結局、それは遠坂のすごさを再確認しただけだった。 翌日、セイバーから遠坂が桜ともめていると聞いた。だがそれは、いつか俺がやらなくちゃならない事を遠坂が先に実行しただけの事。 桜をこの家に近づけさせず、マスターである慎二に人質を取っているように思われないようにする。 入り浸っている藤ねぇを除けば、悩みの種が一つ消えた事になる。 ただ、その藤ねぇのお陰で俺の日常は明日から外国にかぶれる事になってしまったわけだが……。 それはまぁ置いておく。 昨日、セイバーに戦うと表明した以上、これからは少しでも戦いに目を向けなくてはならない。 だから無理を言って学校を休む事にし、セイバーとの稽古に当てる事にする。「……だが、それならば私にも考えがある。マスターの参戦を認める代わりに、剣の稽古をさせてもらいます」 それが昨日、俺がどうしても戦うと主張した時のセイバーの談。遠坂の言葉に何を思ったかは判らないけど。「じゃあ、私は魔術講座にさせてもらうわ。……ま、初めからそういう約束だったし」 そして遠坂が便乗してきていつの間にか議論は白熱し、俺は置いてきぼりのまま二人は自室に戻ってしまった。「いや、だから俺は一言もさ……」「戦いたければ、戦い方を覚えろ。実に理にかなった等価交換ではありませんか」 それまで、静かに紅茶をすすっていたアーチャーがようやく言葉を発した。 アーチャーはニヤつきながら遠坂とセイバーの分の紅茶を手元に引き寄せている。「力を鍛え、技を鍛え、……私はまぁ静かに見ているだけですが」「止めないんだな…………」「私はセイバーと同意見です。貴方は本当の戦いを知らなすぎる。 凛の意見にも賛成です。我流の魔術は危険を孕みます。一度基礎から固めなおすべきです」 ズーッと、3杯目の紅茶を飲み干した。「俺に味方はいないんだな……はぁ」 うな垂れる俺の前にアーチャーが立った。 そして、トンと俺の胸に指を置く。「貴方は間違っていませんよ、シロウ。貴方の考えは間違っていない」「―――え?」「問題はそれを貫けるかどうかです。貴方の"心"にはセイバーも、凛も、私も入れない」 グッと指で胸を押された。その眼光は俺の目を真っ直ぐに見据えている。「折れず、揺らがず、硬く、強く、剣のように鍛え上げられた心は何者にも屈さない。 貴方の理想が何であれ、瞼の奥に見る剣に貴方が何を誓い、何を為したいかを今の内にハッキリさせておきなさい。 その誓いが、あらゆる事への原動力となってくれます」「…………それってどういう」 と、今度は俺の鼻先へ指を突きつける。「自分で考えてください。"心"の鍛錬は貴方にしかできない」「―――!」 くるりと身を翻し、アーチャーは部屋を出る。「あぁ、そうそう。忘れるところでした」 ふすまに手を掛け、アーチャーは背を向けたまま言う。「抜き身の剣は大変危険です。脇には常に"鞘"をお忘れなく」「……間違ってない、か。 でも、鞘って何だ?」 /// /// シロウが掃除した道場で、我々は竹刀を手に向かい合う。 参戦を認めはしたが、まともな戦い方など教えるわけも無い。大体、シロウの中に"後ろで大人しくしている"という選択肢が欠落しているとは一体どういうことだろうか。 いや今更言った所で無駄な事。稽古を付けると言ったからには稽古をつける。 そして私が教授するのはただ一つ、"戦い"のみ。戦いの中でいかに立ち回り、その身に振るわれる刃をいかに見極める事が出来るか、ただそれだけだ。 ―――それは果たして如何なるストレスの発散だったのだろうか。 アーチャーの取った構えは槍の振るい方を逸脱していた。まるで大剣でも振るうような構え。 典型的な切り払い、躱すことも弾く事も容易。それはアーチャーにも分かっていたはず。だというのに、それを2度も繰り返した。 