っているけど……それも『どうにか』なりそうだし、とりあえずは問題ないさ」
余談だが、アセナとフェイトの間で交わされていた諸々の契約は両者の合意の下 破棄されている。
京都の時の質疑応答云々の契約(29話参照)もヘルマンの時の敵対云々の契約(34話参照)も、
要は「アセナがフェイトから身を守るための契約」でしかないため、今となっては不要なものだからだ。
つまり、アセナは「フェイトが自分と敵対しない」とフェイトを信用したのである。
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「ナギさ~~ん♪ ボクは どうですか?」
ちょっといい雰囲気になりそうだったところで、空気を壊すかのように乱入者(ネギ)が現れる。
狙ったとしか思えないタイミングにフェイトは涼しい顔をしながらも内心ではムッとしているが、
アセナは「ある意味でファインプレイ、ネギ」とか思っているのは、ここだけの秘密にして置こう。
「ああ、うん。ネギもよく似合っているよ。思わず、この後の予定を確認したくなるくらいに、ね?」
ネギもフェイト同様に大人バージョンになっており、淡いピンクなドレスに身を包んでいる。
ネギの話では「子供の姿では着られるドレスの種類が限られますから」らしいが真意は不明だ。
恐らく、アセナに寄り付く虫(ネギ視点)を排除するためだろうが、アセナは違うと信じている。
「えっへへ~~♪ ナギさんのためなら予定なんて幾らでも空けちゃいますよぉ? って言うか、永遠にフリーダムです♪」
アセナの「褒め言葉と言うよりはセクハラ臭いセリフ」に喜べるのがネギのクオリティである。
と言うか、常識的に考えてアセナのセリフは初対面の女性に言ったら殴られるのがオチだろう。
そもそも、ネギの言った「永遠にフリーダム」と言う言葉の意味もイマイチわからないのだが。
「ところで……確か、フェイト・アーウェルンクスって言ったっけ? ボクのナギさんに何か用なの?」
アセナに褒められて(?)満足したのか、ネギは本来の目的であるフェイトに意識を向ける。
言うまでもないが、ネギの目は『敵』を見る目だ。むしろ「この泥棒猫が!!」と言いたそうな目だ。
どうでもいいが、ネギは「ボクの」とか言っているが、ネギが勝手に口走っているだけである。
「……これはボクと神蔵堂君の問題だからね。キミには関係ないよ、ネギ・スプリングフィールド」
あきらかに喧嘩腰なネギに対し、フェイトは不機嫌も露に「お前には関係ない」と応える。
と言うか、世間話程度のことしかしていなかったので、別に隠す必要もないことなのだが。
それなのに、フェイトの言い方では あたかも『何か特別なこと』があったようではないか?
アセナとしては、火に油を注ぐ――と言うか、火にガソリンを投入する のはやめてもらいたいものだ。
「何を言っちゃってるのさ? ナギさんのことなんだから、ボクが関係ない訳がないじゃないか?」
「キミの耳――いや、頭は腐っているのかい? これは『ボク達の問題だ』って言っているだろう?」
「そっちこそ頭が沸いてるんじゃないの? 『ナギさんの問題はボクの問題だ』って言っているじゃないか?」
「そもそも、それが間違っていることに気付けないのかい? 神蔵堂君の問題は神蔵堂君のものだよ?」
「間違ってなんかいないさ。だって、ボク達は深い信頼で繋がった一心同体のパートナーなんだからね」
「ハッ!! 深い信頼? 不快指数を上げるような世迷言は やめてもらいたいね。キミの独り善がりだろう?」
「現実が見えていないのは悲しいことだね。仮契約すら結んでもらえていない『新参者』は哀れでしかないよ」
「ふぅん? ボクには、仮契約 程度のことで満足して慢心している『お古』の方が哀れに感じるけどね?」
しかし、アセナの願いは軽く無視され、二人は不穏な空気を発し続ける。と言うか、今にも戦いの火蓋は切って落とされそうだ。
アセナが「あれ? 何でイキナリ喧嘩になってんの? 紅茶派とコーヒー党の仁義無き戦いなの?」とか現実逃避したのは言うまでもないだおる。
最近だと ここら辺でアーニャが乱入して来るのがパターンとなりつつあるが、今回はアセナとネギが分断されているのでスルーしているようだ。
ついでに言うと、ネカネも茶々緒も(それぞれ理由は異なるが)「遠い目をしたアセナを見ていたい」らしく、やはり放置の方向である。実に酷い。
アセナは外敵に対しては多くの味方を有しているのだが、何故か身内同士では味方がいないのだった。
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余談となるが、こうしてネギが暴走気味になっているのには、それなりの背景がある。
実は、ネギは(既に追い求めてはいないものの)父親と6年ぶりの再会を果たしたのである。
「父……さん…………?」
アセナに連れられ、ラカンの家(何度も言うが、ラカンが勝手に住み着いている建物)を訪れたネギが見たのは、
何らかの魔法が施されたベッドにて、死んだように眠っている赤髪の青年――ナギ・スプリングフィールドであった。
その傍にはナギの容態を看る胡散臭い人形(アルビレオ)があったが、ネギは興味がないので軽くスルーしたらしい。
「うん。何でも、10年前の戦いで造物主に身体を乗っ取られて『何処か』に封印されていたらしいんだけど……
この前の『完全なる世界』との会談の時に、封印が解除されたり造物主と分けられたりしてね、どうにか救出したんだ」
ナギが麻帆良の地下に封印されていたことは、別に態々 知らせる必要がないことなので『何処か』と言葉を濁して置く。
しかし、何故に麻帆良の地下に封印されていたのだろうか? 世界樹の魔力を利用して封印していたのだろうか?
