第06話:アルジャーノンで花束を
Part.00:イントロダクション
今は、3月11日(火)の放課後。つまり、試験結果が発表された後のこと。
本来なら、ナギは土日だけの日雇いバイトによってホワイトデーの資金を捻出する筈だったのだが、
図書館島や勉強合宿などで予定よりバイトをできる日が減ってしまい、資金が足りなくなってしまった。
それ故、ナギは夏休みと冬休みに お世話になったバイト先に頼み込んで前借をさせてもらうこととなった。
まぁ、その前借の代償として土日だけでなく平日の放課後や春休みもシフトに入らざるを得なくなったが。
ここで「さっきのトトカルチョで得た金があるからホワイトデーは それで余裕に賄えるのではないか?」と思われるかも知れない。
だが、ナギは土下座までして前借させてもらうことになったので、それを覆すことができなかったのである。
まぁ、別に「前借しなくても済むことになったのでバイトしなくてもいいですか?」とか言ってもいいのだが、
恩を仇で返したくないし、他のバイト達もナギがシフトに入ることを歓迎しているため言えなかったのだ。
それは「ノーと言えない」と言う押しの弱さ ではなく「一度口にしたことを覆せない」と言う責任感の現われに違いない。
ちなみに、そのバイト先は『アルジャーノン』と言う、何だか花束を贈りたくなるような名前の個人経営の喫茶店であり、
店長(通称:マスター)のコーヒーと奥さん(通称:マダム)の紅茶やケーキが自慢の店で、それなりに人気があるらしい。
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Part.01:そんなにオレが悪いのか?
(あ、ありのまま今 起こった事を話すぜ!! 『オレがバイトしている時に ゆーな達が来たと思ったら いつの間にか奢らされていた』。
な、何を言っているのか わからねーと思うが、オレも何で奢らされたのか わからなかった…… 頭がどうにかなりそうだった……
脅迫だとか強要だとか無言の圧力だとか そんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…………)
さて、前振りは こんなもんで充分だろう。
まずは順を追って話そう。今日もアルジャーノンのシフトに入っていたナギは いつも通りキッチンで調理をしようとしていた。
だが、ウェイトレスのコが風邪を引いて休んでしまったため、代わりにホールでウェイターをやる羽目になってしまったのである。
とは言っても、別にウェイターが問題なのではない。困った時は お互い様だと思っているし、ナギは接客もソツなくこなせる。
そもそもは学園側にバレたくないからキッチンを望んでいただけであり、既に学園側にバレている今となってはホールでも問題ない。
では、何が問題なのか と言うと……ナギとしては あまり会いたくない人物(裕奈達)の接客をしなければならなくなったからである。
カランコロンカラン♪
来客を告げるドアベルを店内に響かせながら入って来た女子中学生達を見て、来客を出迎えようとしていたナギは固まった。
何故なら、来客である女子中学生達は サイドを結ったコ・長身のポニーちゃん・バカっぽいコ・色素が薄いコだったからだ。
特徴的なシルエットをしているためか、ナギは一目 見た瞬間に「ゆーな・アキラ・まき絵・亜子じゃん」とわかってしまったのだ。
「おっ、ナギっちじゃん!!」
ナギの様子(固まったまま)など気付いていないのか それとも気にしていないのか(恐らく後者)、普通に声を掛ける裕奈。
ところで、『ナギっち』とは裕奈のナギに対する呼称である。気が付いたら、いつの間にか そう呼ばれる様になっていたらしい。
つまり、愛称で呼ばれる程度には仲がいい と言うことであり、原作キャラだと気付きながらも何故か仲良くなってしまったのだ。
「……いらっしゃいませ、お客様。4名様でよろしいでしょうか?」
バイトであっても給金をもらう立場である以上、仕事は責任を持って遣り遂げることをナギは信条としている。
そのため、ナギに公私混同をする気などは一切なく、親しげに話し掛けて来た裕奈とは真逆の態度で接する。
見方によっては無視に近い対応だが、見方によっては公私混同したくないことを暗に示している対応だろう。
「ハァ? ナニイッテンノ? そんな つまんないボケはいいから、サッサと案内してよ」
しかし、裕奈はナギがボケたのだと解釈し、適当なツッコミを入れサッサとて話を進める。
ボケだと受け取る裕奈が酷いのか、そう受け取られるナギが悪いのか、判断に悩むところだ。
とにかく、裕奈に悪気がないことがわかっているだけにナギとしては溜息しか出て来ない。
「とりあえず、席に案内するから付いて来て」
入り口で騒いでいると他の客の迷惑となるので、ナギは気持ちを切り替えてサッサと席に案内してしまうことにする。
キチンと説明すれば裕奈も納得してくれるだろうが、今は手間も時間も惜しい。説明をあきらめたのは賢明な判断だろう。
もちろん、騒ぐことが予想されるので、4人を案内するのは他の客から少し離れた位置にある奥の方のテーブル席だ。
「……はい、どーぞ」
口調はゾンザイなものだったが、ナギの所作(裕奈が座るために椅子を引く)はキッチリとしていた。
どんな客が相手であったとしても接客はキチンとこなす。それが接客中のナギのプライドらしい。
それなら口調も改めるべきだが、裕奈がフレンドリーな対応を望んでいるので あれでいいのだろう。
「あ、ありがと……」
裕奈は軽く頬を染めつつ礼を言い、大人しく席に着く。恐らく、頬を染めたのは、椅子を引かれたことに照れたのだろう。
当然ながら、ナギは「いや、照れている訳ないな。だって、裕奈だもん」とか残念な解釈しているのは言うまでもない。
気安い友人関係だからこそ裕奈はギャップに照れたのだが……まぁ、ナギの解釈が残念なものになってしまうのは仕方がない。
ちなみに、ナギが椅子を引いてあげたのは裕奈だけではない。他の三人も、アキラ・まき絵・亜子の順番で引いてあげている。
「そ、そう言えば、何でナギっちがホールにいるの?」
照れ隠しなのか、ナギが「では、注文が お決まりの頃お伺いいたします」と告げて別の業務に移ろうとしたところで裕奈が話し掛けて来る。
ナギは一瞬「無視して業務に戻ろうかな」と悩んだが、相手が裕奈なのでやめて置く。無視したら「ちょっと聞いてんの!?」とか騒ぎ出す筈だ。
それが予測できているのだから無視するのは悪手だ。それに、長々と話し込まなければ問題ないので 少しくらいなら付き合っても大丈夫だろう。
そんな訳で、ナギは手短に説明をして早目に会話を終わらせることにしたのだった。
「ホールのコが体調を崩したから その代わりとしてホールやってるんだよ」
「へ~~。じゃあ、今日はナギっちのクラブサンドを食べれないんだぁ」
「でも、今日の仕込みはオレがやったから、そこまで味は変わんないと思うけど?」
「おぉっ!! それじゃあ、私クラブサンドにする!! 飲み物はダージリンね!!」
「……ん、了解。じゃあ、また後で注文取りに来るから、ゆっくり決めてね」
ナギは「え? 今 注文すんの?」と思いつつも裕奈の注文を難なく受け、残りの三人には 後で来る旨を伝えて その場を去るのだった。
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さて、先程も軽く触れたが、普段のナギはキッチンで調理を担当している(言わば、厨房担当の中坊なのである)。
実はと言うと、マスターはコーヒーを淹れることに情熱を注ぎ、マダムは紅茶を淹れるのとケーキ類を作ることに夢中だったため、
かつてのアルジャーノンでは、軽食メニューの扱いは「とりあえずメニューに入れて置こう」程度の扱いでしかなかった。
まぁ、だからこそバイトであるナギが担当することが出来たのだが、ナギはそんな状況に甘んじるような人間ではなかった。
期待されていないからと言って、適当な仕事でいい訳がない。つまり、軽食の扱いをよくしようとナギは奮闘したのである。
……元々ナギは料理は得意だったが、だからと言って「原価を抑えたうえで効率よく出来て美味しいメニュー」を作ることには とても苦労した。
だが、その苦労が報われる程度には軽食にも人気が出た。いや、正確には、ナギの作る軽食に人気が出たのだ。
先程の裕奈の様に、ナギの作った品を食べられなくて残念がる人間がいるくらいには人気があるのである。