斬り、打ち下ろし、払いの3種類。宝具を使用するわけでもなく、特殊な動きをしたわけでもなく、3度目の払いの後私の一撃が彼女を壁に叩きつけ、それで終わり。 これ以上は無駄と判断し、私は柳洞寺へ向かった。 そして、アサシン―――佐々木小次郎との対峙。 攻めづらいのは階段という足場の優位性からだと思っていた。 だが、「構えよ。出なければ死ぬぞ、セイバー」 アサシンが見せた構えは、寸分違わずアーチャーが見せた物と同じだった。 だが、直感が告げる。アサシンが放つ物は"違う"。 実際、奴が放った斬撃はアーチャーが見せた物と同じ。ただ……それがまったくの同時でなければ、だ。 足場の悪さこの身の加護か、辛うじて回避する事は出来た。先んじて見ていなければ理解が間に合わなかっただろう。「躱したか。さすがセイバー、ツバメなどとは格が違う」 ――― 多重次元屈折現象キシュアゼルレッチ 剣の技のみで宝具を持った英霊と互角のサーヴァント。それがこのアサシンの正体。 だが、会ってもいないはずのサーヴァントの技を何故アーチャーが知っているのか。 もしかして、あの行動はただ見せるためだけの物だったのか。 違和感だけが強くなる。 ……アレは一体何を経験してきたのだ?「うおぉぉぉぉ!!!」「――――――」 無謀に突っ込んでくるマスターの脳天に一撃を加える。予想通り彼は反撃も抵抗もなくその一撃を受ける。 どうにも……長い話になりそうだ。 /// /// 授業内容を漏らさずノートに書き留めながら、頭の中では別の事を考えている。 今アーチャーは学校内の捜索をしている事だろう。学校内に仕掛けられた結界の基点の再調査である。 もっとも改めて何かが発見できるとは思っていない。ようは何かさせておかないと気がすまないだけだ。 昨日、僅かながら魔力がアーチャーの元へと流れていった。見張りをして魔力を温存しているはずのアーチャーが、だ。 何事かと呼んではみたものの彼女は答えない。しかも家の中に気配すら感じない。「またか……」 もはや呆れるよりしょうがない。アーチャーのとっぴな行動は今に始まったことではない。 何かにつけて予想外の行動を取る彼女の真意はどこにあるのだろうか。 考えてみれば、召喚した翌日から彼女はああいう緊張感の無い振る舞いを続けていた。いや、実際は私が気絶した時からか。 正体が何者かも判らないマスターに召喚され、乱雑に使役される事は彼女も解っている筈。だというのに彼女は私に完全に心を許している。私だけではない、敵として現れた士郎や剣を向けたセイバーにさえ……。 庭に出てみる。案の定アーチャーはいない。 いい加減説教するのが無駄に思えてきた。説教している間にさえ、アーチャーはどこか嬉しい様な安心した様な笑みを浮かべている。それで完全に毒気を抜かれてしまう私もアレだが……。 だが、今回の事は少々行き過ぎだ。何せマスターである私をほったらかしにしていなくなっている。 いや待て。どうしてアーチャーは姿を消した?命じた見張りを放棄してまで。 と、視界の端に開け放たれた土蔵が目に入ってきた。確かあそこで士郎はセイバーを召喚したんだっけか。「まさか……」 母屋の士郎の部屋。そこが開いたままになっている。セイバーが休んでいる筈の隣の部屋も誰もいない。 ………………なるほど。 でもだからってアーチャーがいなくなる理由としては…………いや、十分なのか。 頭を掻く。 少なくとも腹は立つ。付き合う必要の無い事に積極的に首を突っ込みマスターを蔑ろにするサーヴァントなど2流だ。 忠実な駒として動く者こそが最上。私はそう考えている。 ―――"衛宮家に関わる者全てを、あらゆる敵から守るように" ふと、彼女がそう言った事を思い出す。 あの時はアドリブで言った物と思っていた。