「……な、に?」 意外な答えに、私は思わず声を失った。「ガル!」「"教会"を知ってるって事は、"魔術協会"の事もご存知でしょう……?違いますか?」 教会と言う単語を聞いて動揺する男と、比較的冷静な青年。 なるほど、どうやら本当のようだ。「魔術協会……、証明できますか?」「いえ……。しかし、あのホムンクルスは僕達の敵です」 やはり彼らも襲われたようだ。 嘘を言っているようには感じない。私は剣を引いた。「信用しましょう。何故この大学に来たかは知りませんが」「……やれやれ」 味方だと判ったのか、男も銃を降ろす。 改めて二人を見る。魔術師が二人、同僚なのか師弟なのか判らないが、この大学に来ると言う事は重要人物でも探しているのだろうか。……否、人とは限らないか。「すまなかったな。てっきりあのホムンクルスどもの仲間かと思った」「こちらこそ申し訳ない。ホムンクルス達を操っている者がいるものと思っていた」「ハハハ、お互い考える事は同じか」 渋めの男は気さくな笑顔で右手を差し出してくる。「甲斐ヒロヤスだ。言った通り魔術師をやっている。こっちは、不肖の弟子ガウェインだ」 って、出会ったばかりの私にそんな事を言ってしまっていいのだろうか。 普通、戦いをする者は易々と利き腕を相手に差し出すような事はしない。利き腕を塞がれ、手を握ったとたんにナイフを突き刺されても文句は言えないのだ。 しかも、相手は魔術師。相手の名を知る事で影響を及ぼす魔術が存在すると言うのも聞いた事が有ったはずだが……、「先生!何を簡単に言ってるんですか!」 と、ガウェインと呼ばれた青年が声を荒げた。「それより前に正す事があるでしょう。 ……貴女、この学校の学生と言いましたね」「―――確かに」「その割には魔術師の裏に詳しすぎます。それに、その両手に握っているのは剣ですか?」「おいおい、そんな矢継ぎ早に聞くのは失礼だろう?」「先生は黙っていてください。 学生風情が何故剣を持ち、魔術で隠せるのですか。 御見受けしたところ、風を扱っているようですけど」 どうも、気さくな甲斐氏に対してこのガウェインという魔術師は正当な認識を持っている。 魔術師は一般に知られてはいけない者。彼の誰何は当然と言える。「はい。確かにホムンクルスの使っていた黒鍵を風で隠して使用しています。先程一体倒しました」「……貴女の師は?時計塔の方ですか?」「魔術は我流です。師はいません」 当たり触りのない回答を心がける。「私は前世で騎士王でした」などと、口が裂けても言える物ではない。 もっとも、今の我流という表現に青年の眉が下がり、甲斐氏は「ほう」と声を漏らす。「そんなはずは無い。魔術は一般人が独学で学んで身につく類では有りません。それに……」「まぁまぁガル君、いいじゃあないか」 甲斐氏がガウェインの肩を抱く。それ以上の問答は無用と言う事だろう。「ここは戦場だ。余計な詮索は安全な場所で行いたいね。 ところで、君は一人でここへ?」「いえ、同期の連れが居ます」「じゃあ、その連れってのも魔術を?」「いえ、ホムンクルスに襲われるまでは何も」「そう、か。まあいい。呼んでくるといい、どの道もうここに用は無い」 ランスを呼びにいく。大声を張り上げれば、あちらから接近してくる敵に見つかる恐れがあった。「魔術師?じゃあ、アルトリウスと同類か?」「あちらはいわば本家本元です。私とは格が違います」「やれやれ……、裏の世界はヤクザだけで十分だよ」 二人と合流する。そして、「………………」「――――――」 ランスとガウェインがお互いに目を合わせた途端、「ガル!?」「ランス……兄さん!?」 驚愕の声を上げた。 何だ?この二人は顔見知りか?「何で、ガルがここに……いや、それよりも魔術師って」「な、……なんでランス兄さんがこんな所に居るんですか!?」「まぁまぁ、落ち着け落ち着け」 困惑する二人の間に甲斐氏が割って入る。「見たところ顔見知りのようだが、ガル、彼は?」