もちろん、社員でもないナギが常に調理する訳がないので、軽食メニューのレシピはキチンと作られている。
そのためナギが作らなくても ある程度のレベルは保たれているのだが……舌の肥えた客には違いがわかるようだ。
ここしばらく(冬休み以降)はシフトに入っていなかったため、ナギが復帰したのを一番 喜んだのは常連かも知れない。
常連の間では軽食を頼む際に「今日チーフ来てるの?」とか確認を取るのが習慣となっているレベルらしい。
ところで、チーフと言うのはナギのことである。いつの間にか『チーフ』と言う呼び名が定着してしまったようだ。
ちなみに、これは軽食を一新させた功績だけでなく、接客や店作りにも好影響を与えたことも関係している。
と言うのも、ナギが来る前のアルジャーノンは、あまりにもマスターとマダムの趣味に走り過ぎていたのである。
良く言えば「おいしいコーヒー・紅茶・ケーキを お客さんに出せるだけで幸せ」と言う感じの店であったが、
悪く言えば「コーヒー・紅茶・ケーキを提供する以外のことについては特に気を遣っていない店」でもあったため、
ナギがバイトに入って それなりの信頼を得られた辺りで、接客やらインテリアやらに いろいろと梃入れをしたのである。
そして、その梃入れは成功した様で、赤字と黒字を行ったり来たりしていた状態から一転し黒字経営になったのだった。
その様な経緯があったため、マスターやマダムだけでなく他のバイトからもナギは厚い信頼を得ているのである。
だから、しばらく顔を見せなかったのに「前借したい」と言っても簡単に受け入れてもらえたのだ。
そうでもなければ、いくら個人経営で対応が緩いと言っても前借したうえでシフト復帰なんて有り得ないだろう。
と言うか、それなりの信頼がなければ他のバイトから文句が出る筈だ(歓迎されたナギが普通ではないのだ)。
そんなこんなを説明しているうちに、そろそろ他の三人も決まった頃合だろう。ナギは そう判断して注文を取りに戻る。
「……そろそろ決まった? むしろ、決まってなくても決めてくんない?」
「とりあえず、私はチーズケーキね。で、飲物はアイスレモンティーで」
「チ――まき絵はチーズケーキにアイスレモンだね。うん、よくわかったよ」
「それじゃあ、私はフレンチトーストにアッサムのミルクティーがいいな」
「んで、アキラはフレンチトーストにアッサムミルクだね。了ー解」
ナギの不穏な後半部分のセリフを鮮やかにスルーして まき絵とアキラが注文し、スルーに慣れているナギも普通に注文を受ける。
ところで、まったく関係のない話だが、実はと言うと まき絵は フィギュア界では「氷上の妖精」と呼ばれている。
それ故に東方シリーズが大好きなナギは、思わず まき絵を『チルノ』とか『⑨(まるきゅー)』とかと呼びたくなってしまうらしい。
果てしなく どうでもいい話であるが、思い出したので忘れる前に説明して置いたのだ。だから、特に深い意味はまったくない。
それはともかく、本題に戻ろう。これで裕奈・まき絵・アキラと注文が終わったので、残るは亜子だけだ。
「わ、私は、カモミールティーで お願いしましゅ」
「……カモミールだね。って言うか、それだけ?」
「は、はい。ウチは お腹 空いている訳やないですから」
「(ダイエットかな?)そう言うことなら、OKだよ」
そんな訳でナギは亜子を見て注文を求めたのだが……何故か亜子はテンパっており、噛んでしまったようだ。
当然ながら、ナギはスルーして普通に注文を進める。それが優しさだろう。
他に注文がないか訊ねたのも優しさだ。別に売上に貢献して欲しい訳ではない。
他の三人が飲み物以外にも食べ物を頼んでいるので、普通に気を遣ったのである。
まぁ、納得の仕方が残念なので、これまでの優しさを台無しにした気がするが。
「あ、ちょっと待って、ナギ君。ちょっと話があるんだけど?」
「ん? 話? 仕事中だから手短にしてくれないかな、まき絵?」
「うん、わかった。実はね、先週の金曜って私の誕生日だったんだ」
「へー、そーだったのかー。それで、それが どうかしたのかな?」
「……はぁ。ナギ君ってさ、頭はいいけど基本的にバカだよね」
「いや、意味わかんねーですから(まぁ、少し自覚はあるけど)」
全員分の注文を取り終えたので戻ろうとしたナギだが、今度は まき絵が話し掛けて来た。
ちなみに、ナギは惚けているのではなく、本気で意味がわかっていない。何度も言うが、実に残念な思考回路なのだ。
言われてみれば誕生日だった気がするけど、今その話題は関係なくない? ……とか、本気で思っているのである。
まぁ、関係があるから話題にして来たのだろう とは思っているが……思うだけで どんな関係かわかっていない始末だ。
ところで、まき絵にバカにされている件だが、別に何とも思っていない。人の価値基準とは千差万別であるからだ。
「いやさ、ナギっち……普通は『おめでとう』ぐらい言うでしょーが」
「ああ、なるほど、そりゃそうだね。まき絵、誕生日おめでとさん」
「ありがと、ナギ君。ってことで、今日の支払いはナギ君だからね?」
「え? ナニイッテンノ? ちょっと意味がわからないんですけど?」
「だって、ナギ君からは何もプレゼントもらってないじゃん?」
「いや、そもそもオレがプレゼントを贈る必要ってないんじゃない?」
裕奈の助け舟によってナギは漸く祝うべきことだと気が付いたが……気が付くのが遅過ぎたため、まき絵に決定的な言葉を言わせてしまった。
勘のいい者ならば「ヤバい、これは奢らされるフラグだ!!」と気付いて「ごめん、仕事あるから!!」とか言って回避できたのに……
ナギが残念なばっかりに回避が遅れ、まき絵に直球で「奢れ」と言われてしまったので最早 回避不可能になってしまったのである。
まぁ、ナギは「回避しようとすると深みに嵌っていくタイプ」なので、途中で気付いたとしてもアウトだった気がしないでもないが。
ところで、敗因は20歳を超えると素直に加齢を喜べないので ついつい祝う気持ちが薄れていたことだろう。実に残念である。
「……はぁ、ナギ君って本気でバカだよねー」
「いや、本当に意味がわからないんだけど?」
「まぁ、ある意味ではナギ君らしいよねー?」
「え? らしいって何が? 何が らしいの?」
ナギは まき絵や裕奈やアキラから「コイツ残念過ぎる」と言う目で見られたのだが、何が残念なのか理解していないのは言うまでもないだろう。
また、ナギは奢ることに納得していなかったが、いつの間にかナギが奢ることになっていたのも言うまでもないだろう。
しかも、まき絵の分だけではなく全員の分を である。経緯は不明だが、いつの間にか そう言うことになっていたのである。
まぁ、同じテーブルにいるので まき絵だけ奢る訳にはいかないため、全員 奢ること自体は大した問題ではないらしいが。
ただ、納得いかないままに奢らされることは問題だったようで、ナギは「何でだろう?」と最後まで首を傾げていたのだった。
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Part.02:こうして二人は出会った
それは夏休みの終わり頃のことだった。
その日、亜子は裕奈達との待ち合わせまでの時間潰しのために とある喫茶店に入った。
その喫茶店の名前はアルジャーノン。紅茶とケーキが美味しいと最近 評判になりつつある店。
店としてはコーヒーも自慢なのだが、女のコ達の間ではコーヒーはスルーだったらしい。
そこで亜子が注文したものは、カモミールティー。
外は炎天下だったが店内は程よく冷房が効いているため、暖かい紅茶でも問題ない。むしろ、ちょうどいい。
カモミールの香りを嗅いでいると心身ともにリラックスできるので亜子はカモミールティーが大好きだった。
猫舌な亜子は熱い物を飲む時は冷ます習慣があるため、その冷ましている間に香りを楽しむのが好きなようだ。
(……ああ、美味しい。こんなに美味しいカモミールティーを飲んだんは初めてや)
いつも通り、一頻り その香りを楽しんだ後、頃合を見計らって亜子は紅茶を啜る。その瞬間、亜子は思わず笑みを零す。
紅茶の葉 自体が それなりに良質なものを使っているのだろうが、それよりも淹れた人間が丁寧に淹れた御蔭だろう。
これなら評判になるのも納得だ。昔からありそうな店なのに、どうして最近まで評判にならなかったのか不思議なくらいだ。
(紅茶を淹れる人が変わったんやろうか? それとも仕入先を変えたんやろうか?)
