獣に人を喰わせてはならぬ、魔物になるから――
そんなお伽噺を昔聞いたことがあるが、それがまさか本当だとは思いもしなかった。
クロール・ロックハート
職業:鍛冶屋見習い
享年:22歳
どうやら私は、竜に喰われて死んでしまったらしい。
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私は小さい頃から、鉱物が好きだった。
平凡な町商人の次男坊として産まれ、それなりに愛情を受けて育てられた結果、私が最も愛したものは鉱物であった。
きっかけは何だっただろう。父が交易のために仕入れた異国の宝石に魅入られた時だっただろうか。
とにかく、私は暇さえあれば一日中鉱物を眺めては過ごしていた子供だったらしい。
両親も最初はそんな私を心配していたらしいのだが、言っても聞かぬ私に次第に諦めたようで、その内に何も言われなくなった。
そんな私が15歳になった折に鍛冶屋の道に進んだのも、必然と言っていいだろう。
三軒隣に住む幼なじみのカトレアなんかはそんな私を鉱物馬鹿などと罵倒していたが、おおむね周囲の人たちからは、あいつにとっては天職だろう、と好意的に受け止められた。
以後7年間、厳しい親方のもと、私は鉱物のことだけを考えて生きてきた。
原石のままでも美しいそれらを私の手によってさらに美しく加工する。至福の時である。
それがたとえ人を殺す両刃の剣であったとしても、深々と鈍く輝く鉄の美しさの前には、倫理観などドブに捨てた方がマシである。
そんな訳で、寡黙で一日中工房に籠もっては鉱物を色々いじくっていた私は(周囲からは完膚無きまでに変人と思われていたらしいが)、親方の覚えも良く、若輩者ながらにして少しずつではあるが仕事も任せられるようになった。
だからであろうが、正に運命の日とも言えるのかもしれないが、あの日、私はストント山に出かける羽目になったのであった。
ストント山は私の故郷であるクロムフルの町から北に5里程歩いたところにある鉱山であり、私が産まれる頃くらいまでは盛況な石切場でもあったそうだが、大規模な落石事故があってからは復旧の目処が立たず、そのまま封鎖されてしまい、今では誰も近寄らない廃山となっている危険な場所でもある。
そんな場所に私が行くことになったのも、親方がお得意先の貴族から受注した飾り剣の鞘作りを任されたからであった。
手先が器用で鉱物の細工が得意であった私は、そういった煌びやかな鞘や小物作りを任されることが多く、その時も私に話が回ってきたのである。
もっとも、その時は私が頼み込んだから、というのもあったが。
しかし、お得意様の貴族相手に中途半端な仕事をする訳にもいかず、行き詰まっていた私は、気分転換とばかりにストント山にある鉱山跡地に足を伸ばしていた。
封鎖された鉱山に散歩代わりに向かう物好きは私くらいのものだろうが、しかし、根っからの鉱物好きの私にとってはそこは心落ち着くオアシスのようなものであり、人気のない深い鉱山の奥でランプを消し暗闇の中独り佇んでいると、不思議と石の声が聞こえる気がするのであった。
――あんな危ない場所に入り浸っていたら、いつか危ない目に遭うからやめなさい!――
などと私の敬愛する幼なじみであるところのカトレア嬢などは、ことあるごとにストント山に散歩に行っていた私に苦言を呈していた訳だが、彼女の忠告はまったくもって正鵠を射たものだったのである。
そんな訳で、その日も私はいつものように独り鉱山の奥にあるお気に入りのポイントへ向かうため暗い坑道を歩いていたところ、一匹の竜に出会ったのであった。
竜。
大きなトカゲと言ってしまえばそれまでであるが、3メートル近い巨躯に、人間など丸呑みにできるほどの大きな口、それに本気で走れば馬車にさえ追いつくとも言われる強靱な脚、振り抜けばそこらの岩など軽く砕くことができそうな程頑丈な尻尾、そして何よりどんなに鍛え上げた剣でさえ体内に通すことが敵わないという鉄以上の強度を持った鱗に包まれたソレは、もはやモンスターと言ってよい。
しかし、竜はあくまで動物であって、魔物ではない。
その意味が分かったのは、竜と出会い、一瞬後に目が合って、その数秒後に跡形もなく体を食い千切られて、そのまま私が絶命した後であった。
獣に人を喰わせてはならぬ、魔物になるから――
どんなに凶暴で恐ろしい動物であっても、それが賢ければ賢い程人を食べようとはしない。
それは、賢い動物が人を食べれば、それはもはや動物ではなく、魔物になるからである。
純粋であった動物の魂が、人の魂によって汚れるからだ。
そんな訳で、どうやら私は一匹の“龍”として産まれ変わったらしい。
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職業:龍見習い
年齢:不明
名前はまだない――。