二度目の轟音。 それは、彼が自分の運命を完結した証拠でもある。「てめぇ!なんて事しやがる!! おっさん一人残すような真似しやがって!!」 ランスはボルツに掴み掛かり激昂する。だがそれでボルツが微動だにするわけもない。 これで残った者は5人。「アル、お前も何とか言え!! コイツ仲間を見捨てやがったんだぞ!!」「……………………」 カツカツと不気味なほどに靴音の響く廊下を歩き、私はボルツの前に立つ。 そして、踵を合わせ見えてはいないだろう彼に向かい、深々と頭を下げた。「あ、……おい?!」「感謝します。ミスターボルツ」 私は彼に向かい感謝の言葉を投げた。「何だよ、……それ。どう見たっておかしいだろ!」「……何を言っているかわからんな」 ボルツは態度も口調も変えずに私の発言を疑問視した。「……貴方は、似ている」「―――?」 頭を上げる。 この者の言動、とっさの選択、そして一切の私情を排除した物腰。それらは一連して私の脳裏に存在するある一人の男性とよく似ていた。 歪でありながらもその在り方を貫き続けた男。シロウが生涯を持って継ぎ、苦悩し、貫こうとした遺志。「貴方の考えがどうかは知りません。ただ、お礼を言わせて欲しい」「……………………」「セイバーさん……」 踵を返す。立ち止まっている暇はない。我が侭はもう通らない。 甲斐がその命を持って時間を稼いだのだ。我々はその遺志に報いる義務がある。「行きます。後3階降りればターミナルへの渡り廊下があるはずだ。 瓦礫の山のバリケードでは5分が限度でしょう」 5分という予想には確証はない。だが、何かが脳裏に引っかかっている。奴らがこうも簡単に地下への侵入ルートを切り開いた物の存在。無論、ただの爆薬などとは思っていない。 奴らの製作者が仕掛けた"何か"が、まだ連中の中に眠っているはずなのだ。「いいのかよ、アル。そんな……」「ランス、私はセイバーと呼べと言いましたよ」 足を踏み出す。 もはや迷っている暇などありはしない。「止まっている暇はありません。我々には進む以外の選択肢は無いんですから」 /// /// セイバー達がターミナルに向かうサバイバルを人知れず駆け抜けている頃、地上ではまた別の事件が起こっていた。 時間を追って説明しよう。 ホムンクルスのロンドン襲撃から30分後には王室が叩き起こされ、現在までに隠密に海路を通じてドイツへと避難を完了している。 1時間が過ぎる頃には、イギリスに点在するほぼ全ての魔術協会支部に現状が行き渡り、厳戒態勢がしかれると共に国外に散っている魔術師達への緊急招集がかけられていた。 時を同じくしてこのニュースは全世界を駆け巡り、イギリス周辺のEU各国はイギリスで大規模テロが起きたという情報のみで浮き足立ち、軍事的介入をするか否かを決められず、自国防衛への準備にも右往左往している状態である。 セイバー達が魔術協会に立てこもった時点でロンドンの7割を制圧していたホムンクルス達は、現在9割を制圧。目に見えるもの全てを殺し尽くした連中は、魔手をロンドンだけで無く放射状にイギリスの地方にある支部まで勢力を伸ばしつつあり、周辺の支部ではロンドンと本部が壊滅したという事態に混乱、場当たり的な防衛に徹するしか方策が採れずじまいだった。 一体どれほどの数の勢力がいるのかは誰にもわからない。百体いるのか一万体いるのか、膨大な数である事は確かだったが誰一人としてこれほどの数のホムンクルスを秘密裏に作りうる能力のある者に心当たりが無かったのだ。 ホムンクルスがお家芸というアインツベルンは、きっぱりと事実を否定している。大体彼らに教会の怒りを買うだけの利益は無い。 一方、教会側の対応は早かった。