もうすぐ時計は7時を指そうとしている。 アーチャーは先に帰した。これから色々と忙しくなるので、その準備をさせるためだ。もっとも、その忙しくなる理由を作ったのが他でもないアーチャーなのだが。 /// ///「凛。シロウ達と手を組みましょう」 自身をセイバーの偽者と言い切ったアーチャーは続けてそういった。「はぁっ!?どうして?」「利点は二つあります。第一に二人を仲間にする事による戦力の向上……」 まぁ、確かにセイバーは相当に強い。士郎に呼び出されたのが勿体無いほどだ。「第二に凛の負担の軽減です」「私の?」「はい、私が戦えば魔力を必要以上に消費する。それは、昨今の戦いでお分かりいただけたと思います」「……確かに、身をもって確かめさせてもらったわ」 必要以上に魔力を消費する。それは偏に長期戦に向かないということ。だが、短期決戦なら見合った戦力は発揮されている。バーサーカーに対し受けに回っていたセイバーと、互角かそれ以上の力で押しまくったアーチャー。……ここまで来て、クラスがどうのと言う気はない。最も、その二人を敵に回してなお優位を保ち続けたバーサーカーは反則クラスだけど。「セイバーの性格はよく知っています。マスターが未熟である事も承知し、それでも己が立ち向かえば勝ち抜けるという自負がある。未熟なマスターを教育する、と正式に願い出ればセイバーは受け入れてくれるでしょう」「ちょっと待ちなさいよ、そんな簡単に受け入れてもらえると思ってるの?私達は聖杯戦争を戦う敵同士なのよ?」「本来ならばそうでしょう。 しかし、ただ敵であるだけなら、昨晩、彼等を教会に連れて行くこともしなかったはずだ」 む……確かに。だが、あれはあまりにもマスターとしても魔術師としても、中途半端な士郎が一人になっても生き残れるようにという戒めのつもりだったわけだが……。「凛、貴女が聖杯戦争にかける意気込みが強い事はわかります。だからこそ、確実に勝てる方針を採るべきだ。 共同戦線を張る代わりに魔術を教えると交換条件を出せば、シロウもきっと納得してくれます」 う~~~~~ん、なんか押し切られてる気がするなぁ……。「隠し事ばかりで申し訳ないと思っています、マスター。しかし、貴女がシロウに対して聖杯戦争のイロハを教えたように、私も彼が生き残れるように考えた結果、真名を隠す事が一番なのではと思ったのです」「……普通、サーヴァントがそんな事をする意味も必要も無いと思うんだけどなぁ」「……すみません」 はぁ…………。「じゃあ一つだけ聞くわ、アーチャー。それを聞いたらアンタの提案を汲んだげる」「何でしょうか?」「貴女、自分をセイバーの偽者といったわね。でも、バーサーカーに対しては貴女の方が勝っていた。 …………それなのに偽者ってどういう事?」 短期決戦型と長期持久型、どちらがどちらとも言えないが、腑に落ちないのはそこだ。 アーチャーは少し思案顔になり、「そうですね、イメージの重複ではないかと思います」「どういう事?」「英雄となった経緯が彼女と酷似していたのではないかと。その為に、世間での私のイメージが彼女とダブった。 その為私と彼女は似通っている、と言った所です。最も、その経緯もお話できません」 あぁ……、なんか嫌になってきた。 私はテーブルに突っ伏してそう思った。「……はずれを引いたかなぁ」 思わずそうつぶやいていた。「何を言うのですか凛!」「――――!!」 今度はアーチャーがテーブルを叩いて激昂した。「確かに私は偽者かもしれません。しかし、私は私のやって来た事に微塵の後悔も感じていない! たとえそれが、イメージの重複だろうと! 貴女には……貴女にだけは、それを否定してほしくはない!!」 …………………… 顔を上げ、彼女を見て呆気に取られた。アーチャーが……泣いてる。「…………ゴメン。