実際は そのどちらとも変わっていない。変わったのは、店の雰囲気と接客内容と軽食メニューだ。
単に知られていなかったので評判になっていなかっただけだ。コーヒーと紅茶とケーキは元のままだ。
美味しいものを出せば客が来る のも間違っていないが、それだけでは来ない客もいる と言うことだ。
(立地も悪ないし……よし、今度から この店に通お)
亜子は そんなことを考えながら、お代わりを注文する。思いの外 美味しくて、思わず飲み切ってしまったのだ。
裕奈達との待ち合わせまでは まだ時間がある。紅茶を飲み切ったのに席に居座り続けるのは亜子にはできないのである。
それに、かなり美味しかったので もう一杯 飲みたかったこともある。むしろ、そちらの方が本音かも知れない。
「アッツーー!!」
時間的には充分に余裕があったのだが、早く飲みたいと言う気持ちが急かせたのだろう、亜子は冷まし切る前に紅茶を飲んでしまった。
先程も触れたが、亜子は猫舌だ。ちょっと熱いものを口しただけで簡単に舌を火傷する。つまり、紅茶で舌を火傷をしてしまったのだ。
しかも、亜子はテンパり属性があるため舌を火傷したことでテンパってしまい、ティーカップを手から落として更なる被害を生んでしまった。
「だ、大丈夫っ!?」
ティーカップを落とした音と亜子の上げた悲鳴で惨事に気付いたマダムが慌てて氷とタオルを持って来る。
不幸中の幸いと言うべきか、ティーカップはテーブルに落ちたので被害は それほどではない。
テーブルから溢れ出た紅茶が亜子の太股に当たったくらいで、直接 肌に紅茶が掛かった箇所はない。
「そこまでひどくはないだろうけど……女の子だから痕になっちゃったら困るわよね? 手当てするからいらっしゃい?」
それでも、後々 痕になる可能性がある。と言うか、亜子の肌は白いため、痕になってしまう可能性が高いだろう。
場所が場所だけにマダムは大事を取って亜子をキチンと治療することに決め、慌ててスタッフルームに連れて行く。
亜子としては背中の痕に比べたら大したことないので そこまで気にしていないのだが、好意は無碍にできないようだ。
「あっ、ナギ君!! ちょうど よかった!! このコの火傷の治療、よろしくね!!」
マダムはスタッフルームの扉をノックもせずに開けると、休憩中だったナギを発見したので、亜子を任せることにした。
いや、紅茶はマダムが淹れることになっており、ナギでは代われないうえ注文が溜まっていたのでマダムは多忙なのだ。
男に女のコの治療(しかも太股)を任せるのは どうかと思うが、背に腹は代えられない。ここはナギを信じるしかない。
それに、マダムの直感(女の勘とも言う)が告げていた。このコはナギ君に好印象を抱いたようだから何も問題ない、と。
(はわわわわわわ!! ど、どないしよ?! いきなり二人きりやなんて……急展開や!!)
マダムの直感は当たっていた。ナギは亜子の好みに合致していたのだ。と言うか、ぶっちゃけ一目惚れだった。
ナギは内面が残念なので忘れられがちだが、その外見は非常にいいのだ。見た目に騙される女子がいる程度には。
言うならば、ナギは黙っていればモテるタイプなのだ(つまり、口を開くとダメになるタイプと言うことだが)。
「……ええ、わかりました!!」
ナギはナギで「もしや新人のコが紅茶でも零して火傷させてしまったのか?!」と焦っていたので、余計な雑念などなかった。
迅速に手当てをしなければ と言う考えでナギの頭の中は占められていた。相手が女のコで場所が太股とか気にしてなかった。
ナギは思春期男子であるが、その前に仕事人であった。給金をもらっている以上、エロスよりも仕事を大事にするのである。
そのため、手当てで休憩時間が割かれたとしてもナギは気にしない(実は「休憩 延長していいから」とマダムに言われたし)。
「では、とりあえず見せてください」
説明が遅れたが、亜子は患部(太股)に氷を巻いたタオルを当てていた。そのため、患部の様子はナギにはわからない。
それ故に火傷の具合を診るため、ナギは「タオルをどかしてください」と言う意味で「見せてください」と言ったのだが……
亜子は何をどう勘違いしたのかは不明だが、何故か上着(Tシャツの上に着ていた半袖の開襟シャツ)を脱ぎ始めた。
「いえ、火傷は太股ですよね? ですから、タオルをどけて見せてください」
一瞬「あれ? これなんてエロゲ?」とポカンとしたナギだが、慌てて我を取り戻して ひたすらクールに対応する。
これが普段ならば役得を味わうためにTシャツを脱ぐまで放置していたのだが、今は非常時なので そんなことはしない。
きっと突然の出来事でテンパっているのだろう と今回ばかりは正しい解釈をして、ナギは診察を続けることにする。
ちなみに、亜子は「絶対 変なコやと思われてしもたっ!!」と内心で更にテンパっているのだが、そこは気にしないで置いてあげるべきだろう。
「ふむ……どうやら たいしたことはないようですね。いやぁ、不幸中の幸いで、よかったです。
このまま冷やして置けば痕も残らないでしょうけど…… 一応、大事を取って薬を塗って置きましょう。
すみませんが、少しだけ患部を冷やした状態で待っていてください。今 薬などを出して来ますから」
太股の火傷は ちょっとした水脹れができた程度だったので、ナギの言葉通り このまま冷やして置けば充分だろう。
だが、だからと言って何もしないのもどうかと思われるので、それなりの手当てはして置くべきだろう。
スタッフルームには救急箱はあるが家庭の医学的な本はないので、手当ての手順はナギの知識が頼りだが。
確か、15分くらい冷水に浸けて患部を冷やした後 軟膏等を塗って乾いたガーゼを被せればいい……筈だ。
多少 応急手当の知識に不安が残るナギだが、手当てを受ける側を不安にさせないためにも敢えて堂々と振舞う。
(しかし、氷で冷やしてあったから別に冷水に浸けて冷やす必要はないよねぇ?
