中へと入り扉を閉める。一応学校の周辺はまだ戦渦に巻き込まれていない。遠くの音は扉に遮られ重く響いている。 だが中は、非常灯だけが灯る闇の世界だった。「……なぁ、思うんだけどよ」「何ですか?」「見た事あるぜ、こういうの。暗闇から突然ゾンビとか出てきたり、チェーンソー持った奴が出てきたり……」「それはいつの時代の3流映画ですか」「いや、20世紀に日本ではやったレトロゲーム」「行きますよ。発掘品の保管庫ならシェルター並みの防護がなされているはずです」 ランスに構わず足を踏み出す。 だが、おかしい。本来ならこの区域は常時電気がついているはずだ。それに常駐しているはずの警備も居ない。 ……まぁ、こんな時に職務を全うする雇われの警備員はいないだろう。 メインエントランスから、発掘品が納められている棟へと歩く。 妙な感じだった。非常灯しか点いていないとはいえ、大学内はどこか異質な空気に変わっている。 ……まぁ発掘品の中には色々と曰く付きの品も多い。心霊を信じているわけではないが、今の状況ならぬっと出てきそうな雰囲気だ。 とりあえずの用心に、廊下に置かれていた梱包用資材の一部らしき、1メートルほどの手ごろな角材を手に取った。「おいおい、頼むぜアル。物騒な真似だけはしてくれるなよ?」「ランスは後ろから付いて来て下さい。もしかしたら、死地に入ってしまったかもしれません」「死地って……」 さすがにランスも私に余裕が無い事に気づいたようだ。「……くそ、今更病院に逆戻りなんて御免だぜ」 ランスも資材から角材を手に取る。だが、ランスでは正直心もとない。 相手が銃を持ち出してくればランスはおろか、不安定な風王結界しか扱えない私などすぐに殺されてしまう。 一応、腕に魔力を通し、風王結界をゆっくりと纏わせる。魔力不足か、技術不足か透明には程遠い。だが、無いよりましである。 やがて、考古学科の棟に入った。ここの作りは幾分古い。 どれくらい古いかといえば、もはや20世紀並と言っていい。 歴史ある大学だということは承知している。だが、考古学の一環じゃあるまいし我が大学内で改装がおざなりにしか行われていないのは、もはや事務課の不手際といわざるを得ない。 そんな極レトロな考古学科棟には非常灯と、いくつかの工事用照明が吊るされている。ここでは、それが灯っていた。 異変に気づく。空気は淀み、周囲からは妙な気配が漂ってくる。「アルト……」「しっ!」 ランスを黙らせる。 このまま相手と遭遇するのはまずいと頭の中で警鐘が鳴る。だが武器は風王結界でいくらか強化した角材だけ。 残念だが、刀剣類の類は教授の部屋にあり、カードでは開けない網膜スキャンなどの厳重なセキュリティが施されている。いくら教授連中からお墨付きを貰ったとはいえ、入室パスはまだ貰っていない。それに、運の悪いことに教授の部屋はこの先にある。 今まで以上に慎重に歩を進める。 そしてT字路へと差し掛かったその時、私の足は止まった。 ニチャリ……「…………」 腰だめに角材を持ち上げる。敵の姿はまだ見えない。だが、味方であろうはずも無い。「逃げた連中じゃないのか?」「下がってください。……血の臭いがします」 ニチャリ……ニチャリ…… 湿った地面を歩くかのような靴音だった。だが、雨も降っていない屋内でそんな音が立とうはずも無い。 右は壁、左は研究室。だが、金網が張られていた。「逃げよう……、アルトリウス」「無理です。もう気づかれている」 意識を切り替える。腕だけじゃなく全身へ魔力を送り、少しでも俊敏に動けるように強化する。 そして、通路の左からその"女"は姿を現した。「女……かよ」 年のころなら16,7か。暗い色のカソックを着込んだ短髪の女。「神学生か?」 女がこちらを向く。その左手に……黒い何かが滴る、3本の銀色の何かを持っていた。 非常灯と照明だけではまだ幾分暗い廊下だが、その女の一見して焦点の合っていない赤い目は明らかに異質。 と、その女が上半身を脱力させ……、「ランス!!」 突き飛ばす。 次の瞬間、女は左手に持った銀色、黒鍵を投擲してくる。 だがただの投擲にあらず。その速度は銃弾に匹敵する。「―――シッ!」 だが、そんな物は予測の範囲内。一本を避け、二本は叩き落す。 視線を上に。投擲と同時に飛び上がった女は右手に新たな黒鍵を取り出し、こちらに突っ込んでくる。 だが、それが致命的だった。空中に居るものは余程の使い手で無い限り自由が利かなくなる。 愚直に突き出される黒鍵を避け、カウンターで角材を顔面に叩き込む。 しかし、魔術と衝撃に耐えられなかったのか、角材が中ほどから折れた。 後頭部から床に撃墜され、女は仰向けに叩きつけられる。 そいつに……、「アルトリウス! 何を……!」 間髪いれず、折れた角材を眼球に突き込んだ。 角材は眼球を砕き、強化された腕で突きこまれた角材は頭蓋骨を貫通し、脳を破壊する。 やがて……、女は動かなくなった。「…………はぁ」 息を吐く。「お前……、殺した……のか?」