ポカーン、と桜と藤村先生が入ってきた二人を見る。かく言う私も呆れ帰って物も言えなかったりする。 忘れ物をしたと彼は言った。もちろん、それがセイバーの事であることは予想していた。 ……後ろで当然のように付いて来ている、アーチャーを除けば。「遅くなったけど紹介する。 こっちはセイバー、こっちはアーチャーっていって、しばらく面倒を見ることになった。見ての通り、外国人さんだから、日本の暮らしには慣れてないんで、その辺り助けてやってくれ」 呆然と硬直する私達を前に、士郎は有無を言わさずセイバーとアーチャーを卓に着かせる。「ほら、そこに座れよセイバー。飯は皆で食べたほうがいいだろ?」「それは……効率的だと思いますが私は」「遠慮なんてするな。だいたいな、これからはセイバーも一緒に住むんだぞ?同じ家に住んでるんだから、一緒に飯を食うのは当然だ」「そんなの……」「そんなのダメーーーー!!!」 案の定、巨大なイカヅチが落下した。しかも今、桜に被らなかったか? 耳をつんざく叫びが衛宮邸を蹂躙し、次の瞬間には士郎の襟首が虎によって掴み上げられていた。「一体どうしちゃったのよ士郎ってば! 遠坂さんだけじゃなくこんな子達まで連れ込んじゃって、いつからここは旅館みたいになっちゃったのよぅ!」「な、なんだよ。いいじゃないか、旅館みたいに広いんだから二人や三人に部屋を貸しても。遠坂がいいなら二人もいいだろ、下宿ぐらい」「いいワケないでしょう! 遠坂さんは認めるけど、そんな得体の知れない子なんて知らないもん! いったいどこの子なのよ、その子達は!」「どこって―――遠い親戚だよ。よく分からない事情があって、親父を頼ってやって来たって」 あぁ、若干苦しいかなぁ。 彼の父親がどんな人かは知らないが、セイバーみたいな外国人が親戚というのは言い訳としては苦しい。 髪の色からして……、「そんな作り話信じられない。だいたいね、仮にそうだとしてもどうして衛宮の家に来たのよ。切嗣さんに外国の知り合いなんている筈な―――」 藤村先生が詰まった。…………うそぉ。「―――ないとは言い切れないけど、それにしたっておかしいわ。あなた、何の為にここに来たのよ」 今度は、セイバーを睨みつけて尋ねた。 待て、性格が軍人のセイバーに回答できる甲斐性は……、「―――さあ。私は切嗣の言葉に従っただけですから」 ―――あったようだ。「―――む。切嗣さんが士郎を頼むって?」「はい。あらゆる敵からシロウを守るように、と」 一点の曇りなく、セイバーは言い切った。 あ、藤村先生が気圧されてる。まぁ、セイバーにはソレが絶対の存在理由だからなぁ。「……なるほど。で、そっちのアーチャーさんだっけ? このセイバーさんとはどういう?」「関係を聞かれたのなら、姉です。理由を聞かれたのなら、彼女のお目付け役です」 柔和な笑みと共にスラスラ答えやがりました。士郎とセイバーまで驚いてるし。 このアーチャーの"危機的状況回避"スキルは一体どこで身につけたんだろうか。 …………あぁ、本気で机の角に頭ぶつけたくなってきた。「妹は世間知らずかつ愚直な性格なもので、何かあっては家の迷惑にもなりますし」「む、愚直とはどういう意味ですか!」「胸に手を当ててよく考えてください」 よく出来た姉妹喧嘩を見せられている気分。「ちょっとちょっと、止めなさいよ貴女達」 喧嘩が酷くなる前に藤村先生が止めに入った。「とにかく、貴女、アーチャーさん? 切嗣さんは本当にそう言ってたの?」「はい、妹にはシロウを守るように言いました」「う~ん、いまいち信じられないんだけどなぁ。ところで……貴女には何か言ったの?」「…………私にですか?」 よどみなく会話が続く。藤村先生の突発的な質問に良く答えられるなぁ。確かに、順応力は相当だと認める。 …………このまま通しても大丈夫かな。心の贅肉だけど。