毛布を撥ね付け、跳ね起きる。 ――― 熱い 胸の奥が異常に熱い。「なんだよ……これ?」 胸を押さえるが熱さは一向に収まらない。「…………?」 ふと、気づいた。左手の令呪も若干の熱を帯びている。 まるで外から熱を送り込まれるような……、「……まさか!」 土蔵から飛び出す。母屋のセイバーの部屋に駆け込む。だがそこにセイバーは存在せず、もぬけの空。「あいつ、まさか一人で……!」 自転車を駆り、屋敷を飛び出す。「あの馬鹿、自分が万全じゃないって判ってる筈だろ!」 必死にペダルを漕ぎ、柳洞寺への最短ルートをひた走る。 だがその途中の交差点で、誰かが壁にもたれて座り込んでいた。「――― なっ!?」 それは全身を朱に染めたアーチャー。慌てて自転車を急停止。跳び下りてアーチャーに駆け寄った。「大丈夫か!?アーチャー!」「おや、シロウではありませんか」「――― へ?」 ケロリとした表情で顔を上げるアーチャー。「な、何があったんだよ、これ。全身血だら……ん?」 よくよく全身を見ると、血だらけになっていたんじゃなく血の様に紅い布で全身を覆っているだけだった。「あぁ、これですか?凛からの供給と発散を抑えるために巻いている布です。 戦闘時に凛の魔力を吸わないようにと巻いたつもりでしたが、やはりセイバーには私個人の魔力だけでは手も足も出なかった」「セイバーに会ったのか!?アイツ、今どこに」「今頃は柳洞寺でしょうね。……私も行きましょう」「え?」 と、後ろにあった棒を杖代わりに……って!「それ、ランサーの槍じゃないか!」「これですか?セイバーにも言われましたが、矢です。そんな事より急ぐのでしょう?」「あぁ……だけど、大丈夫なのか?」「えぇ、ご心配には及びません。彼女が私より柳洞寺を優先してくれて助かりました」 くーっと伸びをしてアーチャーは先に歩き出す。 と、柔和な笑みをこっちに向け、「行きますよシロウ。セイバーを助けるのでしょう?」「お、おう!」 /// /// お互いの武器が、縦横無尽に舞い踊る。 片や風で隠した不可視の剣。攻めるにも守るにも相手の視覚を狂わせる剣。 未だに素性は知れず、セイバーの力量を受け激烈な威力を持って敵を切り裂こうと唸りを上げる。 その姿はまるで稲妻。硬く鋭く叩きつけるように直線的。 片や五尺にも上る"物干し竿"。攻めるにも守るにも、それ以前扱うにも無理のある刀。 だが、このアサシン"佐々木小次郎"と名乗った男はそれを苦も無く扱う。 この男、存在さえ不明瞭な英雄が何故存在するかは問題ではない。目の前に現れた以上、それは倒すべき敵である。 ツバメさえ斬りおとすと伝えられたその技量は五尺という長さを物ともしない。優雅に華麗に流麗に、舞うかのように相手を翻弄する。 その姿はまるで疾風。疾く鋭く流れるように曲線的。 柳洞寺の門前で出会った二人は、階段の上下に位置して剣戟を続けていた。 だが予想に反し、セイバーはこのアサシンを打倒できずにいた。 彼女の直感がアサシンの懐への進入を警戒するのだ。むやみに攻め込めば斬られると。「いよし、当たりだ」 幾度かの斬り合いの後、アサシンは繰り出されるセイバーの剣を紙一重で避けて見せた。「これで目測は付いたな。刀身三尺余、幅四寸といったところか。形状は……ふむ、セイバーの名の通り、典型的な西洋の剣だな」 涼しげに語るアサシン。だが、見えていてさえ捕らえる事が困難な速さで振られる剣を、いとも簡単に把握するとは。「驚きました、大して打ち合ってもいないのに、私の剣を測ったというのですか」「ほう、驚いたか?だがこんなものは大道芸であろうよ。邪剣使い故、このような技ばかりうまくなる」「―――なるほど。私の一撃をまともに受けず、ただ払うだけが貴方の戦いだった。邪剣使いとはその逃げ腰からきた俗称ですか」「いやいや、まともに打ち合わぬ無礼は許せ。なにしろこの長刀だ。打ち合えば折れるは必定。そちらは力勝負こそが基本なのだろうが、こちらはそうはいかぬ。その剣と組み合い、力を競い合うことは出来ん。 まあしかし……これでは些か興がそがれる。頃合だぞセイバー? いい加減、手の内を隠すのはやめにしろ」「っ―――アサシン。私が貴方に手加減しているとでも」「していないとでもいうのか? 何のつもりかしらんが、剣を鞘におさめたまま戦とは舐められたものだ。私程度では、本気を出すまでもないということか?」「――――――」「それでも応じないという顔だな。 ―――よかろう、ならばここまでだ。お前が出し惜しみをするのなら、先に我が秘剣をお見せしよう」 そう告げて。剣士はセイバーの真横へと降りてゆく。 「な―――」 アサシンが有利に戦っていたのは頭上に位置していたからこそ。同じ位置に立てばセイバーがその長刀を弾き飛ばし、首を落とすこともたやすい。それはアサシンも理解している事のはず。「構えよ。でなければ死ぬぞ、セイバー」 直感が告げる。―――それは事実だ、と。 そして、アサシンが構えを取った。 /// /// 俺と並走するアーチャーが柳洞寺に到着する。 左手に感じる熱はさらに強くなり、焼きゴテでも押し付けられているかのよう。 そして、見上げる柳洞寺の階段の上は、まるで嵐のような風が吹き荒れていた。「何だよ……この風」「セイバーの宝具ですね。門番に本気にさせられたようだ」「宝具だって!?」 収まる事を知らない風。その中心にセイバーがいる。 ……まだ傷も治ってないのに宝具を使おうっていうのか!「この風ではまだ3割というところでしょう。まだ間に合います!」「くそっ、急がないと!」 階段を駆け上がる。だが、上からの強風が強くて思うように体勢が保てない。横にいるアーチャーも同じようなものだ。 しかも、柳洞寺の山門から離れてこの強さだとすれば、中心にいるセイバーの周囲はどれだけの強風が吹き荒れているのだろうか。「シロウ、伏せて!」 突然、アーチャーが叫ぶ。 次の瞬間、ギィン!という音と共に、振るわれた槍が飛来した何かを叩き落した。「―――なっ!?」「くっ、牽制のつもりのようです。影が移動するのは見えましたが……」「サーヴァント!?」「上の様子見でしょう」「ふざけやがって―――こそこそ隠れてないで出てこい……!」 声を上げた。 強風に隠れて聞こえないはずのそれは、言った俺自身が驚くぐらい、大きく階段に響いていた。「―――風が……止んだ?」 山門を見上げる。 そこには長刀を持った着物姿の男と、セイバーの後姿があった。「そこまでにしておけセイバー。その秘剣、盗み見ようとする輩がいる」 薄笑いを浮かべながら着物の男は言った。 その視線は俺と同じ、木々の茂った山中に向けられている。「このまま続ければ我らだけの勝負にはなるまい。 生き残った者に、そこに潜んだ恥知らずが襲い掛かるか、おまえの秘剣を盗み見るだけが目的なのか。 ……どちらにせよ、あまり気乗りのする話ではないな」 男はつまらなげに言って階段を登り始める。「―――待て……! 決着をつけないつもりか、アサシン……!」「おまえがこの山門を越える、というのであらば決着はつけよう。何者であれ、この門をくぐる事は私が許さん。 だが―――生憎と私の役目はそれだけでな。 帰る、というのであらば止める気はない。まあ、そこに隠れている戯けは別だが。気に入らぬ相手であれば死んでも通さんし、生きても返さん」 アサシン、と呼ばれた男はかつかつと石段を上がっていく。「踊らされたなセイバー。だがもう一人の気配に気が付かなかった私も同じだ。あのままでおけば秘剣の全てを味わえたであろうが……よい所で邪魔が入った。そなたにとっては僥倖であったか」 と、こちらを見る。「さても面白い取り合わせよ。お主のマスターであろう少年と、その護衛か?」 慌てて階段を上る。「セイバー!」 と、いきなりセイバーの甲冑が消失する。同時に、こちらを向くことなく倒れてきた。 それを何とか受け止めた。 アーチャーは横でアサシンと視線を交錯させる。「今宵は千客万来と言ったところか。実に面白い」「あまり面白いとも思いませんね、はねっ返りの強い妹を持つと」 薄く笑みを浮かべて、アーチャーが返す。「ハ―――これは異な事を言う。サーヴァントに妹とは。 ふむ……、おぬしはどうも私と同じ匂いがするな。澄んだ剣気はセイバーと同じ物。だが他にも色々混じっているようだ」「えぇ少々欲張ってしまいましてね、壱にもならず零にもならず」「ほう。だが、あの戯けがまだ残っているかも判らぬ。おぬしと死合う機会は日を改めることになるだろう」「完全にやる気はゼロですか……。ハチャトゥリアンの組曲のごとく舞踊る太刀筋が拝めないとは残念」 セイバーは完全に気を失ってしまっている。 宝具の影響で魔力がまたガタ落ちになっているのか?「アーチャー、セイバーを運ばないと」「……ほう、槍を持つ弓使いか」「お見せできないのが残念ですが、私の得物はまた別にあります。 