夕暮れ近くの公園、シンジはそこの砂場で山を作っていた。目の前に居るのはもう名前も覚えていない近所の女の子。
「がんばって完成させましょう」
「りっぱなお城を」
「うん!」
これは幼いころの記憶、なぜ今頃思い出したのかわからない。ちぐはぐでモザイクな記憶のカケラ。
公園の入り口には、女の子の母親が立ち、手招きをしている。ちょっと困った顔で。
「あ、ママだ。じゃあね」
女の子はスコップを放り出し、母親のところまで一目散に駆け出していった。誰もいなくなってしまった公園。今まで一緒に作っていた砂山。さっきまで大人気だったブランコ。その他の遊具たちが沈む夕日に照らされ、その芯までも真っ赤に染めていくようだった。
幼いシンジの顔は今にも泣き出しそうだ。高く大きく作り上げた砂の山。しばらく見つめていたが、すぐに蹴り崩してしまう。
「この、この、こんなもの」
小さな砂場に、幼いシンジの嗚咽が響く。
第三十一話 演劇の神 その2
「あちっ!……なによ今の?」
「ブリューナク」その第三撃を放とうとした瞬間、少女の体に火を押し付けられたような痛みが走る。おかげで標的を外してしまった。“何事ぉ”といいながら軽く手を振る。
目の前に、いくつかの映像が現れた。それらはクルクルと回りながらここではないどこかの風景を映し出している。その中のひとつにそれはあった。
すなわち、ルイズがこの“中央の樹”に入り込んだ映像だった。彼女は剣を片手に”ひとりで“こちらに向かってくる。
「あーらま、ふふふん。まずは第一の関門突破ってとこね。だけどもう遅いっての」
「か、かはっ」
少女の長く伸ばした足の上にはシンジが横たわり、眉間にしわを寄せ苦しそうに喘いでいる。
「あら、苦しい?ねえ、苦しいの。意識も無いくせに痛みだけはいっちょう前に感じるのね。でもそれはあんたが望んだことよ。せいぜい受け止めるのね。ほら、よく言うじゃない。痛いのは生きてるしょーこってね」
☆☆☆
「消えちゃった。ルイズだけ」
ここは、ピンクの壁の前。デルフが一言「頼むわ」といった瞬間ルイズがその剣と共に消えたのだ。レイと名乗るメイドはそのままだ。
ギーシュが「おい、どういうことだ」とレイに詰め寄るが彼女の反応は薄く、ギギギとこちらに首を傾けるとそのまま縮んでいってしまう。
「うわ!」
慌てて、ギーシュはその掴みかかった手を離した。やがて、メイド服だけを残しその女性は消えてしまった。いや、よく見ればその服の中にふくらみがあった。モンモランシーがメイド服を持ち上げると、ナイフが一丁と人形が一体音を立て床に落ちた。
「痛え!」
「うお、ナイフが喋った。……インテリジェンス・ナイフか?」
そのナイフが喋ったのはそれきりで、また押し黙ってしまった。
「あら、デルフのお仲間さん。珍しいわね」
そう言って、キュルケが持ち上げようとするのをタバサがさえぎった。
「まって、うかつに触るのは危険」
「ちっ」
ナイフが舌打ちをする。
「へ~え、ナイフが喋るとは珍しいねえ。どんな構造なんだい?」
そう声をかけてきたのは先ほどデルフに「いんちきヴィンダールヴ」と呼ばれていたケテルだった。
「昔読んだ文献では土精石のカケラを加工して、思考珠と指示玉を作り……って、これはガーゴイルの作り方だったか?とにかくコレ系のマジックアイテムは職人の技に頼るとこが多くてね。まあ僕ていどじゃ説明もできないよ」
「君はたしか、ゴーレムを作ってたじゃないか」
「あれは傀儡(くぐつ)さ。どんなに自然に動いてるように見えても、結局は僕が動かしてるのさ。スキルニルなんかとは比べ物にならないほど単純なモンさ。……っておい!」
そこまで説明して、目の前のシンジがシンジじゃ無いことに今更ながら気がついた。
「そういう君は何なんだ!いんちきヴィンダールヴってどういうことだ。シンジはいったい何者なんだ!?」
そう言われ、ケテルはしばし沈思黙考、のち。
「さあ?」
と首を傾げた。
「さあ?っておい」
ケテルは右手を上げ、ギーシュに示した。
「まあ、インチキってのは、これが自前の複製品だってことかな?あの剣はなかなか見る目もあるようだね」
ギーシュには読めなかったが、そこには古代ルーンでヴィンド(風の)アーレヴ(妖精)すなわちヴィンダールヴと書かれていた。
「彼女が彼の“胸”につけたルーンを参考にコピーして、それを僕の依り代としたのさ。望んだわけじゃないけどね」
そういいながら彼はナイフを拾う。先ほどタバサが注意していたことを聞いていなかったのだろうか?
