春を向かえ、私達は3年に上がった。「聞いたか? 北の方で、爆発事件が起こったの」 講義直前、ランスが新聞を持ってやって来た。"The Times Daily Express "、 一般的な日刊紙だ。「爆発事件ですか?」「あぁ、何か派手に死人が出たらしいぜ」 受け取った新聞の一面には、悲惨な町の航空写真が掲載されていた。 かなり広範囲に火の手が上がったらしい。「原因は……"ガス漏れによる引火"?」「あぁ……、だが嘘っぱちにきまってら。そんだけの死人が出て、ガス漏れだ? 誰一人信じてねぇよ」「ガス漏れ……」 どこかで聞いたような言い回しだ。だが、……どこで聞いたんだったか。「それと、これは内緒話なんだがな。今朝俺達の講義、いきなり3時限まとめて休みになっただろ」「えぇ」「どうもその事件の調査に向かうとかで、出たらしいぜ。教授連中」「この学校から? 何故」「さぁね。だが、何だって事故の調査に考古学の教授が出張るのかが気になるんだが……」 ランスの声は聞こえてこなかった。あの時のざわめきが確かな意味を持って私の中を駆け巡りだしている。 意思の奥底で誰かが言う。『――始まった』 と。 誰が、いつ、どうして、どうやって……、 考えたところで判らない。だが、何かが始まった。 ……何か、良くない事が。 /// /// 夏になった。初夏の陽気に誘われて、初めて日本へ行く事にした。「お、日本か。お前日本好きなくせに、日本に行った事無いんだろ? ガイドさせなよ」 その予定を話したのは女友達数人だというのに耳ざとく聞きつけて、付いて来ようとするいつもの腰ぎんちゃくのランス。 しつこく断ったのだが付いて来るの一点張り。実際出発当日に航空券を持って現れた時は、私は人生二度目となるが諦めを感じた。「考古学の研究の一環か? だとしたら、キョウトか、ナラか。やっぱフジヤマか?」 飛行機の中で自慢げに日本漫遊の話を聞かされる。大学の、しかも外に出ずっぱりの私達を差し置いて日本で遊びまくっているとは一体何事か。「そんな話ばかりしているから、単位を落とすんですよ」「ハハハ、言ってくれるじゃないか。なら、試薬の調合を間違えて、発掘品を台無しにしたのはどこの誰だったかな?」「…………むっ」 人の揚げ足を取るとは何事か。「にしても、急だな。お前の友達連中も不思議がってたぜ? 『日本に行くので夏の予定は埋まってます』なんて言われて、ジェシカの奴仕込んでた男どもにいやみ言われてたぞ」「男……ですか?」「あぁ、お前自覚無いだろうが、俺と知り合った後辺りから急にモテだしてるんだぜ? 直接声掛ける勇気無いもんだから女経由しやがって、何やってんだかね」「なら、直接人前で頭を下げた貴方は勝ち組ですか」「そうでもないさ。付き合いは長いが、恋人に格上げされるのを待ってる部下の気分だよ」「―――、なら一生部下でいてください」 ため息をついて、シートを倒すランス。「やれやれ、アルトリウスの眼鏡にかなう奴ってのは一体どんな男かね」「………………」 思い出す刹那の光景。光舞う暗い室内、血の戦場、淡いまどろみ。 一言、愛していると言った丘。「―――おい、アルトリウス?」「え、なっ、何ですか?」「―――――。 いや、何。その驚いた顔を見たかっただけさ」 ……………………「帰りの飛行機代は貴方持ちにしますよ?」「ジーザス、それは止めてくれ!」 東京羽田空港――到着したのはいいのだが、さすがに空港からどう行くかの道順は知らない。「おい、アルトリウス。トウキョウにでるならチューブに乗ったほうが早いぜ?」 地下鉄か。しかし、私の目的地はそんな観光地ではない。「申し訳ありません、ランス。私は普通の観光に来たわけではありません。ここからまた少し時間を掛けます」「はぁ? じゃあ何だ、アサクサやダイブツ拝みに来たんじゃないのか?」「すみません、だから一人で来たかったのですけど」「……なるほど、だからしつこく断ったか。なら、目的地はどこだ?どこだろうと付き合ってやるよ」「いいのですか? 面白くない場所ですよ?」「来るといったのは俺だしな。目的も無くぶらつくのもいいさ。 よく言うじゃないか、"旅の行き先は風任せ"って」「聞いたことありませんが、風任せならいいでしょう」「……やれやれ、で? 行き先は?」 そこは思い出の地、出会いの地、戦場跡、別れの地、「冬木市です」