第47話:一時の休息
Part.00:イントロダクション
今日は10月6日(月)。
鮮烈な社交界デビュー & 衝撃の婚約発表から1週間と少し、その間、アセナは各方面の重鎮達への根回しのために東奔西走していた。
ちなみに、そんなアセナの事情など知ったことではない大多数の市民達は、終戦20年『オスティア終戦記念祭』で街を賑わせていた。
特に、今日は記念祭の目玉と言える大拳闘大会『ナギ・スプリングフィールド杯』の決勝戦が行われるため、一層の賑わいを見せている。
************************************************************
Part.01:乾いた心に潤いを
「いや~~、やっぱり祭はいいねぇ。心がウキウキしてくるよ」
心身共にリラックスしているからか、アセナから気の抜けた声が漏れる。そう、アセナのセリフから おわかりの通り、アセナは記念祭に来ていた。
政務で多忙を極めているが、アセナは(いろいろと常人離れしているアセナと言えども休息は必要であるため)息抜きのためにやって来たのである。
まぁ、実を言うと「多忙が原因で体調を崩した」ことにして予定は すべて延期してもらい、ダミーに自室で待機(病気の振り)させているのだが。
京都の時とパターンは同じだが、今度はダミーの仕様を「複雑な自立行動はできないが、命令は忠実に こなしてくれる」ようにしたので問題ない。
「特に、ココネと一緒だからね。最高だよ、うん」
アセナの言う通り、アセナはココネ(+ 美空)と一緒だった。もちろん、アセナがココネを肩車しているのは標準仕様である。
アセナが街をぶらついている時に『偶然にも』二人と遭遇し、「せっかくなので一緒に回ろう」と言うことになったらしい。
まぁ、ココネがアセナの半径5km以内に接近した瞬間に「ココネの気配がする!!」とアセナが口走ったらしいが、きっと誇張だろう。
ちなみに、二人は夏休みが終わる前には麻帆良に帰っている予定だったのだが……フェイト達のテロ行為(ゲートポート破壊)によって、
地球に帰ろうにも帰れなくなってしまったので「仕方がないから、魔法世界を堪能しよう」と開き直って記念祭に来ていたらしい。
「そうっスねぇ。もう『黙れ、変態が!!』とすら言う気力もないっスねぇ」
満面の笑みでココネを肩車しているアセナ(と書いて変態としか読めない)に対し、美空の反応は やたらと冷たい。
もちろん、ココネと戯れることに忙しいアセナは「そんな罵詈雑言など馬耳東風だね」と言わんばかりだが。
いや、まぁ、美空が冷たくなるのは当然と言えば当然のことなので、むしろ、美空に同情すべきところかも知れない。
そんな二人を「どっちもどっちだヨ」と諦観が混ざった生暖かい視線でココネが見守るのは言うまでもないだろう。
「パーティー三昧の毎日で主に精神的に疲弊してるんだから、しょうがないじゃないか?」
「そうっスか? って言うか、パーティー三昧って……アンタは どこのブルジョワっスか?」
「まぁ、ブルジョワジー(資産家階級)って言うか、ロイヤルティー(王族)だねぇ」
「そもそも それが信じられないんスよねぇ。何でナギが王族なんてやっちゃってるんスか?」
「そうせざるを得ない事情があったから、かなぁ? 世の中ってのは儘ならないよねぇ」
アセナがウェスペルタティア王族であることもテオドラと婚約したことも魔法世界では周知の事実だ。
だからこそ、美空はニュースを見た時「このアセナってヤツ、どー見てもナギなんスけど?」と己の目を疑った。
神蔵堂ナギとしてのアセナ をよく知っている美空だからこそ、アセナが王族であることを信じられなかったのだ。
だが、麻帆良で匿われていたことやタカミチが護衛として付いていることなども報道されると信じざるを得なかった。
そして、アセナを王族と認めた後は「世も末っスねぇ」と酷い(だがアセナを知る者としては当然の)評価を下したらしい。
「そうっスか。その事情ってのが気になるっスけど、ここは敢えて聞かないで置くっスよ」
「うん、まぁ、オレも教えたくないし、世の中には知らない方がいいこともあるからねぇ」
「……相当 厄介そうな事情なんスね。まぁ、アタシにできる範囲でなら手伝うっスよ?」
「じゃあ、ココネを お持ち帰りさせてくんない? オレにはココネ(癒し)が必要なんだ」
「アッハッハッハッハッハ!! 最早『黙れ、変態が!!』ってレベルじゃないっスね~~」
少し いい話になり掛けたが、思いっ切り台無しにするのがアセナのクオリティだろう。
しかし、そんな台無しなアセナだが、ある意味では これくらいで ちょうどいいのかも知れない。
美空が望んでいるのはウェスペルタティア王族としてのアセナではない。神蔵堂ナギとしてのアセナだ。
そのため、相変わらず変態なアセナに頭が痛くなるが、いつもと変わらないアセナに安心もしている。
乙女心は複雑と言うが、何かが決定的に違う方向で美空の心情は複雑なのである。
「まぁ、(半分本気だったけど)冗談は置いておいて……オレには その気持ちだけで充分だよ」
「……いや、いきなりシリアスになられても困るんスけど? どう反応すればいいんスか?」
「特別なものは要らないよ。こうして いつも通りの会話してもらえるだけで救われてるのさ」
「だ、だから、そんなことを真顔で言われると困るんスよ。そー言うの、慣れてないんスから」
どうでもいいが、直ぐに雰囲気を切り替えたり下げてから上げたりするのもアセナのクオリティだろう。
「だから、気にしないで いつも通りでいいって言ってるじゃん。何気ない会話だけで充分なんだよ」
「……わかったっスよ。アタシとの中身の薄い会話で気が紛れるなら いくらでも付き合うっスよ」
「ありがとう、美空。ここ最近は海千山千の怪物共と腹の探り合いばっかりだったからマジで助かるよ」
「王族ってのも楽じゃないんスねぇ。パーティー三昧とか聞いた時は『リア充 氏ね』って思ったスけど」
「まぁね。特に、オレの場合は いろいろと厄介な事情が絡んでるから、より面倒な状態なんだろうなぁ」
何よりも厄介なのは『黄昏の御子』であることだろう。元老院が鬱陶しいことこのうえない状態だ。
「でも、ナギのことだから、その『厄介な事情』ってのを『どうにか』するつもりでいるんスよね?」
「さぁ、どうだろうね? このまま状況に飲み込まれて、ボロクズのように捨てられるのがオチかもよ?」
「それでも、どうにかするんスよね? 何せ目的のためなら手段や犠牲を気にしないヤツっスからねぇ」
「微妙に褒められていない気がするけど……これでも、オレなりのポリシーってものがあるんだよ?」
「ナギなりのポリシー? つまり、人として最低限のレベルを満たしている程度ってことスかね?」
「ハッハッハッハッハ……いやはや、美空のオレに対する評価が悲しいくらいにわかるコメントだねぇ」
確かに、人としての最低限度ギリギリかも知れない。そんな自覚症状のあるアセナは笑って誤魔化すことしかできなかったのだった。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
「う~~ん、この串焼きは なかなか美味しいねぇ。聞いたことない動物の肉なのが気になるけど」
屋台で買い食いをしながら、祭で賑わう街を練り歩くアセナ達。こうして三人で祭を回ってると、41話での祭を髣髴とさせられる。
オスティア記念祭と日本の祭とでは趣が異なるが、それでも祭 特有の賑わいは同じだ。その場にいるだけで、楽しくなってくる。
まぁ、饅頭や綿飴や風船が普通にあることに「あれ? 魔法世界?」と言う疑問が浮かぶが、そんな無粋なことは考えてはいけないだろう。
きっと、地球で見聞したことを魔法世界で取り入れたに違いない。日本の食文化の影響が かなり強いが、麻帆良の影響に違いないのだ。
「そう言えば、昔『綿飴って雲をお菓子にしたもの』ってメルヘンな話があったなぁ」
どこで聞いたか覚えていないが、あのフワフワで あまあまな お菓子は そう言われると妙に納得できる。
実際には砂糖を糸状にしたものでしかないのだが、そんなことは どうでもいいのだ。大事なのは気分だ。
機械の中に割り箸を突っ込んで掻き回して作る……と言う工程も含めて、アセナは綿飴が好きなのである。
「すみませーん、綿飴くださーい。あ、袋は その右端の黄色ネズミで」
ピカモンとか言う どこかの電気鼠を思い起こさせるキャラクターが印刷された袋に詰まった綿飴を購入するアセナ。
他に陳列されている『紅き翼』の面々がデフォルメされた妙なキャラクターのよりはマシだろう、と言う賢明な判断だ。
特にアルビレオの印刷されたものは食べたら腹痛を起こしそうだ。袋が中身に影響を与える訳はないが、気分の問題だ。
「それと、ついでに風船もください。もちろん、柄は同じ黄色ネズミでお願いします。統一感 出したいんで」
