『凛、聞こえますか?』「アーチャー?どうしたの?」『申し訳ありませんが、今日は何もせずに真っ直ぐ帰ってもらえませんか?』「どういう事?大体今どこよ」『はい、シロウが敵マスターに連れ出されたので護衛についているところです』「―――なにを!!?」 /// ///「紹介するよ。僕のサーヴァント、ライダーだ」 ソファーに腰掛ける慎二の後ろ、暗闇から滲み出たような、だが明らかに異質な空気を持って存在するその女性。 弓道場で慎二に呼び止められ、いきなり自分はマスターだと告げられた。嘘かどうかは解らない。大体自分だって魔術の鍛錬をしているとはいえ、つい最近まで遠坂が魔術師でこの辺の管理者だということなど知らなかったんだ。 だが、相手のサーヴァントの感知などできない俺は言われるままに慎二の家まで同行し、こうして慎二のサーヴァントの紹介を受けている。 聞けば慎二の家は古くからの魔術師の家系らしい。だが、今では衰退し、慎二の代で魔術回路は消滅。事実上魔術師でなくなっているという。 魔術回路を持っていない。確かにそれならば遠坂の監視網に引っかからない。いや、それよりも俺が知りたいのは桜だ。魔術師の家系という事は桜も魔術を習っているという事になる。「いや、桜はこれっぽっちも知らないよ。魔術ってのは一子相伝が基本なのさ。兄弟がいる場合は、何も知らされずに育てられるか養子に出されるかのどちらかさ」「……じゃあ、桜は何も知らないんだな」「誓ってね。大体、魔術を子供全員に教えていたら知識が薄くなるじゃないか」 どうやら当面は安心できるらしい。 「それで? わざわざサーヴァントの紹介がしたくて俺を連れ込んだわけじゃないんだろ?」「おいおい、せっかくこうして機会を設けたんだ。衛宮のサーヴァントも見せてくれよ。連れてるんだろ?」 やっぱり、……慎二の奴サーヴァントの気配を感知する事ができないのか。「断る。わざわざみせっこの為に呼んだんなら俺は帰るからな」 ソファーから立ち上がり、薄暗い室内をドアへ……、「まぁ待てよ衛宮」 慎二の声と共に、スッと無言でライダーが俺の道を塞ぐ。「座りなよ。話はまだ終わってないんだぜ」「……………………」 ―――ダメだ、こんなところで令呪は使えない。 しかたなくソファーへと戻る。「今日は随分と素っ気無いんだね衛宮。何か用でもあるのかい?」「そりゃそうだろ。敵になるかもしれない相手の家に上がらされてるんだ。逃げたくもなるさ」「あぁなるほど。確かにそうかもね。……さて本題だ。衛宮、僕と手を組まないか?」「それは……また唐突だな」「そりゃそうさ。僕は正確には魔術師じゃないからね。戦力はどうしたって欲しいものだろ?」 戦力、確かに俺達と手を組めばそれだけ強化される。だが…………、「…………ダメだ。俺の一存じゃ決められない」 こんな場所で、しかも一人で来てしまって勝手に決める事じゃない。セイバーやと……「―――遠坂か?」「なっ!?」 一瞬、恨みの篭った視線で静かに俺を射抜く慎二。「見たよ今朝。遠坂と一緒に登校してきてたよな。遠坂も勿論マスターなんだろうさ。それがマスターである衛宮と肩を並べて登校……。 隠すほどの事じゃない。手を組んでるんだろ?」「分かってるならなおさらだ。俺の一存で決める事じゃない」「……ふぅんそう、まぁいいや。だが、あいつには気をつけな。影で何を考えてるか分かったもんじゃないからね。 ―――さてライダー、客がお帰りだ。玄関まで丁重にお送りしろ。玄関を過ぎたら後は知らないけどね」 ライダーが動く。俺もおとなしく立ち上がった。 いや、帰る前に聞いておかなければならない事が一つ。「慎二、学校の結界の事は知ってるか?」