まぁ、何だ。士郎の家に下宿するというでっち上げの理論と桜との若干の確執はここでは割愛させてもらおう。 藤村先生の言いたいことも分かるし理屈も分かるんだが、とにかく共に生活できなければお互いに困る。 しかし、桜が士郎の家ではあんなに感情の起伏の多い子だったとは思わなかった。学校でのおとなしい印象とはまるで逸脱していたんだから……。まぁ、そっちの話も複雑だから、これ以上の言及はよそう。 その日の昼、とりあえず士郎を屋上に呼び出し、今後の対策を話し合う。「人気の無い場所を選ぶ辺り、そっちの話だと思うけど」「当然でしょ。私と士郎の間でほかにどんな話があるって言うのよ」「あぁ、そうだな。それでどんな話なんだ?」「……何よ、随分クールじゃない。貴方」「寒いからな、早めに済ませたい」「―――まぁいいわ。で、率直に聞くけど貴方、放課後はどうするつもり?」 生徒会の手伝いだ、バイトに出るだの言う士郎にとりあえず呆れる私。 どうしてこうコイツはこうなのだろうか。未熟なら未熟なりに自覚を持ってもらわないとこの先背中を預けて戦っていたら危なっかしくてしょうがない。 とりあえず、結界の事は話を通しておく。驚いた辺り、そんな事は露とも知らなかったに違いない。 そして、敵マスターは依然として不明。私の知らないもう一人の魔術師が結界を張った犯人という事になるだろう。アーチャーにも調査させていたが、微弱すぎて無理っぽい。 人間としてのルールを逸脱してるこの魔術師とサーヴァントは、学校にいる人間を皆殺しにして魔力をかき集めようとしている。 無論、そんな輩には見つけ次第退場してもらうだけである。 さて、話はこれくらいにしておこう。 士郎には悪いが先に帰ってもらう。 何せ、私と士郎の戦いはこの時既に始まっていたんだから。 /// /// 今更ながら、遠坂の政治手腕には感服する。何せ、あの藤ねぇを数分で黙らせるその口撃の鋭さは驚嘆の一言に尽きる。 ……どうでもいいけど、遠坂の奴本当に猫被ってたんだな。 昼間の結界云々の話はさすがに驚いた。 気がつかない内にこんな身近に危険が迫っていたなんて。いや、違和感を敵の仕業と結び付けていなかった俺の感の悪さのせいかな? 遠坂の見立てでは後八日の猶予。だが、いつ起動してもおかしくないシロモノと聞いては、黙ってはいられない。 ならば、優先順位的に言ってこちらを先に叩くべきだろう。学校に居るというマスターとサーヴァント。そして、おそらく魔術に長けたサーヴァントが張ったであろう結界の除去が最優先。 もっとも、今の後手後手の状態では発動してからの対処にならざるを得ないとも言われた。 若干の無力感を抱いたまま帰宅した俺は、セイバーにも結界の事を話した。「それほどの結界ならば完成にはかなりの時間が掛かる。学校という物は閉鎖しやすい場所ですから、おそらくその結界は神殿に見立てた祭壇なのでしょう。それほどの物を完璧に起動するには十日は掛かる」 俺自身が違和感を感じたのは二日前。遠坂の見立ては八日。 やはり、後八日と見るべきか。 マスターは十中八九学校関係者。ならば、問題はそのマスターの連れているサーヴァントだろう。 ……まぁ、結局逢ってみなければ判らないんだけど。 ならば、今まで遭遇したサーヴァントの事を考えるべきか。丁度セイバーも起きているし、聞くには丁度いい。 ランサー、アーチャー、バーサーカー……。 一番気になるのは、…………やっぱり、アーチャーか。 セイバーとまるで同じ格好、初対面で抱きつかれ、セイバーの事を知っている言動、セイバー自身も意識しているようだし、さらには昨夜のアレだ。「なあセイバー、お前アーチャーの事知ってるのか?」「は、アーチャーですか?」 まさか聞かれるとは、といった風に驚いている。「あぁ、会った時から妙だとは思ってたんだ。彼女はサーヴァントらしくないって言うか、英雄らしくないって言うか……。それに、見た目からしてセイバーそっくりだろ?」