第07話:スウィートなホワイトデー
Part.00:イントロダクション
今日は3月14日(金)。つまり、ホワイトデーである。
最早 言うまでもないだろうが、今日のナギは非常に多忙である。
何せ11人(差出人不明も含めると12人)からチョコを貰ったので、
11人にお返しをしなければいけないのだから、当然だろう。
そんな訳で、今回はホワイトデーに奔走させられるナギの話である。
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Part.01:背中で泣いている男の美学
……それは、昨日の夜のことだった。
ナギが「明日は大変そうだから、早めに寝て英気を養おう」と思っていたところに、何者かの来訪を告げるノック音が部屋に響いた。
一瞬 居留守を使って遣り過ごそうかと思ったナギだが、時間的(22:00くらい)に外出している訳がないし(門限オーバーだ)、
仮に「部屋にいないだけで寮の何処かにいる」と判断されてドアの前で待ち伏せされても困るので、面倒だが招き入れることにした。
その結果、田中が突入して来て「ちょっと聞いてくれよぉ」と哀愁を振り撒き始めたのだった。
正直なところ「うわっ、厄介事の匂いがする」とか「今 直ぐ帰って欲しいなぁ」とか「居留守 使って置けばよかった」とか思ったナギだが、
バレンタイン以降ナギに話し掛けて来る数少ないクラスメイトの一人なので「しょうがない、聞くだけ聞くか」と話を聞くことにしたようだ。
どうやら、バレンタインの時の『バカ共への教育』が思いの外 効いているようで、大半のクラスメイトに畏れられるようになっているらしい。
不快な態度を取られることがなくなったのて畏れられること自体は問題ないのだが……少しだけ寂しいようで「田中は貴重な存在」とか何とか。
「実はさぁ、和泉が明日の練習後に予定があるって言うんだよぉ」
いや、それがどうした? 予定くらいできるだろ? って言うか、彼女でもない女のコの予定にイチイチ口出しするなよ。
……それが率直なナギの感想だった。実に身も蓋もないが、間違った意見ではない。と言うか、今回ばかりはナギが正しい。
家族でも恋人でもない女のコに干渉するのは下手するとストーカー扱いされてしまう修羅の道だ。充分に注意が必要なのだ。
「え~~と、それの何処が問題なんだ?」
ナギは遠回しに「何も問題ないだろ? だから、そんなことをイチイチ気にするなよ」と伝える。
ここで「いや、亜子の予定と お前って何も関係ないじゃん」とか言わなかったのはナギの優しさだ。
もちろん、ストーカー扱いされる危険性を指摘しないのも優しさだ。少年の純粋な恋心を守ったのだ。
それが玉砕する可能性が非常に高い恋であったとしても、純粋な気持ちである以上 下手に摘み取ってしまうのは何かが違うだろう。
「神蔵堂、お前は わかっていない!! 残念なくらいに全っ然わかっていない!!」
「そう? じゃあ、何がわかってないって言うのさ? 具体的に言ってみて?」
「だって、明日はホワイトデーだぞ? そんな日の夕方に用があるんだぞ?」
「いや、確かに明日はホワイトデーだけどさ、他の用事ってこともあるでしょ?」
「和泉は嬉しそうだった!! つまり、ホワイトデー的な意味での用事なんだ!!」
「いや、決め付けるなって。普通に友達と遊びに行くとかなんじゃないの?」
「違う!! これは危険なフラグなんだっ!! つまり、和泉のピンチなんだぁああ!!」
エキサイティングする田中に、ナギは「その超解釈に脱帽です」と言う冷めた感想しか思い浮かばない。
実はと言うと、亜子の用事とは「ナギと会うこと」だと思われるので、田中が危惧している様な展開などナギにとっては有り得ない。
まぁ、ナギとの用件が終わった後に「本命の用事」がある可能性も無きにしも非ずなので、田中の取り越し苦労とも言えないが。
だが、だからと言って、そもそも田中が気にするような問題でもない。と言うか、田中は亜子を公然と気にしていい立場ではない。
とは言え、思春期男子(田中)の気持ちもわからないでもないので、ナギは遠回しに「そもそも、お前 関係ないじゃん」と諭すことにする。
「まぁ、心配なのはわかったよ。だけど、それがどうしたの? 亜子は お前の彼女でも何でもないでしょ?」
「うっ!! た、確かにそうなんだけど……でも、だからと言って何もしないなんてイヤなんだよ!!」
「それなら、亜子に気持ちを伝えるべきだね。もしくは干渉するべきじゃないよ。このままだとウザがられるよ?」
「……そ、そうか。うん、わかったよ、神蔵堂。つまり、そろそろ告る段階に来ているってことなんだな?」
何ができる訳でもないのに、何かをせずにはいられない。その気持ちはナギにもわかる。
それ故に「この状態で干渉するのは間違っている」ことを教えたのだが……田中は進むことを考えたようだ。
ナギとしては「今は干渉しないことにする」と言う方向に持って行きたかったので、少々 想定外だ。
まぁ、いつかは進まなければいけないので間違ってはいないのだが、ナギとしては時期早々だと感じている。
(いや、ホワイトデーに告るのは有りっちゃ有りかな……?)
恐らく田中は亜子からチョコをもらっているだろう。と言うか、同じ部活なんだから、もらっていない訳がない。
つまり、田中がホワイトデーでお返しをするのは確定事項であり、その際に告白するのは悪い手ではない。
悪い手ではないのだが……何故か失敗する情景しか浮かばない。きっと時期の問題ではなく可能性の問題だろう。
「ありがとう、神蔵堂。御蔭で悩みが解決したよ。オレ、絶対に成功させてみせる!!」
玉砕しそうな気はするが、そもそも失敗を恐れていては何も始まらない。
と言うか、本人がヤル気になっているのだから、水を差すのは無粋だ。
そのため、ナギは生暖かい眼で部屋から出て行く田中の背を見遣るのだった。
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そんなことがあったため、今朝 登校して来た田中の(真っ白に燃え尽きた)姿を見ただけでナギはすべてを察した。
恐らく、あの後 昨夜の内に電話か何かで告白し、そして見事に玉砕したのだろう。
ホワイトデーを無視するなよ と思わないでもないが、思い立ったが吉日でもある。
一晩 経って「やっぱ告るの無理」とか言う始末になるよりは遥かにマシだと思う。
(田中……強く生きろよ?)
