少し、過去の話をしよう。 俺の名は、ランス=ウェラハット。当年とって21。 少しは名の知れた実業家の父と、そこそこの良家の母との間に生まれた。ある程度坊ちゃま的な教育を施されて育ってきた典型といっていいだろう。 小さい頃は憧れがあった。実業家の父が趣味で集めていた骨董品、とりわけ中世の甲冑や刀剣といった物を見て育ってきた俺は、騎士とかそういうものに憧れていたんだと思う。 世の中が世界平和だ何だと表面を繕っている中にあって、俺の中で中世の騎士と言う存在は大きかった。イギリスが王制という事もあったかもしれない。 荘厳な城に住む王を守護し、時にその命により剣を取る。王に忠誠を誓い、己の信じた道を貫く。 それは今の世界が忘れてしまった、個人が"個"として存在できる物の代名詞にも思えた。 だから、中世物と聞けば古今東西の映画は全部見たし、中世の発掘品の展示会があると聞けば好んで出掛け、時計塔……大英博物館には足繁く通ったものだ。 さらに、"騎士道"と似た日本の"武士道"という物を知った。忠義を重んずるというカテゴリーにあって、この武士道は俺の好みにハマったのだ。 高度成長期において目覚しい発展を遂げ、今や世界の電子機器の先駆けとしての地位を確立した日本。 俺は日本に1年間ホームステイをして、日本の歴史や"武士道"という物を調べまくった。 そして、今でも脈々と根付く"仁義"という言葉にえらく惹かれたのを覚えている。 ヤクザと聞けば聞こえは悪いかもしれないが、俺にとってヤクザを構成しうる要素、"仁義"という物は騎士道と似通っていた。 忠誠を誓うと言う事、忠義を尽くすと言う事。 ⇒自分の信念を貫き通す意志を持つ。 俺の中で確立した理屈だ。まぁ、なんとも心惹かれる物だった事か。 ダチに言わせれば古臭いらしいが、上の連中にヘコヘコ頭を下げておこぼれに預かるなんぞというネズミの様な社会を親父に見ていた俺からすれば、キリスト教やイスラム教といった宗教の経典を読まされるよりずっと馴染む物だった。 その結果が、親の言う事を聞かない放蕩息子という訳だったりもするのだが。 実際の所、騎士道を真面目ぶって力説できるわけもなく、大学に入る頃には俺は日本に何度か通い詰める常連であり、中世好きが高じて考古学の道を進む事になり、自分の信念の元、女をくどきまくるなんていう人生になっていた。 まぁ、堕落したものだ。笑ってくれ。 さて、本題に入ろう。 いつもの通り女を口説いては遊び歩き、まともに勉学なんぞする気もなかった俺は、その日も大学の講堂を悪友を連れて歩いていた。 高校から周辺では女好きと称され、噂されてきた俺。よくいる女誑しとささやかれてきた俺であるが、大学に入ってからはそんな事を知らない連中が多くなる。 だもんで、いつものように女を捕まえて談笑していたのであるが、「お、来たぜランス」「あ?誰が」 悪友の一人が指し示す先、目の前を横切る人の群の中に彼女は居た。「入学式で挨拶した女だよ。主席で入ってきた奴」 いや、入学式を中座した俺からすればそんな記憶などない。 しかし彼女を見た瞬間、俺はその台詞を最後に友人の言葉が聞こえなくなっていた。 よくあるだろう、突然の事に固まってしまう表現。ドラマとか小説とかによく使われるやつ。 雷に打たれたとか、ハンマーで頭を殴られたとか、青天の霹靂とか。 しかし、その時の俺には、彼女を的確に表現できるボキャブラリーを有していなかった。 そう、俺は彼女の強烈なオーラに当てられていたのだ。彼女は背筋を伸ばしてただ歩いているだけなのに。 だというのに、離れていても分かるオーラの塊のような女性だった。 威厳?―――違う。 偉そう?―――もってのほか。 