原作の学園再編の時に世界樹下の遺跡が描かれた辺りから『何かある』とは思ってはいたが、微妙に腑に落ちないアセナ。
まぁ、アルビレオが引き籠っていたのは、研究だけでなく封印の管理もあったのだろう……と好意的に納得して置くが。
「…………何で寝ているんですか?」
ネギの言う通り、ナギは寝ている。偶々 寝ているのではなく、救出してから ずっと眠ったままなのだ。
時間としては1週間以上も寝ていることになり、アルビレオの看病がなければ大変なことになっていただろう。
「アルビレオの話では、乗っ取られてからも意識があったようで抵抗を続けていたらしく、いろいろ負荷が掛かっていたみたい。
それに、封印も封印で地味に体力やら魔力やらを奪っていたっぽいから、コンディションは最悪としか言えないんだって。
んで、解放されたことで緊張が緩んで、積もりに積もった疲労が圧し掛かって来たから『冬眠に近い形』で回復してる らしいよ」
かなり適当な説明だが、アセナに説明したアルビレオも原因を把握している訳ではない。あくまでも推測でしかないのだ。
「じゃあ、起こすのは難しいんですね。なら、寝たままでもいいです」
「ん? いいって何が? 感動の再会シーンをするのがってこと?」
「いえ、育児放棄された10年間の恨みとか怨みとかを晴らすのが、です」
アセナの尤もな問い掛けを非常に『いい笑顔』で一蹴するネギ。とても いい感じで黒いオーラが立ち上っている。
その様子を見てネギを止めるどころか「どれだけの恨みや怨みを抱いているんだろう?」と疑問に思ったアセナは悪くないだろう。
また、無言でナギの傍から退避したアルビレオも悪くないに違いない。いくら仲間とは言え、親子喧嘩の巻き添えなど誰でも御免だからだ。
「契約により我に従え高殿の王 来れ巨神を滅ぼす燃ゆる立つ雷霆 百重千重と重なりて 走れよ稲妻『千の雷』――」
ネギは杖を構えて、ブツブツ呪文を詠唱する。その詠唱内容から察するに魔法は『千の雷』だろう。
しかし、ここは屋内だ。屋内で広域殲滅魔法など使おうものなら、建物は崩壊するのが自明だ。
まぁ、ラカンが勝手に住み着いているだけの建物なので、最悪の場合は壊れてもアセナには無関係だが。
「――術式固定!!」
しかし、ネギは そのまま『千の雷』を発動(放出)することはせずに『固定』して右手に待機させる。
この技法は『闇の魔法』だろうか? 魔法のことは門外漢なアセナには、それくらいしか思い付かない。
と言うか、一体いつの間に修得したのだろうか? アセナ的には「聞いてないよ!!」と叫びたいところだ。
だが、これは『闇の魔法』ではない。魔法を放出せずにとどめるだけの技術で『術式操作』と呼ぶべきものだ。
「影の地 統ぶる者 スカサハの 我が手に授けん 三十の棘もつ 愛しき槍を『雷の投擲』……術式固定!!」
続いてネギが詠唱して左手に『固定』した魔法は『雷の投擲』だ。
恐らくは、原作ネギがラカン戦で使用した『合成魔法』を使うのだろう。
しかし、そのアセナの予想は いい意味で裏切られることになる。
「術式統合……集束!! 雷神剣『カラドボルグ』!!」
原作では『術式統合』だけで「雷神槍『巨神ころし』」を作ったが、ここでは更に『集束』を行い、槍ではなく剣にしたのだろう。
ちなみに『カラドボルグ』とは。ケルト神話のアルスター伝説に登場する剣のことで、原義は『硬い稲光』だ と言われている。
また、一説ではアーサー王伝説で有名な聖剣『エクスカリバー』の原型とも言われている。まぁ、「雷神の剣」を名乗るに相応しいだろう。
グサッ
そうとしか表現できない嫌な音を立てて『カラドボルグ』がナギ・スプリングフィールドの胴体に突き込まれた。
英雄と呼ばれた彼は、意識がなくても魔法障壁を展開していた。だが、『カラドボルグ』は それすらも貫いたようだ。
もちろん、血は出ない。剣の形状をしているだけで性質は雷であるため、肉を貫くと同時に焼いたから血が出ようがない。
「グハァアアア!!!」
余程の痛みだったのだろう。意識がないにもかかわらず、絶叫を上げるナギ・スプリングフィールド。
その絶叫はアセナが それまでに聞いた寝言の中で堂々のトップを誇るインパクトだったらしい。
