「こっちだ」 一階部分他、諸々知られている部分はもちろん博物館である。 私としては武器の展示場で長剣の一本でも調達したい所だが、さすがに使用に耐えられる代物ではないらしい。 展示室の一角にある魔術師にしか解く事のできないセキュリティを開け、中へと入っていく。 長い階段を降り、もう一度扉をくぐったそこは……、上とほぼ同じ造りをした大広間だった。 明かりは少なく、向こう側がとりあえず見えるほどの暗さ。 そこには、……数人の人々がいた。 そのうち何人かが立ち上がる。入って来た私達を警戒しているんだろう。「倫敦魔術協会の甲斐ヒロヤスだ。こっちは弟子のガウェイン=ウェラハット、それと避難民数名を連れてきた」 それを聞いて立ち上がった男の一人、スーツを着込んだ大柄な黒人が、手に持った端末を操作し、「……確認した」 それだけ言うと、また座ってしまう。「チッ」 舌打ちをした少年。手にはどこから手に入れたのかライフル銃を一丁持っている。 他には壁際に寝かされた女性とソレに向かって手を当てている白いカソックの……、「―――貴様!!」 それを見た瞬間、私は足を踏み出す。一投足でそのカソック姿に踊りかかった。「ちょ、お前……!」「え……?」 振り返る女。直後、一瞬の出来事に何のリアクションも取れず、私に組み伏せられた。「なぜ"教会"がここにいる!彼女に何をした!!」「……い、痛い、痛いです!」「まて、彼女は敵じゃない!」 そう声を掛けて来たのは、近くに座っていた青年だった。「彼女はその女性を治療してるだけだ!」 ピタリと、動きを止める。「治療……だと?」「おいおい、何だって教会の司祭がいる?」 甲斐が黒人に尋ねる。「ベティ・G・ローゼンバーグ。"教会"の所属だが、こちらに出向に来ていた変り種だ」 黒人の魔術師は淡々と口にする。恐らく嘘ではない。こんな所に敵を紛れ込ませるほど余裕など無い。 すぐに、彼女を放した。「けほっ、けほっ」「……すまない。外で同じ格好の敵に襲われたものだからつい」「……いえ、いいんです。私もはじめは驚きましたから」 彼女は座りなおすと、寝かされた女性にまた手を当てる。 そして、その寝かされた女性は重傷を負っていた。いたるところに包帯が巻かれている。 どうやら、治癒魔術を施しているようだ。とんだ邪魔をしてしまった。「君らも襲われたのかい?」 先程制止した青年が声を掛けてきた。眼鏡をかけた若い青年だ。「えぇ、大学に逃げ込みましたが奴らも侵入してきまして、彼らと出会ってここへ」 と、甲斐とガウェインを指す。「そう、か。僕はこの近くに住んでいたんだ。初めは何が起こったか分からなかったけど、ここに逃げ込んだんだよ」「貴方も魔術師なのですか?」「いや……一般人さ。参ったよ、本当に何が起こっているのか分からないままここに来たんだ」 一般人……、おそらくホムンクルスも一番にここを狙ったのだろう。その近くで生きて逃げ込めたのは奇跡に近いか。「おっと、名乗っていなかったね。イーサンだ。イーサン=ガラハット」「私はア……、"セイバー"と呼んで頂ければ……」「セイバー?剣士か、妙な名前だね」 物珍しいとは思うが、のっけから「妙」呼ばわりとは何事か。「本名はセイバーヘーゲンです。長いのでセイバーと」「なるほど」 私は寝ている女性を見やる。「彼女は?」「あぁ、確かこの博物館で事務員をやってる人だ。名前は確か……」「トリスティア。私が懇意にさせていただいた人です。襲撃の際に、流れ弾で負傷を。 先程までは意識があったのですが……」 沈痛な表情で治癒魔術を続けるベティ。相当ショックだったのだろう。「ところで、イーサン。貴方はあまりパニックになっていないようですね」「ん?あぁ、魔術師云々の話かい?僕は上で学芸員をやっていたんだ。 魔術師云々の事はよく知らない。でもま、曰く付きの所に就職した実感はあったんだ。さすがに魔術や魔法に関わる事になるなんて思っても見なかったけどね」「そうですか……。 ところで、今この場に居る人たちだけで全員なのですか?研究者や他の者たちがいるのでは?」「いや、僕が来たときにはもっと人がいた。だけど、数時間前に救助活動に行くといって十数人で出て行ったけどそれっきりさ。 あの黒人、ボルツっていうらしいけど、一応彼がここを仕切ってる」「なるほど……」 イーサンに礼を言い、私は指揮官らしいボルツ氏に近づく。「ミスターボルツ、でよろしいですか?」「何だ」「この時計塔に現在残っているのは我々だけなのですか?」「民間人に答える義務は無い」 なるほど、これは堅そうだ。「では、質問を変えましょう。再度の襲撃があった場合、ここは持ちこたえられるのですか?」 彼が顔を上げる。この暗がりでサングラスとは根性の入ったことだ。「ここの防壁は核兵器にも耐えられるように設計されている。だが、奴等がどのような手段を持っているか分からない以上、楽観は禁物だ」「なるほど。もし敗走という事になった場合、逃げ道の確保は?」「ある。だが、お前達だけで行き着くことは不可能だ」「地下深くに専用のターミナルでもあるのですか?」 彼の視線がこちらを見る。