「そうよ、シロウを守るようにセイバーさんが言われて、ただ心配だから付いて来たわけじゃないでしょう?」「……言わなければダメなのですか?」「言って頂戴。貴女達が切嗣さんに何を言われたのか、保護者として知る権利が有りますからね」「藤ねぇ、二人を困らせるなよ」「士郎は黙ってなさい。私は保護者として心配してるんです」 座る二人の前で仁王立ちで威圧する藤村先生。 強引な藤村先生にさすがにアーチャーも言いよどむ。「私の場合は…………」「場合は?」 チラリと士郎を見るアーチャー。……ん? そして、真っ直ぐ藤村先生を見上げ、「私には、 ―――衛宮家に関わる者全てを、あらゆる敵から守るように。 そう言われました」『―――なっ!』 思わずそう声を漏らした。私だけじゃない、士郎もセイバーもだ。 藤村先生が驚いた私に視線を投げてきたので、咳払いなんて古典的な誤魔化しをせざるを得なかったけど……。 それにしても、なにを―――!!?「……切嗣さんがそう言ったの?」「はい、妹では限界があるので私に、と」「………う~~~~~」 唸り始めちゃったよ、藤村先生。桜の方は呆気に取られて未だに沈黙中。 そして、長いやら短いやらの藤村先生の唸りがようやく止まり、「分かったわ、そこまで言うなら腕前を見せてもらおうじゃない!」 どうやら、先生の脳内では訳の分からない結論に帰結したようだ。 風雲急を告げる、と言わんばかりに藤村先生は二人を道場に連れ出し、 …………完膚なきまでに叩きのめされました。いや、比喩だけど。「うわぁぁぁぁん!! 変なのに士郎取られたぁぁぁ!!」 にしても……学校とあまり変わらないんですね、藤村先生。 /// /// 二人に完膚なきまでに負けを喫した藤ねぇが、それでも納得いかぬと二人を伴って親父の部屋に立て篭ってから2時間。 出てきた藤ねぇはやはり納得いかぬといった表情で、「なんか、認めるしかないみたい」 と頷いた。一方の桜は終始無言。 夜も遅いので藤ねぇが桜を送る事になり、桜はただお辞儀だけして帰っていった。「それじゃわたしも戻るわね」 で、遠坂までも憮然とした表情であった。「……悪かったな。どうせバカな真似してって思ってるんだろ」「別に。ただ、貴方のしている事は心の贅肉よ。そんな余分なことばかりしてたら、いつか身動きが取れなくなるわ」 キッパリ言い切られてしまった。 と、いきなり大きくため息を付き、「もっとも、そんな物意に返さない奴も居るけどね」 その視線は自分のサーヴァントであるアーチャーへと向いていた。「今回はお互い様よ。後でよく言っとかなきゃいけないけど、よくよく私を振り回してくれるわアイツ」 おやすみ、と手を振ってアーチャーの腕を引きずって別棟へと去っていく。「―――はあ」 なんだか疲れた。 こっちも、今日は早めに休むとしよう。「待ってくださいシロウ。私も貴方に聞くべき事がある」「ん?いいけど、なに」「なぜ私をみんなに紹介したのですか。私も凛の言うとおり、シロウの行為は不必要だと思います」「なぜも何も無い。単に嫌だったから紹介しただけだ」「それでは答えになっていません。何が嫌だったのか言ってもらわなければ」 詰め寄ってくるセイバー。 ……彼女にとって今夜の一件は、そんなに不思議だったのだろうか?「そんなの知るか。ただメシ食ってて、二人がのけ者になってると思ったら嫌になっただけだ。 しいて言うなら、藤ねえと桜にもセイバーを知ってもらって置けば、隠し事も減ると思ったぐらいだよ」「それはあまり意味のある事ではありません。 むしろ彼女達に我々の存在を知らせるのはマイナスです。この屋敷なら私達の存在は隠し通せるのですから、私は待機していた方が良かった。 アーチャーなど、霊体化できるのですからなおさらです。どうして、アーチャーまで呼びに行ったのですか」「よかったって―――そんな事は無い。 セイバーが良くても俺が嫌だったんだからしょうがないだろ。