夢を見た。 まどろみの中で夢を見た。 死で満たされた空間。全ての人間が何の抵抗もないままに体を溶かされ、苦しみの内にどこの誰かも知らない奴の栄養にされようとしていた空間。 だが止めた。本来なら死に至る筈の物を俺は自らの傷と引き換えに止めたのだ。 悔やむ事等ない。本当なら止められなかった。普段の自分なら全く何もできずに止まっている事しかできず、俺自身さえ皆と同じ事になっていただろう。 ―――傷が痛む。 感じる痛みが、生きているという実感が、思考を呼び戻す。 ―――違う、と。 俺は誰も助けられなかった。 死ぬに到らなかったというだけで、皆の体には一生消えないだろう傷が刻まれた。それは何もできなかったと同義ではないか。 全てはおきてしまった事。全てを無にして消す事など誰にもできない。 全てを無かった事に等できないし、やってはいけないことじゃないのか。 ならば、この死の空間を憎むなら、二度と起こさないように行動するだけだ。 さぁ、起きろよ。自分の体なんて後回しでいい。 誰も傷つかない事が目指した理想であり、俺の存在意義であるなら――― /// ///「…………朝か」 目を開けた。 深く深呼吸をして、肺に空気を送り込む。 そして、最初に見た光景は、「……………………」「――――――――」 何故かトロンとした表情で限界ギリギリまで迫ったセイバーの顔だった。「―――え?」「おや、起きてしまいましたね」 失敗失敗、と言いながら身を起こすセイバー……じゃない!「……アーチャー!」「すみません、余りに寝顔が険しかったので熱でもあるのかと」 未だ俺にまたがった状態で髪を梳き上げて、アーチャーは舌を出した。 いや、ちょっと待て何でアーチャーが俺の部屋に? つか、この状況は!?「何でアーチャーが……」「6時ですよ。セイバーも既に起きていますが」 俺の上からどきながら、アーチャーはそう言った。「え、本当か!?」 セイバーの奴、昨日の戦いでまた魔力を消費したのに休んでなくていいのか? 起きようと布団を跳ね除ける。その瞬間、ビシリと肩に鋭い痛みが走った。「……っ!」「大丈夫ですか? まだ治り切っていないのですから無理はしないほうがいいですよ?」 走ったのは痛みだけ。傷のほうは問題ない。「ちょっと見せてください」 真剣な表情でアーチャーが押さえた肩に手を当ててきた。そして指圧をするようにグッグッと力を入れる。「いつっ!」「ふーん、骨ではなく筋肉の断線のようですね。妙な力でも入りましたか?」「あぁ……まぁな」「やれやれ貴方という人は。行動するのは結構ですが、もっと自分を大切にしてもらわないと困ります」「―――え?」「主にセイバーの話です」 表情を崩し、アーチャーが言う。 では用事があるから、とアーチャーは霊体になって部屋から出て行った。 布団を上げてから廊下に出るとセイバーと出くわした。 今日中に慎二を捕まえようという旨を伝えると、セイバーはいい顔をしない。「何故ですか。今日中にライダーのマスターを捉える理由などありません。戦うのならシロウの傷が癒えてからにするべきです。それからでも遅くはないでしょう」「―――それは違う、セイバー。順番で言うなら、俺の体なんて後回しだ」 そうだ。慎二からライダーを引き剥がさない事には昨日の惨劇がまた起こる。そうなる前に、慎二を叩かなければいけない。 犠牲者が出る前に行動するなんて事は戦う理由以前の問題だ。 「…………そうですか。 マスターがそう言うのなら、私は従うだけですが」 セイバーは憮然とした表情のまま口を閉じた。 /// ///「別に構わないけど、勝算はあるんでしょうね?」「―――え?」「え、じゃないわよ。ライダーの宝具に立ち向かうだけの勝算はあるの?」 まぁ、士郎の無鉄砲さは今に始まった事じゃないけど、それにしたって何の策も無しに出て行こうってんだから始末に終えないわ。「え……勝算って、慎二に対してか?」「そうよ。前もって言っとくけど、勝算も無いくせに他のマスターに手を出すつもりだったなんてて、言ったら笑うわよ?」 