「……………………」 すると、セイバーは目を伏せてしまった。話していいものかどうか迷っているのだろうか。「やっぱり、お互いに知ってるのか?」「そうですね。何と言ったらいいのか……」 何と説明したら言いか迷っているようでもある。「いや、一気に説明しようとしなくてもいいよ。判ってる所からでも」「……判りました。結論から言うと私達はお互いを知っています」 やっぱりそうか。でもセイバーが話したがらないって言うのは何だろうか。「じゃあ、見た目が似てるってのはどうしてかな?もしかして姉妹……」「私に姉はいませんでした。親、兄弟、ライバル、親友、彼女はそう言った部類には括り難い存在です。 どうして、アーチャーがあんな姿でここに居るのか、私の方が聞きたいくらいです」 唇をかみ締めるセイバー。アーチャーに怒りを感じている?「じゃあ、もし遠坂との共闘が解けて戦うなんて事になったら……」「長期戦に持ち込めれば私が勝てるでしょう。『私は貴女には勝てない』、と彼女自身が私に公言してきましたから」「わざわざセイバーに負けを認めた……?」 自分は勝てない。英雄がそんな事を言うだろうか。 英雄にも色々あるだろうが、主に武勲を上げた者が英雄として祭られるのではないのだろうか。「確かに、彼女には不安定な部分があると思います。バーサーカーと戦った時ですが、彼女は魔術の扱いが荒かった。私のように魔力を相手に叩きつけるのではなく、魔力を固定する事で攻撃のロスを最小限にしているように感じました」「それって、……どういう違い?」「判りませんか? 私の剣は剣の攻撃力プラス魔力。しかし、アーチャーの剣は剣の攻撃力のみ。剣を基準として私の方が攻撃力が絶対的に上という事になる」 そうか、それが判ってるからアーチャーは自分ではセイバーに対抗できないと言ったのか?「ですが、彼女にあって私に無い物もあります」「え?」「技です。恐らく1対1の戦いにおいての彼女の技は私を凌駕する。どうしても減りがちな攻撃力を一点に集め、相手の攻撃力を拡散する技術を持っている。彼女のスタイルは、受身からのカウンターといった所でしょう」 カウンター……、日本で言えば合気道?「バーサーカーのような相手では発揮できる物ではありませんが、私や同等の相手ならば実に有効かもしれない。全力の一撃をいなされた後にカウンターを食らえば私とてたまらない」 確かに全力の一撃を空ぶったら目も当てられない。「ですが……、本来彼女のスタイルはそんな物ではないはずなのです」「え?そんな事まで判る物なのか?」「魔術師として優秀な凛に付き、あの剣を携えていながら私に勝てない……」 なにやら深く自分の考えに潜っていってしまった。 ピンポーン その時、玄関の呼び鈴が鳴った。「お邪魔します」 直後に、聞こえる桜の声。「げ、もうこんな時間!?セイバー、悪いんだけど……」「判りました。部屋で待機していますので、お気になさらず」 そう言うとセイバーは居間から去り、入れ替わりに桜と、なぜか買い物袋を提げた遠坂が入ってきた。 夕飯のしたくは遠坂に任せ、俺は自分の居間へと戻る。 1時間ばかりあるのでセイバーと何か話そうと思ったら、セイバーは隣室で寝てしまっており、「おや、シロウ。台所を追い出されましたか?」 代わりにというか、アーチャーが座っていた。「あれ、アーチャー。何で……」「ええ、今日は凛が夕飯の支度をすると聞いたので、シロウが暇を持て余すだろうと。セイバーは寝てしまいましたよ?」 判らないと言えば……、アーチャーのこの気の回しようも謎だ。「なにやら浮かない顔ですが、どうしました?」「いや……別に」 まぁ、セイバーと何か話そうと思っても聖杯戦争以外の事なんて無いんだろうし、自分はセイバーが苦手ではなかっただろうか。同じ理由で、アーチャーもか。「若人に知恵を授けるのが年長者の義務です。さ、何でも相談に乗りますよ?」 言って目の前の畳をポンポン叩く。 