「よもや、彼女が黒鍵の扱いを学んでいたとは思わなかったな」 投げやり、といった感じで甲斐がタバコの煙を吐きだした。 彼女とは、言うまでも無くベティ・G・ローゼンバーグの事である。 カミソリを通さないならば、カミソリを超える薄さの刃を作ればいい。そんな馬鹿げた事を彼女はやって見せたのだ。 ―――魔力によって刃を編み上げる黒鍵を使って。「いやー、驚いたなぁ。なんせいきなり指の間から剣が生えてくるんで何事かと思ったよ」 ハハハ、とランスの方は最早笑い話で済ませてしまっている。 もちろん笑い話では済まされない。ようするに、彼女は教会内でも特殊な部署に所属していた事になるのだ。しかもその錬度は相当なもの。 だが誰も聞こうとしないし、彼女も話そうとしない。ただ、黒鍵を使った後から今まで黙ったまま歩き続けている。 結局はそういう事だ。彼女の出自を考えるより、あの場を切り抜けたという結果が優先。 それに、ホムンクルスがあれで終わりとも思えない。あの人形は町一つを壊滅させたのだ。その数が十数体とは到底思えない。「ようガル、お前あの広場で変わった武器使ってたな。アレ何だ?」 狭い廊下を歩く中、前を歩いていたガウェインに追いつき声をかけるランス。「あぁ、"ガラティン"の事ですか?」「ガラティン?」「魔術を刻んだトンファです。先端に接触した相手を吹き飛ばせるんですよ。もっとも、試作品なのであまり使いたくはなかったのですが」「いいよなぁ、魔術師は。便利な道具があってよ」「それを言ったら兄さんのほうこそ羨ましいですよ」「……は?なんでよ」「見たくないものを見ずに済むんですから……」「は?」 恐らく、苦虫を噛み潰したかのような表情で彼は言ったのだろう。 思わず足が止まった彼に、私が追いつく。「止まっている暇はありませんよ」「あぁ……分かってる」「こっちだ」 さらに先を歩いていたボルツが14階に通じる階段の扉を開く。 階段は広く、3人が並んで歩けるほどの広さがあった。そこを、ボルツを先頭に一段一段確かめるように降りていく。「欧米には13階が存在しない。なぜだか知っているか?」 階段を降りながら、甲斐が口を開いた。誰に聞いているか分からない問い。思わずランスと顔を見合わせた。「キリストが磔刑になった日です。以来13という数字は不幸を呼ぶ数字として嫌われている」 ガウェインが条件反射のように答えた。「そうだな。確かに13日の金曜日はキリストが仏さんになった日だ。だが、実際キリストが磔になったのは14日の金曜日だぜ?」「じゃあ、アレだ。ユダがキリストを裏切った」 それも有名な話だ。役人から金を受け取ってキリストを売ったのは13番目の弟子であるユダだと。「あぁ、それもあるな。 それに、ノルウェー神話じゃヴァルハラ宮殿に来た13番目の客はロキだし、古代ローマの魔女は常に12人でグループを作り、13人目は悪魔だといわれてた。人類最初の殺人、アベルとカインの話も13日」「……そんなに知ってるなら最初から言えよ」「12という数字が"完全な調和"を成している故に、13という数字は調和を乱す、イコール不吉なモノとして位置づけられた。確かそうではありませんでしたか?」「ほう、……さすが考古学専攻の学生。そんな数秘学までご存知とは」「欄外の知識ですよ。日本の十二支、1年の12ヶ月、時計の文字盤に至るまで、験を担ぐには多すぎる」「他にもオリュンポス十二神、イスラエル十二支族……は滅びたんじゃなかったかなぁ。 ま、とにかくだ。この魔術協会ではな、きっちり13階が存在してるんだこれが」 言って、先頭を歩いていたボルツ達が止まった。まだ、階段の途中である。「なんでぇ、こんな所で止まって」 ヘンリーが文句をいい、その横でボルツが壁の一方を撫でると、ゴゴゴ……という音と共に壁がスライドし、なんとその奥に部屋が現れたではないか。