角材から、風王結界で強化した黒鍵へと装備を換える。ランスにもとりあえず黒鍵を持たせる。 遭遇した角を曲がってすぐ、微かに感じていた血の臭いの正体がわかった。「……こりゃあ、ひでぇ」 ランスが思わず口を押さえる。 そりゃそうだ。おそらく、さっきの女に殺されたのか、十数人からの死体が廊下に転がっていた。 男も女も容赦なく貫かれている。見知った顔はいないようだが……、「さっきの女がやったのか……」「そのようです。これで判りましたか?アレは情けを知らない人形です。 こちらが躊躇している間に黒鍵を打ち込まれたくなければ、あれを人と思わないことです。 ―――いいですか?」「……しかしよぉ」 死体をよけながら廊下を進む。 つい先日まで厳正な学び舎であったはずの大学は、いまや完全な「死の箱」と化している。 動悸が激しくなってくる。許せない。こんな真似をした連中が許せない、こんな真似をした敵が許せない。こんな場所に逃げ込んでしまった自分が許せない。そして、彼等を救えない自分にも……。 そんな、憤りを覚えながら次の角を曲がり、キラリと廊下の先で光るものが見えた。「―――下がって!」 ガゥン! 声を上げるのと、銃の音はほぼ同時だった。 後ろへ跳んで廊下の角へと隠れる。近くの床が爆ぜた。「敵!?」「えぇ、だが運が悪い。相手は銃だ」 このブロックは二部屋が繋がっている。向こうの廊下まで約15メートル。駆け抜けるには長すぎる。 2,3発なら弾き返すことも出来ようが、それ以上は自信が無い。 手にしているのは、黒鍵であって、聖剣ではない。何らかの魔術の篭った弾丸だったとすれば、なおさらだ。 影から顔を出す。 即座にマズルフラッシュが起こり、弾丸が飛来する。「っ!?」 相手はどうやら二人。廊下の左右にいる。別の廊下から回り込むのは論外だ。自分はともかくランスがついて来れるとは思えない。 ならば、「ランスはここに」「ど、どうする気だよ?」「無茶です」 言うが早いか私は陰から飛び出す。 即、銃弾が飛来する。飛んで来た二発を斬りおとす。あちらに動揺の気配。その間に私は斜め向かいの扉へ体当たりで飛び込んだ。 古いだけでいまどきどこの学校も使っていない木のドアは、強化された四肢の体当たりだけでぶっ壊れる。 すぐさま体勢を立て直し、まっすぐ右の壁へと疾る。 斬撃は3回。薄いコンクリートの壁など物の数ではない。 まぁ、弁償はしなくてもいいだろう。こんな状況だし。 切り開いた穴から向こうの教室へ。切った壁の破片が落下し、派手な音を立てた。 さすがに気づいただろう。ならば、移動し体勢を整えられる前に肉薄する。 ここは3面がガラス張りになった実験室。正面のガラスへと真っ向から突っ込む。 バギャァァァン!! 殊更にデカイ音が出た。 そして、視線の先には白のコートを羽織った何者かの姿。 着地と同時に黒鍵を振るう。相手もこちらに腕を振る。手にはやはり銃が握られている。 だが、風王結界で切れ味の増した黒鍵は握られた小型の銃をいとも簡単に切断した。 動揺している間に肩から相手に突っ込み、吹っ飛ばした。壁に叩きつけられた相手に向かい、黒鍵を……、「よせ!!」 ズダン! 突き立てていた。頭の横10センチに。 声をかけてきたのは、渋い声の男。やはり、コイツの仲間のようだ。 その手には一丁の古めかしい銃が握られている。「双方とも動くな!動けば命が縮まると思え!」 声を張り上げる。案の定、男の動きが止る。 これでイニシアチブはこちらのものだ。「貴様ら何者だ!"教会"の手のものか?」「教会……だと?」 声を上げたのは離れた男の方、くたびれた格好をした30代後半の男。よくよく見れば、ふっ飛ばした男も童顔ながら20代程の男だ。「何故、ブリテンを狙った。答え様によっては……」「ちょ、ちょっと待て!」 明らかな狼狽の声で銃を持った男が言う。「お前こそ、"教会"の仲間じゃないのか」「笑止な。私はこの大学の学生だ」 言ってから、まったく説得力の無いことに気づく。 どこの女学生が、銃を持った男二人相手に立ち回りを演じるだろう。しかし、事実は事実。「こちらの番だ、答えろ。貴様等、どこの者だ」 剣を持つ手に力を入れる。壁に突き立っていると言えども、今なら壁ごと男を切って捨てられる。「……"魔術協会"所属の、魔術師です」 答えたのは冷や汗を浮かべて壁に倒れこんでいる、青年だった。