この屋台では、綿飴の他にも風船を売っていた。もちろん、他の柄は『紅き翼』のデフォルメだ。実に欲しくない。
ちなみに、あたかも ついでのようにアセナは風船を購入したが、実を言うと風船の方が本命だったりする。
と言うのも、さっきから何かを思い悩んでいるココネの気分を変えたいので、そのキッカケを作ったのである。
「ほら、ココネ……こうして祭と風船が揃うと、初めて会った時のことを思い出すよねぇ」
アセナとココネの出会いは「手放してしまった縁日の風船を取ってあげる」と言うものだった(7話参照)。実に懐かしい思い出だ。
気分を変える小道具としては なかなかのものだろう。その証拠にココネは「あ、ありがとう、ナギ」と嬉しそうに礼を言っている。
ちなみに、アセナが肩車をしたままなのでアセナからココネの表情は見えないのだが、アセナには雰囲気で察せられるのである。
どうでもいいが、そんな一部始終を見ていた美空が「その気遣いの半分でもアタシに寄越せ」と思ってしまうのは悪くないだろう。
「話したいなら話せばいいし、話したくないなら話さなければいい。それはココネの自由だよ」
ココネが何を悩んでいるのか、アセナには大体の見当が付く。恐らく、アセナが帝国と関わりを深くしていることが遠因だろう。
アセナとテオドラが婚約したことは周知のことであり、事情を知る者にとっては そこから帝国とアセナの協定を想定することは容易い。
そう、きっとココネは気が付いている。ココネが帝国移民計画実験体の一つである と言う事実をアセナが既に知っている、と……
「あ、あのね、ナギ……実は、アタシ――「オレが王族だとしても、オレはオレでしょ?」――え?」
アセナの言葉で意思が固まったのか、ココネが何かを言い掛ける。だが、それを狙っていたかのように、アセナはココネを遮る。
せっかくの決意を挫いたようにも見えるが、それは同時に「ココネにツラいことを言わせないようにした」ようにも見える。
まぁ、どちらにしても、アセナのエゴであることは変わらない。そこに優しさが含まれていても、エゴはエゴでしかないのだ。
「同じ様に、ココネが何者であってもココネはココネだよ。少なくとも、オレは そう思っているよ」
だが、たとえ それが単なるエゴであったとしても、それによってココネが救われたのも事実である。
いくら受け入れていることとは言っても、『実験台』であることを語るのは気の進まないことなのだ。
自ら話すことに意味を見出す考え方もあるし、受け入れてもらうことの方に意味を見出す考え方もある。
ただ、それだけのことだ。そして、ココネもアセナも後者のタイプなので何も問題はないのである。
「…………ありがとう、ナギ」
それを肯定するかのように、ココネはアセナの後頭部をギュッと抱きしめた後にポツリと礼を言う。
アセナには それだけで充分だった。それだけで、充分にココネの気持ちがアセナには伝わった。
だからこそ、アセナは思う。必ず計画を成功させてみせる と。ココネを苦しめる現状をブチ壊す と……
************************************************************
Part.02:先輩と後輩と
「まさか、高音さんも拳闘大会を見に来ているとは……いやはや、奇遇ですねぇ」
美空達と拳闘大会を見に来たアセナは、飲み物や お菓子などを買いに席を離れた際に偶然にも高音に遭遇した。
今回は本当に偶然だ。アセナの気配察知能力(別名:ココネ センサー)に高音や愛衣は引っ掛からないからだ。
ちなみに、飲み物も お菓子もココネのために買いに来たのは言うまでもないだろう(ついでに美空の分も買うが)。
「まぁ、今回の決勝は同じ『影使い』として学ぶべき部分が多そうですからね。後学のために見に来たのですわ」
原作と違い『ここ』では、拳闘大会にネギも小太郎も出場していない。そのため、ラカンが乱入することもなかった。
その結果、決勝戦は「ボスボラスのカゲタロウ」と「何処かのモブ」とのものとなり、原作ほどの盛り上がりはない。
よって、高音はミーハーな気分で見に来たのではなく、自身と同じ『影使い』であるカゲタロウの戦い方を見に来たのだろう。
「なるほど。娯楽として見に来た訳ではないんですね」
美空は格闘技が好きなので「拳闘大会とか、血沸き肉躍るっスよね!!」とか言われても別に違和感は覚えなかった。
だが、高音や愛衣は格闘技の類を苦手としていそうなイメージがあったため、拳闘大会を見に来ていることに違和感があった。
そのため合点がいったアセナだが、そもそもがアセナの勝手な主観なので「何が『なるほど』なのか」、他者には不明だが。
「? まぁ、お祭りですからね、それなりに楽しみにはしていますわよ?」
高音は首を傾げつつも「まぁ、ナギさんのことですから、いつも通り意味不明なだけですわね」と軽く納得する。
その納得の仕方は どうなのだろう? と思わないでもないが、それがアセナと うまく付き合う秘訣かも知れない。
少なくとも、アセナの言動をイチイチツッコんでいたらキリがないので、ある程度の妥協は重要であるのだから。
ちなみに、アセナはアセナで「不可解に思われたうえで妙な納得のされ方をされたっぽい」と感じているが敢えて気にしないらしい。
「あ~~、ところで、どっちが優勝すると思います? やっぱり、『影使い』のカゲタロウ選手ですか?」
「そうですわね……対戦相手のZERO選手と虚無選手も なかなかの手練ですから、予想が難しいですわねぇ」
「ゼロ? きょむ? ……ああ、対戦相手って そう言う名前なんですか。実に香ばしい名前ですねぇ」
「(香ばしい?)今 知ったのですか? と言うことは、それだけカゲタロウ選手の方が印象的である と?」
ちなみに、ZERO・虚無ペアはオリジナルではない。原作にもいたが、修行中の1コマで片付けられただけだ。
「まぁ、そう言うことになりますね(実は原作知識にあったからなんですけど)。圧倒的な力量の持ち主ですよ」
「そうですか。一人で戦い抜いて来たことから相当の実力者ではある とは見ていましたが、そこまでですか」
「ええ。さすがに『紅き翼』には届かないでしょうが、それでも この程度の大会なら敵などいないでしょうね」
フェイトやデュナミスなどの猛者を仮想敵と想定していたアセナにとって この大会の選手はドングリの背比べでしかない。
「この程度? しかし、この大会は お祭りのイベントとは言え魔法世界でも随一の規模を誇る大会ですわよ?」
「ああ、すみません。言葉が悪かったですね。つまり、大会と言う見世物に出場する者では と言う意味ですよ」
「……なるほど。確かに仰る通りかも知れませんわね。真の実力者こそ、世には知られていないものですからね」
「そう言うことです。何せ、かのサウザンド・マスターでさえ戦場で活躍するまでは無名だったんですから」
とは言え、一般的には最高峰の大会だ。その感覚のズレに気付いたアセナは慌てて尤もらしい説明で誤魔化す。
「名が売れていることと実力があることは別問題、と言うことですわね。まぁ、大抵は両者は伴うものですが」
「ええ。で、話は戻りますけど……そう言ったことを考えても、やはり優勝はカゲタロウ選手で決まりでしょうね」
「そうでしょうか? 強者になればなる程 強さを隠すのが巧みになります。対戦者が そんな強者やも知れませんよ?」
「その可能性は無きにしも非ず と言うところですが……残念ながら、今回は極めてゼロに近い可能性でしょうね」
確かに、強者ほど実力を隠す術を心得ている。だが、正確には「相手が強過ぎて弱者には強さが理解できない」ケースの方が圧倒的に多いのである。
「これでも、それなりの数の強者を見て来ましたからね、ちょっと見ただけで相手の実力くらいわかりますよ」
「確か、かのジャック・ラカン氏とも直接お会いになったのですよね? ……それなら、そうなのでしょうね」
「ええ。ですから、賭けるならカゲタロウ選手にした方がいいと思います。ソロだからか、オッズ高めですし」
「べ、別に賭けなどはしませんよ? ただ、オッズで世間は どちらを有利と見ているのか を確認に来ただけです」
何を隠そう、二人が遭遇して話し込んでいた場所は、場内馬券売場だった。
いや、競馬じゃないので馬券じゃないのだが、何故か相応しい気がしたので敢えて使用した。他意はない。
それと、アセナが馬券(しつこいようだが敢えて馬券として置く)を買うのは、ちょっとした遊び心だ。
決してココネが望んでいる訳ではない。むしろ、望んでいるのは美空だ。ココネはギャンブルなどしない。
本当は高音もギャンブルなどしないキャラなのだが……麻帆良に帰れないストレスが溜まっていたのだろう。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
「ところで、センパイ。これからはアセナ様って呼んだ方がいいんでしょうか?」
言うまでもないだろうが、高音が一人で拳闘大会に来る訳がなく当然ながら愛衣も一緒だった。