むーん、とうなり始めてしまう士郎。「……ちょっと。衛宮君、本気?」「う―――すまん、笑ってくれ」「……悪いけど笑えないわ、今の冗談」 ライダーの戦闘能力はセイバーより低い、ただしライダーの持つ宝具は魔法一歩手前のA+とセイバーの談。 つまり、ライダー本人よりも宝具が強いサーヴァント。 サーヴァントの持つ宝具は千差万別で同じ物は一つとしてない。サーヴァントのぶつかり合いは宝具のぶつけ合いであるといっても過言じゃない。だからこその切り札なのだし、隠すべきものなのだ。 セイバーの抗魔力は大魔術でさえ弾き返すが、それでも魔法クラスの宝具には意味を成さない。 神秘はより高い神秘に無効化されるためだ。それ故強いサーヴァントを強い宝具を持つ弱いサーヴァントが破るという事態が生じる。「ともかく、気をつけなさいよ。士郎はこのところ毎日が病みあがりなんだから」「む、遠坂は来ないのか? 留守番でもしてくれるのか?」「あら、私は私でやることがあるだけよ」 昼前に士郎達は家を出た。 にしても、学校であれだけの事があったにも拘らず、翌日には訳も分からず元気になって自分よりも他人優先に行動するあの根性は一体どこから来るのだろうか。 まるで正義感という、一点のみでここまで成長してしまったみたい。 士郎の父親である魔術師は一体どんな人だったのだろう。士郎にあれだけの性格をさせるんだからよほど正義にかぶれていたのだろうか。 どの道私が詮索したって分かるのはアイツの父親の名前くらい。そもそも綺礼にそんなくだらない事を聞きに行くなんてしたくない。「ところで、私達は何もしないで居る気ですか? 凛」 昼食の配膳をしながらアーチャーはそう言ってくる。「まさか、私達も午後になったら出るわよ。昨日の事で先生も来ないだろうから、夜の心配をする必要も無いしね」「シロウを待たないのですね?」「待つ意味は無いわよ。あいつの事だから日が暮れたってセイバーを連れ回して慎二を捕まえようとするでしょう。それに私がここ留まって大人しく留守番なんて引き受けるものですか」「…………なんか嫌な事を考えてませんか? 凛」 アーチャーは私の心の内を分かったらしい。 当たり前だ。慎二に関しては私だってはらわたが煮えくり返っている。真昼間に、しかも学校で、しかも私の友人を巻き込んで結界を発動させ、無関係な者達を問答無用に巻き込んだ。もちろん、彼女達も例外じゃない。 憤怒をプライドで押し殺し、衝動を責任で押し殺し、グラグラとマグマのように煮え滾らせている状態が今の私だ。士郎は鈍感だから助かったが、アーチャーやセイバーは私の心中に気づいていただろう。 あぁ、今ならどんな残虐な殺し方だって出来るだろう。今ならどんな報いだって怖くない。 アイツの喉首に爪を立て動脈を引き千切り、生きたまま内臓を引き裂いて意識ある内に自分の臓物を食らわせてやれる。それとも魔術を施し、一生消えぬ痛みを与え続けてやろうか……。「はぁ、ともかく何をするにしてもご飯を食べてからにしてください。途中でお腹が鳴られては滅入ってしまいます」「……ちょっと、何よそれ。私がそんな馬鹿な事するように見える?」 アーチャーが対面に座り、箸を取る。「凛は肝心な所で一番のポカをやらかす癖がありますからね。そのフォローも大変なんですよ」「遠坂の家訓は"余裕を持って優美たれ"よ。この戦争だって10年掛けて準備してきたんだから」「シロウが加わってから余裕なんて見た事ありませんよ?」「……アイツは……しょうがないじゃない、色々手が掛かるのは弟子の性よ」「まぁ色々含めてこれからですよ。……ともかく」 ―――いただきます。 /// /// 逃げる奴の行動様式は二つに分かれる。 逃げて逃げて逃げ続け、勝手に行き倒れて溜まったストレスを馬鹿みたいなものにぶつけてボロを出すタイプ。 もう一つは自分の拠点に立て篭もり、一切の外界との接触を遮断して時が過ぎ去るのを待つタイプ。 最近の慎二の性格から考えて後者はありえない。