第48話:メガロメセンブリアは燃えているか?
Part.00:イントロダクション
今日は年10月10日(金)。
原作では、セレモニーにてネギが「世界を救った人物」として紹介された日だが、
ここでは、元老院の議事堂にてアセナが『黄昏の御子』として召喚された日である。
まぁ、両者に何か関係があるのか? と問われれば、特に関係は無い としか言えないが。
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Part.01:満を持して
「皆様、御初に御目に掛かります、アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシアです」
現在、アセナはメガロメセンブリア元老院の議事堂にいた。と言うのも、元老院にクルト共々『招待』を受けたからである。
アセナが(滅びたとは言え)一国の王族であるため招待と言う形が取られたが、その内実は出頭命令に近いことは言うまでもない。
恐らく、記念祭に出掛けた際にエージェントを狩った(だけでなく、これ見よがしに送り返した)ことが引金となったのだろう。
帝国やアリアドネーとの兼ね合いで迂闊に手を出せないが、そっちがその気なら こっちも大義名分を使わせてもらおう……
そんな考えの下「今後のオスティアの統治について協議したいので議会に参加していただきたい」と呼び出して来たのである。
「既に御存知でしょうが、大戦以来 消息不明だった『黄昏の御子』です。戦後の混乱から逃れるため『紅き翼』の方々に保護されておりました」
この前の御披露目 & 婚約発表によってアセナのことは魔法世界中に広まっており、アセナを知らない者はいない と言っても過言ではない。
アセナのことを知った元ウェスペルタティア国民は単純に喜んだ。故郷が正統なる後継者の手に戻るのだ と、正統に戴く者が現れたのだ と……
また、ヘラス帝国の国民も王女の婚約を喜んだ。庶民に人気の高いテオドラらしい反応だろう。思惑が外れた有力者達は不快そうだったが。
アリアドネーは中立なので直接的には あまり関係ない。古い王国が復活する可能性は重要な意味を持つが、それで感動が生まれる訳ではない。
元老院は言うまでも無く不快感を露にしていた。オスティアの占領権を失うだけでなく、有望株であったクルトが離反したのだから当然だろう。
それに、『黄昏の御子』と言う魔法世界では絶対的なアトバンテージとなる『道具』が自ら勢力を築け上げようとしていることも大きな要因だろう。
それ故に、議事堂に集った元老院議員からアセナに降り注ぐ視線は刺々しく苦々しい。
アセナは議事堂の中央にいるが、座席は擂鉢段状になっているため見下ろされているようにしか――罪人を裁いているようにしか見えない。
だが、アセナは そんな視線を歯牙にも掛けていない。何故なら、この「元老院と直接対峙する」と言う状況はアセナが待ち望んでいたものだからだ。
御披露目からの期間は2週間程しかなかったが、御披露目をするまでに準備は『ほぼ』終わっていたので、アセナには何も問題がないのだ。
と言うか、そもそも用意周到で準備(仕込み や仕掛け)が大好きなアセナが、準備が終わっていない段階で御披露目をする訳がないだろう。
「とは言え、皆様が私に疑心を抱かれるのは当然のことです。百聞は一見に如かず、私が本人であるか否かは御自身の目で お確かめください」
そこまで語った後、アセナは「少々 失礼します」と懐に手を伸ばす。当然、警備兵に警戒されるが、アセナは気にしない。
そのまま懐(の『袋』)からアーティファクトを取り出すと『無極而太極』で議事堂に張られている『転移妨害』を破る。
テロ対策なのか、議事堂に張られていた『転移妨害』は最高峰のものであったのだが、アセナにとっては紙に等しいものだ。
そして、転移符にてフードを目深まで被った巨漢――ラカンを召喚し、ラカンに目線だけで「お願いします」と合図を送る。
「ラカン・インパクトォオオオ!!」
それを受けたラカンは中央まで進み出ると、フードを取って素顔を晒す。そして、気を練りに練り上げ、渾身の気弾をアセナに放つ。
ラカンの素顔が晒された瞬間 多くの議員がラカンの登場に驚いていたが、それ以上に気弾が放たれた時の方が驚きは強かった。
その気弾は圧倒的な力強さを持っており、それを見ただけで 気の弱い者は気絶する程だ。言わば、一種の天災のようなものである。
そんなものが議事堂で放たれたのだ。それによって起こる損害を考えると驚くどころではない。死を覚悟した者も少なくないだろう。
パキュン
だが、そんな気弾(災害)をアスナは杖を無造作に振るだけで消し去ってしまった(もちろん、『無極而太極』を使ったのだが)。
それは、猛威を振るっていた台風が突如 消失したような、俄かには理解し難い現象だった。だが、雄弁に その神秘性を物語っていた。
そう、結界消去から気弾消去までの一連の行動はアセナ流の完全魔法無効化能力(『無極而太極』含む)のデモンストレーションなのだ。
「鉄壁を誇る議事堂の『転移妨害』を破ることも、『千の刃』のジャック・ラカン氏の気弾を消すことも、御覧の通りです」
アセナの服だけでなく議事堂にすら傷一つ付いていない。気弾だけでなく余波すらも完全に消失した証左だ。
とは言え、強力な魔法具を使えば、杖を振るだけでも『転移妨害』を破壊することは不可能ではないし、
ラカンが見せ掛けだけで破壊力のない気弾を撃ったとすれば完全魔法無効化能力がなくても可能ではある。
だが、目の前で見せられた『あの気弾』を見せ掛けだけのものだ と判断することは、幾ら何でも恥知らずもいいところだろう。
「今のが八百長だと感じられた方は……前へ どうぞ。今度は、その方々を撃ち抜いた後に私の方に向かうように撃ってもらいます。
そうすれば、ラカン氏が本気で気弾を撃ったことと それを消し去れる私が本物の『黄昏の御子』であることが証明できますからね。
ですから、どうぞ遠慮なく壇上――いえ、弾上にいらっしゃってください。所詮は八百長ですから、恐れるに足ら無いでしょう?」
それがわかっているアセナは「今のが八百長だと思えるバカは出席の資格などない」と言わんばかりに異議の申し立てを受け付ける。
「……どなたも異議を申し出になられない と言うことは、私が正真正銘の『黄昏の御子』であることが、
つまり、途絶えたとされているウェスペルタティア王家の生き残りであることが、証明された訳ですね?