言うなれば、彼女は"荘厳"その物だった。 古臭いはずの講堂が絢爛で重みを持った回廊であるかのように、周囲を歩く連中が彼女が引き連れる従者であるかのように、たむろする連中が脇に控える騎士達のように。 そして、彼女自身は彼らを従え導く指導者―――王であるかのような、幻視。 俺が彼女を初めて見たその一瞬、瞬きするかしないかの時間。 たったそれだけの時間で、身の程という物を思い知らされた。 彼女が居る場所において、周囲に存在する人間は自動的にランクが下がるのだと。 キリストが何だ、ムハンマドが何だ、彼女という確固たる存在を前にはそんな宗教など路傍の石に等しいのだと。「……………………」「おーい、生きてるかー?」 気がつけば、俺は彼女が廊下の先を曲がるまで見続けていた。 女の鑑定眼を誤った事は無い。俺の数少ない特技…………にもならんか。 とにかく彼女は、俺の辞書に存在する"女"というカテゴリーから逸脱した存在となっていた。単純に"女"としてみる事が出来なくなっていた。 そう頭で理解していながらも、俺は"超"のつく大馬鹿だったようだ。そんな彼女を手に入れたいと思ってしまったんだから。 その日から俺は動いた。 彼女が何者なのか、どこの出身なのか、友人関係とよく行くカフェの場所に至るまでを、存在するありとあらゆる人脈を頼りに徹底的に調べ上げた。「お前、いつからストーカーになった」 ―――知るか。 とにかく日を改め、情報を元に彼女にアタックを試みた。 これまでも幾人もの女を口説き落としてきたのだ。口説いた経験だけなら、保険のキャッチセールスにも負けないと自負できる。それこそ、予備知識の無い女性をその場からモーテルへ直行させる自信さえあった。 だが……、「ちょっと、そこの君」「……なんですか?」 透き通った声と共に彼女の視線が俺と交錯する。俺とほぼ同等の身長を有する彼女と真っ向から目が合った。 次の瞬間には用意していた二の句の全てがフリーズした。 …………あぁ、これが頭が真っ白になると言う事か。「……もしもし?」「あ、あぁ悪い。人違いだった。待ち合わせの人を待っていたんだけどね」 明らかに素人の言い訳が口を突く。人生最大の敗北だった。 完敗だ。よもや視線一つで俺が陥落するとは思わなかった。 そうか、これが世に言う"一目惚れ"と言う奴か。 一度目は惨敗。 何とか接点を持つべく、悪友に頼み込んで好きでもない講義と代わって貰う。無論彼女が居たからに他ならない。 緊張を緩めれば白紙になりそうな頭をフル回転させ、あれやこれやと話題を持ちかけ、彼女の口を開かせる事には成功した。 アルトリウス=セイバーヘーゲン、と彼女は名乗った。 これで彼女自身から彼女の名を聞けた。無論知っていた事とはいえ、彼女自身から聞いても納得がいかない。 大体、アルトリ"ウス"とは男性名だ。女性なら"アルトリア"ではなかろうか? その辺を聞いてみた所、「…………聞かないでください」 ―――はい、二度と聞きません。ごめんなさい。 ため息と共に身内の恥を晒すかのような顔をされてはたまらない。 次いで彼女をどう呼ぼうかと考えた。ようは愛称である。 アルトリウス―――そのままでは硬い。 アルorアルト―――なんとなく男に思えてくる。 セイバー ―――剣士。そうだな、雰囲気がそれっぽいからこれがいいかな?「そうだな、じゃあセイバーって呼んでも……」 と、セイバーといった瞬間だった。 彼女から感じていた緊張が、刺し貫かんばかりに強くなったのは。 その余波たるや、そこそこ広い教室でひそひそ話をしていた連中全員が悪寒と共に黙ったほどだ。「その名は口にしないでください。そう呼ばれるのは嫌いです」 ―――死んだ。間違いなく死んだ。