貴方も言ったでしょう。色々混じっていると」「成る程。名も判らぬ雅な華が二つ、ふむ―――ますます簡単に死ぬわけには行かなくなった」「それは光栄なことで。 ―――シロウ、行きましょう」「お、おう」 俺はセイバーを背負い、きびすを返す。「アサシン、佐々木小次郎」 背後から声を掛けられる。それは俺じゃなくアーチャーへの問い。 ―――って、佐々木小次郎!!?「名を聞きたいところではあるがどうかな?お主からはぜひ聞いておきたい」「……はぁ、名乗られた以上は返さなければなりませんね」 と、アーチャーは半身だけ振り向き、「クラスはアーチャー。名は……」 って、本気で名乗るつもりか!?「そうですね、近しい者達は私を"セイバー"と呼んでいました」 ――― は?「――――――」「………………」 アサシンとアーチャー、双方の視線がぶつかり合う。 当たり前だ。アーチャーの真名がセイバーなんてどこのジョークだ。「はても不思議なこの世の理、というべきか。いやはや」 笑うようにつぶやくと、アサシンは山門へと消えていった。 /// ///「色々聞きたい事があるんだけど」 セイバーを背負っての道すがら、俺はアーチャーに聞いてみる。「あまり込み入った質問でないことを祈りますが」「さっきのあれ、本気で名乗ったのか?」「武道の礼節としても騎士としての礼儀としても、名乗らなければ失礼になります」「いいのかよ、遠坂に断りもなく」「構わないのではありませんか?シロウさえ黙っていてくれれば」 そこでニヤリと見ないで欲しい。「俺にはふざけている様にしか聞こえなかったけどな」「紛れもなく事実です。私は生前友人に"セイバー"と呼ばれていました」「あだ名なのか?」「"セイバー"という単語が含まれているだけの事です。それに、あのアサシンに真名を名乗った所で私の事等知りませんよ」 槍は既にどこかにしまい込んだのか、手にしていない。 アーチャーはセイバーを背負う俺の横をただ静かに歩いている。 でも、コレは少々まずい事ではないだろうか。何であれ、遠坂を無防備にしてしまっているのだ。「アーチャー、別に付き添わなくても先に帰ってくれていいぞ。見張り役をほったらかしにしてるわけだし」「いえ、気にしないでください。私が勝手にほったらかしただけです。それに屋敷の結界があれば、凛は非常時には私を令呪で呼ぶでしょう」「いや……そういうことじゃなくて」 何だかんだいいながら、結局ウチまで散歩となってしまった。 玄関を開けてもらい、とりあえず背負っていたセイバーを降ろす。「まったく……なんだって気を失うんだよ、いきなり」「とりあえず、お疲れ様です」 疲れもあって行く時には百もあった言いたい事が綺麗に吹っ飛んでいる。「……いいさ、目を覚ましたらとっちめてやるからな、セイバー」「……ま、いいけど。士郎がどんな趣味してて、何をしてるかなんて私には関係ないから」 手を延ばそうとした瞬間に掛けられた声は、アーチャーの物ではなく、「と、ととと遠坂……!?」 午前2時を過ぎるというのに遠坂が立っていた。 「なによ、お化けでも見たような顔しちゃって。別に文句は無いから続けていいわよ」「え―――あ、いや違う! コレは違う、すごく違う! その、話せば長くなるんだが、つまりセイバーを部屋に連れて行こうとしただけなんだが俺の言っている事判ってくれるか?」「ええ。まぁ、それなりに」 ―――ゼッテェ信じてネェ!「だから判ってるってば。セイバーが一人戦いに出て、あんたがソレを止めてきたんでしょ? で、何らかのトラブルでセイバーが気絶した。どう、これでいい?」「あ……うん。すごい、全問正解だ。けどなんだってそこまで判るんだよ、おまえ」「判るわよ。セイバーが単独で戦闘することは予想してたし、サーヴァントが戦いを始めればマスターにもソレは伝わるわ。だから、これは予想範囲内なのよ。 で、どうするの?いくらサーヴァントでもそのままにしといたら風邪引くと思うんだけど」 ……いや、ジロジロ見られる中でそれはできないです。「すまん、遠坂。セイバーを運んでくれるか?」「私が?別にいいけど。じゃあお茶でも煎れてくれる?二人の話に興味あるし」 とやけに物分りよく遠坂はセイバーを抱え上げた。 と、「アーチャー、あんたもよ」 それだけ言い捨てると遠坂はセイバーを運んでいった。「……凛には千里眼の魔眼でもあるんでしょうかね?」 ドアの影からこちらを覗くアーチャーがそうつぶやいた。