まぁ、寝言として処理していいのかわからないレベルのものだが、寝ているので寝言でいいだろう。
「……とりあえず、これで我慢して置きます。続きは起きた後にネッチリ & タップリとOHANASHIしてOSHIOKIします♪」
一仕事やり終えた表情で、ネギは爽やか過ぎる笑顔を浮かべて死刑宣告にも似たことを告げる。
ネギは これ以上の攻撃をするつもりなのだろうか? いや、ネギはやる と言ったら必ずやる。
それがどんなに無茶苦茶なことでも、ネギがヤると言った以上それは実行されるに違いない。
一部始終を見ていることしかできなかったアセナとアルビレオは「娘って怖い」と深く感じたとか感じなかったとか。
余談となるが、この攻撃のショックによってナギ・スプリングフィールドは目を覚ましたが、
怪我の治療のためにもネギの追撃を受けないためにも『起きない方がいい状態』になったらしい。
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「……まったく、小娘達は無駄に元気だな」
冷戦状態になったネギとフェイトを遠い目で見ていたアセナに、エヴァが苦笑交じりに話し掛けて来る。
ちなみに、エヴァも二人同様に大人バージョンになっており、落ち着いた黒のドレスで着飾っている。
一瞬「誰?」と思ったアセナだったが、偉そうな口調とエヴァっぽい容姿からエヴァと判断したらしい。
「エヴァ? ……どうして ここにいるの? ナギさんの所にいなくていいの?」
公の場に姿を現したことも驚きだが、それ以上にナギの傍を離れるエヴァに疑問を持つアセナ。
さすがに「ロリじゃないエヴァなんてエヴァじゃない!!」などと言う戯言は言わないようである。
「……ナギにはエロナスビが付いているからな、私が付いている必要はない」
「そう? でも、アリカさんがいない今が略奪するチャンスなんじゃない?」
「はぁ。貴様は相変わらずバカと言う、かマヌケと言うか……実に最低だな」
「酷い言われ様な気がするけど、否定しても意味がないから甘んじて受けよう」
「素直に受け止めた点は評価してやるが、そもそもがダメなので完全にアウトだな」
溜息を吐きながら不機嫌を露にするエヴァ。アセナは そんなエヴァに首を傾げるしかない。
「そもそもがダメ? じゃあ、一体『何が』『どう』ダメだって言うのさ?」
「……はぁ。それがわかっていないから貴様は根本的にダメなのだよ」
「いや、だから、何がわかっていないのさ? 意味がわかんないんだけど?」
アセナのダメっぷりに溜息を吐くしかないエヴァは「もう知らん」とパーティー会場を後にする。
相手がエヴァでなければ追うところだが……相手がエヴァなのでアセナはその背を見送る。
まぁ、そう言った部分がエヴァに「根本的にダメ」と言われているところなのだが、
生憎とそれを指摘してくれる存在がいないため、アセナは己の失態に気付くことはできない。
そう、アセナはエヴァの気持ちが己に傾きつつあることに気付いていないのである。
アセナは未だに「エヴァはナギ・スプリングフィールドに惚れている」と思い込んだままなのだ。
実際、最初の頃はそうだった。エヴァはアセナを「保護すべき対象」としか見ていなかった。
だが、交流を重ねるうちに「身内」として見始め、それから段々と好意を持つようになっていった。
とは言え、ナギが好きなことも変わらない。ナギとアセナの間で気持ちが揺れているような状態だった。
そして、幸か不幸か、そんな状況の時にナギが救出され、期せずしてナギと再会してしまったのである。
そう、その時エヴァは気が付いたのだ。ナギと再会しても然程 嬉しくなかったことに気付いてしまったのだ。
(そもそも、女が着飾っているのだから、まずは嘘でも何でも褒めるのが常識だろうが!!
それなのに、あのバカと来たら、よりにもよってナギの話題を出して来おって……!!
と言うか、小娘達に対しては褒めてたよな? 微妙な褒め言葉だったが褒めてはいたよな?
つまり、アレか? 小娘達は褒めるに値したが、私は褒めるに値しなかった……と言う事か?
クックックックック……随分と舐めた態度を取ってくれたものだなぁ? 後で覚えていろよ?)