では、私が本当にアセナ・エンテオフュシアであることが証明できたところで、本題に移りましょうか?」
誰も異議を唱えないことから、アセナは「自身の正当性を会場中が認めた」こととして話を進める。
元老院議員もバカではない。ここで下手なことを言えばアセナは容赦なく排除することがわかっていたのだ。
そのための「無言の肯定」であり、それ故にアセナは「とりあえずの主導権」を握ることができたのである。
ラカンと言う『切札』は使ったが、自己紹介のために与えられた場を最大限に活かしたアセナの勝利だろう。
アセナは糾弾されるために ここ(議事堂)にいるのではない。この機会を利用して元老院議員を下すためにいるのである。
「っと、その前に…… 一つだけ言い忘れていたことがありましたので、本題の前に話して置きましょう。
実を言いますと、この議会(と言うか弾劾裁判)の模様は、魔法世界全土に生中継されております。
ですから、皆様『くれぐれも』発言には御注意くださいね? ちょっとした失言が命取りになりますから」
既にアセナの正当性を認めたことになっているため、元老院側としては「もっと早く言え」と言いたいだろう。
だが、そんなことはアセナの知ったことではない。アセナが元老院を気遣う訳がないのだ。
このタイミングで生中継を教えたのも「ヤバいことを話すと終わりますよ?」と言う牽制だ。
もちろん、議事堂での『話し合い』の結果を元老院側に改竄されないための措置でもあるが。
ちなみに、言うまでもないだろうが、議事堂では公にできないことも審議されているため本来なら生中継などできる筈がない。
議事堂には、議事堂内部の情報が外部に漏れないようにするための強力な魔法的・科学的プロテクトが何重にも施されている。
だが、魔法的なものはアセナが、科学的なものは超・茶々丸・茶々緒が突破したため、議事堂内の様子は外部に筒抜けとなり、
その音声 並びに映像は(これまた超・茶々丸・茶々緒の手によって)ジャックされた放送システムで魔法世界全土に配信されている。
近頃 超達が忙しかったのは、この裏工作のためであった。先程も言ったことだが『準備は万端』だったのである。
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ところで、これは完全な余談となるが、魔法世界全土に放送を見られるスクリーンが配備されている訳ではない。
当然ながら そんなことは想定の範囲内なので、魔法世界の何処にいても放送が見られるような対策を施している。
それが43話で超が話していたネギと超の共同作品――魔法世界全土を覆う天空スクリーン、『ケフェウス』である。
もちろん、一つのスクリーンで魔法世界全土をカバーしている訳ではない。万単位のスクリーンでカバーしている。
小規模なら比較的 簡単な代物だが、規模と量を考えると とんでもない代物である。ネギと超の協力の賜物だろう。
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Part.02:騙られた事実と語られる真実
「では、本題――今後のオスティア並びに私の取り扱いについて を話し合うために、紹介したい人がいます」
アセナの放った爆弾(これ生中継してますよ)によって場は騒然としていたが、アセナは気にせず話を進める。
せっかく混乱してくれているのだから、この好機を見逃す手はない。冷静になる間を与えるのは愚の骨頂だ。
正々堂々と戦えるのは、正々堂々と相手を捻じ伏せられる強者だけの特権だ。弱者には そんな余裕などないのだ。
「既に御存知の方もいらっしゃるでしょうが……私のパートナーであるネギ・スプリングフィールド嬢です。
彼女は、先の大戦の英雄である『サウザンド・マスター』――ナギ・スプリングフィールド氏の御息女です」
パクティオーカードで召喚されたネギは「御紹介に与りました」とか無難な挨拶をした後、アセナの脇に控える。
ちなみに、今更だが その逆隣にはクルトが控えている。最初から ずっといたのだが、説明のタイミングがなかったのだ。
また、余談だが、先程 召喚したラカンもいる。ラカンは護衛的な意味もあるので、クルトの後ろに控える形である。
「――そして、同時に『災厄の女王』であるアリカ・アナルキア・エンテオフュシア様の『遺児』でもあります」
アセナは「ウェスペルタティア王国に関係があるから このタイミングでネギを紹介した」と言わんばかり淡々と話す。
当然ながら、ネギがアリカの娘であるこ とは公然の秘密である。本来なら生中継で話していいような内容ではない。
普通なら放送を止めるなり何なりの対処が取られるのだが、生憎と放送の主導権はアセナ(と言うか超達)が握っている。
それに、アセナの発言を取り消させようにも議会での主導権もアセナが(暫定的だが)握っているために それもできない。
まぁ、場が混乱していたことに加えラカンが睨みを利かせていることも大きな要因だろう。
ところで、アリカは冬眠しているだけで死んではいないので、実際にはネギは「アリカの遺児」ではない。
ただ、アリカは死んだことにして置いた方がアリカにとってもプラスとなるので、遺児と騙ったのである。
処刑していたのに生きていたら元老院の面目が潰れるから、と言う元老院側の都合のためなどではない。
「ここで疑問に思われる方がいらっしゃるでしょう。18年前に処刑されたアリカ王女が9歳のネギ嬢の母親である訳がない、と」
そう、アリカが処刑されていなかったことを暴露する予定であるため、元老院側の都合など考える訳がないのだ。
いや、正確に言うと「アリカは処刑されていなかったが、今は他界している」と言う事実にすることが狙いである。
アリカの身の潔白を証明したうえで、逆恨みでアリカが害されないようにするために事実を『かたる』予定なのだ。
「ですが、18年前にアリカ女王が処刑されていなかったとしたら……どうでしょうか?」
声音も平坦だし表情も真面目そのものである今のアセナは、どこからどう見ても平静である。
だが、それは明らかな偽装であることを、その目が――物凄く生き生きしている目が語っている。
そう、こう言った「相手の騙った事実が虚実であったことを証明する」行為は大好物なのだ。
特に、自分が偉いとか勘違いしている輩が相手だと そのテンションは止まることを知らない。
もちろん、テンションに流されて注意を怠り足を掬われるようなことがないよう、最低限度の冷静さは失わないが。
「そうです。アリカ王女は処刑されていなかったので、ネギ嬢を産むことができたのです。
つまり、ネギ嬢はアリカ王女が処刑されていなかったことの『生き証人』と言う訳です。
アリカ王女を処刑したかった方々にとっては、ネギ嬢は さぞかし邪魔な存在でしょうね?」
問い掛けるように議事堂内を見渡すアセナ。最早ニヤニヤと笑っているようにしか見えない。
だが、くどいようだが表情は真剣そのものである。少なくとも、事情を知らない聴衆を味方にできるくらいには。
と言うか、実際に聴衆はアセナの味方である。アリカの名前が出たばかりは騒ぐ者もいたが、今では聞き入っている。
議事堂内には聴衆の様子がリアルタイムで投影されているので、それが元老院議員達もわかってしまうのである。
「具体的には、6年前に村ごと悪魔に襲わせたくらいに邪魔だったのではないか……と推測されます」
まるで「実に遺憾なことです」とでも言うかのように悲しげな表情で語るアセナ。
その視線では、主犯と思わしき派閥(クルトからの情報)を捕らえて離さないが。
そして、これ見よがしに懐から取り出した書類をペラペラと捲っては一息 吐く。
「……まぁ、あくまで推測でしかないので、『この場では』これ以上この話題を継続することは やめて置きましょう。
今 大切なことは、ネギ嬢がアリカ王女の御息女であること と アリカ王女が処刑されていなかったこと ですからね」
一転して話題を切り替えるのはアセナの常套手段だが、慣れていない者には それなりの効果を与える。
一部始終を見ている聴衆が「あの書類には何が書かれていたのだ?」と言う疑問を抱くのは当然である。
そして、少し目の利く者ならば、アセナの視点が特定の位置で固定されていたことにも気が付くことだろう。
ここまで来れば「アレには証拠が書かれており、後で容疑者を糾弾するつもりだ」と解釈してくれる筈だ。
「ですから、ここで それらのことを証明できる重要な『証人』を呼ばせていただきます」
再び転移符を取り出し、これまたフードを目深まで被った正体不明の人物を召喚するアセナ。
そして、またもやアセナは目線だけで合図を送る。すると、男は前に進み出てフードを外す。
そこにあったのは、端正な顔立ちと目の覚めるような赤。そう、ナギ・スプリングフィールドだ。
議事堂の其処彼処から驚愕に息を呑む声が聞こえる。そう、元老院議員達は再び爆弾を投じられたのである。
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「……ナギさん、お久し振りです」
