「ひぃぃぃぃぃ!!」 空けた途端に飛び出してきたのは、ヴィクトールだった。「っと、おっさん!気をつけろ!!」 階段でつんのめりそうになったヴィクトールをランスが支える。「奴らが……奴らが!」「彼を頼みます!」「って、おい!セイバー!!」 構わずに私は一階の奥へと走る。持っていた黒鍵を握りなおす。 広間の方から断続的に剣戟と、銃撃の音が響いてくる。「セイバーさん!」 そこへイーサンがデュランを抱えて現れる。少女とヘンリーも一緒だった。 ヘンリーは意識の無いトリスティアを背負っていた。 デュランは案の定、戦闘の音に当てられている。「無事ですか。敵は?」「判りません!ボルツさん達は広間の方へ行ってしまいました。甲斐さんは4階へ逃げろと……」「では、貴方達も逃げてください!」 彼等を急かし、私は広間へと向かう。 広間へ続く扉では、甲斐とボルツがホムンクルスの侵攻を防いでいた。 すでに、広間の中には数体のホムンクルスが倒されている。 だが、時折遠い入り口から黒鍵が断続的に飛んでくる。「甲斐!」「嬢ちゃん!?何しに戻ってきた!」「お二方が心配で!」「他の連中は?」「すでに逃げました」「だとさ、相棒」 無言で入り口の方を見るボルツにそう言った。 その時、3体がこちらに特攻してきた。「チッ!」 甲斐はうち一体に狙いをつけ数発を発射し、ガキンとスライドが固定された。「クソ、頼む!」 弾が切れたらしい。その時、ボルツが飛び出した。「なっ!」 残るは2体。 無防備に飛び出したボルツにホムンクルスが黒鍵を投げ放つ。 その黒鍵を、彼は絶妙なフットワークで躱し、左手のジャブで叩き落す。そのまま一気に敵に肉薄し、高速のジャブ数発で敵にたたらを踏ませ、 ドゴン! 大気をぶち破るかのような音を立てて、右ストレートが顔面に決まった。 まさに一撃。喰らったホムンクルスは頭蓋を陥没させ、吹っ飛んでいく。 だがその間隙を縫い、もう一体が左からボルツに迫り……、 ズバキン! それを上回る速度で肉薄した私の黒鍵が、彼女ののど笛に喰らいつき、首の皮一枚残して折れた。「ムッ……」 首が飛びかけたまま倒れるホムンクルス。「撤退しましょう。時間稼ぎをするにはここは部が悪い」 転がっていた黒鍵を拾い上げ、放たれてくる黒鍵を弾き飛ばしながら下がる。 黒鍵のいい所は、無数に替えが利く所だけか……。「閉めるぞ!」 二人が扉に入ったところで、甲斐が観音扉を蹴り閉める。そして、一方に付いていた閂をガシャンと閉じた。 かなり大き目の金属製の扉だ。……シェルターを破ってきた敵にどれだけ耐えられるか。「まさか、核兵器にも耐えられる扉を破ってくるとはな……」「純粋な魔術には耐性が無かったのでは?」「そんなはずは無いんだがなぁ……」 と、ボルツに肩をつかまれた。「礼を言おう。だが、二度とあんな真似をするな」「失礼ながら、それは聞けません」「貴様は魔術師ではない。素人が闘いに口を挟むものではない」「にしちゃあ、さっきの手際は素人業じゃないが?」 確かに私は苦も無く、躊躇も無くホムンクルスを斬った。「アンタ、その技どこで磨いた。尻込みもせず戦場に足を踏み入れるなんて真似がどうしてできる?」 甲斐の視線が強くなる。さすがに、私の行動には疑問点が多すぎるか。「技を磨いたのは鍛錬で。闘う精神は戦場で」「……………………」 甲斐は私が前世からの記憶を持っていると知っている。20世紀に戦場なんてありはしないのだが、「はぁ、まあいいか、めんどくせぇ」 そう言って、さっさと切り上げてしまった。「行こうぜ、相棒。嬢ちゃん。コノ話は二度となしだ」 ボルツが手を離す。納得したのかは分からないが、戦えるというのなら構わないというのだろうか。「一つ言っとくぞ。嬢ちゃん」 横に並んだ甲斐が声を低くしていった。「戦いの引き際はわきまえてるんだろうな?」「どういうことでしょうか」「確かに俺達は人を殺す商売をしてる。しかし、死にたいわけじゃない。だが、お前さんは戦闘と見れば真正面に立ちたがる。 まるで自分の命なんてどうでもいいって感じだな」「そんな事はありません。私だって殺されるのはゴメンです」「なら、覚えておけよ。矢面に立つのは男の仕事だと言った筈だ」「しんがりは一番強い者が勤めるべきと学んだもので」「はぁ……?」 と、 ドゴォォォン!! 扉が轟音と共にひしゃげた。「クソ!やっぱりもたねぇか!」 廊下を走る。階段まで行き着くと、ランスとガウェインが残っていた。「ランス!逃げなかったのですか?」「ヘッ、お前の骨の一つも拾うと思ってね」 とりあえず、一発殴っておく。「ガル!爆薬二つだ。信管もよこせ!!」「はい!」 ガウェインがすばやく懐から先ほどの爆薬とタバコ大の信管らしきものを取り出した。「待ってください。もろとも爆破するつもりですか!?」「こういう時は徹底的にやる。どうせ逃げ道は一つじゃねぇんだ!」 封を破り、爆薬を天井に設置する。 