「私はただ馬鹿をやっただけなんです」 そういうアーチャーの表情はどこか空虚な物だった。 英雄の言とは思えないが、彼女は間違いなく真実を語っている。 というか……、彼女が真実を語った事でセイバーの正体がほぼ確定しちゃったじゃない。「質問は以上ですか?」 彼女の視線が私を見上げてくる。「はぁ……そうね。色々強烈で聞きたい事も吹っ飛んだわ。 OK、質問はここまで」 パン、と手を叩く。 するとアーチャーは令呪による呪縛から解き放たれ、立ち上がった。「見張りに戻ります。何かあれば呼んでください」 そのまま、ふっと彼女の姿は溶け消えた。その、消える瞬間に見せた彼女の目が、例えようもなく悲しい目をしていたのは気のせいだろうか。 /// /// いつもの通り土蔵で結跏趺坐の姿勢を取り、俺は意識を集中させる。 だが、意識はセイバーの事に向いていて、どうしてもこれ以上踏み込めない。「あぁ……ダメだ。気になってしょうがない」 セイバーは宝具を使ったことで消耗している。かなり危ない状況だという事は理解できる。 それはやはり俺があそこにいたからだろう。俺がセイバーを追い掛け、あの場に居合わせてしまったためにセイバーに宝具を使わざるを得ない状況を作ってしまったのだ。「………………」 悔恨の情は消えない。あの時もっとうまい立ち回り方があったんじゃないかと、色々考えてしまう。「やはり気になりますか?」 俺の背中から声が掛る。一瞬、ビクッと驚くがこの家に同じ声をしているのは二人いる。 俺に向かい合うようにアーチャーは腰を下ろした。「アーチャー、いいのかよ見張りは」「今日のところは皆大人しくしているでしょう。新都で派手に宝具の応酬があったのですから、多少なりとも備えるために籠城の構えをしている筈です。正規のアサシンなら判りませんが、あの麗人は動けませんからね」 アサシン、佐々木小次郎か。「それで、セイバーの事なのですが」「あ、あぁ……」「セイバーを責めないでくださいね」 は? 責める?「セイバーが宝具を使ったのは貴方を守るためです。あの時は他に選択肢はなかった」「あの時……って、見てたのか!?」「深山町からですが、ライダーの乗るペガサスが飛び回っているのを見ました。それを撃墜しうる宝具はセイバーは一つしか持っていない。マスターであるシロウが近くにいては貴方の方が狙われる確率が高かった」「………………」 確かに、軽率だったと言わざるを得ない。「しかし……、その場に居残って他のサーヴァントに狙われる可能性を考えれば、貴方の行動は正しかったかもしれない」「え?」「………………」 アーチャーは何かを思案するように目を閉じている。「いえ、すみません。ここで終わった事を考察しても仕方ありませんね。どちらにしろシロウ、貴方が責を感じる必要はない」「あぁ……」「はぁ、仕方ありませんね。少し集中できるようにしてあげましょう」 依然としてはっきりしない俺に業を煮やしたか、アーチャーはうつむく俺の顔を持ち、全く気を抜いていた俺はされるがままに、「んっ―――」 って、何故キスをする!? しかも俺の胸に手を押し当てた。 ドクン!「―――!?」 いきなり、俺の胸の奥が急激に熱を持った。「これで、少しはましでしょう」 口を離したアーチャーは笑みを浮かべてそう言った。 胸の熱は一瞬で引いていって何の違和感も残らない。「アーチャー……今のって」「ちょっとしたおまじないです。お気になさらず」 アーチャーは立ち上がると出口へと歩く。「シロウ」 ふと、扉を開けようとしたところで声をかけられる。「一つだけ、どうしても言いたい事があるのですが」「何だ? あらたまって」 しかし、アーチャーは俺に背を向けたまま何も言わない。 そして、「すべてが終わった時、セイバーが言うだろう言葉を覚えておいてください」「え?」「お願いします」「わ、分かった」 アーチャーはこちらに顔を向け、「ありがとうございます、シロウ」 柔らかい笑みを浮かべて、アーチャーは土蔵を出て行った。「セイバーの言うことを覚えておいてくれ、……か」 いまいち分からない。ともかく鍛錬を再開する。 その後の鍛錬は確かに随分スムーズに行うことができた。 /// /// セイバーが調子の悪いまま翌日を迎えてしまった。 