って言うか、15分も密室に二人きりでいると相手も警戒するから、サッサと進めよう。
軟膏を塗って そこをガーゼで覆って それをサージカルテープで固定すればいいでしょ)
ところで、サージカルテープとはガーゼや包帯などを固定するテープのことだ。
一般的な知識なのかは不明だが、よく怪我をしては自分で手当てをしていた時期があったナギには普通に出て来る単語だった。
ちなみに、怪我の手当てで手馴れているためか、亜子の手当てをするナギの手付きは危なげない。むしろ、テキパキしている。
まぁ、女のコの太股に軟膏を塗る と言う所作に不埒な気持ちも少しは生まれたようだが、全体的には真面目に手当てをこなした。
「……さて、これでいいでしょう」
手当てを終えたナギは亜子を連れてスタッフルームを出る。このまま密室で二人きりでいるのは不味い と言う判断である。
ナギにしては気が回る様に思われたかも知れないが、亜子としては もう少し二人でもよかった様なので、やはりナギは残念なのだ。
と言うのも、亜子は一目惚れに加えて真剣に手当てしてもらったことで更にナギへの好感度が上昇してしまったからである。
繰り返しになるが、ナギは黙っていれば――いや、正確には、地で話さなければモテるのである。ナギに自覚はないが。
さて、ここからは蛇足となるが、スタッフルームを出た後の亜子は、新しく用意されていた紅茶を飲んで店を後にした。
ただし、亜子は想いを深めてしまっていたので「この出逢いを逃したらアカン!!」とまで想い込んでしまったらしく、
名前やメアドなどを書いたメモ用紙を見送りに来たナギに渡す と言う普段の亜子からは考えられない大胆な行動に出たのだった。
もちろん、そんな亜子の想いは伝わらず、ナギは「礼のためかな? でも、改めて礼をされる程のことじゃないんだけどなぁ」としか感じなかったが。
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Part.03:ブレイクタイム
「……亜子? どーしたの、ボ~~ッとして?」
軽くトリップしていた亜子を現実に引き戻したのは、まき絵の気遣わしげな声だった。
どうやら、ナギの給仕姿を目で追っているうちに意識が過去へ飛んでいたようだ。
「な、何でもあらへんよ!?」
そもそも、彼女達がアルジャーノンに来たのは、まき絵の誕生祝いのためだ。
まぁ、テストの終了を祝う意味もあったが、メインは まき絵の誕生祝いなのだ。
つまり、まき絵を放置してナギを眺めることに集中していた亜子は後ろ暗いのである。
「いやはや、本当に亜子はナギっちが大好きですにゃ~~♪」
慌てて否定した亜子の様子から、裕奈はすべての事情を察したようだ。
と言うか、亜子の視線の先を見ればナギがいるので、誰でも一目瞭然だ。
まぁ、まき絵は気付いていなかったので、結果的にバラした形になるが。
「あっ、なるほど~~。そー言えば、ナギ君のウェイター姿なんてレアだもんね~~」
「うぐっ。せ、せやけど、心ここにあらず やったのはウチのミスや。すまん、まき絵」
確かに、ナギは普段 厨房に引き篭もっているので、ウェイター姿のナギはレアだ。
だが、だからと言って、まき絵を無視していたことの言い訳にはならないだろう。
そう考えた亜子は素直に己の非を認めて まき絵に謝る。親しき仲にも礼儀は必要なのだ。
「え? いーよ、別に。亜子の気持ち わかるし。って言うか、ナギ君に会った時点で亜子がそーなるの前提だし♪」
まき絵は「だから気にしないで」と笑うと、そのまま口元をニヤニヤと歪めて亜子を見遣る。
あきらかに からかわれているのがわかった亜子だが、非は亜子にあるので文句は言えない。
一応、最後の抵抗として「こ、これからは気を付けるから大丈夫やで?」とだけは言って置くが。
「まぁ、期待しないで置くよ♪」
まき絵はそう楽しそうに告げると、ニヤニヤ笑いからニヤリと言う笑いに切り替える。何かを思い付いたようだ。
そして「ってことで、ナギ君を呼ぼう!!」と宣言し、軽く手を振りながら「すいませ~~ん♪」とナギを呼び寄せる。
何が「ってことで」なのかは、恐らく亜子の「大丈夫」を確かめるためなのだろう。なかなかに意地の悪い対応だ。
「……どうしたの?」
当然ながら心の準備が整っていない亜子は、呼ばれて やって来たナギに軽くテンパる。いや、かなりテンパる。
内心を言葉にすると「ナギさんが来てしもた!! いや、呼んだんやから当たり前なんやけど!!」くらいだろう。
今の亜子は、もともとテンパりやすい性格だったのに加え、恋する乙女の補正で更にテンパりやすくなっているのだ。
もちろん、まき絵は事情を理解している。まぁ、だからこそ突然ナギを呼んだのだが。
「ねぇねぇ、ナギ君♪ カボチャプリンも頼んでいい?」
「別に構わないけど……太るんじゃないかな、まき絵?」
「ストレート過ぎだよ!? せめて身体に悪いとか言ってよ!!」
「じゃあ、主に脂肪方面で身体に悪い気がするよ?」
「それ ほとんど変わってないよ?! ダメダメだよ!!」
「うっさいなぁ。気遣ってあげただけ感謝して欲しいね」
「うわっ、この店員さん横暴だよ。ダメ過ぎるよ」
「文句があるなら帰りなよ。もしくはオレを呼ばないでよ」
「でも、ナギ君の奢りだからナギ君に確認しないとでしょ?」
「でも、オレがダメって言っても結局は頼むんでしょ?」
「……てへ☆ どうやらバレちゃったみたいだね♪」
「てへ☆ じゃなぁああい!! って言うか、バレバレだよ!!」
いや、別に まき絵は注文したかったからナギを呼んだ訳ではない(まぁ、注文したかったのもあるが)。
まき絵の思惑は、亜子が突然ナギに会っても大丈夫なようにすることである。
亜子がナギに近付くには、今のまま(直ぐテンパる)では厳しいだろう。
そう考えた まき絵は、突然ナギを呼び付けることで亜子に慣れさせようとしたのだ。
テンパり体質は なかなか治らないだろうが、ナギに慣れるだけでもマシだろう。悪くない手だ。
「ハァ。あ~~、それで? 他にも注文はあるのかな?」
「じゃあ、チョコパフェ!! ついでに紅茶も おかわり!!」
「ゆーな? ちょっとは自重しても罰は当たらないと思うよ?」
「え~~!? デラックスクレープと迷って こっちにしたのに!!」
「その二つだったら、値段もカロリーも大差ないじゃん」
「100円違うじゃん!! って言うか、カロリーのことは言うな!!」
「まぁ、ゆーな の場合は、栄養が胸に行くから大丈夫かな?」
「ええい!! ナチュラルにセクハラして来んな!!」
「安心して。ゆーな相手にイヤらしい気持ちは一切起きないから」
「うぐっ。そ、それはそれで複雑な気分になるよ!!」
もちろん、ナギは嘘を吐いている。裕奈の胸を(バレないように)イヤらしい目で見るのは既に習慣だ。
「えっと、コーヒーにチャレンジしてみようと思うんだけど……」
「別にいいけど? って言うか、オススメを聞きたいの?」
「うん……種類が多くて何を選べばいいのか よくわからない」
「ん~~、じゃあ、無難にブレンドにして置けばいいんじゃない?」
「無難? あ、メニューの一番上に書いてあるね……」
「ちなみに、ウチはブレンドを薄めたのがアメリカンね」
「そっかぁ。じゃあ、薄い方がいいからアメリカンがいいかな?」
「いや、最初はブレンドにして、砂糖やミルクで味付けして欲しい」
「でも、ブレンドの方が濃い――つまり、苦いんだよね?」
「それでも、オレ的にはアメリカンはブラックで飲むものなんだよ」
「……つまり、砂糖やミルクを入れるならブレンドでってこと?」
「うん、その通り。だから、今回はブレンドを試してくれないかな?」
ナギはコーヒー党だ。だから、コーヒーの飲み方には それなりのこだわりを持っている。
客としては「お前のこだわりを押し付けんな」と思うところだが、今回はアキラがオススメを聞いたので仕方がない。
まぁ、求めたのはオススメであって押し付けではないのだが……アキラは気にしていないので問題ないだろう。
むしろ、コーヒーにこだわりを持っているマスターが聞いたら「グッジョブだ!!」とか言い出し兼ねないぐらいだ。
「で? 亜子は何か注文しないの?」
他の三人と違って注文をして来ない亜子を疑問に思ったのか、名指しで注文を訊ねるナギ。
一人だけ何も注文しない亜子を気にするのは普通のことなのだが、当事者である亜子は想定外だったようだ。
そのため「……へ? ウチですか?」と間の抜けた反応をしてしまったらしい。まぁ、仕方がない。
「いや、無いなら無いでいいんだけど……さっきカモミールだけだったよね? 頼みたいものがないなら構わないけど、変な遠慮は要らないからね?」
どうやらナギは亜子の反応を「遠慮している」と解釈したようだ。妙な解釈だが、そこまで悪い解釈ではない。
と言うか、残念なナギに「ナギの前で食い意地 張ったところを見せたくない」と言う発想ができる訳ないので、
多少変な解釈でも「オレの奢りだから遠慮して頼まないんだろうなぁ」とか解釈して置くのは悪いことではない。
ちなみに、亜子が「ウチが何を頼んだか覚えとってくれるやなんて……」とか感動したのは言うまでもないだろう。
「い、いえ!! 別にウチは遠慮なんてしてまへんよ? だから大丈夫です」
「そう? 遠慮されたら、逆にオレが困るから遠慮しなくていいからね?」
「だ、大丈夫です!! 今は お腹いっぱいやし、喉も乾いてまへん!!」
