「はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンて言えば判るでしょう?」「アインツベルン……」 聞いたことがある。というか、聖杯戦争においてその名を聞かない回はない。「じゃあ、始めるね。 ―――やっちゃえ、バーサーカー」 挨拶もそこそこに、イリヤと名乗った少女は背後に従えていた戦士に命じた。 同時に巨人が咆哮と共に、その巨体に見合わぬ跳躍でこちらへと落下してくる。「迎え撃ちます。二人はここに!」 セイバーが飛び出した。雨合羽をかなぐり捨て、その手に不可視の剣を握って落下してくるバーサーカーを迎え撃つ。 そしてセイバーとバーサーカーの二人の剣が激突し、強烈な音が鼓膜に響いてくる。 そこから展開されるのは、まるで伝説の再現のようだった。あらゆるものをなぎ倒し、力任せに剣とはいえない斧のような刃を振るうバーサーカー。それに対し、速度を生かして急所を狙おうと飛び回るセイバー。「驚いた……、単純な能力だけならセイバー以上じゃない」 正直見とれてしまった。実際サーヴァント同士の戦いを見るのはこれが始めて。あっちのイリヤスフィールと名乗った少女もこの戦いに見とれているようだ。 だが、どう見てもセイバーが押されている。おそらくあのサーヴァント自身相当な英霊なのだろう。それをバーサーカーとして召喚しただけでなく、きっちり従えさせている。マスターとしてもあの少女は侮れない。「凛、あのままではセイバーが不利です。加勢しますか?」 横からアーチャーが声をかけてきた。 そうだ、何を見とれている。私はこの戦いに勝つために今までやってきたんじゃないのか! 頬を叩いて気合を入れ直す!「OK、アーチャー。ここは本来の戦い方に専念すべきよ」 彼女はアーチャー。セイバーとどんな因縁があるか知らないが、彼女の宝具は弓であるべきだ。「……判りました。しかし、凛。先に言っておきます。私の弓は2射だけしか撃てません」「えっ!?ちょ、何ソレ、聞いてないわよ!」「聞かれませんでしたので」 ……って、イラついてる場合じゃない!「OK、構わないわ。ここであいつを倒せれば御の字よ」「お二人の防御がいなくなりますが……」「私と彼の二人だけなら何とでもなるわ!」「分かりました。では……」 言うなりアーチャーは、右手にどこからか取り出した紅い布を手にする。 右手を覆っていた手甲が消え、代わりに布が巻き付いていく。手から肘へ、さらに肩へと右腕をがんじがらめにしていく。 おそらくソレが彼女の弓を打つ際のスタイルなのだろうが……、傍目には傷ついた腕を酷使しているだけにも見て取れる。「まずはバーサーカーに隙を作ります。お二人はここを動かないように」 と、弓を使うとかいっときながら、セイバーと同じようにバーサーカーに突撃して行った。「ちょっと、アーチャー!」 二人が激しく交錯する中に飛び込む。大きく飛び上がり、大上段から切りつける。 ド派手に鈍い音がして、迎撃するバーサーカーの斧剣を押し返す。「へぇ……、また似通った英霊が召喚されたものねぇ」 さすがにイリヤスフィールにも判るか。 ま、あんだけ似てれば疑わないほうがおかしいけど。 よくよく見れば、撒きついた紅い布が何かの文字を浮かび上がらせている。あれもアーチャーの宝具なのだろうか。 恐らく巻きつけた場所の力をブーストするものだろう。打ち合っても力負けしていたセイバーと違い、まともにぶつかりながらバーサーカーに負けていない。 ……つーか、本当にアイツはアーチャーとしての適性を持っているのか? 戦いを見る限り、限りなくセイバーに近い。と言うより、見た目も武装も同じなのだ、同じと見るのが普通だけど。 アーチャーが乱入して形勢がほぼ逆転した。バーサーカーにまともに打ち合って押し返すほどの力を持つアーチャー。死角から相手の急所を狙い斬りつけるセイバー。 示し合わせたわけでもないのに息が合っている。だが決定打が出ない。力任せに剣を振るっているとはいえ、その速度が尋常ではない。アーチャーもセイバーも間合いの中に入っていけない。 そして、私達から遠ざかるように徐々に戦場を坂の上へ、上へと移動していく。「□□□□□□□□□ーーーー!!!」 その時、振るわれた斧剣にセイバーが反応できなかった。刀身で何とか斬撃を止め、弾き飛ばされる形で吹っ飛んでいく。「セイバー!」 それに気を取られたアーチャーが、移動した直後の不利な体勢から剣を振り、打ち負けた。「□□□□□□□□□ーーーー!!!」 次に飛んできたのは左の拳。金槌も全力で振るえば凶器になるように、埒外の膂力で振るわれる拳はとっさにガードした腕ごとアーチャーを殴り飛ばした。 冗談じゃない。ガードしたとはいえ、アーチャーの体格のサーヴァントを墓地辺りまで吹っ飛ばすなんて!「衛宮君、何ぼさっとしてるの!行くわよ!!」「お、おう!」 戦いの光景に魅入られていた衛宮君を叱咤して、私達は二人を追っていったバーサーカーを追う。確実にとどめを刺すつもりなのだろう。 だが、吹っ飛ばされた墓地での光景を見て私は再び声を失った。 セイバーもアーチャーも無事だった。逆に無事ですんでいないのはバーサーカーの方だ。 