第09話:麻帆良学園を回ってみた
Part.00:イントロダクション
引き続き、3月31日(月)。ナギが掃除ボランティアに駆り出された日であり、ネギの誕生日でもある日。
高音達と別れたナギは一度 自室に戻り、ネギの誕生日プレゼントを持って女子寮に向かった。
ちなみに、5話で語られた様にナギは特別許可を与えられているため何の問題もなく女子寮に入れた。
むしろ、警備員や管理人に「問題を起こさない程度に頑張ってね」と生暖かく応援されたくらいだ。
……何を頑張ればいいのだろう? 顔で笑いつつ心で泣きながら、ナギはそう思ったらしい。
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Part.01:誕生日を祝ってみた
と言う訳で、ナギは木乃香 & ネギの部屋にやって来た。
部屋は可愛らしい装飾に彩られており、美味しい料理の匂いも漂っている。パーティーの準備は万端、と言えるだろう。
ちなみに、パーティーの参加メンバーはナギ・ネギ・木乃香の3人であり、まさにプチパーティーと言う名が相応しい規模だ。
一瞬、ナギは「ネギって友達がいないの?」と不安になったが、昼は少人数でやりたかっただけらしいので一安心したようだ。
(いや、そもそもオレがネギの交友関係を心配する必要なんてないんだけどね?)
しかし、それでも心配してしまうのがナギのナギたる所以だ と言えるだろう。
ここで何も感じない様な強靭な精神の持ち主なら、こんな状況になっていない。
ネギを見捨てられないからこそ、こんなフラグが乱立した状況になっているのだ。
(そ、それはともかく!! サッサと本題に入ろう!!)
かなり強引な話題転換だが、いつまでも考え込んでいる訳にもいかない状況なのも事実だ。
何故なら、ネギがナギの右手に持たれたプレゼントをチラチラ見ながら気にしているからだ。
きっとプレゼントが楽しみなのだろう。そう判断したナギは もったいぶらずにサクッと渡す。
ちなみに、そのついでに撫でてと言わんばかりに差し出されている頭を撫でてやることも忘れない。
「あ、ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべて礼を言うネギを見て、ナギはとても穏やかな気分になる。
まだ中身を見ていないのでネギはプレゼントされた行為そのものが嬉しいのだろう。
そして、それがわかるからこそナギも嬉しいのである。素直な感謝は貴重なものなのだ。
「まぁ、開けてみて?」
ネギがプレゼントを開けていいものか視線だけでナギに訊ねて来たのを受け、ナギは鷹揚に頷きながら許可を出す。
時と場合によってはプレゼントを その場で開ける行為はマナー違反になるかも知れないが、この場は問題ない。
贈ったナギが直に反応が欲しいのもあるが、そもそも ここには身内しかいないので重大なマナー違反でなければ問題ないのだ。
「こ、これって……!!」
包装を剥がし終え、中身を確認したネギが驚愕の声を上げる。ナギとしては「うんうん、その反応が見たかった」と言う感じだろう。
気になるプレゼントの内容だが……ティーカップのセットで、ホワイトデーの時に贈ったティースプーンと同じメーカーのものである。
実は、ティースプーンと一緒にフリマで売っていたものであり、誕生日に贈るためにティースプーンとセットで買って置いたらしい。
ちなみに、値段はスプーンと併せて1万円で、元の値段を考えると かなりのお買い得だった(ナギは元の価値を理解してはいないが)。
(少々高く付いたけど、それも「この笑顔」と比べたら安いものさ)
とかカッコつけてるナギは正直ウザいが、その気持ちもわからないでもない。ここまで喜んでもらえたら、贈った甲斐がある と言うものだろう。
と言うか、そもそも今回のプレゼンドは「安全を買うための先行投資」でもあるので、そう言う意味でも「高いが安いと言える買い物」だろう。
ここで、勘違いされるかも知れないので敢えて言って置くが、ナギとて「プレゼントして喜ばせるとフラグが固まる」ことくらい、わかっている。
だが、ナギは自身の言動が裏目に出ることを自覚しつつあるため「むしろフラグを固めようとすればフラグが崩れる筈だ」とか考えているのだ。
まぁ、残念ながら、裏目に出るのはナギが望んでいない方向の時だけなので、今回は普通にネギの攻略フラグが固まるだけだが(実に残念である)。
「ちなみに、例の如く本物かどうかはわからないから、偽物だった場合は気持ちだけ受け取って置いてね?」
そのため、ナギは前回と同様に「偽物でも責任は取れないよ」と言う言葉を間違った包み方で包んで伝えてしまう。
前回、妙な勘違いをされてしまったことをスッカリ忘れている辺り、実にナギらしいと言えるだろう(やはり残念だ)。
学習能力は低くない筈だし反省も後悔もしている筈なのだが、どうしても深く考えない言動をしてしまうようだ。
「はい!! ナギさんの気持ち、シッカリと受け取りました!!」
当然ながら、ネギはナギの言葉を好意的に解釈したようで、輝かんばかりの笑顔を浮かべる。
まぁ、それを見たナギは「ああ、また妙な誤解をさせてしまったみたいだ」と思いつつも、
同時に「まぁ、少しくらいならいいか」とも思ってしまったらしいので、最早どうしようもない。
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「そう言えば、木乃香は何を贈ったの?」
プチパーティーは大した問題もなく始まり、大した問題もなく進んだ。
そして、宴も酣と言ったところで、何の脈絡もなくナギが切り出した。
「いや、どんな物を贈ったのか ちょっと気になってね」
木乃香が「ほえ? ウチ?」と不思議そうな顔をするのを受けて、ナギは軽く頷いて答えを促す。
別に どうしても訊きたい内容な訳ではない。ちょっとした話題にするために聞いただけだ。
だから軽い気持ちで訊いたのだが……木乃香から返って来たのは予想以上に とんでもなかった。
「そうなんかぁ。実はネギちゃんの可愛さが凶悪になる『必殺アイテム』を贈ったんや♪」
木乃香は「いい仕事したで」と言った笑顔でキメて来る。と言うか、サムズアップまでして来る始末だ。
それだけ己のプレゼントに自信があるのだろう。だが、何故かナギとしては不安しか生まれない。
どうしても『可愛さが凶悪になる』と言う表現や『必殺アイテム』と言う響きが気になってしまうようだ。
「え、え~~と、その必殺アイテムって どんな感じのなの?」
しかし、ナギは尋ねざるを得なかった。何故なら、木乃香が「聞いて聞いて♪」と目だけで語って来ているからだ。
言うまでもないだろうが、ここで無視する選択肢などナギにはない。それだけ木乃香のプレッシャーは半端ないのだ。
と言うか、ここで無視したところで「実は、こんな感じの物なんや」とか勝手に話し始めそうなので無視しても意味がない。
「ふっふっふ……コレや!! なんと、ウチ特性のネギちゃん専用メイド服や!!」
それはメイド服と言うには あまりに小さ過ぎた。
小さく薄く短く、そしてフリルが過剰すぎた。
それは まさに『萌塊(萌えの塊のこと)』だった。
(いや、そうじゃないね。いくらベルセルクが好きだったとしても、メイド服をたとえるのに引用するのは何かが違うよね)
どうやら、あまりにもショックが大き過ぎてナギは少々壊れてしまったようだ(まぁ、普段から壊れ気味だが)。
つまり、それだけナギは木乃香を信じていた と言うことだろう。きっと大和撫子を幻想していたに違いない。
それなのに、こんな萌えを理解しちゃっているような女のコだったのだから、ナギのショックは推して知るべしだ。
(お、落ち着け、オレ。これは、木乃香流のボケなのかも知れないじゃないか?)
きっと「いや、どこのメイド喫茶なのさ?」とか言うツッコミを期待しているのだろう。その筈だ。
だから、ナギがすべきことはショックに打ちひしがれることではない。そう、木乃香へのツッコミだ、
「あのさ……木乃香、これって――」
「――ちなみに、色違いもあるで?」
「え? ボケじゃないの? マジなの?」
「もちろん、ウチはいつでもマジやえ?」
しかし、現実は非情だった。どうやらボケではなくマジだったらしい。と言うか、実物を用意してまでボケる訳がない。
「メイド服は黒が基本やろ? でも、専用なら赤やろ? せやから、両方作ってみたんよ♪」
「なるほど~~。三段論法が あまりにも見事で、こんな時どんな反応すればいいかわからないや」
「ああ、つまりアレやな? 爽やかに『笑えば、いいと思うよ』とか言って欲しいんやな?」
「いや、違うから。これは振りじゃないから。ガチで どう反応すればいいのか困ってるから」
今のナギにはネタに走る余裕はない。それだけショックは大きかったのだ。
(ま、まぁ、確かにメイド服は黒が一番だと思うよ? それに、赤い彗星に憧れた坊やとしては専用は赤一択だよ?
だから、両方用意してくれたのは嬉しいさ。特に、赤のメイド服って、これはこれでイケることがわかったしね。
黒以外のメイド服は認めてなかったけど、どうやら食わず嫌いなだけだったようだね。特にネギの髪の毛と相俟って――
――って、違うな。今の問題はメイド服じゃなくて、木乃香が かなりネタを理解できてしまっている件だよ。
原作との乖離が著しいと言うか、ネギへの影響力を考えると頭が痛くなると言うか、もう何て言えばいいんだろ?