「俺に触れるな!」
ナイフがわめいた。
「え、なぜ?」
「おめえはなんか気持ち悪いんだよ。それにそのスキルニルは元々俺のもんだ。出てけ!」
「もうちょっと借りとくよ。すぐに返すからさ」
そう言ってケテルは、騒ぐナイフを腰のベルトに差し込んだ。そのやり取りを聞き、タバサが聞いてきた。
「なんとも無いの?」
「ん、いや奇妙な力の波動を感じるよ。どうやら直接触れなくともそれなりに力を行使できるみたいだね。なかなか楽しい支配力の綱引きをしているよ」
「平気なの?」
「ぼくのプロテクトは、多分誰にも……あ」
ケテルが失敗したなという顔で、壁を見つめた。
「おい、……シンジの“アガシオン”とやら、……」
言い辛そうにギーシュが呼ぶ。
「自己紹介はしたつもりだけど?出来ればそちらで呼んで欲しいね」
口元だけの笑いを納め、少しムッとした表情でギーシュを睨む。そのきつい視線に耐えられないようにギーシュは目線を外した。
「ん、すまない。ではケテル。君はシンジとは「合一」を果たした。……なにかこうファンタジーな意味での精霊なのか?」
少し恥ずかしげにギーシュは問う。無理も無い、人間的なあるいは人格を持った精霊、天使、あるいは神や悪魔など、ハルケギニアでは子供向けの童話か、あるいは土着の神話ぐらいにしか登場しない。例外はひとつだけだ。
そして、「合一」とは何か?
☆☆☆
「ぶわっぷぷ!ばみよごれ!もず(水)ぎゃばばばば!」
(落ち着いて、それはLCL溶液。肺に入れれば息も出来るわ)
「ぼ、ぼんなごどいっだっで……」
「ご主人、またちょっと“操作”するぞ。覚悟はいいな」
「ちょ、ちょっとまっ……」
ルイズは、まるでなんでもないことのように、水中で深く息を吐き自分の回りに有るそのピンクの溶液を肺に吸い込んだ。本来であれば、溺れる恐怖が勝り、言われたからといってそう簡単には出来ないことだ。
そして、いくばくかの苦しみはあったものの肺の空気がすべて吐き出されLCL溶液が肺に満たされると、奇妙に落ち着きを取りもどした。
落ち着いて回りを見れば、うっすらとピンク色の水の中にいるのがわかった。回りを取り囲む壁は半透明で外からの光がにじむように差し込んでいる。
「うえええ、きもぢわるい」
「ガマンしな、トリステイン貴族のどっ根性みせたれ!」
「そういえば、あの女は?」
(ここにいるわ)
「どこにいるかはわからねえが、どうやら近くには居るようだな。よし、相棒は上かい?」
(そう、……あなたは「枝」なの?)
