「説明して欲しいもんだね。アルトリウス」 道中、歩きながら私はランスの尋問にあっていた。「何をですか?」「何をじゃないだろ。日本語を話せたことはいいよ。別に。 けど、あの屋敷にずいぶんとご執心じゃないか。もしかして、ホントに前世の記憶とやらを辿って来てるんじゃあるまいな?」「…………そう、だと言ったら?」 確かに私は人間だ。だが、人間でなかった頃の記憶が残っている。 かつて、この地で行われた血なまぐさい争いを終わらせるために召喚された戦士としての記憶。 しかし何故それが私にあるのか判らない。いや、今となってはどうして記憶を残したまま転生したのだろうという疑問。「前世の記憶を辿って治療法を見つけるなんていうセラピーも確かにあるが……、前世そのものの記憶があるってのは珍しいな。 ……まぁ、俺としては推測が当たっただけの話なんだけどね」 ニヤニヤと、自慢するかのように笑うランス。「これだけで来た甲斐はあったな。アルトリウスは前世は日本人。姓は何て言ったか"エミヤ"?」「軽々しくその名を出さないでください。いくら貴方でも許しませんよ」「…………おやおや」 次に訪れたのは、遠坂の屋敷。 かつてこの地の管理人を務め、自身優れた魔術師であった彼女。この屋敷も形は残っていた。「Fuu、すごいねぇ。100年代からの洋館が残ってるとは驚きだ」 木も乱立し荒れ果てているが、やはり面影は残っている。 だが霊脈を擁する彼女の土地が放置されているとはどういうことだろう。 魔術師、特に管理人にとってはまたとない場所であるはずだが、何か入り込めない理由でも……、「アルトリウス、やめとけ。ここに入るのだけは」 私の様子を察したか、ランスが止めてきた。「さっきは廃墟だったが、洋館はきっちり形を残してる。お前の思い出の旅を邪魔するようだが、不法侵入で捕まっちゃ堪らない」「……そう……ですね、すみません」 確かに、あの時も彼女の家に入ったことは無い。中に入ったとしても迷うだけだ。 名残惜しいが諦める。 逆に衛宮家の家族の一員である間桐家の家は無くなり、アパートが建っていた。 なんとも残念でならなかった。「今度は少し時間が掛かります。帰りは夜になるかもしれませんが、いいですか?」「夜? まだ3時だぜ? 往復3時間以上掛かるのか?」「付き合う必要はありませんよ。私のわがままですから」「……おいおい、めったにプライベートを明かさないアルトリウスの前世を知る旅だってのに、パレードから外れろってのか?」「付いて来るのは構いませんが、森の中ですよ? 迷ったら置いて行くので」「……悪かったって」 実際行き先は森の中である。 乱雑に生えた木々を避けながら、私はまっすぐにそこを目指している。「アルトリウス、お前本当に目的地判ってるんだろうな?」 さすがに、見知らぬ森をズンズン進む私を心配したのかランスが声をかけてくる。「ご心配なく。貴方よりは通いなれた場所ですよ」「……前世の記憶か。見たい場所があるったって、酔狂だね、お前も」 日が暮れかけたころになって、ようやく目的地にたどり着いた。「……こいつは、驚いた」 森が開け、突如として現れる石のモニュメント。否、おそらく人が踏み込まなかったために限りなく自然のまま残されていたその城。 だが、やはりその一部は風化したためか倒壊し、かつては優美を誇っていた風貌は見る影もない。「日本に場違いな城かよ。まさかアルトリウス、お前ここに住んでたのか?」「いえ、ここは一人の少女が暮らしていた場所です」 薄らいでいた記憶がより鮮明に思い出される。 少女と狂戦士、そしてかの弓兵が神に挑み、幾度となくそれを凌駕し散った場所。 元ホールだった場所へと入る。室内の装飾は剥がれ落ちあせている。だが所々爆砕された後や、明らかに別の意味で壊れた場所がある所から、修復しなかったのだろう。「……こりゃまた、大英博物館行きのシロモノがゴロゴロ転がってやがるな。それに何だここ。まるで戦場みたいな有様じゃないか」 ランスは気づいたようだ。ここが戦場になった場所だと。明らかに自然に崩れたものではないという違和感に。「クソ、機材を持ってくるんだった。これだけ鑑定素材がそろってるってのに、あーー失敗したぁ」「ランス、ここはあまり深入りしていい場所じゃありません」「くぅーー! お前って奴はどうしてこうゾクゾクさせてくれるんだ? 廃墟、洋館、そして城。 お前の前世に何があった? 無性に知りたくなってきたぜ」「ランス!」 静かに、重く、私は彼に言う。私の雰囲気が変わった事に気づいたのか、キョロキョロしていた動きを止めてこちらを見た。「だからいったんです。来る必要は無いと。それに、数百年経っているからといって、これらに深入りすると貴方は将来必ず不幸になる。 私も愚かだ、手足の一本でも折ってイギリスに残してくればよかったのに」「……あぁ、なんつーか、悪かったよ」「その台詞はいい加減聞き飽きました。 帰ります。今から戻れば新都のホテルに空きがあるでしょうから」 それだけ言うと、彼をおいて私は城に背を向ける。「おい、アルトリウス!」 城から出たところで、ランスが声をかけてきた。 無視。「一つだけ聞かせろ! さっきお前は不幸になるといったな?!」 足が止まった。「じゃあ前世のお前はどうだったんだ! 不幸の内で生きて、不幸なまま死んだのか? どうなんだ!!」 やれやれ、貴方は人の心の隙間を見るのが得意のようだ。 振り返る。何故か心は落ち着いていた。 ―――私は、貴方を愛している。 幾千の刃に囲まれて生きた私の人生は、傍目から見れば不幸だったのかもしれない。 目的を果たせず失意に内に刃に倒れ、死の直前に"世界"と契約し、またいくつもの戦いを経て……、 私は運命と出会った。その運命は満たされていた。 だから、死を迎えたときの私にあったのは……、「難しい質問をしますね。ランス」 笑みを浮かべていたのだろう。私は。「ご想像にお任せします。置いていきますよ」「―――――」 私の名は、アルトリウス=セイバーヘーゲン。 かつて世界と契約し、剣を手に戦場を渡り歩いた騎士。そして、たった一人の少年に生き方を変えられた少女。