響いた絶叫。それは紛れも無く、あの青年の物。「クッ……!」「バカ野郎!もう遅いって事ぐらい判るだろうが!」 踏み出そうとした私の襟を捕まえたランスが怒鳴る。「ちっ……!」 甲斐が舌打ちと共に扉を閉じ、閂を掛けた。 そしてこちらを見る事も無く、すたすたと歩き始める。「立て、行くぞ」 ボルツが皆を促す。「ま、待ってくれ!あの男はどうなったんだ!?」 塞ぎ込み、怯えていたヴィクトールが声を上げる。「死んだよ。叫び声がいきなり途切れるのを聞いただろ」「見殺しにする気か!?確かめもせず!」「勘違いするな。言ったはずだ、俺達も自分の命は惜しい。自分の身が守れなければそれまでだ」「君達は…………、それが人間の言う事か!」 …………………… 甲斐の足が止まり、ヴィクトールの方へ視線が向けられる。「……ッ!」 その視線に込められた威圧にヴィクトールがたじろいだ。「そうだ。……それが俺達"魔術師"の日常なのさ」 それだけ言うと、また一人で歩き初めた。「血も涙もないとはあの男の事を言うのかねぇ」 デュランを背負ったランスが私の横を歩きながらそう言った。「……………………」「まったく、仲間が一人一人死んでいくなんて、どこの3流映画だってんだ……」 私は無言で歩き続ける。無言のまま、9階への階段を下る。「しっかし、その3流映画も蓋を開ければそれしか手が無いってか? 逃げて逃げて逃げまくって、そんで地上に出られるわけでなし」「あ~~、うー……」 デュランが周囲を見渡しながら手をふらふらと伸ばしている。「…………だが、あのおっさんの言う事も正しい。この極限状態じゃ、誰かのミスをカバーしている暇なんてあってないようなもんだ。 お前が誓ったような事なんて、周りの連中には何の価値もない」「それでも……私は……」 唇を噛む。唇が切れる痛みでは、私の心を切る痛みには程遠い。「ま、お前の様な奴が一人くらいはいたほうがいいと思うけどな。俺は」 口元に笑みを浮かべて、彼は言った。「それはどういう…………」「悲しいだろ。切り捨てられてとっとと忘れられるなんてよ。それよか、涙の一つも流して悲しんでくれる奴が一人でも居たほうがソイツも浮かばれる……かもな」「……………………」「別にお前が悪いわけじゃない。皆に誇れる事をやってるならそれでいいさ。俺みたいに何のとりえもない男なんて、こんな手伝いくらいしか出来ないんだからよ」 ハハハ、と笑って歩き続けるランス。 彼が一体何を考えているのか……、私にはよく判らない。 彼だって怖いはずだ。先の見えない逃走劇に放り込まれ、望まない運命を押し付けられているというのに。どういう神経をしているのだろう。 そんなデュランを背負う彼が、瞬間、"彼"とダブって見えた。「―――何を馬鹿な……」 そのイメージを振り払うように頭を押さえる。今、彼の事を考えたところで救いが来るわけではない。 己が道を切り開かなければ、全てが闇の中へ消えてしまう。 そうだ。迷っている暇などない、悲しんでいる暇などない。 目の前の現実を直視し、受け止めなければこの先に待っている戦いから彼らを守れない。「ここで未来は考えない。私にとって、今が全て……」 前を……見なければ。 周囲を警戒しながら、長い廊下を駆け抜ける。ライトに照らされた先にエレベーターホールが見えてきた。 ……扉は破られていない。「この先で待ち伏せているのか……、それとも8階で潜るのを諦めたのか」 呟きながらも甲斐の足は止まらない。一部の壁に偽装された長い階段を降り、地下10階へと到着した。 地下11階へ通じる階段は、目の前にそびえる空間の向こうにある。 「本当にここは地下なのかよ。やたらとこんな空間多くねぇか?」 ボヤくヘンリーにガウェインが返す。「魔術協会だって、ずっとこもりっぱなしでは体に支障をきたします。ですから、特定の階にはレクリエーション施設や公園のような場所が用意されています。保安上の理由という点から、地下へ通じる道は一本道になっていますが」「…………やれやれ、これじゃ床をぶち抜いて来た方が楽だったんじゃないのか?」「そいつは笑えない冗談だ」 ランスの飛ばす冗談にそう言いながら、甲斐は銃を構えて扉を蹴り開けた。 扉を開けた瞬間の襲撃がない事を確認。すぐさま、私とボルツ、ガウェイン、デュランをカリンに預けたランスが飛び込む。 上下左右、共に安全を確認。 「こっちはクリアだ」「こっちもクリアです」 要所要所に銃を向け、安全を確認する。ゲームでどんな鍛え方をしたかは知らないが、ランスも格好だけは堂に入っている。 この空間は、完全な公園として"だけ"の機能を持った場所らしい。中央には噴水が配され、そこから四方にドアを配し、芝生と立ち木を散りばめてある。天井の高さはおよそ4メートルといったところか。 エレベーターの出口はそんな広場の片隅に配されているが…………、これといって変化があったようには見えない。 ただ、停電していながら中央の噴水は脈々と水を噴出している。若干、青白く発光している様でもある。「この噴水は…………」 私が不思議そうにそれを眺めていると、「地下水脈の圧力を利用した噴水です。電気を使わずに水圧のみで動くようにできているんです」 ガウェインが補足を入れてくれる。「なるほど……、しかし行くべき道は3方向ですか」 向こう正面、そして左右の扉。「甲斐、この先はどの扉ですか?」「あぁ……それは」 その瞬間だった。 ドガァァァン!!! 轟音と共に、天井が爆発したのは。『―――!!?―――』「うわぁぁぁ!!」 恐る恐る最後に入ってきたヴィクトールが目の前に落ちてくる破片に驚いて尻餅をついた。「何だ!」「こいつは……!」 全員が爆発した天井を見上げる。「…………馬鹿な、魔術の施された床をぶち抜いただと」 驚愕の声を漏らす甲斐。その驚きも収まらないコンマ数秒で、爆破した本人が穴から落下し、ズダン!と鈍い音を立てて着地する。 片手に儀式礼装の黒鍵を3本。鈍く光るその相貌は赤い瞳。暗いこの室内でなお漆黒を際立たせる法衣。 一体誰が送り込んできたのだろうか。一体だれがこんな物を作ったのだろうか。 どちらにせよ、私達は戦力の強化を行う前に、この予想外の能力を秘めたホムンクルスに追いつかれてしまったのである…………。