「じゃあ、頼んだぞ。ガル」「よろしいのですか、先生。民間人を協会の奥深くに入れるような真似をしてしまって」「いいも悪いもなかろう。この魔術協会に民間人を入れた時点でそんな規則はご破算だ。それに、あの嬢ちゃんの言うとおり助ける術があるならすべて試すべきだからな」 出立前に、ライトを受け取りながらガウェインと甲斐が何やら話している。どうやら、医務室への護衛はガウェイン一人のようだ。まぁ、私も行くのだが、「俺も行くぞ」 言い出したのはもちろんランスである。「ランス、言っておきますが……」「遊びじゃないってんだろ?んなこと、ここに来る前から判ってる。純粋に人手が要るだろ。体力には自信があるしな」 そう言われても私の強化した腕力なら大人二人分くらいの体重は支えられるので、別段いらないと思うのだが。「行きますよ、皆さん」「おう」 と、先に部屋から出るガウェインとベティの後に勝手について行ってしまった。「まったく……」「おい、嬢ちゃん」 出ようとしたところに甲斐が声をかけてきた。「あの兄ちゃんに渡してやれ」 言って何かを放り投げてくる。それは、古めかしい銃とマガジンだった。「俺の予備だ。あの兄ちゃんだけ武器が無いってのは心もとない。型は古いが上物だ」「判りました。感謝します」 私はそれをポケットへと押し込んだ。「こっちです!」 ガウェインが呼ぶ方向に向かってさらに奥に走る。 この魔術協会の廊下、中央に立てば剣を振り回すのに支障は無い。だが、少しでも左右に偏ると私のリーチでは剣が当たってしまうほどの幅しかない。 元々、黒鍵は長剣の長さを持ちながら投擲用に作られた武装だ。私が風王結界を施して振り回すには無理がある。 ホムンクルスがやるような鉄甲作用という投擲技法と打突技術を合わせた戦法の方が有利に働く。なにせ躱せる幅も限られている。 だとすれば、短剣の方がいいのか。二刀流いうのはあまり性には合っていないのだが、まぁさっきもとっさに両手に剣を持ったのだが。 廊下の突き当たりにあった鉄扉を開け中に入る。 そこは吹き抜けの螺旋階段だった。どうやら、地上には続いていない。 電気が通っていないので、そこはまるで深淵に続いているかのような様相を見せる。 ライトで照らされた先には闇しかない。「螺旋階段ですか。どこまで通じているのですか?」「この階段では地下10階までです。そこから下は判りません。僕も10階より下は行った事がありませんから」 階段を降りながらガウェインはそう言った。「それから、下ではあまり物に触れないようにお願いします。何かあっても僕では責任はもてませんので」「安心しろ。下手でもさわらねぇよ。よっぽど物騒なものでも無い限りな」 物騒なものなら触るのか……。ランスのこの手の冗談はいつもの事だが、たまに冗談で終わらない事もある。「真面目に頼みますよ、兄さん」「はいはい……」 地下3階の扉に入る。やはり廊下は地下1階と同様の広さだ。一階と違って、各部屋にはプレートが掲げられている。 彼は『生態実験室』や『変態管理室』などと言った物騒極まりない部屋をパスし、奥へ奥へと入っていく。「ここです」 彼が足を止めたのは『血液生成室』といったプレートの掲げられた部屋だった。なるほど、直球だ。「また直球な部屋だな。というか……、血って人工的に作れたのか?」「普通は作れませんね。成分培養というやり方はありますが、ここでやっているのは血液型に左右されずあらゆる血に適合するバイオブラッドです」 もちろんというか、部屋には鍵がかかっている。しかも最近の例に漏れず鉄扉で電子ロックだ。「電子ロックですか。普通の錠前と思っていましたが」「地上に近い方はまだ近代的です。地下深くに潜って出て来ない人たちもいますが、そんな人達は逆にこんなシステムを嫌っていますね。いまだに"南京錠"なんてものを使ってる人もいるらしいですよ」 どんな引き篭もりだ、それは。