アドリブとしてはなかなかの物と思っていたが、どうやら彼女は本気でそれを実行するつもりのようだ。 しかもマスターとサーヴァントの主従関係を逸脱してでも、というつもりなのだろう。 恐らくこの家の結界の事も、いざという時は令呪を使えば召喚できる事もアーチャーの頭の中では計算済みなのか……。「……だとしたら大した器」 窓の外を眺めながらつぶやく。 気になるのはその正体。彼女は時がくれば明かしてくれると言っていた。だが、その時とは一体いつなのだろうか。 腕の令呪を撫でる。 彼女の真意がどこにあり、彼女が一体何を求めているのか…………、 彼女が何かの目的を持っており、士郎やセイバーに固執するのが何かの布石なのか、それとももっと単純な理由なのか…………、 私は知らなければダメだ。 たとえ、令呪を一つ使ってでも。 /// /// 夕方、風呂に浸かって一日の疲れを落としてから居間に入る。 するとそこにはすでに用意された食事がずらりと並べられていた。 うーむ、何もせずに食事が出ているというのはいいものだ。「何よ士郎。そんな所にボーっと突っ立って?なに、痴呆?」 ……人のささやかな感動さえ、痴呆の一言でぶち壊してみせるこの女は大物と言わざるを得ないのか?「何でもない。夕食だろ?ありがたくいただくよ、セイバーは?」「んー?セイバーさんなら士郎の部屋に行ったみたいだけど会わなかった?さっきまではここにいたけど」「旅館みたいに広い家だからすれ違ったんじゃないの?いいわ、セイバーは私が呼んでくるから衛宮君はもう一度洗面所に行ってきなさい。髪、よく乾いてないわよ」「あ、ほんとだ。悪い、じゃあセイバーはまかした」 確かに無節操な改築せいでうちの廊下は相当に分かりにくくなっている。俺の部屋からでも居間からでも行けてしまう所が楽なのか面倒なのか。 とりあえず、ドライヤーは苦手なのでさっき使ったタオルで髪を拭こうと洗面所への扉を開き、 時間が止まった。「シロウ」 何か言ってる。 目の前の奴が、なんか言ってる。「二度湯のようですが、今は私が使っています。できれば遠慮してもらえると助かるのですが」 堂々とそんな事を言ってくる。 今日一日あったことがスッパリ抜け落ちるくらいのインパクトだ。「す、すす、すすすすす」「シロウ、湯にのぼせたのですか?耳まで真っ赤ですが、体を冷やすのなら縁側に出るべきです」「あ、いや、そうする、けど。その前に、謝らないと、まずい」 セイバーから視線を逸らして、ばっくんばっくん言っている心臓を落ち着かせる。「これは、事故なんだ。セイバーの裸を覗き見ようとしたわけじゃない。いや、こうして出くわしちまった時点で釈明の余地は無いんで、セイバーは、俺に怒っていい」「??」「と、とにかく……すまん!!」 セイバーの裸を見ないように、腰が引け、うつむいたまま洗面所を飛び出し、 ドォン!!「きゃぁぁ!!」「どうわぁ!!」 誰かと激突してもんどりうって倒れこむ。 「いってぇ…………ん?」 手をついて体を起こす。すると、激突した相手とばっちり目線が交錯する。「………………」「――――――」 あー、どうやらアーチャーと激突したらしいって事は理解した。 で、現在の所俺がアーチャーを押し倒したような状態になってるわけで……、「えらく強引なアプローチですね。シロウ」「!? なんじゃそりゃぁぁ!!」 慌てて跳ね起きた。 そして、跳ね起きたと同時に視線の端に見たくないものが写ったような、「しーーーろーーー」「ふーーーん、衛宮君てそういう趣味だったんだ、ふーーーん」「いや、待て二人とも。明らかに間違ってる事は現状見れば分かる事だし、だいたい洗面所にいたセイバーがいた事だって俺には……」 結論:いろんな意味で頭に血の上った二人には何を言っても通じませんでした、まる