あ、でも、こんな木乃香も有りだとは思うよ? こんな木乃香となら、肩肘張らずに楽しい関係が築けそうだからね)
だから「ナニイッテンノ?」とツッコみたくなるようなことをナギが考えたとしても、ナギを責められない筈だ。多分、きっと、恐らくは。
「え~~と、結論としては……木乃香、グッジョブだね!!」
「うんうん、そやろ? いやぁ、頑張った甲斐があるえ」
「あ、ちなみに、オレ的には木乃香にも着てもらいたいよ?」
「――ッ!! も、もぉ、なぎやんってば、ややわ~~」
だから、ついつい本心を口走ってしまったナギは悪くない筈だ。その結果、トンカチで「ゴチン!!」とツッコまれたが、悪くないに違いない。
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Part.02:散歩部に巻き込まれてみた
と言う訳で、ネギの誕おめパーティー(プチ)は無事に終わりを告げた。
ちなみに、ナギがトンカチの痛みから復活してからのことだが……主に精神的な意味で お腹がいっぱいになるような状況になったらしい。
何でも、木乃香の「ネギちゃん、ウチのプレゼント着てくれへんか?」と言う言葉で始まったネギのメイドなファッションショーとか、
木乃香が「ここのフリルがポイントやと思うんや」とかメイド服についてアツく語ったりとかで、ナギは いっぱいいっぱいになったそうだ。
(あれ? よく考えてみると、その状況を第三者的に見たら、オレって「幼女にメイドのコスさせる鬼畜野郎」なんじゃない?)
改めて振り返ってみると、ナギは何も悪くない筈なのに何故か極悪人にしか見えない。実に不思議だ。
ちなみに、その事実に気付いてしまったナギが心の中で滝のような涙を流したのは言うまでもないだろう。
「あの、ナギさん? さっきからボ~ッとして どうしたんですか?」
「そうですよー? ボ~ッとして歩いていると危ないですよー?」
「そうだぜ? ただでさえアブないんだから気を付けろよなー?」
心の中で涙を流していたナギを気遣う声(約一名は微妙)が掛けられた。
(いや、まぁ、確かにボ~ッとしていたけどね? それでも注意は怠ってないから大丈夫だよ。
って言うか、ネギと史伽は心配してくれたからいいとして、風香のセリフは どうなんだろ?
お前の「危ない」は意味が違うって言うか「何がアブないんだよ?」って言いたいんだけど?)
ところで、状況の説明が遅れたが……現在の状況を説明して置こう。
ネギ誕プチパーティーが恙無く終わったので「さぁて、帰って昼寝でもしようかなぁ」と帰る気満々で部屋を出ようとしたナギだったが、
ちょうどネギを「麻帆良周遊散歩」に誘いに来た鳴滝姉妹と遭遇し、何故か「ついでだから一緒に回ろう」と言う流れになったのである。
ちなみに、木乃香も来たがってはいたのだが、近右衛門から「用事があるので来ておくれ」と呼び出されたので木乃香は不参加らしい。
ナギが近右衛門に恨みを覚えたのは言うまでもないだろう。何故なら、近右衛門のせいで幼女三人を侍らせた鬼畜野郎になってしまったからだ。
閑話休題――と言いたいところだが、鳴滝姉妹の紹介をしていなかったので、余談を続けよう。
鳴滝姉妹は、2-Aが誇る「ロリい三連星(今はネギもいるので四人だが)」の一角を担うチビっ娘の双子だ。
姉の方が「鳴滝 風香(なるたき ふうか)」と言う、ツリ眼気味で小生意気なボクっ娘であり、
妹の方が「鳴滝 史伽(なるたき ふみか)」と言い、タレ眼気味で大人しめな妹キャラである。
ナギとは この前の終業式の打ち上げパーティーの時に知り合ったばかりだが、ネギを介してよく絡んだので普通に友達のような関係になっている。
(まぁ、今更「ネギクラスのコと仲良くなると死亡フラグが立ってしまう!!」なんて言う気はないさ。
だって、最早いろいろと手遅れだからね。今更、一人や二人 関わりが増えても何も変わらないって。
でも……「ロリ」とか「ペド」とか「鬼畜野郎」とか言われるのは、我慢ができないんだよねぇ)
ナギとしては「オレは単に幼女も愛でられるだけ」らしいので『不当な評価』らしい。傍から見ると全然 不当ではないが。
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Part.03:女子運動部に行ってみた
「と言う訳で、やって来ちゃいましたー」
「麻帆良学園女子中等部専用体育館!!」
「ここでは21もある体育系クラブの生徒が――」
「――青春の汗と涙を流しているのだよ!!」
史伽と風香が「打ち合わせでもやっているのだろうか?」と疑いたくなる程に見事な連携で説明をしてくれる。
恐らく、これが双子のクオリティなのだろう。何かが違う気がするが、ナギは そう納得したらしい。
ところで、双子が説明してくれた様に ここは女子中等部の体育館であり、本来なら男子禁制のエリアだ。
だが、何度も語られている様にナギにはフリーパス(寮以外も適用される)があるので特に問題ない。
それはそれで問題があるような気がしないでもないが、問題がないに違いない。多分、きっと、恐らくは。
「あれー? ナギっち? それにチビっ娘三人衆も?」
そんなバカなことを考えていたナギに裕奈が話し掛けて来た。
練習はいいのか不安になるが「キャプテンなのでノー問題」らしい。
どう考えても問題がある気はするが、裕奈的には問題ないのだろう。
「やぁ、ゆーな。相変わらず元気だねぇ」
ナギは「せっかく相手してくれるのだから野暮なことは言うまい」と疑問を押し殺して、裕奈に話し掛ける。
ちなみに、ナギの視線は裕奈の顔を向いているが、心の目では胸をジックリ拝んでいると思ってくれて構わない。
と言うか、ドリブルすると乳揺れ祭になるので、ボールではなくて乳の方を目で追ってしまうのは男の性だろう。
某スーパーなロボットの対戦ゲームで戦闘カットインが流れる際、戦闘そっちのけで ついつい乳揺れを見てしまうのと同じ理論だ。
「どったの? 目撃者が多いから、三人を体育倉庫に連れ込むつもりなら、今はやめて置いた方がいいと思うよ?」
「いや、散歩部に付き合っているだけだから。って言うか、その発想は女子中学生として如何なものかと思うんだけど?」
「ナギっちは女子に対して幻想を抱き過ぎだよ~~。ナギっちの想定以上に女子中学生の思考はオッサン臭いんだよ?」
「いや、たとえそうだとしても、それを男子に見せないのが乙女の恥じらいとかプライドとかだと思うんだけど?」
「そりゃそうかも知れないけどさ……常識的に考えて、私が そんなもんをナギっち相手に発揮する訳ないじゃん?」
「まぁ、そりゃそうか。だって、ゆーなだもんねぇ。恥じらいとかプライドとか見せられても反応に困るよ、うん」
「……まぁ、そう言う訳で、話は戻るけど、今は人が大勢いるから体育倉庫に連れ込むのはやめた方がいいと思うよ?」
裕奈はナギ達の来訪が意外だったようで、しつこく「それ何てエロゲ?」的なネタを振って来る。
「? 体育倉庫って行っちゃダメなんですか?」
「え? え~~と、それはですねー」
「まぁ、大人になればわかるってヤツだ」
どうでもいいことだが、後ろの方でチビっ娘三人衆が妙な会話をしている件については放って置いた方がいいだろう。薮蛇になりそうだ。
と言うか、ネギが「体育倉庫に連れ込む」と言う意味を理解していなくて、ちょっとホッとしたのはナギだけではない筈だ。
普段のネギを見ていると「体育倉庫に連れ込む」と言う意味を簡単に理解しそうだから不思議だ。いやぁ、本当によかった。
まぁ、もしかしたら、理解したうえで理解していない振りをしているだけかも知れないが……それでも、理解していないと信じたい。
「そ、それはともかく!! せっかく来たんだから勝負しない?」
「ん? 別にいいけど……ただ単に勝負するのは つまんないよね?」
お子様(ネギ)の言葉が聞こえたのか、裕奈はやや強引に話題の転換をする。さすがにネギへの悪影響を考えたのだろう。
当然、空気の読めるナギは裕奈の思惑に乗るが、残念ながらナギは性格が歪んでいるので「何か賭けようよ?」と暗にオマケを要求する。
人の弱みに付け込むのは どうかとは思うが、相手が裕奈なので大した問題ではない。何故なら、二人は よく賭けをしているからだ。
まぁ、賭けと言っても、せいぜいが「ちょっとした罰ゲームをする」くらいだが(いくら何でも金銭は賭けない)。
「ん~~、じゃあ、『敗者は勝者の言うことを聞く』って言うのは、どうよ?」
「へぇ? いいの、そんな条件で? 悪いけど手加減してあげないよ?」
「もっちろん。やっぱ、本気になってもらわなきゃ勝つ意味ないっしょ?」
「ほほぉ? 本気のオレに勝とうって思ってる訳だね? おもしろいねぇ」
どうでもいいが「言うことを聞くって……これがXXX版ならルート確定じゃん」とか考えたナギは もう末期だろう。
さて、話は戻るが、裕奈とナギは以前にもバスケで勝負したことがあり、その時は悲しいくらいにナギが圧勝した。
あれから裕奈がどれだけ腕を上げたのかは未知数だが、どう考えても圧倒的な実力差は埋まっていないだろう。
つまり、何らかの秘策がある と考えるべきで、オマケとは関係なく面白い展開になって来た と言うことである。
「ふっふっふ。じゃあ、3ON3で勝負にゃ!!」
裕奈は「どどーん!!」と言う効果音を背負うような勢いで勝ち誇っているが……さすがに、それはないと思う。
具体的に言うと、あまりにも秘策がションボリ過ぎてナギだけでなく周囲もポカンとしている くらいだ。
確かに1ON1とは言ってませんでしたけど だからと言って3ON3にするのはどうかと思います、と言うのが
バスケ部員も含めた その場にいる全員の心のツッコミである(キャプテンとしての株価が大暴落したことだろう)。
(ちなみに、気になる結果は……オレ達の快勝だった。鳴滝姉妹に出てもらったのが勝因だろうね)
鳴滝姉妹は甲賀忍軍を騙るだけあって、なかなかの身体スペックを持っているのである。
背が小さいからと言って「バスケでは足手纏い」と考えてはいけない、と言うことだ。
と言うか、裕奈はクラスメイトなのだから二人の戦力を予想していてもいいと思うのだが?
