「とにかく、まずは13階まで降りる。武器庫があるから、いくらか装備の調達が出来るかもしれん」 地下5階への階段を降りながら、甲斐が言う。 魔術協会の階段は10階への直通があの螺旋階段とエレベーターのみだという。他の階段は隠し扉等に隠され、カモフラージュされていた。「なんだって、こんな面倒な風に作ったんだ。ここは……」「保安上の理由ですよ。こんな時のために、下層への侵入を防ぐための措置です」 どっちにしろ、その措置が今役に立っている事には変わりない。 地下8階に順調に到着する。ところが、ここで問題が発生した。「なんだ、こりゃ……」 8階には地下1階のような大きな広間が存在し、9階へはそこを通過しなければいけない。 だが、その広間へ通じる廊下には先のエレベーターホールが存在している。 そして、そのエレベーターの扉が"内側"から破られていた。まるで火薬でも使ったかのようだ。「もしかして……奴らエレベーターのワイヤーを伝って降りてきたってのか?」「馬鹿な。そんな知恵があるわけがない」「問答をしている暇はありません。知恵が無くとも、操作している魔術師がいれば簡単に思いつく。それより、この先の広間には注意したほうがいい」 広間へ続く扉。これも同じように何らかの方法で破られている。その向こうからは何か光が漏れてきていた。「光?停電してるのにどうして……」 広間に入って唖然とした。 そこは、ジャングルもかくやと言わんばかりの植物で溢れ返っていた。鬱蒼とした木々と植物達が乱雑に生育し、森の様になったらしい。 そして、青白い光を発しているのはどうやらヒカリゴケのようだ。「植物プラントか。そういや、最近見てなかったな」「生育管理の担当者が管理を放棄したのではなかったでしょうか?」「あぁ……人喰い植物が暴れたって奴か?さすがに駆除したろ」「いや、待てソコ!!」 さすがにランスがあまりの素っ気無さに突っ込んだ。「何だ、その人喰い植物って!」「あぁ、気にするな。そんなのがいたって話だ」「いたって……作ったのかよ。お前ら」「さぁな、魔術師は基本的に変人が多いもんで、たまにいるんだ。妙なものを作って粛清喰らう輩が」『………………』 さすがに全員が周囲を気にし始める。 まぁ、誰も好き好んで人喰い植物に喰われたいなどと思わない。 だが、そんな杞憂はすぐに消えてなくなった。 ガサッ、という音と共に上空に気配が生まれ……、「―――上です!」 ガウェインの激昂と共に黒鍵が飛来する。 狙いは反応の遅れたイーサンだ。「――なっ!?」 彼が気づいた時には、黒鍵はすでに彼の目の前にあり、 ギィン!! ボルツが弾き飛ばした。「走れ!!」 甲斐の声と共に、全員が木や下草を掻き分けて走る。 散発的に銃撃の音が響くが、どうやらホムンクルスは木の上をサルのように飛び跳ねているらしい。広間とは思えないほどのジャングルと化した大広間に聳え立つ大木は、容易に銃弾を貫通させないほどの硬度を持っているらしい。「―――!―――」「こっちだ!!」 数発の黒鍵の雨をかいくぐりながら走る。さすがに相手もこのジャングルの木々が邪魔で、思うように黒鍵を撃つことができないようだ 皆が、ジャングルを抜け向かい側の扉へと飛び込む。すぐさま体を翻しホムンクルスの迎撃体制をとる者もいるし、息を切らして倒れこむ者もいる。「全員いるか!」「……だいじょう…………、おい!あのメガネのおっさんが」 ランスが面子を確認し、声をあげたその時、「うあぁぁぁぁぁぁッ!…………」 沈黙を裂く絶叫が響き、突然とぎれた。 /// /// 息を切らしながら走る。 こんな地下に巨大な植物が存在する驚愕を押し殺し、背中から迫ってくる異様な威圧感からただただ逃げている。 自分がどんな境遇に巻き込まれたかは理解している。 怖い、……心の中には恐怖だけがある。 まさか、こんなことになろうなんて思ってもいなかった。 逃げ出せば確実に殺されていた。外を逃げていく人々が次々に串刺しになっていく中、自分がこの場所へ逃げ込めたのは幸運なだけだったことも分かっている。 ただ平凡に生きてきた。 ただ、日々の中に埋没し生きてきた。 博物館の学芸員になったのも、大学の資格として取得したからだけであって、別に歴史の1ページを紐解こうなんていう気概すら持っていなかった。 両親には多大な迷惑をかけていたが、今となってはどうなっているかも分からない。 しかし、奴らはやって来た。こんな場所まで追ってきた。 ただ死にたくないという一念だけが自分の心の中にあった。あたりまえだ、だれだって死にたくなんてないし、殺されたいとも思わない。 自分を守ってくれるといった者達も、人並み外れた人達だった。 魔術師というよく分からない職業の人達。ただ、自分のように普通でない事だけは直感で理解した。そして、剣を何も無いところから出して見せた少女も自分と大して年も離れていない。そんな人までが背を向けて逃げ出す相手。 そんな連中に、自分が何かできるはずも無い。 だから、降参しようかと思った。 白旗を振って出て行って、大声で「殺さないでくれ」と叫びたかった。 そんな事をしたって、連中は俺を殺すかもしれない。 だったら、一つでも生き残れる可能性が高いほうがいい。 そう思っていた。 だが、たった今。自分は人生を終わらせるミスをしてしまった事を理解した。 つんのめったのだ。下生えの中に隠れていた巨木の根っこらしきものに足をとられた。 さらに悪い事に、転んだ拍子にメガネが飛んでしまった。「クッ!」 立ち上がろうとした。だが、何かが自分の足をつかんで離さない。「な、何だこれ……」 ぼやける視界の先で、足の先に何か巻きついている物が見えた。しかも、ギリギリと締め付けてくる。「―――!!? な、何だよ、何なんだよ!」 ――― 恐怖。 正体の分からない物に対する恐怖が自分の中を支配する。 メガネを探した。その巻き付いて来る物の正体を知りたかった。 周囲を見渡す。だが下生えは深く、草を掻き分けても一向に見つからない。 その時、視界の端にソレを見つけた。 必死に手を伸ばす。「はぁ、はぁ……!」 もう少しで手が届く。恐怖で息が詰まる中、メガネに手が、 バキン!!「―――!!?」 一瞬で、メガネが何者かに踏み砕かれた。 ゆっくりと、視線を上げる。かろうじて分かるのは黒い服、全身を黒い服で包んでいる。 ぼやけた視界に相手の顔が入ってくる。「……う、……」 ぼやけて、顔の輪郭ぐらいしか分からないというのに、「……う……うう」 その赤い相貌が、こっちを見据えていることだけは分かった。「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」