予想通りだったとは言え、ホワイトデーに燃え尽きた姿を晒さざるを得ない田中に哀悼の意を表明するナギ。
下手な同情は相手を侮辱するだけだろうが、それでも その健闘やら勇気やらを称えるくらいはしていい筈だ。
何故なら、バレンタイン程ではないにしてもホワイトデーも勝者と敗者がハッキリ別れてしまう日だからだ。
チョコをもらえた勝者にとっては「特別な日」だが、チョコをもらえなかった敗者にとっては「普通の日」だからだ。
まぁ、失恋が確定したと言う意味では田中にとっても「特別な日」ではあるのだが……随分とベクトルが違う。
それ故に、哀悼の意くらい表明するのは問題ないだろう。同情であったとしても、充分に優しさの範囲内の筈だ。
(何か「オレにはサッカーがある。いや、むしろサッカーしかない」とか聞こえるけど……敢えて聞かなかったことにしよう)
男とはプライドで生きているような生物だ。当然ながら、泣き顔を他人に見せたい男などいる訳がない。
ここは敢えて放って置くのが「男の優しさ」と言うものだろう。泣きたい時は一人にして置くべきなのだ。
と言うか、下手に触れたらトドメを刺してしまうかも知れない(触らなければ神様も祟ったりはしないのだ)。
それは他のクラスメイト達も同意見のようで、誰も田中には触れることなく朝の時間は過ぎていくのだった。
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Part.02:ランチタイムも忙しい
朝から湿っぽくなったが午前の授業は滞りなく終わり、待望の昼休みになった。
普段なら学食でランチを食べてランチタイムを満喫するナギだが、今日はホワイトデーなので そうもいかない。
返す人数の多いナギは昼休みにも行動しなければならず、ランチをゆっくり摂っている時間などないのである。
ここで「暇なヤツ等が羨ましい」とか口走って敵に作るのがナギっぽいが、さすがに田中のこともあるので控えたようだ。
(ってことで、まずは最初の予定を片付けよう……)
ナギが訪れたのは学園内にある広場で、正式名称は不明だが『赤の広場』と言う名で親しまれている場所である。
恐らくはレンガ作りだから そう呼ばれているのだろう。ちなみに、グレムリンかよ とか言うツッコミは控えて欲しい。
ところで、立地的な説明をすると、ここは聖ウルスラ女子高のエリアと本校女子中等部のエリアの中間地点にある。
(そのため、二人を呼び出すのに ちょうどいいんだよねぇ)
その二人とは……高飛車な雰囲気を纏う金髪の女子高生 と 押しの弱いオーラが出ている茶髪の女子中生である。
つまり、原作で『ウルスラの脱げ女』と称される高音と その従者でありアルジャーノンのウェイトレスである愛衣の二人組だ。
ちなみに、まとめて呼び出した理由は、チョコをもらう時に一緒だったからだ。後は効率の問題だ。特に深い意味はない。
(さすがに渡されたチョコが本命とかだったら別々に渡すけど……そんな訳がないからなぁ)
ナギにとっては二人のチョコは義理であるため、別々に渡す と言う選択肢は有り得ない(相変わらずの残念振りである)。
実は、義理に見せ掛けた本命 と言う可能性も考えなかった訳ではないのだが、自主的に「有り得ないよね」と判断したのだ。
残念ながら、高音のツンデレ属性を理解していても「高音と愛衣は百合の世界の住人」と言う思い込みがあったらしい。
(それに、今日のお返しは あくまでも『礼儀』だし)
ナギは礼儀としてバレンタインのお返しをしているだけで、別に「これを機にお近づきになろう」とか考えた訳ではない。
と言うか、そんな考えができるならば そもそも「あれは義理チョコに違いない」と言う考えに至らない筈だ。
非常に残念だが、ある意味では安心の残念さ だ。ここまで来ると残念じゃないナギなど有り得ない気がして来る。
そんなどうでもいい説明をしているうちに、どうやら高音達が来たようだ。
「すみません、態々 来ていただいてしまって……」
「い、いえ……これくらい、別に構いませんわよ?」
「愛衣も態々 来てもらっちゃって ごめんね?」
「だ、大丈夫です。私、その……暇ですから」
当然だが、ナギは待ち合わせの時間よりも早く来ていた。その気遣いを別の部分に回すべきだが、それがナギなのだ。
言うまでもないだろうが、ナギの社交辞令的な謝罪に対して高飛車臭を漂わせて応えたのが高音で、気弱臭を漂わせて応えたのが愛衣だ。
ちなみに、高音の態度は照れ隠しなのだが、それを理解していないナギは「何でイチイチ高飛車臭を漂わせるんだろう?」と不思議顔だ。
まぁ、不思議に思うだけで、さすがに そこをツッコむようなことはしないが。いくらナギが残念でも、目的を忘れるようなことはない。
「高音さん、これ たいしたものじゃありませんけど……バレンタインのお返しです」
疑問を意識の彼方に追い遣ることでナギは気持ちを切り替え、鞄から取り出したプレゼントを高音に渡す。
プレゼントを差し出された高音は「わ、わざわざ すみませんわね」と素直ではないが、嬉しそうに受け取る。
ナギは「普段から こう言う表情を見せてくれれば可愛いのに」とか思ったらしいが、それはここだけの秘密だ。
ところで、ナギは謙遜の常套句として「たいしたものではない」と表現したのではない。本当に「たいしたもの」ではないのだ。
何故なら、高音に贈った物は「人間関係を円滑にするための手引書」だったからだ(同じテーマで方向性の違う物を3冊だ)。
ちなみに、それぞれ『他人を怒らせない会話術』と『正しい日本語の使い方』と『異性との上手な付き合い方』と言うタイトルだ。
原作での高音の悩み(脱げるんです)から「脱げなくなるための手引書」を思い付いたが、見付からなかったのでコレになったそうだ。
どっちにしろ酷いと思うが、本人は至って真剣である。真剣にAMAZ○Nのレビューで検討した結果 買ったらしい。実に残念である。
「愛衣も たいしたものじゃないけど……あ、チョコ、おいしかったよ」
ナギは再び鞄からプレゼントを取り出し、チョコの感想を言つつ愛衣に渡す。もちろん、爽やかな笑顔も忘れない。
ちなみに、フラグを狙っての笑みではない。純粋に感謝の気持ちを表現したのだ。これだから天然は恐ろしいのだ。
まぁ、狙ってやったことの ほとんどは裏目に出るので その意味では哀れなのだが……それでも羨ましいと思う。
「あ、いえ、その……ありがとうございます!!」
ところで、愛衣に贈った物だが、高音と同様でAMAZ○Nのレビューを参考にして選んだ各種マニュアル本(3冊)である。
タイトルは『上司を上手く使う108の方法』と『カドの立たない本音の伝え方』と『お掃除しま専科』と言うもので、
選んだ理由は「愛衣は高音に振り回されているし、押しが弱くて困っていそうだし、掃除が大好きっぽいから」らしい。
もちろん、ナギ本人は至って真剣である。色気のないものだが、義理へのお返しなので何も疑問を感じていないようだ。
(……うん、やっぱり お気に召さなかったようだねぇ)
中身を見た高音は「ふざけていますの?」と言いたげに怒りを露にし、愛衣は「……参考にはします」と微妙な表情をしている。
まぁ、普段のナギなら「何で気に入らなかったんだろう?」とか本気で考えちゃうのだが、今回に限っては違う。
何故なら、今回は態とやったからだ。「下げてから上げる」ために、態と「本当に たいしたものではないもの」を先に渡したのである。
「あ、渡し忘れてたんですけど……これもどうぞ」
誤魔化しに近い手法だが、他にアイディアが思い浮かばなかったので仕方がない。
ナギは複雑な気分でポケットに忍ばせて置いた小さな包みを二人に差し出す。
その中身はチョーカーとリボンのセットであり、高音が紺で愛衣が赤茶である。
「あ、あら……ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!!」
今度の反応は二人とも とても嬉しそうだったので、ナギの目論見は成功したと見ていいだろう。
恐らく、最初のプレゼントと一緒に渡していたら これだけの感動は与えられなかった筈だ。
値段的には本の方が高いのだが、物の価値は値段だけで決まるものではない と言うことである。
(ところで、ちょっと二人を喜ばせ過ぎた気がするんだけど……オレの気のせいだよね?)