「……いとこです。正確には私の父の弟の」「本当ですか?ランス」 さすがに驚く。ランスが魔術師の家系の出だったとは。 最も、魔術師と言うのは一子相伝。魔術を教える息子や娘以外の家族には一切漏らさないのが常識だ。 どうやら、ランスはその魔術を教えられず、知らないまま枝分かれした家系の一つだったのだろう。「あ、あぁ。……だが、俺の親父は何も」「普通、魔術師はその存在を隠す。親兄弟であっても、伝える対象以外には絶対に漏らさない。 君は多分、魔術を伝えられなかった父親を持ったんだろうな」 甲斐氏が簡単に説明する。「人目に触れない事が魔術師の原則です。ランス兄さんが知らないのも無理は無い。 叔父さんの代から魔術の事は知らなかったんですから」 そして、今度はランスが頭を抱える番だ。「マジかよ……。 あー、神よ。願わくば俺の狂った人生を元に戻してくれ」「手遅れだな」「手遅れです」 甲斐氏と私にツッコミを食らってランスは頭を垂れた。 彼らの目的は生存者の救助。と言っても、彼ら時計塔の魔術協会が事態を把握したときには、すでに敵はロンドンの奥深くに攻め入っていた。 時計塔は直ちに本部を封鎖、防衛に努めたらしい。ところが、魔術師が出て来ない事をいい事に敵のホムンクルスは一般人の虐殺に打って出た。 そうなると、さすがに隠匿を身上とする時計塔と言えど黙っていられない。 そして、初めて魔術師が表の世界でチャンバラを始める事になってしまったのである。 現状、時計塔はロンドン周辺のホムンクルスの掃討と、一般人の救助を優先して行っているらしい。 しかし、運が悪かったのか、時計塔にいた魔術師は主に研究専門――言ってしまえばデスクワーク主体の魔術師だった。 戦闘専門の魔術師は方々での小競り合いを収める為に各所に出払っていたのである。「しかし分からんのは、何だって"教会"が虐殺なんていう訳の分からん事を始めたかだ」「予測はつきます。昨今の教会との抗争が一気に激化、キレた教会が総攻撃に来たと言う考え方も……」「奴等にとって禁忌であるはずのホムンクルスまで導入して、一般人を巻き込んでか?考えられんな。 憶測もいいが、考える時はあらゆる事に説明ができるようにしろ」「はい、先生」 裏門への廊下を歩きながら甲斐氏は私達に現状を説明してくれた。「要するに、俺達はアンタらの喧嘩に巻き込まれたってことだろ?」 横を歩くランスはあからさまに嫌味を込めて言う。「ハハ、喧嘩か。頭が痛いな」 否定はしないか……。「とにかく、こういう事態だ。君等にも時計塔に来てもらう。今ロンドンで安全な場所はそこしかないからな」「時計塔?時計塔って、あのか?」 甲斐氏が言った言葉にランスが聞き返し、「はい、あの時計塔です」 ガウェインが応えた。当たり前だ、誰があの大英博物館の下に魔術協会があるなどと思う。 数分後、私達は裏門から外へ出た。とりあえず、敵は周囲に見えない。 町の攻撃も沈静化しつつあるのか、散発的なものに変化している。だが、それは結果的に生きている者が少なくなっているだけの話。 裏門の周囲にも車が何台か乗り捨てられていた。恐らく、大学に避難場所を求めてやって来たのだろうが……、幾人かはたどり着く事無く肉塊に変えられている。「移動はどうするのですか?」「トラックがある。ソイツで移動する」 比較的出口に近い場所に止まっていた軍用のエレキトラック。私とランス、甲斐氏が荷台に乗り、ガウェインが運転席に乗った。「出します!」「おう!」 トラックが発進する。科学万能の時代といっても、人間とはやはりタイヤのつく乗り物からは離れられ無いのか……。 走り出して10分。襲撃は今の所無い。最も、周囲に目を光らせる内に生存者の姿も見えないが。「酷いですね」「あぁ……酷い」 それは蹂躙だった。息ある者は無く、まさに戦時下の町並みを移動しているに等しい。燃え上がる建物、乗る者の居なくなった車達。