先程 高音しかいなかったのは、どうやら愛衣はトイレに行っていて別行動だったから らしい。
で、今は、ココネと美空が確保してくれている席に向かいながら、世間話をしている感じである。
ちなみに、途中で連絡を入れて高音と愛衣の分も席を確保しくれる手筈になっているので安心だ。
「まぁ、公の場では そうしなきゃいけないだろうけど、今みたいなプライベートは これまで通りでいいんじゃないかな?」
亡国とは言え一国の王族なのだから、それなりの敬意を示さなければならない時がある。
それを破るのはアセナの権威を貶めるだけでなく、アセナの後ろ盾にも飛び火してしまう。
当然、それを為した者は不利益を被るし、場合によって多大な塁を及ぼす可能性もある。
アセナは身分など気にしないのだが、少なくとも公の場では取り繕わねばならない立場になってしまったのだ。
「正直、未だにセンパイが王子様だってことが信じられないんですけどねぇ」
「まぁ、しょうがないさ。ところで、『王子様』は やめてくれないかな?」
「ですが、それはそれで有りかなっても思うんです。だって、王子様ですし」
「うん、意味がわからないよ? って言うか、『王子様』は やめてってば」
微妙に――と言うか 明らかにアセナの言葉に応えていない愛衣。特に『王子様』と言うフレーズが危険な気がする。
「やっぱり、白馬に またがった王子様って言うのには少し憧れますからねぇ」
「うん、話を聞こう? もう『王子様』でいいから、話だけは聞こうよ?」
「別に白馬に またがってなくてもいいんです。大事なのは『王子様』ですから」
「うん、そうだね。じゃあ、せめてトリップするのは やめてくれないかな?」
斜め上を眺めながら「エヘヘ」とか緩い笑いをこぼす愛衣。アセナの言葉など耳に届いておらず、絶賛トリップ中である。
「まぁ、王子様と言うには、センパイには爽やかさが欠けていますけど、この際 我慢します」
「うん、何気にヒドい言われようだね。ちょっと、そこら辺でコッソリ泣いて来ていいかな?」
「センパイは黙ってれば何も問題ないんですけど……口を開くとダメっぷりがハンパないですし」
「うん、そうかもね。そこら辺は自覚しているよ? だから、そろそろ戻って来て? ね?」
アセナは内心で「オレのライフは もうゼロよ!!」と泣き叫びながら、どうにか笑顔を貼り付けて愛衣を説得するのだった。
ところで、完全な余談となるが……決勝戦は大した見所もなく普通に終わり、普通にカゲタロウが優勝した。
ちなみに、それなりにオッズは高かったものの大穴とまでは行かず、そこまでの儲けは出なかったらしい。
************************************************************
Part.03:閑話的で裏話的なもの
『それで? そっちの首尾は どうなってるのかな?』
ココネ・美空・高音・愛衣の4人と別れたアセナは『念話』でクルトに連絡を入れる。
ちなみに、拳闘大会の後は4人と共にディナーを楽しみ、宿まで丁重に送ったらしい。
アセナが賭で得た儲けの ほとんどはディナーを奢るのに消えたのは言うまでもないだろう。
『御安心ください。すべて滞りなく処理 致しました』
クルトからの返事は簡潔なものであったが、アセナの求めた情報としては充分だった。
敢えて わかかりやすい説明にするとしたら「炙り出したゴミは処理しました」だろう。
そう、アセナは ただ遊んでいたのではない。囮として監視者を炙り出していたのだ。
そして、クルトは私兵に命じて監視者を監視するなり捕縛するなり排除するなりしていた訳だ。
『それは御苦労だったね。ちなみに、協力していただいた方々も含めて此方の被害状況は?』
『負傷者は14名で死者は0名、内訳は軽傷13名 重傷1名です。幸い、此方の構成員のみです』
『そう。じゃあ、その重傷の1名には療養のための休暇とオレ名義で見舞金を出して置いて』
クルトのことだからアセナが言うまでもなく手配済みだろう。それでも言ったのは、クルトに部下を大事にしていることをアピールするためだ。
『御意。ちなみに、成果ですが……一網打尽にはできませんでしたが、かなりの戦力を殺げました』
『そう、それはよかった。詳細な報告は戻ってから聞くから、データを まとめて置いてくれるかな?』
『畏まりました。それでは、まだ残滓が あるやも知れませんので、くれぐれも お気を付けください』
『うん、わかっているよ。気は抜くけど油断はしないって。何故なら、オレ達の相手は厄介だからねぇ』
アセナは自身が『狩られる側』ではなく『狩る側』であることを誇示するかのように獰猛な笑みを浮かべて『念話』を終える。
相手が油断していたのか、今回は うまくいった。だが、今後も うまくいくとは限らない。
いや、そもそも、今回にしても うまくいったように見せ掛けられているだけかも知れない。
好事魔多し ではないが、順調に見える時にこそ用心すべきだ。慢心などしてはいられない。
油断していなくても『狩る側』と『狩られる側』の境界線は非常に曖昧なのだから。それだけ、元老院は厄介な相手なのだから。
『ヨォ。ドウヤラ、エロメガネ トノ「念話」ハ終ワッタヨウダナ』
『……どうやら、そっちはそっちで処理は終わったようだね』
『マァナ。シカシ、肉ヲ切レルノハイイガ、少シ物足リネーナァ』
『贅沢 言わないでよ。切り放題だけでも充分 妥協したんだよ?』
動いたのはクルトの私兵や(友好の証としての)帝国からの人員だけではない。チャチャゼロがアセナの傍で密かに動いてくれていたのである。
『ワァッテルヨ。本当ハ生捕ニシテ イロイロト訊キ出シテーンダロ?』
『まぁ、それはクルトがやってくれているだろうから別にいいんだけどね』
『デモ、可能ナ限リ自分デ情報ヲ集メタイ、カ。随分ト欲張リナ奴ダゼ』
『情報収集を他人任せにしたくないだけさ。単に臆病なだけじゃないかな?』
情報収集をクルトからしか行っていなかったことでテオドラの婚約と言う一大事件に気付けなかったのは記憶に新しい。
皇族や王族の婚約なので秘匿されるべき情報ではあった。だが、それでも当事者なのに発表されるまで知らなかったのはいただけない。
その苦い経験を糧にしたアセナは、クルトとは別のラインの情報収集手段(身も蓋もなく明かすと、茶々緒・茶々丸・超)を構築しているが、
情報は多いに越したことはないため、チャチャゼロに斬殺(惨殺でも可)させるよりは捕縛して情報を吸い出したかったのが本音ではある。
まぁ、無慈悲に排除することで「迂闊に触れると危険だ」と言うアピールになるため、チャチャゼロの行動は そこまで問題ではないのだが。
『ケッ!! 本当ニ臆病ナ奴ハ テメェデ テメェヲ臆病トハ言ワネーヨ』
『でも、そう思わせたいから臆病だと吹聴している可能性もあるでしょ?』
『ダガ、オ前ノ場合ハ100%ブラフ ダロ? イイ性格シテルゼ、本当』
『いやいや、オレは臆病だよ? 臆病過ぎて敵に容赦がないくらいに、ね?』
敵に手心を加えるのは、優しさではなく甘さだろう。そして、甘いままで生き残れる自信がアセナにはない。そう、それだけのことだ。
『ア~~、トコロデ、オレノ改造ノ件(44話参照)ドウナッタ? マダ片言ナンダガ?』
『あ、ウッカリ忘れてた――って言うのは冗談で、超が忙しいから もうちょっと待って』
『ホホォウ? アイツガ忙シイノハ オ前ガ忙シクサセテイル カラ、ジャネーノカヨ?』
『まぁ、そうとも言うね。でも、それも そろそろ終わるから、もうちょっとだけ辛抱してよ』
そんなフォローをしつつも、アセナは内心で「でも、もうチャチャゼロの出番はないんじゃないかなぁ」とメタなことを考えていたとかいないとか。
************************************************************
Part.04:ラカン・インパクト
「う~~、トイレ トイレ」
今、トイレを求めて全力疾走しているオレは麻帆良学園中等部に通う ごく一般的な男の子。
強いて違うところをあげるとすれば、魔法世界の王族でもあるってとこかナー。
名前は神蔵堂ナギ。もしくは、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア。
まぁ、そんな訳で、オレは(飛空艇への)帰り道にある広場のトイレにやって来たのだ。
「……ん?」
ふと見ると、ベンチに一人の男が座っていた。浅黒い肌に鬣のような金髪を持つ、まるで獅子の様な男だ。
その男は、上半身がはだけるような形でシャツを着ており、その逞しい腹筋を惜しみもなく晒していた。
別に筋肉属性のないオレだが、思わず「ウホッ!! いい筋肉……」と思ってしまうくらいの腹筋である。
そんなアホなことを考えていると、突然 男はオレの見ている目の前で、着ていた上着を脱ぎ始めたのだ……!!