あの男は"魔術師である"事をレゾンデートルに掲げてしまった大馬鹿者だ。それを内外に誇示する事で薄氷のプライドと自尊心を満たし、自分は人間以上の存在であると考えている。枯れてしまった間桐の跡継ぎに生まれ、魔術を知識として知っていただけの素人が過ぎた力を持たされた時どんな行動をとるか、アイツはそれを明確に示している。 ―――モラルを欠いた暴走だ。 過去の聖杯戦争では魔術師達の暴走を抑えるために正道協会が監督役を派遣しているのだし、魔術師としても秘奥を一般に見せ付ける事は禁忌とされている。 故に狩られる。故に粛清される。おいたをする子供にはお仕置きが必要なのだ。 士郎は新都の方に行ったようだから、私は地固めを兼ねて深山の方を回ることにする。 後はシロウの課題の追加分を調達するついでもある。にしてもアレだけ持ってきて成功したのが数個っていうのはどんなものだろう……。 うちの結界は何の細工もされておらず無事だった。一応士郎の"教材"をいくつか選び、バッグに詰める。 よし、雑務は終わり。探索へと繰り出すことにしようか。 正直なところ、ぱっとしない。 イリヤスフィールは息を潜めているし、キャスターは何をしているのかは現状では把握不能。ランサーに至っては残滓も無し。今のところ小康状態といったところか。 日が暮れ、すでに住宅地は人気の消えたゴーストタウンと化しただろう。そんな中、私は商店街に至っていた。 昨今の事件を受けて早々と閉店する店が多い。閉店間際のコンビニに滑り込み、サンドイッチと暖かいミルクティーを買った。 で、当然のように横を歩くアーチャーまでがアンパンと牛乳をぱくついている。 まぁ夜が来たのだから、逆に目だって敵に感づかれたほうが話が早くて助かるのは確か。……かといってバーサーカーは御免こうむりたい。あれはセイバーとアーチャーの共同戦線を前提として、万全以上の備えを持って望みたい。 だが、悪戯に日を重ねるのは無意味。時は有限だ。終わるときは終わる物だし、バーサーカーとイリヤスフィールは直接決着を望むだろう。「凛、家の方向に戻ってますがいいのですか?」 服はラフな格好のままアーチャーは視線を周囲に配りながら言った。 あぁ、とりとめも無い事を考えていたら足が自然と家に向いていたか。 そういえばこの向こうは……、「……………………」 道を一つ、外れるだけでいい。 道を一本、逆に曲がるだけでいい。 そう、私と"彼女"を分かつのは角一つの決意だけ……、「そうね、…………ちょっと寄り道しましょうか」 どうしてだろう、今はなんか、色々とどうでもよくなっていた。 「まさか、本当に攻め込むつもりじゃないでしょうね?」 アーチャーは私が足を向けた先を見て驚いている。 寂れた洋館といえば私の家と同じに聞こえるが、ここは私の家よりも大きい。 間桐の屋敷、普段でも不倶戴天の仇敵、今は殺し殺されても文句は無い関係。 ここに桜は居る。今は何をしているのだろう。そろそろ時間も遅くなってきたのだから普通に寝てしまったのだろうか? 私はそんな敵地のまん前で突っ立って屋敷を見上げる事が精一杯だった。 どうでもいいの一言も、ここから先は"魔術師"という枷を負った者の限界。「凛……?」「ごめん、ただ来たかっただけ。……帰りましょうか」 ため息をついて、その場を離れた。 そして馴染みの交差点まで戻ってきた時、 「―――つっ!」 右手がうずいた。令呪が熱を帯びている!? 横を歩くアーチャーに視線を向ける。アーチャーはどこか遠くの方を見ていた。「凛、新都です」「どこ…………」 どこなの、と問う必要は無かった。新都に目を向ければそれは既に見えていた。 こんな場所からでも見えるセンタービルの屋上、黄金色の眩い閃光が生まれていた。 闇に包まれた町並みを一瞬昼に変え、曇天の空を切り裂き、光はただ一直線に駆け上がっていく。 それが宝具の光だと直ぐに分かった。おそらくはそれがセイバーの放った物だろう事も直ぐに理解した。 