アセナは気付かない。ヒントは散らばっていたのに気付けなかった。いろんなフラグが建ってしまったことに……
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そんな彼等の様子を遠く離れたところから(望遠レンズでズームして)覗いていた存在――茶々母娘がいた。
「エヴァンジェリン様には申し訳ないですが、あれが お兄様のクオリティですから仕方ありません」
「ハァハァ……気持ちに気付いてもらえずにヤキモキしているマスターが可愛い過ぎて死にそうです」
「……もう少し自重してください、お母様。最近、非実在青少年への風当たりが厳しいんですよ?」
「実に悲しいことですね。多くの愚民がロリと言う至高の嗜好を表面的にしか見ていない証左ですね」
茶々緒の諫言を「そんなの知ったことか」と言わんばかりに跳ね除ける茶々丸。ある意味で揺ぎ無い精神である。
「と言うか、お母様のような変態が存在していやがるから規制の対象になるのではないでしょうか?」
「失礼な。節度のある趣味は個人の自由であり、これでも私は節度を持って趣味を行っているのですよ?」
「つまり、それでも自重しているので、これ以上の自重はするつもりがない……と言いたいのですか?」
「その通りです。仮に私が自重をやめてしまったら……この作品はXXX版を通り越して削除対象ですよ?」
具体的に言うと、未来の科学技術をエロ方面に悪用する感じである。夢も希望もない、欲望だらけの話にしかならないだろう。
「ダメ過ぎる発言をしているのに、何故そんなに勝ち誇っていらっしゃるのか……私には理解不能です」
「いつか貴女にも わかりますよ。手始めに、神蔵堂さんの下着の匂いを嗅ぐことから始めたら いかがです?」
「世間的には『手始めに』行うことではない気がしますが……その点は安心してください。既に習慣です」
「……ほぉう? つまり『これが お兄様のパンツ…ゴクリ、くんかくんか』と言った状態な訳ですね?」
どんな状態だろうか? と言うか、茶々緒も茶々緒で既に踏み越えてはいけないラインを踏み越えていたようだ。
結論:ツッコミ役もボケると収集が付かなくなる(凄く当たり前のことだが)。
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Part.04:衝撃の宣言
「――唐突ですが、ここでヘラス帝国第三皇女であらせられるテオドラ様より重大な発表がございます」
会場が宴も酣と言った雰囲気に包まれる中、クルトが再び舞台に上がって今度は褐色肌の女性を舞台に引き上げる。
引き上げられた女性は優雅に舞台の中央まで進み出ると、高貴さを漂わせる穏やかな笑みを浮かべる。
これだけを見ると完璧な皇女にしか見えないが、普段の彼女――テオドラを知る者には「猫 被り過ぎ」にしか見えない。
もちろん、『アセナ』の記憶もあるアセナは後者になり、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「皆様、私のために貴重な御時間を割いていただき まことにありがとうございます。
只今ご紹介に与りました、ヘラス帝国第三皇女テオドラ・ヘラスでございます。
そして、ゲーデル総督の仰った重大な発表と言うのは、私の婚約者のことなのです」
ここまでの話だけで、アセナの中に警報が鳴る。特に『婚約者』と言うキーワードはヤバい。いや、ヤバ過ぎる。
「今この場で態々 話題にしたことから、察しのよい皆様なら既に お気付きでしょう。
そうです、私の婚約者とは、先程 紹介されたアセナ・エンテオフュシア様です。
つまり、アセナ様の身元はゲーデル総督とジャック氏だけでなく帝国も保証します」
(なっ、何だってェーーー!!)
身元を保証してくれることは嬉しいし、婚姻によって協力関係が磐石になることも嬉しい。
だが、だからと言って何も聞かされていないのに婚約が決まっているのは驚きだ。
いや、まぁ、さっきのセリフで ある程度 予想は付いていたが……それでもショックは甚大だ。
木乃香の婚約者として西の重鎮に挨拶させられた時(27話参照)も不意打ちに近かったが、今回はより酷い。
(このちゃんの時は それなりの覚悟ができていたから平気だったけど……今回はヤバい!! マジ テンパってる!!
具体的に言うと、知っていたのに まったく知らせたなかったクルトをOSHIOKIしたいくらいにテンパってるさ!!
って言うか、ネギとかネギとかネギとか が暴走しそうでヤバい!! オレ、もしかして ここで死ぬんじゃない?!)
木乃香の時はブラフやら何やらで納得させることができたが、今回は何も言い訳を用意していない。下手を打つとここで詰むだろう。
『クルトォオオオオ!! これ、どーなってんの!? ねぇ、どぉなってんのぉおお?!
納得のいく説明をプリーズ!! って言うか、お願いだから説明してください!!
そして、ネギにも代わりに説明してください!! オレ、まだ死にたくないです!!』
『……アセナ様、どうか落ち着いてください。英語で言うと、ビークールです』
『これが落ち着いていられるかぁああ!! と、言いたいところだけど……ここは落ち着こう。
だから、説明をしてくれないかな? ある程度は予想が付いているけど、情報が欲しいんだ。
ちなみに、ネギへの説明については かなりマジなので、前向きに検討してもらいたいです』
テンパった勢いのままクルトに『念話』をするアセナだったが、思いの丈をぶつけたことで いささかクールダウンしたようだ。
『まぁ、実を言いますと、アセナ様がアリアドネーなどで裏工作に奔走なさっている間に、
記念祭の式典の打ち合わせに見えたテオドラ様が「アセナを出せ」とか騒ぎ出したので、
仕方なく、アセナ様が魔法世界を救うために奔走なさっていることを告げたのです』
クルトが「仕方がなかったんです」と言いたげに伝えて来るが、他にも遣り様があったようにしか感じられないのは何故だろうか?
『そうしたら、何故か「帝国は任せよ。その代わりに……」と言うことに なっていました。
いやはや、実に不思議な現象です。私には何が起きたのか理解すらできませんでしたよ。
あ、ちなみに、ネギ嬢への説明は遠慮させていただきます。私には荷が重過ぎますからね』
クルトは「想定外の出来事です」と語っているが、あきらかに想定内の出来事だろう。クルトが この程度のことを想定していない訳がない。
『いや、そうは言うけどさ……こうなることがわかっててテオに話したんだよね?
むしろ、説得を省くために こうなることがわかってて話しやがったんだよね?
って言うか、「帝国は大丈夫です」って言ってたのは こう言う裏があったんだね?』
思えば前兆はあった。クルトが妙に太鼓判を押していた辺りで疑ってみるべきだったのだ。
『いえいえ、私のような若輩者では こうなることなど思いもよりませんでしたよ?
