このシェルターじみた魔術協会に逃げ込んでそろそろ3時間が過ぎようとしていた。 時計では8時を指している。 広間の中は静寂が支配していた。 各々がただ静かに時を過ごすだけの空間。 私は、この静けさをよく知っている。……何かがしたいのに、何もできないという空気。 負け戦の後は、陰鬱とした空気が辺りを支配する。そんな空気。 そんな中、私は目的の人物の前に立つ。「何だい?なんか用か?」 甲斐ヒロヤス。魔術協会所属の魔術師だと言う。そして、日本人。 フィルターまでまもなくと言うタバコをくわえ、懐から銃と弾薬の箱を取り出す。 私はその横に座り込む。「いえ、特に用と言うほどの事はありません」「ふーん」 撫で付けた髪をした男性。年のころは40か。 歳を感じさせない鍛えられた体。恐らく体術も相当のものだろう。 使っていた銃の弾装を外し、箱から弾薬を詰め始めた。「少々、お聞きした事があります」「何だい?おっと、結婚してるかと問われれば違うぞ。お家柄、制約が多くてね」 弾を込め終わり、不備が無い事を確認する。『冬木市』 あえて日本語で言った。 ガチッ、と戻そうとした弾装と銃身がぶつかった。 ただでさえ静かな空間。それに輪をかけて、二人の間には緊張感が張り詰めた。『ご存知ではないですか?』『……お前さん、どこでそれを』『さる筋から。なにかご存知なのですか?』 ガシャンと、乱暴に弾装を戻し銃をしまう。 立ち上がって、咥えていたタバコを踏み潰した。『隅で話そう。ガルも日本語を話すからな』 ランスと話しているガルを見ると、私達は部屋の隅へと移動する。 広間といっても、全長20メートル近くある。部屋の隅へ移動すれば、離れた相手の話し声は聞こえない。 壁にもたれ、新しいタバコを取り出すと、使い込まれたジッポでタバコに火をつける。 そして、紫煙の匂いが辺りを漂い始めた。「さて、嬢ちゃん。何の話だったかな?」 今度はのっけから日本語だ。こちらが十分に話せると知ったのだろう。「冬木市について知っている事を、些細な事でも構いません」「あぁ、最初に聞いておく……」 目頭を押さえ、彼は問う。「冬木の町がどういう町か、お前さんはどれくらい知ってる」「聖杯戦争」「クッ。……なるほど、全てか。 いいだろ。何が知りたい」「あの町には、遠坂、間桐、衛宮という魔術師の家があったはずです。 その者達の消息を」 私が持ち出した苗字が余りのショックだったのか、いきなりむせ返った。「ゲッホ、ゲホ……わりぃ。 そうか……、あの御三家を知ってるのか。ククク」「何がおかしい」「間桐、いやマキリの所は知らんよ。廃れた家系は廃れたままだ。 だが、数百年経って文献の名前すら薄れてるってのに、まだ名前を聞くとは思わなかった。……まぁ、あの家系はいい語り草だからな。 だがあいにく俺は蟲嫌いでね。名前を知っている以上の事は知らん」 何のことを言っているのだろうか。「では……、遠坂と衛宮については?」「……ふーーー」 気を落ち着かせるように時間をかけて煙を吐き出す男。「知っているのですか?」「……知るも知らんも無い。あの家系……いや、あの二人のことを知らん日本人の魔術師はモグりだ。 そうだな、一言で言って"伝説"だ」「伝説?」「あぁ、時の翁の直系の弟子にして冬木の管理人、五大元素使い遠坂家。そして、どっから沸いたか"へっぽこ"の衛宮家。 日本人は魔術協会じゃ不遇の扱いでな。当時もそうだった。 ある時、その遠坂と衛宮がつれだって時計塔にやってきた。 冬木の聖杯戦争を生き残り、"時の翁"の推薦を貰ったかどうだか詳しい事は知らん。 俺も文献で知っただけだからな。こっからの話は全部文献で見た事だ。そのつもりで聞いてくれ。 数年経ったある時、魔術協会と教会の間で小競り合いが起こった。 それなりに人が死に、それなりに荒れたそうだ。 そこに二人がやって来て、あっという間に小競り合いを沈めちまった。 もっとも、それだけじゃ伝説とは言えない。問題は、その小競り合いで衛宮の奴が使った魔術が問題だった」「魔術……ですか」「あぁ、"投影魔術"さ。もちろん、投影自体はさほど珍しい事例じゃない。当時時計塔にも何人か投影魔術師がいたからな。 だが、奴のは桁が違った。