私達が下に降りると、広間が騒がしくなっていた。「冗談じゃねぇ、外に行かせろ!!」「止めてください!死にに行くようなものですよ」「うるせぇ!こちとら家族を殺されてるんだ!指咥えて待ってるうえに逃げるだと?ふざけんな!!」「今外に奴らがいるんですよ!」 どうやら逆上した男がホムンクルスと戦おうとゴネているらしい。一時的な感情の昂ぶりは正常な判断を狂わせる。もちろん、そんな事を許して犬死されてはたまらない。「何事ですか?」 理解はしたが一応聞く。「やっこさん、外に出して奴らと戦わせろだとさ」 呆れたように甲斐が言う。 怒鳴っているのは、まだ若い20前後の青年。ガウェインとイーサンが止めに入るも感情に任せてがなりたてている。「仕方ありませんね」 そう漏らして、私は説得を続けるガウェインを避け、彼の前に立つ。「なんだ、お前」「外へ出て戦って、それでどうするつもりですか?」「決まってらぁ、アイツら皆ぶっ殺してやるのよ!親父と御袋が殺されて、弟が目の前で殺された! アイツら全員ぶっ殺して、仇を取る!!」「殺されるという事を考えないのですか?」「あぁ?」「ご両親の事はお悔やみを言います。 しかし、それに逆上した貴方が何の策も無しに敵中に飛び込んで犬死してはせっかく拾った命が無駄になる」「あんだと……テメェ」「解っているはずです。認めたくないだけだ。貴方は、家族の死を理由に自分の行動を正当化したいだけ。 悪いとは言いません。家族の死は精神に最も深く刻まれる。しかし、逆上という選択肢を認めるわけにはいかない」「さっきからベラベラと……、うるせぇんだよ、このアマぁ!!」 拳を振り上げる男。……やれやれ、短気ですね。「アル……!」 ランスが声を上げるのと、バシッと私の左手が彼の拳を止めるのは同時だった。『なっ……!?』 周囲がざわめく。まぁ、普通ならそうだろう。 恐らく全力で殴りに来た拳を左手一つで止め、以後ピクリとも動かない。「ほら、この通り。貴方の力では私一人殴れない」「……ッ!てめぇ!!」 左手を引く。そして、持っていたライフルを手にして私に向けた。 ほぼ同時に、ガウェイン、甲斐までも同時に彼に銃を向ける。「てめぇ……ころ……」 むんず、と私はライフルの銃身を掴む。 そして、自分の左胸へと押し当てる。「おい……!」「何を……!?」 広間全体に緊張が疾る。そんな中、「どうぞ。殺してください」 背の高い彼を見上げ、私はあっけなくそう言った。『――――!!?』「簡単でしょう?貴方は引き金を引くだけでいい。貴方にはその権利があり、銃にはその力がある。しごく、簡単です」「……アル!お前!」「ランス、セイバーと呼んでくださいと言ったはずです」 視線だけをランスに向けて言う。「お前、この状況でそんな……!」「―――静かに」 視線を戻す。 彼の目は怒りと、困惑が現れている。私への怒りと、予想していなかった反応への困惑か。 真っ直ぐに、視線をはずさずに私は言う。「どうしました?この1秒で済む話でしょう?」「――――ッ!!」 緊張で静まり返る中、銃が震えるカタカタという音だけが響く。 外見は強がっているが、この男は人を殺した事などないだろう。自分の弱い心を何かで覆い、正当化しているだけ。 私を弱い女と見て拳を振るい、敵わぬと見て銃を上げ、結局ここで止まってしまっている。「怖いんですか?人を殺す事が」 ただ、じっと視線の先に彼の目を捉え、銃口は微動だにさせない。「しかし、貴方は家族の仇を討つために敵と戦いたいのであって、私はそれを邪魔する障害でしかない。 そんな障害は速やかに取り除くべきでしょう。それは引き金を引くだけで叶う。何故出来ないのですか?」「……離せよ、テメ」「何故です?心臓は人間の持つ一番の急所だ。この状態で引き金を引けば私の心臓は一発で貫かれ、彼女の治療を受けるまでもなく絶命させる事が出来る」 チラっと、ベティの方を見る。彼女も治療の手を止めて、こちらを見ている。「貴重な経験ですよ?心臓を貫かれた者がどれくらいの時間で死に至るかを見ることが出来る。 普通の人間ならまず逃げます。ここを逃すと二度は無い」 一種異様な空間だろう。銃口を自分の心臓に向け、引き金を持つ者より銃口を押し当てている者の方が冷静なのだ。「離せって、……言ってんだよ」「では引き金を引けばいい。私は死に、銃は貴方の物になる。それで終わるではありませんか」「………………」 彼の指が……、徐々に引き金に掛かる。「……そう、それでいい。後はその指に力を込めれば私は死ぬ。貴方は晴れて両親の仇を討ちに出て行くことが出来る」「…………、ツッ……!」 交錯する視線。もっとも、私はただじっと相手を見据えているだけだ。 それだけで10秒以上は経過する。「何を戸惑う必要があるんですか?」 いまだに制止したままの彼を見据えながら私は言う。「これは、いわば予行演習です。 ホムンクルスを殺す前に、人を殺すという事を知っておいたほうがいい。ホムンクルスも女性型ですから、迷いが生じてはいけない。 人一人殺せば、後は10人だろうが千人だろうが大差ない。 ―――さぁ、引き金を引け!」 彼の額を汗が流れ落ちた。「―――さぁ!!」 銃口はそのままに相手に一歩踏み込む。 相手が一歩下がった。「―――、貴様の意思はその程度か、愚か者!!」「う、ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」