知らずに侮辱してた」「……いえ、こちらこそすみません。使い魔風情が出すぎた真似をしました」 そうだ、彼女には彼女の誇りがある。彼女がどういう経緯で英雄になったかは知らないが、その誇りを否定する権利は私には無い。「はぁ……、この話は止めにしましょう!お互いの信頼は大事だもの。 OK、士郎と共闘できるか聞いてみるわ」「ありがとうございます。ご心配なく、凛の損にはなりませんよ」「そうね、セイバーとアーチャーが味方として戦ってくれるなら心強いわ」「それこそ杞憂です。彼女とならば、勝利は約束されたようなものだ」「言うじゃない。相当にセイバーを買ってるのね」 彼女は口元に笑みを浮かべ、「見くびらないでください。偽者とはいえ、私もセイバーと間違われるほどの英雄なのです。 それに、凛という優秀なマスターに着いたのだ。 そのサーヴァントが最強以外の何者でしょうか」 /// ///「なんというか、ねぇ」 紅茶のカップを傾けながら、私は一人ごちる。 アーチャーに関してはもう何も聞かない事にしよう。セイバーや士郎との確執は後になってから問いただせば良い事。……もしかしたらボロを出すかもしれないし。 問題は、士郎がいつ目を覚ますかで……、 ガラリ…… 見計らったかのように居間のふすまが開き、士郎が入ってきた。 同時に、昨日の馬鹿丸出しの行動の怒りまで吹き出してきたけど。「あら、おはよう。勝手に上がらせてもらってるわ、衛宮君」「と、遠坂!?おまえどうして」「待った。その前に謝って欲しいんだけど?昨日の一件についての謝罪を聞かないと落ち着けないわ」 とりあえず、アーチャーとの約束を果たすのは、ひとしきりこのバカを説教し倒してからにしよう。 ――― 間 ―――「それじゃあ私は戻るけど」 諸々の説教と契約の取り付け、手付金代わりに本を一冊。そこまでしてから私は立ち上がった。「え?ああ、お疲れ様」「まあ、今回はこういう流れになったけど、本来なら私達は敵同士なのよ。最後の日になってどうなってるか予想は出来ないけど、いずれ私達も戦う事になる。 だから―――私を人間とは見ない方が楽よ、衛宮君」 そういって、私は一時彼の家を後にした。「おかえりなさい、凛。言われたものは詰めておきました」「ご苦労様。着替えたらすぐに戻るわ」 家に戻ってみれば、アーチャーが二つのボストンバッグに必要な物を詰めていてくれた。私も自室へと入り、ちゃっちゃと私服に着替えてしまう。「OK。行きましょうか」 片方のバッグを担いで、しばしの間留守にする我が家に厳重に施錠する。「凛、何ならそちらも持ちましょうか?かなり重いものが入っているようですが」「いいわよ別に。自分の物は自分で運ぶわ」 こんな事でアーチャーに頼っていたのでは単なる甘えである。 にしても、日曜日の朝で人影がまばらだというのに、数少ないすれ違う人達が漏れなく私のほうを振り向くと言うのはどういう事か。 ……まさか家出少女に見えるとか、そんなんじゃあるまいか?「どうしました?」「いえね、私って家出少女か何かに見えるのかしら」「見ようによってはアリかもしれませんね」 横を歩きながらアーチャーがクスクス笑う。「無駄に目立つってのは好きじゃ……」 ここで、ある決定的な矛盾に行き当たった。 というか……、朝も同じことがあったぞ!「って!アーチャー、何よその格好!?」「ふむ、ようやく気付きましたか。日曜の朝だからといって身近な変化を二度も見逃していてはいけませんね」 私の横を普通に、実体化したまま、歩くアーチャーが言う。しかも、その服装がまるっきり変わっている。 鎧の下の装束じゃなく、青のジーンズに、白のトレーナーと言った、……やたらめったら映えまくる格好して歩いている。「どっから見つけたのよ、そんな物」「クローゼットです。