ごたごたを片付けていたら、一気に日が暮れてしまった。 とりあえず、エアコンの使い方なんかも聞いておいたから当座の生活環境は整った。 で、居間に集合した私達は現在、とある問題に直面している。 それは別に大した事ではない。セイバーがウチから持って来た服を着ている事でも、士郎がなにやら憮然とした表情をしている事でも、アーチャーがテキパキお茶を淹れている事でもありはしない。 そう、夕飯である。もっといえば、これからの食事に関しての事である。 士郎は一人暮らし。そもそも食事を作らなければ生活など出来ない。 だとしたら、相当な腕であると思うのだが、私もそこそこ腕に自身がある身としては捨て置けない。 そこで、交代でご飯を作る事を提案。そして、士郎はこれを承諾した。 とにかく、まずは"敵"である士郎の腕を拝見である。「……分かったよ。勝手に作るけど、セイバーもアーチャーも飯は食うのか?」『用意してもらえるのでしたら、是非』 ……うん一字一句同じハモリなんて何年ぶりに聞いたか。「り、了解。それじゃ大人しくしててくれよ。三人とも」 そんで、士郎が台所へ消えた所で、こちらは方針の話し合いである。「今後の方針は決まっているのですか?凛」「さあ?情報がないからなんとも言えないけど、とりあえずは、他のマスターを探す事かな。残りのマスターは後4人。こっちがマスターだと知られる前に探し出したいけど、さすがに上手くいかないわよね」「遠坂!四人じゃないぞ、五人だろ!マスターだって分かってるのは俺とお前しか居ないじゃないか!」 台所から士郎がこちらの話を聞いていたらしい。「何言ってるのよ。私と士郎、それにイリヤスフィールで三人でしょ。貴方、バーサーカーの事もう忘れたの?」 まあバーサーカーのプレッシャーがすご過ぎて、イリヤスフィールの印象が薄かったのは分からなくもない。「どうせ、貴方の事だからイリヤスフィールを敵だって認識してなかったんでしょ。それはいいから調理に専念しなさい。士郎の実力が分からないと私が困るんだから」「イリヤスフィール……バーサーカーのマスターですね。凛は彼女を知っているようでしたが」 名前くらいは知っている。何度か聖杯に手が届きそうになった魔術師の家系だ。 しかもマスターとしてもずば抜けている。超一流のサーヴァントを召喚し、バーサーカーとして支配しているだけでも彼女の実力がうかがい知れるという物。というか、次元違いである。「……同感です。私達の当面の目的は、その次元違いの相手に狙われているという現状ですか」「そうね、アーチャーはどう?魔力の回復は」「私ですか?」 にしても……声まで似てる。口調まで似ているんだから、確かに姉妹といっても嘘にはならない。 ……その辺がどうにも分からない。「そうですね……、今ならシロウに押し倒されても文句は言えませんね」「……イッテェェェェ!」 あ、指切りやがった。「大まかに言ってそんな所です。今のままではシロウにも軽く組み伏せられてしまう。サーヴァントを相手にするには今しばらく時間が必要です」 ……分からないといえば、コイツは士郎にちょっかいを出したがるという所。 こっちの関係はいまださっぱり闇の中。「なるほど。セイバーはどう?もう傷はいいの?」「通常の戦闘ならば問題はありませんが、バーサーカーを相手に出来るほどには回復していません。バーサーカー戦の傷は完治していますが、ランサーから受けた傷の治癒には時間がかかるようです」 どちらにしろ、当面は様子見という事になりそうだ。 とにかく、セイバーの提案からアーチャーには屋根からの見張りを頼む事にする。 と、「まったく、夕飯時に物騒な話するなよな」 夕飯を作ってきた士郎がドン、と盆を置いて言った。「? 何怒ってるのよ士郎。あ、料理だしくらいは手伝うべきだった?」「別に怒ってなんかないけどな、遠坂。馴れ合いはしないんじゃなかったのか?」 と、なにやらジト目で睨んでくる。 ……ははーん、そういうこと。「協力体制を決めていただけよ。安心なさい、別にアンタのセイバーを取ったりしないから」 見るからにうろたえて台所に戻ってしまう。 うむ、確かに退屈だけは無いかもしれない。「クスクス……」 セイバーが無表情で、アーチャーがそんな光景を見て笑いを漏らすのがもはや定着しそうであるが……。 