「 ヤ ら な い か ? 」
男は立ち上る殺気を隠しもせずに、獰猛な笑みを浮かべながらオレに そう言った。実に いい笑顔だ。
そう言えば、記念祭開催中のオスティアは広場にバトルマニアが出没することで有名なところだった。
バトル的な意味で いい男に弱いオレは、誘われるままホイホイと決闘場について行っちゃったのだ……
「って、何をアホなモノローグをさせてくれやがるんですか?」
実に長い前振りだった。このまま続いたらどうしよう? と不安になるくらいに長かった。
長過ぎて、誰にもツッコまれないので自らツッコんだアセナが少しだけ哀れに感じるくらいだ。
自分でツッコむくらいなら最初から言わなければいいのに とは思っても言ってはいけない。
ちなみに、言うまでもないだろうが、ABEさん役の「金髪の男」とは裸漢――いや、ラカンのことである。
「いや、お前が勝手に始めたんだろーが? 無茶な責任転嫁すんなよ」
「だって、いきなり『ヤらないか?』って言われたら……ねぇ?」
「いや、オレは『戦ろうぜ、アセナ』としか言ってねーんだけど?」
濡れ衣でしかないが、ラカンも悪い。『やろう』と発音して『戦ろう』と脳内変換させるのにはバトル脳が必要だからだ。
「じゃあ、何で脱いでるんですか? マジでセクハラものですよ?」
「いや、だって、服って窮屈じゃん? 上だけならセーフだろ?」
「上だけでも公共の場で脱ぐのはアウトです。猥褻物陳列罪です」
そもそも「窮屈だから脱ぐ」と言う発想自体がアウトである。いくら祭であっても上半身裸はいただけない。
「え~~、でも~~、公共の場でもビーチじゃ上を脱ぐのは普通じゃない?」
「ここはビーチじゃありません。そして、キモいんで その口調はやめてください」
「……だけどよ、オレの心の中には常に無限のビーチが広がっているんだぜ?」
最早 意味がわからない。『夢幻の海辺』とか言う固有結界でも展開する気だろうか? ラカンなら できそうなのが怖い。
「って言うか、そんなこたぁ どうでもいいんだよ。それよりも、トットと戦ろうぜ?」
「いや、ですから、何故そんな話になってるんですか? オレ、バトルは苦手なんですよ?」
「へぇ? でも、アルから聞いたぜ? エヴァに鍛えられたうえ『咸卦法』も使えんだろ?」
「護身程度に鍛えられただけですし『咸卦法』も使えるだけです。バトルには耐えられませんよ」
アセナの純粋な体術の技量は「一般人よりは強い」程度だ。身体強化ができるからこそ、魔法世界最大級の大会を「この程度扱い」できるだけだ。
また、魔力の容量は それなりにあるが『気』は そこそこにしかないので、両者を掛け合わせて得られる『咸卦法』の出力は そこまで高くない。
雪山での修行で出力の調整は可能となったが、出力の絶対値を引き上げるのには元となる魔力と『気』の容量を上げなければならない。
まぁ、それ故に『気』の供給を誰か から受けたり、魔法具で『気』を増幅したりすれば それなりの出力にはなるのだが、今は用意できない。
そんな諸々の事情を考えると、アセナがラカンと戦える訳がない。気弾やアーティファクトを無効化しても、ラカンは素手の方が強いのだから。
「それでも、完全魔法無効化能力でオレの纏う『気』を無効化すりゃ、それなりに善戦できんじゃね?」
「無効化しても直ぐに『気』を纏えばいいだけでしょう? オレ、身体強化系とは相性が悪いんですよ」
「相性が悪いって言うか、魔法使いタイプや精霊使いタイプとの相性が良過ぎるだけで、普通だろ?」
「まぁ、そうなんですけど……貴方クラスを相手するには相性が良過ぎなきゃ どうしようもないですよ」
確かに『無極而太極』で纏っている『気』は掻き消せる。だが、掻き消しても再び纏えばいいだけの話だ。分が悪いのは変わらない。
「って言うか、そもそもオレくらいのレベルになるとタイプ分けも意味がねーから、何も変わらねーだろ?」
「そうですね。つまり、どんなタイプであろうと格上過ぎる相手と戦うのは無謀、と言うことは変わりませんね」
「……そこまでやりたくねーのかよ。じゃあ、最大限の譲歩で『従者』との共闘も認める。これで どうよ?」
最大限に譲歩してパーティーバトルならば、要するに「戦わない」と言う選択肢はないのだろう。
「はぁ、わかりました。それでは、タカミチ・クルトのタッグに勝てたならば、前向きに検討します」
「へ~~? やっぱ、その手で来るか。アルの予想通りだな――じゃなくて、実に残念だなぁ(棒読み)」
「ああ、つまり、狙いは二人の方だったんですか。まぁ、オレとしては それはそれでいいんですけどね」
もうラカンを説得するのが面倒臭くなって来たアセナは、タカミチとクルトに丸投げすることにした。
そうしたら、ラカンは「我が意を得たり!!」とでも言いた気な反応を見せて来たので、
最初からアセナと戦うのは ただの口実で、本音はタカミチやクルトと戦いたかったのだろう。
思い出してみれば「アイツ等、全然 本気 見せねーんだよなぁ」とかボヤいていた気がする。
出汁にされたのはいい気分ではないが、自分から矛先が変わるなら それはそれでいい と考えるのがアセナである。
『ってことで……タカミチ、クルト。ちょっとラカンさんをフルボッコにして欲しいんだけど?』
『何が「ってことで」なのかは わかり兼ねますが……要はジャック・ラカンと戦えばよろしいのですね?』
『まぁ、事情はわからないけど、きっとラカンさんのことだから大した理由なんてないんだろうねぇ』
召喚前のマナーとして声を掛けたが、たった一言で状況を理解して召喚に応じてくれる二人は実に頼もしい。
と言うか、ラカンに対する扱いが酷いだけで、別に二人は普通の反応をしただけかも知れないが。
まぁ、それでも召喚に応じてくれたことは有り難いことだ。これでラカンの相手をしなくて済むのだから。
後で何か御礼しなきゃなぁ とか考えつつ、アセナは召喚した二人にラカンのことを丸投げしたのだった。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
ここから先は完全な余談となる。
さすがはラカンと言うべきか、タカミチとクルトの二人を相手にしても余裕が見て取れた。
どれくらい余裕かと言うと「アセナも加わってもいいんだぜ?」とか挑発できるくらいだ。
そんな挑発に乗る二人ではなかったが、戦況が芳しくないことは動かしようのない事実だ。
そこで、アセナは『禁じ手』を使うことを決意した。
アセナはポケット(と言うか『袋』)から小瓶を取り出すと、躊躇なく中身の錠剤を飲み込む。
すると、アセナの身体からは湯気が立ち上り、ポンッと言う破裂音と共に周囲が煙で覆われる。
煙が晴れた後にあったのは小さなシルエット。そう、封印していた子供の姿――セセナになったのだ。
そして、セセナは懐から畳まれた紙を取り出すと、徐に それを開き、最大級の呪文を口にした。
「タカミチ大好き」
その声が周囲に響いた瞬間、タカミチは鼻血を大噴出しながら「オッケーー!! 那岐君ッッッッ」とか雄叫びを上げた。
何がオッケーなのかは極めて謎だが、テンションが高くなり過ぎて本人もわかっていないようなので気にしてはいけない。
テンションに引き摺られたのか、タカミチが纏っていた『咸卦法』の出力は爆発的に増えており、ラカンすら凌ぎそうだ。
「真・零式大槍無音拳ッッッッッ!!」
その時に放たれた拳は、形の上では単なる正拳突きだった。だが、その纏うオーラは余りにも莫大だった。
莫大なオーラによって異常に強化された拳は、音速の壁を容易く超えて雷速の域に達しようとしていた。