失礼かと思いましたが、色々ひっくりかえさえせて貰いました」 そりゃ誰だって振り向くわ。アーチャーみたいな美人が、んな格好で街中を闊歩してたら人目を引きまくる。 ……っていうか、反則です、ソレ。「それより、何であんたまでそんな格好してるのよ!必要ないじゃない」「凛、あの家にセイバーが一人で、しかも何の前触れも無く現れ、居座っては何かと問題が起こります。 ここは一つ、姉妹で来たと言う事に」「……アンタのその無駄で、突飛な考えは一体どこから沸いて来るのかしらね」「いつの世も物を言うのは確たる事実と、あらゆる疑問を退ける証拠です。それに凛、私だけ貴女方の生活から除け者にするつもりですか?」 あぁ、神様仏様聖杯様、私何か悪い事しましたか? ……こいつは本当に英雄か?英雄なのか!? ここまで完璧にこの時代に溶け込む技量はどこで身についたんだろうと、本気で考えてしまう。「……もういいわ。好きにすれば」「判りました。貴女の割り切りの速さは、実に好ましい」 で、私達が士郎の家に戻ってみれば、二人は道場で言い争っていた。 邪魔するのもあれなのでしばらく傍観していたのだが、とりあえず話が軽い方向に行ったらしいのでこれ見よがしにバックをドスンと置いた。「はい―――?」 おー、士郎が唖然としてこっちを見ている。「……むむむ?何しに来たんだ、遠坂」「何って、家に帰って荷物を取ってきたんじゃない。今日からこの家に住むんだから当然でしょ」「す、住むって遠坂が俺の家に……!!!??」「協力するってそういう事じゃない。……貴方ね、さっきの話を何だと思ってたわけ?」「お世話になります。シロウ」 アーチャーもそう言って、笑みを浮かべている。 予想以上にうろたえる士郎。なんか、面白い。「私の部屋はどこ?用意してないんなら、自分で選ぶけど」「あ―――いや、待った、それは―――」「あ、ついでに彼女の部屋も用意したら?私のアーチャーと違ってかさばるんだから、ちゃんと寝る場所を与えておかないと。ま、同衾するって言うなら別にいいけど」「す、するかバカ!人が黙ってれば何言い出すんだお前!んなコトするわけないだろう、セイバーは女の子じゃないか……!」「―――論点違うけど、ま、いっか。ですってセイバー。 士郎は女の子と同じ部屋はいやだって」 難しい顔をするセイバー。 マスターの身を守るためには同室に居たほうがいいというのは当然の話。だけど、士郎の場合情操教育がしっかりしているのか、それとも単にサーヴァントを駒として見る事が出来ないのか……。「困ります、シロウ。サーヴァントはマスターを守護するもの。睡眠時は最も警戒すべき対象なのですから、同じ部屋でなければ守れない」「そんな事言われてもこっちはもっと困る!何考えてんだお前ら、それでも女か!」 やっぱり……、コイツ、サーヴァントを人としてみている。「クスクス……」 で、……なぜこの状況で笑えるんだ、アーチャー。 まぁ、すったもんだはあったけど、とりあえず士郎の隣の部屋でセイバーは寝る事になり、私とアーチャーも部屋決めのために士郎の家を物色する事とあいなったのである。 /// /// 縁側に腰掛けてぼんやりと空を見上げる。 昼間から眠ってしまったセイバーではないが、こっちも休憩が必要だ。 吐き気はないが、体の具合は最悪。おまけに、予期せぬ展開を押し付けられて肩が重い。「―――ふう」 いまだに右も左もわからない状態は変わらない。 魔術師としての先輩と言うか、正規のマスターである遠坂はというと、「あまってるクッションとかない?それからビーカーと分度器」 家の物色に余念がない。 文句を言いながら戻っていく彼女を見ながらあくびをする。どうやら体力が満足に戻っていない、眠すぎる。 にしても、遠坂がうちに泊まるというのは確定のようだ。 まぁ、遠坂の部屋は離れの客間だし。