と言うか、この短期間で皇帝を了承させてしまうなんて本当に想定外でした。
少しばかりテオドラ様を見縊っていたようで……想定以上の行動力をお持ちのようです』
『……つまり、狙ってやったことは狙ってやったけど、狙い以上の結果になっちゃったんだね?』
『まぁ、平たく言うと そう言うことになりますね。ですが、誤算は誤算でも、嬉しい誤算の方ですけどね。
正直な話、元老院と対峙する時に帝国とのパイプがあることをチラつくせられればいい ぐらいでしたから。
いやぁ、人生 何が起こるかわからない と言いますが、まさに その通りですね。いい勉強になりましたよ』
クルトは綺麗に締め括ろうとするが、アセナとしては こんなところで話を終わらせる訳にはいかない。
ちなみに、何気にネギの件がスルーされているが、クルトに押し付けるのをあきらめただけで忘れた訳ではない。
『経緯はわかったけど……何で事前に教えて置いてくれなかったのさ? かなりビックリだったんだけど?』
『申し訳ありません。話し合いの結果、せっかくだからサプライズにしよう と言うことになったのです』
『なるほど、要らないサプライズに涙が出そうだよ。って言うか、話し合いって誰とのさ? テオかい?』
『いいえ、タカミチです。タカミチが「どうしてもサプライズで祝いたい」と駄々を捏ねた結果です』
『へ~~、そーなんだー。ありがとうね、クルト。パーティーが終わったら、タカミチとOHANASHIするよ』
別にアセナはテオドラと婚約を結んだことが嫌なのではない。婚約による被害は嫌だが、婚約自体は嫌ではないのだ。
嫌だったのは、自分の与り知らないところで話が決まっており、しかも その情報が一切 自分に入って来なかったことである。
アセナにとって情報は生命線だ。今回はサプライズなので仕方がない と言えば仕方がないが、それでも秘匿されるのは困る。
まぁ、情報の伝手がクルトしかなかった時点でアセナのミスなのだが(情報網は複数用意すべきであることを忘れていた報いだ)。
(……最近、交渉に意識を傾け過ぎていたね。これからは情報についても意識して置かないと、つまんないところで躓きそうだ)
アセナは自覚していなかったが、『完全なる世界』のことが うまく片付いたことで少し気が抜けていたことは間違いない。
クルトを信用していた と言えば聞こえはいいが、クルトが重要な案件を隠していたことに気付かなかったことは変わらない。
もしかしたら、クルトは それを戒めるために敢えて隠していたのかも知れない。そう考えると、クルトを責めることはできない。
とりあえずは冷静になれたことだし、今は先程からチラチラと話したそうに こちらを見ているテオドラと話をして来るべきだろう。
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「久しいのぅ、アセナ」
婚約発表を行った直後に二人が会場で話そうものなら人目が凄いことになるだろう。
それが予想できていたためアセナは目配せでテオドラを人目の少ないバルコニーに誘った。
「うん、久し振りだね、テオ」
二人きりになった途端に皇女然としていた様子は鳴りを潜め、無邪気そうな笑顔を浮かべる。
その変わり身の早さに驚きよりも感心が先に来たアセナは、思わず再会を懐かしんでしまう。
だが、今は そんな場合ではない。二人がバルコニーに消えたことは不特定多数に目撃されたため、
余りにも長い時間をバルコニーで過ごしてしまうと『妙な勘繰り』をされてしまい兼ねないからだ。
まぁ、その他 大勢に誤解されてもアセナは あまり気にしないが、ネギなどの『対応が面倒な相手』の誤解は避けたいのである。
「かれこれ15年振りくらいかのぅ? お互い、随分と変わったものじゃなぁ」
「そうだね――って、そうじゃなくて、さっきのは ちょっと遣り過ぎじゃない?」
「うぐっ。た、確かに、少しばかり強引じゃったかなぁ、とは思うておる」
アセナは「全然 少しじゃないけどね」と思いつつも、頷くだけに止めて続きを促す。
「じゃが、それもこれも ちっとも相手をしてくれん御主のせいじゃ!!」
「え? 何それ? 全然 意味わかんないんだけど? いや、マジで」
「魔法世界に来ておるクセに連絡すら寄越さない とはどう言う了見じゃ?」
「いや、それはクルトから聞いたでしょ? オレ、多忙だったんだけど?」
しかし、続けられた言葉はアセナの予想を超えていた。何故アセナのせいになるのか、意味がわからない。
「そんなこと知らん!! クルトやジャックから話だけ聞かされる妾の身にもなれ!!」
「いや、そこは事情を察して陰ながら支えるのが『いい女』ってもんじゃないの?」
「そんな古い価値観など知ったことではないわ!! 今は女が引っ張っていく時代じゃ!!」
握り締めた拳を天高く突き上げて宣言するテオドラに さすがのアセナもドン引きだ。
「いや~~、実に肉食系女子な発言だね。草食系なオレとしては頼もしい限りだよ、うん」
「は? 御主が草食系? むしろ、肉食系じゃろ? どの口で草食系とか言うんじゃ?」
「え~~と、女性に対して強く出れないところとか、実に草食系男子だと思わないかね?」
むしろ、それはヘタレと言うのではないだろうか? まぁ、敢えて気にしないが。
「じゃが、それは見た目だけで、実際の主導権は御主が握っておるのじゃろ?」
「…………テオってば鋭くなったねぇ。伊達に皇女はやってないってことかな?」
「御主には及ばんよ。まさか、『完全なる世界』を手中に収めるとは思わなんだ」
「手中に収めたって言うか(造物主を脅したうえで)協力関係を結んだだけだよ」
