衛宮君の家に上がりこみ、割られた窓ガラスを修復した後4人で居間に落ち着いたのだが、「――――――――」「……………………」 何なのだろう、この空気は。 衛宮君はまだ動揺してるみたいだし、セイバーは露骨にアーチャーを睨みすえている。 んで、当のアーチャーはといえば私の横でさっきから落ち着いた笑みを浮かべている。 当然の事ながら、さっきの行為はセイバーの心象を悪くしている。……もちろん私もだけど。 だが、それよりもセイバーと彼女が全く同じ武装をしていたことが驚愕だった。 似た英霊、と言うことはあるまい。明らかに何らかの同じ部隊や、国に所属しているとか、関係性が無ければおかしい。でなければ、ここまで似るわけが無い。 もしかしたら、姉妹の英雄なんて事もあるのかもしれない。だが、セイバーははっきり敵意を示しているから姉妹と言うのはボツか。 だからといって、同じ英霊が2重に召喚されるなんて事が起こる等聞いた事が無いのだが……。「まぁ、要するに衛宮君はちょとしたゲームに巻き込まれたって訳よ」「ゲーム……だって?」「そう、"聖杯戦争"っていう魔術師同士の殺し合いにね」 彼女達の問題は今のところは先送りである。 とりあえず、何も判ってなさそうな彼に色々軽く説明して、「それじゃ、出かける支度して」「出かける?これから?どこに?」「聖杯戦争を監督してる奴の所。そこに行けば、あんたの疑問に全部答えてくれるわ」 んで、マスターのせいで霊体化出来ないというセイバーに雨合羽なんていう逆に目立つ格好をさせて、私達は新都の向こうにある教会を目指す。 セイバーは何も言わずに黙って付いて来た。無論、傍目から分かるほどにアーチャーに意識を向けながら。 /// /// 教会に到着する。「では、私はここで待ちます」 セイバーがそう言った。「え、セイバーも入ればいいのに」「いえ、貴方の目的地がここならこれ以上どこかへ行く事も無いでしょう。私は外で待たせていただきます」「……あぁ、判った」「凛、私もここで待たせてもらいます」 アーチャーもそう言って、実体化する。「OK。行きましょうか、衛宮君?」 そう言って、二人は教会へと姿を消す。 同時に、たった二人残されるセイバーとアーチャー。「……私は何者か、と言いたげですね。セイバー」 見計らったようにアーチャーが口を開いた。「―――! そうですね、確かにそう思っていました。私達はあまりにも似すぎている」「推察の必要はありませんよ。私は、貴女の思っている通りの存在です」 教会の壁に背を預け、アーチャーはそう言った。「…………なるほど。 だが、おかしい。私はセイバー以外のクラスには該当しないはずだ。それにその姿は一体……」 アーチャーはため息をついて空を見上げる。「そうですね、貴女は確かにセイバーにしか該当しない。それは知っています。 しかしながら、私は生前2射だけ弓を使いました。きっとそのせいでしょう」「……ならばその姿は」「セイバー……」 視線を真っ直ぐセイバーへと向ける。「"座"には、あらゆる可能性を残した英霊がいます。過去、現在、未来を問わず。 貴女が引かれたのも、私が引かれたのも偶然に過ぎないのでしょう。……いえ、貴女は必然でしたか。 それともう一つ。 本来なら、同じ存在は同じ志を持っているべきなのでしょうが、残念ながら私と貴女では決定的に違うものがある」「何ですか?」「貴女は聖杯を求めて召喚に応じたのでしょう?以前も、今回も」 以前という部分を言い当てられたのかセイバーの視線が強くなる。「しかし、私は違います。 そうですね……、凛にも言っていない事ですが、貴女には最初に言っておいたほうがいいですね。 もし、最後まで残ることが出来たなら、私は聖杯を破壊します」「―――なっ!?」 よほどその言葉が予想外だったのか、セイバーが思わず声を上げていた。「何故ですか!あなたも聖杯を求めて英霊になる事を選んだのではないのですか!?」「……そうですね、確かにそんな事を思っていた"時代"もありました」 深い後悔を思い出すように声を絞り出すアーチャー。「ですが、私は心を変えました。理由は貴女に言えませんが」「……………………」 驚愕から敵意へ。 英雄が召喚に応じる理由は、自身も聖杯が欲しいからである。その英雄が聖杯を破壊する事を目的に召喚に応じるなど普通はあってはいけないことだ。 それを、似た存在がこの場ではっきりと宣言した。破壊すると。「私を斬りますか? 貴女なら簡単でしょう。私はどうせ"貴女には敵わない"」「―――!」 あっさりと、アーチャーはセイバーに敗北宣言をしていた。 ……無言で数十秒が流れる。「理由を教えては貰えないのですね?」「残念ながら。しかし、聖杯を前にすれば、私は凛が止めようと、シロウが止めようと、貴女を敵に回そうと宝具を聖杯に向けます。 それだけは、覚えて置いてください」 セイバーは心中で色々と考えていた。自分と似て非なる存在。己が聖杯を求める理由を、何故このアーチャーとして呼ばれた存在は破壊しようとするのか。 本来ならば、マスターのためにも敵の手駒は減らしておくべきだろう。 