「あぁ、ライダーが教えてくれたよ。なかなか強力な物のようだね」「ソイツを仕掛けた奴の事、心当たり無いか?」「……いや、少なくとも僕じゃない」「そうか、お邪魔様」 ライダーを後ろにして、ドアノブに手を掛ける。 その瞬間、慎二が俺を呼び止める。「折角だ。いい事を教えてやるよ。柳洞寺にサーヴァントが陣を張ってるらしい。ライダーが調べた事だから嘘じゃないぜ?」「……柳洞寺?」「あぁ。行くんなら気をつけな」「なぁ、慎二の言ってた事は本当なのか?」 門の前で終始無言のライダーに対し、ダメ元でそう聞いてみた。「……………………」 勿論、返答は無い。「悪い、忘れてくれ」 そして、門を潜ったその時、「嘘ではありません。確かに柳洞寺にはサーヴァントが拠点を構えている」「えっ?」「仕掛けるなら十分にご注意を。彼女は男と言うものを知り尽くしていますから」「あ、あぁ。ありがとう」 まさか答えが返ってくるとは思わなかった。とりあえず頭を下げる。 すると、ライダーは口元に笑みを浮かべ、「成る程、シンジが懐柔しようというのも分かる。貴方の様なお人よしは珍しい」「そ、そうかなぁ」「それが、悪い方向で出ると困るのは私達の方なのを理解して欲しいですね」「―――えっ!!?」 後ろから唐突に声がして振り向けば、そこにはトレーナー姿のアーチャーが立っていた。「残念ですね。貴方が居なければこの場で即刻首を落としていたものを」「私も残念です。今シロウが間に立っていなければ、すぐにでも車椅子の必要な姿にできた」 って、俺を間に挟んで睨み合わないでほしいんだが……。 しかし、唐突にライダーは踵を返す。「いずれ決着は付けましょう。"セイバー"」「…………えぇ、"近いうちに"」 同時にアーチャーも踵を返した。ていうか今ライダーはアーチャーの事をセイバーだと……、「シロウ、行きましょう」「あ、あぁ」 道すがら、「アーチャー、いつから」「無論、学校からずっとです。言ったでしょう、外での安全は私が守ると」「じゃあ遠坂は?」「ご心配なく。ちゃんと家に戻っています」「そうか……。すまない、軽率だったかな」「いえ、あなたがそういう性格だということは良く分かっています。私は気にしません。 ―――ただ……」「……ただ?」「帰ってからの身の安全は私には何とも出来ませんので、あしからず」 ―――???「ただいまー……って、おわ!!?」 自分の家に戻って戸を潜った瞬間、目に入ってきたのは仁王立ちする遠坂とセイバー。「随分と遅かったじゃない衛宮君? どこで油を売っていたのかしらね」「と、とと……遠坂? どうして……」 と、言ってから気づく。そう言えば、遠坂ってアーチャーと念話とか言うのができて…………、「って、いないし!」「シロウ! まったく貴方という人は……」「いいわよぉ、夕食まで時間があるからタップリ聞かせてもらおうじゃない」 身の安全てこれかぁぁぁぁぁ!!! /// ///「―――風が出るな」 夜、寝静まった母屋を背に、私は本来の姿で庭に立つ。 マスターの持ち帰った情報、柳洞寺のサーヴァント。凛は戦いに赴かず、またシロウも同意見。 しかし、これ以上誰とも戦わないのでは勝利は無い。結果的にマスターの命に背く事になる。いや、勝利さえすればいい。 柳洞寺、その山に存在する結界の事は良く知っている。「貴方が戦わないのならいい……」 だが一番驚いたのは、私と同じ考えであるはずのアーチャーまでが戦闘を拒否した事。「代わりに私が戦うだけだ」 私はこの聖杯戦争に勝利するために呼び出された存在、誇り高い英雄の一人。目の前の敵から逃げ出すなど……、 ―――この前みたいに、俺もお前も共倒れになるなんてゴメンだからな! ギリッと奥歯をかみ締め、私は衛宮邸を飛び出した。 