いまだ昏々と眠り続けるセイバーに俺は何もしてやることはできない。 せいぜい目が覚めた時に旨い物でも食わせてやろうとこうして買い物に出てきているわけだが……、「あれ、お兄ちゃん浮かない顔してどうしたの?」 この商店街では二度目の遭遇となるイリヤが不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる。 バーサーカーを連れていない彼女は、戦うのは夜だと言って昼間はこうして一人うろついている。確か世話役がいるとかいないとか……。「あぁ、イリヤか。ちょっとな」「ふーん、もしかしてセイバーが倒れたとか?」「―――っ!」 イリヤはしてやったりの表情で、俺の顔をまじまじと見つめてくる。「やっぱり、やっぱりお兄ちゃん達だったのね。お兄ちゃんが殺されたんじゃないかって、ちょっとだけ心配しちゃった」「あぁ、セイバーのお陰で何とか生きてるよ」「そりゃそうよ。お兄ちゃんを殺すのは私だもの。他の誰にも殺されちゃだめなんだから」 物騒なことをしらっと言うところはどうなのだろう……。 ともかく、近くの公園に移動して自販機で買ったミルクティー等飲んでみる。 なんだかんだと、話すことはこの聖杯戦争の結末の話。 イリヤは勝ち抜く気満々でいる、ということは他の参加者を殺す気でいるという事で……、「なぁイリヤ、本当に止めることはできないのか?」「何で? もうずっと前から判ってた事だもの。今更止めるなんてできないよ」「だって、怖くないのか? 殺し合いなんだぞ」「うーーん、別に」「……………………」 ごく平然と、イリヤは聖杯戦争を肯定する。 確かに俺たちと最初に戦ったのはイリヤだし、バーサーカーなんていう規格外の英雄を連れていてやる気が無いなどと言うはずも無い。「でもな……」「あれぇ、お兄ちゃんもしかして怖気づいちゃった?」「違う、そうじゃない。そうじゃなくてだな……」 そのとき、ふらっと視界が歪んだ。「なっ……」「ふふ、やっぱりお兄ちゃんは甘いのね」 全身から力が抜けていく。何だコリャ!「お兄ちゃんは私の物。だからイリヤが貰うの。……他の誰にも渡したりしないんだから」 /// /// 洗面所の前で、私はじっと自分の姿を見つめていた。 目の前にあるのは自分の姿。 すっかり垢抜けたただの女の姿だった。「やれやれ、少しぬるま湯に浸りすぎですかね」 我ながらため息が出るほどだ。 私はもっと棘のある表情をしていたと思ったが、環境という物はこれほど影響が強いものだろうか。 目を閉じて視界を闇に閉ざし、あの日あの夜誓った言葉を思い出す。 もう一度目を開いたとき、そこには一人の騎士がいた。「貴女は、後悔しているのですか?」 後悔などしていない。私はただ私の意志のままに行動するのみ。「あなたの意思は誰のためですか?」 リン、セイバー、なによりシロウのため。 先へと道を繋げる為に、私は私が行うべきを行うのみ。「貴女は、何を求めているのですか?」 何も求めない。求めてはいけない。 結局最後まで私の我侭を通す事になるだろう。「後悔はないのですね?」 私は騎士だ。主のために命を掛けて戦う。それが私の義務であり、責任。「ウソ」 かもしれない。だが、私の望みはすでに叶った。聖杯の行方はすでに知っている事。 私はただ……守りたいだけ。愛した人を……皆を。「それで満たされる?」 満たされなかった過去、満たされた現在、求め続けた未来…… 今はまだ分からない。「貴女は……、誰だ」 私はサーヴァント。聖杯の寄る辺に従い、戦うために呼び出された存在。「なら何をする」 戦う、命の限り。「それを……貫く事ができるか? 貫き続ける事ができるか?」 バンと、鏡に手を当てる。「それこそ……、愚問」「凛!! シロウがどこに行ったか知りませんか!?」 さぁ、赴こう。定められた結末を手にする為に。 /// /// サーヴァントとマスターとの間にあるレイラインは何も魔力を供給するだけが能じゃない。 お互いがお互いの状態を把握する為にも一役買っている。 士郎がセイバーの事を知る事はできないらしいが、その逆は通常通りに機能していたらしい。 セイバーの案内を受けてやって来たのは森の中の古城。 一体こんなものをいつの間に建てたのか疑問は尽きないが今はそんな事を考えている暇はない。 