懐に隠した銃だのナイフだので心臓を抉られ、腸を口に詰められるに違いない。 実際それは無かったが、その時の彼女の視線と雰囲気は間違いなく人を殺せる、と人生最大の恐怖を感じたのを覚えている。 結局、その時間はそのまま視線すら合わせることなく終わってしまい、お茶云々どころではなくなってしまった。 だが、翌日。 大学にやってきた俺を待ち受けていたのは、そのアルトリウスだった。 なんというか、目立っていた。 学生が出入りする扉の脇で腕を組み、その直立不動の格好から"仁王"か何かの様だと思ったものだ。別に険しい顔をしているわけでも無いのに、扉をくぐる生徒達が申し訳なさそうにしていたのは何故だろう。「あぁ、ようやく来ましたか」 俺を視線に入れるなり、彼女は俺の前に立ちそう言った。 信じられない。昨日あれほど険悪な顔をしていたと言うのに、日が明けてみればケロリとしているではないか。 というか、主席で美人の女が悪名高い男に声を掛けているのだ。登校する連中の目を嫌でも引く。「昨日は申し訳ありません。突き放すような言い方をしてしまいました」「あっ……いや、いいんだ。俺の方が失礼だったんだから」「ところで、一つ聞きたい事があるのですが」 ……俺に?主席の彼女が?「貴方の名前です。私が名乗ったと言うのに、昨日貴方は名乗らなかったではありませんか」 ……げ!そういや、名乗ってないではないか!!「あぁ……そうだっけ?ランスだ。ランス=ウェラハット」「……ランス」 その時、確かに感じた。彼女が俺の名前を聞いて何か聞き覚えのあるような言い方をした。「なるほど、よろしくお願いします。ランス。貴方が大学で最初の男友達ですね」 右手を差し伸べてきた。 ―――おぉ、神よ。感謝します。今この場に私と言う存在を置かれた事を。 などと、心にも無い事を思ってしまうほどに浮かれた。表情には出さなかったが。 あぁ、走ったよ。握手をした途端、全身をミョルニルに撃ち抜かれた気分だよ。 それと、周囲の生徒が何かに怯えるような顔に見えたのは気のせいだろう。 ナンパ師としては負けだ。いきなり友人にカテゴライズされては先が無い。 だが、これで彼女とのコネが繋がった。後は、徐々に落としていけば…………、 しかし、現実は俺がファーストコンタクトのときに感じたとおりだった。 俺は彼女に引きずられていたのだ。 一人暮らしをしている事。料理は凝った物が好き。ジャンクフードは嫌い。親日家、etc…… 聞き出した彼女の情報は貴重だ。 悪友どもがいつ彼女を切り、情報を流すのかと心待ちにしている中、俺は彼女の情報を一切漏らさなかった。 彼女は守られなければならない。……何故かそんな風に考えていた。 実際の所、流行だとかになると彼女は全くの無知である事も判明した。 派手なアクセサリーは嫌い、ついでにメイクもしない。「メイクもしないでその顔かよ!」 思わず言ってしまった。もちろん「メイクもしないでその"綺麗な"顔かよ」と言ったつもりではあったが……、「どういう意味ですか、それは!説明を要求します!」 さすがに、ガーーッと怒り出した。顔を真っ赤にして。 あぁ、本来なら平謝りでもすべきなのだろうが、 俺は笑ってしまった。「な、何が可笑しいのですかランス!貴方は私を何だと……!!」 服をつかまれ、ガクガクと揺さぶられる。 俺の笑いは止まらなかった。 だってそうだろう。 騎士や文官の揃った玉座の前で王と話している気分だった俺の前で、彼女が声を荒げたんだぞ。おまけに服を掴んで揺さぶったんだぞ! あー、崩れた。完膚なきまでに彼女の城壁を崩してやった。 なるほどなるほど、やっと彼女の攻略法を見つけた。 そうか、そうか……、「ランス!