プレゼントをする以上は喜ばれたい と考えるのは、普通のことだ。そのため、二人を喜ばせようとしたこと自体は間違っていない。
だが、ナギは別にフラグを立てようとしている訳ではない。むしろ、関係を「偶に話す知人」くらいに止めて置きたいくらいだ。
つまり、喜ばせ過ぎるのはナギの望みではない。ナギの想定以上に「下げてから上げる」と言う手法が効果的だったのが誤算だろう。
結論としては、余計な小細工などせずに普通にプレゼントを渡して置けばよかったのだろうが……既に後の祭りだった。
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Part.03:気分は最初からクライマックス
そんなこんなで時は過ぎ、運命の放課後である。
高音・愛衣に お返しを渡した後のナギは、食堂に向かい無事に日替わり定食(今日はチキン南蛮定食だった)を堪能した。
そして、その後は優雅にシエスタを楽しんだ(つまり、午後の授業を寝て過ごした)ら、気付くと放課後になっていた。
どう考えても「お前 何のために学校 来てんの?」と言いたくなる態度だが、勉強しに来ているのではないので仕方がない。
閑話休題。本題に入ろう。
ナギは これから麻帆良学園内を巡って残りの全員に お返しを渡す予定だ。しかも、諸々の都合で行ったり来たりしなければいけない。
一本のルートで回れたら非常に楽だったのだが……相手にも都合がある以上そう言う訳にもいかない。渡す側の配慮と言うヤツだ。
何故に渡す側が気を遣うのか 少しだけ疑問は残るかも知れないが、グダグダしている時間はないので気持ちを切り替えてサクサクと進めよう。
ちなみに、最初の目的地は「ネギが待ち伏せしているであろう場所」である。
別に「一番 面倒な相手であるネギを一番 最初に片付けよう」とか思った訳ではない(少しくらいは思っただろうが、少しだけだ)。
何故なら、ネギはナギを待ち伏せしているため、ネギを後に回せば後に回す程 結果的にネギを待ち惚けさせることになるからだ。
待ち合わせをしている訳ではないのだが、それでも待っていることを知っている以上は早目に会いに行くべきだろう。常識的に考えて。
と言うことで、ナギは いつもの帰り道を進み、ネギが待ち伏せしているであろう場所で軽く辺りを見渡す。
「やぁ、ネギ……奇遇だね?」
「ナ、ナギさん!! き、奇遇ですね!!」
程なくして周囲をキョロキョロと窺う挙動不審な赤髪幼女(ネギ)を発見したナギは生暖かく声を掛ける。
もちろん、待ち伏せしている以上 必然である。だが、敢えてツッコまずに奇遇と言うことにして置くナギ。
それはナギの優しさであるが、同時に時間節約のために余計な問答を省く目的もあった(実にナギらしい)。
「そ、それで、ナギさん……」
「うん。これ、バレンタインのお返し」
ネギがチラチラとナギの右手の方を気にしていたことに気付いたナギは、余計なことを言わずに お返しを渡す。
ちなみに、右手にお返しを持っていたのは、時間節約のためネギを探している間に鞄から取り出していたからだ。
御蔭で余計な会話を挟むことなく本題に移れたので、ナギとしては満足だ(ネギの方は どうだかわからないが)。
ところで、プレゼントの中身はアンティークなティースプーンのセットだ。
ここで高音達と差があるように感じるかも知れないが、値段自体は大差ないので大した違いはない。
と言うのも、ネギのプレゼントはフリマで見付けたものだったので、かなり安価で買えたからである。
最初は割と高かったのだが、交渉と言う名のコミュニケーションによって手頃な値段に値切ったらしい。
ナギには専門の知識がないため どれだけの価値があるかは不明だが、それなりの品だろう。
もちろん、ナギには「安いけど良い物を贈ろう」と言う考えはない。単に「ネギのお返しに ちょうと良さそう」と思っただけだ。
その意識には「イギリス人 = 紅茶愛好者 = ティースプーンを貰って嬉しい筈だ」と言う勝手な方程式がある程度だ。
何度も言っているが、ナギは残念なので、仲良くなりたくない とか思っているのに無自覚にフラグを立ててしまうのである。
「こ、これって……本物、ですよね?」
ナギの勧めるままに包みを開けたネギは中身を確認するや否や驚愕に顔を硬直させた後、恐る恐るナギに訊ねて来る。
ナギとしては「作りがキチンとしているから、それなりの品だろう」と判断しただけなので、確認されても困るのだが……
むしろ、偽物かも知れない と言う可能性から「本物なら『それなり』どころではない価値がある品なんだ」とか思う始末だ。
「オレは詳しくないからわかんないけど……たとえ偽物であったとしても、気持ちだけ受け取ってくれると助かるかな?」
ナギの本音としては「仮に偽物でもオレの与り知るところではないんで勘弁してね」と言うことだ。
だが、さすがに それを直で言うほど残念な神経をしてないかったので、オブラートに包んだようだ。
オブラートに包むこと自体は人間関係を円滑に保つうえで とても大事なことなので間違ってはいない。
「な、なるほど……ナギさんの気持ち、シッカリと受け取りました!!」
しかし、包み方を間違ってしまったようで、ネギは妙な勘違いをしてしまったらしい。
まぁ、本人の意図とは関係ないところでプレゼントでも言葉でも喜ばせてしまう辺り、
残念な男の面目躍如と言ったところだろう(そんな面目を躍如したくはないだろうが)。
「…………うん、そうしてくれると、本当、助かるよ」
ナギはネギの勘違いに気付いているのだが「訂正したら より勘違いしそうだね」と判断したため軽く頷くだけにとどめる。
どうやら、ネギの勘違いを改めようとしたら より勘違いしていく、と言う喜劇のような流れくらいは理解しているようだ。
ここで「理解しているならば最初から勘違いさせるようなことをしなければいいのに」と思うかも知れないが、仕方がないのだ。
ナギの矜持として、プレゼントしない と言う選択肢はないし、相手が喜ばないようなプレゼントをする と言う選択肢もないのだ。
以前にも触れたことだが、安全と生活と矜持を守るにはナギの力は さまざまな方面で足りていないのだった。
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Part.04:神様は心の中にいるのだろう
ネギと別れたナギは、次の目的地である麻帆良学園内の とある教会を訪れていた。
教会と言うだけで勘のいい方ならば、ナギが会いに来た人物が美空とココネだと言うことは おわかりになるだろう。
と言うか、教会と言えば この二人だろう。残念なナギでさえ、教会で二人と会った時に原作キャラだと気付いたくらいだ。
まぁ、逆に言うと、教会で会うまで二人のことを原作キャラだと認識していなかったのだが(実に揺ぎ無い残念振りだろう)。
そもそも、ナギが二人に出会ったのは夏休みなのに、原作キャラだと気付いたのは冬になってからであった。
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夏休みの とある日、アルジャーノンでのバイトを終えたナギは麻帆良学園内の公園をブラついていた。
その日は、商店街で納涼祭(霊泰祭と言う)があって、マスターとマダムが年甲斐もなk――ではなく、若い気持ちを忘れずに、
霊泰祭でデートするのが この時期の楽しみなんだよねぇ、とか言って店を早め(いつもより3時間ほど早く)閉めてしまったのである。
その時、ナギは「客商売として、それでいいと思ってるのか?」とツッコミたかったが、言うだけ無駄なので あきらめたらしい。
と言う訳で、急に暇になってしまって時間を持て余したナギは、プラプラと麻帆良市内の公園を散歩していたのだった。
ちなみに、時刻は17:30くらいだ。冬なら もう暗くなっているだろうが、夏の空は まだまだ青いので、少し嬉しくなる。
と言うか、仕事上がりに青空を見られたことで ちょっと嬉しくなっているナギ(中学生)は何かがおかしい気がする。
まぁ、それはともかく、ナギが何気なく空を見上げながら歩いていると、木の枝に風船が止まっているのが視界に入って来た。
(ん? あれは……屋台の風船?)
それは、縁日などの屋台で売られているキャラクターものの風船だった。原価を考えるとボッタクリとしか思えないが、祭効果で買っちゃうアレだ。
ナギ曰く「アレとお面と綿菓子は 幾つになっても心を擽られるよねぇ。作りが安くて、微妙に似てないってのが またいいんだよねぇ」らしい。
ちなみに、版権とかは気にしてはいけないと思う。と言うか、中身の原価を考えると あの料金は版権などの値段なのだろう。多分、きっと、恐らくは。
閑話休題。今は風船自体よりも、風船が木の枝に引っ掛かっていることの方が問題だ。
明日には物理的に萎むうえに こちらの気持ちも萎むから必要なくなるが、それでも今夜だけは傍に居て欲しい存在だ。
何か別の意味に取られそうな表現になったが、つまりは まだ必要なので、サッサと あの風船を取ってあげるべきだろう。
何故なら、風船の下で浴衣を着た幼女が「……アタシの風船」とか呟きつつ寂しげな目で風船を見上げているからだ。
「大丈夫だよ。あの風船はオレが取って来てあげるから、安心して?」
幼女を安心させるために意識的に爽やかな笑み(少なくとも本人は そう思っている笑顔)を浮かべてナギは木に向かう。
木は表面がツルツルしているうえ低いところに枝がなくて登りにくそうだが、ナギの身体能力ならば大した問題ではない。
その規格外の跳躍力で ある程度の高さまで飛べるし、僅かにある取っ掛かりだけでも その規格外の握力で体重を支えられる。
ナギは軽く助走を付けて飛び上がると幹に着地し、そのままスルスルと木を登り、枝を伝って難なく風船の回収に成功した。
「はい、どーぞ。もう放すんじゃないぞ?」
無事に戻って来たナギは屈んで幼女と目線を合わせると、諭すように語り掛けながら その手に風船を渡す。
ちなみに、目線を合わせて話したのは、児童心理学的に相手を落ち着ける効果があるらしいからだ。
ナギが試すのは初めてだが、幼女はナギに脅えていないようなので どうやらナギの目論見は成功したようだ。
「……うン。ありがとウ」
幼女は多少のギコチナサはあるのもののシッカリと返事と礼を言う。しかも、満面の笑みを添えて、だ。
ナギが「うわっふぅ。お兄さん、情けは人の為ならずって言葉を実感しちゃったぜぇい」と思うのも無理はないだろう。
ロリコン的な意味もあるが、感謝されることに慣れていないナギは明け透けに感謝されて嬉しくなったのである。
「うんうん、どういたしましてだなぁ」
そのためか、ナギは思わずグリグリと頭を撫でてしまう。ちなみに、頭を痛めつけているような効果音だが ちゃんと撫でている。
ナデナデと言う効果音だとナデポを狙っているように勘違いされるかも知れないので、ナギは敢えてグリグリと表現しているだけだ。
その証拠(と言っていいかは極めて微妙だが)に、ナギにグリグリと撫でられた幼女は嬉しそうに「えヘヘ」と笑っている。
その笑顔を見ていると心が癒されると言うか何と言うか……むしろ、凶悪に可愛過ぎてナギの理性はショート寸前な感じになっている。
「――何をしているか、この変態めぇええっ!!」
そんな危険な空気を察したのか、その場の空気を壊すような第三者の大声(ツッコミ)が周囲に轟く。
そして、それに隠れるように「ヒュォオオオオ……!!」と言う風を切り裂くような音もナギの耳に届く。
その音だけでナギには充分だった。危険が身に降り掛かりそうだ と振り返らずとも音だけでわかったのだ。
そのため、ナギは後ろを振り向く間すら惜しんで回避に専念した――つまり、その場をヒョイッと離脱した。
「って、うっそぉおお?!」
まさか避けられるとは思っていなかったようで、先程の声の主は奇妙な叫び声を上げながら、ナギの横を通り過ぎる。
その際に「スカッ」と言う音が聞こえた気がしたのはナギの気のせいではないだろう。多分、きっと、恐らくは。
ところで、声の主が勢い余って「ズッドォオオオン!!」と言う轟音を立てて、ナギの後ろにあった木に激突したのは言うまでもない。
(どうでもいいけど……有り得ないくらいに木が揺れているんだけど?)