いや、飯時は顔を合わせるよな、それに風呂もこっちにしかないんだし、話し合って使わないと。それを言うなら、セイバーだって女の子なんだから、「って、何を考えてるんだ俺は!」 頭を振って、余計な思考を振り払う。 その時、クスクスと聞いた声で笑う者が一人。 顔を上げれば、そこにはセイ……いやいや、アーチャーが立っていた。「お疲れのようですね。シロウ」「アーチャー?」「隣いいですか?」「あ、……あぁ」 ストンと隣に腰を下ろすアーチャー。 ……ヤバイ、完璧に忘れていた。セイバーと遠坂だけでも緊張するって言うのに、アーチャーも女性だったんだ。 しかもセイバーにそっくりの。しかも、今は彼女まで私服だ。……というか、どこから持ち出したんだろうか。「どうしました、シロウ。私が居ては落ち着きませんか?」「え―――いやいや、大丈夫。 てっきり、遠坂の手伝いをしてるもんだと思ってさ」「凛の部屋は、彼女が自分でコーディネートしています。魔術師の工房にサーヴァントが口を挟むことは出来ませんよ」「そ……っか」 それだけで、会話は途切れた。 何を話せというんだろう。アーチャーは遠坂のサーヴァントだし、まさか真名を教えてくれるなんて思ってもいない。 にしても、……あまりにも似てる。セイバーが成長したのならこうなるんじゃないかってのを、まさに体現してる。 目を閉じて、声だけで聞き分けろなんて言われたら、俺には無理かもしれない。「シロウ」「……え?」「セイバーの真名は教えてもらいましたか?」「い、いや、教わってない。教えてから魔術で記憶を吸い出されでもしたらマズイって言われてさ」「ふむ、賢明です。それがいいでしょう。 まぁ、……かく言う私もそう高名な者ではありません。バーサーカーに比べたら数段ランクは落ちるでしょうし、知られたところでどうという事はないでしょうが」 …………ん?何だこのデジャヴは。 アーチャーを見る。目を閉じ、純粋に日向ぼっこに浸っている。セイバーのように無表情ではない。ただ穏やかだ。 硬いセイバーとは対照的。「どうしました?私の顔に何か?」「え!……いや、別になんでもない」 ど、どうすればいいんだ?何か話さなきゃいけないって言うのに、緊張してしまう。 ……って、こんな状況がこれから3倍増しで続くのかと思うとある意味ゾっとする。 ―――だぁぁぁ!考えてても埒があかねぇ。 そのままバタンと後ろに倒れ、空を見上げる。 聖杯戦争、セイバー、遠坂、アーチャー……そして、イリヤスフィール。 否応なしに殺し合いは始まってしまった。俺はそれを止める為に戦う。それは何百年も続いてきた儀式のような物らしい。 だが、その経緯はどうあれ、誰かが血を流し、死ぬ事になるなんてごめんだ。 取り留めない先の事を考えてたら頭が熱くなってくる。 その時ふっと、目の前が暗くなった。「あまり考えすぎない方が貴方のためですよ、シロウ」 って!!アーチャーの手!? 慌てて起き上がろうと……、「そのまま、……動かないでください」 …………………… 目から額にかかるヒヤリと冷たいアーチャーの手の感触で、頭にモヤついていた考えが圧殺されていく。 てか、そんな余計な事を考えるなんてできない。「そうです、そのまま思考を落ち着かせてください。 今の貴方は昨日の怪我から回復して間もないのです。セイバーと同じようにもう少し休息が必要です。 ですから、そのまま眠ったほうがいい」「いや……けど」「見張りは私がやっておきます。ご心配なく、セイバーの代わりは務めますよ」「そうじゃなくて…………えぇと」 ……やば、アーチャーの手が気持ちよすぎる。さっきからの眠気がぶりかえして……、「本当は…………まま、少し……く……貴方と」 アーチャーが何か言っている。 ……だが、それよりも襲い掛かる眠気に俺は、勝つことができなかった。