静寂の落ちる食堂。食堂の隅にトリスティアは横たえられ、テーブルクロスが被せられた。 すすり泣くベティを初め、この場に居る全員がただ静かに時が流れるのを甘受していた。 そんな沈黙を破るように甲斐が立ち上がる。「色々あって、とうとう死者まで出た。お互い不平不満はあるだろうが、とにかくこんな状況だ。全員の意思を統一する必要がある」 甲斐が集まった全員を見渡してそういった。「そこでだ。とりあえず、お互いの事を知るために自己紹介と行こうじゃないか。 私は甲斐ヒロヤス。この時計塔の魔術師だ。専門は銃弾に刻んだ魔術式を相手に撃ち込んで発火させる魔術だ。 火葬式典て言うんだが、数に限りがある。よろしく頼むよ」 淡々と喋ってから、再び椅子にかけた。 いきなりの自己紹介に皆が呆気にとられる中、こんどはガウェインが立ち上がった。「ガウェイン=ウェラハットです。魔術は見習いなのでまだ得意ではありません。甲斐先生と同じように火葬式典の発火魔術を。 それから、刀剣の心得が少々。よろしくお願いします」 目配せを受けて、ため息混じりにランスが立ち上がる。「ランスだ。そいつの従兄なんだが、正直、魔術なんて解らない。 "URBF"を結構やってるんで、銃の扱いくらいは身についてる」 よろしく、といって私の肩を叩いた。 立ち上がって、胸を張る。こんな場所だろうと弱気を見せるわけにはいかない。「セイバーと呼んでください。魔術協会には所属していませんが、こんな魔術を」 言って右手を上げる。傍目から見れば何も持っていないように見えるが、風が舞い、2本の黒鍵が姿を現す。 おお、とどよめきが起きた。「風で光の屈折率を変え、武器を隠して携帯する事ができます。もっとも、隠蔽と若干の強化以外の利点はありません。他には魔術による身体強化。 他には、槍、弓、体術等……ほぼ武術と名のつく物は修めたつもりです」 礼をして座ろうとした時、「あぁ!そうか、お前!」 銃を持った少年、ヘンリーが急に立ち上がった。「思い出した!お前、セイバーヘーゲンだろ!何年か前に"競技会荒らし"で有名になった!」「……"競技会荒らし"?そうか、どおりで……」 イーサンがメガネを押し上げながら言った。私に見覚えがあるのか?「中学生当たりからいきなり台頭して来て、節操無く競技会に出場しては優勝を持ってく女性。勝ちすぎて出場禁止になった大会は数知れず。オリンピックの強化選手を蹴ってニュースに一度出た」「……えぇ、確かに」 確かにそんな事もあった。小さい頃から、私は女らしい物に興味を示さず、自己鍛錬ばかりをやっていた。 記憶を前世のものと確信した13歳当たりから、私はありとあらゆる武術を身に着けようと躍起になっていたのである。何の必要も無い事だが、鍛錬を重ね、自分が強くなければいけない、という思いに突き動かされていた。 お陰でイギリス内から始まって、アメリカ、中国、日本等、多種多様な国際大会にエントリーしまくり、その全てで勝利している。 オリンピックの強化選手も断ったのではなく、IOCに影から"出ないでくれ"と言われたのである。……勝つから。もちろんこちらとしてもうるさい事が嫌いだったので要望を聞いたのだが……これはオフレコでお願いする。「ちょっと待て、それはお前、魔術を使って勝ったんじゃあるまいな!?」「ランス、見くびらないでください。大会の成績は純粋に私の物です。なんなら女王に誓ってもいい。それに、魔術を使ったら魔術協会が黙っていない」「…………だとしたら、お前の身体ってどんなポテンシャルよ」「とにかく、銃弾なら剣で2,3発程度はじき返す自信があります。次は貴方ですよ」 と、ヘンリーを指す。「……俺か? あぁ、名前はヘンリー。ヘンリー=パーシヴァル。 別に魔術師とか、奇術師なわけじゃない。ここにこんな場所があるなんてことも初耳だしよ」 身長は私より高い。いわゆるストリートファッションをした少年。 さきほど私に向けられたアサルトライフルもどこかで拾ったものか。「そういや君、その銃はどっから持ち出した?」 甲斐が率直に聞いた。「あぁコイツか?逃げてくる来る途中で、くたばってた兵士からな。別にいいだろ?」「……扱いは解るのか?」 彼が銃を持つ事をとやかく言うのではなく、扱えるかと聞く。彼も戦力になるなら誰でもいいという事だろう。「あぁ、いつでもあのクソ○マどもをぶっ殺してやるよ!家族の仇だしな!」「…………次は?」「じゃあ、私が」 と、イーサンが立ち上がる。自己紹介の内容は私が聞いたものと同じだ。「ところで、僕達はここに何時まで居る事になるんだい?」「何時までとは?」「そのまんまの意味だよ。地上への出口はあるんだろう?だったら、何時まで篭城してればいいのかって……」「その点は心配ない。地下深くに非常用のターミナルがある。そこから北の支部まで直通で避難できる」 地下鉄……、誰にも知られぬままよくも作った物だ。 納得したのかしていないのか、複雑な表情のまま彼は座った。 次にヴィクトールが静かに自己紹介し、ボルツは名乗っただけだった。「あぁ……、彼もここの魔術師でね。得意は格闘だそうだ」 敵を迎撃したときに見せた、ボクシングスタイルの格闘技か。おそらく、身体強化に特化した魔術師。だが、これだけ暗いというのにサングラスを取らないというのは……、「……貴方、まさか目が!?」「……あぁ、見えていない」 盲目。見えていないにも拘らず、アレだけの戦闘技能を発揮するとは……。 ……というか、私達が入って来た時甲斐の身分照会はどうやったのかが気になる。 そういうことなら、あの暗い廊下で黒鍵を全て弾き落とした事にも納得がいく。彼が視覚の代わりに何を頼りにしているかは判らないが、元々見えてなどいないのだから当然か。「目が見えてないのに、飛んでくる剣を叩き落すって……、魔術師って一体…………」 ランスがなにやら唸っているが無視。 次に、目を赤くしながらもベティが立ち上がった。「ベティ・G・ローゼンバーグです。えー、司祭、やってます……」 彼女の得意は聞いたとおり治癒魔術。 さきほど私が鍋をへこませた時の傷もすでに治癒してもらった。確かに、跡形も無く治療できる彼女の腕は一級といえる。 そして、教会から出向できており、敵と似た格好をしているが、あのホムンクルスは教会とは無関係だろうとも言った。 当たり前だ。魔術を異端とする者達が、魔術で動く人形を使って一般市民を皆殺しなどするはずがない。 しかし、教会のカッソクを着込み、教会の装備である黒鍵を使い、投擲技術"鉄甲作用"まで仕込まれているとあっては、彼女としても完全に否定するには怪しすぎる。 もっとも、彼女は本当に知らないのかもしれない。 そして、問題の二人。「あー、あーー、ああー……」「カリン・ベイカーと言います。こっちは弟のデュランです」 精神を患っている弟と、その姉。ボルツが連れて来たと言う戦災孤児。この二人が居ると、機動力がガタ落ちになる。 だからといって見捨てる気は毛頭無い。 それに、年端も行かない子供だ。こんな所で死なせるわけには行かない。 一通りの自己紹介が終わり、再び甲斐が口を開く。「OK。亡くなった彼女を含めて12人。……まぁ動けるのは11人だが、この人数でターミナルまで向かう事にする。 残念だが、あの亡骸は事が終わってから回収ということになる。嬢ちゃんには悪いがそういう事でいいな?」 赤くなった目をしながらも、彼女は頷いた。 知り合いが死んだとしても、優先順位の判断はできるようだ。「さて諸君。ようこそ魔術協会へ。と、言った所で望んで来たわけでも無いがね。さしあたって注意事項だ。 この魔術協会だが、道中は下に行くほど複雑怪奇になり、正直俺たちでも踏み入ったことの無い空間も存在する。まさにびっくり箱だな。 一応、地下13階までの道は俺が知っている。君らはただ着いてくればいい。 問題は、あのホムンクルスどもだ」 トントンと、テーブルを叩きながら甲斐が話し始める。「見た所は、司祭なんかが着ているカソックから、裏は"教会"なんじゃ無いかと俺は思っている。 だが、"教会"から来ているベティ君が何も知らない所からしてその線は怪しい」「先生、こんな所で講義なんか始めてもしょうがありませんよ?」「わってるよ、ガル坊。 問題はあの連中が使っている武装。そこの彼女が敵からぶん取って使っている細身の剣、こいつはな聖堂教会で使ってる悪魔祓いのための物だ」 と、ここでヘンリーがつぶやいた。「悪魔祓いって……、またオカルトな」「生憎だが、冗談じゃない。 サタンも吸血鬼もゾンビも実際に存在する。君らから見ればそんな迷信と思うだろうが、あの敵はホムンクルス。つまり人造人間だ」 ざわめきが起きた。もちろん、数人だが。 甲斐は続ける。「そして、奴らはその黒鍵を投げつけてくる。それも弾丸並みの速度で。"鉄甲作用"という特殊技術なんだが、奴ら全員が使っているとなると、刷り込んだ製作者は相当な技量の魔術師だろう。 救いなのは奴が単調な攻撃方法しか採らない事だ。遠距離では投擲、近距離では特攻。この2択。 だが、運が悪い事にこの魔術教会の地下は廊下が狭い。奴らに溜まっている所に黒鍵の斉射をされたらまず誰かに当たる」「……はじき返す非常識な奴もいるけどな」 ランスがぼやいた。「まぁ、投擲専門の剣で斬り合おうって言うこのセイバー嬢は特別だ。実際俺達はそれだけの技量があるからな。 そういや、嬢ちゃん。兄ちゃんにアレは渡したのか?」「え……?―――あ」 そう言えば忘れていた。甲斐からランスに渡すように銃を預かっていたのを。 ポケットから銃を出しランスの前に置いた。「うお、ガバメント!? いいのか?」 私に銃の詳しい事は分からないが、何やら入念に見始めてしまった。「物持ちいいなぁ、おっさん」「ほっとけ。銃の経験、戦闘の経験があるならなんでもいい。たとえゲームだろうが、武器の扱い方ぐらい教えてくれるんだろ?」「まぁな……」 指でクルクルと回し、あさっての方向に次々とポイントするランス。具合を確かめているようだ。「正直、俺達もお前達全員を守れる自信は無い。だから、自分の身は自分で守ってもらう」「ちょ、ちょっと待ってくれ!私を連れてきたのはそっちじゃないか!」 ヴィクトールが立ち上がって怒鳴る。というか、貴方は元からトラックに乗っていたではないか。「生憎だが、中に奴らが侵入して来る所までは想定していなかった。 それに、私も自分の命が一番かわいいんでね。逃げたければ逃げてくれて構わない。だが、魔術師の仕掛ける進入防止の罠は警報なんて甘いもんじゃないぞ」 それは暗に、逃げたら仕掛けた罠が作動すると言っているのと同じ事。「ようするに、指示には従うしかないんですね?」 イーサンが冷や汗を流しながら漏らした。『そういう事……』 「だ」、「だな」等、語尾こそ違えど魔術師全員がそう言った。……なんでランスまで乗っかって来たかは疑問だが。