だが、 カタカタカタ…… 私の横に居るアーチャーの左手が微かに動きながら音を立てている。 左手に握られている不可視になって見えていない武装。それがまるで同じ物に共鳴しているかのように振動している。アーチャーの顔は今まで見た事も無い程真剣で、一瞬セイバーの顔とダブって見えてしまう。 グッとアーチャーは左手を握り直し、震えを止めた。そして、センタービルの閃光が収まるのを待って口を開く。「セイバーが宝具を使いました。どうやらライダーを討ち取ったようですね」「セイバーが!? 魔力の補充も出来てないのに?」「えぇ、ライダーの宝具とセイバーの宝具が激突する様子が視えました。ライダーは跡形も無く消し飛びましたよ」 仲間の勝利であるはずなのに、アーチャーは渋い顔をする。「どうしたのよ、何はともあれ士郎が勝ったんじゃない。喜ばないの?」「……えぇ、シロウの勝利は喜ばしい。しかし、あの一撃でセイバーの魔力は限界でしょう。いよいよバーサーカーに勝つのが難しくなりました」 …………こいつ士郎の勝利より、バーサーカー戦の事を考えていたのか。「何よ、まるで士郎が勝つって確信してたみたいじゃない」「―――当然です。最強の剣が付いているんですから」 即答された。 はぁ…………、いよいよ令呪を使わなきゃ駄目か。「戻りましょう。家に戻った時に誰も居なかったんじゃ、狙われるわ」 /// /// それは全ての人々の理想の形、憧憬と希望、眩き光は全ての悪を両断し、柄を握るものに勝利を約束する。 故に"約束された勝利の剣"。過去、現在、未来を問わず、全ての人々の記憶に残る英雄譚。 その担い手である騎士王アーサー=ペンドラゴン、それが俺の目の前で意識を無くしている小さな少女の正体。「…………マジかよ」 そんな言葉しか出てこない。 屋上でライダーの宝具を凌駕したあの輝きは確かに凄まじい。 でもどこか悲しさすら垣間見えてしまったのは俺の気のせいなのだろうか。「士郎……ちょっと」 和室のふすまを開けて遠坂が顔を見せた。運び込んだセイバーの世話を頼んでしまったのだが、結局鎧を脱がせて横にさせるくらいしか手段が無かったらしい。「遠坂……」「話があるわ。セイバーならそのまましばらく起きないわよ」「あ、あぁ…………」 少し付いていてやりたいが確かに目を覚ます気配が無い。 遠坂と共に居間に移動する。既にアーチャーがそこにいた。 まるで面接を受けるかのように1:2で座った俺は、セイバーの現状を聞かされる。 それは考えていたものよりずっと深刻だった。セイバーは魔力を補充していないため宝具を使った事で大量の魔力を消費、今では体の維持をするだけで精一杯。 そもそも怪我をしまくった状態で戦えていたのは、セイバーの魔力量が半端じゃなかったから。 ―――俺はセイバーが弱り続けている事に気づかなかったのか!!「どういう経緯で宝具をぶっ放す事になったかは聞かないわ。けど、セイバーの正体には気づいたんでしょう?」「あ、あぁ……」 かのブリテンの王アーサー王、騎士の代名詞。「まてよ、遠坂。まさか教えろとか言うんじゃないだろうな?」「言わないわよ。そんな事教えてもらっても嬉しく無いし」「あぁ……まぁそうか」「宝具を使った事でセイバーの魔力は2割を切ったでしょう。シロウからの供給が無い限りあのままでは非力な少女のままだ」「つっ!―――何か、何か助ける方法は無いのかよ!」「無いわよ。たった一つの方法を除いてね」「たった一つ……」 遠坂は自分の右腕を指す。そこにあるのは、「令呪よ。令呪を使いなさい」 心がはねる。それはつまり、セイバーに人を殺せというつもりか。 騎士の心を捻じ曲げ、魔力の源である人の魂を食らわせろと。「それは……」「凛。分かっていながら嘘を教えるつもりですか?」 いきなり、アーチャーがそう言った。「うそ?」「ど、どういう意味よ」 驚く遠坂を無視し、アーチャーは俺を真正面から見て言う。「シロウ、セイバーの魔力を回復する方法は二つあります。 一つは令呪を使った無差別殺人による魂の簒奪……」 いつになく、アーチャーの顔に余裕が無い。