良くも悪くも、この部屋は魔術師の研究室らしい。 ベティは本棚や机に並べられた雑貨を見ながらそう思った。 本棚に並べられている本たちは整然と高さを揃えて並べられており、宝石や雑貨は中ほどに雑に置かれている。 本棚の本は風化しかかっており、読む事はままならない。机に並べられている詰まれた本も同様。 試しに机の引き出しを開けてみると、中はほぼ実験道具などで埋められている。「……これは」 そんな引き出しの片隅に妙な本があった。表面が金属で覆われ、鍵まで付いている。 魔術書のような異質な物でもなく、スケジュール帳にしては大きすぎる。表面には錆が浮き、持ち上げてみると結構な重みがある。 興味本位で開けてみることにした。 懐から黒鍵の柄を取り出し魔力を通す。剃刀のように薄い刃を鍵の間に差し込んで力を込めると、鍵は簡単に切れた。さすがにこれも痛みきっていたらしい。 金属製の表紙をめくった途端、錆び付き、張り付いたページ達がいきなりの衝撃に耐え切れず崩壊した。「あ…………」 崩壊し巻き上がる埃。これも同じく開く事もままならないほどに風化していたか。 しかし、どうやらこれはアルバムだったらしい。ノートや呪文書のように文字らしき形跡も無く、何か別の紙片が挿まれていたようだ。「………………」 このアルバムにはどんな思い出がファイルされていたのだろうか。 よほど知られたくない思い出だったのだろうか、それともよほど大事にしておきたかった思い出だったのだろうか。 この部屋の主である封印指定の遠坂凛という女性は、昔(と表現できるのかどうか)セイバーさんと関係があったという。 封印指定といえば、魔術協会から危険視された存在だ。 彼女が一体何を研究し、何を成し遂げて封印指定とされたのか。私にはソレを知る術は無い。 ひょっとしたらこの広大な魔術協会のどこか……、あのカイさんの古巣である執行者の部屋には何かヒントがあるだろうか。 そんな彼女とセイバーさんは一体何をしたのだろう。ひょっとしたら彼女の研究を知ったが為に誰かに殺されたのだろうか。 もしくは当時の執行者に粛清されたのだろうか。「でも…………」 この部屋から感じるのは危険視されるような狂気じみた感覚ではない。 ただ、一人の女性研究者が普通に研究をしていただけの部屋。 確かエミヤという同じ封印指定の男性がいたようだが、その二人が凶気じみて閉じこもっていたような部屋ではない。奥の部屋の刀剣の類は確かに驚愕したが、あれは果たして彼女達の研究の集大成なのだろうか? 二人が到達した何かというのは投影魔術だったのだろうか? 魔法に至ろうというならば、もっと別次元の何かだと思う。そんな別次元の何かに至ろうとする物品が見当たらない。 もちろん魔術師たるもの隠しておくものなのだろうが、はっきり言って隠しきれるような場所など見当たらない。 しかし、遠坂凛はこの部屋に強固な封印を施して去った。ならば、やはりここにはそれなりの秘蹟があるのだろう。「リン・トオサカ、貴女はここで何をしようとしたのですか?」/// /// 素早く残弾を確認し、戦闘体勢を整える。 ハンドガンの残りのマガジンは3つ。ガルの方も銃の残りは少ないからどの道格闘戦になるだろう。 銃を握る手にはじっとりと汗が浮かんでいる。元々クーラーなど無い場所だ。いくら地下とはいえ空気が澱みすぎて暑いくらいだ。 俺は仕掛けを終えたガウェインに声を掛ける。「……なぁ、ガル」「何ですか? 兄さん」「俺達一体何やろうとしてるんだろうな?」「ここまで来て怖じ気付いたんですか?」「そうじゃなくてよ、こんなドンづまりの状況で戦う意味があるのかって話」「……………………」 奴等も俺達と同じように周囲の結界の圧迫をまともに受けているらしい。しかも奴等は魔術で作られたホムンクルス。 この魔術を封ずる結界の中での動きはゾンビのそれだ。つまり、奴等は池の中から這いずり出てどっかのホラーよろしくビチャビチャと寄ってきてる訳だ、唸りながら。 