あまりの事に声を失う一同。 一人は訳の分からない展開に、二人は常識外の光景に、「あいた……のか?」「そんな、封印式をオーバーフローさせるなんて」 ランスは呆然とそう呟き、ガウェインは驚愕と共に呟いた。 ズキリ、と両手に痛みが疾る。みれば、両手が火に爛れた様になってしまっている。これでは剣が握れない。「ベティ、……すいません。両手を」「え? ちょ……こんなになるまで!!」 慌ててベティが治癒魔術を口にする。「セイバーさん。貴女、封印指定のリン・トオサカを知っているんですか?」 驚愕もそこそこに、ガウェインが詰問してきた。「えぇ……、少々縁がありまして」「馬鹿な! 日本の魔術師達から今でも噂に聞くくらいの、数百年前の魔術師ですよ? しかも封印指定の! 貴女は彼女とどんな関係なんですか!?」 もちろん、彼女の友人のサーヴァントでしたなど言える筈もなし。「前世で……少し」「前世……って、そんな馬鹿な!?」 今度は彼が声を失う番だった。「まさか、前世の記憶があるんですか?」「の、ようです」 口元の笑みだけで答える。あまりの事に面食らうガウェインだが冷静さはなくしていないらしい。「…………分かりました。事態が事態ですから深くは聞きません。 ランス兄さん、入ってみましょう」「よし」 二人がドアの両方に取り付く。ガウェインがドアノブを掴み、捻る。何のリアクションも無い。 バン!! 最後に蹴り開ける。同時に二人の銃が内部に向けられた。「何も居ないな」「気をつけてください。魔術師の工房という物は罠のオンパレードですから」「俺は逆にそういうのが好みなんだけどな」 二人が中に入っていった。 私は、治癒魔術を受けながら上を見上げる。 どこからこれほどの魔力を発生させているか分からない。だが、この広大な空間に張られた封印式を押し返すほどだ。 確かにこの密度なら宝具クラスの魔術すら意に返さないだろう。 ……だが何故だろう、どこか懐かしい感じさえする。「終わりましたよ。セイバーさん」「……ありがとうございます」 両手を確認する。痛みは消え、若干の違和感は残るがほぼ完治といっていい。さすがは司祭だ。 立ち上がり、二人に続いて中に入る。 中は外に漏れ出している魔術を流用しているのか、煌々と明かりが灯っていた。 向かって左は本棚、様々な本と小物が所狭しと並んでいる。右にはドアを挟むように机が二つ。そこは小奇麗に保たれている。 乱れた事を好まないシロウに常に掃除されていたためか、全体的に片付いた印象がある。数百年放置されていたにしては、ほこりが溜まっていない。 と、ランスが右の扉を開けて中を一瞥して言う。「ベッドルームだな。目立ったものはなさそうだ」 周囲を見渡し、警戒の色を崩さないガウェインは、「おかしいな……封印指定の工房だから罠の一つもあるかと思っていたのに」 そうつぶやいた。 中に入って、本棚をざっと眺める。と、数枚の写真立てに目が留まった。薄く埃を被っている。 しかし、払った下の額には何も映っていない。おそらく、封印されていた長い年月で色が飛んでしまったのだろう。他の全ての写真立ても同じだった。「……凛、シロウ」 すぐ脇にあった寝椅子には、凛が着ていたのと同じ服があった。といっても、触れば崩れそうなほどボロボロな状態。 だが、ここは確かに凛とシロウが生活していたという匂いがする。「な、なんだこれは!!」 いきなり、ガウェインが大声を上げた。それは入って正面の扉。クローゼットか何かだと思っていたが、「どうした? ……な、なんだこりゃ!」 駆け寄って内部を覗いたランスまで声を上げた。 私も二人の間から部屋をのぞき見て……、「―――!!」 人生のうちで、これほどの驚きを感じた事は無い。 部屋の内部にあったのは、剣、剣、剣……、もはや何本在るかすら分からない程大量の刀剣の数々。「す、スゴイ……、これは、全て宝具だ!」 ガウェインが興奮したように一本を手にする。