「……枝ってのがなんなのか、わからねえ」
(なぜ、「彼」を殺そうとしたの)
その声は良く響き、当然ルイズの耳にも入った。
「ええ!」
「あちっ、それをここで言うかね。デリカシーってもんがねえぞ」
(彼女がイカリクンにキスをすれば、私は消えてしまうもの)
そんなやり取りを聞き、ルイズが黙っていられるわけもない。
「どういうことよ」
「……ここで起こされちゃあ、ハルケギニアが滅んじまう。ブリミルの苦労も水の泡だ。ここ以外なら手なんか出すつもりは無かった。いずれ時間の問題だからな」
ルイズの両手に握られたデルフはそう淡々と答えた。
「あんた!知ってたのね!あいつがなんなのか全部!……起こすってなによ!?殺そうとしたって、どうゆうことよ!」
「……すまねえ、答えられねえ。……教えたくねえわけじゃねえ」
そう言ってデルフは、また口を閉ざす。
「ふざけんじゃない!勝手な!勝手なことを!」
「……すまねえ。詫びにいくつか真実を教えよう。俺が答えられることを」
「な、によ」
「ご主人にガンダールヴは必要かい?」
「状況を見れば、今こそ必要ね」
「そうじゃねえ。シンジを呼び出すまでのルイズの生活に必要だったか、さ」
「……」
考えるまでも無い。必要など無い。過剰な戦闘力など学園生活では無用のものだ。今までの生活でもこれからの生活でも自分にあのような戦闘力が必要になることなど想像もできない。お国のためにはなるかもしれないが、自分が必要なわけじゃ無い。女性は戦争にすら行かない。
「ヴィンダールヴはどうだ。移動系の極みだぜ」
「……」
一緒だ、必要など無いに等しい。たしかに便利ではあるだろう。だが自分は代用の風竜でも馬でも必要ならば呼び出すことも借り出すことも可能な立場だ。ミョズニトニルンだろうが同じだ。ワルドが言っていた己の力とするには、あまりにも過剰で巨大で馬鹿馬鹿しく不要な力だ。
「おまえさんが真に欲していた使い魔を教えるよ……」
☆☆☆
とてつもない地響きが大地を揺らす。五万人の傭兵の群れが突撃を開始したのだ。
あるものは走り、あるものは魔法で空を飛び、またあるものは騎乗する幻獣、魔獣、野獣にまたがり城を目指していた。武器を振り回し大声で咆哮するもの、自らの杖に魔法をこめるもの、淡々と走るもの、その様相は様々である。その先頭を走るのは、とある傭兵団の団長と……。
「だだだだだだんちょー!」
「あり?ファイトなにやってんだ?どいてろって言ったろ」
「逃ーげーおーくーれ、ましたー!」
「ばーか!いっぺん死んどけ!」
「しどい!」
「へっ」
少年が話している傭兵団の団長は、スレイプニルと呼ばれる馬そっくりな六本足の幻獣にまたがり戦列の先頭を走っている。空を飛ぶ幻獣たちほどではないが並の馬よりも早くタフで戦場を怖がることもない重宝な騎乗獣である。力も強くその六本足の馬には何本もの投擲用の槍が備え付けられている。
「おらよ!」
団長と呼ばれたその男は、スレイプニルのわき腹に備え付けられた槍を何本かその少年に投げてよこした。
「うわッちょ!うわっちょ!」
少年は投げられた槍を、数回お手玉をするも何とか受け止めた。彼の手にはすでにナイフが握られていた為、掴みづらかったのだ。
「それで何とかしな。前にも言ったが死ぬなよ」
名剣、名槍は小さな城に匹敵する値段だ。彼が投げてよこしたのは数打ち、錬金打ちと呼ばれるものだ。
「うひぃー!が、がんばるっす!」
それにしても、このなにやら名前をよく間違えられる少年は何者なのか?ハルケギニアの陸生の生物では、最速に近い速さを誇るスレイプニルの全速にやすやすと追いつき並んで走っている。その姿を見ればフード付の丈の短いローブを着て、青く目の荒い作業ズボンをはいている。これで杖を持たせれば町のメイジ作業員のようだ。
「あれ、だんちょー。なんか味方の船が……」
「んん」
空を見れば、次々とやられていく雇い主の空軍艦。敵の魔砲撃に手も足も出ないようだ。
「だだだ、だいじょぶっすかねえ?」
「しんぺえすんな。あいつらチョーシこいて、いろいろ見せすぎた。今にみてろって」