こえーったらありゃしねぇ。「脱出するための道ははるか上。出口の無いこんな場所でのたれ死ぬ以外に道は無いってのに、今更戦って何か得られる物があるのかねぇ、って事」「ないんじゃないんですか? そんな物」「うわ、はっきり言いやがって」「そりゃそうですよ。けどこんな場所だろうと、ただ殺されるのを甘受できるほど僕は人間出来たつもりはありませんから」「そうか、安心したわ」「……え?」「いや、なんつーか。人としての誇り? みたいな奴がまだ残っててくれてよ」「……それって、暗に僕を貶してませんか」「ちがうよ。ただ、そうだな……」 傍らの剣を持ち上げて、俺は握り込む。「騎士らしくて、いいんじゃねーか。って思っただけさ」/// /// ―――パンッ!!「―――!!?」 突如響いた音で私の意識は覚醒した。 慌てて外に出る。書斎でもベティが驚いた表情で外を見ていた。「ベティ! 今の音は!?」「銃声、外からみたいですけど」「ランスとガウェインは外ですね!」 立て掛けてあった黒鍵を手にドアノブを掴む。 が、回らない!「これは!? ガウェイン、ランス! 貴方達一体何をしているのですか!!」 ドンドンと扉を叩いて叫ぶ。が、返答は無く、さらに数度の銃声が響く。 やはり、奴らが来たと見るしかないようだ。しかも扉を閉めて何のつもりだ!「ダメです。簡易的ですが結界を張りなおされてます」 扉に触れたベティがそう言った。「隠れていろ、って事じゃないでしょうか」「―――!!―――」 次の瞬間には私は黒鍵を振り上げ、扉にたたきつけていた。 バギィィィィン!!「きゃっ!?」 叩きつけられた黒鍵は中ほどから簡単に折れ、折れた先は吹き飛んで棚に突っ込んで宝石や小物を跳ね飛ばす。「……ふざけるな」 口を付いて出ていたのはそんな言葉だった。そして、扉を殴りつける。「ここまで来た! ここまで戦ってきた!」 何度も、何度も殴りつける。皮膚が裂けて血が滲んできた。「セイバーさん! 止めて下さい!!」 ベティが羽交い絞めに止めてくる。「ランス、ガウェイン!! 貴方達だけが傷つく事は無い、私も戦わせてください! 貴方達の横で!!」「セイバーさん! 落ち着いて!!」 もう、これ以上仲間が死ぬのは見たくない。どうせ死ぬのなら共に戦い、敵の首根っこに喰い付く位に暴れてからだ。 貴方達はその機会すら奪おうというのか、私に騎士らしく死なせてはくれないのか!!「くっ……!!」「あっ!」 ベティを振り払い踵を返し、カリバーンの元へと走る。その時、足下で何かを蹴り飛ばした。 その蹴り飛ばした何かは一直線にカリバーンに元へ飛び、鞘にカツンと当って落ちる。 それは赤い宝石だった。血のように赤く、微弱ながら魔力を持つ宝石。 それに構わず、私はカリバーンの柄を掴む。「もう、何も望まない」 私はもう望んではいけない。「もう、何も要らない」 また孤独になろうと構わない。「滅びる国などどうでもいい。ただ目の前の命が散るのはもう沢山だ」 両手に力が篭る。「シロウ、今なら貴方の気持が痛いほど判る。もうこれ以上誰かが死ぬのは見たくない! お願いだ、私に…………私に全てを守る力を!!」 /// /// 最初は鴨撃ちのような感じだった。 何しろ相手は這いずってくるような連中。入ってきた先から首を叩き落としてやれば絶命する。 けど、そんなこといつまでも続くものじゃない。何せ数が半端じゃない。50いるのか100いるのか。闇の中に存在する無数の赤い光は一行に減る気配を見せない。それともさっきから鼻腔に響いてくる血の臭いが正常な判断を狂わせているだけで、実はここにいるだけが全部なのか。 次第に捌ききれなくなった一体一体が結界の中に侵入してきた。そうすると途端に生気を取り戻し、黒鍵片手に襲い掛かってくる。 入ってきた奴には遠慮はできない。俺は銃を使い、ガウェインはガラティンをブッ放す。 そんな事をしていると、次第に足下には死体が増え足場が減り、撒き散らされた血で床が滑る。 