時間は遡って9月30日(火)。アセナの御披露目 & 婚約発表(46話)と記念祭(47話)の間の話だ。
その日、ナギは長い眠りから覚めた。まぁ、最後の方は気絶だった気がするが、気にしてはいけない。
前話での会話の後では説得力はないだろうが、アセナとナギの再会は それなりにシリアスなものだった。
いや、ナギも目覚めた当初から『ああ』だった訳ではない。それなりの経緯があって『ああ』なったのだ。
「ん? お前……もしかして、アセナ、なのか?」
「ええ、そうです。10年振りくらいですね?」
「……ああ、そうだな。デッカくなりやがったなぁ」
ネギとの初対面が「始めまして、父上殿」と言った感じで冷たく扱われたので、ナギはアセナの対応が ちょっと嬉しいらしい。
「確か、ネギのパートナーをやってくれてるんだったよな?」
「まぁ、パートナーと言うかメンター的な面が強いですけど」
「それでもアイツを支えてくれてるんだろ? ありがとな」
含んだ意味のない、つまり本当の意味で爽やかな笑みを浮かべるイケメン(ナギ)。思わず「イケメン爆発しろ」と思うアセナは悪くないだろう。
「……いえ、気にしないでください。オレが好きでやっていることですから」
「それでも、だ。オレはアイツに大したことをしてやれなかったからな」
「えっと……ネギと一悶着どころか十悶着くらいあったことは聞いてます」
「フッ、魔法を打ち込まれた後『今更 父親面すんな』ってグーパン喰らったよ」
遠い目をするナギ。余程ネギとの邂逅が衝撃的だったのだろう。イケメンが台無しになるくらい煤けている。
「……多分、ネギは自分自身でも自分の気持ちがわからず、行き場の無い気持ちを持て余しているんだと思います。
貴方と どう接すればいいのかわからないので、とりあえず放って置かれたことへの恨みが先行してるんですよ。
アイツ、基本的には年齢以上にシッカリしてますけど、そう言ったところは 年齢通りのオコサマですからね。
きっと いつかはナギさんの気持ちや事情やらを理解してくれますって。何たって、貴方達は家族なんですから。
それに、大したことをしてやれなかったのなら、これから大したことをしてあげればいいだけの話じゃないですか?」
アセナは精一杯のフォローをする。そう、この頃はナギに同情していたのだ。
と言うか、囚われの身から救ってくれた恩人であるナギにアセナは感謝してもし足りなかった。
ただ、やたらと絡んで来るようになったので扱いがゾンザイになっていっただけである。
「……ケッ。ジャックの話の通り、ナマイキ言う様になりやがって」
照れ隠しか、気遣われて嬉しい筈なのにナギはソッポを向いて悪態を吐く。
実にわかりやすいツンデレな態度だが、イケメンがやると実に絵になる。
思わず「イケメンは もげてしまえ!!」と念じたアセナは悪くないだろう。
とは言え、黙っていればアセナもイケメンの部類に入るので、そこまで同意はできないが。
「まぁ、それはそうと、単に雑談をしに来たって訳じゃねーんだろ?」
「ええ。ちょっとした『お願い』がありまして……聞いてもらえますか?」
「内容に拠る……と言いたいが、オレに断る選択肢なんてねーんだろ?」
ナギはわかりやすく話題を切り替えるが、むしろ望むところなアセナは「さぁ、どうでしょうね」と言った含み笑いを浮かべる。
「とりあえず、今の状況については、アルビレオから聞いてますよね? 残る問題は元老院の『説得』だけだって。
で、都合がいいことに その元老院から呼び出しを受ける予定なんで、その機会に決着を付けようと思うんですよ。
つまり、起きたばかりで悪いんですけど、後々 舞台に立ってもらいますんで それまでに準備して置いてください」
そう言いながら、懐から台本を取り出し「この台本を覚えて置いてください」と手渡すアセナ。実に無慈悲である。
「いや、意味がわかんねーんだけど? って言うか、何で台本なんか覚えないといけねーんだよ?」
「元老院を追い詰めるのに必要だからです。アリカさんの潔白を証明するためにも協力してください」
「ハァッ!? そんなことできんのかよ? あの悪知恵の働くアルだって覆すことができなかったんだぜ?」
「アルビレオとオレのタイプは似ていますが、分野は違います。オレは政治向きなんで大丈夫な筈です」
「って『筈』なのかよ? そこは嘘でもいいから断言しとこうぜ? それが せめてもの情けってもんだろ?」
魔法使いのクセに魔法を使うのにアンチョコが必要なナギにとって、台本を覚えるのは無理難題に近い。モチベーションを上げてもらいたいのは当然だ。
「じゃあ、言い換えます。貴方がうまくやってくれれば、アリカさんの潔白を証明できるように最大限の努力をします」
「……OK。それなら協力してやる。お前の『そっち方面』の活躍はアルからもラカンからも聞いているからな」
「って言うか、貴方の奥方のためにやってあげるんですから、礼を言ったうえで喜んで協力するのが筋でしょう?」
「ハッ!! バカ言ってんじゃねーぞ? お前、アリカのためと言いつつも、実際はネギのためにやる気なんだろ?」
「…………それでも、貴方の家族のためにやることは変わりないんですから、感謝したうえで黙って協力しやがれ」
「クックックック……そー言う素直じゃねーとこは昔っから変わんねーな、オイ。オジサン、ニヤニヤしちゃうぜ?」
アセナがアリカの潔白を証明するのはアリカのためではない。ネギが「アリカの娘」として狙われなくするためだ。
それがわかっているナギは、素直に認めないアセナをニヤニヤしながら からかう。
……今になって思えば、この時からナギの『オヤジ化』始まったのかも知れない。
まぁ、今更なことだ。このキッカケがなくても、いつかは『オヤジ化』しただろう。
「とにかく、台本はあくまでも台本なので ある程度は無視しても構いません。ただ、収拾が付かなくなる真似だけはやめてください」
からかわれたことで不機嫌になったのか、アセナは それだけ言って話を切り上げると、サッサと その場を後にする。
まぁ、そもそもナギの手を借りること事態が「できるだけ使いたくない手」であるためアセナは不機嫌なのだが。
しかし、そんなことは言っていられないので、アセナはナギを――英雄と言う強過ぎる薬を利用することにしたのだ。
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「皆様、御無沙汰しておりました。『紅き翼』が一翼、ナギ・スプリングフィールドでございます」
普段のナギとは掛け離れた口調で語り始めるナギ。台本って凄い と思う瞬間だ。
まぁ、少し言い回しは変わっているが、言い易いようにアレンジしたのだろう。
大筋を大幅にズレていなければ問題ない。大切なのは「英雄の言質」なのだから。
そう、聴衆を味方にするためだけにナギ(英雄)に登場してもらったのだから……
「世間では死亡したものと扱われているようですが、私は この通り健在です。
瀕死の重傷を負った私は仲間の元で治療に専念するため冬眠状態にありました。
そして、どうにか傷が癒えましたので この場に参上した次第でございます」
さすがに「造物主に身体を乗っ取られたので封印されていました」とは言えない。
一部の元老院議員は知っているだろうが、そんなことを この場で話す訳がない。
何故なら、その一部は『完全なる世界』と繋がっていたので知り得たからである。
下手に突けば切り返されることがわかっているので、口をつぐむしかないのだ。
「では、スプリングフィールド殿。先程の私の言葉に対する証言を お願い致します」
「はい。先程アセナ様の仰ったことは すべて真実であることを この名に誓って証言 致します。
私の妻は『災厄の女王』と呼ばれたアリカ・アナルキア・エンテオフュシアであり、
妻は18年前に処刑されたことになっていましたが、実は処刑されておりませんでした。
そして、私と妻の間に生まれた子供こそがネギ・スプリグフィールドでございます」
ナギは朗々と証言をする。これで(真実はどうあれ)聴衆はアセナの語った事を『真実』として受け取ることだろう。
「では、スプリングフィールド殿。何故にアリカ王女は処刑されなかったのでしょうか?」
「それは……私と私の仲間である『紅き翼』が処刑時に救出したからでございます」
「処刑時に? 処刑の映像記録があることも踏まえると、処刑の際に救出したのですか?」
「はい。『処刑した』と言う証拠が必要でしたので、処刑が執行されてから救出 致しました」
アリカの処刑は生中継ではなかったが、映像記録として公開されていた。だからこそ、映像が作られたものであることを証言させる。
「……確か、アリカ王女の処刑は魔法も気も使えない『ケルベラス渓谷』へ落とすことだったのでは?」
「確かに、仰る通り、あそこでは魔法も気も使えませんでした。ですが、この身体は健在でしたから……」
「なるほど。貴方は 『死の谷』に飛び込み、その身だけでアリカ王女を救出した、と言う訳ですか」
「ええ。高が魔法も気も使えなくなる程度で、最愛の女性の一人も救えずして何が英雄でしょうか?」