夕食が始まって、士郎は無言に徹してしまう。「……ふむ。……ふむ、ふむ」 セイバーは料理に手をつけるたびにコクコク頷き、アーチャーは満足そうに味わって食べている。 で、私はといえば、「よし、これなら勝った……!」 おもわず握り拳を上げてしまった。 ククク、覚悟せよ衛宮士郎……、その身にとくと思い知らせてくれようぞ。「あのな、さっきの話だけど……」「?」 唐突に士郎が口を開いた。 私とセイバーが同時に顔を上げる。アーチャーは動じずに食事を口に運び続けている。「さっきの話って?」「だから今後の方針ってやつ。人が飯作ってるときに話してただろ」 要するに具体的なことか。 言わずもがなだが、地道に探す以外に手立てなし。 セイバーは他のサーヴァントが力を行使している時以外は感知できず、それはアーチャーも同じ。 結局相手の出方待ちしかない以上は後手に回るしかない。「外出する時にはサーヴァントを連れて行くようにしてください。アーチャー、貴女は凛の護衛ができますね?」「ご心配無く。その時は全力で守りましょう」「その辺は問題ないでしょうね。霊体状態で待機させておけばいいんだし。問題は……」「私のマスターですか」 そう、セイバーは霊体になれない。そうなると学校へ連れて行けるはずも無い。「学校?シロウは学生なのですか……?」「そうだけど。……あ、そうか。セイバーは生徒じゃないから、学校には入れない。……学校に行っている間はうちで待機しててもらうしかないな」「学校に行かないということは出来ないのですか?」「できないよ。普段どおり生活しろってんなら学校には行かなくちゃ。それに学校に危険は無い。アレだけ人が居る場所ってのもそうないぞ」「ですが」「ご心配なくセイバー。二人の安全は私に任せてください」 いち早く茶碗をあけたアーチャーがお茶を啜りながらいった。「学校には私が行きましょう。セイバーには面倒でもここの守りをしてもらいたいですね」「……それはどういう意図でしょうか?」 またもや突飛な発言にセイバーがアーチャーに向き直った。「何事にも拠点は必要ですから。動き回れるだけの広さのあるここならばベストです。だとすれば、ここを空けてキャスター辺りにでも侵入されて結界を弄られてはたまらない。 それに……守る戦いはお互い得意でしょう?」 横目でセイバーを見るアーチャー。 セイバーは眉を細めてそれを受ける。 ……彼女はセイバーの正体を知っている。でもセイバーはアーチャーの正体を知らない。気付いてはいるかもしれない。 清純な英霊とその偽者。似て非なるもの。 こんな事が起こるなんて思わなかった。私は触媒なしに召喚を行った。だとすれば、ランダムな英霊が選ばれる。そして、士郎も何の触媒もなしに強引に召喚をしたという。 ならばこの両者に、互いに関係の深い英霊が召喚されるなんていう事が起こりうるのだろうか。 ……ていうか、何で士郎が正統派で私が偽者なのよ。という怒りもあったのは確かである。 /// /// 深夜、この土蔵に居るのは俺だけだ。 いろいろな意味で隣で寝るセイバーに緊張して眠れなかった俺は、鍛錬場でも避難所でもあるここに逃げてきたというわけだ。 「……助かった。セイバー、気付くと思ったけどわりと鈍感なんだな」 それでマスターを守れるのかと思ったが、今は危険はない。家には結界が張ってあるし、アーチャーが見張りに付いている筈だ。もっとも霊体状態で目には見えないのだが。 ―――待て、ということはアーチャーには気付かれてる?まぁ、その時はその時か。 別棟の明かりも消えている。一日にして順応した遠坂にはもっぱら助けられている。「令呪は隠せ、か。言われるまで気付かなかった」 今は包帯で隠している。不自然ではあるがしょうがない。長袖を着てごまかすしかあるまいか。 黒々と他者を拒む土蔵の暗さは馴染みの遊び場であり、いつしか鍛錬の場となった。 扉を閉め、ストーブに火を入れて鍛錬に入る。 ……鍛錬は間をおかず続ける物。 二日連続で休んだりしたら親父に何を言われるかわからない。「―――同調、開始」 ランサーとの戦いで久々に成功した"強化"の魔術。今はそれを完璧な物にしなければいけない。 手に持った鉄パイプの構造を解析し、隙間に自分の魔力を通していく。 ビキ……!