そう言われ、城の方を見れば、そこには真っ黒なドームが出現していた。
「あり、……」
「うぉーすげえや、俺らのボス側の魔法っすか?かっけー!」
「い、いや……」
そこに降ってくる「レキシントン」そして突撃をする無人の空軍艦。
「お―――、……お?」
城にぶち当たる瞬間すべて消えてしまう。
城を覆う夜の帳(とばり)は消えうせ、そこには数秒前と変わらぬ……。
☆☆☆
ルイズは百数十メイルを声だけの「レイ」と共に上昇した。泳ぐ必要も無く足元の力場が彼女とデルフを持ち上げたのだ。不思議と水の抵抗も上昇する浮遊感も感じない。自分が動いてるというよりは回りの風景が勝手に動く感覚だった。それは「フライ」とも「レビテーション」とも違う。
回りの薄いピンクの壁を通してうっすらと外が見える。地面がどんどん遠ざかる。
ふっと上を見れば、そこに光があった。
「あそこね」
「いらっしゃーい。一名さまごあんなーい」
ふざけた声とセリフで少女はルイズを出迎えた。長く伸ばしたその膝を枕に、下着姿のシンジが横たわる。奇妙にインモラルな雰囲気にルイズは思わず激昂した。
「なんなのよあんた。その破廉恥な格好は!」
「生まれたばっかなもんで、服を着る暇がなかったの。あっそうそう、はじめましてよね。あたしアスカ」
頭が痛くなってくる。シンジ、レイにアスカと来ればまるっきり神話の登場人物ではないか?いちいち相手をしていられない。
「私の使い魔を引き取りに来たわ。せっかく出会えて光栄だけど、そいつをわたしてくれる」
「やだ!」
少女は小さな幼女のようにイヤイヤをした。
「やだじゃないでしょ!そいつを引き取ってここを脱出して、私たちはトリステインに帰るのよ」
「途中過程が抜けてるわ。どうやって?」
「うるさいわね!あんたには関係ないでしょ」
「大ありよ!コイツが何者なのかは知らないけど、アタシに力を与えてくれる。ここは見晴らしもいいし、住むには中々快適なのよ。それも多分コイツのおかげ。あんたになんか返したら全部パーじゃん」
「こんな何にもないところで、どーやって暮らしていくつもりよ!」
ルイズのそんな大声を聞き、少女は一瞬キョトンとした表情を浮かべたあとニヤリと笑いこういった。
「あたし達は樹になるの。大きな大きな世界一大きな」
「……どういう意味?」
そう言われ、またキョトンとした顔になる。
「さあ?アタシ今何か変なこと言ったわね。どういう意味?」
駄目だこいつ、話になんない。だが、近づこうにも奇妙な壁がルイズを阻む。
「あなたは誰?」
レイの声がどこからともなく響き彼女を誰何する。力が収束しそこに人の形を作る。ごく薄いピンクの水の中で、目の覚めるような蒼の人型が生まれ出る。
「あーら、ご挨拶ね。私を忘れちゃったわけ」
「いいえ、知らないの。どこかでお会いしたかしら?」
「レイ……?」
ルイズは驚き、不審に顔を歪ませる。
「その名前は彼の記憶にあったもの。彼の好きだったおんなのひとのなまえ。今は私のなまえ」
「ハンッ!アタシと一緒じゃない。あんたもこいつの中のパス(経路)に残ったわずかな記憶の残照に過ぎない。感情も知識も、この姿もこいつの心の一部を使った借り物に過ぎないって事ね」
「そう。彼の記憶の中では、あなたに似たおんなのひとはすでに死んでいるわ。だからあなたはアスカではない」
「あんたもよね!」
見詰め合うレイと名乗る少女と、アスカと名乗る少女。
「じゃあ、じゃあ、あんたらは……」
「そう。姿かたちは違うけど、こいつから生まれた」「でも、心の器は多分あなたから貰った」 「「イカリ・シンジの分身に過ぎない」」
「けっ、生まれたての赤ん坊どもが!おう、嬢ちゃんこの壁をどかせ。そいつを元に戻す」
「いやーよ!せっかく生まれたのに。私は生まれ出たい」
「そいつは次の機会にしてくんな。ここじゃなけりゃ邪魔しねえからよ」
「デルフ、あんた……」
「おおっと、怒んなよルイズ。俺は道具で、俺は俺を振るう者のとおりに動くだけだ。そしていまだに俺はブリミルに握られてんのさ」
ひそかに混ざる自嘲の色。何に対してのものだろうか?