ナギは そう締め括ると、その場を辞してアセナの後ろに付く。ちなみに、ラカンの逆隣でネギの後ろだ。
ところで、最後のナギの言葉は、ナギの完全なアドリブだ。本来なら肯定するだけにとどめるところだったのだが……
実を言うと、これは過去クルトに言われた「好きな女の一人も救えず何が英雄ですか!!」と言う言葉への返答だ。
その辺の事情がわかっているのは、そのことを覚えていたクルト・ラカン・アルビレオ・タカミチくらいだろう。
当然、アセナもわかっていない。クルトのセリフは原作でも語られていたことだが、そこまで覚えていないのだ。
とは言え、アドリブを入れた理由は理解していないが、話してもらいたいことは終わっていたので特に気にしないが。
むしろ、聴衆の反応(ナギ、マジ カッケー)を考えると「イケメン氏ね」と思いつつもグッジョブと言わざるを得ない。
どうでもいいが、後ろに来たナギのことをネギが心の底から嫌そうに見ていたことが地味に心に響いたアセナだった。
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Part.03:敢えて逃げ道を
「皆様、お聞きの通り、アリカ王女はナギ・スプリングフィールド氏によって処刑から救出されました」
アドリブと言う予定外のこともあったが、充分に想定の範囲内の出来事であるため、アセナは気にせず話を続ける。
ナギの証言(出番)は終わったが、アセナの話(出番)は ここからだ。今までは準備に過ぎない。本番はここからだ。
「ですが、だからこそ、疑問を感じるのではないでしょうか? 何故、『紅き翼』はアリカ王女を助けたのか、と。
彼等は、戦友であるスプリングフィールド氏の最愛の女性だったから助けたのでしょうか? ……いいえ、違います。
元老院の方々にも認められた英雄である『紅き翼』が そんな個人的な事情で悪人を助けることなど有り得ません。
彼等がアリカ王女を助けたのは、アリカ王女が実際には悪人――『災厄の女王』などではなかったからに他なりません」
英雄が悪人を助ける訳がない。だから、アリカは悪人じゃない……と言う、実にとんでもない理論である。
だが、聴衆とは得てして そう言った(冷静に考えれば)とんでもない理論を信じるものである。
そもそも、人は信じたいことを信じる。そこに理屈は介在しない。信じたいから信じるのである。
故に、聴衆は英雄を――いや、英雄の言葉を信じ、英雄の言葉と矛盾しないアセナの言葉も信じる。
また、元老院側から反論がないのも、その傾向を加速させていると言える。
もちろん、元老院側も好きで反論しないのではない。ナギの登場によって再度 混乱している間に反論の余地を潰されてしまったのだ。
と言うのも、『紅き翼』を英雄に仕立て上げたのが元老院であるため、『紅き翼』を英雄でないと断ずれば任命責任を問われるからだ。
本来なら、『紅き翼』が英雄であること と『紅き翼』(英雄)がアリカ(悪人)を助けたことには直接的な関係性はない筈なのだが……
アセナの語った「英雄は悪人を助けない」と言う とんでもない理論によって両者が結びついてしまっているため反論ができないのだ。
「……では、何故アリカ王女は『災厄の女王』などと呼ばれたのでしょうか? 今度は そちらの説明をする必要がありますよね?」
アリカが本当は『災厄の女王』ではない と言う意見に反論がないことを確認した後、アセナは次のステップに移る。
一応、最低限の目的であった「アリカの潔白を証明すること」は終わってはいるが、それは あくまでも最低限の目的だ。
アセナの本来の目的は「魔法世界を救うために元老院と協力関係を結ぶこと」だ。そのために魔法世界に来たも同然なのだ。
「しかし、そうは言っても大した話ではありません。アリカ王女はスケープゴートにされただけですからね」
身も蓋もなく真実を暴露するアセナ。常套手段とも言える手だが、相手に身構える隙を与えない と言う意味では実に効果的だ。
それに、ここまで語られてしまっては今更 口を閉ざさせても意味がない。反論するのは、アセナの話が終わるのを待つしかないのだ。
「長きに渡る戦争で心身ともに疲弊した人々にとって、戦争への不平や不満、怨嗟や憎悪をぶつけるスケープゴートは必要です。
ですから、スケープゴートを仕立て上げること自体は非難されることではありません(褒められることではありませんが)。
それに、王都の陥落によって生まれたウェスペルタティアの難民を押し付けられた方々にアリカ王女は怨まれていましたしね」
ここで大方の予想を裏切ってアセナはスケープゴートの存在に理解を示す。もちろん、元老院を擁護するためではない。
これによって「戦後の混乱を収めるために尊き犠牲になっていただいた」と言った反論の意味がなくなった。
残る反論は「アリカ様は自ら進んで悪役となり戦後の混乱を収拾なさったのだ」と言ったものだろうか?
スケープゴートだったこと自体を反論すればいいのだが、アリカの潔白が証明されてしまったので それも難しい。
「――ですが、魔法世界崩壊の危機を救った立役者に対する仕打ちとしては いただけないことです。そうは思いませんか?」
それまで穏やかだったアセナの目付きが変わる。その眼はすべてを見通すと幻視させられる程に鋭く、威圧的だ。
それは「元老院を許す気はない」と言う明確な意思表示であり、反論することさえ許さない気迫の表れだった。
「20年前にオスティアが陥落したのは、魔法世界の崩壊を引き起こす『反魔法場』を最小限に抑えるためでした。
難民を受け入れる側も大変だったのでしょうが、魔法世界のために犠牲になった方々を助けるのは当然の義務です。
確かに、戦争を終わらせたのは『紅き翼』かも知れません。ですが、魔法世界を救ったのはアリカ王女なのです。
また、『父王を殺して王位を簒奪した』とされていますが、そもそも その父王は『完全なる世界』の傀儡でした。
それに、彼女の通した『死の首輪法』と呼ばれる悪名高い国際奴隷公認法も、中身は難民保護法でしかありません」
アセナの語ったことは元老院にとっては周知のことだ。それなのに態々アセナが語ったのは、聴衆に聞かせるためだ。
もちろん、元老院も それはわかり切っている。わかり切っているのだが……アセナを止められないのだ。
その原因には、アセナを止めようものなら自分達が真実を隠蔽したことを認めることになる と言う事情もある。
だが、それ以上に、アセナから発せられるプレッシャーに気圧されているためにアセナの言葉を遮れないのだ。
敢えて言うが、アセナの後ろに控えているラカンとナギからのものではない。アセナ自身に威圧されているのだ。
「本来なら感謝されるべきアリカ王女を『災厄の女王』として処刑するとは……『当時の元老院議員達』は実に恥知らずな集団でした」
これまで「大戦の元凶は『完全なる世界』と それと結託した『災厄の魔女』だ」と信じていた聴衆は どう感じただろうか?
アセナが荒唐無稽な話をしているように感じたのだろうか? それとも、元老院の嘘を暴いているように感じただろうか?
少なくとも、大多数の聴衆は元老院への不信感は持ったことは確実だ。それは、元老院へのブーイング映像がよく物語っている。
聴衆の中に『扇動者』を仕込んだせいもあるが、それでも もともと元老院への不信感がなければここまでにはならなかっただろう。
「ですが、それもこれも本当の黒幕だった『完全なる世界』に操られてのこと……と聞いております」
先程アセナは『当時の元老院議員達』と態々「現在の元老院議員との区別」を付けていた。
実際は当時と現在では構成員は あまり変わっていないが、大半の聴衆は それを知らない。
過去の元老院議員を断罪することで、現在の元老院議員は違うことを示せる余地を残したのだ。
何故なら、アセナの目的が元老院議員を失脚させることではなく、あくまでも協力『させる』ことだからだ。
「大戦を裏から操っていた『完全なる世界』は、何と、恐ろしいことに、当時の元老院議員の大半を『洗脳』して操っていたのです。
しかし、その忌むべき存在も大戦によって大きく数を減らし、10年前には『紅き翼』の秘かな活躍によって壊滅しました。
まぁ、僅かに残党は存在していたのですが……それも、つい先日『我々』が『完全に』下しました。もう復活することはないでしょう。
それ故に、現在の元老院議員の方々が当時の元老院議員と同じ様な愚を犯すことは有り得ません。私が保証させていただきます」
真実とは異なるのだが、真実を晒したからと言って誰もが幸福になる訳ではない。それ故に、アセナは妥協点を示す。
当時の元老院議員の非を――アリカに冤罪を掛けたこと を認め、その責任を『完全なる世界』に擦り付けろ。
まぁ、実際にアセナが そう言った訳ではないが、アセナの言葉の裏に隠れたメッセージがわからない訳がない。
アセナは議事堂を ゆっくりと眺め回して己の意思が伝わったことを確認すると、今度は聴衆の方へと視線を移す。
「では、前置きは長くなりましたが……この魔法世界の抱える重大な問題について、語らせたいただきます」
アセナはカメラ目線で語りながら、その手では先程 取り出した書類をヒラヒラと弄ぶ。