「……そう言えば、ダイエットって言う可能性もあるんだよねぇ」
「ちゃ、ちゃいます!! それは勘違いです!! ダイエットじゃありまへん!!」
「大丈夫だ。人には それぞれ事情があるからね。オレは深入りしないよ?」
「何 生暖かい目で見とるんですか!? 何や えらい勘違いしてますから!!」
だが、ナギは残念さを見せないと気が済まないのかも知れない。口にすべきでないダイエットと言う単語を口に出す辺り実に さすがだ。
「OKOK。大丈夫だって。オレはわかっているからさ」
「全然 大丈夫やないです!! 全然わかってまへーーん!!」
「じゃあ、カモミールを追加ってことにして置くから」
「話を聞いてくださーい!! いや、それでえんですけど!!」
「だよねー。亜子ってカモミール好きだもんねー」
「(し、知っとってくれた……)え、ええ、そうです……」
そして、残念であるが故に、本人の望まぬ方向で本人が自覚できずにフラグを立ててしまうのだろう。
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Part.04:ある意味では運命的な再会
ナギと亜子が再会したのは二学期になってからだった。
もちろん、その間 亜子は何もしなかった訳ではない。初めて会ってから何度もアルジャーノンに足を運んでいた。
だが、残念ながらナギは厨房に引き籠もってホールに出ることがなかったため会うことができなかったのだ。
ちなみに、ナギが亜子を原作キャラだと気付いて亜子を避けていた……なんてことはなく、普通に厨房にいただけである。
「……で? その『ナギさん』とやらとは、その後 連絡を取ったのかにゃ?」
亜子が『ナギとの状況』を一通り話し終えたところで、裕奈がニヤニヤと笑いながら切り出した。
現在は昼休みであり、亜子達 四人は中庭で昼御飯を食べていたのだが……何故か話題が恋話になっていた。
そこで「何もあらへんよ」とか惚けて置けば話す必要はなかったので、亜子も話したかったのだろう。
「え? いや、その……全然 取ってないねん」
実は、ナギと亜子が初めて会った後、ナギから亜子にメールが一度だけあったのである。
その内容は火傷の具合を気遣うだけのもので、色気の『い』の字もないものだった。
それを脈がないと取るか、下心がない誠実さと取るか、判断の難しいところだろう。
ちなみに、亜子は後者と受け止め、ナギへの想いを更に加速させたとか させてないとか。
閑話休題。話を戻すと、ナギからメールが来たと言うことはナギのメアドが判明した と言うことである。
「え~~? せっかくメアドを入手したんだから、メールしなきゃ勿体無いじゃん!!」
「そ、それはわかっとるんやけど……改まると何をメールしたらええか よくわからんし」
「なら『あの時は手当て ありがとうございます、御蔭で完治しました』とか切り出せば?」
「な、なるほど……それなら変やないな。普通に御礼を言ってるだけやて思てくれるやろ」
「そして『御礼がしたい』とか『治った姿を見せたい』とか言ってデートに誘っちゃえ!!」
「そ、そそそそそんなこと言えへんわ!! デートに誘うとか無理に決まっとるやろ?!」
「え~~? でも、それぐらいしないと進展しないじゃん? やっぱ女は度胸でしょ?」
裕奈の言い分もわかるのだが、さすがにそれは亜子にはハードルが高過ぎる。連絡先を渡した時で勇気は使い果たしているのだ。
「まぁ、デートについては性急過ぎるとは思うけど、御礼と完治については連絡して置くべきじゃないかな?」
「た、確かにアキラの言う通りなんやけど……もう けっこう経っとるから忘れられてるかも知れへんし」
「それでも、向こうから具合を訊ねて来た時は『まだ ちょっと違和感がある』とかって返したんだよね?」
「せやかて、火傷した次の日にメール来たんよ? まだ治っとらんかったんやから そう返すしかないやん」
「別に、完治したって嘘を吐けばよかったのにって話じゃないよ? 完治したことは伝えるべきだって話だよ?」
「わ、わかっとるよ? せやけど、もし忘れられとったらウチもう立ち直れへんかも知れへんし……」
アキラの言いたいことはわかる。わかるのだが……それでも『あと一歩』を踏み出す勇気が出て来ないのだ。
「でも、相手に その気はないっぽいんだから、このまま待ってても何も進展しないんじゃない?」
「うぐっ。まき絵の言う通りなんやけど……もうちょい違う言い方をしてくれてもええんちゃうかな?」
「え? 何か言い方 間違えちゃった? でも、火傷を気遣うだけだったんだから、その気はない――」
「――いや、その可能性もあるやも知れへんけど、単に下心がなくて誠実なだけかも知れへんやろ?」
「まぁ、手当ての時の話と合わせて考えると そうかも知れないけど……男のコはエッチだからなぁ」
まき絵は自身の弟のことを思い出しているのか、妙な説得力がある。そのため、待っていても進展しない と言う言葉も身に染みて来る。
みんなの言っていることは よくわかる。このまま待っているだけではダメだろう(実は、それは亜子も感じていたことだ)。
そのため、亜子の取れる選択肢は「このままナギをあきらめるか」それとも「勇気を出して進むか」のどちらかしかないだろう。
そして、今までの会話から みんなが亜子のことを想って後押ししてくれていることが よく伝わって来た。ならば、道は一つだ。
「……わかったで、みんな。ウチ、メールを送ってみる!!」
もちろん、不安はある。だが、自分にはみんなが付いている。自分は一人ではないのだ。ならば、進むのも怖くない。
亜子は みんなの意見を参考にしてしつつ伝えたいことをメールに綴り、震える指を押さえ付けてメールを送信した。
これで賽は振られた。ここからは亜子には何もできない。できることは、天命(ナギからの返事)を待つことだけだ。
デデデ デッデデ~~♪
メール送信が終わって幾許も経たないうちに、某ネコ型ロボが未来アイテムを出す時の音が近くから聞こえて来た。
あまりにもタイミングがよかったので、ついつい亜子が音の発信源の方を見遣ると……何と、そこにはナギがいた。
想定外の状況に亜子は「ナギさんって中学生やったんや。てっきり高校生かと思っとったわ」とか軽く現実逃避する。
「あ、オレのことは お気にせずに……その、ごゆっくりぃ!!」
言うまでもないだろうが、想定外だったのはナギも同じだ。テンパった挙句 妙なことを口走っても仕方がないだろう。
と言うか、言葉を終えると同時に踵を返し、明後日の方向(男子中等部ではない何処か)へ爆走するくらいテンパっていた。
きっと自分でも何をしているのか よくわかっていないのだろう。何故なら、逃げるのはあきらかに悪手だからだ。
「ナ、ナギさん!! 待ってくださーーい!!」
ナギが その場を離脱してから数秒後、漸く事態に気付いた亜子は慌てて制止の声を掛ける。
だが、時 既に遅し。ナギは随分と離れているようで、亜子の声は届かなかったようだ。
そのためか、更に亜子はテンパってしまったようで「ど、どないしよー?」とアタフタし始める。
ここまでならナギの行動は間違っていなかったかのように見える……が、現実は そうではない。
「……大丈夫、行って来る」
そう、アキラが短く告げると物凄い速度でナギを追い駆けたからだ。
アキラの身体能力は、本気になれば武闘四天王にすら一目 置くレベルだ。
つまり、ナギは いずれ追い付かれるので逃げた意味などないのである。
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ところで、名前と共に連絡先を教えられた筈なのに何故ナギが亜子にメールを送ったのか、説明して置こう。
それは亜子の髪が青くなかったからである。原作では青っぽい髪をしていた亜子が『ここ』では栗色だったから、気付かなかったのである。
名前で気付きそうなものだが、名前は うろ覚えで「青っぽい髪したコ」と言う印象の方が強かったので、名前では気付けなかったのだ。
もちろん、原作キャラだと言われてみればキチンと理解できる。だが、言われなければわからない。ヒントがなければ気付けない。それがナギなのだ。
では、何故 亜子と気付けたのかと言うと……裕奈達と一緒にいるのを見て「もしかして?」と思ったからである。
実を言うと、亜子達が姦しく騒いでいるのを遠くから見たナギは「あれ? あのコ、確か あの時の?」とか思って亜子達の近くまで来ていた。
そして、近付くうちに その特徴的なシルエットに気付き「あれ? アレってもしかしてネギクラスの運動部四人組じゃない?」と理解したのである。
どうでもいいが、それぞれを単品で見たら気付かなかった可能性が高いので、ある意味では四人でいてくれたことにナギは救われたらしい。
(……しかし、まさか あのコが原作キャラだったとはなぁ)
この時点のナギは まだ のどか達とは出会っていなかったため、これが初めての原作キャラとの遭遇だった。
正確に言うと、既に美空達とは知り合っているのだが、残念なことに原作キャラだと気付いていなかったのだ。
まぁ、とにかく、ナギの意識の上では この時が初めて原作キャラと遭遇した時であり、かなりテンパっていた。
落ち着いているように見えるのは、ギリギリのところで冷静さを保とうとしているからだ。実際はかなりヤバい。
(とりえあず、原作キャラとは深く関わってもいいことなさそうだから……このまま『顔見知り』程度の関係で終わるのがいいかな?)