テオドラの言う通り、強く出れないだけで、実際のところの主導権はアセナが握っている。
普段はアレなことが多いが、重要な場面ではアセナの意思を優先させているのがいい例だろう。
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「しかし、話を蒸し返すようじゃが……本当に変わったのぅ」
適当な雑談を交わしながら、アセナとテオドラは旧交を温める。
そんな場合ではないが、本題(婚約について)の準備運動のようなものだ。
「まぁ、昔は同じくらいの背丈だったけど、今じゃ見下ろしてるからね」
「いや、そうではない。外見もあるが、妾が言いたいのは中身の方じゃよ」
「……昔は人形に近かったからねぇ。そりゃ随分と変わっただろうさ」
別人の成分も含まれているのだから、変わっていない方が おかしいだろう。思わず苦笑が漏れてしまうアセナ。
「まぁ、昔の無愛想なクセに根は優しい御主もよかったが……今は今で よいぞ?」
「……何だか告られている気がして思わず勘違いしちゃいそうになるんだけど?」
「ん? 御主は、妾が好きでもない男と婚姻を結びたい と願うた、と思っておるのか?」
アセナの苦笑を どう受け取ったのか、テオドラが予備動作もなく本題に切り込んで来る。
「そりゃそうなんだけど……実は、その話にイマイチ実感が持てないんだよねぇ」
「まぁ、あきらめるんじゃな。突然の婚姻話など王族や皇族では当たり前じゃ」
「そうなんだけど、そもそもテオに好かれていることに実感が無いんだよねぇ」
突然の婚姻にもテオドラの好意にもアセナは実感が持てない。それ故に、婚約を受け止め切れていないのかも知れない。
「……実を言うと、妾は昔から御主が好きじゃった。多分、初恋じゃったんじゃろうな。
普通は冷めるものなんじゃろうが、何故か妾の場合は一向に衰えんかったのじゃ。
恐らくは、誰かとの婚姻話が出る度に御主の顔がチラついていたのが原因じゃろうな。
もちろん、昔の御主と今の御主とでは いろいろと変わっていることなど わかっておる。
じゃが、それでも、妾には御主以外の男と結婚するイメージが沸かなかったんじゃよ」
テオドラの独白で、現在と過去を分けながらもアセナとの婚姻を望んだことがアセナにもわかった。
「……そこまで言われちゃうと、断ることができなくなっちゃうじゃん」
「元より断る選択肢などなかろう? 帝国を敵に回すことになるぞ?」
「うん、いい話だったのにサラッと台無しにするテオって さすがだね」
三女とは言え皇族と言う立場上 恋愛結婚は難しい。恋愛結婚に近い政略結婚はベターなところなのかも知れない。
「ところで、側室を認めるのも吝かではないが……妾が認めた者のみじゃぞ?」
「うん、台無しにしたことをサラッと流したね。って言うか、凄い度量だね」
「御主の女性関係はクルトから聞いておるからのぅ、側室くらい認めざるを得んよ」
もちろん、アセナの女性関係を清算すると血の雨が降りそうだから と言うのもあるが、
テオドラは皇族であるため「側室くらいはしょうがない」と言う考えが土台にあるのである。
「あ~~、ちなみに、あのエロメガネ――じゃなくてクルトは、一体 何を吹き込んでくれやがったのかな?」
「確か、地球に3人くらい、こちらには現地妻も含めて3人、そして未確定なのが複数……と聞いておる」
「へ~~、なるほどねぇ。今回の話を黙っていたことも含めて、クルトにはマジでOSHIOKIが必要だねぇ」
テオドラの言葉に『いい笑顔』を浮かべ始めるアセナだが、クルトの言ったことは そこまで間違ってはいない。
地球に残して来た3人と言うのは、恐らく あやか・木乃香・刹那のことだろう。
また、魔法世界にいる3人と言うのは、ネギ・エヴァ・フェイトのことだろう。
そして、未確定とされたのは、のどか・夕映・亜子・裕奈・美空・高音・愛衣だろう。
ココネ・まき絵・アキラ・小春は、いろいろな意味で候補に挙げるには微妙なところの筈だ。
「ちなみに、エヴァは違うからね? だって、エヴァはナギの嫁だもん」
「何を言っておるのじゃ? サウザンド・マスターの嫁はアリカじゃろ?」
「あ、言葉が悪かったね。つまり、エヴァはナギに惚れてるってことさ」
他のスラングが通じているので ついつい『嫁』と言う表現をしてしまったが、こちらは通じなかったようである。
「…………ああ、なるほど。御主は そこも変わっておらん、と言うことじゃな」
「ん? 何処が変わってないの? ちなみに、アホなところは自覚してるよ?」
「それもそうじゃが……まぁ、気にするな。御主は そのままでいいんじゃからな」
何かを理解したテオドラは、妙に生暖かい視線をアセナに向けるのだった。
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Part.05:悪くないけど悪い
「ナギさん!! さっきの話は一体 全体どう言うことなんですか!!」
バルコニーから会場に戻ったアセナは、速攻でネギに捕まってバルコニーにUターンした。
まぁ、正確には「Uターンした」と言うよりも「Uターンさせられた」と言った方が正しいが。
「いや、どう言うことって訊かれても……オレとしても初耳だったんだけど?」
「でも、あの後、あの泥棒猫――もとい、皇女様と二人でシケコンデましたよね?」
「いや、婚約について問い質してただけだから。何も疚しいことはしてないから」
って言うか、シケコムなんて言葉どこで覚えて来るんだろう? などとアセナの疑問は斜め方向に進んでいく。