それは、聴衆に語り掛ける振りをした、元老院議員達への婉曲的なメッセージであった。
これから話すことの邪魔をすれば『完全なる世界』と結託していた証拠を出すぞ、と。
擦り付けた筈の責任が返って来る と言う目に遭いたくなければ大人しく賛同しろ、と……
それは、フェイトと言う『完全なる世界』の構成員が彼に下ったことが知られているが故に、実に効果的な脅迫だった。
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Part.04:さぁ、手を取り合っていこう
「多くの方が知らない事実ですが……実は、魔法世界は『火星をベースにした人造異界』なのです」
アセナの言葉を補足するように「火星と言う惑星についての説明」が画面の右斜め下に表示される。
魔法世界の住民のほとんどは火星のことを知らないため、超が気を利かせて用意したのだ。
また、さりげなく「旧世界と呼ばれているのは地球と言う惑星」であることも説明されている。
察しのいい者ならば、人造異界の限界 及び 崩壊の不可避性にまで想像を働かせられる程度の情報だ。
「言い換えますと、我々 魔法世界の住民が『旧世界』と認識する世界こそが『現実』であり、
我々が『新世界』と認識している この魔法世界こそが『夢のような存在』となる訳です。
まぁ、だからと言って、我々にとっては現実であること自体は変わりがありませんけどね」
繰り返しになるが、人は信じたいことを信じる。本人が現実だと信じているのならば、それが その者の現実なのだ。
「ですが、我々が現実である と認識していても、ここが人造異界である事実は変わりません。
そして、人造異界である以上 存在の継続には限界があり、いつかは崩壊する運命にあります。
それが1000年先か100年先か10年先か……それは誰にもわかりません。ですが、必ず訪れます」
当然、嘘である。本当は最短で10年もない。だが、公表しても混乱を招くだけなので伏せて置くのである。
「ここで、情報が伏せられていたことに対して政府への不信が募るかもしれません。しかし、安心してください。
今まで皆様に知らされていなかったのは、解決策を模索している段階で不安を煽りたくなかったから です。
つまり、こうし皆様に明かしたと言うことは、解決策が見つかって皆様の安全が保証できたからなのです」
これは半分 真実である。解決策は見つかっているが、それはアセナと協力者しか知らない。そう、元老院議員のほとんどは何も知らないのである。
「その方策とは、先程 話題に出て来た魔法世界のベースとなった火星への移住です。
もちろん、火星に新しく異界を造る訳ではありません。それでは二の舞ですからね。
我々は、現在は不毛の大地である火星を魔法世界に似た環境に作り変える予定なのです」
異界を造り直すのではない、環境を作り変えるのだ。両者は似ているが、まったく違う方法だ。
「そして、これは まだ腹案ですが……実は、旧世界――地球に研究都市を造ることを計画しています。
地球には魔法と違った技術体系である『科学』が存在しており、魔法と科学は相反しない存在です。
その研究都市にて魔法と科学の融合・進化を行い、その技術によって火星を魔法世界化する計画なのです」
魔法と科学のハイブリッドである茶々丸や茶々緒は、魔法だけでも科学だけでも作れない。つまり、魔法と科学は相乗効果を持つのだ。
「その前段階として、まずは地球における魔法の秘匿を廃し、地球での魔法の認知を推進していきます。
また、それと同時に魔法世界に科学を広め、魔法と科学が手を取り合い易くして置くことも考えています。
ちなみに、研究都市はゼロから作れば時間も資金も嵩みますので、既存のものを利用する予定です」
以前にも触れたが、アセナの考えでは超の考えていた魔法バラしは「そこまで悪い案」ではない。ただ、やり方に問題を感じただけだ。
また、研究都市についてだが、アセナの腹案(押し通す予定なので ほぼ確定)では、麻帆良を作り変える予定だ。
学園都市から研究都市に変革する と言うよりは、研究学園都市として研究機関と教育機関の両立を考えている。
とは言え、メインは研究機関となるので、既存の学園機能は(物理的にも資金的にも)半分以下に縮小されるだろう。
もちろん、当然の帰結として半分以上の生徒が溢れることになり、溢れた生徒達は転校してもらうことになるが。
生徒達にしてみれば、後から出来た研究機関に追い出される形であるため、反発は激化することは想像に難くない。
最悪の場合、生徒達の溜飲を下げるために(学園を縮小させた咎で)学園長が責任を取って辞任することになるだろう。
スケープゴートは褒められるものではないのは確かだが、全体を活かすための必要悪として許容されることも確かだ。
……嫌な言い方だが、近右衛門が辞任した時の後任として瀬流彦を擁立していた節すらあるのがアセナなのだ。
元老院も腐っているが、アセナはアセナで十二分に腐っているのである(下手すると元老院以上かも知れない)。
しかし、アセナは私利私欲には走らないため、元老院以上に腐っていても その分だけマシと言えるだろう。
仮にアセナが権力を使うとしても、それは大多数を救う時だけだ。私利私欲のためには使わないに違いない。
「既に帝国もアリアドネーも上層部は賛同していただいています。最後に必要なのは、皆様 一人一人の御力添えです」
アセナの言い方だと元老院議員達にも話が通っているようにしか聞こえないが、当然ながら元老院議員達は何も知らない。
だが、元老院議員達は話が通っている振りをせざるを得ない。生中継されているうえに聴衆はアセナの味方だからだ。
元老院議員達はバカではない。むしろ、損得勘定については優秀だ。聴衆を味方に付けたアセナを敵に回す愚は犯さない。
ちなみに、アセナが聴衆を味方に引き込めたのには、それなりの理由がある。
もちろん、英雄を後ろ盾にしていることもあるが、それ以上に聴衆が好むような言い回しをしていることが大きい。
そもそも、聴衆に見られていることを前提に話すことなど、地球の先進国家の政治では当たり前のことである。
そんなパフォーマンスを見て育ったアセナは「政治とは聴衆を味方につければ勝ちなのだ」と言う前提があった。
しかし、聴衆のいない場で審議することが当たり前だった元老院議員達は聴衆に見られることに慣れていない。
そのため、聴衆が好む言い回しなど元老院議員達にはできない。小さな前提の差が、圧倒的な結果を生み出したのである。
まぁ、強制的に生中継する と言う暴力的な手段で自分の土俵に引き摺り込んだアセナの独壇場なのは至極当然のことなのだが。
ところで、帝国もアリアドネーも上層部が賛同している件だが、これはブラフではない。歴とした事実である。
46話でも触れたが、『完全なる世界』と決着を付けてから社交界デビューするまでの間に協力関係を結んでいたのだ。
亜人を始めとした純粋な魔法世界人は現実世界では存在できないが、その対策も研究対象に入っていることもあり、
亜人の国である帝国は(テオドラとの婚約が締結されたことからわかる通り)全面的にアセナに協力を表明している。
また、アリアドネーも亜人を多く抱えているし、科学と魔法を融合させる と言う方針に研究意欲を示している状態だ。
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時は少々遡る。『完全なる世界』と決着を付けたアセナは、タカミチとラカンを引き連れてアリアドネーを訪れた。
タカミチとラカンを連れて来たのは、当然ながら護衛の意味もあるが、何よりも仲介役を担ってもらうためである。
もちろん、ラカンは「めんどい」と渋っている。アルビレオとの賭けで負けたので仕方がなく引き受けただけだ。
まぁ、アルビレオがイカサマをしたことは言うまでもないだろうし、それをアセナが指示したのも言うまでもないが。
「単刀直入に話しますと、魔法世界の救済についてアリアドネーと協力体制を築きたいのです」
ラカンの効果か、アリアドネーの首脳の一人であるセラスと問題なく面会を果たしたアセナは、
ラカンを緩衝材に軽い雑談を交わして友好関係を深めた後、実に直球で本題を切り出す。
「御存知の通り、魔法世界は崩壊の危機にあり、崩壊そのものは必然ですので避けられません。
ですから、崩壊する前に火星を整備して住めるようにしてから火星に移住しよう と思うんです。
そこでネックになるのが環境の整備でして……それを共同で研究したい と考えているんです」
かなり端折った説明だが、セラスには前提となる知識があるので余計な説明は要らないのだ。
「もちろん、そちらにもメリットはあります。亜人の消滅回避と言う人口問題と科学と言う新しい風を呼び込むことができますからね。
……言い方は悪いですが、魔法は成長限界に達していませんか? 少しずつは進歩しているかも知れませんが、劇的な進歩は望めませんよね?
と言うか、古代語での呪文が現代語での呪文よりも高位とされている段階で、底が見えている とすら言えるのではないでしょうか?