(まぁ、大方『3ON3と言う策』を思い付いたところで勝ったつもりになったんだろうなぁ)
きっと「1ON1が無理なら、3ON3で戦えばいいじゃない!!」と言う発想だったのだろう。
裕奈は「あっれー?」と言う顔をしていたが、足手纏いがいないのだから必然の結果だ。
さすがに鳴滝姉妹だけならバスケ部員を相手するのは少々キツかったかも知れないが、
ナギと言う規格外な身体スペックを持つ存在がいたので、総合的に戦力が上だったのだ。
(ところで、ゆーなへの命令は「直ぐには思い付かないから貸しにしとく」って感じで保留にして置いたから)
さすがのナギも、あの場で「胸を拝ませて」とか「ぱふぱふして」とかとは言えなかったようだ。
と言うか、もしそんなことを言っていたら、その場でバッドエンドに直行していただろう。
ナギの女子からの株価がストップ安になるのもあるが、ネギがマジギレしてナギが粛清されるからだ。
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「と言う訳で、再び やって来ちゃいましたー」
「麻帆良女子中等部専用スケートリンク!!」
「ここではスケートをはじめとした氷上競技者達が――」
「――青春の汗と涙を流しているのだよ!!」
再び、史伽と風香が「打打ち合わせでもやっているのだろうか?」と疑いたくなる程に見事な連携で説明をしてくれる。
「あ、やっほー♪ ナギ君、ネギちゃん、風香ちゃん、史伽ちゃん」
「やぁ、チ――まき絵。相変わらずバ――を和ませる笑顔だねぇ」
「チ? まぁ、とにかく、笑顔は私の数少ない得意分野だからね♪」
ナギの言葉に首を傾げつつも、底抜けに明るい笑顔を振りまく まき絵。
(ああ、その笑顔が眩しい。ついついチルノとかバカとか言いそうになった自分が情けない。まぁ、うまく誤魔化せたようだけど。
って言うか、三人とも普通に「こんにちは」とか「ちわっす」とか「こんにちはですー」とか挨拶を返してるんだけど……
まき絵の「やっほー♪」と言う挨拶に対して誰もツッコんでいないのはスルーしたから? それとも、2-Aじゃ あれが普通なの?)
内心で反省しつつもナギは疑問に頭を抱える。極めてどうでもいいことなのでスルーするが。
「で、みんなして何しに来たの? もしかして……私の応援をしに来てくれたの?」
「実は、ナギのヤツがどうしても まき絵のキワドい衣装が見たいって言い出してさ」
「ええっ!? ナ、ナギ君のえっちー!! そう言う目でスポーツを見ちゃダメだよー!!」
「いや、違うから。風香がデマカセ言っただけだから。って言うか、その反応でいいの?」
ナギがどうでもいいことを考えている隙に、横から出て来た風香がとんでもないことを口走る。
だが、問題はそこではなく、それをアッサリ信じたうえに胸元を隠すだけの まき絵の反応かも知れない。
隠した胸元よりも露出度が激しい股間周辺の方がキワドい と思うのはナギだけではない筈だ。
まき絵の格好は練習用の衣装なので本番のヒラヒラしたような衣装ではないが、それでも結構キワドいのだ。
(まぁ、仮に下を隠したとしても、今度は胸の方が気になるから、結果的には変わらないかな?)
最近のナギは多感なようで、少しキワドいだけでも かなりドキドキしてしまうらしい。
もちろん、ナギにフィギュアをイヤらしい目で見るつもりはない。結果的にそうなっただけだ。
人形の方のフィギュアはイヤらしい目で見る自信はあるが、スポーツは純粋に観賞するのだ。
極めて説得力はないが、それでも信じてあげるべきだ。変態には変態としての矜持があるからだ。
「と、とにかく!! 練習の邪魔はしたくなから、トットと次の場所へ行こう?」
「え~~!? もう行っちゃうの? もうちょっといてくれてもいいじゃん」
「いや、でも、オレの視線が気になるんだよね? だから退散した方がいいでしょ?」
「大丈夫だよ。ナギ君が えっちなのは元々じゃん? 今更そんなの気にしないって」
気分を取り直して退散しようとしたナギを何故か まき絵は呼び止める。と言うか、地味に まき絵は辛辣だと思う。
ところで、練習は大丈夫なのか気になるが、ちょうど休憩時間なので邪魔ではないらしい。
だが、明らかに周囲のナギに対する視線が冷たいので、別の意味で邪魔に思われているのだろう。
「ですが、せっかくの休憩時間を邪魔することになりますから、やはりここは退散しますよ」
「ううん、邪魔じゃないよ? こうして みんなとオシャベリしている方が休憩になるんだよ?」
「そうですか? でも、他の方々の目障りになっていると思いますので、退散して置きます」
「そんなことないってばぁ。フィギュアは見せる競技だから、観客はカモンベイベーなんだよ?」
ナギがまき絵の辛辣な言葉に軽くショックを受けている隙に、今度はネギが横から踊り出て来る。
(まき絵、今時「カモンベイベー」は どうかと思うよ? まぁ、みんな例の如くスルーだったけど。
ところで、ネギとまき絵の間に火花が散っているような気がするんだけど……止めた方がいいのかな?
あ~~、でも、どうやって止めよう? って言うか、そもそも何で この二人って仲が悪いんだろ?)
困ったナギは横目で鳴滝姉妹の様子を窺ったのだが……史伽はアワアワしていて、風香は興味深そうに見ているだけだった。
(……うん。コイツ等、役に立たねぇ。いや、人のこと言えた義理じゃないけど。
でも、少しくらいは役に立ってくれても いいよねね? だって、原因の一端だよ?
だって、ネギとまき絵の仲が悪いのを知っていた筈なのに連れて来たんだもん)
微妙に論点が摩り替わっている気がするが、それだけ困っているのだろう。
と言うか、二人が知らなかったと仮定すれば、自ずとネギとまき絵の仲が悪くなった理由も察しが着くだろうに……
まぁ、それができないからこそナギはナギなのだろう。惜しいところまで想定するが、最後の最後で台無しになるのだ。
しかも、出した結論が「うん、よくわかんないから ここは放置しよう」だったので、残念としか言いようがないだろう。
……結局、ネギとまき絵の楽しい楽しい会話は まき絵の休憩が終わるまで続いたらしい。
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「と言う訳で、またまた やって来ちゃいましたー」
「麻帆良女子中等部専用屋内プール!!」
「ここでは主に水泳部のみんなが――」
「――青春の汗と涙を流しているのだよ!!」
はい、三回目です。三度、史伽と風香が「打ち合わせでもやっているのだろうか?」と疑いたくなる程に見事な連携で説明をしてくれた。
見事なコンビネーションにナギは脱帽だ。だから、ここら辺で帰るべきだろう。
何故なら、みんな水着だからだ。視線が冷たいを通り越して痛いレベルだ。
さすがのナギも「役得だ」とか「目の保養だ」とか喜べる状況ではないのだ。
「……ナギ君、どうして こにいるの?」
アキラの言いたいことはナギにもよくわかる。痛い程によくわかる。
つまり「早く この場から立ち去れ、この変態が!!」と言いたいのだろう。
だから、そんな冷たい目で見てはいけない。ナギの心がヘシ折れてしまう。
「いやぁ、ナギがどうしてもアキラのみz「さすがにそれは言わせねぇよ?!」……チェッ」
恐らく、風香は「アキラの水着が見たいって言い出してさ」とか言うつもりだったのだろう。流れ的に考えて。
それを察したナギは、某マイホームな お笑いトリオのツッコミ(大仁田氏にソックリ)の如くツッコんだ。
ナギとしては「最近、ツッコミもできるようになって来たようだね」と自画自賛したいが、今はそれどころではない。
「ってことで、邪魔したね?」
ナギは「これが答えだ」と言わんばかりに風香の首根っこを掴まえて猫持ちし、その場を去って行った。
つまり、風香が悪巧みをした結果だ と言いたかったのだろう(恐らく、理解できたのは2-Aのアキラだけだ)。
それ故に、鮮やかに退場したナギだが、そんなナギに突き刺さる視線の多くは死線と言うレベルのままだった。
(あっれ~~? おかしいなぁ? オレ、被害者の筈なのになぁ?)