そう、人の目では捉えることなど適わぬ その雷速の一撃は、まさに『無音拳』と呼ぶに相応しい一撃だった。
かつては「まだ その域に届いていない」として封じていた呼称だが、今のタカミチには充分な呼称である。
……そんな一撃を受けたラカンが無事であろう筈がない。さすがのラカンも崩れ落ちた。
こうして、ラカンとタカミチ・クルトのバトルは(スーパーハイテンションモードのタカミチによって)ラカンの敗北で幕を閉じた。
その一部始終を冷めた目で見ていたアセナは「やっぱり、セセナは封印して置こう。だって、いろいろとヤバ過ぎるもん」とか思ったようだ。
ちなみに、美少年好きを公言しちゃってるクルトにも多大な影響があったようで、クルトは それ以来アセナに永劫の忠誠を誓ったらしい。
また、かなりどうでもいい話だが、諸悪の根源がアルビレオであることにアセナが気付いたのは しばらく経ってからだったと言う噂である。
************************************************************
Part.05:三人 寄らなくても 姦しい
「まったく、ラカンさんには困ったものだよねぇ」
迎賓館に戻って来たアセナはクルトから諸々の報告を受けた後、疲れを癒すためにテラスでコーヒータイムを楽しんでいた。
夜にコーヒータイムと言うのも変かも知れないが、コーヒーを飲んで寛いでいるのでコーヒータイムでいいだろう。
ところで、あの三人がバトルをしたのだから周囲の被害は甚大だった。一応、結界は張ったようだが、焼け石に水である。
まぁ、被害の賠償はラカンに出させた(ダウンしている間に資産を押収した)ので、アセナの懐は一切 痛んでいないが。
街中でバトルをした方が悪いのだが、何故かアセナの方が悪人に見えるのは……気のせいに違いない。多分、きっと、恐らくは。
「むしろ、キミの方が『困ったもの』なんじゃないかい?」
アセナの対面に座ったフェイトがアセナの愚痴に苦笑交じりに応える。ちなみに、今日は幼女バージョンである。
それはアセナの好みに合わせた結果なのか、それとも こちらが基本形だからなのか? ……それは永遠の謎だ。
「と言うか、ミスター高畑を思わず『ドクター高畑』と呼びたくなったよ」
「パプワ君ネタですね? わかります。って言うか、何で知ってんの?」
「ま、まぁ、ジャパニメーションには目がないだけだよ。深い意味はないさ」
「(深い意味? まぁ、とりあえず流して置こう)へー、そーなんだー」
うん、まぁ、フェイトがアセナの趣味を理解するためにジャパニメーションを勉強したのは ここだけの秘密である。
「しかし、戦いを吹っ掛けたジャック・ラカンは ともかくとして……巻き込まれた両名には同情するよ」
「まぁ、巻き込んだのは否定しないけど、二人にはテオドラの件でのOSHIOKIがあったから問題ないさ」
「本当にそうかな? 何だか灯してはいけない火種に集中爆撃を行ったような気がしてならないんだけど?」
「た、多分 大丈夫だよ。クルトはともかく、タカミチは保護者としての愛が溢れただけに違いないもん」
と言うか、そう考えないとタカミチを保護者として見られなくなる。ショタの人ではないと信じたい。
「まぁ、キミがそう言うのなら そうなんだろうね。ボクなんかよりもキミの方が彼に詳しいのだろう?」
「……そうだね。オレにとってはタカミチは信じられる存在なんだから、オレには それだけで充分だよね」
「その通りだね。信頼とは人と人を繋ぐ情の中で最も強いものの一つだよ。信じる心は とても大切さ」
確かに信じる心は大切だ。信頼がなくても人間関係は成り立つが、あった方がいいに決まっている。
「少なくともボクは そう思う。いや、そう思うようになったんだ。キミの御蔭でね」
「……オレは大したことしてないよ? むしろ、キミ達の目的を叩き潰したんだよ?」
「確かにそうだね。でも、人を信じなくなった造物主に人を信じさせたのも確かだよ」
脅しに近い形ではあったが、造物主がアセナを信じる形で落ち着いたことは確かなことだ。
「だから、ボクも『キミを信じる』と言う選択肢を選べたんだ。だから、キミに感謝している」
「…………オレはオレのやりたいようにやっただけさ。だから、感謝されても困るんだけど?」
「キミは何も気にしなくていいよ。ボクが勝手な解釈をして勝手に感謝をしているだけだからね」
フェイトの様子から意志を曲げようとしないことを読み取ったアセナは「まぁ、そうだね」と返すにとどめ、抗弁をあきらめた。
「まぁ、それはともかくとして……あそこの物陰でオレ達の様子を窺っている あのコ達は放置でいいよね?」
「…………そうしてもらえると助かるよ。みんなに悪気は無い筈だからね。って言うか、気付いていたんだね」
「(悪気がなくても許しちゃいけないんだけど……まぁ、いいか)この程度ならば、オレでも察知できるって」
実はと言うと、フェイトガールズがコッソリと二人の様子を覗い――もとい、見守っていたのである。
他の気配に紛れてしまうため、街の雑踏など不特定多数がいるところでは気配を探るのは難しい。
だが、迎賓館の中にいる者は限られており、このテラスに至ってはアセナとフェイトしかいない。
それ故に「こちらに気取られないように こちらを見ている」気配くらい、アセナでもわかるのだ。
ところで、完全な余談だが……栞が「デレフェイトタソ、カワユス」とか言っている気がしたのだが……気のせいにしたアセナは悪くないだろう。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ナギさん!! これは一体どう言うことですか!?」
一通りの愚痴を話し終えたアセナが(フェイトガールズを鮮やかにスルーして)フェイトと取り留めのない内容の雑談を交わしていると、
そんな緩やかな時間など打ち壊してくれる!! とでも言うかのように、ズドドドドドと言う激しい足音を立ててネギがテラスに乱入して来た。
勢い余ってテーブルをバンッとか叩かないだけマシだ。最早そんな境地だ。ちなみに、アセナが驚いていないのは接近に気付いていたからである。
「ん? どう言うことって?」
一体、何が「どう言うこと」なのだろうか? ネギが憤慨しているのはわかるが、その理由は不明だ。
まぁ、十中八九、アセナとフェイトが二人でコーヒータイムを満喫しているのが気に入らないのだろう。
だが、ここでわかってあげてはいけない。適当な言葉でもわかってくれる とか思われると面倒だからだ。
「何で その銀髪なんかと御茶してるんですか!!」
ネギの口から語られた理由は、感動すら覚える程にアセナの予想通りだった。もう少し捻ってもいいのではなかろうか?
どうでもいいが、アセナは「ここで『いや、御茶じゃなくてコーヒーだけど』とか言ったら どうなるんだろう?」とか、
益体もない――どころか害悪にしかならないことを考えていたが、神妙な表情を作っているのでネギにはバレていない。
「いや、特に理由はないよ? まぁ、強いてあげるなら、話したい時に話し相手になってくれたから……かな?」
リフレッシュも兼ねて外出した筈なのに何故かストレスが溜まったアセナは、軽く愚痴を言いたかった。
そんな時、フェイトが「コーヒーくらいなら付き合うよ」と申し出てくれたので、話していたのである。
それ故に、アセナにとっては特に深い理由などない(まぁ、フェイトには あるのかも知れないが)。
「それなら、ボクが話し相手になります!! ナギさんの望むことなら、どんなことでも24時間365日オールOKです!!」
とんでもないことを口走っているのだが、妙に「ああ、相変わらずネギはネギだなぁ」と思えてしまうのは何故だろうか?