☆☆☆
「クソッ、蓬莱樹の苗だと!よりにもよって、あんなのものを隠し持っていたとは!ここで成長したら世界が滅びるぞ」
レコン・キスタ総司令官オリヴァー・クロムウェル。その秘書であるミス・シェフィールドは差渡し十メイルほどの風竜に乗り戦場に急ぐ。よく見ればそれは風竜ではなく風竜を模倣したガーゴイルだ。周りを同じような大きさの風竜ガーゴイル十体ほどで固め飛んでいる。作り出したメイジが常に操り続けなければならないゴーレムとは違い、ガーゴイルはある程度の行動をあらかじめ入力された擬似意志で動くことが出来る。
しかし、動かす為に必要な精神力は同程度の大きさのゴーレムとさほど差は無い。いや物によってはただのゴーレムよりも、遥かに精神力を消費するのだ。それを十体も操っている彼女はいったい何者であろうか?
「急げ!すべてが消え去る前に!」
彼女の額についたルーンが激しく光る。
☆☆☆
「まあ、ちょっと黙っててよ。うるさいあいつらを片付けたら相手してあげるからさあ」
ここは、言わば城における物見の塔のような役目を担っているらしい。ルイズにも回りの風景が見渡せる。大陸の向こうから攻め込んでくる冗談のような大軍も、ここから見ると蟻の群れのようだ。
そして、ルイズは見てはいないが、先ほどまで空を舞っていた空軍艦の群れは、すでに退避を終えたようで一隻も居なくなっていた。
「ちょーっと脅かしてあげましょうかねっと」
ルイズは、はっとしてアスカと名乗る少女の額を見る。そこにはシンジと同じようなルーンが輝いていた。
「ミョズ、ニト、ニルン」
ルイズには古代ルーンが読める。元々まじめな勉強家であったのだが、シンジを召喚しその手に刻まれたのが「ガンダールヴ」と「ヴィンダールヴ」であったため、独学ではあるがその文献を数多く紐解いたのだ。
シンジの体に刻まれなかった始祖の使い魔のルーンが、その少女には刻まれていた。
「ん、なんか言った?」
「あ、んた。ミョズ、ニトニルン、な、の?」
「やーよ。そんな変な名前。アタシはアスカ。……でもそうね、今は」
少女はそっぽを向いて、またシンジの胸に手を当てる。そして奇妙な八面体の青いクリスタルの操作を始める。
「デウス・エクス・マキナって感じぃー!」
それは、演劇における絶対的な力を持つ存在。だが評判の悪い、オチをつける為にのみ存在する舞台の神。
☆☆☆
「うひぃー、だんちょー!」
「やややや、やべえかな、こいつは」
はっ、として、団長は空を舞う空軍艦を見る。しかし、頼みの綱の空軍艦はそのすべてがまるで落下するように崖下に降下を開始していた。空軍艦は浮き上がるのは大変だが、下降にはさほどの手間は要らない。
「ばっきゃろー!俺らを逃げる為のおとりにしやがったなー!」
戦場における傭兵など、高価な空船、新型大砲、訓練された国軍兵士などに比べれば非常に、非情に安価なものだ。それがたとえ五万の命だろうと。
すでに突撃は開始されている。下手に止まれば友軍に踏み潰されるだけだ。また、彼の傭兵団は規模の大きなものであるが、全体からすれば百分の一にも満たない。突撃を進めるしかなかった。
☆☆☆
「さって、とー。やりましょか」
「な、にを?」
「デウス・エクス・マキナが舞台でやることなんて決まってるでしょ」
移動の加速感も機動の振動も無く外の光景が切り替わる。外の風景を映す壁は単純な窓というわけではないのだろう。
「あれは……」
そこに映し出される正八面体のブルークリスタル。ルイズの記憶にあるそれは、人に仇なす神の使い魔「第五使徒」
(神話では、確かこいつの能力は……)
“キ―――――――――――――――――――――!!!”