しかも、魔法は個人の力量に大きく左右されますので、一部の人間にしか使えない魔法すらあります。まるで限界を示しているように、ね?」
だから、これ以上の進歩には科学も必要だ。アセナはハッキリと提言する。
もちろん、科学も科学で問題を抱えていることはアセナも熟知している。今回ばかりは それを棚上げする気はない。
環境問題を始めとした科学の代償は深刻なものだ。このままでは、科学の限界よりも地球の限界の方が先だろう。
だが、そこに魔法が加われば どうなるだろうか? 魔法が成し得ないことを科学は成し得るが、その逆も然りだ。
科学では解決できない『科学の代償』が魔法で補填できるかも知れない。あくまで可能性だが、その可能性は高い。
つまり、科学にとっても魔法にとっても両者の融合は望ましいことなのだ。少なくとも、アセナは そう考えている。
「……ちなみに、既に帝国の協力は取り付けてあります」
正確にはアセナが直接 話をして協力と取り付けた訳ではない。クルトがアセナの代わりに動き、その成果を上げたのである。
アセナが準備を整えてアリアドネーに訪れるまでの間のことなので詳しい報告は受けていないが、経過と結果の報告は受けている。
この時点では「さすがクルトだね」とクルトを高評価していたアセナは独断で婚約を進められているとは夢にも思っていない。
と言うか、その独断専行をしたクルトでさえテオドラが己の想定を超えて婚約を掴み取ってしまうとは想像すらしていないのだが。
まぁ、それらのことは 今の会話とはまったく関係ない話なので、棚上げして置くことにするが。
「帝国の移民計画についても御存知でしょう? 例の、魔法世界外でも魔法世界人が存在できるようにする計画です。
その実験体が知人にいますが、まだまだ完成には時間が掛かるでしょう。まぁ、それは帝国だけで研究した場合ですが。
つまり、既に帝国とは『魔法世界外での魔法世界人の存続』について共同研究することが決まっているんですよ」
何故ベラベラと帝国との話をしているのか と言うと、前例を示すことでアリドネーが協力しやすいようにする狙いだからだ。
「さて、これらを踏まえた上で先程の話に戻りますが……アリアドネーに望むのは『魔法と科学の融合進化』の共同研究です。
科学と言う新しい風を呼び込んで魔法を発展させるも善し、科学では不可能な部分を魔法で補いながら科学を発展させるも善し、
はたまた、魔法と科学の両者を適度に組み合わせて『魔法科学』とでも呼ぶべき、新しい技術理論を展開するも善し……ですよ」
アセナが目指すのは魔法の発展でも科学の継続でもない。魔法世界の救済だ。その過程で得られる副産物は あまり気にしていない。
「もちろん、私の申し出を断っていただいても構いません。アリアドネーは政治も宗教も関係ない『研究の場』ですからね。
つまり、政治的な思惑を排したい と考えるのは至極当然であり、私と手を結ぶことに難色を示すのは無理もありません。
ですが、もしも私の申し出を受け入れていただけるのなら……アリアドネーの首脳陣への根回しと顔繋ぎを お願いします」
セラスの答えは「可能な限り協力する」と言うもので、その後アセナが首脳陣を説得する際に多大な貢献をしてくれたのだった。
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「魔法世界に住むすべての皆様。どうか、魔法世界の未来のために――魔法世界を救うために皆様の御力を お貸し願えないでしょうか?」
アセナは「一人一人の協力が欲しい」と話しているが、実際のところ計画の実行するにあたって そこまで人手は要らない。
もちろん、移住する段階では全員の協力が必要となるが、テラフォーミングをしている段階では人手は そこまで必要ないのだ。
では、何故にアセナは「一人一人の協力が欲しい」と『理解』ではなく『協力』を求めているのか? ……答えは単純だ。
身も蓋もなく言うと「税金を大量に使いたいので、新しく導入される税金制度に文句を言わないでね」と言うことなのである。
まぁ、税金だけでは資金の問題しか解決しないのだが……資金があれば研究も開発もできるので、税金だけで充分なのだ。
むしろ、人だけいても資金がなければテラフォーミングはできない。悲しいことだが、金は天下の回り物なのだ。
仮にネギのようなアーティファクトが大量にあれば話は変わるのだうが、ネギはチートなのでネギを基準にしてはいけない。
とは言え、アリアドネーには研究要員を派遣してもらう予定であるため、人材としての協力も欲しいことは欲しいのだが。
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Part.05:タネも仕掛けもあるに決まっている
「お疲れ様でした、アセナ様。これで元老院は貴方の計画を推進せざるを得なくなりましたね」
聴衆がいい感じに温まったところでアセナは生中継を切り、それまで蚊帳の外だった大半の元老院議員に計画の詳細を説明した。
大多数の議員は納得していなかったが反論はなかった。魔法世界崩壊の対策が取られること自体に反論できなかったのだ。
元老院側を一切通していない独断専行だったが、既に世界規模で承認されたようなものでもあるため認めざるを得ないのである。
また、全体からすれば僅かとしか言えないが、クルトやリカードを通じて数名の元老院議員を味方にしていた効果もあるだろう。
そして、現在はオスティア総督府に戻って ささやかな打ち上げ(と言うにはバカ騒ぎしているバカがいるが)をしているところだ。
「まぁ、帝国とアリアドネーを味方に付けた時点で詰んでたんですけどね」
「それでも、最後の詰めを誤れば反撃されていたかも知れませんよ?」
「それもそうですね。まともに勝負したんじゃ負けるのは必然ですからね」
クルトの賞賛にアセナは苦笑交じりに答える。実力で勝った訳ではないので賞賛されても嬉しくないのだ。
だが、それを踏まえてクルトはアセナを評価する。実力でなかろうと勝利は勝利だ。
それに、アセナは この日のために(時には危険を顧みずに)入念な準備をして来た。
まともに戦ったら勝ち目が無いなら、まともに戦わなければいい。ただ それだけのことだ。
……そう、アセナは今日の『対決』のために さまざまな仕掛けを仕込んでいた。
「いや~~、本当に超には お世話になったね、ありがとう。御蔭で滞りなく『話』を進められたよ」
「だが、私は議事堂のプロテクトを破っテ、ネギ嬢と共同開発しタ魔法具で全国放送をしタだけダヨ?」
「『だけ』じゃないさ。その助けがあったからこそ、元老院を説得することができたんだから」
「まぁ、そう言われてしまうと礼を受け取らざるを得ないネ。でも、茶々丸と茶々緒の御蔭でもあるヨ?」
「わかっているさ。二人には後で礼を言いに行くよ。って言うか、どうせ会話は聞かれてるだろうし」
全国放送については、電波ジャックをして既存の回線を利用したことはした。だが、それだけではない。
何故なら、魔法世界は「各家庭にテレビが備わっており、誰でもテレビが気軽に見られる」訳ではないからだ。
一部の上量階級はテレビ的なものを所有しているが、大多数の市民は広場に設けられた巨大スクリーンを見るだけだ。
当然、そのスクリーンを見られる位置にいない者もいるからこそ、空中に映像が流れるように細工したのである。
それが超とネギが共同で開発した魔法具『ケフェウス』――大規模空中投影機である。
「しかし、まさか ここに来てサブリミナル効果を利用スルとはネェ。キミには驚かされてばかりダヨ」
「そりゃあ、茶々丸がくれたエヴァのDVDを見た時に感じた『あの感動』を忘れられる訳がないさ」
「な、何を言っているのカネ、キミは? キミが何を言いたいのカ、私にはサッパリわからないヨ?」
「いや、わかりやすく慌てないでよ。って言うか、やっぱりアレを仕掛けたのは超だったんだ……」
今更なことだが、アセナの動体視力は異常だ。常人なら見逃すことも見逃さない。つまり、13話の『仕掛け』を見抜いていたのだ。
また、二人の会話で想像は付くだろうが、生中継の映像にはサブリミナル効果が利用されていたのである。
その内容は「何故かアセナを信じたくなる」と言った程度の軽い誘導だ。あくまでも、洗脳ではなく誘導だ。
結果的には洗脳しているのと変わらない気がするが、あくまでも誘導しただけに過ぎないので特に問題はない。
所詮は気休め程度のものなので、アセナが信用に足らない存在だ と判断されれば意味がないため問題はないのだ。
「いやはや、それなりの使い手でも見抜けない程度の代物だったんだけどネェ。相変わらずキミは規格外だヨ」
「だからって、悪びれもしないで開き直られても困るんだけど? って言うか、何で あんなことしたのさ?」
「決まっているダロウ? キミにはネギ嬢の『お守り』をして欲しかったからダヨ。それ以上の意味はないサ」