「貴様、どこでそれを」「ほう、当たりましたか」「……ムッ」 簡単なカマ掛けである。口は堅そうだが、人が悪いというわけではなさそうだ。「ご心配なく。魔術協会に所属はしていませんが、私も少々魔術の心得があります」「……そうか」 視線を手元に戻す。手に持った端末を見ているが、仲間からの無線でも待っているのだろうか。「ところで、外部からの援軍の期待はできるのですか?」「分からん、衛星通信用のアンテナは潰された。上からなら衛星電話も使えようが、ここは隔離区画だからな」 と言うことは、外部との通信は断絶と見ていいのか。最悪だ。「アル」 と、後ろからランスに声を掛けられた。広間の奥を指した。話があるということか。 移動し、とりあえず会話は聞こえないだろうという位置まで離れる。「何です?」「いや、大した事じゃない。あのヴィクトールとか言うおっさんとここに居る連中に"セイバーと呼べ"って言ったよな。 一体どういう風の吹き回しだ?」 セイバーというあだ名。中学、高校、大学とその呼び方だけは完全否定してきた私だ。疑問に思うのも無理は無いか。「その事ですか。魔術の中には相手の名前を知っていると有利に働く物が存在するので、その警戒に」「ふーん、……そんな事でポリシーを覆すとは思えないんだが?」 ……………………「……貴方も大概人が悪いですね」「3年も付き合えばそれくらいわからぁ。で、ホントのところはどうよ?」「うーん……、口外しないと誓ってくれるなら教えますが」「今まで俺がお前の秘密をバラした事が?」「ありません……か。 では、私が前世で剣をとって戦った事は話しましたね」「あぁ」「その時、私はセイバーと呼ばれていました。名前ではなく称号のような物です。今のセイバーヘーゲンという苗字には関係ありません。 あの時は自分の真名を知られる事は敵に弱点を知られる事と同意でしたから」 聖杯戦争。7つのクラスに7人のサーヴァント。「ニックネーム……か」「えぇ。戦場において私はセイバーと呼ばれる事を誇りと思っていた。最高の称号であるセイバーという名を冠し、戦場で敵を倒し、勝利を得る。……ですから、セイバーという名は私の戦場での姿そのものだった」「……………………」「だから、戦いの無いこの地でセイバーと呼ばれるのは嫌でした。 それに、親しみを持って呼んでくれた者達、愛情を持って呼んでくれた人。"セイバー"という名前には思い出が多すぎる。ですから、その思い出に安易に踏み込んで欲しくなかった。 というのが理由です」「そう……か。……悪かったよ、ふざけて呼んじまって」 バツが悪そうに、頭を掻くランス。「何を今更……。 今なら構いません。貴方も私を"セイバー"と呼んで結構です。むしろそうしてください」「は?でも、嫌なんだろ?」「ランス……、今はどういう状況ですか?」「何って、せんそ……って、待てよ。何考えてんだお前!」 私の意図を察したのか、いきなり肩を掴むランス。「止めろよ。生まれ変わってまで矢面に立つ義理がどこにある!」「現実は待ってはくれません。現に戦力は我々のみ、戦える人員は多いほうがいい」「けど……前世で嫌と言うほど戦ったんだろ?もういいじゃないか!」「―――っ!」 突き飛ばした。よろめくランスを睨みつける。「ランス、私への侮辱はそれきりにしてください。いくら貴方でもそれ以上は許容しかねる」「アル……」「セイバーです」 しばしの睨みあい。ギリッと彼の歯軋りの音が聞こえてくる。「分かった。……分かったよ、セイバー」「感謝します。では……」 そう、私の名はセイバー。 聖杯戦争において最も優れたサーヴァントが冠する称号。その身は魔術に対し絶対ともいえる耐性を有し、その剣技はサーヴァント中最高を誇る。良きマスターに巡り合ったなら勝利は確約されたも同然と言わしめる剣騎士。 それが私の前世。 もう名乗る事は無いと思っていた。しかし、運命は皮肉だ。生まれ変わってなお、私に戦えという。 葛藤はまだ続いている。だが、少なくとも戦う理由ならばある。かつて最強の守り手とも言われた自分が、現在では何の役にも立っていない。それが無性に歯がゆかった。 ならば、今の自分にとって何が最善か。目の前で何の抵抗もなく死んでいく者達を見て私がすべきことは何か。 私は"彼"のように全てを救う事などできない。そんな事、切り捨てる事で繁栄を築いた私が、今更どの口で言える。 今の私は英霊ではないし英雄ですらない、一人の女。ただ人よりずば抜けているだけ。 700万の命を守るなど、到底無理な話。だが、ここにいる十数人の命を守る程度の役には立てるはず。 なら守ろう。守ってみせる。これ以上、私の前から命の光が消え行くのはたくさんだ!「誓いをここに」 願いではなく誓いを……、「私は貴方達の剣となり盾となる」 万難を排し、彼らを守る騎士となろう。「我が運命は貴方達と共に。 ―――ここに、契約は完了した」 目の前にいるランスだけが私の宣誓を聞く。 何の強制力も無い、単なる口約束。 仕えるマスターは無く、果たす目的は困難至極。鎧も無ければ、この手にあるのはか細い黒鍵のみ。 だがそれでも、私は私の為に誓う。 ―――誰一人欠く事無く、この死地から生き延びてみせる。と