先程のツッコミ(と言うか、どう見てもライダーキック)は、避けていなかったらナギに直撃していた。
しかも、位置関係的に(人体の急所が溢れている)背面にクリティカルヒットしていたことだろう。
つまり、避けていなかったら「有り得ないくらいに木が揺れる程の衝撃」が急所に入っていた と言うことである。
ナギが「え? 殺す気ですか?」と本気でビビったのは言うまでもないだろう。
「チィッ!! まさか、避けられるとは……!!」
「いや、常識的に考えて、今のは避けるって」
「いーや、今のは普通なら避けられねぇっス」
「いやいや、今のは避けなきゃ死んでるから」
いくら規格外の身体能力を持っているナギでも、今のは直撃していたら病院に出戻りになっていただろう。
と言うか、普通なら避けられないような殺人キックを見舞おうとするのは如何なものだろう?
ナギが避けていなかったら傷害事件になっていたので、いくら麻帆良でもシャレでは済ませられない。
「と言うか、常識的に考えて、今のは どう考えても遣り過ぎでしょ?」
「フンッ!! 古今東西、変態に人権なんて無いのが常識っスよ!!」
「え? 変態って誰のこと? もしかしてオレのことを言ってんの?」
「へぇ? ココネを誘拐しようとしていたクセに変態ではない と?」
「いや、このコがココネだとしても、根本的に誤解しているからね?」
ちなみに、正直なナギの感想は「このオレのどこが変態なんだ? 心当たりが有り過ぎて、特定できないね!!」と言ったところである。
「フンッ!! 五階も――いや、五戒も六戒もないっスね!! 常識的に考えて!!」
「いや、態々 言い直さなくても、大人しく五階と六階にして置けばよくない?」
「な、何を言ってるかわからないっスね!! って言うか、わかりたくもないっスね!!」
「いや、わかってるでしょ? って言うか、変態じゃないこともわかってるでしょ?」
この時、ナギは理解した。コイツはバカヤロウと言う名前の同類だ、と。
ところで、相手がナギは変態ではないことをわかっている とナギが判断したのは、大した理由ではない。実に単純な理由だ。
と言うのも、幼女(きっとココネ)が、相手の裾を摘まんで「ミソラ……この人、助けてくれタヨ?」とか言っているからだ。
そんなココネを見てナギが「うんうん、ココネはいいコだねぇ。純粋で可愛くて最高だよ」とか思ったのは言うまでもない。
最早 変態の感想でしかないが、ナギも自覚しているので生暖かく見守ってあげるのがいいだろう。
「……確かにココネの誘拐に関しては誤解だったとは認めるっス」
「それなら何で未だに変態扱いされてるの? 意味不明だよ?」
「それは、アンタが変態なのは間違っていないと確信してるからっス!!」
「な、何を根拠にオレが変態だって言うのさ? マジで意味不明だよ?」
「強いて言うならば、ココネを見る目が尋常じゃないところっスね」
ちなみに、美空の誤解(と言うか正解)を解く(と言うか誤魔化す)のに小一時間ほど無駄な論争を繰り広げたのは言うまでも無いだろう。
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そんなこんなでナギはココネ・美空と知り合い、何や彼やがあって いつの間にか仲良くなっていった訳だが……
以前にも軽く触れたことだが、ナギが「ココネと美空が原作キャラだ」と気付いたのは冬にクリスマス会の用意を手伝わされた時だった。
いや、気付くの遅ぇよ とツッコみたくなるが、ナギにもナギなりの言い分はあるのだ。言い訳でしかない言い分だが、あるにはあるのだ。
ナギは二人を「学園祭で活躍したシスターペア」としてしか覚えていなかったため「二人がシスターの格好をするまで気付かなかった」のである。
と言うか、割と特徴的な筈の二人を見ても「姉妹には見えないから、きっと家が近所とかで仲が良いんだろうなぁ」とか思っていた始末なのだが。
どう考えても言い訳でしかないが、本人としては『それなりの言い分』だと思っているらしいので、深くはツッコまず生暖かく見守るべきだろう。
(と言うか、ココネには褐色の肌とか特徴はあったんだけど……隣にいる美空に特徴がなかったからわからなかったんだよねぇ)
どうでもいいが、二人がシスター服を着ているのを見た時「シスターコンビだったのか!!」とか驚愕する前に、
シスター服姿のココネに理性が吹っ飛びかねないレベルで萌えてしまったことは、ここだけの秘密である。
しかも、それを美空に見透かされ「やっぱ変態っスね!!」とココネから引き離されたことも ここだけの秘密である。
それ以来、美空は それとなくココネとナギの間に立ちはだかるようになったらしいが……その真意は言うまでもないだろう。
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(と言う訳で、この教会に来ると諸々のショックを思い出しちゃうんだよねぇ)
しかし、今日のナギは多忙なので そんなことを気にしている余裕などない。
それ故にナギは複雑な気分は一端 忘れることにして(得意の)棚上げをし、
その無駄に装飾がされた重厚な扉を開いて「失礼します」と教会に入って行く。
「おっ、ナギじゃん」「あ、ナギ ダ」
ナギの来訪に気付いたのか、雑巾がけをしていた美空が作業を中断して振り向き、声を掛けて来る。
恐らくは歓迎しているのだろうが、何故か掃除をサボる口実にした気がするのは実に不思議である。
ところで、美空の足下に居たココネは純粋に歓迎してくれているのだろう、嬉しそうに微笑んでいる。
(うんうん、本当にココネは可愛いね~~。お兄さん、ついついお持ち帰りしたくなっちゃうよ)
どう見ても変態にしか思えないセリフだが、ここは気にしないでいただけると助かる。
と言うか、行動に移さなければ――思うだけならば自由だろう。内心は限りなく自由なのだ。
ただし、妄想ハラスメントは別だろう。いや、正確には、思いを口にするとアウトである。
それはともかく、サッサと用事(ホワイトデーのプレゼント渡し)を片付けてしまおう。
「まぁ、とりあえず……これ、バレンタインのお返しね」
「おっ? さんきゅーっス。内容は期待していいんスよね?」
「さてね。オレとしてはリクエストには応えたつもりだよ」
「微妙に気になる表現スけど……ここはナギを信じるっスよ」
ナギは大した前振りもなくプレゼントを渡し、美空は普通に受け取る。つまり、前振りがなくても話が通じるくらい、ナギと美空は気が合うのである。
ちなみに、バレンタインの時にナギは美空にトラップを仕掛けることを計画したが、どうやら大人気ないのでトラップは諦めたようだ。
美空の嫌いな物やら悪意のある物やらを贈ったりせず、普通に「ホワイトデー、これでいいスよ?」とか指定されていた物を贈ったのだ。
ところで、その指定された物とはPC用のゲームソフトで『斬魔大戦デモンペイン』と言うシミュレーションゲーム(しかも18禁)だったらしい。
実に紛らわしいネーミングだが、微妙な違いがあるので大丈夫だろう。「大聖」ではなく「大戦」だし「ベイン」ではなくて「ペイン」だし。
それに、内容がクトゥルー神話をベースにした現代ファンタジーなのだが、実は女のコが主人公の所謂 乙女ゲームなので何も問題はない。
タイトルしか知らずに購入したナギが「道理で買った時の店員さん(20歳くらいの女性)の視線が痛い訳だ」と涙目になったが、何も問題ない。
どうでもいいが、そんなモノを男(ナギ)に買わせたうえに贈らせる美空は偉大と言わざるを得ない(逆の立場なら、普通にセクハラである)。
「で、ココネには これを受け取って欲しいんだけど?」
「え? いいノ? コレ、高かったんジャ……?」
「別に大したことないさ。だから気にせず受け取って欲しい」
「……最近ナギがバイトをしていたノ、このタメ?」
「そんなことないさ。だから、受け取ってくれないかな?」
「…………ありがとウ、ナギ。ずっと大事にスルネ?」
意識と目線をココネに向けたナギは、ココネに薄いピンク色した うさぎのぬいぐるみ を渡す。
実を言うと、このぬいぐるみは70cm程もある大型の逸品であるため、小さいココネには両手で抱えるようにして持つしか術がない。
そう、必然的に「ぬいぐるみを抱きしめる幼女」が出来上がるのである。しかも、嬉しそうに微笑む と言う特大のオマケ付きで、だ。
もちろん、この破壊力は半端ない。いや、正確には最早そんなレベルではない。思わず残念な筈のナギのセンスに脱帽してしまうくらいだ。
(と言うか、ココネの濃い目の肌と ぬいぐるみの淡い色合いが生み出すハーモニーは どんな宗教画よりも神々しいんじゃないだろうか?)