実はと言うと、亜子の火傷は店の不手際ではなく自爆によるものだ と言うことをマダムから教えられていたので、
亜子にメールを送ったのは心配したのもあるが、女のコと仲良くなりたい と言う思春期男子的な下心があったのである。
だが、下心を全面に出しても何もいいことはないのを理解しているナギは、敢えて火傷の具合を訊くだけに止めた。
言わば紳士ぶったのだが……どうやら今回は それが功を奏したようだ。このままの関係を維持すれば何も問題ない。
(ふぅ、あの時ガッツいてなくてよかったなぁ)
亜子がナギのことで知っているのは名前とメアドくらいだ。同じ中学であることすら知られてない筈だ。
まぁ、アルジャーノンでバイトしていることも知られているが、そこは大した問題ではないだろう。
つまり、見付かる前に この場を離脱し、メアドを変更して女子校舎に近付かなければ何も問題ないのだ。
だが、そう うまくいく訳がない。最早それがナギの運命と言ってもいいだろう。
ナギが方針を固めて離脱しようとした その時、デデデ デッデデ~~♪ と言う例の着信音が鳴り響いたのだ。
そのタイミングの良さにナギが脱帽したのは言うまでもない。そして、四人組にガン見されたのも言うまでもない。
ナギの内心を表現するなら「オワタ \(^o^)/」と言ったところだろう(言語化できないAAがテンパり具合の表れだ)。
つまり、ギリギリで保っていた冷静さも崩壊した と言うことであり、言い換えるとナギは壊れたのだ。
テンパり過ぎた結果、恐らくナギの意識は飛んでしまったのだろう。ナギに この時の記憶は一切ない。気付いたら全力疾走していたらしい。
まぁ、適当に思い付いたことを言った後、夕陽(昼なので まだ出てなかったが)に向かって走り出した記憶は ぼんやりとあるようだが。
当然ながら、自分でも何でそんな行動に出たのか まったく理解していない。身体が勝手に動いた と言うか、むしろ 暴走した感じだろう。
それ故、後ろから亜子が呼び掛けた声が聞こえた様な気がしたらしいが、ナギは気にしなかったようだ。
何だか ほとんどの記憶があるように思えるが、本人が「記憶にございません」と言っているので記憶にないのだろう。
と言うか、深く思い出したくないので意図的に忘れたのだろう。人間の記憶と言うのは そう言うものなので仕方がない。
ところで、我を忘れて全力疾走したナギだが、500mも離れていない所で「ガシィ!!」と何かに腕を掴まれて止まったようだ。
「――ごめん、ちょっと待ってくれないかな?」
ナギの身体能力は(運動部でもないのに)ハイスペックなものだが、どうやら本気のアキラには劣るようだ。
だがしかし、(先程の掴まれた衝撃で完全に我を取り戻した)ナギは まだ現状打破をあきらめていなかった。
状況が悪いことは理解しているが、あきらめの悪い男を自称するナギは それでもあきらめていなかったのだ。
「……随分と積極的だね?」
ナギはアキラに掴まれたままの左腕を意味ありげに見遣りながらニヤリと笑った。
それは あたかも「熱烈なラブコールに参ったよ」と言っているようなものだ。
そう、男の腕を自ら掴んでいる と言うことを改めてアキラに認識させたのである。
「あっ!! ご、ごめん」
アキラは謝りながら慌てて手を離す。身体能力は規格外だが、どうやら精神の方は純なようだ。
これでナギは自由になったのだが……当然ながら、再び遁走する などと言う選択肢は選ばない。
逃げても追い付かれることがわかり切っているので、別の方法で状況を打破するつもりなのだ。
正面から攻める(物理的に逃走する)のが無駄なら、裏から攻めれば(言葉を弄せば)いいだけの話だ。
「別にいいさ。ところで、どうしてオレを追い掛けて来たのかな?」
「い、いや、その、亜子が君と話したがっていたようだったから……」
「つまり、君は亜子ちゃんと話させるためだけにオレを追い掛けたの?」
「そうなる……かな? 勢いで行動してたから よくわかんないや」
「よくわかんないのに追い掛けてたの? それは ちょっとヒドくない?」
「うっ……ごめん。よく考えてみると君の都合を考えていなかったね」
「まぁ、オレも勢いで行動してたからねぇ。あまり気にしないで」
本音を語れば「ごめんで済んだら悲劇は生まれないんだけどなぁ」とか思うが、ナギにも非があるので そんなことは言えない。
と言うか、ここで責めるのは悪手だろう。ここは「責めたいけど責めない」と言う態度を取った方がいい。
自身に非がある と認めた相手を責めても「責められて当然だ」としか受け止めない。むしろ、罪悪感が薄れかねない。
つまり、敢えて責めないことによって相手の罪悪感を抉れるかも知れないのだ。それは、真面目な相手ほど有効だ。
「本当に、ごめん……」
ナギの思惑通りアキラは更に罪悪感を抱いたようだ。だからこそ、ナギは「だから、気にしなくていいって」と追い討ちを掛ける。
これでアキラはナギに負い目を持つことだろう。その負い目は微々たるものだが、今回のような浅慮な干渉をしようとは思わない筈だ。
ところで、ナギの思惑通りに事が進むことに違和感を抱かれるかも知れないが、ナギはフラグ方面で残念なだけで意外とデキる男なのだ。
「……ナギさ~~ん!!」
しばらくの間、ナギとアキラは微妙な空気のまま無言を貫いていた。そんな空間を打ち破ったのは元凶とも言える亜子だった。
正直、アキラだけでなくナギも「やっと来てくれた」と言う気分だ。つまり、それだけ先程までの空気は居心地が悪かったのである。
亜子が二人に追い付くまでの時間は1分もなかったが(距離を考えると当然だ)、ナギとアキラには5分程度に感じるくらいだ。
まぁ、「だったらアキラに追い討ち掛けなければよかったじゃん」と思わないでもないが……それでも、ナギとしては やらざるを得なかったのだろう。
「あ、あの……ナギさんって麻帆良中やったんですか!?」
「うん、まぁね。って言うか、君も麻帆良中だったんだ?」
「え、ええ、そうです!! そ、その……奇遇ですね!!」
「そうだね、奇遇だね。え~~と、それで、用件は何かな?」
「え? え~~と、その……この前の火傷 完治しました!!」
「……そっか、完治したんだ。いやぁ、それは よかったね」
「はい!! その節は御世話になりました!! 何か御礼させてください!!」
「いや、当然のことをしただけだから、礼には及ばないよ?」
「それではウチの気持ちが済みません!! 御礼させてください!!」
「それだとオレの気が引けちゃうよ。だから、礼には及ばないって」
亜子の『御礼』と言う言葉に とても嫌な予感がするナギは、断固として礼を拒否する。口調は穏やかだが有無を言わさぬ雰囲気を滲み出して。
その雰囲気を察したのか、亜子は御礼をあきらめたようで「そうですか……」と残念そうに『御礼』をあきらめる。
そして「それでは、これ以上お時間を取らせる訳にもいきませんから、失礼します」と別れを告げて その場を後にする。
あっさりと引き下がったので少し拍子抜けしたナギだが「それなりに満足したんだろう」と解釈して普通に受け入れる。
ちなみに、亜子は勇気を使い果たしたから引き下がったので、ナギの解釈は掠りもしていないが。
ところで、亜子が現れてからは空気となってしまったアキラだが、アキラも亜子と一緒に その場を後にしている。
去り際に「今回は迷惑を掛けてしまったようで本当にごめん」と謝罪していったので、楔は打ち込まれたようだが。
今後、それが意味を成すことになるのかは(いろいろな意味で)わからないが、ナギの行動は無駄ではなかったのだ。
(あ、そう言えば、メールって誰からだったんだろ?)