きっと密かにアキラを視姦したのが問題だったのだろう、とアレな納得をするナギ。
答えは「説明不足だから」だったのだが、ナギはそう納得したようだ。相変わらず残念である。
(でも、あの場合は仕方がないって。だって、アキラの水着姿が想定以上に凄かったんだもん。
しかも、競泳水着だからか、強調される部分がより強調されてて かなりドキドキしたんだよねぇ。
いやぁ、前から「いいカラダしてるなぁ」とは思ってはいたんだけど、まさかここまでとは……)
水着になったところを見ると、服を着ている時 以上に肉体美を感じてしまい ついつい見てしまったらしい。
(もうね、ついつい「あっ、おっきしちゃった」とか言う危険なネタをかましたくなるくらい、刺激的だったね。
あ、だからって、別に風香のせいにして「女子中学生の水着姿を拝みたい放題だ!!」って下心はなかったよ?
だから、予想以上にアウェイで「下心を出さずに最初から離脱して置けばよかったなぁ」とも思ってないからね?)
まったく説得力はないが、それでも無罪を主張するらしい。あきらかに有罪だが……まぁ、主張するだけなら自由だ。
ところで、ナギの名誉のために敢えて言って置くが……プールを出た後、風香がチア部の方に行こうとしたので、
さすがのナギも「すみません、オレもう帰っていいですか?」と泣きながら行くのをやめるように懇願したらしい。
チラリズムを見たいとも思ったようだが、チアの衣装は見られることが前提なので微妙に萌えが足りないとか何とか。
好意的な解釈をすると、チア部のコ達とは面識がほとんどないので遠慮したのだろう(まぁ、面識があっても遠慮しろ と言いたいが)。
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Part.04:一時の休息を取ってみた
と言う訳で、ナギ達は今オサレなカフェで休んでいる。
言うまでもないだろうが、何がどう『と言う訳』なのか は深く考えてはいけない。鮮やかにスルーするのが大人の嗜みだ。
と言うか、ナギ自身も何故こんな事態になっているのか わかっていない。気が付いたら そうなっていたらしい。
まぁ、敢えて語るとしたら、食堂棟の前を歩いていたら史伽が「そろそろ おやつにしたいですねー」と言い出したことくらいだ。
ちなみに、ナギは「一刻も早く帰って寝たい」と思っていたが、チビっ娘達に期待の眼で見られたので拒否できなかったらしい。
「あ~~♪ このマンゴープリン ココパルフェおいしー♪」
「そうですねー♪ さすがは今月の新作ですねー♪」
「数量限定なのが玉に瑕ですが、逆に心憎いですよね♪」
しかし、こうして幸せそうにスイーツをパクついている姿(見た目だけなら まるで天使)を見られたので拒否しなくて正解だっただろう。
(特に、風香なんて いつもは小生意気なだけなのに今はちょっと可愛く見えるし。もちろん、幼女的な意味で。
それに、史伽も「幸せですー」って顔が堪らないね。ついつい お持ち帰りしたくなっちゃうから注意が必要だよ。
ついでに、ネギも歳相応に見えると言うか「心憎い」と言う言葉をナチュラルに使っているのが不思議だねぇ)
途中から妙な方向に話が進んでいるが、つまり それくらいスイーツをパクついてる三人は可愛らしかった と言うことだ。
(……ふぅ。この光景を見ていると、これまでの悪戯を許してあげてもいいかなぁって思えちゃうから不思議だねぇ。
あ、いや、さすがに無条件で許すつもりはないけどね? 史伽は許容範囲内だけど、風香の方は洒落にならないから。
特にさっきは危うく「女子中等部に降臨した変態野郎」にされるところだったからね。風香には注意が必要だよ、うん)
ちなみに、注意と言っても説教をする訳ではない。言動を注意深くチェックする と言う意味だ(説教する度胸などナギにはない)。
「ん? どーした、ナギ? キモいから あんまりこっち見んなよ?」
「あ、いや、その小っこい身体によく入るなぁって思ってね?」
「……へぇ? つまり、ナギは暗に食べたいって言ってるんだな?」
風香の問い掛けに対し、考え事に没頭していたナギは軽く傷付きながらも咄嗟に「思い付いたこと」を そのまま告げてしまう。
その結果、誰もが心の中に持っているとされる「触れてはいけないサンクチュアリ」に思いっ切り触れてしまったようだ。
なので、風香が満面の笑み(だが、妙な凄味のある笑顔)を浮かべるのは必然だろう。風香に『小さい』は禁句なのだ。
そして、それ故に「ほれ、あ~~ん♪」とパフェを掬ったスプーンを風香がナギの口の前に差し出したのも必然なのだろう。
「あの……風香さん? 先程の失言は心の底から お詫び致しますので、ちょっと落ち着きませんか?」
ナギは深々と頭を下げて風香に尋ねる。だが、風香は「さっさと食え」と言わんばかりにナギを威圧するだけだ。
先程 風香には注意しようと決めたばかりなのに、速攻で進退 窮まるような事態になっていることに脱帽である。
さすがはナギだ と言うべきか、やはりこうなったか と言うべきか、はたまた だからこそナギなんだ と言うべきか。
(あっれ~~? 何で こんなことになってんの? 確かに失言だったけどさ、それでも この仕打ちはヒドくない?)
風香は歴とした14歳、ナギと同い年の少女だ。だが、どこからどう見ても幼女にしか見えないのが現実だ。
そのため、傍から見ると「ナギが幼女に『ア~~ン♪』してもらっている」ようにしか見えないのである。
ナギの被害妄想でなければ、周囲のナギを見る視線は「あの変態、早く死なないかな」と言ってるも同然だ。
最早 先程の水泳部の比ではない。メンタル弱めのナギでは、こんな四面楚歌な状況には耐えられない。
(ボ、ボスケテ……)
追い詰められたナギは、藁にも縋る思いで史伽とネギに視線だけで助けを求める。
しかし、史伽は顔を赤くして興味深々に見ており、ネギは負のオーラを纏っているだけだ。
ナギが「やっぱりコイツ等 役に立たねぇ」とか思ったのは言うまでもないだろう。
そして、そんなナギのことなど お構いなしに状況は進んでいくことも言うまでもないだろう。
「ほれほれ、どうした? サッサと食えよ? (訳:よくも小っこいとか言ったな!!)」
「い、いや、オレは腹いっぱいだからいいよ (訳:すみません、勘弁してください)」
「まぁ、そう言わずに。遠慮せずに食えって (訳:ええい、つべこべ言わずに食え)」
「いや、ホント、お腹いっぱい過ぎるんで!! (訳:本っ当にすみませんでしたー!!)」
「いやいや、甘いものは別腹って言うだろ? (訳:その程度じゃ許さん。恥辱を味わえ)」
「それは甘いものが好物な人に限る話だって (訳:うぅ、オレのライフはもうゼロです)」
ナギと風香の仁義なき戦いは、業を煮やした風香が「いい加減にしないと、泣くぞ?」と脅すことで決着したらしい。
もちろん、脅しに屈したナギが差し出されたスプーンを口に含んだ、と言う決着だ。
まぁ、その結果、周囲の殺気は更に深刻化したのは……最早 言うまでもないだろう。
ナギ曰く「視線だけで殺されるかと思った」レベルのプレッシャーだったらしい。
と言うか、ネギに至っては『闇の魔法』を発動しそうなくらいに真っ黒なオーラを纏っていたとかいなかったとか。
(おっかしいなぁ? 何で死亡フラグに直結しそうなイベントが こんなにあるんだろ?
って言うか、オレは休日を穏やかに過ごしたかっただけなのに、何でこうなるんだろ?
ちょっとはマズい言動があったことは認めるけど……そんなにオレが悪いのかなぁ?)