非常にどうでもいいことだが……このぬいぐるみ、実は今回の贈り物の中で一番 高かったりするらしい。まぁ、それも納得だろう。
ちなみに、どう頑張っても鞄に入らなかったため登校の際に持って来られず、教会に来る前に一旦 自室に戻って取って来たらしい。
だが、その気持ちもわかる。この光景を見るためなら、多少の苦労など問題にならない。むしろ、その程度の労力なら喜んで支払うべきだ。
「うんうん、ココネは可愛いな~~」
美空のことはナギの意識から完全に忘れ去られたようで、ナギは緩みまくった顔でココネの頭を撫でまくる。
ココネはナギが頭を撫でると「えヘヘ」と嬉しそうに笑うため、ナギはココネの頭を撫でるのが大好きなようだ。
ナギの言葉を借りると「こんな凶悪な可愛さを見せられたら ついつい頭を撫でたくなっちゃうだろ?」らしい。
挙句には「もうね、これは麻薬だよ、麻薬!! 一度 知ってしまったらやめられないよ!!」とか のたまう始末だ。
どこからどう見てもロリコンが自己正当化をしているようにしか見えないが、本人に そのつもりはないらしい。
「ナギを見ていると思わず通報したくなるのは……何故っスかねぇ?」
「フッ、何を言っちゃってるんだい? オレはロリコンじゃないよ?」
「ええ~~? ココネを野獣のような目で見ているクセにっスか?」
「それは気のせいさ。ただ単に、オレはロリもイケるだけでしかないさ」
「いや、それはそれで充分にマズいと思うっスよ? 社会通念上」
「だ、大丈夫さ。内心はともかく、言動には出してないから大丈夫さ」
「……いや、充分過ぎるくらいに言動に出てるっスから。どう考えても」
「それでも、オレはオレの道を行く!! それ以外の道を行く気はない!!」
「そんな(キリッ とされても、開き直ってるようにしか聞こえねースから」
どこかで聞いたことのあるようなセリフで誤魔化そうとするナギだが、美空には通じなかった(まぁ、誰にも通じる訳がないが)。
どうでもいいが、こう言った遣り取り(美空がナギを変態扱いし、それをナギが認めない)は日常茶飯事であるため、
二人が争うことを好まない(むしろ仲良くしている二人を好む)ココネも特に仲裁することはない。落ち着くまで放置だ。
そして、どうやら一頻り口論(と言う名の戯言の応酬)をして落ち着いたようなので、ココネは話に加わることにしたらしい。
「ナギ……時間、大丈夫?」
ナギが多忙なことを知っていたココネは、ナギの服の裾をクイクイと摘みつつ小首を傾げてナギに問い掛ける。
ちなみに、ココネの仕草はネギと違って人工ではない、天然だ。恐ろしいことに美空の仕込ではないのだ。
美空がココネに仕込んだのは、無邪気な振りをして相手の心を抉る仕草くらいだ(それはそれで問題な気がするが)。
「……ああ、そうだね。確かに そろそろヤバいね。ありがとね、ココネ」
ココネがあまりにも可愛過ぎたので、ナギは「オレ、ココネのためなら 世界を敵に回せる気がするね」とか思ったらしい。
そのため、そんなナギが礼を言いつつ(蕩け切った笑顔で)ココネの頭をグリグリと撫でるのは言うまでもないだろう。
そして、それを受けたココネが「えヘヘ……」と喜び、それを見たナギが満ち足りた笑顔を浮かべるのも言うまでもないだろう。
ナギの内心を言葉にすると「ココネは可愛いなぁ。『ココネ可愛いよココネ』って叫びたくなっちゃうよ」と言ったところだ。
まぁ、それはともかく、今は本当に時間が無いので話をサクサクと進めていこう。
「ってことで、オレは そろそろ行くわ」
「はいはい。モテる男はツライっスね~~」
「うん。じゃあ、またネ、ナギ……」
「うん、またね、ココネ。ついでに美空」
出口に向かうナギの背に「スルーのうえアタシはついでっスかぁ?!」とか聞こえたが、敢えて聞こえない振りをしてナギは教会を後にするのだった。
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Part.05:図書館島の住人達
教会を後にしたナギが やって来たのは図書館島である。
まぁ、図書館島に来た と言うだけで、最早ナギが誰に会いに来たかは言うまでもないだろう。
そう、放課後は図書館島に常駐している と言っても過言ではない、のどか と夕映の二人である。
ただし、図書館島にいることはわかっていても図書館島は広いので探すのは それなりの手間だが。
(ってことで、二人はどこかなぁ?)