いい加減その下卑た笑いを止めなさい!」「スマン……、無理! あはははは……!」 彼女に遠慮を感じなくなった俺は、とにかくへばりつく事にした。惚れた男の弱みという奴か。 悪友どもには、高嶺の花と言われたが俺は諦めなかった。というか、時すでに遅しである。 話は変わるが、彼女には秘密が多かった。 どんな発掘現場に行っても息の上がらない体力があった。 どんな偉い教授でも論破できる迫力があった。……というか、その道の権威を黙らせるってどうよ。 そして、色々な部活から助っ人に来てくれという誘いが多かった。 何故に部活の連中から助っ人要請が来るのか……、それは彼女の家に招待された時に分かった。 彼女の家に一歩足を踏み入れたときに思ったのは、「ここって日本家屋じゃねぇよな?」「日本家屋じゃありませんが、日本のものが大半ですね」「…………アンタの前世は、日本人だな」 家具の半数以上が日本の物だったのだ。箸や茶碗は言うに及ばず、借家だというのに畳など持ち込み布団の上で寝て、書き物は正座で文机だと!? …………あ、ダンベルと竹刀が置いてある。 まぁ、それも驚いたのだが、一番驚いたのは部屋の隅に雑然と置かれたトロフィーや盾の数々だった。「何だコリャ!国際マラソン大会、中華武闘大会、……ツールド!?」 全世界、ありとあらゆる種目の優勝杯や盾が無造作に置かれていたのだ。その数は10を軽く超える。「昔取った杵柄というやつです。実家に送るのを忘れていました」 古い日本の言葉であったな……「アンタは無敵超人か」。 まぁ、彼女が竹刀を軽く構えただけで、多少なりとも鍛えてる俺が全身に冷や汗をかいたんだから、実力は………最早言うまい。 しかも料理もそこそこ得意と言う。「いや、ほんとムテキチョウジンか?」「………なんですか、それは」 ほぼ完全に自炊をしていると言う。俺の朝なんてフレークとミルクとベーコンエッグがあれば事足りるんだが、彼女の場合そんな簡単な物では納得しないらしい。 そういやケンブリッジに呼ばれた時、出された豆の煮た物を吐き出して、「こんな物は料理じゃない!」と厨房を襲撃したとかしないとか。 日本にいるイギリスで生活していた事のある友人も、イギリスの料理は雑過ぎると言っていた。 俺は感じないのだが、彼女はイギリス人であるのにも関わらず、イギリスの食べ物を全否定していたのだ。不思議な事に。 ……いや、煮たのが嫌だったからと言って、日本の腐った豆を食う事も無いんじゃないか?……好んで。「食べたい物が無いなら、自分で作るのが筋でしょう」 ―――完敗です。……足元の石ころにも及びません。 彼女が日本に行くと言う情報をキャッチした。俺とアルとの仲を知っている彼女の友人が、俺に情報をリークしてくれたのだ。 中毒と思えるほどに染まっているくせに、彼女は日本に行ったことが無いらしい。 これはしたりと引っ付いていく。 もはや恋云々というより、彼女の秘密が俺を突き動かしていた。無論、諦めたわけではない。 だが、日本で俺が知ったのはある意味絶望といっていい。 彼女は俺以上に日本語が饒舌で、俺以上に地理に詳しく、俺が想像もしていなかった事を言い出した。 彼女は前世の記憶を持っていた、と。 日本で見た朽ち果てた武家屋敷、洋館、そして城。それらと彼女を繋ぐ線は、俺なんかが跨げる物ではなかったのだ。 彼女は関われば不幸になると言った。俺は不幸なまま死んだのかと彼女に聞いた。 想像に任せる……、確かに彼女は笑みを浮かべていた。 ―――俺の中で何かがぶち壊れる音がした。 数百年前、彼女は日本で暮らし、俺の知らない人達と関係を築き、その記憶を持ったまま俺の前に立っている。 そう、彼女は数百年前に死んだ奴らを未だに思い続けている。