超の言っていることは嘘ではない。確かに、アセナにネギの『お守り』をして欲しかった。だが、当然ながら それだけではない。
「ふぅん? オレはてっきり『超がオレとネギの子孫だから、オレ達をくっ付けようとしていた』んだと思ったよ」
「……キミはエスパーなのカ? そのことは誰にも話した覚えはないヨ? ――って、未来からの情報カネ?」
「まぁ、御想像にお任せするよ。オレが言えることは、未来からの情報供給は問題なく稼動しているってことさ」
それが本当に未来から得た情報なのか、それとも原作知識からカマを掛けただけなのか? ……それはアセナにしかわからない。
「未来からの援護射撃……ですか。いやはや、タイムマシンすら可能にするとは、魔法と科学の融合は恐ろしいですねぇ」
「そうですね。だからこそ、オレは『火星をテラフォーミングする』なんて言う無茶をやる気にもなったんですけどね」
「まぁ、科学だけでは技術と資金の問題から費用対効果が絶望的で、魔法だけでは技術が足りないため不可能でしたからね」
超との話が一段落したのを見たクルトが再び話し掛けて来る。今度の話題はアセナへの賞賛ではなく魔法と科学の融合についてだ。
「ですが、魔法と科学の融合によって それらは解決されます。今後 人類は宇宙へと その版図を広げていくことでしょうねぇ」
「……人類の方向を大きく変えたことになりますね。後世の歴史では、貴方は歴史を変えた偉人として語り継がれるでしょう」
「もしくは、人類を宇宙に解き放ってしまった大悪党として歴史に刻まれるかも知れませんね。まぁ、単なる戯言ですけどね」
人類が宇宙に進出することは良いことなのか、悪いことなのか? それは今後の人類次第だ。アセナには悪くならないことを願うしかできない。
「それでも、滅びる運命にあった魔法世界の民は救われます。それだけで、充分でしょう?」
「まぁ、そうですね。そこから先のことまでは面倒 見切れません。後世に託すことにしますよ」
「それだと すべてを成し終えて引退するように聞こえるんですが……まだ終わってませんよ?」
「わかってますよ。魔法世界側の説得が終わっても、地球側の説得は終わってませんからねぇ」
アセナには まだまだやるべきことが残っている。元老院の説得は一つの山場だったが、これですべてが終わった訳ではないのだ。
これからも戦わねばならない主君(少なくとも、クルトは自身をアセナの配下だと思っている)の心境を慮ったクルトは、
特に何も言わずに「私にでき得る限り、これからも貴方をお支え致します」と言う思いを込めて恭しく礼をするだけにとどめる。
その胸に去来するのは、過去の無力な自分。アリカを敬愛しながらも何もできなかった自分。だけど、今のクルトは無力ではない。
クルトには、アセナとアリカを重ねているつもりはないが、アリカの分までアセナに仕えるつもりである と言うことは否定できない。
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「まさか、あんな無茶な策を承認させるとは……いやはや、諸々の小細工も含めて見事な手腕でしたよ、アセナ様」
クルトとの会話を切り上げたアセナは、超に宣言した通り茶々緒と茶々丸にも礼を述べた後、
とてもイヤらしい笑みを浮かべたアルビレオに捉まった。と言うか、むしろ捕まった気がする。
「ありがとうございます。って言うか、貴方に『アセナ様』とか呼ばれると気持ち悪いんですけど?」
「ですが、今の私は貴方の臣下ですからね。主君を様付けするのは臣下としては当たり前でしょう?」
「何時から貴方はオレの臣下になったんですか? 情報提供者 兼 悪巧みの相談相手じゃなかったんですか?」
「それは昔の話ですよ。と言うか、気持ちが悪いのは『アセナ』と呼ばれることではないのですか?」
臣下云々の話は華麗にスルーして、アセナの呼び名について突いて来る。実にアルビレオらしい対応だろう。
「……いいえ、オレはアセナです。肉体も精神も立場も、ね。最早 他の何者にもなれませんよ」
「ほほぉう? しかし、そう お考えになっているのなら、私の戯言など気にしなければいいのでは?」
「まぁ、仰る通りですね。ですが、貴方の戯言はオレには箴言に近いので聞き流せないんですよ」
「それでも、聞き流してください。私の言葉などで心を揺さぶられていい立場ではないでしょう?」
きっとアルビレオなりの激励だったのだろう。相変わらずイヤらしい笑みだが、何処か優しさを感じる。
「……そうですね。少々 気が緩んでいたようです。以後 気を付けることにします」
「まぁ、からかい甲斐がなくなりますので、少しくらいは反応して欲しいですけどね?」
「わかっていますよ。キチンと、時と場所と場合と気分で使い分ける予定ですから」
アセナは素直に礼を言うのが照れ臭かったので、気を付ける旨だけを告げる。
だが、それでも伝わったようで、アルビレオは更に笑みをイヤらしいものにする。
ここで爽やかな反応をしない辺りがアルビレオのアルビレオ足る所以だろう。
むしろ、アルビレオからイヤらしさがなくなったら それはそれで気持ちが悪い。
「まぁ、いろいろ言いてーことはあるけど……とりあえず、よくやったな」
アルビレオとの適当な雑談を適度にしたアセナは、ラカンの元へ向かった。
言うまでもないだろうが、先程「バカ騒ぎしているバカ」と表現された一人だ。
一頻り騒いで落ち着いたのか、今は割と大人しい。まぁ、息は酒臭いが。
ちなみに、他に「バカ騒ぎしているバカ」はナギである。むしろ、それ以外いないだろう。
「ありがとうございます。それもこれも、ラカンさんの協力があったればこそ、ですよ」
「あぁん? 本当に そう思ってんのかよ? オレなんかいなくても どーにかなっただろ?」
「まぁ、確かに『どうにか』はなったでしょうけど……でも、ラカンさんの御蔭で楽でした」
「ケッ!! 人を便利に使いやがって。そんなんじゃアルみたいなロクデナシになっちまうぞ?」
もちろん、ラカンも本気では言っていない。だが、それを聞いていたアルビレオは「いい度胸ですね」と思うのは必然だ。
「安心してください。既に充分なロクデナシですから。もはや手遅れです」
「いや、そんなことを爽やかな笑顔で言われても反応に困るんだが?」
「と言うか、手遅れになる前にサッサとアルビレオに謝った方がいいですよ?」
「ぬぉっ!? 確かに、あの黒い笑みは あきらかに怒ってる!! マジ ヤベェ!!」
心配されること自体は嬉しいが、それで余計なトラブルを起こされては堪ったものではない。実にアセナらしい対応だろう。
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「ってことで、ナギさんも ありがとうございました。これで頼み事は終わりましたんで、後は奥方とヨロシクやってください」
何が「ってことで」なのかは果てしなく謎だが、他の出席者との話を終えたアセナはナギに話し掛ける。
ちなみに、礼は証言してもらったことに対するものだ。今回に限ってナギはクルト以上の功労者なのだ。
と言うか、今回はクルトが空気 過ぎただけだが(最初から その場にいたのにネギよりも描写が少ないし)。
ところで、他の出席者とは、ネギ・エヴァ・アーニャ・ネカネ・タカミチのことである。フェイトやココネ・美空、高音・愛衣は含まれない。
「いや、そうは言われてもよ? アリカって麻帆良で眠ってるんだぜ?」
「ですから、サクッと麻帆良に迎えに行ってあげればいいじゃないですか?」
「だから、どうやって麻帆良に行くんだよ? ゲートポート壊れてんだろ?」
「お得意の馬鹿魔力に物を言わせて どうにかすればいいじゃないですか?」
「お前、オレのことを何だと思ってるんだ? そこまで無茶はできねーぞ?」
アセナにとってのナギは「バグキャラなイケメン」なのは言うまでもないだろう。
「……わかりましたよ。フェイトちゃんに頼んでゲートポートを手配します」
「悪ぃな。って言うか、そんなことができるなら最初からそうしてくれ」
「ハッハッハッハッハ、ちょっとした御茶目ですよ。他意はありません」
「あきらかに他意があるように感じるが……ここは敢えて流して置こう」
数日の付き合いしかないが けっこうな頻度で絡んでいるため、ナギもアセナとの会話に慣れて来ているのである。
「しかし、10年振りの再会ですかぁ。まぁ、体感的には そうでもないんでしょうけど」
「まぁ、そうだな。って言うか、実はネギを身篭っている時に会ったのが最後なんだよなぁ」
「え? マジですか? 身重の奥さんを残して戦場に行くとか、それなんて死亡フラグ?」
「いや、それは問題ない。あの時は、アリカから貰ったペンダントを懐に忍ばせて置いたからな」
つまり、死亡フラグを生存フラグで打ち消したらしい。なら、最初から死亡フラグを立てんな と言いたいが。
「ところで相談があるんだが……10年も放って置いた嫁と どの面下げて会えばいいんだろ?」