「もう一つは、性交による体液の交換です」 …………はい?「ええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇ!!!?」「なんですってぇぇぇぇ!!!?」 って、何で遠坂まで驚く。「魔術師の体液はそれ自体が魔力の塊です。それを直接セイバーに流し込む。繰り返せば宝具一発分の魔力は補充が可能です」 いやいやいやいや、何だってアーチャーが大真面目にそんな事を!?「いや、だって、……そんな事言われても、俺は」「アーチャー! アンタ何だってそんな事知ってるのよ!?」 うろたえる俺と激昂する遠坂。 しかし、そんな俺達を前にしてアーチャーはテーブルをトントン叩きながら冷静に言葉を繋ぐ。「現状手が無い以上これが最善策です。私もこれ以外の手は思いつかない。 勿論、セイバーが承諾すればの話ですね。……まぁ、セイバーなら拒まないと思いますが」「ど、どうして……」「彼女はまだ自らを貴方の"剣"だと自負している。"戦う為"なら、"性交程度"で魔力が回復するなら、彼女は貴方に抱かれても構わないと言いますね」 ちょっとまて、それって物凄く人道に反している気がする。「待てよ、それってひどく間違ってる気が……」「その辺は……貴方しだいですね」 打って変わって悪戯っぽい笑みを浮かべるアーチャー。 ひ、人が悪すぎる……。「ねぇ、アーチャー……」 唐突に遠坂が声を出す。「何ですか? 凛」「"その場を動かず、真実を語れ"!!」 瞬間、遠坂が言った意味が分からなかった。 その次の瞬間遠坂の右腕が輝いた。「なっ!!?」「な、何をするのですか凛!!!」「アンタが悪いんでしょうが、アーチャー!」 立ち上がり、アーチャーをズビシッと指して言う遠坂。「いつまで経っても、いつまで待っても、貴女はマスターである私に何も話さない。 そのクセに私を蔑ろにして一人で訳の分からない事を繰り返す! もう、堪忍袋の緒が切れたわ!!」「……………………」 アーチャーは何を考えているのかという怒りの表情で遠坂を睨み付ける。 だが、動かない。動けないのだろう。動くなと令呪で命令されているのだ。「貴女という人は…………もう少し辛抱強いと思っていたのですが」「残念。私、こう見えて無駄が嫌いなの」「えーと、俺退席してようか?」 恐る恐る声を上げてみる。「あー、別にいいわよ。こんなのハンデにもなりゃしないわ」「あぁ……そう」「じゃあ、問うわ」 令呪での命令は絶対。限定された命令であれば効力は最大。遠坂が命じたのは"動くな"と言う命令と"真実を話せ"という二つ。 逆らえばどれほどの苦痛がアーチャーを襲うのだろう。「貴女の真名を教えなさい」「ちょ、ちょっと待て!」 いや、俺が聞いてしまったら駄目な話なんじゃ! 次の瞬間、アーチャーの全身にバチバチと電撃のような物が走った。「つっ……!!」「令呪の怖さは貴女が一番分かってるはずでしょ。逆らってまで話さない事でもないはずよ」「遠坂……それじゃアーチャーを苦しめてるだけだろ!」「あんたも黙って座ってなさい! これは私達の問題よ」「…………はい」 …………お、鬼を見た。「私……私の名は…………」 アーチャーが口を開く、令呪の強制力に耐えられなかったらしい。「あ、ア、アル……」 ―――は?「アルトリウス……セイバーヘーゲン」 体を這う電撃が収まった。という事は真実を語ったという事。「………………」「――――――」 いや、遠坂。知ってるかどうかこっちを見られても困る。「――――――誰?」 思わず遠坂の口からもそんな声が漏れた。 確かアーチャーは言った。自分の名前にはセイバーという単語が含まれており、身内にそう呼ばれていたと。「だいたい、アルトリ"ウス"って男性名でしょう? なんだって女の貴女がそんな名前になってるのよ」「……だから言ったんです。言いたくないと」 恥をさらされて、穴があったら入りたいと言わんばかりの落ち込み方をするアーチャー。 