操を立ててしまっている。 そうかよ、俺のランクは死人以下かよ! 無性に腹が立った。やり場の無い怒りは、結局アルトリウスへの疎遠という形となった。 そのまま12月を迎えてしまった。 俺は一体何をやっているのだろうか。 クリスマス間近だと言うのに、俺は女を引っ掛けに行こうという悪友の誘いも、女からの誘いも断っていた。 心の中が空虚だった。失恋のショックと言う奴だろうか。もはやうつ病に近いほどにやる気が起きない。学校へさえも顔を出していなかった。何もかもがどうでもいい。アルトリウスに男がいたという事実だけでここまで落ちるとは……、正直笑える。 それは、20日の昼過ぎだった。朝から酒をかっ食らっていた俺に電話が来た。 どうせまたダチが女を拾いに行こうと電話をかけてきたんだろうと、発信者も見ずに電話に出る。「……あい」 アルコールで焼け、気だるい声そのままだった。こんな姿はさすがに両親も引いた。『私です。アルトリウスです』「―――!!??―――」『……随分疲れているようですが、風邪でも引きましたか?』「いや、大丈夫!!俺は元気です!はい!!」 …………今思い出しても恥ずかしい。『まぁ、ならいいですが。ところで24日ですが……』「はっ……?」『予定が空いていますのでどうですか?食事でも……』 ―――おお神よ(以下略!!) 薬を飲み、床屋へ行き、服を買って、遊び場を調べ……、「おや、やさぐれてると思ったのにどういう心境の変化だい?」 ―――すまん、御袋。俺は今忙しい。 私服で行けるカジュアルなレストラン、予約は滑り込みセーフ。 ウィンドウショッピングの散策ルートは目をつぶっても歩いていける。 待ち合わせの時間と、教会までの時間配分、余裕を持って優美たれ!(謎 …………よし、完璧である。 嬉しすぎて記憶に無い、訳は無いが、この誘いは一体何の為だったのだろうか。 彼女なら四方から引く手数多のはずなのに、何故俺などを選んだのか。「別にいいではないですか。普段から付き合せっぱなしですからね、お礼の一つもせねば罰が当たると思ったもので」 はいはい、だと思いました。 そうやって息を吐けば、言いたかった事が言える気がした。 結局、俺は彼女を諦め切れなかったんだと。 彼女に心底惚れてしまったんだと。 言った……、と思えばテロである。 怒った。もう、何もかもに腹を立てた。 そして……気がつけば、俺を助ける彼女にも怒っていた。 陳腐な怒りだ。「生きてる俺なんかより、死に掛けてる人達を生かせ。」そんな事誰が出来る。思い出したように騎士道を語ったところで虚しいだけだ。 それを聞いた彼女は、何かを決意したように病院を飛び出し、……何をしたかは知らない。 だが、彼女は何かをやった。そうでなければこれだけの大規模テロが、俺がくたばってる間に収束するなんてあり得ない。 信じられない話だが、彼女は本当に死にかけてる連中を生かしたらしい。確かめる術は今となっては無いが。 ―――問題は、ここから先の話が俺の、いや、俺たちの人生の転機だった。 病室で彼女は言った。日本に永住し、向こうで仕事を探すと。 取りも直さず、それはイギリスを捨てて思い人の骨が眠る土地へと移り住むという事。 やっぱり腹が立った。がなり立てた。そして、彼女は言った。「ランス……、私は貴方が嫌いです」 心で荒ぶっていた波が一気に沈静化した。彼女の言った事が分からなかった。 風船に込められた怒りが、彼女の言葉という針によってバン!と割られたようなあっけなさだ。 そうだな……、今思えば俺を強引に納得させようとしたからだろう。 一晩中泣いたよ……まったく。 接触が持てないまま2月が来た。退院した俺は彼女のアパートを訪ねたが、どうしても入る気になれなかった。 