恐らく――いや、ほぼ間違いなく、普段から衝撃的なセリフを聞いているので、そう言ったセリフに慣れてしまったのだろう。
いやはや、慣れとは恐ろしい。人間は慣れる動物だ とは言われているが、慣れてはいけないこともある気がしてならない。
と言うか、こんなセリフに慣れてしまった辺り、最早アセナは戻れない場所に来てしまったのではないだろうか?
「それはともかくとして……ネギ君、二人の会話に割り込まないでくれるかな?」
「それの何が問題なの? そもそもボク達の間に割って入って来たのはキミだろう?」
「キミ達の間に割って入る? ……ハハハハハ!! また妙なことを言うね、キミは」
「妙なこと? ……ああ、なるほど。今更 言うまでもない事実を言うのは妙だね」
「相変わらずの超解釈だねぇ。キミ達の間なんて割って入るまでもないってことだよ?」
「へぇ、いつも通り意味不明だねぇ。これだから現実の見えない負け犬は困るんだよ」
「ハッ!! 現実が見えていないのは どっちだい? 負け犬の遠吠えは実に虚しいねぇ」
まぁ、静かな言い争いを始めるネギとフェイトを見ても「フフフ、相変わらず仲良しさんだねぇ」と思うだけなのは、如何かとは思うが。
しかし、見方を変えてみれば、アセナの感想も強ち的外れとは言えない……ような気がしないでもない。
古来より「喧嘩する程 仲がいい」と言われているように、喧嘩をしていても仲が悪い訳ではないのだ。
それに「雨降って地 固まる」とも言うので、争いを乗り越えた先には友情が待ち受けているに違いない。
そんな訳がない とは思うが……それでも そう思って置かないとアセナの精神が危ないのである。
「あらあら まぁまぁ……残念ながら、どうやら私達の出番はないようねぇ」
「ネギが あの変態の毒牙に掛かってないなら私は出番がなくてもいいんだけどね」
「でも、せっかく来たんだから、火に油を注ぐくらいはして置きましょうか?」
「まぁ、それで あの変態が大人しくなるのなら協力するのも吝かじゃないわ」
「流そうと思っていたけど……会話がヒド過ぎるんで ここらでツッコみます!!」
途中で現れたアーニャ・ネカネは(面倒なので)スルーして置く予定だったが、不穏な会話をしているので慌ててツッコむアセナ。
「賢明ですわね。スルーするのは御自由ですが、私だって寂しいのですよ?」
「つまり、寂しいから精神的な苦痛を与える権利があるってことですか?」
「ええ。精神的な苦痛は精神的な苦痛で支払っていただくのが常識ですからね」
「なるほど。でも、あきらかにオレの方がダメージが大きくなりそうなんですが?」
「加害者への報復の損害は被害者の受けた被害以上であるのも常識ですよ?」
「そんな常識はないような気はしますが……とりあえず、納得して置きます」
ネギを育てた『姉』であるネカネに何を言っても無駄だろう。そう判断したアセナは不満はあるものの抗弁はあきらめた。
「だから、アーニャもここらで納得して置こう? 今回はオレを貶めるのはあきらめようよ?」
「う、うっさい!! 黙れ、変態!! って言うか、キモいから『アーニャ』って愛称で呼ぶな!!」
「それじゃ、アンナたん「それのがキモい」じゃあ、アンアン「殺すわよ?」……どうしろと?」
「普通に呼べばいいじゃない。具体的には『ココロウァさん』辺りが他人行儀でオススメね」
ネカネがアセナをイジメる気がなくなったので不満気だったアーニャは、それをアセナに指摘されたので不機嫌になった。
「まぁ、それはともかく……ネカネさんが矛を収めたんだから、キミも収めてくれない?」
「……でも、ネカネさんが矛を収めたからと言って私まで収める必要はないでしょ?」
「そりゃそうなんだけどね? でも、ネギのことを考えるなら やめて置いた方がいいよ?」
「ハァ? 何 言ってんのよ? ネギのことを考えているからアンタを貶めたいんでしょうが?」
アーニャとしては「軽く流すな」と言いたいが、空気を読めるコなので話の流れに乗ったようだ。
「だって、ネギはダメポだから、オレがヘコめばヘコむ程ネギの想いはとどまることを知らないよ?」
「そ、そう言えばそうね。って言うか、アンタ、自分がダメ男だって自覚あるのに何で直さないの?」
「アーニャ……世の中には わかっていてもやめられないことは たくさんあるの。わかってあげて?」
「……そうね。世の中には どうしようもないヤツってたくさんいるのよね。わかったわ、ネカネさん」
「あれ? 何だか いい話っぽくなってますけど……要はオレが どうしようもないヤツってことですよね?」
「え? そんなの当たり前のことじゃないですか?」「ハァ? そんなの当たり前のことじゃない?」
「…………まぁ、そうですよね。ええ、わかっていますとも。オレの扱いなんて そんなもんですよね」
異口同音に「どうしようもない」と肯定されたアセナは、ある意味では悟りを開いたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「クックックックック……いやはや、モテる男はツラいなぁ、オイ」
テラスを去ったアセナがバルコニーで「大丈夫、こんなオレでも生きていていいさ」と自分を慰めていると、
ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべた色々と赤っぽいイケメン――ナギ・スプリングフィールドが声を掛けて来た。
実を言うと、ラカンや魔人形なアルビレオ共々、目を覚ましたナギも迎賓館の厄介になっているのである。
何気に詠春以外の『紅き翼』が揃っていることに気付いたアセナは「別に詠春さんはハブられた訳じゃない」と敢えて気にしないことにしたらしい。
「アンタは どこのオヤジですか? って言うか、かなり酒 臭いんですけど?」
「うるせー!! こんな人生、飲まずにやってられるかってんだ、コンチクショー!!」
「ハァ? 何言ってんですか? 充分に勝ち組な人生を歩んでるじゃないですか?」
美人の奥さんを娶ったイケメンの英雄。これで『こんな人生』とは、どう言った了見だろうか?
「そんなん知るかっ!! まぁ、10年も寝かされていたことは100歩 譲って仕方がないこととしてあきらめよう!!
だが!! その間に娘が男を作ってるって どー言うことよ?! しかも、オレは娘に毛虫のように嫌われてるし!!