かと言って、目の前に座ったんじゃ緊張するだけだしとりあえず距離を離して胡坐をかく。「いや……若人って、難しい言葉知ってるな」「学はあるつもりですよ。まぁ大方セイバーと敵サーヴァントの戦力分析でもしていましたか?」「――― !!?」「ランサーやバーサーカーの考察ならお付き合いしますが、もしかして私の事を?」「…………いや、その」 というか、ジト目で見ないで欲しい。セイバー以上に迫力がありすぎる。「セイバーが何を言ったか判りませんが、らしくない、なんて事を言ったんでしょう?」 ……超能力でもあるんだろうか。「あ、ああ」 彼女はため息をつくと、自分の手をまじまじと見つめた。「自覚していますからね。私が私らしくないという事は」 物悲しそうな表情を浮かべるアーチャー。 と、セイバーの寝ている隣の部屋にちらっと目をやってから、畳の上をズリズリとこっちに近づいてくる。「え……ちょっと」「しっ。ここから先はセイバーには聞かれたくありません」 お互いの膝が当たるくらいまで近づき、小声で話すアーチャー。「な、なにを……?」「いえ、凛も知らない私の事を教えてあげようかと」「えっ……!?」 ちょ、ちょっと待て。何でいきなりそんな事に……!?「凛も私の事を半分しか知りません。セイバーは私の上辺しか知りません。ですから、お二人の知らない部分をシロウに教えようかと」「……ど、どうして?」「シロウの困った顔が見たいので」 言って、クスクス笑い出すアーチャー。 ……遊んでる。アーチャーは面白いだけって言う理由で俺達をからかってる。「ちょ、ちょっと待ってくれ。何だってそんな必要が。サーヴァントは自分の正体を知られたくない物だろ?」「まあ、そうですね。私がシロウにこれを教えたら、凛とセイバーが知っている情報と組み合わせると私の正体が判ります」「それって……、まるで自分の事を知って欲しいみたいじゃないか」「正直に教えるわけには行きませんからね。こんな秘密の共有もまた一興です」 アーチャーの奴、何て綱渡りをするんだ。自分の正体がバレる事をなんとも思ってないのか?「ですが、シロウ」 と、いきなり険しい表情になり、俺の手を取った。「一つ、約束して欲しい」「な、何を……?」「私が教える秘密の断片。凛やセイバーには教えないで欲しいのです」「え、でもその内誰かが話す事に……」「お願いします。自然、私の本当の正体を知る者はシロウだけになりますが……、それでも」 ジッと俺の目を見据えて言う。 彼女がどういうつもりかは分からないけど、冗談を言っているようにも聞こえない。 ……マスターである遠坂を差し置いてさえ優先される、譲れない事だって事は分かった。「分かった、約束するよ。遠坂やセイバーには内緒にする」 すると、アーチャーは途端に笑みを浮かべる。「よかった、それでこそシロウです」 で、いきなりアーチャーは顔を近づけてきた。「―――!!?」 まさか、と思いきや単に耳元に口を近づけてきただけだった。 ただアーチャーの顔が横にあると、緊張で微動だに出来ない。「―――――――――」 ボソボソと、彼女が言った一言の秘密。「―――えっ!」 言われた意味が一瞬理解できなかった。 ゆっくりとアーチャーの顔が俺から離れ、「それから、これはお礼です」 言うが早いか、一瞬の間に …………キスをされた。「!#&'($"#&' !!?」 頭の中が一瞬の出来事を理解して、パニックを起こす。 「それでは、私は見張りに行っています。"用があるのなら"外に声を掛けに来てください」 言って、彼女は部屋から出て行った。「士郎、起きてる?」 ドアをノックして、遠坂がヒョイと入ってきた。「……何やってるの?」「え、あ、遠坂?な、何か用か?」「何って、夕飯。出来たから来て」 気がつけば、もうそんな時間だった。「いって……!」 緊張と驚愕のあまり動けなかったため、完全にしびれた足を引きずり、セイバーの寝ている部屋に視線を投げてから、俺は廊下に出た。