だが柳洞寺へと向かう道すがら、私の足は唐突に止まった。いや、止められたと言うべきだろう。「初めて会った時もこんな風の晩でしたね」 月明かりの下、夕飯の時と変わらぬ姿で彼女は佇んでいた。 夕食では反対していたが、今になって加勢に来た……、わけはなかろう。「アーチャー……、何の用だ?」「何、とはご挨拶ですね。大方貴方の予想通りだと思いますが」「……ふざけるな、アーチャー! 貴様自分が何を考えているか解っているのか!」「そうですね。私も貴方のように真っ直ぐでいられたら、と胸が締め付けられますよ」 足を開き、右手に何かを握る動作。 鎧も纏わず、緊張感も無い。 そのやる気の無さが、無性に癪に触る。「この身はサーヴァント。敵と戦い、敵を倒すためにこの世に在る。それが本来の姿だ!」「言われずとも。実を言えば私も少々溜まりぎみで……」 突き出す構えで、腰を落とした。「こんな形で八つ当たりする以外に発散方法がありませんから」「―――!!?」 地を蹴り、右手に握った不可視の武装"風王結界"を突き出してくる。「……くっ!」 甲高い金属音と共に、お互いの武器が魔力を散らし、二撃目で鍔迫り合いになる。「世迷いごとを! 自分が言った事をもう忘れたのか!」「……ふふっ」 自分から啖呵を切り、自分から仕掛け、鎧も纏わずに緊張感も無く笑みを浮かべる。 ―――それが、どうしようもなく腹が立った。「貴様、それでも誇りある騎士かぁ!!」 両腕に力を込める。魔力で倍化された腕力がアーチャーを吹き飛ばし、風王結界の風がアーチャーの胸元を引き裂いた。 だが思ったほどの手ごたえが無い。力を込める寸前に後ろに飛んだか……。「つっ……、あまり何着も無いんですけどね。このサイズというのは」 バランスを保ったまま着地したアーチャーは、ため息と共に裂けた服に手を掛け、一気に引き裂いた。「―――なっ!?」 白色の服の下から現れたのは深紅。まるで、血に染まった包帯。それを胸、腹、二の腕と関節以外を引き締めるように巻かれている。時折、その表面を何かの文様が走る。だとすれば、あの布も何かの魔術品。 上半身だけではない、恐らく下半身も同じ。……確か、バーサーカーとの戦いの時に巻いていたものか。 裂いた服を打ち捨て、ドンと剣を地面に…………地面?順手で持っているのに!?「その中身、剣ではないな」「お察しの通り」「弓兵が槍を持つか」「"矢"ですよ。一応」 瞬間、暴風が吹き荒れる。"風王結界"を解放するのか!? 横一線に、見せ付けるように槍を構える。「私は生涯で2発しか弓を引きませんでした」 徐々に、荒くも透明となっていた彼女の矢が姿を見せ始める。「一発は、バーサーカーの時に放った物。そして……これが二発目」「……馬鹿な! アーチャー、その槍は……!?」 現れたのは、巻かれた布に比するほどの深紅の槍。 忘れもしない、今もなお私の心臓に違和感を残す元凶、それが何故!?「ゲイ、ボルグ……それを何故貴様が持っている!」「さあ私も不思議ですが、アーチャーの枠に収めるために強引に組み込まれたのでしょう。ソレだけの事です」 馬鹿な、宝具は重複などしない。同じ英雄で無い限り、同じ宝具を持つわけが無い。 だったら、彼女が持つゲイボルグと確たる存在を誇示する魔力は一体……、 アーチャーは調子を確かめるように片手で振り回し、構えを取った。「…………???」 今まで見た事も無い不思議な構えだ。「ご心配なく、セイバー。……すぐに終わります」「……くっ!」 まったく持って訳が分からない、彼女の存在、彼女の性格、彼女の生い立ち、彼女の宝具。 一体、彼女の一生に何があったというのだ!?