「少し落ち着きなさいよ、ネギ。この変態が誰と結婚しようとアンタには関係ないでしょ?」
「か、関係あるもん!! だって、ボクとナギさんはパートナー関係を結んでるんだもん!!」
「でも、パートナーって言っても、戦略的・政治的な意味合いが強くて恋愛要素はないんでしょ?」
「そ、それでも関係あるもん!! ナギさんは照れているだけだもん!! ただのツンデレだもん!!」
サラッと傷を抉りながらネギを嗜めるアーニャだが、とても上機嫌であるのは見ていて あきらかである。
きっと「この変態と一生を連れ添うことになる皇女様には同情するけど、私には好都合ね」とか言った気持ちなのだろう。
しかし、それは甘い考えだ。アセナがテオドラと結婚したとしても、アセナには側室と言う手段が残っているのである。
と言うか、テオドラが側室を許可しなくても、やろうと思えば愛人を囲うことなど いくらでもできるので結婚しても油断は禁物だ。
まぁ、擦れたところがあるアーニャだが、結婚すれば配偶者だけを愛するだろう とか考えている辺りは年相応なのかも知れない。
「一先ずネギの想いは置いておくとしても……事前に説明が一切なかったことには非があると思いますわよ?」
「さっきも言いましたけど、オレも初耳だったので むしろオレの方こそ説明して欲しかったくらいなんですって」
「つまり、神蔵堂さんは同意していないので、契約的な意味では婚約は成立していない……と言うことですね?」
「いえ。実は、さっきテオと話し合いをした結果、婚約に同意した形になったので契約的な意味でも成立しました」
結婚とは、一種の契約である。特に魔法使いにとっては『男女が一生 連れ添うことを契約する』に等しいものだ。
それ故に、公の場で大々的に発表されたため政治的な意味では婚約は成立していたが、
アセナ本人が正式に同意した訳ではないので契約上は婚約は成立していなかったのだ。
まぁ、それもアセナが正式に同意したので、契約上でも婚約は成立してしまったが。
よって、ネカネが『とても いい笑顔』を浮かべるのは自明の理であり、アセナの自業自得だろう。
「そうですか。つまり、もう皇女様と結婚するしかない訳ですね? じゃあ、ネギは どうするつもりですか?」
「え~~と、どうにか双方が納得するような形で収めたい とは思ってますので、そこは安心してください」
「全然 安心はできませんが……最終的にはネギが決めることですので、私からは これ以上は何も言いません」
「信じられないでしょうが、ネギの気持ちを裏切るような結果にはしたくない と言う気持ちだけは信じてください」
側室と言う形に落ち着けるしかないが、ネギが それで満足するか は定かではない。そこはアセナの手腕の見せ所だろう。
「お兄様は もう死んだ方が よろしいのではないでしょうか? と言うか、婚約者を日本に残して来た筈では?」
「……このちゃんには帰ってから説明するよ。詠春さんに殺される気がするけど、オレには話すことしかできないさ」
「説明? 何と説明する おつもりですか? まさか『魔法世界救済のために別の女性と婚約しちゃった』とでも?」
「さすがに そんなアホな説明はしないけど……最悪の場合は痴情の縺れで死ぬことも視野に入れて説明する所存だよ」
ネカネから解放されたアセナだが、今度は茶々緒から汚物を見るような目で見下されながら責められる。
「って言うか、いくら手段を選ばない傾向のあるオレでも魔法世界救済のためだけには結婚する訳なんてないって」
「もちろん、そうでしょう。ですが、そう言った『大義名分』で説明された方がマシな場合もある と思いますよ?」
「まぁ、危険を理由に婚約者を置いていった旅先で『好きな人が できたから乗り換えました』とか普通に有り得ないね」
「言い方にも よりますけどね。ですから、腹黒い交渉をする時よりも慎重に言葉を選んで説明してくださいね?」
考えなしに言葉を口走って追い込まれるのがアセナのパターンだ。それ故に、今回は本気で気を付けなければリアルに命取りになるだろう。
「どうやら話は終わったようだね、神蔵堂君。じゃあ、今度はボクと『お話』をしようか?」
「いや、物凄く遠慮したいんだけど? だって、お話がOHANASIにしか聞こえないんだもん」
「大丈夫。まずは言葉で語る予定さ。まぁ、場合によっては武力行使も厭わないけどね?」
「いや、あきらかに武力行使をするつもりだよね? って言うか、殺る気マンマンだよね?」
茶々緒の話が終わったと見たフェイトが、ギチギチと嫌な音が鳴るくらいの強さでアセナの首を掴みつつ話し掛ける。
「安心して? キミが死んだら造物主も死ぬかも知れないから『殺すようなこと』はしないよ」
「つまり、死なない程度に痛めつけられる と言うことだね? それは全然 安心できないよ?」
「大丈夫だって。魔法薬とか回復魔法を使えば、どんな重症だって治るような気がするからね」
「気がするだけ!? そこは嘘でもいいから治るって言って置こう? せめてもの情けとして!!」
いちいち言っていることが物騒なフェイトに戦々恐々なアセナ。フラグを乱立させたツケだろう。
「貴様がどこの誰とくっ付こうと どうでもいいが……痴情の縺れによる殺傷沙汰まではカバーせんぞ?」
「それはチャチャゼロにも言われているから わかっているよ。って言うか、オレも そんな事態は御免だよ」
「まぁ、そのために――鬱憤を溜め込ませないようにするために、いい様にやられているのだものな?」
「ハッハッハッハッハ……何を言っているのかサッパリわからないなぁ。オレは単にヘタレなだけだよ?」