そのうえ、最愛の妻とは会えないどころか居場所も生死も不明なんだから、もう飲むしかねーだろうがぁああ!!」
うん、まぁ、それなりの了見だったようだ。と言うか、娘関連は思いっきりアセナに責のある話だ。
「奥さんの事は置いておくとしても……ネギは10年も放置されてたんですよ? 嫌われて当然じゃないですか?」
「そりゃあ そう言われちまうと否定できないんだけど!! それでも、やっぱり家族としては愛して欲しいじゃん!!」
「気持ちはわかりますが、父や母と言う存在を『言葉でしか』知らないネギには理解してもらえないと思いますよ?」
しかし、己に責があっても棚上げして相手を責められるのがアセナだ。うん、実に最低だ。
とは言え、ナギの方にも責任はある。特に、父親として失格なのに父親面するのは如何なものだろう。
原作のネギは(父親としてではなく)英雄として憧れていたので『父』を求めることができた。
だが、ここのネギは英雄としての憧れがなくなったので『父』を求めることは有り得ないのである。
アセナの「父親面する方が痴がましいですよ?」と言わんばかりの言葉に、ナギは「うぐっ」と呻くしかない。
「それと、エヴァに『登校地獄』を掛けたまま放置してましたよね? それもネギに嫌われている原因ですよ」
「エヴァの? とうこうじごく? あ、あ~~、アレな。オレも封印されちまったんだから しょうがないだろ?」
「……でも、貴方がエヴァに『登校地獄』を掛けたのが15年前で、貴方が封印されたのが10年前ですよね?」
呪を掛けてから5年はあった。当初の予定では3年で呪を解く予定だったので2年は放置していたことになる。
「そ、それはアレだ。あの頃は超多忙だったんで、気になってはいたんだが『解呪』に行けなかったんだよ」
「ネギが生まれた時期を考えると……エヴァを放置して子作りに忙しかった、と言う解釈になりますよ?」
「え、え~~と、それは、ほら、アレだよ、アレ。ウッカリ忘れてたってヤツだよ。誰にでもあるミスだって」
同じ男としての視点では、他の女との約束よりも最愛の相手とニャンニャンする方が大事だ。だが、そう言う問題ではないのだ。
「まぁ、気持ちはわかります。ですが、そんなんだからネギに嫌われるんです。もうちょっと父親面できる言動を心掛けましょうよ?」
「……確かにオレにも非はある。それは認める。だけど、オレの直感が告げているんだよ、ファザコンになっていた可能性もあったって」
「その気持ちもわかりますが、娘の幸せを考えるならファザコンと言う修羅道ではなくて他の道を進んでいることを喜ぶべきでしょう?」
確かに、原作のネギはヤバいくらいにファザコンだった。なので、ここのネギもヘタしたら『ああ』なっていたかも知れない。
その意味では、ナギの直感は間違っていない。と言うか、大正解だ。だが、何かが大きく間違っているとしか言えない。
アセナからすれば、原作のネギは「英雄としてのナギ」を盲目的に見ているだけで「父親としてのナギ」を見ていない。
言わば、ファンが英雄と言うフィルターを通して見ているのとネギの視点は大差がないのだ。実に歪な親子関係だろう。
まぁ、アレはアレで本人も周囲も幸せそうなのでアレはアレでいいのかも知れないが……アセナとしては気に入らないだけだ。
「それでも!! 娘に『パパ大好き♪ パパと結婚する♪』とか言われたかったんだよ!! それが父心なんだよ!!」
「どんな父心ですか!? それはどっちかと言うとダメな人間の思考ですよ!! って言うか、ダメ嗜好ですよ!!」
「ダメでも構わん!! むしろ、ダメでいい!! 娘に愛してもらえるならば、オレは世界すら敵に回してみせるさ!!」
しかし、ナギのアホな一言で場の空気は一気に砕け、アセナは「駄目だコイツ……早く何とかしないと…………」と頭を抱えるのだった。
************************************************************
Part.06:忘れてくれって言ったのに
痛む頭を抑えつつナギとの会話を適当に打ち切ったアセナは、自室(アセナに宛がわれた客室)に戻った。
部屋のベッドで幸せそうに寝ているダミーに妙にイラッと来たアセナは、問答無用でダミーを蹴り起こす。
自分で命じたことなのだが、自分が心労を重ねているのに幸せそうに惰眠を貪るダミーが許せなかったらしい。
コンコン……
蹴り起こしたダミーから記憶を引き継いだアセナは、ダミーの擬態を解除してアイテムに戻して『袋』に収納する。
そして、諸々の疲れを癒すためにトットと寝てしまおう とベッドに潜り込んだ時、ドアが何者かの来訪を告げた。
物凄く嫌な予感がするため狸寝入りを決め込もうか と一瞬だけ逡巡するが、アセナは大人しく応じることにした。
狸寝入りをしたところで無視される気がしてならなかったし、もしかしたら急を要する重大案件かも知れないからだ。
「……何だ、エヴァか」
アセナの「どうぞ……」と言う言葉に促されて部屋に入って来た人物は金髪ゴスロリの幼女――エヴァだった。
これがクルトだったら「何かトラブルでも起きたのか?」と気を引き締めるが、エヴァなら その必要はない。
警備的な意味でのトラブルの可能性もない訳ではないが、ここにいる猛者を考えると その可能性はゼロに近い。
だからこそ、アセナは気が抜けたままなのだが……そもそも、エヴァは何の用件で こんな時間に訪れたのだろうか?
夜も早い時間ならアセナの部屋を訪れるのは珍しいことではないが、深夜に近い時間帯に来るのは非常に珍しい。
と言うか、深夜帯にエヴァが部屋に来たのは初めてだ。しかも、その表情は真剣だ。つまり、来訪理由も真剣なものだろう。
「『何だ』とは何だ? せっかく私が来てやったのだから、泣いて喜べ」
「いや、何で そこまで上から目線なのかな? 意味がわからないよ?」
「フン!! 随分と生意気を言うようになったな? 『思い出す』ぞ?」
「ちょ、ちょっと待とうか? その件は忘れてくれって頼んだでしょ?」
「確かに そう頼まれたな。だが、その頼みをきく とは言っていないぞ?」
「うん、まぁ、確かに その通りだね。でも、普通そこは忘れるでしょ?」
「知らんな。私に常識など通用せんから『普通』と言われても意味不明だ」
しかし、エヴァの口調(ふざけてはいないが、遊んでいる雰囲気)から察するに、どうやら真剣な来訪理由ではないようだ。
ところで、エヴァとアセナが話題にしている『思い出すこと』と言うのは、アセナが忘れて欲しい黒歴史のことである。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「いい加減、一人で背負い込むのは やめたらどうだ?」
時は遡って、8月13日。アセナがラカンの元からオスティアに戻り、フェイトと話した後。そう、『完全なる世界』に赴く前夜のことだ。
草木も眠った頃合の深夜、迎賓館のバルコニーにて星空をボンヤリと見遣りながら物思いに耽るアセナにエヴァが話し掛けて来た。
エヴァの言った通り、アセナは どこからどう見ても無理をしていた。すべてを一人で背負い込もうとしていたのが誰の目からも明らかだった。
「私は頼りにされている、と言う自負があったのだがなぁ」
エヴァは苦笑を浮かべながらアセナの脇まで来ると、その後は特に何もせずに ただアセナが話し出すのを待つ。
エヴァには無理に聞き出すつもりなどない。話したいのなら聞くし、話したくないのなら聞かない。それだけだ。
もちろん、話してもらいたいとは思っているが、あくまでも優先するのはアセナの意思だ。だから、待つだけだ。
「………………怖いんだ」
エヴァが そろそろ「話したくないのなら別にいい」とでも言って その場を離れようとした時、アセナの口が開かれた。
そこから漏れ出したのは、弱音。今まで見せることのなかった、普段のふざけた態度が嘘であるかの様な弱気そのものだ。
エヴァの修行で自衛力を手にしたとは言っても、それは あくまでも最低限のものだ。最強クラスには焼け石に水だろう。
つまり、造物主などが本気でアセナを殺しに来た場合、アセナは一矢を報いるどころか逃げることすら難しい程度なのだ。
「今更だけど――いや、今更だから、かな?」
前世も含めて、アセナは これまでに何度も危ない橋を渡って来た。その中には、命をチップにしたことすらある。
だが、今回のプレッシャーは今までの非ではない。自分の命が危険なのは これまでと変わらないが、今回は それだけではない。
そう、もしアセナが失敗すれば(造物主を説得できなければ)魔法世界に住むすべての命を巻き込むことになるからだ。
「今までは『逃げ道』があった。いや、作っていた。でも、今回は それもないんだ」
もちろん、護衛を呼び出したり『転移』で逃げることはできるだろう。『転移妨害』がされても、それを破る手段はあるため、
その意味では『逃げ道』は残っているのだが……アセナが言ったのは、そう言う意味ではない。精神的な『逃げ道』のことだ。
これまで背負って来たリスクとは比べるまでもない程のリスクを背負ったアセナは、その重圧に潰されそうになっていたのだ。
「逃げ道がないのなら、作ればいいだろう? そして、それが無理なら逃げればいいだけじゃないか?」
ノブレス・オブリージュ――王族や貴族には支配者としての義務がある。この場合は、無辜の民を救うことが義務だろう。
だが、アセナのウェスペルタティア王族としての義務は『黄昏の御子』と言う名の人間兵器として充分に賄われている。