「……失敗かぁ」 集中を解き、失敗作を放り出す。ランサーの時は無我夢中だったとはいえ、成功している。 では一体何がいけないのだろうか。 と、「精が出ますね、シロウ」「―――! あ、悪いセイバー。眠れなくてつい……」 掛けられた声に驚いて振り返ると、そこにはセイバーじゃなくアーチャーが居た。 しかし、扉を開けた音は聞こえなかったはずだが。「アー、……チャー?」「申し訳ありませんね、セイバーでなくて」 心外だと言わんばかりに口調が刺々しい。「い、いやいや、声が似てたからつい、な……」 ――― 予想的中、全く分かりませんでした。「……まぁいいでしょう。ところで、それは鍛錬ですか?」「あぁ、"強化"だよ。ランサーが襲って来た時には成功したんだけど、今はさっぱり……」 アーチャーはふむふむと覗き込んでくる。 やっぱり見張りをしてるアーチャーにはバレてたか。 ていうか、こんな鍛錬なんて英雄であるサーヴァントには面白くもないと思うのだが。 と、アーチャーはなにやら「う~~む」と唸り始めた。「ところで、…………シロウの得意な魔術は"強化"だけなのですか?」 妙な事を聞いてきた。「あぁ……、ずっと"強化"の鍛錬ばかりしてきたけど」「……"投影"はできないのですか?」「―――!?―――」 ハッとなる。まさか、アーチャーの口から"投影"なんて言葉を聴くとは思わなかったからだ。「できない、事はない……。昔、親父に投影を見せたら、目先を変えて強化にしろって言われた」「……やっぱりそうですか」「ちょ、ちょっと待ってくれ!何で俺が"投影"を出来るなんて思ったんだ?」 アーチャーが俺の"強化"を見たのはこれが最初のはず。 なのに、まっさきに"投影"が出来るかなんて聞かれるなんて。 すると、アーチャーはどこか寂しそうな表情を浮かべた。「昔、といっても生前ですが、似た人が居ました。 失敗ばかりの、"強化"しか知らないという魔術師が実は優秀な投影魔術師で、"強化"の息抜きに"投影"をしていた魔術師として歪な男性が」 ……息抜きに"投影"……俺と全く同じ人がいた?? 彼女はその魔術師を寂しそうに、でも懐かしそうに話している。という事は……、「その人って……アーチャーの?」「……思い人でした」 …………ヤバイ、アーチャーの触れてはいけない部分に触れてしまった。「気にしなくても結構です。思いを告げて、私の方から去ってしまった。その後、彼がどうなったのか……、私には判りません」 無理やりに笑みを浮かべているのが俺にもわかる。「悪い、アーチャー。……辛い事思い出させちまって」「いいんですよ、シロウ。その人とは良き戦友であり、曲がった性根も叩き直して貰った。彼にはいくら感謝しても足りません。 それに……、別れは必然の事でした」 顔を上げ土蔵の窓から小さな空を見上げる。別れた恋人の事を思い返しているのだろうか。 と、いきなり毅然とした顔になり、こちらを見下ろす。「シロウ、私は凛のサーヴァントです。ですから、これから言う事は単なる口約束に過ぎません。それでも聞いてもらえますか?」「…………お、おう」 いきなりの豹変に驚いている内に、アーチャーはさらにとんでもない事を言い出した。「誓いを、ここに……」 それはセイバーがあの夜に言った言葉。 その月下の出会い、浪々と告げられるその宣誓は地獄に落ちようとも忘れることは無いだろう。「……私は貴方達の剣となり、盾となろう……」 否が応にも、その時の光景がフラッシュバックしてくる。 彼女はセイバーじゃない。単にそっくりな存在であるだけ、だというのに、「……この命ある限り、万難を排し貴方達を守る……」 なのにどうして……、セイバーの宣誓と似て非なるその言葉が、 ……その言葉が、あの時とは違い、俺の胸の中を言いようも無く締め付けたのか。「我が運命は貴方達と共に。 ―――ここに……、いや、この先は私に言う権利はありませんね」 アーチャーは表情を崩し、息を吐いた。「…………え、と。今のは」「私の自己満足です、忘れてください。ただし、凛とセイバーには内緒ですよ」 笑みを浮かべながらそういって、アーチャーは溶け消える。霊体になったのか。「見張りに戻ります。シロウも早く寝たほうがいいですよ」 その言葉を最後に……、彼女の気配が土蔵から消えた。