12月27日 AM11:00『一昨日起きた未曾有の事件は死者100名以上を出す大惨事となり、王室はこの度イギリス全土に厳戒態勢を敷くこととなりました……』 パチンとテレビの電源を切る。「全く……やってられねぇな」 病室のベッドでランスはリモコンを放り出す。「テロだと? こんなちっぽけな国にいったい何の用があるってんだ」「ランス……あまり騒ぐと傷に触ります」 ロンドンの混乱は一応の収束を見ている。死者数百名を出した事件だが、救助活動が事件後に迅速に進められたために翌日には怪我人は全員病院に掛かる事ができたのである。 迅速に進んだ要因は、私の、まさに力技なのだが。「核もない、軍隊も弱小、小競り合いもない……。イギリスは世界的に見ても普通の国だぞ。 狙われるならアメリカか、中国じゃないのかよ」 私が来てから彼は万事この調子だ。医者の話では、背中の傷は思ったよりも浅く、来年の1月末までには復帰できるとの事。 なぜそこまで伸びるかといえば、背中の神経に触っていたために、検査が何度もあるんだという。 「悪いなアルトリウス。そろそろ就職って時期なのに、俺なんかのために病院に来てもらってよ」「何を言うのですか。あの時あなたが覆いかぶさってきたから私は無傷でいられたんです。 言うなれば命の恩人だ。それを心配して何が悪いというのですか?」「…………ちぇ、もう少しで恋人になれたってのに、命の恩人に飛び級したか。俺も端から運がねぇや」「――――。そんな冗談が出るなら、大丈夫ですね」 椅子から立ち上がり、鞄を取った。「大学に戻るのか?」「はい、論文も書かなければいけませんし、就職先も探さねば」「お前、進路はどうする気だよ。お前の成績なら引く手数多だろうに」 そういえば、考古学の権威がぜひ助手にと尋ねてくるのは最近増えた事項の一つだ。「いえ、日本に行こうかと」「日本? 向こうで何する気だよ。あっちは飽和状態だぞ?」「向こうに永住権を取って、働き口はそれから決めます。両親や親戚への義理も果たしましたし。 後の事は兄がやるでしょう。……私は好きに生きる事にします」「ちょ、ちょっと待て! それじゃ何か、こっちとは縁を切るってのか?!」 ……どうやら、彼にとっては地雷だったようだ。 私が言ったいきなりの事に身を乗り出すランス。「ですから、動いては傷に触りますと」「俺の事なんぞどうでもいい。ふざけんな! ダチも暮らしも、親まで捨てて出て行くって、何様のつもりだ!」「何様とは?」「だから…………、あぁクソ、そう、お前をそうさせる物って何だよ?」 彼の心はよく判る。 だが、私は彼の心に答える事は出来ない。 答えてしまえば、私の中で"彼"は本当に思い出になってしまう。 "彼"を、思い出にだけはしたくない。それだけは、できない。「……ランス、この際だから言っておきます」「何だよ」「私は…………、貴方が嫌いです」「――――なっ!」 面食らった顔をしている。当たり前か、3年も付き合いがあっていきなり嫌いだと言われれば誰でも面食らう。 冷静に、極めて声を殺して言う。「…………マジでいってんのかよ」「えぇ、最初から最後まで振り回してしまいましたが、私は貴方が嫌いでした。 それが結論です。では……失礼します」 未練を振り切るように私は病室を出る。「―――あぁ、そうかよ!! どこへなりとも消えちまえ、馬鹿野郎!!!」 口を引き絞って病院のエントランスをくぐった。 そして、その怒声を最後に、彼に会う事も、彼の声を聞く事も無くなった。 年が明けて2月。『ねえ、アル。あなたランスと別れたんですって? 何があったの?』『あんたたちいいカップルだったじゃない。何、ランスに女ができたの?』『ランス退院したって。……ってどうでもいいって顔ね。それ』 友人達は私に寄ると触るとランスとの不仲を突っ込んでくる。しかも、それに漬け込むように別の男達が寄ってきた。 もちろんその辺は断りまくっている。 現実、私は1年のときと同じような環境に戻っていた。 "一見さんお断り"、"教授泣かし"なんていう不名誉なあだ名を与えられた頃に逆戻りである。 だが、逆に楽になった。何も考える必要が無く、私はずっと日本に渡ってからの生活をどうするかを考えていた。 そして、2月1日、深夜。 部屋に戻ってきた私は、少し酔っ払っていた。 最近生活が暗いとベル達が強引に私を連れ出したのだ。「う~~~……」 鞄を玄関に落とし、ふらふらと台所に向かう。 ガタンと何かにぶつかった。途端、テレビがつく。どうやら、リモコンを落としたらしい。 だが、今はそんな物より水が飲みたい。『……大変な事態になりました。どうか、皆さんは一刻も早く……』 台所で水を飲む。幾分気分が落ち着いてきた。「ん~~~~……」『繰り返します……皆さんは一刻も早く……』 テレビがうるさい。深夜にも拘らずテロ事件の再放送とは何を考えている。 気だるさを押さえてリモコンを拾い、『すでに……戦いはロ(ブツリ)』 リモコンを放り出し、布団に身を投げた。 いかん呑み過ぎた様だ、眠すぎる。 まぁどうせ……明日は…………講義は…………、 ドンドン…… ドンドン……ドンドン!「うるさい……」 ドンドンドンドン……!!「うるさいなぁ……」 こんな夜中にドアを叩くとは何事か……。 ダン! ダン!! なにやら叩く音から、体当たりらしき音に変わった。 しかも……、「アル!! いるんだろ、アル!!!」「ラン、ス……?」 寝ぼけた意識で起き出す。 こんな時間に来るとは一体何を考えている……。 しばつく目を凝らして枕元の時計を見れば、なんと4時過ぎである。「ふられた腹いせにしては、らしくないですねぇ」 あくびをかみ殺し、とりあえずドアの前に立つ。「何のようですか? こんな時間に」「アルトリウス! 良かった、ここにいたか!とにかく開けろ!」「まだ4時じゃないですかぁ。それに昨日はベル達と飲んで……」「寝ぼけてんじゃねぇ! 今すぐ開けろ!!」「お断りします。昨日の服のままで寝たもので、シャツが……」「あぁ、もういい!! 退いてろ!!」 言うが早いか、またガンガンとドアを叩き、 バキャン!!! 本当に押し入ってきた。さすがに意識が覚醒する。「―――ランス!? 貴方何を考えているんですか!」 身構える。 何せ、この一ヶ月まったく接触が無かったのだ。ストレスが溜まって爆発したか!?「何をだ? その台詞、そっくりそのままお前に返してやる」 言って、私の横を通り過ぎカーテンを引いた窓に立つ。「この状況で、よく寝てなんていられるな!」 ジャッとカーテンを開ける。「――――――――」 目に飛び込んできたのは、紅い光景だった。「なっ…………」 窓に駆け寄る。目に飛び込んできたのは、業火。町中が炎に包まれている。 下には逃げ惑う人々が右往左往し、悲鳴と怒号が乱舞している。 さらに、時折起こる遠い爆発音。ガス爆発?……否、明確に爆弾と銃弾の音だ。「な、何の騒ぎなんですかこれは! これではまるで……」 振り返る。「考えるまでも無いだろ! ――――戦争が始まったんだ!!」