二人の背中が見えなくなった頃、ナギは ふと思い立ってケータイを開き、メールをチェックしてみる。
言うまでもなく、差出人は亜子だ。そして、その内容を要約すると「火傷の完治と治療の御礼」だった。
先程の会話で返事はしたようなものだが、マナーとしてナギは(当たり障りのない)返事をしたらしい。
と言う訳で、ナギは亜子を原作キャラだと認識し、認識したが故に微妙な関係を維持することになるのだった。
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Part.05:ただの元気娘ではない
いやぁ、いろいろあったけど、今日はアルジャーノンに来てよかったねぇ。
まさかナギっちがウェイターをやってるとはね……実にレアだったわ。
こりゃ、亜子にはいい目の保養になったんじゃないのかにゃあ?
普段のナギっちはバカっぽいけど、仕事中は ちょっとだけカッコイイしね。
まぁ、今日は まき絵のお祝いの筈だったんだけど……これはこれでOKでしょ、うん。
何だかんだ文句を言ってたけど、結局ナギっちは快く奢ってくれた訳だし。
そう言う意味では、まき絵のお祝いとしても充分に目的は達せられた……気がする。
ってことで、今日はいろんな意味でナギっちに「ごちそうさま」って感じだねぇ。
奢りと亜子のラブっぷりで、ダブルの「ごちそうさま」さ!!
あ~~、ごめん。言ってから微妙だと気付いたよ。
せいぜい「へー、そーなんだー」って流されるだけだね。
ナギっちのイタいボケよりもヒドいレベルだよ。
って感じのバカなことは置いておいて……と。
「さて、そろそろ帰らないと門限ヤバいから、帰ろっか?」
「えぅ!? ……あ、ああ、うん。そ、そうやね?」
「まっ、亜子はこ のまま お泊りしていきたいだろーけど?」
「なっ!! 何言うてんねん!! ま、まだまだ早いでっ!!」
「はいはい。じゃあ、そう言うことで帰りましょーね?」
「うぅぅ……裕奈にまで からかわれた…………」
ナギっちを目で追っていた亜子に帰りを促すと、スゴい勢いでテンパっていた。
その様子から、まだ亜子は名残惜しいのは言われずともわかっているんだけど……
残念ながら、女子寮の門限はかなり厳しいので、ここら辺で帰らないとマズイのよね。
ちなみに、まだ早い云々にはツッコまないよ? だって、ツッコんだら泥沼だからねぇ。
いや、まだってことは いつかはってこと? とかツッコみたいんだけど、ここは我慢さ。
何か、亜子が orz って感じでダウンしているけど……敢えて気にしない。気にしたら負けだからね!!
「ってことで、まき絵もアキラもそれでいいかにゃ?」
「うん、お腹いっぱいだから、もう心残りはないよー」
「あ、うん、私も もう良いよ。で、でも……」
でも? 何か問題あるの、アキラ?
「えっと、ここの支払いは大丈夫なのかなって思うんだけど……」
「あ~~、確かにね~~。でも、ここはナギっちを信じよう!!」
「信じる心は大事だけど……でも、それでいいのかな?」
「いいに決まってるじゃん!! だから、ナギっちに後を任せよう!!」
「何だかナギ君には迷惑ばかり掛けてる気がする……」
まぁ、確かに、今日は飲み食いし過ぎたね(特に、まき絵は ここぞとばかりに食べまくってたし)。
こりゃ、ナギっち大散財だわ。って言うか、ナギっちの支払能力をオーバーしている気がしないでもないなぁ。
で、でも、きっと、多分、恐らくは、従業員割引とかあるよね? だから、大丈夫な筈だよね?
って言うか、私達では払えそうにない金額に達してそうなんで、ナギっちが無理な場合は逃げるしかない!!
アキラが何か言っているけど気にしない!! 気にしたら負けって言うか、気にしたらダメなのだ!!
「ってことで、ナギっち~~♪ オアイソお願~~い♪♪」
雑念を払う意味をも込めて、手を振ってナギっちを呼ぶ。
すると、ナギっちは とてもイヤそうな顔でこっちに来る。
やっぱり、ナギっちって基本的に愛想 悪いよねぇ?
あ、だから、普段はフロアに出ないんだ。うん、納得だね。
「オアイソって……あのねぇ」
ナギっちは「わかって言ってるんでしょ?」って言いたげに こっちを見る。
うん、まぁ、わかって言っている。オアイソは適当じゃないってわかっている。
でも、だから何? 敢えて間違えちゃいけないって法律でもあるのかにゃあ?
「……はぁ、もういいよ。で、何で態々オレを呼んだの?」
ナギっちは何か言いたげだったけど、溜息を吐き出すだけに止める。
どうやら、泥沼の掛け合いになることがわかっているようだねぇ。
まぁ、こっちも場の雰囲気を変えるために言っただけだから それでいいんだけど。
「いや、だって、ナギっちに奢ってもらうなら、会計はナギっちに打ってもらわないといけないじゃん?」
だから、特に反応せずに ナギっちを呼んだ理由をサクッと答えて話を進める。
まぁ、本当はナギっちに会計してもらわなくてもいいかも知れないけどね。
でも「支払いはナギっちだから」とか他の店員さんに言うのもアレじゃない?
「あぁ、なるほど。でも、それなら安心していいよ。店の人間は全員 理解しているから」
え? 理解しているってどう言うこと?
一体、何を理解しているのかにゃ?
「ゆーな達がオレの知り合いで、ここのテーブルの支払いはオレ持ちだってことを知ってんの。
じゃなきゃ、こんなに料理や飲物を頼む女子中学生を警戒しない店がある訳がないでしょ?
普通なら、遠回しに『お客様、財布の事情は大丈夫ですか?』って聞いて来るところだって」
まぁ、あれだけナギっちに絡んでいればイヤでも目に付くか。
って言うか、やっぱり私達では支払いがキツイ金額になってたんだ……
こりゃ、ナギっちには『何かしらの御礼』をしなきゃいけないかにゃあ?
って、今の問題はそっちじゃないよね? 問題は、あのウェイトレスちゃんの「敵を見るような目」だよね?
ナギっちの言う通り、他の店員さんも私達とナギっちの関係(割と仲がいい)を知っているのなら……
アレは『邪魔な客』として見ていたのではなく『邪魔な女』として見ていたってことになるねぇ。
つまり、あのコは亜子のライバルってことになる訳で、ここは亜子を一押しせねば女が廃るってモンさ!!
「あのさ、ナギっち。ちょっと話があるんだけど?
「ん? どしたの、ゆーな? いつになくマジになって」
ナギっちは私のシリアスっぷりに気付いたのか、軽く居住まいを正す。
普段はノリが軽くてバカにしか見えないけど、要所要所ではマトモなのよねぇ。
だから、亜子の見る目は悪くない……ような気がしないでもないって思う。
「えっとさ、ホワイトデーなんだけどさ……その、お金は大丈夫?」
「うん? ……あぁ、もしかして今日の奢りで金がなくなったとか思ったの?
別に気にしなくていいよ。今日のトトカルチョで懐が暖かくなったからノー問題さ。
って言うか、心配するくらいなら もうちょっと自重して欲しいんだけど?」
まぁ、確かに自重すべきだったけど、その皮肉は場を和ませるためのナギっちの気遣いだってわかっているので素直に礼を言って置こう。
「そっか……ありがとう。ナギっちの御蔭で まき絵の誕生日が盛大に祝えたから、素直に感謝してる」
「あ~~、いや、その……こう言う場合『どういたしまして』とか言って置けばいいのかな?」
「うん、そうだね。それでいいんじゃないかな? 感謝を受け取ってくれるだけで充分だよ」
って言うか、ナギっちってば感謝されてテレてる? ……ちょっとだけ可愛いと思ったのは、ここだけの秘密ね?