墓地内での戦闘。バーサーカーの剣は振られるたびに大小の墓石を粉砕していく。それは、あるかないかの些細な障害。 だが、ここに来てその障害はセイバーとの実力を拮抗させるものとなっていた。邪魔な墓石を粉砕しながら攻撃するバーサーカー。そして、障害など無いかのように駆け回るセイバー。そして、セイバーと同じように駆け回るアーチャーがいることで、状況はバーサーカーに絶対的な不利となっていた。 そして、数号打ちあった後、決定的な隙がバーサーカーに出た。 打ち込んだアーチャーの剣を押し返すコンマ数秒の間にセイバーが肉薄し、バーサーカーの足を斬りつけた。 そして、斬りつけたセイバーがつけた傷に気を取られたバーサーカーは、「シッ!!」 切り返したアーチャーの剣で、剣を持った右腕を切り落とされた。 すぐさまアーチャーが距離をとる。追おうとするバーサーカーをセイバーが足を止める。離れた塀に着地したアーチャーはその左手にいつのまにか弓を持っていた。 だが、その弓もランサーのときと同様に、無骨でとても宝具とは呼べない代物だった。ただ射るための理想を追求し、何の神秘も求めず形作った弓。そんな印象を受ける。 そして、右手に取り出したのは一本の捻れた剣。矢にするにしては大きすぎる。 彼女はその剣を弓へとつがえ引き絞る。……弓ではなく矢の方が宝具としての神秘を持っているのか。 しかし、つがえる動きが少々ぎこちない印象も受けるが……。 布の光がいっそう強まり、「―――う、くっ!」 私の中から4割ほどの魔力が一気に吸い上げられる。「遠坂、どうした!?」「アーチャーが魔力を持っていったの。これくらい……」 宝具が起動し、傍目から見ても強烈な力が矢に注がれていく。 直後、対抗していたセイバーが下がった。「――――!」 アーチャーの声と共に、矢が虚空へ放たれる。絶妙なタイミングだ、よけている暇は無い!矢として使われた剣は空を捻り裂き、バーサーカーへと疾る。「□□□□□□□□ーーー!!!」 バーサーカーが吼える。いつの間にか持ち替えていた斧剣で、逃げるセイバーではなく空中を向かってくる矢を迎撃し、 瞬間、全ての音が消え去った。 「「――――!!?」」 衝撃波と轟音。あまりのでかさに私達まで吹き飛ばされそうになる。 土煙が視界を覆いつくし、バーサーカーがどうなったかわからない。 戦場に一瞬の静寂があり……、「□□□□□□□□ーーー!!!」 土煙を突き破り、バーサーカーがセイバーに向かって斧剣を振り下ろす。「――――!!?」 油断していたわけではないだろうが、セイバーはその一撃に反応が遅れた。 そして、まともに斬り飛ばされた。 だん、と。 遠くに、倒れ伏すセイバー。 傷は相当に深く入ってしまっている。もう立ち上がるなんて不可能だ。 なのに……、「っ、あ…………」 セイバーは立ち上がる。そうしなければ、マスターである衛宮君が殺されるのだと言うかのように――― 最初にそれに反応したのはアーチャーだ。弓を消し、こちらへと跳躍しようとして……、膝に力が入らなかったのかそのまま落下した。 あの馬鹿、私の魔力と同時に自分の活動する魔力まで宝具に込めたっての!? バーサーカーがさらに地を蹴る。活動できないセイバーに向かって……、 ザン!と、ごっそり腹を持っていたかれたのは、横に居たはずの衛宮君だった。「が――――は」 彼は……一体何をやっているのか。 愕然を通り越して、意味が解らない。自分が死ねばセイバーが現界していられないというのに、傷だらけのセイバーを守る必要など無いというのに……、 もちろん、呆気にとられているのは私だけじゃない、目の前のセイバーも、離れた所で成り行きを見ていたイリヤという少女も……、「ああああああああーーーー!!!!!」 アーチャーに至っては……、暴走を始めた。 怒りのままに立ち上がり、見えない剣を振りかぶる。 からっけつの魔力を持っていくとしたら私しか居ない。その私から問答無用に魔力を吸い上げていく。 その勢いたるや、ぶっとい注射器で強引かつ容赦なく血を吸い上げるかのごとく。 その暴発させんばかりの魔力を、そのまま宝具に……、って、ちょ……!何考えてんのよ!!「き、消えなさい!!アーチャー!!」 呪文も何もない!今すぐアーチャーの魔力行使を止めさせないと私の魔力が枯渇する! 令呪が効力を発揮してアーチャーがいきなり消失し、魔力の暴食が止まる。 そこでようやく……、静寂が訪れた。 ヤバイ、5割どころじゃない……。今ので私の魔力は1割を切った。足元がふらつく!「――――なんで?」 ぼんやりと、イリヤスフィールがつぶやく。 しばらく呆然としていた彼女は、「……もういい。こんなの、つまんない」 セイバーにも私にもトドメをささず、バーサーカーを呼び戻した。「――――リン。次に会ったら殺すから」 悠々と立ち去っていく。無論、私達は微動だにできない。「アンタは、……何考えてるのよ。……もう助けるなんて出来ないってのに。アーチャーまで……」 意識が薄くなる。 死の気配が薄れた反動だろうか。本能的な安堵が体の活動を停止しようとしている。「シロウ!!」「凛!?」 二人の声が聞こえたのを最後に、私の意識は途切れた。