ヒスを起こした女の悲鳴のような音と共に、照射される荷電粒子の渦は、突撃する傭兵団のど真ん中に落ち、地面を爆発させる。人が馬が幻獣たちが、地面の蒸発と共に吹き上がり跳ね飛ばされていく。
それは、まるっきり子供が蟻の行列を見つけた時に行われる遊び。ジョウロで水をかけ、足で踏みにじり進路を妨害する。
デウス・エクス・マキナが舞台に立つとき行われること。それは、一方的な力の押し付け、蹂躙という名の遊戯。
☆☆☆
天空よりのイカズチが、傭兵団を切り裂いていく。神の怒りにも似た一撃は、戦の熱狂に浮かされた彼等の胆を冷やし、忘れていたはずの恐怖を思い出させる。
奇跡的に誰もいない場所に降り注いだ青い光線は、断続的に地面を爆発させた。
死の照射は途切れることはなく、五万の傭兵団をジグザグに切り裂いていき、連続的な爆発と共に彼等を蹂躙していく。
「魔法士ども!シールドを張れ!」「うろたえるな!戦列を整え大砲と銃を揃えろ!」「あほう!上空の敵に意味があるか!」「駄目だ!広がれ!固まってると狙われるぞ!」「ヘキサゴンだ!王の魔法だ!」「御始祖様、哀れなる我らを救いたまえ!」
混乱が広がっていく。
敵の高さ距離共に魔法でも銃でも届かぬ天空の彼方だ。最後尾には砲亀兵隊(巨大な陸亀の背中に臼砲を取り付けて移動砲台としたもの)もいるが射程距離内に運び込む前に、全滅させられるであろう。五万の傭兵団は、その進撃を完全に停止させられていた。
いくつかの部隊では魔法を揃えて斉唱し即興の合体魔法を作り出そうとしていた。またある部隊では届かぬとわかっていながら銃を弓をそろえ正射していた。
「うっひー!なんなんすかぁ!なんなんすかぁ、アレぇ!」
そう声を上げたくだんの少年は、この軍団の最前列だ。
「バカヤロウ!とっとと逃げろ!こりゃもう戦(いくさ)じゃねえ!!」
次の瞬間!再発射された青い光線が少年と団長を分断した。爆発し、めくり上がる地面と共に。舞い上がる土砂と煙、湧き上がる悲鳴とうめき。爆発音は連続的にそこかしこで起こっている。
もはや軍隊は四分五裂され、元々いい加減だった命令系統はさらに破壊された。
「げぼっ、げほっ、がはっ!」
煙と共に土そのものが口に入り、少年はむせた。慌てて周りを見渡す。周囲は土煙と悲鳴の渦だ。
「……団長。だんちょう?」
返事は無い。やがて一陣の風と共に彼の視界を奪っていた土煙が払われる。そこに少年が見たものは、仰向けに横たわる彼の上司の姿だった。
「ああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
彼の中で、何かがはじけた。
☆☆☆
「やめろ!それ以上はそいつの器(うつわ)がもたねえ!」
「デルフ……?」
「うるさいっての!ああ、外しちゃったじゃ無い」
ルイズもデルフの言葉に不穏なものを感じ、抗議の声をあげた。
「……」
だが届かない、彼女が回りにめぐらすATフィールドの性質を変えたのだ。
ルイズは思い余って杖を取り出す。
「やめろ!ここではアイツも死ぬぞ」
その言葉に眉をひそめ、悔しさに下唇を噛み締める。
彼女が見ている映像は、百五十メイル上空からのものだ。ジワジワと広がり続けた黒蟻の進撃は止まり、その生殺与奪の権は完全にアスカと名乗る少女が握っている。
彼女が外したと言ったのは、突出する一人の兵士。上空から見るその兵士は、誰よりもはるかに早い速度でこちらに近付いて来ていた。足の速い幻獣に乗ってるわけでもなく、魔法で空を飛んでるわけでもない。とはいえ二本足の人間が物理的に出せる速度は限られている。対して少女の攻撃は、撃ち出される数十の砲弾を叩き落すことも可能だ。
「うふふふふふ。かっくいいー。でも、これでおしまい」
狙いをその兵士一人の絞った攻撃は、しかし当らない、当らない、当らない。そんな馬鹿なことはない。狙い、定め、撃つ、荷電粒子のスピードは、ほぼ光の速度と同等だ。だが、撃った瞬間その姿がぶれ、ほんのわずか別の場所に移動している。
