弾けるように……、手を離した彼は後ろへと倒れた。 場の緊張が一気に緩み、何人かは大きく息をする。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 過呼吸気味に息をする男。過度の緊張と重圧に耐えられなかったようだ。「情けない」 だが、私はあえて男に辛辣な言葉を吐く。「今のやり取りで貴様は30回は死んでいる。命の取り合いは一瞬だ。敵は待ってはくれないし、あまつさえ必勝の機会を自分から捨てるなど愚の骨頂だ」「セイバー!……お前、それが銃を向けられた奴の言う事かよ!死ぬ所だったんだぞ!」 緊張が解けて怒りが出たのか、ランスが詰め寄ってくる。「その時はその時です。それは私に運が無かっただけの話だ」「運、て……。お前、さっきからいったい何考えて行動してやがる! 銃を持った敵に突っ込むわ、剣を投げつけてくる奴に真っ向から突っ込むわ、無関係な奴のために命懸けるわ、しまいにはんなクソ野郎の凶弾で死ぬ!?大概にしとけよコラ!!」 広間で全員が見守る中、ランスは溜めていたであろう不満を爆発させた。「無謀でも、馬鹿でもねぇ、俺にはお前が死に急いでる様にしか見えない!! そんなに死にたいのか!?」「ああああああああ!!!」 いきなり、広間に絶叫が響き渡った。しかも、まだ声質の幼い金切り声。 突然の声に全員の視線が声の方向に向く。カウンターの様になっていたテーブルの陰に、声の主が居た。 息を潜めていたのか、今の今までまるで気付かなかった。「デュラン、大丈夫だから、大丈夫だから」「あああ!!! あああ!!!……」 子供だ。どこから紛れ込んだのか、まだ15歳かそこらの少女と、それよりさらに若い少年。 少年の方は、ランスの怒鳴り声に触発されたようで、大声を上げ続ける。少女はそれを必死に宥める。「何で子供が……」 甲斐に視線を送る。彼は首を振った。「私が連れてきた」 そう言ったのは、ボルツだった。「救助に出た時に瓦礫の下から助け出した。そっちの少年の方は少々精神を患っているらしい」「また厄介な物を……」 甲斐が頭を掻きながらそう漏らした。 これでこの部屋に居るのは、 魔術師: 私 ガウェイン 甲斐 ボルツ ベティ 一般人: ランス イーサン トリスティア ヴィクトール ライフルの青年 デュランというらしい精神を患った少年 少女 ―――12人。 はぁ…………。 深いため息が出る。ややこしい事になってきた。 我々魔術師はともかく、ランスやヴィクトール辺りなら長距離の移動と緊張には耐えられるだろう。だが、子供はそうは行かない。現実認識の乏しい子供はどういう行動に出るか判らない。 ………………10代で国王になった私が言っては説得力は無いか。 私はいまだに尻餅をついている青年にライフルをほうる。「いいか、相手を撃つ時は躊躇うな。敵は感情など持ち合わせない人形だ。 そして、仇を取りたいなら指示に従え。ここから生き延びれば敵討ちの機会などすぐに来る。まずは我々が生き延びる事だ。いいな?」 カクカクと、首を振る青年。「よろしい。貴方の名は?」 言って、私は彼に手を差し伸べた。「……ヘンリー、ヘンリー=パーシヴァル」 事態は刻一刻と悪い方向に向かっている。目下の問題は……、「誰か、RH-型の血液の人は居ますか!」 地上への扉にありったけのバリケードを施し、重傷のトリスティアを急造の担架で、広間の先、地下一階奥の会議室まで移送した時に起こった。「どうした?」 何事かと、何人かが彼女の元に集まる。「彼女の血が足りないんです。魔術で治療するには限界で……」「なるほど……、俺はO型だが、RH+だ」「僕はAです」 甲斐とガウェインがそう答え、「私もAです」「血液型?……さぁ、調べたことねぇからな」 ランスとヘンリー以下、他の全員が自分の血液型を知らなかった。 血液型にはABOの他にRHという分類が存在する。全世界で見てRH+と言うのが一般的なのだが、稀にRH-型と言う劣勢的な血液を持つものが存在する。 どうやら、彼女はそんな特殊な血の持ち主だったようだ。「だが、あったとしてどうする?ここには輸血の機材は無いぞ」 地下一階はあのホールと地下へのエレベーター、そして大小5部屋の会議室からなっている。そして、それら会議室は余計な物を排除したシンプルな作りで、給湯器すらない。テーブルと椅子、そしてスクリーンとが鎮座しているのみだ。 確かに、こんな状況では輸血などままならない。 「甲斐、この施設の医務室か救護室のような場所はどこにあるんですか?」「地下3階だ。だが、エレベーターは使えないぞ」 ここへ来る通路の途中にエレベーターがあった。だが、広間同様に電気が通って来ていないらしく動いている様子は無かった。魔術の総本山とはいえ、自家発電くらいはあってもよさそうな物だが。「階段くらいはあるでしょう。行くしかありません」「無駄な事を」 ポツリと、ボルツ氏が言った。「足手まといは置いていくべきだ。今は動けるものを優先にしなければ共倒れになるぞ」 ……正論だ。正論ではあるが、「却下です」 私の誓いがそうさせない。彼を見据え、真っ向から却下する。「まだ生存できる可能性がある以上、私は見捨てない。彼女には生きる権利がある。死ぬ義務など無い」「まあまあまあ……」 真っ向からの対立を察したのか、甲斐が割って入った。「ここでいざこざを起こしても埒が開かんよ。それに、10分か、15分の事だ。別にいいと思うがね」「…………、後で後悔しても私は知らん」 呆れたのか、彼はそれ以上取り合おうとはしなかった。