多少の心当たりはあるものの根本的な部分の過ち(己が『残念』なこと)に気付いていないナギは頭を抱え続けるのだった。
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さて、これは完全な余談だが、死線とも言える視線の嵐に晒されたナギにとってトドメとなる出来事が起きていた。
と言うのも、打ちひしがれたナギが何気なく窓辺の方を見てみたら、何とココネ(ついでに美空も)と窓越しに視線が合ったのである。
恐らくは偶然に通り掛かった際にナギを発見しただけなのだろう。二人は「信じられないものを見た」と言った表情をしていた。
しかし、美空は直ぐに立ち直ると、ゴミを見るような目で「死ね、このロリコン」と口パクで伝えると、ココネを連れて去って行った。
まぁ、ココネの方は悲しそうな表情を浮かべて「私はナギを信じているヨ」と言っていたような気がするので、ナギは一命を取り留めたが。
と言うか、ココネにまで蔑まれていたらナギの精神は崩れ去っていたので、ナギが『そう』思い込もうとしただけかも知れないが。
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Part.05:世界樹に登ってみた
と言う訳で、ナギ達は今 世界樹の上にいる(正確には世界樹の枝の上だが)。
簡単に経緯を話すと、あの後ナギは茫然自失としながらも会計を済ませ(もちろんナギの奢りだ)、
風香から「スイーツの礼にいいところに連れて行ってやる」とか言われて世界樹に連れて来られた。
ちなみに、幹の外周には簡易な螺旋階段が設置されており、頂上近くの枝まで登れるようになっている。
風香の話だと、無理して登ろうとするバカが多いので学園側が登山道ならぬ「登樹道」を作ったそうだ。
まぁ、それでも年に三人は階段を使わずに登ろうとする猛者がいるらしいが(カンフー少女とか忍ばないニンジャとかだ)。
「この樹は学園が建てられる前から ずっとあったらしいですよー」
「えっと、確か『世界樹』って呼ばれているんですよね?」
「ああ。本当は『蟠桃(ばんとう)』って名前らしいけどな」
ナギが現実逃避気味に景色を堪能していると、チビっ娘達が世界樹について盛り上がっているのが耳に入って来た。
そう言えば、そんな感じだったなぁ とか思いつつ、双子の知識が意外と豊富なことに軽く驚くナギ。
だが、よくよく考えてみれば そう不思議でもない(今日の麻帆良案内での程好い説明がいい例だ)。
特に風香は「強気っ娘でボクっ娘でチビっ娘」なので某甲殻類のイメージ(つまり、バカ)が強かったが、
そう言ったイメージは捨てた方がいいだろう。思い込みで人を判断していると足を掬われ兼ねないのだから。
ちなみに、先程の会話は上から史伽・ネギ・風香の発言である。風香は微妙に男言葉が混ざり、史伽は語尾が「ですます」で延びるのが特徴なのだ。
(って言うか、のどかも語尾が「ですます」で延びるから、史伽との書き分けが大変そうだなぁ。
あ、でも、よくよく考えてみると、史伽って言うか双子はレギュラー枠じゃないから大丈夫かな?
まぁ、のどかの出番が少ないから のどかもレギュラーか どうか怪しい事態になっているけど)
どうでもいいが、さりげなくメタ発言(今回は思考だが)をするのはやめてもらいたいものだ。
「あ、あと、この樹には伝説があるんですよー」
「伝説、ですか? 怪鳥が住んでるとかですか?」
「いや、それ系じゃなくて、よくある系のヤツだよ」
それなんてグリンカムビ? とか心の中だけでツッコんで口には出さないナギは空気を読んだようだ。
(そう言えば、某ときめきな思い出に出て来る『伝説の木』みたいな伝説があったなぁ。
確か、告った時に世界樹が光ると ずっと両想いで居られるとか……だったかな?
学園祭の大発光を思うと微妙にバカにできない噂だから、噂もバカにできないよねぇ)
噂の多くは根も葉もない役立たずの情報だが、中には有用なものもある。まるで、誰かが意図的に流した気がするくらいに。
「簡単に言うと、片思いの人に ここで告白すると想いが叶うって言う――」
「――ちょっとロマンチックな伝説なんだぜ♪ 私達も いつか……な?」
「はい。いつか、そんなロマンチックな状況に浸ってみたいですねー」
ナギの知っている内容とは些か異なるが、似たようなものなので伝わり方が違っただけだろう。
「そーだ!! 予行演習として、今ここでナギに告ってみるってのはどーだ?」
「いーですね、それ♪ きっと世界樹が祝福してくれる筈ですよー♪」
「むしろ、世界樹の不思議パワーで くっ付けてもらえるかも知れねーぜ?」
それは不味い。今は突然のことで驚いているネギだが、落ち着けば妙なオーラを纏うに決まってるので、ナギとしては本当に勘弁してもらいたい。
「ってことで、イくんだ、ネギ!!」
「頑張るですよー、ネギちゃん」
「えぅ?! お二人じゃないんですか!?」
しかし、ナギの予想は大きく外れており、実行するのはネギらしい。その証拠に双子はナギをガシッとホールドして、ネギに差し出す。
「ほれ、ブチュッとかまして――」
「――既成事実を作るですよー」
「キ、 キスするんですかぁああ?!」
「やっぱ、伝説はマユツバだからな」
「ええ。既成事実の方が大事ですよー」
想定外な急展開に茫然自失としていたナギは流されるままだったが、事ここに至って漸く意識が復活して来た。
(いやいやいや、ちょっと待とうよ?! オレの意思は どこに行ったの!? オレ、一言も許可してないよね!?
って言うか、既成事実って身も蓋もないから!! それに、そもそも今時キス程度じゃ既成事実にならないから!!
でも、だからと言って幼女とXXXなことしたらタイーホされちゃうので、XXXな展開になるのも困るんだけどね!!
って、そうじゃなくて!! ネギも「わ、わかりました!!」とか、照れながらもヤル気になっちゃダメぇええ!!
さっきはキス程度とか言ったけど、キスを笑うものキスに泣くって言うか、とにかくキスはキスで不味いってぇええ!!)
だが、あまりにもテンパり過ぎて口が思考に追い付かない。つまり、言葉にならない拒否しかできなかったのだ。
それは、言い換えるならば『無言の拒否』なのだが……悲しいことに人間とは擦れ違ってしまう生き物なのである。
そう、ナギとしては拒否しているつもりでも、ネギも双子も『無言の肯定』として受け取ってしまったようだ。
まぁ、双子は面白そうなので敢えて肯定と受け取った節はあるが(ちなみに、ネギは素で肯定だ と受け取ったに違いない)。
「ナ、ナギさん……ふ、不束者ですが、末永く よろしくお願いします!!」
(いや、それは かなり間違ってるよ? って言うか、そう言うネタは どこで仕入れて来るんだろ?
……さっきのメイド服の件から鑑みるに、木乃香っぽいなぁ。やっぱり、学園長の孫なんだねぇ。
ハハハ……まったく、オチャメさんだなぁ――って、乾いた笑いを浮かべている場合じゃないね。
このままだと非常にヤバいから、ここはオレの得意スキルである『口八丁』で逃れるべきだね、うん)
テンパり過ぎて逆に落ち着いたナギは「ま、まぁ、ちょっと落ち着こうよ、ネギ」と切り出そうとした瞬間に「ちゅっ」と阻害された。
もちろん、キスの効果音だ。つまり、ナギの言葉はネギの唇に遮られた と言うことだ。
しかし、安心して欲しい。キスの箇所は唇ではなく鼻だったので、ギリギリセーフだ。
まぁ、幼女にキスされたこと自体がアウトな気はするが、ギリギリでセーフに違いない。
「で、では、失礼します!!」
ネギは顔中を真っ赤に染めて脱兎の如く離脱して行った。が、セーフと言ったらセーフだ。
と言うか、セーフと言うことにして置かないと、ナギの心がヘシ折れてしまうのだ。
それに、アウトの場合は下手するとアグネス氏や石原氏に有害認定されてしまい兼ねない。
だから、敢えて言って置こう。ネギはナギに父親を投射しているだけだ、と。
「ま、まさか、本当にやるとはな。いやぁ、なかなかやるな、ネギのヤツ」
「ええ、そうですねー。って言うか、ネギちゃん、本気だったんですねー」
「…………あのさー、どう考えても今のはオフザケが過ぎるんじゃない?」
「あ~~、マジ ゴメン。ネギがそこまで熱を上げているとは想定外だったぜ」
「本当に ごめんなさい。ナギ君には甘えているだけだと思ってたんですよー」
いや、だから、ネギはナギに父親を重ねているだけなんだってば。だから、ネギは本気じゃないんだってば。
「あ~~、と、とにかく!! さっきのはボク達が悪かったよ」
「それで、その……く、口直しって言う訳ではないんですけど」
「ネギだけじゃなくボク達もヤれば、誤魔化しになるだろ?」
「つまり、恋愛的な意味じゃなくて親愛の表れだったってことです」
「いや、全然 意味がわからないんだけど? 親愛の表れって何さ?」
言い換えると「さっきのキスは親愛の表れだったので、ネギは本気ではない」と言う寸法だ。
だが、ネギのキスでショックを受けていたナギは、頭がうまく働いていないため理解できていない。
普段は残念ながらも それなりに惜しいのだが、今回は惜しくもない。つまり、それだけ重症なのだ。
ところで、ナギがショックを受けたのはネギが嫌いだからではない。厄介事に巻き込まれそうだからだ。
「「せーの……」」
双子の言葉に頭を抱えていたナギは隙だらけだった。もちろん、その隙を見逃す双子ではない。
つまり、双子は容赦なく「ちゅちゅっ♪」とナギの両頬(片頬ずつ)にキスをしたのである。
もちろん、みんなでナギにキスすることで「一連のキスは親愛の表れだった」ことにするためだ。
誰への言い訳なのかはわからない。だが、そうして置かないと不味い気がしたらしい(きっと、世界樹への言い訳なのだろう)。
ところで、これは余談となるが……さすがの双子もキスには照れたようで、キスの後は僅かに頬を染めていた。
そして「ナギのことは嫌いじゃないぜ?」とか「でも、好きって訳でもないですよー」とか言っていたらしい。
きっと、二人なりの照れ隠しなのだろう。決してツンデレなリアクションではない筈だ。いや、そうに違いない。
そう、妙なフラグが立った訳がないのだ。少なくとも、ナギはそう信じている。
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Part.06:無駄な足掻きをしてみた
と言う訳で、麻帆良学園一周旅行(?)は無事(?)に終わりを告げ、自室に戻ったナギは束の間の安息を得ていた。
どうでもいいが、今回『と言う訳で』と言う導入を使い過ぎではないだろうか?