「そんなん知りませんよ。って言うか、10年も放って置いた娘とは その面で会ったんですよね?」
「まぁ、そりゃそうなんだけどな? だけど、ネギん時は心の準備をする暇もなかったんだよ」
「確かに状況は違いますね。でも、たとえ準備する暇があったとしても結果は変わりませんって」
アリカに会いたいことは会いたいのだが、少しだけ――本当に少しだけ、会うのが怖いナギだった。
「ったく、お前の言葉には棘があるよなー。まぁ、そんだけネギが大事ってことだな?」
「何をトチ狂った解釈していやがるんですか。寝言は寝てから言いやがれください」
「クックックックック……いや~、やっぱ、お前のそー言ーとこはオモシレーなー」
「……はぁ、奥方のことで同情してたオレがバカでした。もう勝手にすればいいさ」
「OKOK。オレ達の愛娘がアセナの毒牙に掛かったって話して置いてやるぜ?」
しかし、それでもアセナをからかおうとするナギは、ある意味では賞賛すべきかも知れない。
ちなみに、これは完全な余談となるが……ラカンと同様にバカ騒ぎしていた筈のナギが大人しかった件だが、
実は、バカみたいに騒いでいる時に、ネギから「少し静かにしていただけませんか?」と言われたから らしい。
その口調が実に他人行儀で その声音が実に冷たかったため、ナギは心の底から泣いて静かになったようだ。
まぁ、アセナに絡んだのは その鬱憤を晴らすためもあったのだろう。そう納得して置くアセナだった。
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ところで、アセナ(とクルト)が呼び出された理由である筈なのに いつの間にか忘れられてしまったオスティア統治の件だが……
再びアセナ(とクルト)と元老院で話し合った結果、これまで同様にメガロメセンブリア元老院が派遣する総督に任されることとなった。
その理由は「アセナは火星のテラフォーミングで忙しいから、ウェスペルタティア王国の復興なんかしてる場合じゃない」と言う単純なものだ。
ちなみに、引き続きクルトを総督に任命するようには誘導していない。むしろ、別の人間を派遣するように遠回しに要請したくらいである。
と言うのも、クルトにはアセナの補佐として馬車馬の如く働く と言う重大な使命があるからだ(実にアセナらしい理由だろう)。
まぁ、元老院としては既得権益を失わずに済んだので悪い結果ではないのだが……火星に移住することを考えると微妙なところだ。
火星に移住した後も現在の勢力図(≒ 既得権益)を維持できる などと言う妄想を抱けるほど元老院議員は楽観的ではない。
むしろ、火星移住後の統治権を話し合うつもりでいたのに いつの間にか矛先を現在のオスティアにさせられた と言うべきだろう。
もちろん、火星移住後の統治については帝国やアリアドネーだけでなく地球の首脳も交えて話す必要があるので意図的に逸らしたのだが。
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オマケ:雪広あやかの確認
一方、与り知らぬところで研究学園都市に改変されることが ほぼ決定された麻帆良では……
「瀬流彦先生……少し、よろしいでしょうか?」
「ん? 雪広君? 改まって どうしたんだい?」
「少し『魔法関係』について お話があるんです」
しばらく動きのなかった あやかが満を持して(と言っていいかは微妙だが)動きを見せていた。
「……なるほど。そう言うことなら、少しだけ付き合うよ」
「少し確認したいだけですので、お時間は取らせませんわ」
「それはよかった。これでも いろいろと忙しい身の上でねぇ」
本来なら誤魔化すべきだったが、あやかの雰囲気から誤魔化すだけ無駄だ と感じたため瀬流彦は応じたようだ。
だが、それでも、すべてを話すつもりはないので、瀬流彦は『少しだけ付き合う』と言う表現を取った訳だが。
まぁ、あやかもそれは承知しているようで「確認するだけです」と会話のボーダーラインを提示した。
もちろん、魔法使いとしてもアセナの協力者としても深い事情を話せない瀬流彦としては有り難い提案である。
「では、単刀直入に聞きます。あの人――神蔵堂さんは魔法世界で何をする気なのでしょうか?」
だが、そんな瀬流彦の事情を嘲笑うかのように、あやかはサラッと爆弾を投下して来る。
と言うか、瀬流彦としては神多羅木に煮え湯を飲まされたことがフラッシュバックする内容だ。
思わず「何とかして誤魔化して置くべきだった……」と後悔する瀬流彦は悪くないだろう。
もちろん、それを世間一般では「後の祭り」と言うのだが、瀬流彦のためにも言わないであげるべきだろう。
「いや、単刀直入 過ぎるよ? って言うか、何処から そんな情報を仕入れたんだい?」
「近衛さんと桜咲さんから『あの人が魔法世界に行った可能性が高い』と聞いたのです」
「……ふぅん? って言うことは、その二人から魔法関係の情報を聞いた訳だね?」
「ええ。お二人の話では、あの人のためにも私は知って置かなければならない 、そうですわ」
「まぁ、間違いではないね。本当の意味で彼を支えられるのは、キミだけかも知れないからね」
瀬流彦にもアセナの協力はできる。だが、アセナの『支え』になれるか と問われれば答えは微妙だ。
ちなみに、瀬流彦の予想した通り、あやかに情報を与えたのは木乃香と刹那だ(まぁ、予想とも言えない推察に過ぎないが)。
そもそも(42話のオマケでも軽く触れたが)二人はアセナが「普通の旅行としてウェールズに行った」などとは思っていない。
とは言え、完全に「ウェールズに行く」のが嘘だとも思っていない。嘘の中には真実が含まれている とわかっているのである。
そう、ウェールズにゲートポートがあること と アセナが『黄昏の御子』であること から魔法世界に行ったことを推察したのだ。
そして、40話でアセナは「何か大きな問題を抱えている」と木乃香に明言している。後は それらを繋げればいいだけの話だ。
「……やはり、あの人は自分を犠牲にするつもりなのですね?」
瀬流彦の微妙な言い回し(だが、明らかなメッセージが含まれている)に想定が正しかったことを確信する あやか。
話は前後するが、あやかは二人に説明を受けた際、40話のアセナと木乃香の会話(を茶々緒が盗撮したもの)を見ている。
もちろん、それだけの影響ではない。アセナから離別を告げられてから時間が経っていることも充分に影響している。
当初はショックで冷静さを欠いていたが、時間が経って冷静さを取り戻したことでアセナの真意を受け入れられたのだ。
「…………ありがとうございます。これだけ確認できれば充分ですわ」
瀬流彦の名誉のために言って置くが、あやかの(確信を含んだ)問い掛けに対しって瀬流彦は何も話していない。終始 無言を通していた。
もちろん、無言であるため否定もしていない。否定しなければ肯定である と あやかが受け取っただけだ。瀬流彦は何も言っていない。
アセナの真意のためには否定して置くべきだったが、アセナのことを思うと肯定したかった。それ故に、瀬流彦は無言を通すしかなかったのだ。
最初は打算的に始まった関係だが、瀬流彦はアセナのことを「ただ利用する」だけの相手と割り切れなかったのである。そう、それだけのことだ。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。
今回は「元老院とのラストバトルなのに何故か独壇場だった」の巻でした。
いえ、本当は元老院側からの反論とかも挟もうと思ったのですが……テンポが悪くなるので省かせていただきました。
と言うか、テンポよく反論を入れることができなかったんです。反論を叩き潰すとかも書きたかったんですけどね?
でも、それを入れていたと考えると文章量がトンでもないことになりそうなので、これはこれでいい気がします。
と言うか、独壇場にするためにいろいろと準備したり準備させたりしていたので、独壇場に成るべくして成ったんですよねぇ。
入念に準備しながらもピンチになるとか……物語的には美味しいですけど、実際問題だと どんだけ詰めが甘いんだって話ですよ。
ピンチからの どんでん返しが書けなかったんじゃなくて、書かなかったんです。そう言うことにして置くと皆が幸せになれます。
ところで、地味だけど使い方 次第ではチートな効果を持っている『ケフェウス』ですが、これも出典はギリシャ神話です。
神話上のエチオピア王ケフェウスと王妃カシオペアの娘が王女アンドロメダで、アンドロメダを助けたのが英雄ペルセウスです。
カシオペア繋がりでアンドロメダ・ペルセウスと来たのでケフェウスも登場させただけで、ネーミングに深い意味はありません。
では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2011/12/23(以後 修正・改訂)