フェイトから逃れたアセナを迎えたのはエヴァの容赦のない言葉だった。実に遠慮なく核心を突いて来る。
「フン、貴様が そう言うのならば そう言うことにして置いてやる。どの道、私には関係ないことだからな」
「まぁ、関係ないっちゃ関係ないけどさ……でも、その割には不機嫌そうじゃん? 何が気に入らないのさ?」
「べ、別に不機嫌などではない!! 単に、貴様が あまりにも節操がないから呆れと義憤を感じているだけだ!!」
「(充分に不機嫌じゃん。でも、指摘したら より不機嫌になりそうだから黙って置こう)ヘー、そーなんだー」
エヴァが不機嫌な理由は不明だが、不機嫌であることはわかっているので「触らぬ神に祟りなし」の心境で敢えてツッコまない賢明なアセナだった。
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オマケ:その頃の瀬流彦
「……聞いているのか、瀬流彦?」
ところ変わって、旧世界は日本の麻帆良学園都市内にある とある大衆居酒屋。
そこでは、ほろ酔い気分の神多羅木に捕まった瀬流彦が延々と管を巻かれていた。
「え? ――ああ、はい。ちゃんと聞いてますよ」
「…………そうか。では、どう考えているんだ?」
「え、え~~と、ここの会計って奢りですよね?」
「は? イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
ちなみに、神多羅木の語っていた話題は「学園長って人使い荒くね?」と言う話題である。見事に瀬流彦の反応と噛み合わない。
「いや、質問の答えじゃないですけど、気になったんで……」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
「……あれ? もしかして、奢りじゃないんですか?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
神多羅木は壊れた蓄音機のようにリピートを繰り返し、それを受けた瀬流彦は「リピートして誤魔化す気かも知れない」と嫌な予感を覚える。
「で、でも、強制的に付き合わされたんですよ?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
「え? マジですか? マジで自腹なんですか?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
瀬流彦の意見を一切合財 無視する神多羅木。だが、瀬流彦は納得できる訳がない。
「愚痴に付き合わされた挙句 自腹とかマジですか!?」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
「だったら――奢りじゃないなら、もう帰ります!!」
「だから、イキナり何を言っているんだ、貴様は?」
帰る宣言をしながら帰り支度をし始める瀬流彦に対しても、神多羅木はリピートをやめない。
「どこまでリピートを続ける気なんですか!? いい加減にしてください!!」
「イキナリ意味がわからないことを言って来たのは お前の方だろう?」
「いえ、常識的に考えて、こう言う場合は誘った目上が奢るものでしょう?」
「そんな常識など知らん。給料日前で妻子持ちは小遣いが厳しいんだぞ?」
「それ、遠回しに独り身であるボクなら金があるだろうって皮肉ですよね?」
さすがにツッコんだ瀬流彦に対し、神多羅木はやっとリピートをやめる。もしかしたら、ツッコミ待ちもあったのかも知れない。
「と言うか、お前さ……オレに『何か』隠し事していないか? 主に神蔵堂関係で」
「さぁて、早く帰って早く寝て、明日も頑張って仕事しなくっちゃなぁ!!」
「軽くスルーするな。と言うか、それだと逆に肯定しているようなものだぞ?」
「さぁて、早く帰って早く寝て、明日も頑張って仕事しなくっちゃなぁ!!」
「ほほぉう? ここでリピートか。なら、全力で その口を閉ざす努力をするぞ?」
「えぇ!? それはズルくないですか? ボクだけ割食っている気がしますよ!!」
「気にするな。世の中は、理不尽で不平等で優しくなくて甘くないものなんだよ」
結局、会計は割り勘にされてしまったうえ神多羅木にアセナと手を組んだことを吐かされてしまった瀬流彦に幸あらんことを祈ろう。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「社交界デビューの筈が何故か修羅場になっていた」の巻でした。
それはともかく、セラスのファミリーネームのヴィクトリアですが……これは捏造設定です。
原作ではファミリーネームが不明だったので、適当にデッチ上げただけです。
ヘルシングの某婦警さんは関係ありません。名前だけインスパイアさせていただきました。
ちなみに、テオドラとの婚約は勢いで決めました。
アセナは いいんちょ とか木乃香とか を どうするんでしょうか?
下手を打つと、その場でバッドエンド直行な気配が濃厚です。
あ、オマケで神多羅木がプチ悪人になってますが、アレは隠し事をした瀬流彦を戒めるためのものです。
きっと、普段は後輩や教え子に無償の愛を注ぐような熱血教師に違いありません。
まぁ、自分で言ってて非常に嘘臭いとは思います。だって、嘘ですもん。
ですが、普段は あそこまで悪くないのは本当です。少しアクドイくらいです。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/11/25(以後 修正・改訂)