今の所、足取りは順調に来ている。 それでなくともホムンクルスどもの追撃は執拗で、20階を迎えるに至っても上階から聞こえてくる爆発と振動は収まる所を知らない。 気持ちだけが急いている。焦りと恐怖が心を満たす。 否、心の内に思うのはそんな事ではない。『……今の所僕の興味は彼女がどうやって魔術を習得したかと言う部分ですから』 自分がどのようにして魔術を習得したか。その理由は言わずもがな。 そう、最初は激痛が走った。いつもの通りに、呼吸をするのと同じように、無意識に魔力を練り上げていた。 いや、その時は根底から勘違いしていたのだ。己の中に魔術回路が当然のように存在していると。 だが実際、魔術の行使による最初の代償は3週間にも及ぶ入院生活となった。 何せ自制が利かなかったのだ。"同じやり方"では。 傷ついた神経を呼吸をするたびに酷使するようなもの。若干の魔力が漏れても激痛が走った。 形成されたというより、受け継がれた魔術師としての血の薄さから見て、二本という数は奇跡だったのかもしれない。 全身の神経が外に出てしまったかのようだった。衣擦れまでが、そよぐ風までが神経を通り、魔力を介して脳内へ感覚を送り込む。 竜の加護など存在しない。同じやり方では通用しない。自分で覚えるしかなかった。まさに命を懸けたスパルタだった。 ゆっくりと歯止めの利かないダムの元を閉め、魔力放出をせき止める。これを覚えるのにベッドの上で身動きせずに一週間。 だが、呼吸をするたびに魔力を放出する癖はどうしても直せない。まるで息の仕方を忘れたかのように、呼吸の仕方を練習していた。これを覚えるのに2週間。 しかし完璧ではない。少し力の篭った動きをすれば魔力が漏れる。かといって、外科的な方法で矯正する術はない。 退院してからは"魔術を使わないための訓練"が続いた。ありとあらゆる運動をしても魔力が漏れないようにするために鍛錬をし、どうにか定着した魔術回路の効率運用のための精神修養。毎日、毎晩、来る日も来る日も、そうシロウが土蔵でそうしていた様に。 気が付けば、私は魔術を使うことなくあらゆる競技を修めていた。 気が付けば、呼吸法一つで魔力による身体強化が可能になっていた。 だが、問題は他にある。いわゆる成長による身体の変化だ。 あの時代、この身は剣の魔力によって子供の姿のまま過ごし、戦ってきた。 だから同じ背格好の頃はよかったが、年を経て、急激に成長したこの体では当時のままの戦闘技術を重ねるのは無理があるとわかった。 個人的な鍛錬では限界を感じ、思いつき、耳にする武術の道場に暇を見つけては通いつめ、この体に馴染む物を探した。 だが結局のところ、どこの道場に行き、その流派を修めたとしてもいまいち馴染まない。 そんな馴染まないままあらゆる武術を習得し続け、気が付くと世界中の武術大会を総なめにしていた。 ただまどろっこしかった。あの頃なら、剣と体に纏わせた魔力を叩きつければ済んでいた。 今は不可能なソレを補うための技術を修めるほどに、私は自分の戦い方から遠ざかっているような気さえする。『お前さん、一体誰を倒したいんだ?』 そう問われた時、根本的な勘違いに思い至った。私は"人間"を倒す術を求めていたのではなかったと。 人を倒すために磨かれた技術で、人でない者を倒せる道理は無い。 私は高望みをしていたことを気づかされたわけだ。後に残ったのは蓄積された朽ちるだけの技術とゴミ箱行きの経験だけ。 あらゆる技術を修めて置きながら、私は高校も半ばを過ぎた辺りでパタリと道場通いを止めた。同時に魔術の修練も投げていた。 高校の頃は嵐のように騒がれた時期もあり、辟易した私は「飽きた」の一言で寄ってくる人々を一蹴。 そうすると一度ニュースに乗ってしまったのだ。