襲撃しているのがカソックと黒鍵を使うホムンクルスであるとの報告を受けるやいなや世界中の支部と連絡を取り、魔術協会側にホムンクルスと教会側の関与を否定する旨と、可及的な殲滅と事態収拾の協力は惜しまないと言う異例の通達を出した。 教会側としては、ホムンクルスが自分達の姿を真似て虐殺行為に出た事が何よりも怒りを掻き立てたのだろう。 現在、魔術協会側の返答を待たず"代行者"や"埋葬機関"を投入するか否かが話し合われている。 一日の半分を持ってこの騒ぎ。断片的な情報はメディアによって脚色、誇張され、虚像と真実が混じったまま光の速度で全世界へと発信されていく。 いまや全世界がイギリスの現状に驚き、嘆き、怒っていた。もはやロンドンの中に生存者はいないとまで言われているのだ。 そう、誰一人、魔術協会の真っ只中で、たった5人がまだ生を諦めず、リバースバベルを登り続けている事に気づいていない。 /// /// ―――彼女から受ける印象が変わった。 今までは火のような怒りと、それを押さえつけようとする理性との鬩ぎ合いでマグマ溜まりのように煮え立つ感覚が、今は鉄のように冷たく鋭く、かつ静かになった。 甲斐さんが犠牲になった事で、吹っ切れたのだろうか。それとも……、「止まっている暇はありません。我々には進む以外の選択肢が無いのですから」 まるでやるべき事を見つけたような、そんな感じ。 「行きますよ。ぐずぐずしてはいられない」「……っ、判ったよ」 ランスさんは舌打ちをしてセイバーさんの後に続き、その後ろを何も言わずボルツさんが続く。「……ランス兄さんがあそこまで激情とは思わなかった」 ガウェインさんが自分の従兄弟に考えを改めていた。いえ、この人への考え方を間違っていたのは私もかも知れない。 この人も、目の前で自分の師匠が命を絶った事で動転しているかと思っていた。けど、違った。立ち居振る舞いは何も変わらないけど、中身が少し変わった感じがする。硬い鉄塊に火が入り、より堅固な鋼へと変わったそんな印象。「ベティさん、行きましょう。彼女の言う通り、僕達はここで足を止めるべきじゃない」 皆が前を見ている。"生きる"という目標のため。 だというのに、私は恐怖しか覚える事が出来なかった。失う事への恐怖、戦うことへの恐怖、見えない物への恐怖……。 自らの纏う衣服を見る。それは惨憺たる有様だ。血塗られた白装束は辛うじて血糊は拭ったが、鈍い赤色に染まってしまっている。 あの時、二人がその凶刃に倒れた時、私は聖職者でありながら自らの感情を律する事も忘れ、怒りのままに魔術を行使した。自らが最も忌み嫌っているはずの魔術を、怒りと悲しみいう免罪符に乗せて解き放った。 死を与える事は何にも勝り罪であるという教示はあの時、同じ装束を纏う狂った者達と同じ刃を持って破られた。 そして何よりも、生を教えながら、生を尊ぶ立場にいながら、私はどうして死を与える術を聖書の一説を思い出すより早く行使できたのか。 それは偏に、自分の身に刻まれた物への恐怖。怖い……、自分がこれ程までに怖いと思った事は無い。 意思を持った時から既に持っていた物。既に与えられていた物。 それゆえ皆から目を背けられた、軽蔑された、殺意を向けられた事さえある。 これではもはや自分を聖職者と思う事も難しい。 不安で堪らない、けど進まなければならない。皆が前を向いている時に私だけが俯いている事は出来ない。 試練などと思うつもりは無い。だけど今のままでは……、私がここにいる意味はない。「神よ……その御許に我らの友の魂を迎え入れてくださいますよう」 小さく歩を進めながら、既に幾度唱えたか忘れた台詞を繰り返す。 ――― そして、願わくば迷える私達に道をお示しください。 私にはただ祈る事しか出来ない。