だが、マスターには戦うなと言われている。ここでお互いに剣を抜けば、あのマスターは令呪を使ってでも止めてくる。 本来ならば、敵意を持って対するべき相手。 だが不思議と……、彼女を嫌いになりきれない自分が居た。 自分が手に出来なかった何かを彼女は持っている。そんな漠然とした感覚を覚える。 彼女が生前送ってきた人生など自分が知る由も無いが、彼女は自分のように騎士であろうとはしていないように見える。 そこが、どうしても不思議だった。 騎士である自分、自身はそれに誇りを持っている。主のために命を掛け、その剣となって敵を討つ。 だが、彼女はどうも違う。 主のために命を懸けるが、自身の目的のためにはその主すら意に返さない。実際その可能性を口にもした。だが、影があるようにも見えない。 つかみ所が無いと言うのは彼女のような事を言うのだろうか。「……判りました。しかし、その時は覚悟してください。私の目的はマスターを勝利へ導き聖杯を得る事だ。貴女が破壊すると言うなら、私は全力で阻止する」「では、それまでは仲良くしましょう」「―――はっ?」 すっと、右手を差し出された。 戦士にとって利き手を預ける事、それは普通敵対する者にはしない。 たった今、敵対宣言をした間でなら、なおの事である。 しかも、アーチャーは武装していないから素手だ。「わ……判りました」 唖然としたまま、セイバーはその手を取る。 と、アーチャーがぐいっとその手を引っ張った。「―――!?」 とす、っと、セイバーはアーチャーの腕に抱かれていた。「な、アーチャー、これは何の……」「すみません。少し、このままで居させてくれませんか?」 やさしく、強く、アーチャーはセイバーを抱いていた。親が愛する子供を抱くように。 セイバーにしてもさすがに予想していなかったので混乱していた。 そりゃ、いきなり抱きしめられれば誰でも驚く。 しかし、諦めたのか、安心したのか次第に全身から力が抜けていき……、「――――――」「………………」 そのまま、凛と士郎が戻ってくる直前までアーチャーはセイバーを抱いていた。 まるで、親子のように。あるいは姉妹のように……。 /// /// とりあえず大体のことは把握した士郎は、戦うことを決意した。 教会から出て、セイバーに改めて協力を願い出る。 ……でも、私たちが出てきた時にセイバーが顔を真っ赤にしていたのは何故だろうか。 3人で坂を下りていく。 色々と考える事が多すぎてこれといて会話もない。 坂を折りきった先は単純な分かれ道。 新都の駅前に続く大通りに行くか、深山町に繋がる大橋へと進むか。 どちらにせよ、私の予定は決まっている。「遠坂?なんだよ、いきなり立ち止まって。帰るなら橋の方だろ?」「ううん。悪いけど、ここからは一人で帰って。 衛宮君にかまけてて忘れてたけど、私だって暇じゃないの。せっかく新都にいるんだから、探し物の一つもして帰るわ」「――――探し物って、他のマスターか?」「そう。貴方がどう思っているか知らないけど、私はこの時をずっと待っていた。七人のマスターが揃って聖杯戦争って言う殺し合いが始まるこの夜をね。 なら、ここでおとなしく帰るなんて選択肢はないでしょう?セイバーを倒せなかった分、他のサーヴァントでも仕留めないと気が済まないわ」「――――」「だからここでお別れよ。義理は果たしたし、これ以上一緒にいると何かと面倒でしょ。きっぱり別れて、明日からは敵同士にならないと」 結局の所、セイバーとアーチャーの関連は後回しにする。 アーチャーが自分の真名を言おうとしないのはもしかしたらセイバーが居る事を知っていたためと考えてもおかしくない。 彼女の真名を聞けば、おのずとセイバーの真名も予想できる事を警戒しているのか……。 警戒……?マスターの私に……??「―――ああ。遠坂、いいヤツなんだな」「は?なによ突然。おだてたって手は抜かないわよ」「知ってる。けど出来れば敵同士にはなりたくない。俺、お前みたいなヤツは好きだ」「な――――」 な、何をトンデモナイ事をいいだしやがるのがこの男は。 思わぬ事を言われた反動でしばらく思考回路が停止し、「と、とにかく、サーヴァントがやられたら迷わずさっきの教会に逃げ込みなさいよ。そうすれば命だけは助かるんだから」「ああ。気が引けるけど、一応聞いておく。けどそんな事にはならないだろ。どう考えてもセイバーより俺のほうが短命だ」 この男は本当に……、ため息が出る。「クスッ……」 で、何故そこで笑うアーチャー……。「いいわ、これ以上の忠告は本当に感情移入になっちゃうから言わない。 せいぜい気をつけなさい。いくらセイバーが優れているからって、マスターである貴方がやられちゃったらそれまでなんだから」 二人に背を向け、歩き出そうと視線を上げ……、全思考が停止した。「――――ねぇ、お話は終わり?」 歌うような少女の声。そして、その後ろに鎮座するモノ。 雲の去った空に煌々と輝く月の光がある。 影は長く、絵本の悪魔のような異形。 ほの暗く青ざめた町に、酷く、あってはいけないものがいた。「バーサーカー……」 そんな異質さをしごく短く現した言葉が、私の口から漏れた。