バキャァァン!! 扉が破られる音がした。「階段に入れ!!」 直後、暗闇から黒鍵が打ち込まれてくる。 ライトの明かりだけで、まだ相手の姿も視認できないという距離なのになんという正確さか。 だが、その全てをボルツが弾き飛ばした。「スゲェ……」「早く!」 ランスの首根っこをつかみ、階段に引きずり込む。 やがて全員が階段に入り、扉を閉じる。……甲斐がタイミングを見計らってリモコンを押す。 ドゴォォォォォン!!! 扉が一気にひしゃげ、周囲の壁にひびが入る。 ガン!バキキン!ガン……! ついでに、この螺旋階段にまで異様な音が響いた。 爆発と煙がある程度落ち着き、甲斐がそうっとひしゃげた扉の隙間から確認する。「OK、ふさがった。4階までそうっと降りろよ」 4人揃って階段を降りようと数段を降りた所で、ミシミシと強烈な音が響き、階段が大きく歪んだ。「なっ!?」「ちょ、何だよこれ!」「止まってください!今のままでは危険です」 ……どうやら、さっきの爆発はこの螺旋階段にまでダメージを与えたようだ。「螺旋階段つっても、実質吊り階段だからな。……クソ、誰だ保安部の予算をちょろまかした奴は」「先生、保安部に失礼です」「知るか。大体誰の趣味だ。螺旋階段なんて」 吊り階段ということは、天井につながったワイヤーでこの階段は支えられているということか。だったら、さっきの爆破は一番ヤバイのでは……、 さっき以上に慎重に階段を降りる。順番はボルツ、ランス、ガウェイン、甲斐、私。 何とか、3階を通過した。「……まさか、地下に生き埋めになんてならないだろうな」「運が悪ければ、なりますね」「勘弁してくれよ……」 バキン!! 鋭い音と共に、今迄で一番大きな歪みが襲う。支えていたワイヤーが切れたか?「うおっ!」「止まれ!これ以上、全員で動くのは危険だ!」 全員が静止する。なんとか落下だけはしなかった。 誰とも無く安堵の息が漏れる。「よし、一人ずつだ。幸い後半階分、相棒、アンタからだ」「…………」 たしかに、一番体格のいい彼から降ろして加重を軽くしたほうがいい。 ゆっくりと慎重に彼が階段を降りていく。そして、なんとか4階の扉をくぐった。「よし、兄ちゃん。お前の番だ」「あ、ああ……」 恐る恐る、手すりにつかまる形でボルツの倍の時間をかけて、彼も何とか4階に到達する。 ボルツが彼を引き込んだ。「ガル、お前の番だ」「はい、先生」 やはりさっき以上に階段が揺れる。階段を吊っているワイヤーが後何本あるのか分からないが残り バキン!!『―――!!―――』 ギシギシと、階段が歪む。落下は、しなかった。「クソ……、この年になってこんな綱渡りをするとはな」「愚痴れるだけまだマシです」 ガウェインもバランスを崩しながらなんとか4階に到着した。「OK、嬢ちゃん。あんたの番だ」「ご冗談を。あなたの方が下にいるでしょう?」「レディーファーストだよ」「貴方が降りれば私が降り易くなります。ワイヤーが後何本残ってるか分からないんですよ」「だがよ……」「おーい!言い合ってる暇があったら、さっさと降りろ!!」 下からランスが怒鳴ってきた。「ったく……女らしくねぇなぁ。アンタ」「よく言われます」 しぶしぶといった感じで、彼が階段を降り始める。甲斐が数段降りるたびにギシギシと階段が軋みをあげる。 ランスのさらに倍ほどの時間をかけ、たどり着く。 と、ここで、ベキンベキン!、といやな音が響いてきた。「……固定具が何本か折れたな。逆に負荷が掛かったか。 嬢ちゃん、バランスに気をつけろよ!」「分かりました!」 一段一段、確かめるように降りる。20段ほどの階段がこんなにも遠く感じたことは無い。 少しでも衝撃を与えれば即落下。さすがにこんな緊張感は味わったことが無い。 残り10段、左右への揺れが大きい。ちょっとでもバランスを崩せば……、 グラァ……「クッ……!」 その時、ひときわ大きく階段が揺れ、ダンと足を着いてしまった。 バキン……!! ワイヤーの切れる音。 落下、…………しなかった。 扉からこちらを覗く一同、そして私、……大きく安堵の息を漏らす。 だが、逆に急がなくてはいけなくなった。ワイヤーが後何本あるか知らないが、それだけ一本の掛かる負荷が大きくなり、落下は時間の問題になる。 焦るが、急げない。そんなジレンマを押し殺しながら、私は7段を降りた。 後2段で手が届く。「その調子だ。後もう少し……!」 ギギギギギ……! 階段の揺れが大きい。ちょっとでも揺れを与えれば落ちると、頭の中では理解しているがもう一歩が踏み出せない。 これなら、敵相手に剣を振るっているほうがずっと楽だ! その時、 ビキ……! それが、固定具の折れる音だったのか、それともワイヤーが切れる音だったのか分からない。 だが、その音が私の躊躇を吹っ飛ばした。 ダン、とステップを蹴り、一気に4階の彼らの場所へと飛ぶ。 次の瞬間、断続的な金属音と共に、階段が落下した。