それはローランが使用したといわれるデュランダルだ。 見渡すだけでも、ハルペー、ダインスレフ、フランベルジェ、小烏丸、グラム、ヴァジュラにアロンダイト……、節操が無い。 考古学の一環で刀剣についての図鑑を眺めた事があるが、まさにそのもの。まるで古今東西の宝具の見本市だ。それが、8畳ほどの部屋の左右の壁にまるで無造作に置かれている。「宝具? 古刀だろ? 歴史的価値があるとかそういうのじゃないのか?」 ランスも手近に在ったアロンダイトを眺めながら言う。「違いますよ、兄さん。宝具というのは、存在そのものが神秘とされている物。内に秘めた神秘にこそ意味を見出す物なんです」「……俺に解るか。俺は考古学の見地から物を言ってるんだぜ? 魔術師云々の話なんぞ解るもんかよ」 まぁ、ランスにそんな事を言った所で帰ってくる返答なぞ、そんなものだ。「しかし、どれもこれも魔力を感じない。宝具であって宝具でない物、レプリカのようだ」 私も掛かっていた剣に手を這わせてそう言った。 剣の内からは何も感じない。存在を主張する宝具独特の雰囲気があまりに希薄だ。「どれもコレも神秘を内包していない。恐らく形だけ似せて作ったものでしょう。練習か気まぐれか、シロウも倫敦に来て節操が無くなりましたか」「「――――――」」 なにやら二人が黙ってしまった。「な、何ですか?」「セイバーさん、今の練習や気まぐれという言葉が気になります。それにシロウとはどなたですか?」「お話しても構いませんが……、信じませんね。貴方なら」「内容によります。貴女の前世の記憶というのも正直疑わしい」「お前は頭が固いからな」 ランスの野次は置いといて、「この宝具を作ったのは『シロウエミヤ』、卓越した投影魔術師です」「エミヤ……、封印指定の投影魔術師!?」「ご存知なんですね」「そりゃあ、先生が日本人でしたからね。自慢話に聞きました。 儀式用にしか用いられない形だけの宝具ではなく、実戦で使えるだけの"中身"を伴った宝具を投影する魔術師。 一説には、古のブリテンの王、アーサー王のエクスカリバーを投影したという噂もぉ……!?」「それは本当ですか!!?」 気がつくと声を上げ、ガウェインの胸ぐらを掴み上げていた。「ちょ、何を興奮してんだお前!」 掴みあげた私をガウェインから引き剥がすランス。 私はそれどころじゃない。私の……、私のエクスカリバーを投影した!? 馬鹿な、選定の剣であるカリバーンならともかく、エクスカリバーは星に鍛えられた神造兵装。その神秘まで内包し投影する事がいかに困難かつ無謀な事か、彼には解っていたのか!? ……いや、無論解っていたはずだろう。彼は解っていながらやる人だ。"自分自身"が思考の中に無いのだから。「しかし……、数百年ですよ? 度外れた投影魔術師だからといって、亡くなっても以後投影したものが残っているというのはいくらなんでも」「彼は起源からコンマ1の狂い無く、かつ超長時間宝具を再現できる投影魔術師です。何せ、強化の息抜きに投影をやっていたくらいですから……」 最も、ここにある物は何かを作り変えたものだろうが……。「な、なんですかそのあり得ない息抜きは!!」 やはり、怒るか。強化の練習で投影をする。確かに凛は激怒した。 何かの魔術が劣化していた物だとも言っていた。 しかし……、「救いたい誰かの為とはいえエクスカリバーを投影するなど……、本当に貴方は自分を見ていない……」 苛立ち紛れに、奥に下がっていた垂れ幕を跳ね上げ、…………絶句した。「こ、これは……、何でこんな物がここに!?」「うわ、こりゃさすがに俺でも解る。スゲェ」 跳ね上げた垂れ幕が崩れ落ちた。その先にあったのは、壁に掛けられ、赤い布に巻かれた2本の短刀、弓。2本の矢らしきもの。 そのどれもが、一見して解るほどの魔力を秘めている。膨大な時間を持ってしても在り様が劣化していない異端の物。 そして……、私の目の前に突き立ち、遠い日の記憶と同じ姿で存在している物。「なんで……これが……」