ナギが しばらく館内をウロウロしていると、見覚えのある後ろ姿(つまり、危なっかしい歩き方をしている女子)を発見した。
相変わらず、運動が得意ではない女子中学生が一人で持つには無謀としか言えない量の本を抱えているようだ。と言うか、今にも転びそうだ。
のどかには前科(4話参照)があるため、ナギとしては「だから無理はするなって何度も言っているのになぁ」と注意したいところだ。
「……相変わらず頑張ってるね、のどか。とりあえず、半分 持つよ」
だが、注意をしても「慣れてますから大丈夫ですよー」とか言い張っちゃうのは経験上 予想できてしまうため、
ナギは注意することをあきらめて、荷物運びを手伝うことで状況の改善を図る(余計な問答は時間の無駄だろう)。
ちなみに、のどかが無茶をしているのはナギに手伝って欲しいから だったりするのは、ここだけの秘密である。
「ナ、ナギさんっ!?」
ナギが図書館島に来る時は基本的には放課後になって直ぐであるため、今日は来ないのだろう と のどかは密かに落胆していた。
そんな状態の時に待ち望んだ声に呼び掛けられたため、のどかは とても驚いたのだが……残念なナギは それを理解していなかった。
むしろ、やたらと驚く のどかに対して「何か人には知られたくない類の妄想でもしてたのかな?」とか妙な理解をしちゃう始末だ。
「今日はホワイトデーでしょ? だから、バレンタインのお返しを渡そうと思ってね」
本を運び終えたところで、ナギは来訪目的を告げつつプレゼントを渡す。情緒はないが、今日のナギは多忙なので仕方がないのだ。
ちなみに、のどかへのプレゼントは『対訳ネクロノミコン』と言う非常に怪しげな本(と言うか、明らかに怪し過ぎる本)である。
だが、怪しいからと言って価値がない訳ではない。ナギが愛用している古書店では3500円で入手できたが、定価は3万円を超えるのである。
「わぁ!! よく見付かりましたねー!!」
プレゼントを貰えただけでも嬉しいのに、それに加え それが以前から欲しかったものなので、のどかの喜びは天元突破状態だ。
ナギとしても「やはり本の価値を理解してくれる人間はいいねぇ、こうも感動してもらえると贈った甲斐があるよ」と大満足だ。
高音と愛衣の件で予想以上に本が喜ばれなかったことが関係しているのだろうが……まぁ、あれは どう考えてもナギが悪い。
「まぁ、古書店で偶然 見付けてね。のどかには『これしかない!!』って思って、その場で衝動買いしちゃったんだよ」
さすがに図書館島の地下にある稀少書とは比べ物にはならないが、これはこれで それなりに稀少価値のある本らしい。
何でも、初版で保存状態がよければ15万円以上で取引されているとかいないとかで、とにかく、マニア垂涎の本なのだ。
女のコへのプレゼントとしては微妙だが、のどかはオカルト系の本も割と好むためナギは迷わず贈ることにしたようだ。
「それで、悪いんだけど……読み終わってからでいいんで、貸してくれないかな?」
どうやら、ナギも読みたいと思っていた本だったようで、ナギは気不味そうに本を貸してくれるように頼む。
ここで「読んでから贈ればいいじゃん」と思われるだろうが、読んだ本を人に贈るのはナギ的には許せないらしい。
「あ、はいー。すぐに読み終わらせますんで、月曜日にでも お貸しますねー」
「いや、別に急いでいる訳じゃないから、自分のペースで読んでくれていいよ?」
「大丈夫ですよー。今日中に読み終わらせるのは確定事項なんで、問題ないですー」
「いや、それって結構なページ数あると思うんだけど……まさか徹夜する気?」
「まぁ、そうなりますねー。だって、読み終わらせないと気になって眠れませんからー」
「……あぁ、まぁ、その気持ちは痛いくらいにわかるから止められないなぁ」
「それに、明日も明後日もお休みなので、今日は徹夜しても大丈夫な日ですしー」
「そう言えば そうだったね(オレはバイトがあるから ゆっくりできないけど)」
ナギは のどかがナギに気を遣っているのだと思ったが、どうやら自分の欲求に突き進むだけのようなので ここは気にしないことにする。
のどかの「早く読み終わらせたい」と言う気持ちには、もちろん、前から読みたかった本だから と言う一般的な背景もあるが、
それ以上に、ナギから贈られた本だから と言う乙女的な背景もあるのだが、残念なナギには前者としか受け取られない。
まぁ、それがナギのナギ足る所以なので、最早ナギが残念なことに対して何かを言うのは言うだけ無駄な気がして来たくらいだ。
それ故に、ナギは のどかのテンションの高さ特に気にすることなく、最近 読んだ本などについて軽く雑談して のどかと別れたのだった。
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(う~~ん、夕映はどこだろ……?)
夕映は小さくて神出鬼没なところがあるため、広大な図書館島(何処かのテーマパーク並)で夕映を探すのは一苦労だ と思われがちだが、
実を言うと、夕映には「脚立を椅子代わりにし、周囲に本を平積みして読書をする習慣」があるため、案外 見付け易いのである。
しかも、哲学や歴史や社会科学のエリアにいることが多いため、その辺りで通路に本が平積みされている箇所を探せば見付かるだろう。
そして、哲学以下略のエリアを探し始めること数分、ナギは通路に築かれた『本の結界(平積みされまくった本)』を発見したのだった。
「あのさー、夕映……脚立は椅子じゃないよねって何回 言わせるのさ?」
「……これも何度も言っておりますが、この脚立は私物なのですよ?」
「でも、だからと言って、脚立の用途は座ることじゃないと思うんだけど?」
「しかし、私しか使わないのですから、別に問題ないのではありませんか?」
「まぁ、一理あるけど……行儀が悪いし、うまくすると ぱんつ見えちゃうよ?」
「なっ?! それを早く言ってください!! と言うか、屈まないでください!!」
夕映のツッコミ通り、ナギは夕映のスカートを覗こうと徐に足元に屈み込む(どこからどう見ても、変態である)。
「う~~ん、惜しいなぁ。もう一段 上がってくれたらバッチリ見えるのになぁ」
「絶対に上がりません!! と言うか、這い蹲って見上げないでください!!」
「まぁ、そうだよねぇ。ぱんつはチラっと見えるから素晴らしいんだよね?」
「こ、これからは椅子に座りますから……妙な同意を求めないでください!!」
「ついでに、通行の邪魔になるから本を平積みするのは机の上にしようね?」
「わ、わかりました。その件も改めますから、もうセクハラはやめてください……」
敢えて言って置くが、別にナギはセクハラをしたかった訳ではない。夕映に読書態度を改めて欲しかっただけだ。多分、きっと、恐らくは。
ちなみに、今まで何度も注意して来たが、馬耳東風と言わんばかりにナギの注意は鮮やかに無視されていたらしい。
まぁ、そんな訳で、今日も適当に聞き流されるだけの筈だったのだが……今日のナギは いつもと違ったのである。
多忙の余り自重を忘れたのか、いつもなら必要以上に関わらないところなのに今日は押しが強かったのが原因だろう。
「……それで、用件は何ですか?」
夕映は紅潮させた頬を誤魔化すように、軽く居住まいを正してナギに問い掛ける。
紅潮の理由は、セクハラに対する憤怒もあるが、それよりも羞恥心の方が強い。
どうやら想い人にセクハラされて少し喜んでしまった自分が恥ずかしかったようだ。
「バレンタインのお返しざ。チョコ、ありがとね」
ナギは そんなことを言いつつ鞄から取り出した『虚典:エピクロス』を手渡す。タイトルはアレだが、重要なのは中身だ。
虚典シリーズは哲学的な観念などをブラックユーモアを交えて解説してくれる、ナギのお気に入りのシリーズなのである。
特に『エピクロス』は屁理屈屋の夕映が気に入るような内容(皮肉や風刺だらけ)なので、夕映のプレゼントに選んだらしい。
「こ、これは……!? よく私が『エピクロス』を持っていないのを知っていましたですね?!」
そのため、夕映が『エピクロス』を持っていなかったのは、ただの偶然である。事前にリサーチした訳ではないのだ。
ナギとしては「え? つまり、虚典シリーズ持ってんの? どれだけマニアックな本を蒐集してるんだ……」と言う気分だ。
まぁ、幸いにも被らなかったので今回は問題なかったが、以後 気を付けるべきだろう(知らなくても被るのはアウトだ)。
「いや、夕映が『エピクロス』を持っていなかったのは知らなかったよ。夕映が気に入りそうかなって選んだだけで、ただの偶然だから」
夕映は「私、話しましたですか?」とか頭を捻っているため、見兼ねたナギがアッサリとタネ明かしをする。
いくらナギでも、ここで「フッフッフ……夕映のことでオレに知らないことなど無い!!」とかとは言わない。