どうも、本人にとっては相当な琴線だったようだ。 だが、遠坂はお構い無しに次の質問を飛ばす。「OK。知らないって事は無名の英雄ね。 次の問い。出身と身分は?」「イギリス、ロンドン大学、国際考古学科4年」 ……………………電撃なし。「大学生!!??」「うっそぉぉぉぉぉ!!」「案の定驚きましたね」 心外だと言わんばかりの顔のアーチャー。 当たり前だ、召喚した過去の英霊が現役の大学生って何だそれ!!「いや、あんた過去の英霊でしょ? 何で大昔にそんな大学なんてあるのよ」「凛、英霊の座からは過去、現在、未来を問わず時間軸から切り離された場所から召喚される。英雄譚が過去に多いからといって全ての英霊が過去から召喚されたと思うのは早計でしょう」 唖然だ。俺だけじゃなく、遠坂も。 いや、俺は未来から来たという事は聞いていた。 あの夜、俺にアーチャーが秘密にして欲しいと言ったあの言葉。 ―――私は、未来から来た英雄です。 これで秘密はご破算になってしまったわけだが。「未来の英雄……か。それって今から何年くらい先の話?」「500……ないし600年ほどかと」「うわ、そら先だ……。 OK、もう何が来ても驚かないわよ。こっから本題。貴女がセイバーに酷似している理由は?」 バシィと、電撃が走る。嘘を考えていたのだろうか。「セイバーに直接関わって来るのね。ま、アーチャーの真名を教えたんだからプラマイゼロって事で」「…………いや、そんな事でいいのか?」「―――分かりました。お教えします。 私が英雄に祭られた出来事は……」 電撃が消える。「祖国イギリスの危機を救いました」「―――!!?」『―――なっ!!?』 待て、それはド直球でセイバーと被ってるぞ!!! セイバーことアーサー王はブリテンの為に戦い抜いた騎士だ。その伝説はこう続く、 ―――遠い未来、やがて起こるであろう危機にアーサー王は蘇りブリテンを救う。 という事は、目の前に居るのは遠い未来に転生したアーサー王!?「じゃ、じゃあ……貴女アーサー王…………」「違います」 アーチャーが否定した。電撃は無い。「私はただ祖国が危機に瀕したから戦いに赴いただけの学生です。 そして運良く生き残り英雄と奉り上げられた。元々力を持っていたわけじゃありません。 魔術師ですらない。言った筈です。その部分がセイバーと被ると」 遠坂が息を呑んだ。どうやら聞いていたらしい。「私は英雄になりたいなどと望んでいない。私はただ戦火に巻き込まれる全ての人々を救いたいと願っただけだ」 巻き込まれる全ての人々を救いたい…………、その言葉が俺の心の中に強烈に反応した。「救う為に戦い抜いた。救う為に命をすり減らし、心をすり減らし、後ろを振り向こうともしなかった。 結果、仲間達には"自分が見えてない"と言われましたよ」 何故だろう……アーチャーの話は俺の胸の中をえぐってくる。「私はただ……馬鹿をやっただけなんです」「――――――」『………………』 遠坂も声を失う。たった一人の学生が一つの国を救うなどどれほど苛烈な事か。「それでも……」 どれほどの苦痛があったのか、20年という短い人生の中でどれほどの地獄を見てきたのか。「貴女は、国を救ったわ」「国など幾らでも滅べばいい」「なっ!」 救っておきながら、滅びればいいと彼女は平然と口にした。「"国"とは集った人々が造る集合体の総称に過ぎない。人が居なければ国は成り立たず、人が居なければ王など形だけの肩書きに過ぎない。 私は国ではなく住まう人を守っただけだ。ただ、それだけです」 圧倒されてしまった。目の前の人物は確かに英霊として相応しい。 誇りと、強い意志と、救いを求める全ての人々の為に彼女は身を犠牲にし続けた。 セイバーは王であるが故に国を守り、アーチャーは一市民であるが故に人を守った。 結果として救われたのは等しく多くの人々。 その行動は確かに似てるが違うもの。しかし、違うと言い切るには似過ぎていた。 二人とも守る為に手にする剣に誇りを誓い、守りたい物の為に殉じた同じ"騎士"だったのだ。