時間が経っても劣化せず、実戦レベルで投影した武器を使用した。 そして一番の問題、奴は宝具を投影したんだ」 脳裏に自身の武器、カリバーンを投影したシロウが思い浮かぶ。 確かに、あれは凄まじかった。「どこの世界に自分の魔力を上回る物を投影できる馬鹿が居る。後にも先にもそんな魔術師は出ていない。 さらに遠坂、奴は時の翁の持つ宝石剣を使用した。衛宮が投影したものらしいってのが有力だが、詳細は不明。 まったく、文献が嘘を言うはずも無いが、俺だって始めてみた時は笑ったよ。投影魔術でゼルレッチの宝石剣だぞ。第2魔法だ。 そして、二人はそのまま歴史から姿を消した」「姿を消した!? なぜですか!」「あたりまえだ。宝具や宝石剣を投影するなんて事がどれほどの事か判るか?まさに魔法の類、それに人間にとって危険だ。 恋仲と言われた遠坂はそれを知ってたんだろう。事態を知った魔術協会は遠坂と衛宮をまとめて"封印指定"にした。 ……姿を消したのは懸命だな」「封印指定……、じゃあ二人は」「追われたさ、死ぬまでな。 だが、奴らは逃げ切った。どこへ逃げたか知らんがスゲェ二人だ。 どこで生きてどこで死んだか、全ては本人しか……、おいどうした?」 涙を流していた。 信じられない。私が去った後にそんな事になっていたなんて。 思わず膝を突いた。「おいおい、考古学の学生が話を聞いただけで感情移入か?……参ったな」「……凛……シロウ。どうして…………どうして!!!」 拳を床に叩きつけ、大声を上げた。「お、おい……」「どうした!?」 大声に驚いたのかランスが駆け寄ってきた。「アル……、テメェ、彼女に何をした!!」 怒ったランスが、甲斐の胸倉を掴み上げる。「おいおい、俺はただ彼女に昔話をしただけだ。過剰に感情移入したのは彼女だぞ」「昔話?」「……いいんです、ランス」 どうにか、気持ちを落ち着け立ち上がる。「すみません。取り乱したりして……」「昔話って、……アレか?」 うなづいた。無言で、手を離すランス。「そう、か。……すまん」「あ、あぁ」 謝罪するランスと、あっけに取られる甲斐。甲斐にはどういう事か判るまい。「すみませんでした。他に知っている事は何か?」「…………いや、なぁ」 自分の話している事が私に悪影響を与えた事に狼狽しているのだろう。 私だってそうだ。どうしてシロウと凛が時計塔に行ったのか、そして戦闘に加わりシロウが投影魔術を使用したのか。 そして、封印指定を受け、捕まるか殺されるかしかない立場へとなったのか。 信じられないことばかりだが、この男の言っている事は真実だろう。「聞くが……この話ってのは、お前さんにどう関わって来るんだ?感情移入にもほどがあるだろ」「そうですね。……貴方なら信頼できそうだ」 とりあえず、かいつまんで説明した。 自分が前世の記憶を持っている事。二人と親交があった事。さすがに、自分が聖杯戦争のサーヴァントだった等と言えるはずも無い。「……マジなんだな。その話」 壁にもたれ、静かに聞いていた彼は、聞き終わるや否や、表情に厳しさが宿る。「はい。貴方の話に嘘がないと信じたから話しました」「そうか……、転生の類にゃ初めてお目にかかったよ。あんたの話を信じるなら、だがね」 タバコを咥え、また深く紫煙を吸い込む。「ふー。……よし、ならこっちも秘密の話をしてやろう。 こいつぁ、ガル坊にも言ってない話だ。 悪いが坊主、外してくれ」「――断る。俺には聴く権利があるはずだ」 意外な事に、ランスは退き下がらなかった。「ランス」「日本の事、この現状、そしてさっきの事。確かに俺は何も知らなかった男だ。 だが、ここまできたら一蓮托生。俺は、お前にとことんまで関わる。関わって関わって関わり抜く。 ……言ったろ、俺はお前を愛してるって。まだその気持ちは変わっちゃいないんだぜ?」「なっ……!」 ここでそれを言うか、この男は!「聞かせろ。ガルに言うなというなら言わない。口は堅いつもりだ」「……………………」 心に決めたという顔で甲斐を見るランス。 甲斐のほうは無言でこちらを見る。私が良いといえば、話そうというのか。「聞かせてください」「判った……。 実はな、俺も聖杯戦争を経験した一人なんだよ」