と言うか、そんなこと言ったら どう考えてもストーカー扱いされるので、いくら残念なナギでも言う訳がない。
「な、なるほど。そ、そう言うことでしたか……」
しかし、残念なので自分が言った言葉の意味を深く考えていない辺りが実にナギらしいだろう。
まぁ、偶然と告げたことは大した問題ではないのだが……夕映が気に入りそう云々は不味かった。
裏を返すと夕映の好みを把握していることになるため恋する乙女的にクリティカルなのである。
しかも、妙に嬉しそうな夕映を見ても「我ながら自分のセンスが怖いね」とか思っちゃう始末なので、救いようがない。
「と、ところで、虚典シリーズですから、高かったのではないですか?」
「ん? いや、大丈夫だよ。綺麗だけど新品で買った訳じゃないから」
「つまり、古書店で見付けたのですか? 私は見付かりませんでしたよ?」
「いいや、見付けたのはフリマで だよ。しかも、かなり安価だったんだ」
「……なるほど。これからは古書店だけでなく蚤の市も探してみます」
またもやフリマだが、麻帆良のフリマは意外とバカにできないのである。むしろ、掘り出し物の宝庫かも知れない。
麻帆良には趣味人が多いのか、安価でも良質な品物が売りに出されていることが多いのである。
フリマで安く仕入れた物を然るべき場所で然るべき値段で売れば、ちょっとした商売になるだろう。
まぁ、商売として成り立たせるには、相応の『目利き』と『交渉力』と『販売路』が必要になるが。
ちなみに、気になる『エピクロス』の値段は、3498円だったらしい(もちろん、値切った末の値段だ)。
定価は2万円を超えているので、のどかの『ネクロノミコン』程ではないが、お買い得だったようだ。
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Part.06:ボールに込められた想い
ナギの最後の目的地は、男子中等部のグラウンドだった。
当然ながら、ナギの目的は男子中等部の生徒である訳がない。ナギの目的は部活を終えた亜子だ。
亜子は男子中等部のサッカー部のマネージャーであるため、部活は男子中等部で行うのである。
まぁ、備品の買出しや他校の偵察や練習試合などで校外に出ることもあるが、基本は男子中等部だ。
(え~~と、亜子はどこにいるんだろ? 時間的に全体練習は終わっている筈なんだけど……)
どうでもいいが、グランドの片隅で田中が「今日からオレは生まれ変わったぜ!!」と言わんばかりに自己練習をしているのが見える。
凄い勢いでゴールネットに突き刺さるボールを見る限り、そのボールには熱いパトスが込められているのだろう。実に胸を打つ情景だ。
だが、残念ながら、その姿を見ているのは他の部員やナギだけだったので、これが甘酸っぱいイベントのフラグになることはないだろう。
「ナ、ナギさん?!」
ナギが田中の練習姿を「田中、強く生きているんだなぁ」とか見ていると、亜子の驚いた声が背後から聞こえて来た。
どうやら、位置的にナギが陰になっているようで田中の姿は見えないらしい。亜子はナギにしか反応していない。
まぁ、田中の姿が見えていたとしてもナギにしか反応しなかった可能性はあるが……それは気にしてはいけない。
「やぁ、亜子。練習、お疲れさん」
ナギは亜子に振り返りつつ、適当なセリフを投げ掛ける。田中の熱血過ぎる姿は見物だが、目的を忘れてはいけない。
ちなみに、ゴールネットに突き刺さる音に激しさが増した気がしたが、ナギは敢えて気にしないことにしたらしい。
「あ、いえ、その、お気遣い ありがとうございます!!」
「……え~~と、もう練習は終わっているんだよね?」
「は、はい!! 大丈夫です!! いつでも、帰れます!!」
相変わらずテンパり気味な亜子に苦笑したくなるナギだが、それをググッと抑えて話を進める。
いや、別にテンパりを否定する気などナギにはない。むしろ、微笑ましいと思っているくらいだ。
ただ単に「テンパってる姿が可愛いくて後先考えずにイジメたくなるから控えて欲しい」だけだ。
どうやらナギは これでも自重しているつもりらしいので、亜子には是非とも頑張ってもらいたい。
「んじゃあ、はいコレ。後で ゆーな達にも渡して置いてね」
亜子が帰れる宣言をしたことに「いや、別に一緒に帰ろうって誘いじゃないんだけど?」と思う残念なナギは、
とりあえず話を進めることにしたようで、鞄から スポーツ用品店のギフト券(×4)を取り出して、亜子に手渡す。
言うまでもないだろうが、4枚あるのは亜子・裕奈・アキラ・まき絵の4人分をまとめて亜子に渡したからである。
と言うのも、裕奈達は「今日は忙しい」らしいため、亜子にまとめて渡すことで話が決まっていたからだった。
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時間は遡って昨日の夕方。今日の予定を立てていたナギは「こりゃ、かなりハードだなぁ」と頭を抱えていた。
そのため、ナギは駄目元で裕奈に『バレンタインのお返しを渡したいんだけど、まとめてでいいかな?』と打診した。
これまでの傾向から、ナギは「ちゃんと一人ずつ渡すのがマナーじゃないかにゃ?」とか断られる と思っていたが、
裕奈の答えは以外なことに『じゃあ、亜子にまとめて渡して。私達、明日はちょっと忙しいんだ』と言うものだった。
ナギは「ラッキー♪」と思いつつ、亜子に一応の確認を取った。そして、その結果「部活の後にグラウンドで」と言うことになったのである。
ルート的に考えると、部活前に渡せたら態々 男子中等部に戻らなくて済むため部活前がベストだったのだが、
部活前は いろいろとバタバタしているので渡されても迷惑がられるだけだろう と言うことが予想できたため、
亜子にまとめて渡せるだけで充分だ と普通に喜んだらしい(つまり、部活後の意味を深く考えなかったのだ)。
ちなみに、その時点でのナギのホワイトデーのスケジュールは、
① 放課後 直ぐに『いつもの場所』に行ってネギに渡すべきだろう
② 一度 自室に戻り、ココネ用のプレゼントを準備して来よう
③ シスターや神父が来る前に教会に行き、ココネ・美空に渡しちゃおう
④ 順路的に図書館島に寄って のどか・夕映に渡すのがいいだろう
⑤ まだ決まってない高音・愛衣は昼に赤の広場に呼び出そうかな?
くらいだったので、時間的にはベストだったのである(場所的には微妙だったが)。
ところで、ナギが裕奈に連絡したのは「運動部四人組の中で ゆーなが一番 話しやすいから」らしい。
女友達としては、美空に次いでノリが合っている と言うか、気兼ねせずに話せるのが、裕奈なのである。
つまり、友達と言う認識が強いため裕奈に連絡しただけで、特に深い意味などナギにはないのだった。
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「え、えっと……その、ありがとうございます……」
亜子は礼を言いながらプレゼントを受け取ったのだが……何やら微妙そうな表情を浮かべている。
どうやら、プレゼントが気に入らなかったようだ。いや、正確には、期待が外れたのだろう。
ナギとしては「仲の良い4人なのでプレゼントに差異があると角が立ちそうだから揃えた」のだが、
亜子としては「みんなと同じ扱い」と言うことに不満があるのだろう(ナギは気付いていないが)。
「……あと、コレは特別で、亜子にだけのプレゼントね?」
亜子の表情から「理由はわからないけどガッカリしている」ことだけは理解したナギは、ふと思い出した。
ウッカリ忘れていたが、裕奈との話で亜子だけプレゼントを奮発する と言う話になっていたのである。
恐らく、亜子は裕奈から それとなく聞いていたのだろう。だから「話が違う」とガッカリしたに違いない。
少なくとも、ナギはそう解釈したようで、慌ててポケットから取り出した小さな包みを亜子に渡す。
どうでもいいが、別にナギは裕奈に言われただけで奮発した訳ではない。元から奮発するつもりだったのだ。
そもそもバレンタインの時に「何か怒らせたからホワイトデーは奮発しよう」と思っていたし、
奢りイベント(6話参照)の時に、みんなが飲み食いしているのに我慢していたのを気にしていたからだ。
「わぁ!! ウチ、大事にしますね……!!」
追加のプレゼントを見た亜子は心底 嬉しそうな表情を浮かべ、その表情を見たナギは「いやぁ、思い出してよかったなぁ」と心底 思ったようだ。
やはり、プレゼントするからには喜ばれたい と思うのが人情だ。贈られた方はプレゼントされて幸せで、贈った方は喜ばれて幸せになれるからだ。
ちなみに、プレゼントの中身だが、露店で見つけたシルバーアクセだ。あまり高価ではないが どんな服にも合うデザインなので、それなりの一品である。
(もしかして、昨日の ゆーなのメールって、これを気遣ってたのかな?)