本来なら王族としては逃げることなど許されないが、アセナの場合は充分に許されるだろう。少なくともエヴァは そう思った。
「……そうは行かないよ。オレには逃げる選択肢なんて選べないからね」
だが、アセナに その選択肢は選べない。アセナの行動原理には王族としての義務もあるが、それだけではないからだ。
もちろん、自分に助ける力があるのに見捨ててしまえば自分で自分を誇れなくなってしまう……と言う我侭もあるし、
テオドラやココネなどの大切な人達を助けたいのもある。だが、何よりも『黄昏の御子』の記憶もあることが問題なのだ。
そう、『黄昏の御子』としての記憶が、アセナに逃げることを許さないのだ。
「オレは、100年以上も生きている。まぁ、そのほとんどが『生かされていた』と言うべきものだったんだけどね。
それでも、能動的にしろ受動的にしろ、その間にオレは数え切れない程の人間の生命力を吸っていたのは確かだ。
そして、オレが吸ってしまった人間達には、それぞれ家族や友人――つまり、守りたいものがあったと思うんだ」
正確には、完全魔法無効化能力を応用して魔法世界人を魔力に還元していたのだが、わかりやすく『生命力』と言う表現を取っただけだ。
「当然のことだけど、『送った』訳ではないから『リライト』を使っても彼等を蘇らすことなんてできない。
それに、彼等の死を冒涜することになるから彼等を死なせたことを後悔して立ち止まることもしたくない。
だから、オレは彼等の代わりに『彼等が守りたかったもの』を守るべきだと思うし、逃げる訳にはいかないさ」
「…………先程も言ったろう? 一人で背負い込むのはやめろ、と」
アセナの独白を聞いたエヴァの答えは、とても優しい――いや優し過ぎる婉曲的な肯定だった。
その証拠に、エヴァは幻術で大人になり、微かに震えるアセナの背を そっと後ろから抱き締める。
それは まるで「お前は一人じゃない」と言っているかのようで、アセナの心は少し軽くなった。
心が軽くなった分、仮に失敗したとしても自分を許せるかも知れない。アセナは少しだけ緊張が解けた。
考えてみれば、自分には幾つもの『切札』がある。と言うか、最悪の事態を回避するために準備をして来たのだ。
仮に造物主との対談に失敗したとしても、護衛達が守ってくれる。自分が虜囚の身に陥る可能性は極めて低い。
それに、虜囚の身になったとしても『みんな』が助けてくれるに違いない。そう、失敗を恐れる必要はないのだ。
「……………………ありがとう、エヴァ」
星空を仰ぎ見ることで零れそうになる涙を止めたアセナは、震える声で礼を言う。
もちろん、アセナは振り返らない。涙は止めたが、泣き顔であることに変わりはないからだ。
エヴァも察しているのか、アセナの顔を見るような真似はせず、そのまま抱き締め続けた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「うっきゃぁあああ!! 思い出さないでぇえええ!! それ以上、オレの黒歴史を掘り起こさないでぇえええ!!」
誰にでも気弱になる時はある。訓練された兵ですら死地に赴く前は、精神的に不安定になるのだから、仕方がない。
むしろ、肉体による繋がりで精神的な安定を得ようと『取り返しのつかない過ち』を犯さなかっただけマシではないだろうか?
まぁ、後ろからとは言え抱き締められて安定した経緯があるので、完全に肉体的な繋がりを求めなかった訳ではないが。
「クックック……あの時のシオラシサは何処へやったんだ? 生まれたての小鹿のように震えていたじゃないか?」
エヴァのネチネチとした責め はしばらく続き、アセナの精神は「本当に勘弁してください」と土下座するまでガリガリと削られた。
余談だが、そんなアセナの様子に何やら満足をしたエヴァは「これに懲りたら、あまり調子に乗るなよ?」と言い残し去って行った。
どうでもいいが、その後姿を見ていたアセナは「そう言えば、エヴァは何しに来たんだろう?」と思ったらしいが忘れることにしたらしい。
恐らくは他の女とイチャついて来たアセナを精神的にイジメるために来たのだろうが……アセナが それに思い至ることはないに違いない。
************************************************************
オマケ:ある意味で最高のタイミング
「ああ、そう言えば、言い忘れていましたが……アリカ様なら麻帆良の地下で眠っておられますよ?」
翌朝、アルビレオが朝の挨拶を済ませた後、何でもないことのように切り出した。
その様は、あたかも「今日は いい天気ですねぇ」とでも言っているかのようだ。
ちなみに、アルビレオはアセナを向いているので、アセナに話し掛けているのだろう。
だが、あきらかに『偶然』通り掛かったナギに向けて話しているようにしか見えない。
と言うか、どう考えてもナギが通り掛かったタイミングで話し出したとしか思えない。
「やはり、夫婦の年齢が離れるのはよろしくないですからね、気を利かせて冬眠していただいたんです」
衝撃の事実をサラッと語られたナギが大口を開けてポカンと言う擬音が相応しいマヌケ面を晒すのは無理もない。
それを「その表情が見たかったのです」と言わんばかりの爽やかな笑顔で見遣るアルビレオが酷いだけだ。
とは言え、アセナも同類であるためアセナにアルビレオを責める資格はない……が、文句くらいならいいだろう。
「そうですか、それは実に気が利きますね。ところで、何で このタイミングで話したんですか?」
確かに、もともと年齢が離れている場合は兎も角として、夫婦の年齢が離れるのはいいことではないだろう。
それに加え、アリカを元老院から隠す意味でも冬眠させたうえでアルビレオが管理したのは悪い手ではない。
まぁ、結果的にはネギの育児を放棄させたことになるので そこまで褒められたことではないが、悪くはないのだ。
そのため、気を利かせたのは本当だろう……が、気を利かせるならナギが目覚めた段階で教えるべきだろう。
気の利かせ方が違う と言うか、あきらかにナギをイジるのが目的で教えなかったに違いない。実に酷い男である。
「昨晩 御二人の話を小耳に挟んだので『そろそろ伝えた方がいいかも知れない』と思ったんです」
アルビレオは「まだ時期ではない と思って黙っていたのですが」とタイミングを計っていたことをアッサリと告げる。
と言うか、あきらかに「計っていた」のではなく「謀っていた」と言った方がシックリ来るのは気のせいだろうか?
胡散臭い笑みを浮かべて語るアルビレオを見る限りは後者にしか思えないが、アセナは敢えて気のせいにしてスルーして置く。
「ですが、目覚めさせるには麻帆良に戻らないといけないんですよね? だったら、今 伝えても しょうがないのでは?」
現在 魔法世界と地球を繋ぐゲートポートは復旧作業中であるため、直ぐに麻帆良に帰るにはオスティアのゲートポートを利用するしかない。
だが、それには莫大な魔力が必要となり、チート臭い魔力容量があるナギと言えども一人でゲートポートを起動させるのは無理である。
儀式魔法でも使えば可能かも知れないが、生憎とナギには使えないらしい。フェイトなら使えるが、フェイトにはナギに協力する義理がない。
アセナから依頼されればフェイトも協力するだろうが、アセナの計画的に今ナギに抜けられるのはよろしくないので それもできない相談だ。
つまり、現時点でナギが麻帆良に戻ることはできないため情報だけ与えられた形となり、生殺しに近い状態になったのである。実に酷い。
「まぁ、だからこそ、今 伝えた――のではなく、ただ単に、話の流れ的に『早めに伝えるべきだ』と思ったんですよ」
アルビレオはハッキリと「生殺し状態にするために今 話したんですよ」と言い掛けたが、途中で それっぽい言葉で誤魔化す。
そんなんで誤魔化されるアセナではなかったが、アセナに実害はないことなので敢えて誤魔化されて置くことにするアセナ。
と言うか、ここで深くツッコんでもアセナには何の得にもならないので、アセナには誤魔化されて置く以外に選択肢はないのだ。
アセナが「そうですか、よくわかりました」と話を切り上げて その場を去った後「テメェは鬼かぁああ!!」とか絶叫が聞こえたのは完全な余談である。
************************************************************
後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「閑話的なものとしてコメディを多目にしてみた」の巻でした。
やっぱり、ココネは書いていて楽しいです。正確には、ココネに対するアセナを書いてて楽しいです。
高音や愛衣も それなりに気に入ってはいるんですが、微妙に動かしづらいのも事実ですからねぇ。
ところで、原作だとアリカって どうなってたんでしょう? まぁ、この作品は原作乖離してますから気にしませんが。
んで、最後の方のスーパーエヴァタイムとしか言えない話についてです。
これはエヴァがヒロイン過ぎるので、当初は お蔵入りにしようとしていたのですが、
もうエヴァはヒロインでいいじゃないか と開き直って出しちゃいました。
反省はしていませんし、後悔もしていません。ですが、公開はしています。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/12/09(以後 修正・改訂)