『おお……』 ランスとヘンリー、ガウェインまでが感嘆の声を上げた。「ようこそ、我が古巣へ。…………まぁ入れ」 そう言って、甲斐とボルツは先に入っていった。『Floor 13』 銀の板に打ち出されたプレートが張られた"存在しない"フロアは、いくらか天井の低い造りになっていた。恐らく、構造上そうならざるを得なかったのだろう。なにせ、存在してはいけない場所に存在している。長い階段に違和感を覚える者も居たはずだ。 そして、部屋数も数えるほどしかない。会議室のような場所と、仮眠室らしき部屋、そして厳重に錠の掛けられた部屋。 甲斐はその鍵の掛かった扉の前で、ポケットから出した鍵束を漁っている。「昔取った杵柄……じゃないが、鍵を返してなくて正解だったよ」「この部屋は何ですか?」「武器庫さ」 鍵の一本を差し込み、ハンドルを回す。見た目以上に重厚な造りをした武器庫の扉は、甲斐とヘンリーの二人掛かりでようやく開く程の重さだった。 ライトを照らせば、中にはあるわあるわ武器のケースから、雑多に立てられた刀剣の類まで。「うわ、これ全部武器かよ!」 綺麗に整頓されたケースを眺めながら、ランスがため息を付く。「物は確かさ。だが、出所は聞くな」「いいのですか?勝手に開けてしまって」「構わんよ。どうせ、使う奴も居ないんだ。俺達が生き残るのに使ってやった方が武器のためだよ」 言いながら自分も弾丸のケースを漁り始めている。「お前さんも選びな。そんな黒鍵なまくらじゃ本来の半分も実力を出せないだろ」 ヘンリーは興奮してライフル大型の銃に見入り、ランスは冷静にマシンガンや拳銃を眺めている。 さて、簡単に選べといわれても困る。魔術協会……しかも"執行者"が使う武器といえば、それなりに神秘が詰まった物に他ならない。 下手にいわくつきの刀剣を持ったら最後、剣に喰われかねない。 それに、この狭い廊下で立ち回りを演じるなら短剣を両手で使うのが関の山か。 だとすれば切れ味重視の中華剣か、肉厚のグラディウスか。ふむ。「これ、貰うぜ」 ヘンリーが大型の銃を取り上げていった。なにやらゴテゴテと装置が付いているが。「やっぱ火力だな。きっと強力だぜ」「俺はコイツだ。型は古いがな」 ランスは小型のサブマシンガンを2丁。……スコーピオンと言うそうだ。 そして腰の後ろには適当なナイフを括り付けていた。「ま、使わないに越した事は無いんだがな」 甲斐も小さなナイフを手にしていた。あの子供二人に渡すらしい。 ガウェインと彼の二人は弾丸の補充だけのようだ。「で、お前さんは結局どうする」「これなんかどうよ。杭打ち機の出来損ないみたいなのもあるぞ」 ハハハ、とランスが立て掛けられたモノをバンバン叩いている。「結構です。……では、私はこれで」 なにげなく、私はケースの端に並べられていた短刀を二本手に取った。 「13階か。日本で見慣れちゃいるけど、こっちで見るとはね」 甲斐達が今後のルートの確認をしている時、ランスが掲げられたプレートを見てぼやいた。「自分達を不吉の象徴と知っての皮肉か、不吉をもたらすとか言う揶揄か……」「日本でもありますね。「四し」は「死」に繋がり、「九く」は「苦しみ」に繋がると」「宗教ってやつは…………。"12"がそんなに好きかね」「……忘れてませんか?ここに逃げ込んだ我々も12名なんですよ?」「…………おぉ」 今気づいたと言わんばかりの驚き方をするランス。いい加減この談義は飽きた。「皆、出るぞ!」 どうやら話が纏まったらしい。「なら、お前が助けようとして死んだ奴はめでたく役目を果たしわけだ」「……何をですか?」「黒い死神を連れてきた」 あまりに面白くないので、頭に一発入れておいた。