俺は、彼女のブラックボックスをこじ開けてしまったのではないか? そう考えた。彼女の秘密を知りすぎたのかもしれない。 そして、その晩の話だ。轟音で目が醒めたのは。飛び起きてカーテンを開ければ、外には業火。 親の心配より、アルトリウスの心配が先にたった。幸い俺の家には災害用のシェルターがあった。両親はそこへ逃げ込み、俺は親父のホバーバイクを拝借し、アルトリウスのアパートへ向かった。 もう日本へ向かったのかと思ったが、アパートに居てくれた。 安全な場所、家のシェルターでもいいかと思ったが、業火の真ん中を突っ切るわけには行かない。それに、空へ上がったエアカーが撃墜されるって時点で、敵は俺達を皆殺しにするつもりだと想像に難くない。 真っ先に思いついたのは、学校のシェルターだ。考古学の発掘品をしまう倉庫は、ちょっとやそっとの爆撃ではびくともしない構造をしている。 彼女に違和感を感じたのは学校に入ってからだった。 角材を掴み、周囲へ意識を向ける彼女。まるでそれが当然というように、意識を切り替えていた。 俺もそこそこ鍛えている。彼女に敵うとは思えないが、戦術でいうなら最先端のヴァーチャルゲーム、"Unlimited Real Battle Force"で鍛えたつもりだ。 これは言うなれば、アーケード専門の模擬戦争。 脳波を仮想空間のキャラクターへとリンクさせ、まるでそこに居るかのようにゲームを楽しむ事の出来る世界でも指折りの発明だ。 しかも、日独英米中の初の合作だってんだからまぁ……。 自慢ではないが、月間ランク50位に入った事もある。無論世界でだ。 20世紀では"Cunterstrike"や"BattleField"のキャラクターに入ってプレイしていると思ったほうがいいか。 相手も人間。手の内を読みながらの戦闘は確かにリアルだ。 しかし、俺は全く知らなかった。 この戦争その物が、そもそも人対人の戦いでない事に。 最初に対したのは、神学生かと思うほどの少女。左手には3本の剣。 ―――ハッ!? 思う間も無く、彼女に突き飛ばされる。直後、俺の前を彼女の持っていた剣が通り過ぎていた。 弾丸の速度で飛ぶ剣をアルトリウスは当然のように回避、叩き落した。 驚くのもつかの間、飛び上がった女に、アルトリウスは問答無用で角材を叩きつけ、止める間も無く止めを刺した。 …………躊躇無く人を殺したのだ、彼女は。 その後に語られる真実は、俺の中の"何か"をまたぶっ壊した。 彼女は魔術師と呼ばれる存在である事。 彼女の前世は、剣を取って命の取り合いをするのが当たり前の世界だったと。 あぁ、そうか。彼女が世間知らずだったのは、戦う事以外を知らなかった為か。 あの時……、俺がみた幻視は、幻などではなく本当の事だったのだ。 そう思ったら笑えてきた。それを知ったら怒りが沸いて来た。 そう、彼女の秘密を知りすぎたと思っていた俺は……、結局、彼女の半分も知らなかったのである。 そして今、俺達は敵から逃げている。 轟音を響かせて、螺旋階段が落下する。飛び出したセイバーを引っつかんで引き込む。 10階へと落ちた階段は瓦解して轟音を響かせてきた。 まさに、間一髪。危ないところだった。「……っく、助かりました。ランス」「いやー、いいって事よ」「ったく、これで道が一つ塞がったか」 愚痴をこぼす甲斐のおっさん。 それより、俺の思考は今の俺を平静に保とうと必死だった。 愛の語らいなどあのクリスマスだけ。結局キスも失敗し、踏んだり蹴ったりではあったが……、 とりあえず、俺の上に倒れこんだセイバーの双丘の感触だけはたぶん、地獄に落ちようと忘れないだろう。 ―――おお、神よ(以下次回!)