学校正門前「驚いた。もしもの事って、本当にあるのね……」「そうですね。とりあえず認識を改めるべきでしょう、凛。敵はこの学校を食い物にしようとしている」「そうね、空気が淀んでるどころの話じゃない。もう結界が完成してない?」「完全にではなさそうですが、起動できるところまでは来ているでしょう」「とんでもない素人ね。他人に異常を感じさせる結界なんて3流よ。やるんなら、仕掛けるときまで隠し通しておくのが1流よ」「凛の見解はどうなのですか?」「さあ。一流だろうが、三下だろうが知った事じゃないわ。私のテリトリーでこんな下衆な物仕掛けた奴なんて、問答無用でぶっ倒すだけよ」 そして、その夜、「いや、全くいい足だ。しかし、俺と競うには実力不足だな」 もしもなんていう言葉はあまり好きではないが、今回ばかりはアーチャーの言った事が正しい。 目の前にランサーが居る。学校の結界を消滅させようとした途端に現れた青の槍兵。 結界の基点を消去するために待機していたら、突然現れた。 屋上から退避して来たが、結局校庭で追いつかれる。……予想以上の敏捷性。「アーチャー!」 霊体化していたアーチャーが私の前に出現する。ランサーからはアーチャーが私の中からにじみ出てくるようにも見えただろうか。「いいぜ、話の早い奴は嫌いじゃない」「……………………」 アーチャーは微動だにせずじっとランサーを見据えている。「嬉しいねぇ。のっけからセイバーと戦り合えるなんざ僥倖だ」 構えるランサー。だけどアーチャーは動かない。 ……そっか、アーチャーは私の指示を待ってるんだ。「アーチャー……」「ランサー! 貴方に提案がある」 いきなり、敵に対してそう言った。「えっ……?」「あん?」 私はもちろん、構えていたランサーまでいきなりの台詞に力が抜けた。「この場を退いては貰えないだろうか」「ちょ、何言ってんのよ! アーチャー!!」 驚かされるにもほどがある。だってそうだろう?サーヴァント、それも3騎士の一角が敵を前にして矛を収めろと言うなど。「はぁ? 何言ってやがるセイバー。まさか怖気づいたんじゃあるまいな?」「あなたの事はよく知っている。アルスターの英雄クー・フーリン。できれば貴方とは戦いたくない」「―――貴様、俺の真名を」 ランサーの怒気が増す。そりゃそうだ、戦いもせず一目見ただけで自分の正体を看破されたのだから。 って、セイバーはランサーと面識があるのか?「悪いが、俺はアンタのことは知らねぇ。アンタみたいな美人なら死んでも忘れねぇと思うんだがな」「私が一方的に知っているだけです。知らないのも無理はない。だからこそ、この場を退いて貰いたい。無駄に二度も命を落とす事もないでしょう」「…………ふぅん、アンタ、俺を倒したような口ぶりだな。生前どっかで会ったっけか?」「いえ、面識もなければ生まれた国も違います。しかし、唯一つはっきりしているのは……今の貴方では宝具を放つ前に私に倒されるだけです」 すると、ランサーはニヤっと笑みを浮かべ、槍を低く構える。「そいつは、どうかな!!」 踏み込みは、弦から放たれた矢のごとく、動きは獲物に牙を向ける豹のごとく。 人間には再現できないほどの速さでアーチャーへと肉薄する。 ギィン!! だが、弾かれた。一本の剣に。 アーチャーが槍を弾いたそれは一本の白い短剣だった。「それが、貴様の宝具か!」 ランサーの踏み込む速度が更に上がった。 瀑布の様ななぎ払い、大岩すら貫きそうな突き、いずれも戻りの隙など存在しない速さで繰り出される。 しかし、弾く。瀑布のごとき斬撃も、2点、3点と怒涛のように突きこまれる刺突もその全てを右手の短剣だけでいなしている。「やるな……、だがコイツはどうだ!」 ランサーが2歩下がる。そこから先は……、まるで閃光だった。 腹、心臓、頭、3点を狙う急所への攻撃はまさに神速。片手だけでの防御じゃとてもじゃないが、間に合わない。 だが、 ギギャン!!「くっ……!!」 だがしかし、弾き飛ばされたのはやはりランサーの方だった。「貴様……」 構えを取り直し、忌々しそうにアーチャーを見据える。 