そして、血の池に沈む人々。 私が襲撃に気づいてからほんの2時間あまり。悪逆非道とはこの事か……。「くそ……、こんな光景、本でしか見たこと無いってのに。現実に見せ付けられると、やっぱ吐き気がする」 ランスは外から臭って来る血の匂いに当てられたか、気分を害していた。「調子が悪いなら座っていなさい。見張りは私達でやります」「あぁ……、悪い」 トラックの奥へ入っていくランス。視線を外へと戻し、「どわぁぁぁぁ!!?」 いきなりあがった叫びはランスの物だった。「どうしました!?」「何だ!」 腰を抜かしたのか、倒れたランスの視線の先には布がかけられた何かがある。「い、今……これに腰掛けたら、いきなりうめき声が……」『―――!!?―――』 私は置いてあった黒鍵を握るとその布に手をかける。そして、布を剥ぎ取った下では、一人の男が震えていた。 どこにでも居るスーツ姿の中年男性。「おい、お前……」「ひぃぃぃぃぃ!!?やめてやめてやめて、殺さないでくれ殺さないで、殺さないで……!」 よっぽど怯えているのか、顔を上げようとしない。二人と顔を見合わせ、とりあえず武器をしまう。「心配ない。我々は敵ではない」「ぅぅぅぅぅぅ…………」 その後の追及が無いのを疑問に思ったのか、徐々に顔を上げる男。「境遇的には貴方と同じだろう。敵に襲われ、逃げ延びてきた。今仲間のいる所へ移動している途中です」 勤めて落ち着いた口調で話す。こういった戦闘経験の無い一般人は恐慌状態に陥る事がよくある事だ。「……ほ、本当なのか?」「えぇ、私はアル……いえ、セイバーヘーゲンと言います。"セイバー"と呼んでください。貴方は?」「あ、あぁ……」 手を差し出す。失礼かと思ったのか、彼は居住まいを正し、「ヴィクトールです。……ヴィクトール=モード」「ではヴィクトール、貴方は何故ここに?」 彼の話では、会社の夜勤明けで襲撃にあったらしい。大学近くまで逃げ延びていたはいいが、大学のドアは閉じられている。そこで、止まっていたトラックの荷台に飛び乗ったそうだ。「悲鳴が聞こえてきた……。映画のホラーなんか目じゃない。目の前で、すぐ近くで人が死んでいくのが分かるんだ。 だが、私は何もできなかった。怖かった、ただ怖かったんだ」「それが普通だ、おっさん。普通の人間なら交通事故の現場に居合わせるのだって御免被りたいよ」「私もだ。タバコはいるかい?」 甲斐氏が持っていたシガレットを差し出した。 ヴィクトールは震える手つきで一本取ると、甲斐氏の使い込まれたジッポライターで火を点けてもらう。甲斐氏も同じく咥えたタバコに火を点けた。 深く紫煙を吸い込み、吐き出す。それで、少しは落ち着いたのか、手の震えが収まっていった。「と、ところで、仲間の所とは……どこですか?」「ミスター甲斐、時計塔はここからどこのくらいでしょうか」「ん、あぁ、後30分てところか。それから俺は甲斐って呼び捨てで構わんよ。堅苦しいのは性に合わなくてね」「分かりました、甲斐」「あの……15番街に寄ってもらう事は可能でしょうか?」 15番街……、私のアパートからさほど遠くない場所だ。明らかに逆戻りだ。「何故?」「妻と娘が……。無事を知りたくても携帯が繋がらず、何の連絡も……」「生憎だが、ソレはできない。敵地に突っ込んでくれってのと同じだ」「……そう、ですか」 家族……。私の家族はロンドンから離れた南の地方に住んでいる。この戦闘がどの程度の被害をもたらしているかは分からないが、少なくとも1週間前に連絡を取った際は無事だった。何故連絡を入れないかといえば、私が単に携帯嫌いなだけである。 元気としぶとさが身上の父や兄が簡単に死ぬとも思えないが……、 運良く敵に出くわす事無く移動する事はできた。正面に堂々とトラックを乗りつけ、駆け込む。 門番も居なければ見張りも居ないという、状況。 そして、周囲に山と積まれたホムンクルスと警備兵の死体の山。激しい戦闘があったのは明白だった。