「こ、の、やろう。このこのこのこの!くぬくぬくぬくぬくぬ!」
「やめろ!やめろ!やめろー!俺の、俺の大事な使い手を!」
「うるさいっての!コイツはこのくらいじゃ壊れやしないわよ」
「そいつじゃ……」
何かを言いかけ、デルフは思いとどまった。
「んにゃろー!……もういいわ。手足の一本ぐらいでゆるしてあげようと思ったけど」
彼女の額のルーンは、さらに明るく輝いた。
「死んじまいな!骨も残さず燃え尽きて!」
そして、「第五使徒」はあり得べからざる変形を開始する。グパリ、グパリと奇妙な音と共に、そのクリスタルの体を開いていく。蒼く固いつぼみが可憐に壮大に花開くように。その中央の赤い芯球をあらわにして。
☆☆☆
少年は走る。左手に大振りのナイフ。右手には一本の槍を携えて。別に何か考えがあるわけではない。いやそもそも何かを考えられる状態ではないのだ。恐怖と怒りと自身を突き上げる訳のわからない衝動。それらに動かされているに過ぎない。ある意味恐慌状態といえる。しかし矛盾するようだが、心に冷静な部分が残っている。奇妙なその部分が、敵を敵と定め、自分を動かしていた。
あの八面体は自分を見ている。それがなんとなくだがわかる。殺気が向けられる。これもわかる。何をしようとしているか、どこに攻撃が来るか、どうすればいいか。すべて事前にわかる。おまけに、それに合わせるかのように自分の体が動く。軽く軽く、ひたすら軽く。素早いとは感じない、周りが遅いのだ。それが理解なのか、反射なのか、それとも別の……?だがそれは余計なこと。心から取り除かれる。
届かない、こちらの攻撃はまだ届かない。距離ではない、敵と自分の間にある奇妙な“歪み”が問題なのだ。敵が攻撃する時、ほんのわずかな間、ほんのわずかな隙間だけ“歪み”が消える。それはわかるが反撃できるほどの隙ではない。だが、何か大きな攻撃を仕掛けるように、敵が目の前の正八面体が奇妙な変形を始めたのだ。
少年の心に数瞬先の映像が紡がれる。今までとは比べ物にならないような大きく広い火線が放たれようとしている。薔薇の花弁のように広がったクリスタルのひとつひとつが青白く輝き、その力を中央に集めていく。
「すぅぅぅうぅぅぅううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
空中に紡がれるもうひとつの太陽が、赤からオレンジ、また白く発光しはじめる。やがてその色は青へと移行する。
「きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいぃ」
爆発寸前の超新星は死の熱視線を一人の少年へと向け、そして発……。
「ありじゃー!ばかぼけかすあほ間抜けー!!!」
“ドカン!”
まるで戯曲のような、子供の冗談のような爆発音。
花開いたクリスタルの薔薇の中央に向けて投擲された槍。空気の割れる音が何回か響き、音速をはるかに超えた銀の針は、その赤い玉を突き抜けた。それは控えめに言っても近代物理とハルケギニア魔法力学に喧嘩を売る一投。
“プチュン”
音がした。まるで水の詰まった風船が割れるように。それはこの八面体の中央に存在していた赤く小さな玉が割れた音。
“ギャ――――――――――――――――――――――!!”
かん高い音があたりに響き渡る。
その音が何なのかはわからない。まるで女の悲鳴のようにも聞こえる。あるいはただ魔法の崩壊に伴う音だったのかもしれない。先ほどまで、美しいとさえいえる幾何学的な形状を持っていたクリスタルの魔導体(魔法の媒体となるもの)は無軌道にその形を変え、今はまるで針鼠のようにそのガラスのとげを八方に伸ばしている。だが、それも数秒のこと。すぐにガラスが割れたような音と共に全身が一瞬で砕け散った。