まぁ、統一感を出すために敢えて揃えたのだが……少しばかり鬱陶しい気がする。
繰り返すことには一定の効果があるが、度が過ぎると しつこくなってしまうようだ。
(それはともかくとして、今日はやたらと長い一日だったなぁ)
早朝の掃除ボランティアに始まり、昼のプチパーティーを経て、夕方までのチビっ娘達のお守。
言葉にしただけでもイベントがドッサリの一日だった。ある意味では充実した休日だったが、
ナギの予定では一日中ゴロゴロして心身ともにリフレッシュする筈だったので予定とは真逆だ。
(あれ? おっかしいなぁ。今日は数少ない安息日の筈なのになぁ)
心身を休めるどころか精神的にダメージを負ったことにナギが首を傾げいると、
デデデデッデデ~~♪
と言う某未来道具を髣髴とさせる軽快な着信音がナギの部屋に響いた。
(……これまでの傾向から察するに、このタイミングで来るメールは亜子からの世間話だろうな)
などと割と失礼なことを考えながらナギがメールをチェックしてみると、そのメールは
『なぎやん、ネギちゃんと何かあったん? 帰って来てから、ずっと心ここに在らずやよ?』
と言うmネギを心配した木乃香からのメールだったので、ナギは心の中で亜子に謝罪したらしい。
(うん、まぁ、とりあえず、誤魔化してみよう)
さすがに事実(双子の悪巧みでネギにキスされた)を ありのままに告げる勇気などナギにはないため、
無難に「さぁ? オレは何も知らないよ?」と言った内容のメールを送り返したのだが……
当然ながら木乃香は誤魔化されてくれなかった。と言うか、ナギの予想以上に木乃香は上手だった。
『でも、時々 唇に指を当てて「ナギさん……」とか呟いてるんやで? 10才児に何をしたんかな? ちょっと「お話」せえへん?』
メールと言う無機質な媒体からでも充分に伝わって来る威圧感にナギが白旗を上げたのは言うまでもないだろう。
目の前に木乃香がいたらジャンピング土下座をかましていたに違いない。いや、むしろ、靴の裏を舐める勢いだ。
何だかナギの御褒美になりそうな気がするが、とにかく、ナギは木乃香の発する威圧感に速攻で屈したのだった。
それからのナギは素直だった。速攻で木乃香に電話して「双子の悪巧みでネギが暴走したんだ」と言った事情を説明したのだ。
『……そか。いやぁ、なぎやんがネギちゃんに劣情を催したのかと心配したでー』
「それはちょっとヒドいんじゃない? いくらオレでも最低限の節度はあるよ?」
『でも、昼間のメイドなファッションショーにはヤられたやろ? 充分にアウトや』
「た、確かにアレには精神がヤられたけど、それでもオレは一線を越えてないよ?」
『せやけど、それは「まだ超えてない」だけで、いつ超えてもおかしないもんやろ?』
どうやら木乃香は事情を理解してくれたようだが……微妙にナギの評価が酷いことになっている。ナギは泣いてもいい筈だ。
『まぁ、それはそうと、一つ謝らなあかんことがあるんやけど』
「ん? どうしたの? 微妙にヒドい誤解をしていたこと とか?」
『ん~~、まぁ、それもあるんやけど、それとは別件なんや』
「じゃあ、何の件? 他に謝られる心当たりなんてないんだけど?」
『じ、実は……さっきの通話内容、いいんちょも聞いてたんや』
「へ~~、いいんちょがねぇ――って、いいんちょって2-Aの?」
『……そうや。直情傾向のある、ちょっと困った いいんちょや』
それ なんて死亡フラグ? それがナギの率直な気持ちだったのは言うまでもないだろう。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何で いいんちょがそこにいるのさ?
確か いいんちょって春休みは実家に帰ってるんだったよね?
オレの記憶が確かなら、ネギがそう言ってた気がするんだけど?」
外部スピーカーにすれば通話内容が周囲に筒抜けになるので、木乃香以外が聞けるのはわかる。
だが、その場にいない筈の あやか(いいんちょ)が通話内容を聞けるのはおかしい。理屈に合わない。
まさか、盗聴でもしていたのだろうか? などと失礼なことを考えたナギだが、ふと あることを思い出した。
それは「ネギの誕生日パーティーを いいんちょ主催でやるとか言ってた気がするなぁ」と言うことである。
そして、それは続けられた木乃香の言葉によって補足されつつ肯定される。
『前に話したやろ? 今夜は いいんちょ主催でネギちゃんの誕生日パーティーやるて。せやから、いいんちょは寮に戻ってたんよ。
で、主賓であるネギちゃんが元気ないんで いいんちょが いろいろと心配してな? それで、ウチが なぎやんに聞いてみたっちゅう訳や。
つまり、送信メールも受信メールも見られとったし、なぎやんから電話が掛かって来た瞬間に外部スピーカーに切り替えられてたんや』
木乃香の言葉を聞き終えたナギは「……OK、OK。全然ダメだけど、とりあえずOKだ」と自分を落ち着かせることに躍起になる。
(とりあえず、いいんちょが「私のネギたんに不埒なことしたカスを殺す!!」とかブチキレていると見て間違いないだろう。
と言うことは、勢い余って ここに急襲して来る可能性が非常に濃厚であるため可及的速やかに撤退が必要ってことだね。
つまり、逃げるべきだ。逃げないと、座して死を待つことになる。むしろ、逃げることしかオレにはできないじゃないか!!)
そう結論付けたナギは「知らせてくれて ありがとう」と前置きした後、決意(と言うか結論)を表明する。
「オレはちょっと旅に出るから、探さないで欲しい」
『あ~~、そか。でも、もう手遅れやと思うで』
「へ? 手遅れ? 何が手遅れなの? オレの人生?」
確かにナギの人生は手遅れな気がしないでもないが、そうではない。
木乃香の言葉に首を捻るナギが「いや、そんな場合じゃないな」と気を取り直した直後、
ガッシャァアアン!!
と言う壊滅的な音を立てて、ナギの部屋のベランダ側の窓ガラスが粉砕された。
「那岐さん!! 神妙になさい!!」
そして、窓だった場所(現在は瓦礫)から現れた人影は、拳を握り締めて仁王立ちする夜叉――ではなくて あやかだった。
ところで、女子寮と男子寮は1駅分は離れているのだが……別に あやかが(ギャグ補正で)物理法則を捻じ曲げた訳ではない。
窓の外には高級車(恐らくリムジン)が停まっており、その中には申し訳なさそうに頭を下げている木乃香が確認できたので、
あやかは(通話の途中か通話前から、原因がナギにあると判断して)車で駆け付けながら木乃香に電話をさせていたのであろう。
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Part.07:本当に痛かったのは
「だいたい、那岐さんには節操と言うものがありません!!」
と言う訳で、ナギは午前の焼き直しのように金髪美少女から説教を受けている。
身体は中二だが精神は20歳を超えているので、実に情けない。むしろ、恥ずかしい。
だが、美少女に説教されることに少し興奮を覚えていることの方が恥ずかしいだろう。
(どうでもいいけど、何で いいんちょはオレを『那岐さん』って呼ぶんだろ?)
終業式の打ち上げの際(8話参照)、ナギは自己紹介で「あまり苗字は好きじゃない」と言ったので、名前で読んでくれているのだろうか?
しかし、ナギ的に あやかは親交の薄い男を名前で呼ぶようなキャラではない(『神蔵堂さん』と呼ばれる筈だ)ので、どうしても違和感が残る。
とは言え、今は そんなことを気にしている場合ではない。何故なら、説教を真面目に聞いていないのが説教主にバレると より説教が長引くからだ。
「……那岐さん? 私(わたくし)の話、聞いていますの?」
だが、時 既に遅し。ナギが真面目に聞いている振りに戻る前に あやかが気付いてしまったようだ。
しかし、ここで素直に「ごめん、聞いてなかった」などと言う訳がない。そこまでナギは愚かではないのだ。
ここは誤魔化すべきだろう。と言うか、あやか がマジで怖いので 何としてでも誤魔化すしかない。
「それはともかく……そもそも誤解があると思うので、まずは その誤解を解きたいんだけど?」
ナギは殊更に真面目な顔を作って「そもそもオレは無実なんだけど?」と無言で訴える。
いつものナギを知っている者には説得力がないだろうが、面識の薄い相手なら騙せるだろう。
普段の言動がアレなナギだが、シリアスモードの時は割りと まともな言動をするのである。
「…………誤解とは何ですの?」
あやかは明らかな話題転換に「そんな あからさま過ぎる手では、誤魔化されませんわよ?」とは思うが、
ナギの言葉が気になるのも確かであるため説教の件が誤魔化されるのを承知で、敢えてナギの話題に乗る。
もちろん、ナギもそれはわかっている。ここで失敗すれば、説教がより厳しくなることもわかっているのだ。
「オレがネギに特殊な興味も持っているってことが誤解なんだよ。もちろん、妹的な意味での好意は持っているけどね」
それ故に、ナギは角の立たない表現で「ネギに恋愛的・性的な興味などない」と言うことをキッパリと断言する。
敢えて誤魔化された相手に下手な小細工は不要だ。むしろ、下手な小細工は逆手に取られて自分の首を絞め兼ねない。
有効な手立ては真実を突き付けることだけだ。真実で誤解を解くことだけが、ナギに許された有効な手立てなのだ。
ちなみに、ナギが角の立たない表現を取ったのは、ネギも車に乗っており木乃香と共に部屋の片隅でナギ達の会話を聞いていたからだ。
「そうですか……仰りたいことは わかりましたわ」
「そっか、わかってくれたか。なら、話は終わりだよね?」
「いいえ。キスをなされたこと自体は変わりませんわ」
一時は無罪放免になりそうになったが、根本的な部分がアウトであったため、どうやら判定は覆らないようだ。
「まぁ、確かに、それは変えようがない事実だね。その点については認めるよ。
でもさ……そもそもの問題として、いいんちょさんには関係ないんじゃない?