アーチャーは、左手にいつの間にかもう一本の短剣を持っていた。 いや、ちょっと待て。騎士が2刀を使うなんて聞いた事無いぞ!?「2刀使い。驚いたぜ、そんな格好してやがるからまっとうな一騎打ち派かと思いきや、アーチャーか? 貴様」 しかも彼女が持っているのは短剣は短剣でも、英雄が持っているような派手な細工があるわけでもない、無骨な黒と白の中華剣だ。 ……おかしい、何で? いくらなんでも無茶苦茶過ぎないか? 明らかにアーチャーは西洋の英雄。それが、なんで中国の刀剣なんて持っている? あれでは正体が全く判らない。「解せんな。その格好は欧州辺りの鎧だろ。それが、何でそんな得物を持ってやがる。そんな剣士や弓兵なんぞ聞いた事も無い」「はい、そうですかと教えるとでも思うか。 2度目です。この辺りで槍を引く気はありませんか?」 この期に及んでランサーに撤退させようとするアーチャー。 なぜ?「貴方が彼我の実力差を見誤るも思えない。 そのようにこちらを計るかのような戦い方は飽きました。 手を抜くようなら、今すぐ帰って頂きたい」 手を抜く? ……って、ランサーはあれで手を抜いていたとでも言うの? 途端、ランサーの殺気が倍増する。「……言ったな、アーチャー。 ―――ならば食らうか、我が必殺の一撃を」 途端、ランサーの雰囲気が一変する。周囲から魔力をかき集め、宝具である槍へと送り込む。 ランサーの奴、本気で宝具を使うつもりか。「……いた仕方ありませんね」 と、アーチャーはその短剣を消した。そして、無手のまま腰ダメに剣を振るような格好をする。「いくぜぇ―――」 そして、ランサーが腰を落としたそのとき、「誰だ―――!!」 校舎の近くで何者かが走り去っていく足音が聞こえた。その次の瞬間にはランサーが消えている。 まずい、奴は目撃者を消しにいったんだ! 見られたもの一切を無に帰すために。「アーチャー、追って! きっとアイツ……」 わたしは足を踏み出し、いきなり膝から力が抜けた。「凛!? 大丈夫ですか?」 あわてて膝に力を入れる。目の前の光景にあっけに取られて気づかなかったのか、また魔力が大幅に吸われている。「アーチャー、私に構わず行って! 後から追いつくから!」「……わ、判りました」 そして、きびすを返し風のように疾駆していく。 私はと言えば、フルマラソンでも走ったかのような気だるさを押し殺し、立ち上がる。 そして、校舎内に彼は居た。 胸から流れる血。廊下に広がろうとしている血。明らかに致死量。 見知った顔だった。……見た目にパッとしない男だが、確かに私には覚えがあった。 "衛宮士郎"――彼の名前。そして、私の友人の一人が懇意にしている奴。「冗談でしょ……なんだってアンタが」 彼の脇に膝を突き、彼に手を当てているアーチャーが顔を上げた。「凛。すみません、逃げられました。さすがはランサーです、到着したときにはすでに……」 全く、私も馬鹿だ。魔術師でありながら教えを守れず、それに最初の被害者がよりにも寄ってコイツだなんて。「……あぁもう、アイツになんていえば」 自嘲気味につぶやいて、退いたアーチャーに変わって彼の体を診る。「――――あれ?」 おかしい。服に染み付いた血と、廊下に流れた血から見ても致死量なのに、彼自身の傷はそうでもない。「アーチャー、あなた彼に何かした?」 治癒魔術でもなければ、ランサーにつけられた傷を癒せない。だとしたら、目の前のアーチャーくらいしか居ないのだが。「―――いえ、これといって何も。 彼は運がいい。ランサーが慌てていたのか、余裕が無かったのか判りませんが、生死を確認しなかったようだ」 ―――いや……けど、 明らかにおかしいのは判っている。だが、この傷なら1時間と立たずに気が付くだろう。それは少しまずい。「うだうだ言っても埒明かないわね。とにかく、これくらいなら手持ちの宝石で……」 覚えは無いだろうが、この男には借りがある。とりあえず、これくらいでチャラということにして貰いたい物だ。「OK、これでいいわ。アーチャー、撤収よ。後始末はコイツがするでしょ」「……判りました」