イルヤスフィールは城を出た。恐らく私達の侵入を察知して迎撃に出たのだろう。「こっちです」 セイバーの足はスイスイと進んでいく。 まるでこの城を熟知しているかのような進み方だ。やがて見えてきた一室の扉を開けると、「シロウ! 無事でしたか!」「セイバー!? どうして」 士郎は椅子にがんじがらめにされていた。「意外と大丈夫そうじゃない。安心したわ」「あ、あぁ。でもどうしてここが分かったんだ?」「セイバーのお陰よ。マスターの異常はサーヴァントが感知できるんだから」「そうか。すまないセイバー、魔力が回復してないのに迷惑を掛けて」 軽く、元気になったように"見える"セイバーに安堵する士郎に若干イラっと来た。「いえ、私は気にしませんが」「何が迷惑よ。士郎、今のセイバーの状態を分かってる?」「り、凛!」「魔力が枯渇して今にも消えそうなのよ。無理をしてるのは理解してるでしょ?」「あぁ、無理をさせてるのは…………、十分解ってる」「……………………」 どの道セイバーは今のままじゃ戦えない。今バーサーカーと戦えるのは、ここに来る間ずっと喋らず姿すら見せないアイツだけ。 何を考えているのか判らないが、ピリピリとした感情だけが伝わってくる。 廊下を抜け大広間へ。このまま一気に屋敷を……、「あら、帰っちゃうの?」 ピタっと全員の足が止まる。 振り返れば、大階段の踊り場に立っているのは私達を探しに出たはずのイリヤスフィール。「イリヤスフィール……、貴女外に出たんじゃなかったの?」「お客が来るっていうのに家を空ける主がいるもんですか。出ていったのは私達の陰よ」 まずい、本当にまずい。後ろには威風堂々とバーサーカーが控えている。 逃げおおせる可能性、いや私達が生き残る可能性を少しでも上げるには…………、「凛、ここは私が残ります。時間を稼ぐので先に逃げてください」 言って、さっきから消えっぱなしだったアーチャーが姿を見せる。「な、何言ってるのよ! ここでアンタが残ったら……」 目をやって、絶句した。「な、何で……」「アーチャー……」「……………………」 士郎、セイバーはおろかイリヤまで唖然として前に出るアーチャーを見る。 当たり前だ。コイツ腰まで伸びていた髪をバッサリ切り落とし、セイバーと全く同じに髪を結っている。 髪をとめているのはアーチャーの布を裂いたものか? 鎧の下に来ている服は全身に渡って紅く、所々に魔術式が走っている。 そして、纏う雰囲気は今までのアーチャーとは思えないほど重厚。 微細な差異を除けば……まるっきりセイバーと同じ。「凛」 そんなアーチャーが口を開く。「え?」「アレを押さえるためには、単独行動のスキルでも4時間と持ちません。それに、戦っている間中凛から魔力を貰い続けるわけにも行かない。 最後の令呪の魔力で一時的に私の魔力を底上げしてください。そうすれば、凛の魔力を貰わずともかなり引き伸ばせる」 その言い方で理解する。アーチャーは自分が死ぬこと前提で私達を逃がそうとしている。「でも……! 貴女……」「凛……」 と、声を掛けてきたのはセイバーのほうだった。「お願いします。アーチャーに令呪を」「セイバー?」 見ればセイバーも沈痛な表情でアーチャーを直視しようとしない。 まさか、知ってた?「アーチャー……私……」「ところで凛、一ついいですか?」「いいわ……何?」「倒してしまっても別に構いませんよね?」 と、トンデモナイ事を言ってこちらに笑みを向けてきた。 ―――ギリッ!「えぇ、遠慮はいらないわ。がつんと痛い目にあわせてやって、アーチャー!!」 最後の令呪が力を発揮する。令呪として封印されていた魔力がアーチャーの全身に行き渡り、アーチャーの魔力の貯蔵をMAXまでぶち上げる。「っ、馬鹿にして! いいわ、やりなさいバーサーカー! そんな生意気なヤツ、バラバラにして構わないんだから!」 ヒステリックに声を上げるイリヤスフィールに構わず、私は彼女に背を向ける。「セイバー、シロウと凛を頼みます」「必ず」「シロウ、貴方の本分をお忘れなく」「え、あ、あぁ」「凛。二人をどうか……」「―――行くわ。外に出れば、それで私達の勝ちになる」 私は二人の手を取って走る。「■■■■■■■■■ーーー!!!」 バーサーカーの咆哮と剣の激突する爆音を背に、私達は城を飛び出した。