だって、これはオレとネギの問題だよ? いいんちょさんは無関係でしょ?」
事実は変えようがないため、ナギは「それを言われると身も蓋もなくなる」と言う爆弾を投下する。
ちなみに、ナギの狙いは「あやかを激昂させることで、話題を逸らす」ことである。
怒った相手は誘導し易いため、あまり良い手ではないが「それなりに使える手」だろう。
まぁ、下手すると相手に飲み込まれてしまう可能性もあるので、諸刃の剣ではあるが。
「……那岐さん? それ、本気で仰っておりますの?」
さすがは爆弾、凄い威力だ。と言うか、あやかの表情が怖過ぎる。別に眉根を吊り上げている訳でも、青筋を立てている訳でもはない。
むしろ、逆だ。無表情なのだ。無表情なのだが、それ故に怖いのである。まだ、表情で憤怒を表現してくれた方がマシだっただろう。
表情では表せない程の憤怒だからこそ無表情になってしまった……そう言った解釈ができる『無表情』なのだ。恐怖そのものと言っていい。
「うん、本気で言っている」
思わず「ごめん、嘘」と言いたくなる衝動を必死に抑えて、ナギは肯定の意を示した。
――その瞬間だった。ドボォッ!! と言う快音とともにナギの腹部に強烈な衝撃が走ったのは。
「いってぇええええ!!」
(え? ちょっ、今、オレ、何されたの? 何で こんなにポンポ痛いの? それに、何で いいんちょの右腕がオレの腹部に伸びてるの?
もしかして、さっきのって正拳突きだったの? でも、おかしいでしょ? 無警戒だったとは言え、衝撃が来るまで気付かなかったんだよ?
飛んで来る矢すら視認して反応できるオレが攻撃行動の一部始終を知覚さえできなかったんだよ? どんだけ速い正拳突きだったのさ?
つまり、それだけ怒ってるってことなんだろうけど……ちょっと怒り過ぎじゃない? さっきのは下手したら内臓が破裂してるレベルだよ?)
「って、いきなり何すr――ヘボォ!!」
(グフッ!! こ、今度は左の掌底?! しかも、顎先!? 普通に舌噛むって!!
って言うか、実際ちょっと噛んじゃったし!! 物凄く痛いんだけど!?)
「――ッ!! いい加減にしろ!!」
あまりにも理不尽な連続攻撃(少なくともナギにとっては理不尽だ)に、さすがのナギもキレたようだ。
戦闘態勢に入ったナギは抜手を放とうとしていた あやかの右手を左手で掴むと同時に軽く捻り上げる。
そして、拘束を外すために あやかが左手で手刀を打とうとしているのに気付くと今度は右手で掴み上げる。
そのため、一瞬だけ あやかの動きが止まるが……さすがは柔術家と言うべきか、あやかは両腕が塞がれただけでは戦意を失っていない。
あやかは全身のバネを利用して立ち上がると、拘束していたナギの腕ごと自分の腕を振り上げる。
そして、軽く浮き足立ったナギの足を払い、バランスを崩して力が緩んだ一瞬の隙に腕の拘束を解き、
そのまま流れるような動作で体勢を崩されたナギの腹部に体重と勢いを乗せた重い肘鉄を突き刺す。
ちなみに、二人は共に正座して膝を突き合わせていたので、正座に慣れてないナギは微妙に足が痺れていた。
まぁ、だからと言って それだけの理由でナギは無様に転ばされた訳ではないが。
ナギは あやかの無理のある動きに虚を突かれたので反応できなかったのである。
そのため、転ばされたのは必然であり、転ばされた後に無防備になるのも必然だった。
(……だけど、転ばされた後に肘鉄を狙っていることは読めている。つまり、対策済みなんだよねぇ)
読めていたのでノーガードとは言え腹筋に力を込めるくらいの反応はできていた。
その御蔭で あやかの渾身の一撃は「少し痛い」くらいで済んだのである。
最初の――力の抜けていた時に喰らった正拳突きと比べるべくもない被害だ。
(うん。どうやら、今度は いいんちょの方が想定外だったようだね)
ナギの腹筋が想定以上に硬かったようで、あやかは「くっ!!」と言う呻き声を上げて後退さる。
つまり、隙を作ってしまったのだ。当然ながら、その隙を見逃すほど戦闘モードのナギは甘くない。
間髪入れずに身体を入れ替えたナギは あやかを組み敷く形を取りつつ左手一本で あやかの両手を拘束する。
いくら柔術家である あやかでも、マウントポジションを取られたうえ両手を塞がれては抵抗できまい。
体格差から言ってナギを跳ね除けることは不可能だし、体勢的に膝や足をナギに当てることも不可能だ。
(さて、これで いいんちょは抵抗できない訳だが……ここから どうすればいいんだろ?)
苛烈な攻撃についつい応戦してしまったが、冷静に考えてみると今の状況はあまりよろしくない。むしろ、かなりヤバい。
格闘技的に見ればマウントポジションでしかないが、見る人によってはナギが あやかを押し倒しているようにしか見えないからだ。
いくらキレていたとは言え少し遣り過ぎだ。と言うか、そもそも女のコに暴力を振るうなんてナギにはあってはならないことだ。
たとえ どれだけ攻撃されようとも相手が女子供なら笑って許してやる、それがナギの筈だ。いや、そうでなければいけないのだ。
何故なら、ナギは『もう二度と女子供を傷付けない』と約束をしたのだから。そうでなくては、ナギはナギ足り得ないのだから。
(あ、あれ? でも、オレは『誰』と約束したんだっけ? とても大切な相手だった気がするんだけど……何故か思い出せないぞ?)
ナギが思い出そうとしても、頭に霞がかかっているようで記憶がうまく拾い出せない。
それに、その辺りのことを思い出そうとすると激しい頭痛が襲って来るので、
少なくとも今は思い出すべき時ではないのだろう。恐らく、時が来れば自然に思い出す筈だ。
「関係なくなんか、ありませんわよ……」
呆然としていたナギの耳に あやかの声が響く。そう言えば、記憶を気にしている場合ではなかった。
ナギは慌てて あやかの上から退く……が、その時にナギの視界に映った光景は とても衝撃的だった。
何故なら、ナギの見間違いでなければ あやかの瞳には光るものが――涙が溜まっていた気がしたからだ。
原因は不明だが、どうやら あやかを深く傷付けてしまったようだ。それを理解したナギは深く心を痛めた。
「……帰りますわ」
あやかは緩慢な動作で立ち上がるとナギに背を向け、平坦な声音で帰宅の意志を告げる。
今までの激しい空気とのギャップもあって、あやかの所作からは薄ら寒いものが漂って来る。
だからだろうか? ナギは何も言えなかった。発していい言葉が見付からなかったのだ。
それは、ネギや木乃香も同様らしく、二人は無言で あやかとナギの様子を見ているだけだった。
「それでは、失礼致します……」
あやかは背を向けたまま部屋の扉まで進み、背を向けたまま簡単な別れだけ告げて部屋を後にする。
それは泣き顔を見られたくなかったのか? それとも、顔を見ることすらしたくなかったのか?