「ダメです。反応しません」 押せど叩けど、反応しない。そりゃそうだ。電力が来ていない所で電子ロックが動くはずが無い。「……これだから電子ロックのある家は……」 思わず愚痴がこぼれる。「そういや、セイバーはわざわざ電子ロックの無い部屋を選んだっけな。賃料は割高なのに」「確かに色々と便利ではあります。しかし、こんな状況になると邪魔以外の何者でもない。だから私には20世紀程度の科学力があれば十分なんです」「感慨深いお言葉で……」「しかたありません、少々強引ですが破ります」 言うと、ポケットから煙草の箱くらいの大きさの粘土質の塊とケースを取り出し始めた。「っておい、爆破する気か!?」「血液の手に入る階はここか、もっと深いところです。行っている時間はありませんし、道も判りません。 だとしたら、やることは一つでしょう?」「……お前、意外に強引なんだな」「ランス兄さんほどではありません」 粘土――恐らく爆薬の封を切り、パネルへと叩きつける。張り付いた爆薬の上から遠隔信管を差し込んだ。「こういう部分は進化しないよな。20世紀から」『同感です』 私とガウェインの声がハモった。「爆破します。離れましょう」 離れた廊下の角に身を隠し、ガウェインがリモコンの準備をする。「なんつーか、手際いいな。ガル」「当然です。爆薬の扱いは先生に直接叩き込まれましたからね」「魔術師って俺の考えだと、呪文一つで何でもこなしてる様に思えるんだが?」「ランス、それはファンタジーの話です。魔術でも通常、無から有は作り出せませんし、世界を塗り替えるほどの力を持つ者など限られている」 もっとも、無から有を作り出す者になら心当たりがあるが。「そういう事です、兄さん。できることといえば、元からある物に手を加えたり変質させる事。あの爆薬もそうです。 行きますよ!3……2……1……爆破!!」 轟音が廊下に響き渡った。半端な音ではない。耳を塞いでいてさえ頭の芯まで爆音が響いてきた。「……っぁぁ、効くー」 頭を振りながらランスがぼやいた。どうやら、他の二人も同じらしい。当然か、遺跡発掘で発破を使う現場に行って爆音を聞いた事もあるが、爆薬の使用量に対して爆発力が比例していない。魔術を施され、爆発力を強化された爆薬だろう。 砂塵が収まるのを確認し、改めてドアの前へ。さすがに今の爆薬には耐えられなかったのか、ものの見事にひしゃげてしまっている。 後は、ガン!とドアを蹴り開けた。 中は整然と機材が並べられている。ガラス製の機材は今の爆発で少々割れたらしいが。 手分けして、生成済みの血液を探す。それから、輸血用の針も。「ありました。輸血用の機材です」 ライトで照らした先、ベティが棚の中から消毒済みの輸血用の針を見つけた。「こっちもあったぜ。輸血用の血液」 引き出された天井まである貯蔵庫の一つに、ズラリと生成済みの血液の袋が並んでいる。「やたらあるな。区別があるのか?」「ABOの区別は無いはずです。しかし、RHの分類となると……」「……あった、こいつだ。"ABO/RH-両対応"」「急ぎましょう。ホムンクルスが来る前に輸血を終えないと、本当に彼女を見捨てなければいけない」 そして、それは私にとって敗北と同義だ。 部屋を後にし、私達は廊下を駆け戻る。そして階段へ行き着き、階段を登ろうとした時、 グゴォォン……! 明らかな爆発音が、上から聞こえてきた。「何だ!?」「まさか、バリケードを破られた?」「急ぎます!!」 後ろに構わず、私は階段を駆け上がる。「本当に……、転生してから私の運は地に落ちたようだ」 焦り……。 守れないかもしれない、誓いを破るかもしれない、私は守りたい者をまた守ってあげられない……。 そんな事は嫌だ、これ以上、もうこれ以上、私の元から誰かが消え行くのは見たくない!! 怒りにも似た焦りを押し殺し、私は地下一階の扉を開けた。