「でなければ私達が殺されていた」 女が使っていた黒鍵を拾い上げる。 魔力で具現させる刃ではなく、通常の黒鍵らしい。これなら武器になる。 と、いきなり胸倉を掴み上げられた。「まだ十代の子供じゃないか! 何故殺した!?」「ランス、落ち着いてください」 ランスの手を握る。「これは人間ではありません」「な、……何を馬鹿な!」「証拠が必要ならお見せしましょう。離してください」 殺意さえ持って睨み付けるランスを冷静に見返す。しばらくにらみ合いが続き、彼は私を放した。 胸元を正してから、女の着ていたカソックを裂いた。「お前、一体何……を」 ランスが言葉を詰まらせる。 視線の先にあるのは女の裸体。だが、それは普通ではなかった。 縦横無尽に走る縫い目。色の違う皮膚が乱雑に縫い付けられている。 まるで……人形だった。「ホムンクルスです。粗悪品ながら、黒鍵の投擲に特化したタイプではないでしょうか」「ホムン……、ちょ、ちょっと待て。何だそれ、ホムンクルスって……」 頭がまだ混乱しているらしい。だが、事実は事実で受け止めてもらわなければいけない。「ホムンクルス、人造人間。人間兵器、人が犯した禁忌、戦闘の道具。 お分かりですか?」「待て、待てまてまてまて」 徐々にあとずさるランス。まぁ、こんなものをまともに見せられれば常人ならパニックを起こしている。 背中を壁にぶつけ、しゃがみこむ。「どういう事だよ。人造人間? ……冗談だろ、動物のクローンだって法令で規制されてるんだ。 一体誰が、そんな物を」「"魔術師"、いえ、服装や黒鍵を使っている点から見て"教会"ではないでしょうか」「魔術師……だって?」「えぇ、魔術師です」 当然だろうと言う私に困惑の視線を向ける。「魔術師って……、ファンタジーの世界の産物だろ。そんなのナンセンス……」「別に冗談で言っているわけではありません。実際、私もいくつか魔術を使います」「―――えっ!?」 ランスが見る中、私は風王結界を起動し、黒鍵に纏わせる。見えていた黒鍵が徐々に薄くなり、屈折した光がその刀身を隠していた。「ふむ……、やはり剣の方が魔力を通しやすい」「……………………」 調子を確認する私を唖然と見るランス。「ランス、私は言った筈だ。関われば不幸になる、と。 関わるのは勝手ですが、関わってから文句を言うのは筋違いだと思います」 あの時、日本で言った。関われば不幸になる。だが、どの程度不幸になるなど考えても居なかっただろう。「貴方の知らない所で、世界は別の発展をしている。貴方の言うファンタジーの方面では顕著に。 事実、ホムンクルスを生み出す技術など21世紀のはじめにはすでに確立されていた」「………………」「確かに私は前世において剣を取り、あまたの戦場で敵を斬り殺してきた。本来ならば、貴方がたのような一般人とは関われないような世界で生きてきました」「………………は」「魔術師は一般には知られていない。しかし、現実に存在し彼等は数え切れないほどの抗争を行っている」「…………はは」「貴方の理解を得ようとは思わない。……しかし、ここまで来て……ランス?」「……はは……ははは!!」 いきなり、弾けた笑いをあげるランス。あまりのショックで恐慌状態にでもなったか?「ランス……」「はは……、ククク!」 笑いは止まらない。やはり……、「ランス! パニックは分かりますが、正気に戻ってください」 彼の肩に手をかける。その途端、またランスに胸倉を掴み上げられ、「何故そんな事を黙ってやがった、お前って奴は!」 顔を突き合わされ、そう怒りをぶつけられた。「あぁ、分からんよ。魔術師だかなんだか知らんが、そんな物はこれっぽっちも知らん。 だが、そんな事をお前一人の胸の中にしまって生きてきたのか!」「ランス……?」「俺はよ、前世と聞いて不幸な人生を送ってきたんだろうと思っちまったんだよ。 思い出したくも無い家族、救ってもらった家族、そんな単純なもんだと思ってた……」 と、掴んでいた手を離した。「戦場とか……、敵とか……、俺の予想をはるかに越えてやがる。 血塗られた戦場の記憶なんて、覚えてるだけでムナクソ悪いだろうに……」 顔を押さえる。「そうか…………そうだったのか……」 なにやらブツブツ言い始めてしまった。 ……ガァン! はるか遠く、重い金属が激しく叩きつけられるような音がした。 二人で顔を上げる。そんな音がする理由など一つだろう。「ランス」「あぁ……、魔術師云々の話は後でゆっくり聞くよ。 その為にもゴキブリ並みに生き延びないとな」 ニッと笑みを浮かべて、立ち上がった。 ―――はぁ。やはり、彼のポジティブさは時に羨ましい。「一つだけ聞く。アルトリウス」 二本目の黒鍵に魔術を通している時ランスが聞いてくる。「何のために戦ったんだ?」「―――祖国の為に」 即答だった。否、事実、他に理由など無かったのだ。だが、「そうか……、確かに不幸だ」 私の意志を、彼"も"不幸と断じた。「……移動します。保管庫は4ブロックほど先だ」「おぅ」