決して振り返ることのない姿勢が、ナギには『絶対の拒絶』を示しているように感じたのだった。
……………………………………
………………………………………………
…………………………………………………………
「さっきの、なぎやんは悪ないで? 有無を言わさず攻撃した いいんちょが悪いんやから」
しばらくは沈黙が部屋を支配していたが、木乃香がポツリと その沈黙を破った。
それは、ナギを許す言葉。だからこそ、ナギがもらってはいけない言葉だ。
何故なら、ナギは誰よりも自身を許せないからだ。許されてはならないのだ。
「いや、迎撃したオレが悪いよ」
迎撃以外の選択肢もあったのに安直に迎撃してしまったのだからナギが悪い。
それに、女のコを組み伏せたうえに攻撃をしそうになったのだから極悪過ぎる。
そう、ナギが悪いのだから許される訳がない。いや、許してはならないのだ。
「ちゃう、攻撃した件については どう考えても攻撃した いいんちょが悪いえ。それだけは譲れへんよ?」
しかし、頑として木乃香は譲らない。毅然とした態度で、断固たる意思で、ナギを許し続ける。
ナギの言葉を否定し続ける様は、見様によっては頑固だが……それは優しさの表れでもある。
少なくとも今のナギは その頑固さに救われた。自身を許すことはできないが、心は軽くなった。
「だって、いいんちょを怒らせてしもうた なぎやんが完膚なきまでに悪いんやから、迎撃したことは気にすることないで?」
……あれ? 救われてない? 何かトドメを刺された気分である。だが、それが木乃香の狙いなのかも知れない。
確かに、上げてから下げられたことでナギは心に少なくないダメージを負った。しかし、同時に脱力したのも確かだ。
張り詰めた空気は弛緩し、ナギの心は(抉られはしたが)軽くなった。結果的に、ナギは落ち込むのをやめていた。
「そう、だね……」
それを理解したナギは、内心で木乃香に感謝しつつ、己の非を認めるだけに止める。
何故なら、改まって感謝を言葉にするのが恥ずかしいからだ。つまり、照れているのだ。
普段は恥も外聞もないようなナギだが、シリアスな場面では照れてしまうのである。
さて、それはともかくとして……気持ちが落ち着いたところで、あやか を傷付けてしまった件を考察して置くべきだろう。
ナギは あやかが怒るだろうことは想定していたが、あやかを傷付けることになろうとは想定していなかった。
当然ながら、単に攻防を制されたことが悔しくて泣いていた、と言う可能性は考えていない。そこまでナギは残念ではない。
恐らくは、押さえ込んだ時に発した関係云々の言葉から察するに、ナギが「関係ない」と言ったことが原因だろう。
だが、原因がわかっても過程はわからないままだ。何故「関係ない」と言う言葉が あやかを傷付けたのか、ナギにはわからないのだ。
(オレには心当たりはない。『オレ』が いいんちょと接触したのは、終業式の打ち上げと今日で二回目だけだからね。
と言うことは、いいんちょは『オレ』ではないオレ――つまり、那岐と交流があった、と見るべきだろう。
まぁ、それがどんな交流だったのかはわからないけど、とにかく、フォローはして置かないといけないよなぁ)
「なぎやん? 考えてるとこ悪いんやけど……できたら、女子寮まで送ってくれへんかな?」
ナギが あやかのことでブツクサ考えていると、木乃香が苦笑しながら声を掛けて来た。
そう言えば、二人はあやかに連れられて来たが、あやかは一人で帰ったのだった。
つまり、あの時の あやかには二人の帰宅手段を気遣う余裕すらなかった、と言うことだろう。
「……ああ、もちろんだよ」
二人を置いていったのは あやかだが、その原因はナギにある。そのため、ここはナギも責任を持つべきだろう。
まぁ、たとえナギに責任がなかったとしても、送る必要があったことに気付けばナギは自ら二人を送っただろうが。
いくらナギが残念でも「原作キャラに関わりたくないから」とか断る訳がない。さすがにそこまで残念ではないのだ。
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と言う訳で、木乃香のメールから始まった「あやか襲来事件」は終わりを告げたのだが……話はここで終わらない。
何故なら あやかが帰ったことで事件そのものは終わったが、事件が解決した訳ではなかったからである。
そして、その結果……翌日の早朝、黒服達が あやかからの手紙を携えてナギの部屋を訪れることになったのである。
ちなみに、その手紙の内容は以下のようなものだった。
『昨夜の件は私にも非がありましたので、書面ではありますが深く謝罪させていただきます。
壊してしまった窓ガラスの修理に関しては、こちらで手配して置きましたので御心配なく。
ところで、貴方への疑いそのものは まだ晴れていませんので、監視を付けさせていただきます。
追伸:当然ながら私は貴方を許していませんので、それも お忘れなく 雪広あやか より』
(……何か、先を越されちゃった気分だなぁ)
無自覚とは言え傷付けてしまったことはナギに非がある。そのため、ナギは あやかに謝罪するつもりだった。
だが、あやかの方から(書面とは言え)謝罪して来たうえに まだ許していないことを明言されてしまった。
謝罪をして来るくらいには あやかは冷静になったのだろうが、こちらの話を聞いてくれるかは定かではない。
(と言うか、まさか監視を付けられるとはねぇ)
それだけナギが許せないのだろうが、監視を付けるのは遣り過ぎではないだろうか? まぁ、文句を言っても どうしようもないのだが。
何故なら、ナギが手紙を読み終えたのを察した黒服達は無言で頭を下げた後、速やかにナギの部屋の周囲に散開していったからだ。
黒服達の話によると「これから別命があるまで、三交代制で24時間、貴方の動向をチェックさせていただきます」とのことらしい。
ナギの心のダムが朝から全壊してしまったことは言うまでもないだろう。
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オマケ:美空の誕生日
それは、4月4日(金)のこと。
その日は美空の誕生日であったため、ナギはバイト後に美空に捕まった。
当然と言うか何と言うか、バイト前にプレゼントは渡してあったのだが……
ココネを見せられて「食事も奢れ」と言われたら奢るしかないのがナギだった。
……今回は、そんな感じのお話である。
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「ちょっ、美空!! お前、ちょっと食い過ぎ!!」
「うっさい!! 乙女に食い過ぎとか言うな!!」
「乙女がそんなに肉をモリモリ食べる訳がない!!」
「目の前にいんじゃん!! もっと現実を見ろっス」
三人が訪れたのは、麻帆良市内にある某焼肉店(JOJO宴と言うらしい)。
言うまでもなく、その場は食卓と言う名の戦場――各々が肉を求めて戦い合う仁義なき戦場である。
特にナギと美空は肉の焼加減の好みが似ているため同じようなタイミングで肉を狙うことが多く、
互いに箸をカチ合わせて そのままテーブルマナーとは無縁の「箸での攻防」が始まるのである。
そう、二人の間では文字通りの「骨肉の争い」が繰り広げられていたのだった(実に醜い争いだ)。
「モグモグ……(二人って、やっぱ仲いいナァ)」
ちなみに、ココネはウェルダンが好みであるため、二人が争い合う内に焼け過ぎた肉を横から掻っ攫っている。
人、それを漁夫の利と言う……と、どっかのロム兄さんなら言うのだろう(実に鮮やかな手並みである)。
「って言うか、美空はゲームを3本も買わせたうえにオレから肉まで奪う気なの?」
「え~~、だって、よく言うじゃないスか? 『それはそれ、これはこれ』って」
「まぁ、言うけどさ……それは美空の立場では言っちゃいけないセリフじゃない?」
「そうっスか? 『祝の席と酒の席では無礼講』ってのが日本じゃないっスか?」
ナギの言う通り、美空は誕生日プレゼントとしてゲームソフト3本(もちろん乙女ゲーム)を贈らせたのだが、
美空はそんなこと気にしない。何故なら、ナギなので気にする必要が無いからだ。つまり、それだけ仲がいいのだ。
「いやいや、この場合は『親しき仲にも礼儀あり』くらいが妥当なんじゃないかな?」
「いやいやいや、むしろ『恩を仇で返すのがお礼参り』って感じじゃないっスか?」
「やれやれ……『犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ』って言うのに、困ったヤツだなぁ」
「そうっスねぇ。『男子三日会わざれば活目して見よ』って いい言葉っスよねぇ?」
この後も二人の舌戦は、肉がすべてウェルダンになりココネから「そろそろ、食べた方がよくナイ?」と言うツッコミが入るまで続いた。
結果はドローと言うか、ココネの一人勝ちと言うか、ナギと美空は負け犬と言うか、そんな感じだろう(譲り合いとは大切な精神なのだ)。
「ところで、肉はミディアムレアが一番うまいと思うのはオレだけなのかな?」
「同意っスけど、今は言わない約束っス!! 焼け過ぎていても肉は肉っス!!」
「確かにそうだけど……このレベルになると肉じゃなくて炭になるんじゃない?」
「噛んで肉の味がすれば、それは肉っス!! って言うか、要らないなら寄越せっス!!」
「いいや、要る!! って言うか、美空は もうちょっと遠慮して炭っぽいのを食べてよ!!」
「いやっスよ!! むしろ、ナギが男らしさ見せて、肉っぽいのをアタシに譲るとこっス!!」
文句を言い合いながらも二人は好みとは違う焼け加減の肉を噛み締めるように食べるのだった。
これは余談だが、ココネはデザートとしてパフェも堪能したのだが、美空は「太るぞ?」と言うナギの言葉にデザートは我慢せざるを得なかったらしい。
何でも、それは「学園巡りでの件(Part.04)のココネへの感謝と美空への復讐」をナギなりに発露したらしいのだが……まぁ、どうでもいいことだ。
また、山盛りのパフェと奮闘するココネを見て「オレ、もうロリコンでいいや」と開眼してしまったバカがいたらしいが、これもどうでもいいだろう。
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後書き
ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
以前から「改訂した方がいい」と言う意見が多数あったので、今回(2012年4月)大幅に改訂してみました。
今回は「ネギの誕生日に焦点を当てたフリして双子の話だった筈なのに、いつの間にか あやかの話になっていた」の巻でした。
ちなみに、プロットでは、双子は もうちょっとモブ的な役割だったんですけど……けっこう動かしやすくてネギより活躍してました。
しかも、主人公とのキスイベントまで発生してしまいました(予定は未定ってよく言いますけど、予定が変更され過ぎてビックリです)。
ですが、双子のフラグは立ちません。ロリ要員はネギと これから増える予定のヒロインだけで充分だからです。
あ、あやかについては、よりダメな方向に向かっているように見せ掛けて実はアレですけど……
アレな方向は今後ゆっくりと明かされるんじゃないかなぁと思います(まぁ、バレバレでしょうけど)。
あと、美空とココネに関しては、これからも こんな感じです。ある意味で揺るぎません。
……では、また次回でお会いしましょう。
感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。
初出:2009/09/04(以後改訂・修正)