だが、ソレも一時的なこと。 両親や兄はお祭りのように騒ぎ立て、波が収まる頃には「あー、面白かった」の一言。今更ながら我が家族の豪胆さは称賛に値する。 ともあれ、今となっては身につけ、朽ちるはずだった技術は体が思い出し、過不足なく私の力を運ぶ。 魔術は呼吸と共に私の中を駆け巡り、英雄の頃と同等とは行かないが、ホムンクルスを両断するくらいはできる。 しかし、今となっても何とも言えない違和感が残っている。何かがずれている気がするが何なのかわからない、そんな感じ。 一度引きずられてしまった技術は容易には戻らないのか、それとも別の要因か。 とりあえず、戦闘面で問題は無いのでそれは置いておく。「……何だ?こんな所に扉なんぞあったか?」 散らされたごみを避けながら進む先、ライトで照らされた赤茶けた扉が見えてきた。「おかしいですね。ここはまた公園になっているはずですが」 PDAを弄りながらガウェインが渋い顔をする。「予想が外れたな。連中には憩いの場なんぞ必要なかったって事だ」「しかし、階段の表示はこの奥ですか」 各所に存在している"公園"と称される憩いの場、地下に潜ったまま出て来ない魔術師は公園くらいは弄らずに保存しているだろうという、淡い期待はコレでご破算になったわけだ。「しかし地下ですから、公園を丸ごと改造してのけるだけの技術と資材があったとは思えませんけど」「爆薬で下をぶち抜いちまったほうが早いんじゃねぇのか?あの連中がやったようによ」 ヘンリーは平気で物騒なことを言う。「冗談抜かせ。周りは石造りだぞ。爆薬を使ったが最後、連鎖崩落でも起こして生き埋めはゴメンだからな」 ゴンゴンと壁を叩いてランスが言う。現状、爆薬の使用は控えている。 理由はランスの言ったとおり、周囲が石造りに変わったせいだ。石は脆い。魔術で強化してあるんだろうが、それは繋ぎ目を強化しているのとは違う。 爆破を起こせば、簡単に崩壊を起こしかねない。 上のホムンクルス連中はお構い無しのようだが、それだって冗談ではすまない。故に手間のかかる真似を続けているのだが……、「構えろ。中がどうなっているか判らん。俺とガウェインで踏み込むから援護を頼む」「OK」「はいはい……」 デュランとカリンを、ベティと共に後ろに下げ全員が位置に付く。 ガウェインと甲斐を先頭に、誰が指示するでも無くボルツ、私とランス、ヘンリーの順である。各々が考える最良の位置を取っていた。 そして、指示が飛んだわけでもなくボルツが扉を蹴破り、ガウェインと甲斐が飛び込む。次に私とランスが入り、ボルツとヘンリーである。 やはりというか、広い。以前の場所より若干木が多め。そして、嫌な感じがする。「見た感じは何もいないようですが……」「扉は向こう100メートルちょいか。やーな感じがするな」 長年の経験か、獣並みの勘か、私を含め戦闘経験の豊富な面々は気づいている。複数の視線と敵意、息遣い。「何だよ、これ。……檻?」 ヘンリーが隅のほうに並んだソレを見つけた。歪な形に破られている。「……なぁ、これってどう捉えりゃいんだ?」「見たまんまだろ」 ランスがスコーピオンのスライドを引いた。そして、「――― 上!」 ガウェインが何かに気づき、ライトを上げる。 乱雑に生える木々の間に照らし出されたのは、すさまじい数の人ともサルとも取れない奴らが鈴なりにぶら下がっている光景だった。 /// /// 奇怪な声が周囲の空気を震わせる。「クソ!連中、公園を動物園にしちまいやがったか!!」 ズン、と重い音を立てて奴らは木を離し空中で回転して着地する。 私も油断無く、懐から出した数個の黒鍵の柄を握り締める。そうして、若干の魔力を込めてやれば魔力によって刃が形成され剣となる。 