こういうの、理屈じゃないと思う」「シロウ!」「セイバー、いくら言っても貴方の意見は通りませんよ」 と、いきなりセイバーの後ろにアーチャーが現れた。「アーチャー、遠坂に連れて行かれたんじゃ……」「はい、逃げてきました」 ペロリ、と舌を出すアーチャー。「―――へ?」「凛の小言など今に始まった事ではありませんから、一々聞いていられません」 その時、「アーチャー、出てきなさい!!!」 地獄の底から響いてくるかのような怒鳴り声が聞こえてきた。 ……尋常な怒り方ではない。「あ、あの、アーチャー、素直に出て行ったほうが……」「その内収まりますからご心配なく。 そんな事よりセイバー、シロウに理屈で物を言っても通じませんよ。こういう性格なのだと、妥協した方が早いのでは?」「アーチャー、これは私達の問題です。部外者の貴女が……」 セイバーがアーチャーに反論しようとした時、殺気と共に廊下を駆けてくる音が聞こえてきた。「あー、シロウ。逃げたほうがいいですね」「…………だな」「ちょ、シロウ!まだ話は……」「はい、貴女は私と話をしましょう」 俺は外へと飛び出し、アーチャーはセイバーを抱えて居間の方へ……、 で、土倉に飛び込んで恐る恐る母屋のほうを覗き見れば、…………あれ怒髪天じゃないよな?? その後一時間、鍛錬などできる状態ではないほど、我が家は賑やかだった。 /// /// 朝を迎えた。 あの後、逃げ出したアーチャーをとっ捕まえ、いいだけ説教し倒してから寝たため、若干の眠気が残っているのだ。 あくびをかみ殺しつつの朝食となるが、諸々を気にして朝食のパンは一枚のみ。「あ、ごめん桜。わたしバターだめなの。そこのマーマレイドちょうだい」「そうなんですか? 遠坂先輩、甘いものは好きじゃないような口ぶりでしたけど」 何はともあれ、増えて欲しくないところが増えるのはごめんである。 もっとも、目に見えるところが増える桜は例外だけど。「だから、そういう話はしないでくださーい!」「まぁ、その辺にしてはどうですか、二人とも。みっともない」「……アンタに言われると殺意が沸くのは私の勘違いかしら? アーチャー」「恐らく、勘違いでしょう」 アーチャーの一言でギアが一段上がって眠気が薄れたのは感謝すべきなのかどうなのか……、否!! セイバーを家に残し、私達3人は学校へ登校する。無論、アーチャーは霊体でである。 食後に見たテレビでは取ってつけたように昏睡事件の事が放送され続けていた。 新都だけでなくこっちでも起きているというのに、TVのニュースは鈍感なのだろうか。 もちろん、こっちもあっちも敵マスターが、純粋な魔力=生命力をかき集めに掛かっているために他ならない。 新都は素人、こっちは大魔術師…………頭が痛いったらないわよ、ホント。 /// /// 昼休みになった。 授業から開放された生徒達が行き来するのを見計らい、昼飯を数分で済ませて廊下に出る。 遠坂の言っていた結界の基点、俺の感覚から言って蜜の甘い場所。 一通り学校内をめぐり、念のために外に出る。 方々を巡って、もはや通いなれた弓道場に差し掛かったとき、周囲の感じが一変した。 まるで、あまったるい濃密な香りを嗅がされているかのような感覚。 あまり信じたくは無いが間違いない。この辺りに結界の基点がある。 だが、おかしい。この場所は人気が無いどころか、毎日人が来る。……こんな目立つ場所に基点を作ったのか!? しょうがない、ここは一度遠坂に……、「おや、衛宮じゃないか。こんな所で探しものかい?」 吐き気がするほどの違和感の中、不敵な笑みを浮かべて現れたのは慎二だった。******あとがき 本来の予定では、ここら辺でセイバーとアーチャーの対峙まで行くはずだったのですが、あんまり長いとアレなのでここまでにしました。 道場後のシーンはバッサリ行くつもりだったけど、残しましたw