気がついて最初に目にしたものは、知らない天井だった。 どういうわけか、目尻には涙が流れている。 夢を見ていたのだろうか。だが、覚えていない。いったいどんな夢を見たのか。どんな悲しい夢だったのか。 ただ、胸が締め付けられるような思いだけが私の心の中に残されていた。 …………って、ここはマジでどこ? 体がだるい。当たり前か、昨日はアーチャーが宝具を開放しようとしたのだ。何が、本気の魔力行使は私の魔力の半分を使う、よ。 あのまま行ったら全部持って行かれる所だったじゃない! それにアーチャーの奴、士郎がやられて、それを見て暴走した。やっぱり、士郎とアーチャーの間に何かあるのかしら。……だとすればセイバーとの繋がりもあるはずで…………、あ。「そうだ、士郎は!?」 布団を跳ね除け、起き上がる。見渡せばここは和室だ。私の家にこんな和室はないし……、だとすれば、「……なるほど、士郎の家に運んだのね」 ふすまを開け、覚えのある庭を見て私は納得した。「目が覚めましたか、凛」 庭を眺めているとアーチャーがやって来た。鎧を解除し、…………なぜかエプロンを外しながら。「アーチャー、あの後どうなったの?」 とりあえず状況だけは確認しておかないといけいない。それに、士郎はどうなった?「はい、バーサーカーの撤退後、セイバーと共に二人をここへ搬送。魔力の衰弱のみだった凛はこの部屋へ寝かせ、傷の修復をしたシロウも同じく自室に寝かせています」「あの状態から傷の修復!?貴女、治癒魔術なんて使えたの?」 腹からばっさり斬られたというのに、その状態から傷を修復したって言うの?……ん?修復?治療じゃなくて?「いえ、私の力ではありません。おそらくはセイバーです。セイバーの並外れた自然治癒の能力がシロウの方に働いたお陰でしょう。十分もして外見はほぼ完全に修復。その後、二人を搬送しました」 セイバーの治癒能力がマスターに流れたっていうの?……まぁ、ありえるかもしれないか。正規のマスターじゃないし、霊体化できないなんていう妙なことにもなっているし。「そう、じゃあ安心していいのね」「はい。 それでですが、凛。とりあえず、朝食の準備はしましたが食欲はありますか?」 と、いきなり話がぶっ飛んだ。 時刻は6時。どうやら、まだ士郎の意識は戻っていないようである。セイバーはセイバーで道場に引き篭もってしまったらしい。 後は、まぁなんというか。「食材が少なかったので、トーストとベーコンエッグとポテトサラダくらいしかできませんでした」 と、テキパキとテーブルに着いた私の前に食器が並んでいく。そして、さりげに紅茶のカップまで。 うむ、完璧な洋食だ。惚れ惚れするほどに堂に入っているのだが……、「アンタ、料理できたんだ」 私は単純な疑問を口にした。「えぇ、大抵の料理ならこなせますが、トーストは嫌いでしたか?」 対面に座ったアーチャーが自分のトーストを取り上げながら言う。 まぁ、別に嫌いというわけではないが。 ……何か釈然としないものを感じながら15分ほどで朝食を片付け、「って、何でアンタまで一緒になって朝ごはん食べてんのよ!」 ようやく心のつっかえに思い至った。 サーヴァントは精神体、元々食料など必要ないはずである。それが、当然のように料理をして目の前で食べるものだから失念していた。それに昨日も考えていたセイバーとの関係、それにそれに……あぁぁぁ!!いまさら頭痛くなってきた。「凛……、いきなり頭を抱えてどうしたのですか?」「やかましい!諸々の事をひっくるめて頭痛くなったのよ。 ……とにかく、丁度いいから今ここで教えてもらいましょうか。貴女の正体を!」 バン、とテーブルを叩く。「セイバーと似通っていた理由、いきなし士郎に飛びついた理由、バーサーカーの時に暴走した理由、そしてアンタが真名を明かさない理由! まるっとまとめて、話しなさい!!」 アーチャーは傾けていたカップを置き、ため息をついた。「話さなければダメですか?」「何をいまさら。この期に及んでマスターに隠し事をするつもりじゃないでしょうね? どうしても話さないって言うなら、令呪を使ってでも正体を明かしてもらうわよ」「………………」「――――――」 視線が真っ向から激突する。聖杯戦争においてサーヴァントの事を知らないというのは最もマイナス、以前に話になっていない。 やはり家にいる時に真名を聞き出しておくべきだった。 真名は教えない、アーチャーの癖にセイバーと同じ武装、おまけに弓は2射だけしか撃てない!これではアーチャーとして彼女は落第だ。本当は彼女に相応しいクラスがあったにも拘らず、その役からあぶれてしまったとしか思えない。その上、彼女は正体以外にも何かを隠している。 これでは、私が蚊帳の外に置かれているようではないか。それじゃ納得がいかない!「……判りました。お話しましょう。ですが、契約の時に言ったように真名は明かせません」「あのね、どういうつもり?私は貴女のマスターなのよ。マスターはサーヴァントの真名を教えてもらって策を立てるの。 じゃあ、聞くけど。どうして、そんなに真名を隠したがるの?答えによっちゃ、即令呪を使うわよ」 手を持ち上げ、アーチャーに令呪をかざす。あの時、アーチャーの暴走を止めるために一つ使ってしまった。けど、この先お互いの信頼関係を確固たる物にするためには、令呪の一つは必要だ。 彼女は人格者だ。頑なだが愚かじゃない、話だけで解決できればいいのだが。「シロウのためです」「―――はぁっ!!?」 って、ド直球で士郎の為だぁ!?「ちょっと、アーチャー!それってどういう事よ!何でアンタが士郎の事を気にかけるって言うの! 敵よ?敵なのよ?セイバーと士郎は聖杯戦争で倒すべき敵!!それを知って『士郎の為』ぇ!? アンタ、聖杯戦争舐めるのもいい加減にしなさいよ!!」 ダンダンと、テーブルをぶっ叩きガチャガチャと食器を鳴らして私は怒鳴る。ここまでサーヴァントにコケにされるとは思ってもいなかった。 もはや、私の10年を返せといいたいほどに。「はあ、はあ、はあ……」「凛、落ち着いたところで続きを話してもよろしいですか?」「……何よ」 もはや私の堪忍袋の尾は膨張しきって核爆発寸前である。「お察しの通り、私とセイバーの間には少々縁があります。それこそ、私の真名を知れば彼女の真名を導き出すことが容易になる」 ………………「……にしては、セイバーは貴女の事を見ても、知り合いを見るような目はしなかったわね」「ここは少々複雑です。私は彼女を知っています。しかし、彼女は私を知りません。お互いに接触がありませんでしたから」「ちょっと待ちなさいよ。じゃあ、彼女と貴女の武装が同じって言うのはどういう事よ。接触がなきゃあんな似方はしないはずでしょう?」 彼女はため息をついた。呆れたのか諦めたのか判らんが。「そうですね。ではギリギリの種明かしをしましょう」 人差し指を口に当て、秘密を語る子供のように声を細める。「私は…………」 どうせ、たいした事じゃあるまい。「…………彼女の…………」 言い終わったら令呪を使ってやる。いい加減、子供じみた言い合いは止めにする。 お父様すみません、貴方の娘は親不孝者です。聖杯戦争二日にして令呪を二つ使わなきゃ従えられないサーヴァントを引きました。「…………………………偽者です」 …………なっ!!?「にぃぃぃぃぃぃぃ!!?!??」