見た目は巨大な「なまけもの」。ぬぼっとした顔はことさらに不気味。「あぁぁぁ!!……あぁぁぁぁ!!!」 その時、デュラン君が奇声を上げ添えていた私の手を振り払って元来たドアへ走り出した。「デュラン君!?」「―――デュラン!待って!!」 触発されたガリンちゃんも同じく追いかけていってしまった。 後ろからはホムンクルスが追跡してきている。しかし、目の前にも多数の敵。「ベティ、行け!ここはどうとでもなる!!」「……っ、分かりました!」 甲斐さんの言葉で覚悟を決める。 直後に起こった奇声と銃撃の音を背中に、私は元来た道に駆け込んだ。「デュラン君!カリンちゃん!!」 暗い廊下に私の声が響く。さらに遠くでデュラン君とカリンちゃんの声が入り乱れる。 いくつかに枝分かれている廊下は、来る時は魔術師の人達がいて迷うこともなかった。だが今は漆黒の闇の中、頼りになるのは自分の夜目のみ。薄ぼんやりとギリギリ見える程度。 暗闇での訓練はあまりしていない。こちらに来てからはそれこそまともな"仕事"すら宛がっては貰えなかった。 それこそ、近所の修道院での手伝いばかり。もっとも、それが本来あるべき姿でもあるという二重背反。 ……はみ出し者への皮肉だった。「カリンちゃん!どこ!?」 ……走る。……焦る。子供ががむしゃらに走った道順など予想できない。 それでも追いつかなければ、やはり彼女達は殺されてしまう。 その時、鈍い爆発音が聞こえてきた。近い、明らかにこの階から聞こえた音だ。 焦りが増す。そしてまた、いくつかも判らないほど角を曲がったその時、目の前にカリンが突っ立っていた。「カリンちゃん!よかった!」 後ろから抱きしめる。どうやらどこにも怪我は無いようだが、「…………デュラン」「え?」 前を見る。「―――!!」 目の前には崩れ落ちた廊下。その下……崩れ落ちた岩盤の下敷きになっているのは、「いやぁぁぁ!!デュラーーン!!」「ダメよ!カリン!!」 半狂乱になって暴れるカリン。私の手を振り解き、おそらくはもう助かるはずの無い弟の下へ駆け寄り、 ――― ズドッ!!「……カ……」「カリン!!」 後ろ、否、天頂から打ち落ろされた剣がカリンの喉を貫いていた。 だが、助けに行きたい私の足は理性とは裏腹に前へは出ない。倒れ付すカリンの周りに、あのホムンクルス達が降り立ったからだ。「……くっ」 右手に黒鍵の柄を二本。瞬時に魔力によって刃が作られる。 しかし、それを目にしてもホムンクルス達は警戒しない。悠々と背を向け歩き出す。 まるで相手などしていられないと言いたげに。 その瞬間、……私の中で…………何かがブチ切れた。 「あああああああ!!!!!」 仲間達の元に返ったのは、それから一体何分後だったろう。「ベティ、良かった。なかなか来ない……から……って」「お前……何だその格好…………」「ベティさん!?一体何があったんですか!!」 獣達は既に駆逐された後だった。いや、数体のホムンクルスが混じっているところを見ると、どうやらあの他にもこの階へ到達した連中がいたらしい。「ベティ」 私の前にセイバーさんが立つ。「あの二人はどうしました?」 真っ直ぐ、私の心の中までも射抜く視線で私を見る。「…………ごめんなさい」 涙が……あふれて止らない。「ごめんなさい…………」 力が抜け、膝を突く。けど、次の瞬間には抱きしめられていた。「また……守ってあげられなかった。私のせいで…………」 沈黙が場を支配する。そこに響くのは私の嗚咽のみ。「貴女は立派だベティ」 抱きしめてくれているセイバーさんが耳元でささやく。「よく……戻ってきてくれた。ありがとう」 私を抱きしめるセイバーさんは、ただ優しく、暖かく、そして少し震えていた。