「じゃあ、話は終わったのかな? オレ、それなりに忙しいんだけど?」
「あ、ゴメン。まだ話が残ってる。って言うか、むしろ こっからが本題」
「本題? え~~と、どんな用件? 長くなるなら後にして欲しいんだけど?」
「あぁ、大丈夫。長くはならないよ。だから、聞くだけ聞いてくれないかな?」
そう言えば和んでる場合じゃなかったんだっけ。ナギっちに話し掛けた目的は、まだ達成できてないんだった。
「ちょっと――いや、かなり言いにくいことなんだけど……実は、ホワイトデーのことなんだよね?」
「ホワイトデー? ……あぁ、そー言えば、さっきも話に出してたね。で、それが どうしたの?」
「その、私とアキラと まき絵のは適当でいいからさ、亜子のお返しは奮発してあげてくれないかな?」
ナギっちが「わかった、だから手短に頼むね?」って感じで頷いたので、勇気を振り絞って言ってみた。
いやぁ、実に言いづらかったよ、まぁ、亜子のためだから、何とか言えたけどね。
しかし、言って置いて何だけど、これって私達が亜子を応援してるのバレバレだよねぇ。
って言うか、むしろ「亜子のチョコは本命でした」ってバラしてるようなもんだよ、うん。
「……なるほどぉ。亜子だけ今日の飲み食いを満喫できなかったから、その分を奮発するんだね?」
うん。ごめん、亜子。コイツ、残念過ぎだわ。最早 何を言えばいいのかわかんないよ。
って言うか、想定外の反応なんですけど? 何で今ので わかんないかなぁ?
もう「バカなの? 死ぬの?」って感じだよ、この男の思考回路は本当に残念過ぎるよ。
まったく、どんだけ鈍けりゃ気が済むんだろ、コイツは……
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オマケ:とても残念な男
ナギは裕奈から「亜子のホワイトデーを奮発しろ」と頼まれた時、何の裏もなく「今日の埋め合わせだ」と思った。
決して危険なフラグを立てたくないから――原作キャラと親密になりたくないから、惚けた訳ではない。本当に素だったのだ。
その さすが過ぎる超解釈に脱帽であるが、それがナギなのだ と納得するしかない(と言うか、マジに残念過ぎるな男なのだ)。
そんなナギが裕奈達のテーブルの片付けをしていると、ウェイトレスの格好をした愛衣がナギに話し掛けて来る。
「あ、そう言えば、センパイ……ちょっと お聞きしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ん? 改まって どしたの、愛衣? よっぽど答え難いことでもない限り何でも答えるよ?」
「じゃあ、その……さっきの人達って、センパイの彼女さんと そのお友達ってところですか?」
「え? ナニイッテンノ? って言うか、何を どう間違えたら、そんな超解釈ができるの?」
愛衣は冗談のように言いながらも内心は かなり焦っていた。「まさか、彼女がいたんですか?」と言ったところだ。
当然の如く そんな愛衣の様子に気付いていないナギは、ありのままに思ったことを答える。「気は確かか?」と言ったところだ。
まぁ、最早 言うまでもないだろうが、先程 裕奈が言っていた「裕奈達を睨んでいたウェイトレス」とは愛衣のことである。
そして、これも言うまでもないだろうが、ナギがアルジャーノンでのバイトを「できるだけ避けたい」と思っていた理由でもある。
そう、4話で『あっち』のバイト云々と言っていたのはアルジャーノンのことであり、ナギは断腸の想いで前借させてもらったのだ。
だが、それもトトカルチョで泡銭を手に入れてしまったので無駄になった――いや、ここは敢えて「水泡に帰した」と言って置こう。
「じゃあ、別に彼女さんではない と言うことなんですね?」
愛衣は「じゃあ、センパイってフリーなんですね?」と内心の喜びを隠しながら再確認する。
対するナギは「まぁ、そうだね。むしろ、知り合いだと思いたいぐらいだね」と素で答える。
ちなみに、内心で「だって、深く関わりたくないんだもん」とアレな言い訳をしているっぽい。
ナギの内心から おわかりだろうが……実はと言うと、ナギは未だにフラグの回避と言う無駄な努力をしているのである。
それなのに、魔法関係者(つまり危険要素)である愛衣がバイトしている場所でナギがバイトをしていることに矛盾を感じるだろう。
しかし、世の中には『背に腹は代えられない』と言うことがあるため、その程度の矛盾ならば充分に起こり得るのである。
矜持のためには金が必要で、そのためには危険もあきらめるしかない。また、金の問題が解決しても義理のために危険を受け入れざるを得ないのだ。
「そうなんですかぁ♪」
もちろん、愛衣はナギの内心や事情などわからないため、ナギの言葉を素直に受け止めて心底ホッとしたらしい。
事情を知らない人間に勘違いされそうな言い方をしたナギに非があるので、愛衣の勘違いは責められないだろう。
と言うか、責めてはいけないだろう。何故なら、誤解をする方も悪いと言えるが、誤解を招いた方が悪いのだから。
「あれ? じゃあ、どうして奢ってあげたりしてたんですか?」
一安心したところで、今度は別の疑問が生まれたようだ。愛衣の計算では、亜子達の会計は かなりの額になっていた筈だ。
相手が彼女とかならば男の見栄的な意味で奢るのもわからないでもないが……とてもではないが、知り合いに奢るような額じゃない。
むしろ、狙っている相手がいたから気前のいいところを見せようとしたのではないだろうか? 愛衣はそう邪推しているのだ。
まぁ、男は見栄を張りたがる生き物なので、愛衣の推察は的外れではない。ナギにそう言った気持ちがなかった と言えば嘘になるし。
「最近 誕生日だったコがいたんで お祝いって形で奢らされたんだよねぇ」
「なるほどぉ。じゃあ、休憩中に買って来た花束はプレゼントですか?」
「うん、まぁ、そうなるね。やっぱり奢るだけじゃ味気ないじゃん?」
「……センパイ、そんなことをしてると勘違いさせちゃいますよ?」
「いや、それはないよ。だって、相手がオレだよ? 有り得ないって」
愛衣の言う通り、ナギは休憩中に近くの花屋に行って花束を買って来ていた。そして、去り際に まき絵に渡したらしい。
ナギとしては「プレゼントくらいあげても罰は当たるまい」程度の気持ちで行ったことで、特に深い意味はない。
何気に「途中で渡してしまうと邪魔になるから帰る時に渡す」と言う気遣いを見せているが、ナギには普通の気遣いだ。
しかも、以前の何気ない会話で まき絵が好きだと言っていた花をチョイスしているが、それもナギには普通のことなのだ。
決して狙った訳ではない。繰り返しになるが、狙っていないからこそ照れもせずに こんな真似ができてしまうのである。
……無自覚にフラグを固めていくナギに「もう何を言っても無駄な気がして来ました」と軽くあきらめた愛衣だった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年3月)大幅に改訂してみました。
今回は「亜子のターンのつもりが、主人公のバイト風景がメインっぽかった」の巻でした。
ぶっちゃけますと、亜子の関西弁がエセ過ぎる件については、このこの と同じです。
ボクが正しい関西弁をわかっていないんです(ボク、関東出身で関東育ちなんで)。
って言うか、それなのに何故このこのや亜子を登場させたんでしょう? 意味不明です。
……これが惚れた弱みってヤツなんでしょうね(微妙に違う気はしますが)。
ところで、裕奈・まき絵・アキラとの個別の出逢いエピソードはありません。アレだけです。
今回の話で出会ったうえに原作キャラとして認識しましたから、個別に語ることはありません。
仲良くなる過程とかを書けばいいんでしょうが……そこら辺はボクにはハードル高いですから。
あ、愛衣ですけど「何故にウェイトレスなんてやっているのか?」とかは8話くらいで触れます。
……では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2009/08/14(以後 修正・改訂)