考えてみると、裕奈達が一緒にいる場面だと少々渡しづらかっただろう。みんなの前で一人だけを特別扱いするのはナギにはできないのだ。
まぁ、運動部四人組を個別に回れば済む問題なのだが……そうなると、今度は時間的に厳しい。あと3箇所も回るのは、ちょっと無理だろう。
そう言う意味では、今回は裕奈のファインプレーだろう。裕奈が「亜子にまとめて渡して」と言わなければ、結末は変わったかも知れない。
ところで、ナギが「友情って素晴らしいなぁ」とか思っちゃっているのは言うまでもないだろう。
「あの、ナギさん……今から、何か予定ってありまへんか?」
「ん? いや、特に無いけど? それがどうかしたの?」
「そ、それなら、その、い、一緒に、か、帰りまへんか?」
「ん~~、まぁ、別にいいけど……亜子は それでいいの?」
的外れだが、ナギは「オレなんかと一緒に帰って誤解されたら困るんじゃないかな?」と気を遣ったのである。
「え? い、いえ!! ウチは何も問題ありまへんよ? むしろ、望むところですよ?」
「(望むところ?)まぁ、それならそれでいいんだけど……あんまり気は遣わないでね?」
「だ、大丈夫です!! ウチは何も問題ありまへん!! 多分、きっと、恐らくは!!」
「(大分テンパってるなぁ)そっか……じゃあ、女子寮の近くまで送って行くよ」
「ふ、不束者ですが よろしくお願いします!! と言うか、ありがとうございます!!」
ナギにとって亜子は「やたらとオレに気を遣う、テンパっているコ」であるため、亜子の言動をすべて残念に解釈してしまうのである。
それは亜子も何となく理解して来たが、間違っていると言い切れないことなので特に何も言わない。
と言うか、亜子はナギに良く思われたいために気を遣っているので、下手に指摘すると薮蛇になってしまう。
ナギが理由に思い至るのが先か、亜子が勇気を出して一歩を進み出すのが先か? それは誰にもわからない。
まぁ、そんなこんなでナギのホワイトデーは、相変わらず残念な感じに終わったのだった。
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ところで、これは完全な余談となるが……ここで、もう一つのドラマが生まれていた。
と言うのも、実は田中はナギと亜子の一連の遣り取りの一部始終をコッソリと(しかし、ナギから見たらバレバレに)見ており、
何をどう勘違いしたのかは極めて謎だが「唸れ!! オレの必殺シューートォオオ!!」とか鬼気迫る勢いで自己練に打ち込んだのだ。
当然ながら、ナギはそんな田中を鮮やかにスルーした訳だが……後に この時スルーしたことをナギは後悔することになるのだった。
まぁ、そう言うと何か重大なイベントの伏線だと誤解されてしまうだろうから、ここで身も蓋も無くタネ明かしをしてしまおう。
実は、後のワールドカップにおいて日本を優勝に導くエースストライカーとなる男が生まれたシーンを見逃しただけ、だったりする。
どうやら田中はこの猛練習が切欠となって眠っていた才能(幻の左)が開花させたようで、この時 田中のサッカー人生が大きく変わったらしい。
どうでもいいが、ここで「それ、何てシュートだよ?」と言うツッコミをしても、きっと世代的に通じないだろうから自重して置こうと思う。
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オマケ:心憎い演出?
「たっだいま~~♪」
麻帆良中等部女子寮に亜子の景気の良い声が響く。
裕奈はその声から今日の結果が上々であったことを理解し、
からかい半分・祝福半分の気持ちで亜子を出迎える。
ちなみに、アキラは この段階で まき絵(と亜子)の部屋に移動してもらったようだ。
「おっかえり~。いやぁ、随分と上機嫌ですにゃ~♪」
「ちゃ、ちゃうねん、べ、別にええことなんかあらへんで?」
「へ~~♪ どんないいことがあったのかにゃ?」
「ハッ!! しもたっ!? 語るに落ちてもうた!!」
亜子は裕奈のからかいに直ぐに反応してしまい、聞いてもいないことまで応えてしまう。
それに亜子が気付いた時には後の祭りで、既に裕奈が『いい笑顔』で亜子の答えを待っていた。
「で? どんなことかにゃ?(ニヤニヤ)」
「いや、あのな、これは、ちゃうねん」
「へ~~~? で、どんなこと?(ニユニユ)」
「う~~~、誰にも言ったらアカンで?」
「うんうん♪ 貝の様に黙ってるから、言ってご覧?」
亜子は裕奈の『いい笑顔』のプレッシャーに負け、遂に先程のナギとの遣り取りを話すことを決意する。
裕奈はもちろん黙っている気などないが、亜子に話させるために黙っていることを約束して話を促す。
まぁ、亜子としても「実はしゃべりたかったこと」なので、実は「どっち も どっち」なのだが。
そんな訳で、裕奈は亜子を自室(裕奈とアキラの部屋)に招いて、根掘り葉掘り事の顛末を聞き出したのだった。
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そして、亜子から一通り話を聞いた裕奈は「なかなかやるじゃん、ナギっち」とナギの評価を改めた。
裕奈にとって、ナギとは残念な男であるため、今回のナギの『心憎い演出』は賞賛に値したのである。
そんな訳で、亜子が自室に戻ったことで一人になった裕奈は、ナギに賞賛を伝えるため電話を掛けた。
「もっしも~し、亜子から話は聞いたよ~~♪」
『……まぁ、ゆーなに伝わるのは想定の範囲内だね』
「いっやぁ、なかなか『心憎い演出』をしますなぁ♪」
『え? 心憎い演出? いきなりナニイッテンノ?』
「え? 後からアクセを渡したのって演出じゃないの?」
『いや、普通に渡すの忘れてただけなんだけど?』
「……はぁ。アンタ、やっぱり『残念な男』だわ」
『あれ? そのフレーズ、どっかで聞いたよ?』
裕奈の予想では「下げてから上げる」と言う(ナギが高音と愛衣に使った)演出だと思っていた。
しかし、ナギに話を聞いてみると、どうやら素で渡し忘れたので後から渡したとか何とか。
裕奈は その天然っぷりに苛立ちを覚えながらも「所詮はナギっちか」と妙に納得したらしい。
「はぁ……とにかく、どんな理由でも亜子を泣かしたら許さないかんね?」
『安心して。オレの弱点は女のコの涙だから、態々 泣かしたりしないさ』
「いや、ナギっちの場合は、意図しないところで泣かせる危険が高いっしょ?」
『そうだけど、こちらの意図しない部分に関しては当方は一切 関知しないよ?』
「当方は一切 関知しないって……アンタは何処のスパイの親玉!? マジメに聞け!!」
『…………なお、このメッセージは3秒後に自動的に消滅する』
「はぁ?! ちょっ、待ちなさ『プッ……ツーツーツー』っのバカ!!」
ケータイから聞こえて来る無機質な電子音が電話が切られたことを否が応にも知らせる。
それを聞いた裕奈は心の奥底から膨れ上がる感情の捌け口を求め、握り潰さんばかりの力で握り締めていたケータイを思い切りクッションに投げ付ける。
ちなみに、床に叩き付けなかったのは ケータイが壊れるからであり、クッションに投げるくらいの判断ができる程度に裕奈は冷静だったらしい。
「…………ん?」
そして、投げ付けた直後にメールの着信があったため、仕方なくメールを開いてみる裕奈。
予想通り、それはナギからのメールで、そのメールには以下の様な文が綴られていた。
『最後はネタを思い付いたからふざけたけど、亜子を泣かせたくないのはマジだよ』と。
「ったく、あのバカは……本当に『残念な男』だねぇ」
裕奈はメールを読んだだけで先程までの怒りが どこかへ霧散していたことに気付き、
軽く苦笑しながら「さて、アキラには何て話そうかな?」と思考を切り替えるのだった。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年3月)大幅に改訂してみました。
今回は「ホワイトデーにチャレンジしてみたけど、ココネの可愛さに すべてどうでもよくなった」の巻でした。
微妙に亜子と裕奈に持っていかれている気がしますが、ボクの中ではココネに持っていかれた気がしてます。
まぁ、田中で始まり田中で終わったので、実は田中に持っていかれた気がしないでもないですが。
ところで、田中君に関してなんですが、最後の「シュート!」ネタは完全な遊びです。クロスとかじゃありません。
サッカー部で田中と言ったら「田仲 俊彦」しか思い浮かばないような人間がボクです。
現実のサッカー選手は全然知りません。なので田中選手とは一切関係がありません。
と言うか、最初はチョイ役でしかなかったのに、亜子フラグのキーパーソンとなりつつあります。
あ、蛇足ですが、高音と愛衣については、次話でスポットライトが当たる予定です。
……では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2009/08/21(以後 修正・改訂)