あぁ、そういやさっきから室内がうるさかったな。だが外に出てこようとしても無理。ガウェインが簡単な結界を張って鍵の代わりにしている。扉を吹き飛ばさない限りは大丈夫らしい。 できればセイバーにはあのまま籠城していて欲しい。どうせ短い命だが少しでも長く生きていて欲しいって我儘だが。「20! 自己ベストだぜ!」 勿論URBFの一試合のKILL数だが。「兄さん、右!」「―――!!―――」 視線を右に。黒鍵を突き込んでくるホムンクルスを体を倒すことで回避。倒れながら銃を顔面に向けて撃ち込む。 なんか気持ちの悪い物を吹き出しながらぶっ倒れる人間モドキ。生傷が増えた体を起こして、俺は吠える。「オラァ、どんどんかかって来やがれ!! いくらだって相手してやるぜ!!」 その直後、いきなりドーム状の結界が消失した。「なっ!?」「そんな、どうして!!」 途端にズンと襲い掛かってくる封印の魔術。「く、そ……!」 ダメだ。さっきまで戦っていたせいで全身に力が入らない。 そして、また後ろに生まれる強烈な感覚。 どこ…………部屋の中!?「兄さん!! 危ない!!」 ガウェインが飛び付いてくる。そのまま俺と一緒に飛びのいた直後、 何か……もう何かとしか言いようがない"何か"が扉ごと結界を粉砕して飛び出してきた。 だが、俺の意識はそこで途切れる。何故かって? ガウェイン共々固い地面に頭から叩き付けられれば気絶もするさ。 /// /// "それ"は、全てを薙ぎ裂いて飛ぶ。大気を裂いて飛ぶのではなく、空間その物を切り裂いて貫く。 硬い稲妻と呼ばれたそれは、簡単な魔術による封印など容易く貫き、そこに存在する百にも及ぶ化け者共をその余波でめった裂きにし、それでもなお勢い強く封印の間の壁を穿つ。 硬い稲妻、カラドボルグにより穿たれた穴は半径三メートルにも及び、刻まれた術式を寸断した。 結界は高度な技術で成り立っている。高度であればあるほどその一部分が欠ければ、結界は元の効力を失うもしくは弱まるもの。 封印が弱体化したお陰か、余波を免れたホムンクルス達が息を吹き返し立ち上がる。 既にこの場は漆黒の闇が支配しているが、彼らの目に闇は関係ない。驚異対象が部屋の中にいる事を瞬時に判断すると、数十本の黒鍵が部屋のなかへ撃ち込まれた。 ―――ドンッ!! その返答は室内から放たれた深紅の閃光。手近なホムンクルスの心臓をピンポイントで貫き吹き飛ばす。 次に飛来したのは白と黒の中華剣。まるで舞うかのような複雑な奇跡を描き、ホムンクルスの首をかっ捌き、脳天に突き立った。 そして、最後に部屋から飛び出してきたのは"光"。陽光を鍛え上げたかのように光を発し、その身に膨大な魔力を宿す聖剣。 持つ者を勝利へと誘う黄金の剣、カリバーン。その柄を握る者は古のブリテンの王たる存在。「ランス、ガウェイン! 無事ですか!?」 だが当の本人はそんな威厳など毛ほども見せず、戦っていた戦友の名を呼ぶ。 空気の循環がないため濃い血の臭いが辺りに充満していた。さらに無事だったホムンクルスが40もいるだろうか。 セイバーは周囲を素早く確認する。カリバーンの光に照らされ、それはすぐさま目に飛込んできた。 「……………………」 カリバーンの輝きによって写し出されたそれ。 血にまみれ、最後まで戦ったであろう傷だらけの体。折り重なるようにして倒れるもう一人。 冷静になって考えれば、勘違いすることもなかったかも知れない。 冷静になって見れば、無数の傷が致命傷に至っていない事を見て取れたかもしれない。「………………あ」 それでも、周囲の空気は澱みきって正常な思考すら奪っていた。 それでも、薄明かりで照らされた周囲の状況は危機迫って余りある。「あ…………あ、あ」 頭の中が白くなっていく。 全ての思考がただの一点に絞られてしまう。 今まであった出来事が走馬灯のように乱れ舞い、己れの感情のタガが外れる。 一言で表現するなら、……ブチ切れた。「うあああああああああああああああああ!!!!!!」 ―――― 激震